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里の者達に珍しがられつつ、ヨアの家に足を踏み入れたムラサキ。
そこで彼女は、ついにその正体へと一歩踏み込んだ。
*****
ここまで来ればさすがに夢から覚めるなり、何か聞かれるなりするだろう、と思ったのだが……
次にヨアさんが私を連れて来たのは、ヨモギちゃんのお団子屋だった。
ハンター達の御用達、うさ団子で有名なお茶屋さんである。
「え〜〜〜〜! なになにヨアさん! 新しい恋人!? それともお嫁さん!?」
なんとなく薄々予想はしていたが、並んで私たちが現れるなり、何か面白い情報はないかと飢えていそうなヨモギちゃんが、目をキラキラさせて尋ねかけてきた。
毛氈を敷いた近くの椅子で団子に舌鼓を打っていた客たちも、興味津々でこっちを見ている。
和装とはいえ、このあたりは機能性の高い格好で動き回っている里人さんが多くて、私のように筒状の女袴で歩いている人は見当たらない。そんな珍しい格好の女を、それもハンターが侍らせているとなればさぞ目立つだろう……と思いながら、料理の出来上がりを待っていたら。
「そうさ。ついさっきそこで知り合った仲でね。これから深〜い関係になるつもり」
「ぢょっっっ」
「やだもう、昼間っから惚気ないでよ〜! いくら里一のイケメンっていったって、ほんと大胆なんだからヨアさんって!」
唖然としていたら弁当箱を受け取りながら思いっきりぎゅっと肩を抱き寄せられて、顔から火が出そうになった。野次馬客からも当然の如く大喝采が巻き起こる。
待て待て待て。君そんなタラシキャラだったか???
恥ずかしいし噴き出しそうだし、修正しようにも何からどう突っ込んだらいいかもわからず、ただ隣に抱かれて歩くしかできないでいる間にも、次々村の人たちに声を掛けられる。
「おうおう。新米のうちは女遊びもほどほどにしとけよ、ヨア」
「はいはい。やることはちゃんとやってるんだから、私的な時間の使い道くらい大目に見てほしいね」
「やることやってるって、お前の場合はナニやってんだか……」
「あんまり取っ替え引っ替えして、前の女に刺されても知らねえぞ〜」
「何を言うやら。そんな酷い子は僕の友達にはいないさ。安心し給え」
(おいおい相当なタラシだぞこれ)
思わず呆れて見上げ、ヨモギちゃんの言っていたことを思い出しながら私はニヤついた。
「『新しい恋人』ねぇ……新しいってことは、古い恋人もいたのかしら?」
「あれ。僕みたいな奴と遊ぶのは嫌い?」
「嫌いじゃないけど、遊びじゃちょ〜っと満足できないわねぇ、私の場合」
「ふうん? これはこれは、意外と欲張りなお嬢様だ」
そんなふざけたやり取りを交えつつ、観光気分で里の建物や施設を眺めながら歩くこと数分。気が付けば、私はヨアさんの自宅の前に来ていた。
こんなやり取りをしておいてあっさり家に入るのもアレかもしれないが、これは夢だし、今のところ私はこの人以外とは大きな繋がりもない。
初めての土間に足を踏み入れて、おそるおそる玄関の襖をくぐり抜けつつ、私は感嘆の声を上げながら家中を見渡した。
「うわぁ……でっかい家。すごーい」
何かはよくわからないけど、民藝博物館でしかお目にかかれないような、大きな骨の飾りが上の方に飾ってある。木や梁で支えられた天井部も、換気のためか完全には塞がれていないのが、昔ながらの民家って感じだ。
ガスコンロなんて勿論なくて、土で作った竈には火が灯り、木蓋をされた鉄の釜が煮炊きされている。平たい丸型の木桶に、洗いたての果物や野菜が水ごと冷やしてあった。
部屋の奥には、杵と臼を使って順繰りに音を立てる何台もの脱穀機の姿がある。壁に飾ってあるのは、書き込まれた和紙や折り紙の貼られたオトモボードに、木製のがっしりした壁掛けに乗った大きな武器……その手前には、竜宮城の玉手箱を彷彿とさせるような大きい道具箱もある。
囲炉裏の隣の寝所には、寝巻きだろうか、衣紋掛けに大きな和服が掛かっている。いつも防具でガチガチの人でも、ルームウェアはこんなにカジュアルなのかと思ったら、あまりの生活感にまたときめきが去来して死にそうになり、頭を抱えてしまった。
そんな風に挙動不審で部屋の中をじっくり眺め回していたら、ふと砥石で剣を研ぎながら笑う声がして、私はようやく我に返った。
「そんなに珍しい?」
「あ……ご、ごめんなさい。人の家なのにじろじろ見て。でもすごく素敵。実際に目にすると感動しちゃう。
こんなおっきい家に一人で住んでるの? ハンターってお金持ちだねぇ」
「この家は、里長さまのご厚意でね。働きに応じて支給品があるんだ」
あまりにも立地がいいところに住んでるからびっくりしたけど、こんな場所に日頃女の子を連れ込んでたらそりゃプライバシーも丸見えだろうなと思う。むしろよくそんな勇気あるな。
「さて。温かいうちにいただくとするか」
囲炉裏の傍にあぐらをかいて座ったヨアさんが、先程ヨモギちゃんの店で買って来た弁当を出す。私と逢う前に狩ってきた肉や魚を調理してもらっていたようだ。
座布団を勧められて小上がりに適当に座りながら、私は尋ねた。
「あんなおっきい竈で自炊してるの?」
「普段はね。作り置きしても、なくなるのは割とすぐだから」
「大変だねぇ……火起こししたり、鍋運んだりするだけで疲れちゃいそう」
「そうか? まあ……たまに狩猟帰りの調理が面倒で弁当を頼むことはあるけどな。何よりヨモギのところの料理は美味い」
「そっか」
言いながら、目の前で豪快に骨付き肉を齧り取るヨアさん。どこぞの海賊王にも負けない、本当にいい食いっぷりだ。見てて楽しいし可愛い。肉の欠片をオトモたちに分けてあげることも忘れない。
それをほのぼのと眺めている間に、木の葉の包みを広げたヨアさんは、木の皿に乗せた雪玉くらいの大きさのうさ団子を、二串分私の方へ押し出した。
「……うん?」
「それは君のだ。食べ給え」
「えええ!?!?」
ついでにお茶まで淹れてくれている。
とろ〜り蜜のかかったお団子に、緑色の蒸した草団子、桃の味のお団子……
全部美味しそうだが、私はうさぎの顔が描かれた先頭の一つだけを丁寧に箸で串から落として取り皿に分けると、残りの五つをすっとヨアさんの方に押し返した。
「はい」
「えっ!?!? 君、そんなちょっとでいいのか!? 腹が減るぞ」
「いやだって、このお団子一つで私が知ってるお団子五つ分くらいあるよ??? なんなら私一個の三分の一くらいで多分お腹いっぱいだよ?」
「少食だなぁ。それはよくない。全部栄養満点なんだぞ。少しずつでいいから食べ給え」
そう言ってわざわざ切り分け用の小さな包丁まで渡してくれた。
この世界の団子をナイフで切って食べる人間なんて多分初だろう。なんかごめん。
「そんなに小さいと、食った気がしないなぁ。僕からすると湯水を飲むのと一緒だ」
「君は私からすれば食い過ぎだよ!?!?」
あんなモンスターと闘って散策して、腹が減らない方がおかしいだろうから食い過ぎも何もこの世界では当たり前かもしれないが、それにしてもたまに少しぐらい早食いせずゆっくり食べたってバチは当たらないと思う。
私があんまりちまちま団子を齧るので、不思議そうな顔をしつつ、目の前の彼女もそれに合わせて一緒に食べてくれていた。いい人だ。
ぱちぱちと炎が燃える音を聞きながら、舌に広がるお団子の甘みを堪能する至福の時間。
温かい湯呑みに手をつけ、香りの高い緑茶を一口啜ってから、私は沈黙の中ゆっくり、ゆっくりと息を吐き出して、伏せていた睫毛を上げながら苦笑を浮かべた。
「……あなたは、ヨアさんじゃないよね?」
唐突な問い掛けに、黒々とした濃い睫毛の持ち主は、ぱっちりと目を開け。
それから、色の違う双眸を瞬かせた。
「驚いたな。そんなに明らかだっただろうか?」
「だって、声とか喋り方とか全然違うじゃん」
「声はともかく、口調にそこまで差違はないだろ?」
「ヨアさんは、私を『君』とは呼ばないの。名前か『あんた』って言う。それにまあ……どんなにいい気になっても、女の子を取っ替え引っ替え出来るようなタマじゃないわ。すっごく不器用だもの、あの子」
「成る程。君達の絆の勝利だったようだ」
はっはと声を上げて笑った偽ヨアさんは、あっさり認めて湯呑みの茶を煽った。
そう。この子は、ヨアさんの魂が憑依する前からこの里にいた、〝元の体〟の持ち主。そしてその人格は、篠原夜明とは違う。目の前で会って、話して、はっきりした。
「里の人たちもヨアって呼んでたけど、みんなにはどう説明したの?」
「何、奇妙なことなら時折この世界でも起こるからね。僕も皆も勿論驚いたが、特に害がある訳でもなし。
「じゃあ、里のみんなの方がヨアさんに合わせてくれてんのか……なんか申し訳ないね……」
「気にするな。常に入れ替わっている訳では無い。時々は
ふと隣で伸びをする直生くんたちを見て、私は思い至った。
「あれ……じゃあ、この子達も憑依する前はちゃんと別の名前があったりするの!? 私は勝手に直生くんとベルちゃんって呼んでたけど!!!」
「このガルクの名は、元々は
猫じゃらしでベルちゃんと遊んでやりながら、目の前の彼女が答えてくれる。
どうやら奇跡的に、ベルちゃんの名前だけは同じだったようだ……かたや夜羽くん、かたやこの人が付けた名前だけど。
複雑な面持ちの私を見て、彼女が笑う。
「大丈夫。心配しなくて良い。彼らは体を盗られている間も、自分の意志で
「そっか。ならいいんだ。君達が嫌がってるのに、無理やりなんじゃないかと思って」
「君が思う以上に、