お気に入り登録や感想に誤字報告、誠にありがとうございます! 全てありがたく活力剤に頂いております! m(_ _)m
勢いのまま書きましたが楽しんで頂ければ幸いです! (;^ω^)
*注意事項*残酷な描写などが出ます、ご了くださいますようお願い申し上げます。 <(_"_)>ペコッ
あれから俺と彼女は特急便の飛行機で彼女の実家に来ていた。
勿論、一般用ではなく貴族用。
そしてアンジュと俺を見た周りの奴らのヒソヒソ話が時折耳に届いてくる。
『見て、あそこにいるの。』
『
『あらやだ、イレヴンを従者として引き連れているじゃない。』
『物好きねぇ……』
『そうやって堂々と隣に居させるなんて、もしかして貞操観念が緩いのかしら?』
『それは、どう言う意味かしら?』
『だって、彼女は────』
うん、こうなるよね。
予想していたけれど、人のネチネチとした『言葉』と『態度』の暴力はきついな。
それに、アンジュも気丈に振る舞っているが、元々はこういう環境から娘を護るために、
ちなみにもう察しているかもしれないが、今の俺は『昴』として供をしているのにも理由はある。
…………
………
……
…
「「「「おかえりなさいませ、アンジュリーゼ様。」」」」
「皆……」
立派な門の前にいたのは、ずらりと並ぶ使用人たちで、アンジュを見て挨拶をする。
その間俺は使用人の中で大きなリボン、もしくは濃いパープルの髪が特徴的な少女が居ないか見渡すが……
「ご無事で何よりで、アンジュリーゼ様。」
「サリィまで……皆、出迎えありがとう。」
そしてその中でも一人の侍女を見て、アンジュは少しだけ嬉しそうに名を呼んで礼を言う。
やはりこの世界に、『モモカ』はいないのか。
「やぁアンジュ、お帰り。 髪を切ったんだね?」
出た。
『クロスアンジュ』でも見た金髪ゆるふわ男が畏まるアンジュに愛想笑いを向ける。
「ジュ、ジュリオお兄様……お手を煩わせて────」
「────そこまで硬くならないでくれ。 僕たちは家族じゃないか……それはそうと、
ジュリオが俺を見て一瞬、汚物を見るような眼を笑みで隠す。
「私の名は昴と言います、しがない名誉ブリタニア人でアンジュリーゼ様のお供をしている身です。」
「……そうか。 さて、長旅で疲れただろう? まずは中に入ろうじゃないか。」
シュタットフェルト家にも劣らない、広い敷地内にある屋敷の中の客間へと、ジュリオのあとを歩いて、アンジュはやっと一息してソファに座る。
俺は勿論、背後で立ったままで、俺の持っていた荷物を使用人が武器や凶器が無いか中身のチェックをしていた。
「ん? 何だね、これは?」
使用人が出したのは小さな平べったい、ハンドル付きの
「ああ、これはアンジュリーゼ様の予備の化粧品などを入れたものでして。 左側のラッチを開けると分かると思いますが。」
そう俺が言うと使用人が開けると、確かにコンシーラーなどの化粧品が入っていた。
「……なるほど。」
ホッ。
良かった。
チェックが終わった後に数人だけの使用人が残り、衛兵が部屋を出ていく。
「すまないね。 この頃エリア11は物騒だからさ、チェックはしなくてはならなくなったんだ。 (ニコッ)」
「いえいえ。 当然の事かと。 (ニコッ)」
ジュリオの作り笑いに俺も自分の作り笑いを投げ返す。
「さて、落ち着いたところでアンジュの好きな茶菓子も出させ────」
「────ジュリオお兄様、単刀直入に聞きますがこの婚姻はどういうことですか?」
「“どう”って、前の事があって君は肩の狭い思いをしたじゃないか? 『少しでも心身ともの拠り所を用意したい』というのと、我が家の格を保つ行動だよ?
アンジュのドストレートな質問に、ジュリオは戸惑う事なくそう答えてから、使用人に指示を出していく。
「それで、お父さまの容態は?」
「『極めて深刻だ』、としか言いようがない。 心臓発作の後遺症で殆んど身動きが取れない上に、言葉も理解できないのか、喋られない状態だ。」
「後で、訪問しても?」
「無論いいとも。 アンジュの姿を見て父上も喜ぶだろう。 そこの君も勿論、立ち会っても良いよ?」
「ありがとうございます、ジュリオ様。」
……やっぱりか。
『相手がどのような身分でも優しく振る舞う』。
『マナー、所作、勉学、どの方面でも優秀』。
等々。
事前情報で得たそれ等と違わない言動だけ見れば、『良い兄じゃないか』と思えなくもない。
ないが、色々と違うがこの世界でも『クロスアンジュ』の設定が多少活きていることは分かった。
何せ妹であるシルヴィアの足が不自由になったのも、アンジュリーゼと一緒の馬に乗っていたところを落馬したという、同じ原因だったからな。
あの時のアンジュの顔と言葉を写真に撮りたかったぜ。
でも『流石スヴェンだわ』はどう言う意味だ?
そしてジュリオは『クロスアンジュ』の原作で言うと、『クズ野郎』だった。
彼は『クロスアンジュ』内で、アンジュリーゼの秘密を民衆全員に中継中だったところで暴露しただけでなく、自分の父親も陥れてその地位をもぎ取った。
そして後で自分の顔を傷つけたアンジュへの復讐を隠すために、『社会に害ある存在の浄化』を大義名分に、軍を引いて彼女のいる場所もろとも虐殺行為を行った末に、ポックリと返り討ちに殺された。
『ザ・クズ野郎』である。
クズ中の中でもクズの中のクズ、クズ野郎である。
ただ、この世界でもその設定は無いのかもしれない。
アンジュリーゼの母親は『クロスアンジュ』内で娘を護るために殺されたのに対して、この世界での彼女は発狂して夫を殺そうとして自害した。
それに知らずとはいえ、ジュリオの復讐に利用されたアンジュの専属侍女である『モモカ』もこの場にはいない。
とてもじゃないが状況は全然似ていないし、設定も色々とかけ離れている。
だからアンジュの為にも
「ああ、部屋なのだがアンジュの部屋は当時のままにしておいたよ。 勿論、手入れも欠かせていないからいつでも使用できる。 ただ連れがいるとは知らなかったから、そっちは少しだけ時間がかかるけれど……」
「では、お父様を見に行くわ。」
「そうか……あまりお勧めはしないが……期待はしない方が良い。」
場は変わり、屋敷の中でも一際大きな部屋の中では、様々な医療器具が、ベッドに寝た切りになっていた屋敷の元主であるジュライに繋がっていた。
「お父様……」
「……………………」
アンジュの呼び掛けにジュライは反応せず、半開きになっていた目でただ天井を見続けていた。
「では、私は色々と準備があるので失礼するよ。 何か必要になったら外にいる使用人たちに声をかけてくれ。」
「お父様、私です。 アンジュリーゼです────!」
アンジュが寄り添い、彼のやせ細ってしまった手を握って呼びかけ続ける間に、少し離れていたジュリオたちは部屋を出ていく。
その間、スヴェンはドアに耳を当てて外の様子を伺ってから、ジュライとアンジュの居るところまで戻る。
「どうだ?」
「グスッ……全然ダメ……スヴェンの言ったように目や口にも注意したけれど、私に反応した様子が無い。」
「(ならば本当に発作かどうかも怪しいな。 もしかすると薬か何かを盛られたのか、あるいはこの医療機器に細工がされているのか────)」
カリッ……カリッ……
「────ん?」
スヴェンの耳に届いたのはリズミカルで小さな、極少量の力で布を爪で擦るような音だった。
それこそ彼がカレンの部屋に入る時、ドアをノックした後に小指で引っ掻くのを合図としているからこそ聞き取れたようなものだった。
「……アンジュ、手だ。」
「……手?」
スヴェンの言葉と彼の指がさすところを見ると、
「まs────むぎゅ?!」
アンジュが喜びながら声を上げる前に、スヴェンが無理やり彼女の口を手で覆う。
「落ち着け。 外には人がまだいるのを忘れたか?」
「ッ……ご、ごめん。」
「取り敢えず、何をどうするかは覚えているな?」
「え、ええ────」
「────よし、なら外の奴らは俺が注意を引き付けておく。 その間にアンジュは父親との
そう言ったスヴェンは部屋の外に出ると今度はアンジュがドアに耳を当てる。
『ん? お前はアンジュリーゼ様に付き添ったイレヴン?』
『ええ。 明日の為に、屋敷の簡単な案内を頼んでもよろしいでしょうか?』
『……ああ、ついて来い。』
スヴェンを含めて数名の足音が聞こえなくなって、100を数えたアンジュは父親の部屋に置かれたままだった呼び出しベルを手に取って、ジュライの左手の人差し指の下に置く。
「……お父様、アンジュリーゼです。 私の言っていることが分かりますか? 『はい』なら一回、ベルを押してください。」
チン♪
「指以外、どこか動かせますか? 『いいえ』なら二回、お願いします。」
チン、チン♪
「(ちゃんと反応できている?! まさか、本当にこんな方法で意思疎通が出来るなんて?!)」
これも彼らが貴族用の便に乗った理由でもある。
一般客用のモノだと座る場所が共用スペースでプライバシーは無いに等しく、密会などは無理だ。
逆に貴族用は流石に個人や家で持つ飛行機とは使い勝手が違うが、個室が付いていて密談などが可能だった。
実はというとスヴェンが懸念、そして想定していた数々のシナリオを片っ端からアンジュと話し、今回の状況はその一つに酷似していた。
「(スヴェンが気を引いている内に、お父様から今の事を聞きだす!) 先ほどの要領で良いですので、答えてくれますか?」
チン♪
「……お父様が今に置かれている状態、お兄様が関与していますでしょうか? ……もし『分からない』のであればベルを三回、押してください。」
チン♪
「……ッ。 そう、ですか。」
アンジュは質問後、数秒間待ってもジュライから来た返事は『はい』だったことに手を胸の前でギュッとし、苦しそうな表情を浮かべる。
「(信じたくなかった。 例えスヴェンの『もしも』だったとしても……) もしかして、お母様の件にもお兄様は関与していますか?」
チン、チン、チン♪
「(分からない、か。) お兄様の狙いは、当主の座でしょうか?」
チン♪
「シルヴィアの事は、何か分かりますか?」
チン、チン、チン♪
「(そう、か……) では────」
アンジュはその後、ジュリオに更に質問を簡潔にして情報を集め、最後に────
「────私をエリア11に送ったことと、今の状況は関係していますか?」
チン♪
「……やはり我が家に伝わる『永遠語りの歌』も、関係しているのでしょうか?」
「…………………………………………」
「憶測でも良いです。」
チン♪
アンジュの付け足した言葉にジュリオが答えると、彼女は頭痛によるため息を出しそうな気分をグッとこらえる為か、額を指で押さえる。
「(まさか、本当にここまでスヴェンの想定の一つに沿って行くとは思わなかったわ……こうも実際見せられると、マーヤや冴子の評価のように認識を改める必要があるわね。) ここからシルヴィアやお父様を連れ出────」
────チン、チン♪
ここで初めてジュライの『いいえ』がアンジュの言葉を遮るかのように出た。
「………………ま、まさか『連れ出すな』と────?」
────チン♪
「で、でも────!」
────チン、チン♪
またもジュライの遮る『いいえ』が出る。
「でも、このままじゃ……このままじゃお父様も、シルヴィアも! 私のこれからしようとすることに巻き込まれる! このままじゃ、私は私だけの為に行動に────!」
────チン♪
ジュライの『はい』────否、『肯定』が返ってくる。
「ケッ、イレヴンが!」
ドッ!
そう言い放った使用人の一人が俺の上げた腕を蹴る。
「今のは頭を狙っていたでしょう?!」
「けどこいつ、笑っているぜ?」
「『顔は無し』って言っているでしょうが?!」
「見ているだけでムカつくんだよ!」
いってぇぇぇぇ。
今のはヒビが入らなくても、アザぐらいにはなっているだろうな。
日本が降伏した後を思い出すぜ。
「フン。 どうやってお嬢様がアンタのような奴を取り入れたかは知りませんが、余計なことはしないで頂きたいですね。」
ちなみにアンジュが『サリィ』と呼んだ侍女もここにいた。
というか案内された先に居て、他の奴らに『(俺の)目立たないところを中心に痛めつけろ』って言いだしたし首謀者の一人か。
『クロスアンジュ』でも差別意識が強かったから『多分環境の影響でアンジュも感化されたかな~?』と思って、使用人たちにハッパかけたら案の定全員『黒』だったよ。
「興覚めだよ……全然反撃してこないし。」
「もういいぜ、明日の用意をするぞ。」
シュタットフェルト家にジョナサン様がいたからまだマシだったけれど、どこの家もこんなんじゃ、何でブリタニアのほとんど(特に貴族階級)が差別意識を持っているか分かってしまうよ。
ある意味『鬱憤が晴らしやすい』からだ。
金も時間もさほどいらない。
必要なのは『
奴らが去った後、俺は痛む身体を起こし、立ち上がってから土を払い落とす。
確かに頭のような目立つところ
これで────
「────スv────昴……」
おっと、アンジュか。
「早かったですね、アンジュr────」
「────貴方の……思っていた通りだった。」
アンジュは顔を俯かせて逸らしたまま、そう静かに伝える。
「……『どれ』、でしょうか?」
「
「それで、妹のシルヴィアは……」
「使用人たちに断られたわ。 私と……
俺の問いに、彼女は自分の腕を掴んでいた手に力を入れたことで、ある程度の予想が出来ていたが……
酷いな。
「なら……どうする?」
「貴方の提案した方法で良いわ。」
「もう、戻ることは無いと思うぞ?」
「うん。」
「恐らく、ここにいる者たちにもう会うこともないぞ?」
「………………うん。」
「そうか……では、参りましょうかアンジュリーゼ様?」
上記とは別の場所らしき、暗い部屋の中で少女の震える声だけが響く。
「アイツだアイツが来たアイツがみんな全部全部悪いんだ────」
ガチャ。
「────ヒィ?!」
ノックもなしに少女の部屋のドアが開けられ、通路から漏れた光が室内の惨状を露にする。
少し前まではさぞ豪華な部屋だったらしきそこは、狂気に触れた者、あるいは獣のように破壊の本能に身を完全に委ねたような場所だった。
「やぁ、僕だよ────」
「────ヒィィィ?! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
さっきまでの声が嘘だったかのように、少女の声は恐怖に染まっていた。
「大丈夫だ、
「ほ、本当?」
「ああ。 でも……一匹
「ヒッ?! ででででででも、“今は何もしない”って────?!」
「────相変わらずバカだよなぁ
「いや! やめて! 来ないで! ジュリオお兄さm────!」
────バタン。
ドアが閉まる、乾いた音から室内の音はそれっきり外に漏れることは無くなった。
………………
……………
…………
………
……
…
婚姻の当日、
玄関では彼ら彼女らを満面の笑みで迎えるジュリオがいた。
「お嬢様、本当にお美しゅうございます。」
「ありがとう、サリィ。」
元専属侍女のサリィに褒められたアンジュはかつて
「ただ、以前の
サリィがそう言いながらちらりと少々襟が高い執事服を着た昴の方を見る。
「そう、ね…… (白と青。 代々
アンジュは姿見の鏡で自分の姿を見てからサリィたちを向く。
「では、行きましょう。」
「「イエス、マイレディ。」」
…………
………
……
…
アンジュはそのままメインホールに出て、来た者たちの顔に見覚えがあることに気付くがそれを気にするよりもシルヴィアを探す。
『まぁ、お美しい……』
『流石は落ちぶれても名門の出という事か。』
『ザッドの者が羨ましいよ。』
「(今日もシルヴィアはいない。 出来れば、会って……話をしたい。 今日、私は────)」
「────やぁアンジュ。 思った通り、そのドレスは良く似合っているよ。」
「ッ……ありがとうございます、お兄様。 (ごめんなさい、お父様。 ジュリオお兄様。 シルヴィア……)」
「久しぶりですな、
そして以前よりは多少腰の広さを改善したヨハンソンもジュリオの近くにいた。
「お久しぶりです、ヨハンソン様。」
「どうだい? 私とファーストダンスを────?」
「────そうがっつくな、ヨハン。 彼女は貴族の世界から休みを取って長い。 まずは僕からダンスをして馴染めばいいんじゃないかな?」
「ありがとうございますお兄様。」
アンジュは礼をしながら、震えそうになる気持ちを無理やり押し込んで、胸の中で何度も自分に言い聞かせる。
「(どれだけ相手を傷つけても、逆に傷つけられても……自由を今日、手に入れる。 だからどうか、私に勇気を。 どうか、最後までやり通せますように……)」
やがてダンスの音楽が流れ始め、宣言通りにジュリオとアンジュが躍り始める。
「相変わらず君の運動神経は抜群だ。 ダンスと相性がいい。」
「ありがとうございます。 お兄様も、お変わりなく。」
二人はお互いにしか聞こえない会話をし、アンジュの言葉にピクリとジュリオが反応する。
「(お兄様のダンスやうわさに聞く勉学や交渉術は
「────疲れていないかい?」
「いえちっとも。 久しぶりにゆっくり出来て楽しいですわ。」
「でも本当に夜会などとは無縁の生活を最近までしていたとは思えないよアンジュ。」
「ジュリオお兄様もお上手ですわ。
「ッ。」
またもジュリオは反応し、僅かにステップを外すだけでアンジュと同じく笑顔のままでいた。
「どういう、意味だい?」
「言葉通りの意味ですわ、お兄様。 ああ、きっと父上もお身体が不自由でなければ褒めていたでしょうね。 『よくやったジュリオ、さすがは私の長男だ』と。」
徐々にジュリオのステップが外れかけ、彼の笑顔も消えかけていた。
「アンジュ、お前────」
「────お兄様もさぞ複雑だったでしょうね。 ご自分が長男だというのに、父上と母上は私ばかりを見ていた。 お兄様は、お勉強も乗馬も剣術も、人との関わり合い方も
「アン、ジュ……」
ジュリオの顔は無表情になっていたが、こみ上げる怒りで血管が浮き出ていた。
「でも、母上の死と私の血筋が明らかになったことから、父上が護るためにエリア11に私を送ったことで、チャンスがお兄様にも回ってきた。」
「き……きききき……貴様……」
アンジュはスヴェン経由で使用人用の裏サイトで見た、ジュリオに対して数々のコラムを見たことを思い浮かべる。
『惜しいことだな、
『資質は女である長女のアンジュリーゼがはるかに優れているなんて笑った。』
『仕方ない、生まれながらの天才に凡人は勝てない。』
『それな。 女の力にすがって当主やるなんて情けない。』
『一生頭が上がらないだろうよ!』
それはジュリオを非難する陰口で、彼を少しずつ追い詰めるには十分すぎる書き込みだった。
「(一応スヴェンの話では、
周りの大人たちの言葉や悪意に晒され続けていたお兄様の目には、何も知らずにただただ毎日を楽しく過ごしていた私はどう映っていたのだろう?
……それでも、私は彼じゃない。 彼の事は彼自身にしか変えようがない。 だから、私は自分の道を選ぶ。) それにしても私、知らなかったわ。」
「え? な、なんだ……って?」
ジュリオを非難するような言葉から一転したアンジュに、彼はポカンとする。
「私、“
彼女の言ったことの意味に、ジュリオの目が見開いていく。
「あ、アンジュ……君は、まさか────?!」
「────お兄様も、
ニッコリとしたままのアンジュに、ジュリオの顔色はどんどんと悪くなっていき、彼はヨハンソン、そして昴をチラッと横目で見る。
「お前……お前はまさか、もう────?!」
「────ええ。 私は既に
この言葉にジュリオは焦った。
ヨハンソン────否、ザッド家から『話が違う』と言われて、交渉のカードを与えることになりかねないからだ。
「アンジュ、お前────!」
「────ああ、昴から頼まれましたの。 “最初のダンスの相手は兄にしろ”って。 “可哀想な兄と仲良くしてやってくれ”って。 “優しくしてやってくれ”って。 どうですか? ママが恋しいですか?
────バチッ! ドタッ!
ジュリオがアンジュの顔を殴って彼女が倒れる。
この場に似合わない音と行動に、ホール全体の音全てが静まり返る中で息を荒くしたジュリオはハッとし、ヨロヨロと弱々しく地面に倒れた身体を起こすアンジュを見る。
「申し訳、ありません……お兄様。 (痛い……でも驚いてはダメ。 フリをしなくちゃ。
「ぁ……こ、こr────」
「────本当に……申し訳ございません、お兄様! (痛い……)」
上半身を起こしたアンジュは顔を真っ青にして周りを見るジュリオの言葉を遮るように土下座をするような勢いで頭を下げ、上記の言葉を叫ぶとホールがザワめく。
「あ、いや、これは、ぼぼぼ僕は────」
「────アンジュリーゼ様!」
またもジュリオの声を横切るかのように、昴が上着を脱いでアンジュに羽織らせると、露わになった彼の半そでのシャツの下から無数のあざが浮き出たことで、ホールの者たちの視線を集めていく。
「申し訳ございませんアンジュリーゼ様────!」
「────いえ、いいの。 私が悪いんです────」
「────ですがそれでも!
「────良いのです。 いつも、私がお兄様を怒らせるから……」
ジュリオの顔色は白を通り越して土色になっていき、ざわめきがどよめきに変わっていく。
『見たか、今の?』
『今、ジュリオ様が本当に?』
『自分の妹を殴ったぞ。』
『嘘……』
「(情けない……)」
アンジュはこれらを聞きながら、スヴェンの提案した作戦を思い出す。
「(『悪評があるのなら、だれの目にも明らかな
『まさか、今までアンジュリーゼが社交界に顔を出さなかったのって、ジュリオ様の所為じゃ?』
『確かに、顔が腫れているまま参加したら問題だよなぁ。』
『それに他家の男の家に行っていたのも、こういうのから逃げる為なんじゃないか?』
「(本当に、情けない。 『短気な暴君』で『優しい紳士』のイメージを塗り替えただけで、こんな効果が出るなんて。)」
「ヨハンソン様! ご友人であれば、ジュリオ様を止めるべきでは?!」
「へ?! お、俺?!」
昴の言葉で呆気に取られていたヨハンソンに注目が行き、彼はドキメキしていた。
「もしや、貴方も普段から見ていたのですか?」
『そういや、アイツにも噂があったな。』
『ああ、確かに。』
『じゃあまさか、ジュリオ様が行う“女性への暴力”は、ヨハンソン様から習ったものなのかしら?』
「あ、う……お、俺は知らん! 帰る!」
ドスドスとする足取りで、ヨハンソンはホールから姿を消す。
『あの慌てよう……まさか本当に?』
『信じられないわ。』
『でも目の前でああいうのを見せられた後じゃ……それにアイツの使用人のあざ、新しいものばかりだぞ?』
『じゃあヨハンソン様の噂を、ジュリオ様がご自分の悪癖を隠す為に消していたのかしら?』
『そう考えればつじつまが合う。』
「(これが、
「行きましょう、アンジュリーゼ様。」
「ええ────痛ッ!」
アンジュが立ち上がろうとして、足首に力が入った瞬間ズキッとした鋭い痛みに上がりかかった身体を昴に預ける。
「足も捻ってしまいましたか。 あとで
「ごめんなさい……」
「謝らないでください、
昴はアンジュの腰、そして肘裏に手を回して彼女を持ち上げるその姿は『横抱き』、あるいは『お姫様抱っこ』とも呼ぶものだった。
「────ご安心ください。 私は、理不尽な理由で女性を殴ったりしませんから。」
そんな昴から、アンジュは腫れあがる頬で固まったジュリオに目を向ける。
「あ……」
「(さようなら、お兄様……)」
「あ、アン……ジュ……」
『なんて痛そうなのかしら。』
『いくらアンジュリーゼとはいえ、あれはやり過ぎだよな。』
『そもそも、彼女の噂はジュリオ様に問題があるんじゃ?』
『普段から暴力振るっているからな。』
『実は俺、ジュリオ様やヨハンソン様の事なんか胡散臭いと思っていたんだよなぁ。』
『わかる! 最近出来過ぎでわざとらしくってさぁ。』
どんどんとアンジュではなくジュリオを非難する声が聞こえ始めたとき、一人の女性が震える声でとあることを口にした。
『じゃ、じゃあまさか……シルヴィア様の噂も?』
「……あれが、私の生きていた世界……」
「……」
彼女の独り言のような言葉に昴は何も言わなかった。
『お姉様―!』
「ッ?! し、シルヴィ────!」
────パァン!
背後から来た少女の言葉に昴が身体ごと振り返ってアンジュがホッとしたような言葉を乾いた銃声が中断させる。
ファサ。
アンジュの撃ち抜かれた、貴族の名残である
「シル、ヴィア……なの?」
「(これは……酷い。)」
アンジュ、そして昴までもが呆然とするような状態のシルヴィアらしい少女が、明らかに使い慣れていない猟銃を手にしていた。
かつて美少女に類される彼女は変わり果てていた。
明らかに手入れのされていない髪は、所々抜けていたのかもぎ取られた様子で、残っていた髪もボサボサ。
服も綺麗で上品なものだが、所々がぶかぶかでサイズが合わないモノ。
そして何よりも顔や手足には、殴られた跡が絶えずそこかしこにあった。
「馴れ馴れしく呼ばないで! 貴方なんて、生まれてこなければよかったのよ! そしたら、お父様もお母様もお兄様も
「シル────」
「────お父様とお母さまと以前のお兄様を返しなさい、この穢れ者が! 返せないというのなら、私の手で殺してやるぅぅぅぅぅぅぅ!」
「行きます、アンジュリーゼ様。」
「え────?」
「────逃げるなぁぁぁ!」
パァン!
シルヴィアの制止を昴は無視し、そのまま歩いている彼の背中に狙いを定めたシルヴィアが銃を撃つ。
「なんで?! 何で死なないのよぉぉぉぉぉ?!」
だがどういう訳か、あるいは奇跡的に放たれた散弾は昴に当たることは無かった。
これを見たシルヴィアが狂ったように銃の引き金を引くが、既に弾切れだった銃を装填しなかったことで次弾を撃つことは無かった。
そのまま昴とアンジュは門の外で待機していた無人タクシーに乗り込むとあらかじめセットされた空港へと走る。
「「…………………………」」
向かいの席に座った昴とアンジュに言葉はなく、アンジュに至っては窓の外を見ていた。
「(さようなら、腐った家畜ども。 さようなら、汚くなったお兄様。 さようなら、醜くなったシルヴィア。)」
「最後まで、よく頑張りましたね、アンジュリーゼ様?」
「……ねぇスヴェン?」
「何でしょう、アンジュリーゼ様? それと私は昴ですよ?」
「私ね? あの家での暮らしが好きだったの。 お父様も、お母様も、お兄様も、シルヴィアも、使用人の皆が好きで楽しくてたまらなかったの。」
アンジュは昴の訂正を無視するかのように、ポツポツと喋り出すと体が震えだし、彼女は無くなった縦ロールのあった場所に思わず手を上げるが、縦ロールが無くなったことに気付いて更に体は震えだす。
「本当に……本当にみんなが、大好きだったのよ……うっ……ううぅぅ……うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
アンジュの目から大粒の涙がポロポロと浮き出て頬を伝い、彼女は顔を両手で覆って泣き出す。
「……」
昴は一瞬戸惑い、彼女の頭をアザの浮き出た手で撫でると、アンジュが彼に抱きついて顔を胸に埋めて更に声を出して泣く。
長くなって申し訳ございません、どうしてもキリの良いところまで書きたかったのがいつの間にか夢中で一万文字数を超えてしまいました。 (((( ;゚д゚))))アワワワワ
次話の投稿は、未来の自分にバトンタッチしますので、遅れたらご了承くださいますようお願い申し上げます。 (;´д`)トホホ