駆け抜ける『トキ』   作:羊羹mgmg

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めちゃんこ史実と原作を改変しています。ごめんね。
なお、やっとオリジナルウマ娘が登場します。



第一コーナー

 

 

『2:19:6』

 

このタイムは東京優駿……つまり、日本ダービーのレコードだ。

 

当時の二分三十秒前半台のレコードを十秒以上縮める、最早異常な成績。当時それを目の当たりにしていた者は喜ぶことも、悔しがることも、感動する事さえも略奪され、只々その結果に首を傾げる事しか出来なかった。常塗り替えられる事暇ないはずのレコードは、諸行無常を一笑に付すかの如くこの六年間君臨し続けたのだ。

 

制度の改善、技術進歩によるバ場の質の安定化、施設の拡充、走法の発展、レース運びの多様化、そして何よりトレーナーによる訓練の質の向上によりウマ娘全体の走力が上がったと言われる今でなお塗り替えられていないその偉大なレコードは、今ではすっかり観客を魅了し、レースに憧れるウマ娘を鼓舞し、同時にレコードを狙う最優のウマ娘を絶望へと叩き落してきた。

 

今でなお破る事の出来ない、二分二十秒の壁。トレーナーとウマ娘が一蓮托生の思いで精進し、ライバルと共に鎬を削り、レースの場で今までの全てを出し切り、そうやって生まれてきた、時代の頂点に君臨する歴代のウマ娘達…………その全てを一蹴するかの如く立ちはだかるレコード。まるで壁なんて存在しないと言わんばかりに打ち立てられた、二分十九秒台のタイム。それも今と比べれば劣悪と言わざるを得ない環境下で。

 

それ程までに幻のウマ娘……トキノミノルが叩き出したレコードは偉大だった。

 

メイクデビュー戦でレコードを叩き出し、そのまま最早敵なしと言わんばかりに勝ちに勝ちを重ね、最後の東京優駿は今もなお塗り替えられていないレコードを記録した、まさに歴代最強ウマ娘の一角。戦績は十戦十勝……つまり一度も敗北を経験した事無く、その十勝の内計七度はレコードを記録し、見事クラシック二冠を成し遂げたのだ。

 

このまま秋の菊花賞を念頭に、三冠も十分狙える……そう信じられていた矢先で起きた悲劇。

 

トキノミノルは足を故障した。それも、一年や二年では復帰できない程深刻に。

 

当時は高等部三年の五月。トキノミノルは高等部に編入生としてやってきて、その年の初夏にトレーナー契約を結んだ。そのまま入念な訓練と調整がなされ、来年の夏にメイクデビュー戦をこなし、そのまた来年の春には皐月賞を搔っ攫った。

 

その約一か月後に迎えた東京優駿で彼女は今後のバ生の全てを出し切り、異常なレコードの代償としてその足を失ったのだ。

 

まだ秋には菊花賞が残っていた。トレセン学園卒業後でも、遅まきながらではあるがシニア級への参加は認められていた。だがそれらは全て足の故障により、実現から空想へと成り下がった。

 

当然、世間からは悲しみの声が後を絶たなかった。だが時代と共にその声は別の形へと変容していき、そのレコードも相まっていつしかトキノミノルは、東京優駿に深い思い入れがあるウマ娘として扱われてきた。

 

間違いではない。実際トキノミノルは今でも東京優駿の記憶は他の記憶とは一線を画す過去の栄光として多少なりとも捉えているし、それをバ鹿にする事など誰にもできないのは自明。

 

だが、それでもなお時代の流れに取り残された人間がたった一人、存在していた。

 

それがトキノミノルの元トレーナー、名を紫月という男だ。

 

彼の中でトキノミノルが打ち立てた東京優駿の偉業は、等しく彼の担当バの足を壊してしまった原因でしかなく、自分を蝕み続ける劇薬の類であった。彼の目に映るトキノミノルは自分の落ち度で三冠……或いはそれ以上の、今よりもっと輝かしい未来を掴み損ねた被害者であった。

 

彼の中で自分自身へ下す評価は、単なる加害者でしかなかったのだ。

 

 

 

■□■□■□

 

 

 

駿川さんに微糖の缶コーヒーを奪われてから一週間が経過した。

 

喧騒。トレセン学園は数多くのウマ娘の声に満ち溢れ、どこもかしこも人間にはついていない耳と尻尾がピコピコ動く光景で一杯になっている。

 

この時期のトレセン学園は一年を通しても三本の指に入る程活気がある。

 

第一に、新入生。つい先日入学式を終えたばかりのウマ娘達だ、当然自分のバ生を預けるこの学園に興味が湧き、あちこち走り回っては大小様々なれど感動する事もあろう。そして在校生は新入生を歓迎しようと多くの催しを開く。単純に学園が賑やかになるのだ。

 

第二に、レース。桜花賞に皐月賞、そして春の天皇賞。この四月にはG1レースも数多く開催され、そしてそのすぐ後の五月にはかの東京優駿が待っている。特にこの四月のG1は三冠を目指すウマ娘にとっての登竜門であり、またそうでなくとも今年のレースの流れを掴むためには大事な一戦だ。別に他のレースを低く言うつもりは毛頭ないが、それでもこの四月のレースには、ウマ娘達も気合の入れ方が違う。今もグラウンドではレースに向けて最後の調整を行っている在校生の姿が散見される。

 

そして第三に、トレーナー。今年から新しく担当を持つトレーナーは新入生の中から自分が求める原石を血眼になって探している。また、今年は担当を取らないトレーナーだって将来のライバル候補はいち早く知っておきたいところだろう。約一週間後には開催されるであろう選抜レースはどの年も大盛り上がりだ。…………だからこそ、夜になってトレーナーがほとんど退散した後でも、スカウトされる事無く走り続けるウマ娘の姿には胸が痛むのだが。

 

そんなわけで、この時期のトレセン学園は活気に満ち溢れているのだ。

 

だが、今の俺の周りにはそんな活気は何一つ存在しない。

 

時刻は午後に入ったばかりだが、入学シーズンの今は本格的な座学にはまだ入っておらず、この時間でも既に校舎内外問わず喧騒に満ちている……のだが、この廊下だけは話は別。この廊下の向かう先には資料室や事務室、教務室に生徒会室といった、生徒があまり立ち寄らない部屋しか存在しない。故に、今生徒会室へと向かっている俺が踏みしめているこの廊下に響くのは、俺の足音だけだった。

 

コンコン、と俺は目の前に広がる重厚な扉にノックをする。堅く、安っぽい響きは何処にもない。自分の指に返ってくる重い振動が、どこか箱鳴を感じさせる。

 

「どうぞ」

 

扉の奥からの返事は、良く通る凛とした声。音量が大きいとか、音が高いとか、そんな次元の話ではない。扉一枚隔てても肌で感じられるほどの存在感が彼女にはあった。

 

「失礼するよ」

 

重い扉を押し開けて目に入るのは、我らがトレセン学園の生徒会長を務める『皇帝』シンボリルドルフ。歴代の生徒会長の中でも一、二を争う程の優駿であり、現役最強を飛び越えて歴代最強の声すらも上がっているウマ娘だ。

 

おおよそ生徒とは思えない程の威圧感を蓄えた彼女は、その紫紺の瞳をもって俺の目を真っ直ぐに射貫いてくる。この子のトレーナーはこの威圧感に毎日当てられてもピンピンしてるんだから、そのメンタル面は素直に尊敬だ。いや……成長したなぁアイツ。

 

思わぬ所で後輩の成長を実感する羽目になったが、本題は勿論そこじゃない。少なくとも俺と彼女との話し合いの為だけに予め時間が設けられているくらいには重要な話だ。流石にここで会長からトレーナーの惚気話が飛んでくる事はあるまい。

 

「さあ、かけてくれ」

「ああ」

 

彼女の手が促すままにソファーに腰掛ける。今時の生徒会室とは思えない程の豪華な椅子に、再度トレセン学園における生徒会の権力の高さを痛感させられる。

 

「どうぞ」

「気を遣わなくてもいいのに。すぐ終わるだろうし」

「そういう問題ではない、全く……」

 

やや形式ばった所作で机の上に茶を用意するのは『女帝』エアグルーヴ。生徒会役員の中でもこうやって会長と共に話し合いに参加しているあたり、会長からの信頼の深さが見て取れる。

 

シンボリルドルフも向かいのソファーに腰掛け、それに応じてエアグルーヴもすかさず器に茶を注ぐ。

 

俺と彼女の間を呑気に漂う、お茶の湯気。この緊張感を含む冷たい空間には何処か場違いで、湯気はシンボリルドルフから発せられた言葉に押し出され、霧散していく。

 

「長話は無用、といった顔だな。では単刀直入に聞こう。君は本当に、トレーナーライセンスを放棄しても良いんだな?」

 

 

 

……俺が今日この生徒会室に召喚された理由は他でもない、トレーナーライセンスの有効期限に関する最終確認だ。

 

トレーナーライセンス。

日本国内でも屈指の獲得難易度を誇る資格であり、中でも中央のそれは別格と称されている。称されている、と暈しているのはトレーナーライセンス取得の条件は基本的に地方も中央も変わらないからだ。

 

当然だ。何処に居たってウマ娘を指導することに変わりはなく、それに応じて試験の内容は筆記も実技も変わらない。変わるのは精々倍率と面接官くらいだろうな。まぁ中央は秋川理事長が面接官を務めている分、そこの違いを「精々」と片付けられるのかは甚だ疑問だが。

 

制度上の違いは何処にも無い。だが、事実として同じライセンスでも中央で取るのと地方で取るのとでは小さくない差が生まれてしまっている。それこそ、中央のライセンス持ちトレーナーならば地方のウマ娘育成期間で採用試験を大幅に免除される一方で、その逆は事実上不可能と言われているくらいには。

 

まぁ結局何が言いたいのかというと、トレーナーライセンスは制度上国家資格である一方、その実情は民間資格と化してきているという事だ。

 

国が定める資格取得の基準……その基準も決して低いわけでも無いのだが、それに飽き足らず更に質の良いトレーナーを中央は求めた。国立の人脈と権力、レース運営による豊富な資金力を最大限活用し、遂にはトレーナーライセンス取得がトレセン学園就職の必要条件に過ぎないという理をぶち壊し、そこに十分条件も付与したのである。つまり、中央のトレーナーライセンス獲得とトレセン学園への就職を同義と定めたのである。

 

本来それを持つ者の知識や技術の絶対性を保証する代物としての「資格」のはずが、中央だけに許された権力により、倍率という相対性が付与された。これこそが資格でありながら地方と中央で格差が生まれた最たる理由である。

 

さて、そうやって独自の進化を遂げたトレーナーライセンスだが、その末路として極めて特殊な取り扱い方をされるようになった。

 

国家資格として、トレーナーライセンスは一律に有効期限が設けられている。その期間はライセンス取得から十年間、そして最終更新日から五年間だ。これを過ぎればトレーナーライセンスは剥奪され、再度試験を受けなければならなくなる。

 

だがその一方で、トレーナーライセンスの管理はトレセン学園に一任されている。それこそライセンスの発行から更新まで、全て。

 

だからこそ、今俺の目の前に鎮座しているシンボリルドルフに俺のトレーナーライセンスの管理が可能なのだ。

 

トレーナーライセンスは個人情報の塊だ。生徒会長と言えども所詮は生徒、普通はライセンスの管理はおろか、閲覧さえトレーナー本人の許可無しでは叶わない。だが中央の持つ絶大な権力の分散、及び学園の掲げる目標である「生徒の自立心の尊重」により、生徒会に一部権力が流れて来たのである。

 

「……ああ、気持ちは変わらないよ」

「そうかい。私個人としては更新くらいしておいても損は無いと思うのだがな」

「更新だってタダじゃない。そうだろう?」

 

通常の資格がどうかは分からないが、トレーナーライセンスは更新に一定の条件が課せられる。直近五年の内でウマ娘を一年度分以上担当するか、或いは更新試験に合格するか、大きく分けてこの二つのどちらかが条件となる。

 

更新試験は通常避けられる。単純明快、合格難度が高いからだ。となれば担当バを持つのがセオリーなのだが、俺の担当バはトキノミノル、ただ一人。あの子の担当を離れてもう五年以上はウマ娘を担当していない事になる。

 

そして、今年の四月一日で俺はトレーナーライセンスを取得してから十年目に突入した。つまり来年の四月一日までがライセンスの更新期限であり、今年の四月中に担当を持たなければライセンスを更新するには試験を受けるしかなくなる。

 

「このまま教官を続けるよ。現状特に不満もないし……恥ずかしい話、もうトレーナーとしてやっていく自信が無いんだ」

「謙遜を。君の教官としての腕だって良い評判は度々耳にする。トレーナーとしてだってやって行けるさ」

「技術や知識と、精神面は別の話だ。俺が自分の手で担当バを指導して勝たせるイメージが、もうどうしても抱けない。そんな奴がトレーナーになってもいい迷惑だ」

「それは……」

 

その沈黙は肯定と受け取るぞ。ほら、話なんてすぐ終わる。

 

「君も忙しいんだろう?さぁ、話は終わりだ。前に提出した書類通りに頼むよ」

「……残念だ。君をトレーナーにしたいと言う子の話も良く聞くから、君がトレーナーとして復帰するならば彼女の希望も叶い、君のライセンスも更新でき……正直双方に理があると思うのだがな」

「…………」

 

まあ、君の言っている事も間違いではあるまい。というかむしろ、一般的にはそちらが正しい意見だろうな。

 

「少し、勘違いをしているようだな」

 

でも、これだけは正しておきたいのが俺達トレーナーの性ってもんだ。

 

「シンボリルドルフ。君は少々、トレーナーライセンスを美化しすぎだ」

「……ほう?」

「確かに、中央ライセンスの取得難度は高い。ライセンスを取得できず夢半ばで散っていくトレーナー志望の人間が数多くいる事も、分かっているつもりだ」

 

「だがな……ライセンスは試験さえ受かれば何時でも取得できる。一度失効したところで取り返しなぞいくらでもつく」

「対して、ウマ娘のバ生は一度きりだ。才能が有ろうが無かろうが、努力する子だろうがそうでなかろうが、そんなことはどうでもいい。皆等しく持っている、文字通り掛け替えの無い物だ」

 

「肝に銘じておけ―――シンボリルドルフ。たかがライセンスごときの為に、軽々しくウマ娘のバ生を踏みにじるな」

 

例え彼女らが俺をトレーナーになるよう望んでいても、それに応える気概も能力も無い加害者が預かれるほど―――ウマ娘のバ生は軽くないのだ。

 

 

 

「貴様、会長に何という口利きを……!」

 

エアグルーヴの荒らげられた声で、熱を帯びていた思考が冷めていく。

 

彼女からしたら尊敬する生徒会長をパッとしない教官が説教垂れてるのだから、そりゃあ当然面白くないだろう。よくよく考えたら結構な物言いしたな、俺。謝ろう。

 

「……済まない、少し気が立ってしまった。忘れてくれ」

 

フン、と面白くなさそうに小さくそっぽを向くエアグルーヴだが、彼女の耳は落ち着いている様子。何とか矛は収めてくれたらしい。

 

「会長、これ以上の話し合いは無用でしょう。さっさとこのたわけを追い出して……会長?」

「ふ……ふふふ、ははははっ!」

「か、会長?如何されましたか?」

 

突然、高らかに笑いだすシンボリルドルフ。別に俺を嘲笑っている訳でもなく、かと言って可笑しい事を言った記憶も無い。というかむしろ彼女からしたら気分が悪い事しか言ってない。……どしたん?

 

「ふふ……いや、失敬。トレーナー君以外にこうやって注意を受けるのも、何だか新鮮でね。忘れていたよ、確かに君達『トレーナー』はそういう人種だったな」

 

……?何の話だ?何に納得したんだ?

 

「ああ、肝に銘じておくとも。そして君の意思も堅いようだし、上には君が教官のままで居続ける気だと報告しておこう」

「ああ、よろしく頼むよ」

「ライセンスの更新自体は今年一杯は出来るはずだから、もし気が変わったなら試験を受けると良い。ただ、資格取得試験と違って更新試験は中央が作る。そう甘くは無いと思うよ」

「大丈夫、承知済みだ」

「よし……なら話は終わりだな。わざわざ足を運んでもらって悪かったね」

 

シンボリルドルフは目の前にある器を手に取り、ゆっくりと茶を啜る。

 

気付けば目の前にはお茶の湯気がまだほんのりと上がっていた。俺も流れるままにお茶をぐっと最後まで嚥下し、その場で立ち上がる。

 

「……ああ、そういえば私からも一つ」

 

ソファから移動して扉に手をかけようとしたその時。シンボリルドルフは落ち着いた声で、そう宣う。

 

「確かに、君のライセンス事情でウマ娘を担当するように勧めるのは、些か配慮に欠ける事だったかもしれない。だが、私達のバ生は担当トレーナーですべてが決まる訳じゃない。そう単純な話じゃ無いのは君も知っているだろう?」

「…………」

「そうやってウマ娘を大切に扱う『トレーナー』諸君の気持ちを無下にするつもりは無いし、むしろ素晴らしいと個人的に思うのだが……ウマ娘は君達におんぶ抱っこされないと走れない程、柔な生き物じゃない」

 

「だからこそ……そろそろ君も、自分自身を許してやらないのか?」

「っ…………」

 

……流石『皇帝』だ。痛い所を的確に突いてきやがる。勿論悪気は無いのだろうし、むしろ心配してくれているのは分かっているのだが。

 

「すまない。こればっかりは……そう簡単に治りそうもない」

「急かしはしないさ。君の気持ちも良く分かる」

「助かるよ。では、失礼する」

 

今度こそ扉を押し開けて、俺は生徒会室から抜け出す。そしてそのまま扉が閉まり、部屋の中の音が俺の耳に入るのを遮った。

 

依然としてこの廊下は静まり返ったままだった。だがこの廊下を進めば、きっと多くの人やウマ娘が所狭しと並んでいるだろう。

 

「許す、か。それはまた、難しそうだな」

 

だから俺の独り言は、一先ずここに置いておくことにした。

 

 

 

■□■□■□

 

 

 

「……会長、どうなさいましたか?」

「何がだい、エアグルーヴ?」

「いえ、あのような暴言を吐かれて、笑っておられましたから……」

 

怪訝な顔を浮かべてエアグルーヴは横にいるシンボリルドルフにそう訊ねる。流石に暴言を吐かれて直ぐに憤るような真似はしないだろうが、決して気分が良くなるものでは無かったはずだ。だが起こった事態は真逆……微笑むことは多々あれど、声を上げて笑うのはシンボリルドルフにおいては稀な事。「注意を受けるのが新鮮だった」などという理由では、エアグルーヴには到底今の出来事に納得が出来なかった。

 

「いや、別に大したことではないんだ。昔、理事長が仰っていた事をふと思い出してね……それがあまりにも今回のケースで的を得ていたものだから、可笑しくてつい笑ってしまったんだ」

「理事長の言葉、ですか」

 

照れ隠しか、少し苦笑いをしながらそう答えるシンボリルドルフ。一呼吸を置いた後、苦笑いを作っていた口はゆっくりと形を変え、落ち着いた声で話を続けていく。

 

「私がまだ生徒会に入ったばかりの頃だったか。理事長が良いトレーナーの見分け方の様なものを仰っていてな。その中の一節で……」

 

―――他には…………そう!トレーナーライセンスを託したいと思える人間程、そのライセンスの価値をまるで分かってないのだ!……えっ、バ鹿にしてる?誤解ッ、文句を言った訳ではない!だが事実として、トレーナーライセンスは彼らにとっては非常に貴重な物なのだ。身分証明は勿論、あれはトレセン学園のトレーナーである証として、彼らがそれを取得するまでに費やした努力と才能の証明……いわば彼らの今までの人生そのものだ。それほど貴重なライセンスなのだが…………ふふ、愉快ッ!それでも彼らはウマ娘の為ならばライセンスなぞ喜んで溝に捨てる様な、そういう変態集団なのだよ!

 

「……ふふ、そっくりそのまま理事長の言っている通りの出来事が起こったのだ。面白いだろう?」

 

くつくつと笑うシンボリルドルフ。実際にその場に居なかったエアグルーヴは笑い処を捉え切れず、控え目に愛想笑いを浮かべる。

 

「そうなると益々、惜しい人材だったな。彼女のお願いもあったから彼にはトレーナーとして復帰してもらいたかったが……仕方あるまい」

「私としては彼女がこれを聞いて掛かり気味になりそうなのが心配ですね」

「全くだよ」

 

そうやって生徒会室で二人が談笑している所に、コンコン、と良く響くノックの音が響き渡る。

 

「おや……噂をすれば、というやつかな」

 

ノック一つ取っても為人は現れる。シンボリルドルフなら丁寧に、それでいて重く響く音、エアグルーヴは鋭く突き刺さる音、ナリタブライアンは……そもそもノックをしないが、ともかくこの様に音の中でも微妙な違いが現れるのだ。そしてウマ娘には人間では気付けない程の微妙な差異がはっきりと認識できる。

 

だから慣れない相手ならともかく、良く見知った生徒会メンバーである彼女のノックを、この二人が聞き間違えたりはしない。

 

「開いているよ」

「はい、失礼します」

 

そう言ってドアを開けたのは、トレセン学園の制服に包まれたウマ娘。

 

鹿毛の髪は腰あたりまですらりと伸び、身長は平均よりかは高め、耳は小さく控え目だ。顔は可愛いというよりかは端正に近く、上品さや煌びやかさはその綺麗さを醸し出している。感覚的に捉えるなら、クールで大人びたウマ娘といったところか。

 

「突然で申し訳ありませんが……生徒会の業務に入る前に、先程此処を出た彼……紫月教官の返答を聞かせてもらえませんか?」

 

大きな目を常にキリリと結び、やや三白眼気味の目でシンボリルドルフを真っ直ぐに見つめる。普段の透き通っている瞳はやや光を失ってのっぺりと赤紫色を広げており、耳はやや絞られている様子。

 

「ああ…………分かったよ、トキノメグル」

 

彼女……もといトキノメグルは、まだ温かみの残っているソファに腰を下ろしたのだった。

 

 





Q. トレーナーライセンスの話ばっかりしやがって!本編全然進んでねぇじゃねぇか!
A. す、すいません!次こそは……

オリジナルウマ娘「トキノメグル」
追々詳細は書きますが、六月生まれとだけ言っておきましょう。


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