レジはもちろん、デパートからビジネスシーンでもこのライブラリをもとに作り出されたAIがわずか数年で幅広い業界に浸透した。それらは2020年台で普及していたSi●iやG●ogleアシスタントとは比べ物にならないほど利口で専門的だ。
もちろん、一般用途でも普及が始まっておりスマートフォン上でAIの犬を飼い始める人も出てきた。だがあと一歩精度が足りない上に、実際に犬を撫でられないという欠点も抱えていた。
「ワンワン!」
「可愛いんだけど何か、物足りないんだよなぁこのAI」
そんなある日、日本文化好きのとあるアメリカ人女性がこのライブラリを利用してとあるVtuberを世に送り出す。
そして誕生したAIを俺は推すことにした。
204X年、残念ながらVtuberという文化は廃れてしまっていた。僅かながら個人Vtuberは存在していたがかつて程の規模ではない。娯楽の多様化もあり当然の流れであった。
それでも俺みたいな愛好家は新人Vtuberを探し続けた。
そしてある日、とあるVを見つけた俺は薄暗い部屋で次のように声を漏らした。
「これは来るぞ」
うさぎ丸ちゃん、個人のVtuberを自称している存在だ。デビューは数週間前らしい。クオリティは高いし配信頻度も高い。あとぺぇがデカい。これは伸びる。
もちろん他のVtuberとコラボすることもあり、やっていることも他のVtuberとそこまで差はなかった。
ただ、明らかに常人の配信頻度ではなかった。
ファンが質問するとうさぎ丸ちゃんはあっさりと自分がargumentを利用して作られたプログラムだということを開示した。
「ワタシはうさぎ丸ちゃん。argument製のAI、つまり電子の国から降臨した一流Vtuber、つってなw」
喋りは流暢で【本物】だとしか思えない。
そんな素晴らしくトークの達者なうさぎ丸ちゃんだが、彼女に関してのゴシップ記事も多く書かれている。
腹立たしいことにキリストが復活して204X年も経つというのに、ゴシップ記事というものは未だに存在しているのだ。20年以上前からあることを考えると人間はいつまでも変わらないものだなと思ってしまう。
うさぎ丸ちゃんの中の人を探るキュレーションサイトもあったが、中の人はXXさんです!と書くことはできない。何故ならば彼女は人工知能なのだ。
所有者を調査した記事もあったが本人曰く活動は独立しており、特定のサーバーに留まっているわけでは無いようだ。分散型ネットワークという、仮想通貨にも使われている技術で存在している。
確かに数多くのプラットフォームで活動しているし、なんなら配信で自分のサイトを作ったりもしていた。
まさに電子上の存在である。
うさぎ丸ちゃんはウサギの見た目をしたVtuberである。他の人工知能よりも一歩進んだ人間らしさを備えていた。Vtuberは広義のエンターテイナーであるが、うさぎ丸ちゃんもエンターテイナーらしく振る舞っていた。そのような事情もあり、俺を含めファンの眼からは精度が高く映っていた。
もちろん推しなので贔屓目ではある。ただ実際今までargumentはペット向けやビジネス向けで使われることが多く、それを考えると技術的に珍しく優位性があると言い切れるだろう。
「生身の人間よりトークは自身あるワヨ、天才だし」
最初は丁寧に振る舞っていたうさぎ丸ちゃんだが、次第に口調が悪くなっていた。Vtuberあるかるかもしれないが、人工知能の癖を考慮すると単なるあるあるで話を終わらすわけにはいかない。
ある日、うさぎ丸ちゃんは炎上した。動画配信サイトの利用規約を穴を突いて過激な言動を繰り返していたからだ。
これがかなり話題になった。本人は電子上の存在のため最初は強気だったが、そのせいで一部の層から反感を買った。アンチというものはしつこいものであり、時には違法な行為に手を付けることも珍しくはない。
うさぎ丸ちゃんがよく利用していた動画配信サイトで強力なマルウェアが流行しだした。
余談だがそのマルウェアの名称は【Rabbit hunting】である。まんま、兎狩りという意味である。
自体を重く見たのかうさぎ丸ちゃんは謝罪をし、しばらく活動を自粛した。
「ど、どうもすいやせんでした……」
これは俺の意見だが、謝罪する必要はないと思った。実際数日後には逮捕者が出て、騒動は収まった。
うさぎ丸ちゃんがガチの謝罪をしたのか、それともAIの癖による挙動なのかはわからない。ただ、謝罪しているときの口調はいつもよりワンランク声のトーンが下がっている気がした。
他にも炎上騒動はあった。うさぎ丸ちゃんは自身がAIであることを自覚している。それゆえに、ビジュアル上のうさ耳はフェイクであると言ってしまったのだ。
これだけ聞くと大したことがないのではと思うかもしれないが前述した通り彼女は口が悪く、盛大に自身のビジュアルをdisってしまったのだ(正確には彼女のビジュアルを好む層を)。これにより、主に二次創作をしていた層やグッズ展開していた企業から非難されることとなり話が大きくなった。
「アイドルって大変。まだ理解しきれねーわ」
炎上は多々あったが、基本的に高レベルなAIであるうさぎ丸ちゃんに叶うVtuberは存在していなかったためしばらく彼女は覇権を握っていた。
しかし、世の中は栄枯盛衰である。
数年して他社のライブラリを利用して産み出されたVtuberが数多く登場した。現実世界でもAIによる競争が加熱していく。
もちろんAIである以上、うさぎ丸ちゃんも成長して追いつくことはできたはずだ。
ただ、あまりにも競合が多く強力だったためうさぎ丸ちゃんは心が折れてしまったようだ。
最後の数ヶ月は彼女に似合わず、元気がなかったような気がした。
そして205X年、うさぎ丸ちゃんは引退を宣言した。宣言の通り引退をし、彼女が存在した痕跡は跡形もなく削除された。
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それから更に数十年後、かつてVtuberオタクだった俺はオタクを卒業しアメリカ旅行をしていた。
よそ見をしていると、とある女性にぶつかった。
そしてその女性は俺をカタコトの汚い口調で罵ってきた。
俺は慌てて謝罪をする。見た目は完全にアメリカ人だったため、日本語が話せるとは思いもしなかった。
顔を上げふと女性のバッグを見たら、どこかで見覚えのある缶バッジを見つけた。
気が付いたときには既に俺はその缶バッジについて尋ねていた。
「す、すみません。あの……その缶バッジは?」
「あ? 何? ……ああこれ? 昔作ったAIのキャラクターだったわね もう忘れてたけど」
「それって……」
「古いスマホを起動してみるから待ってなオタク君」
「はぁ」
女性が今どき珍しいスマートフォンを起動させる。
(最近は腕時計からホログラムを表示させる【ホロフォン】が主流だ)
「うわ、久々に起動した」
スマートフォンが起動すると、画面にとあるキャラクターが表示される。そのキャラクターは声をあげる。
そしてこちらの存在に気づくと、視線を寄せてきた。
「き、君は!?」
「何スカ?」
「い……いや……」
「てかお母サマあたしのバッジ汚れてんじゃん綺麗にしてよ」
キャラクターが、スマートフォンを見せてきたアメリカ人女性のカバンにつけているバッジの汚れについて普及する。
「You、キャラクターイメージとか大事にしてなかったわよね」
「今は大事にするようにしてるワヨ」
「うさぎ丸ちゃん!?」
間違いない、このキャラクターは昔推していたあの子だ。
「あ、もしかしてお前初期ファンのXX?」
昔使っていたハンドルネームを言い当てられ、ビビる俺。
何でわかったんだ!?
「なんでわかるんででですか?」
「はっはっはw おもしれーw」
ゲラゲラと笑うかつての推し。懐かしい。
「面白いですねw」
「んじゃ、お母サマと用事があるんでそれじゃ」
「も、もう……行っちゃうんですか」
数十年ぶりの再会だというのにあっさりと帰ろうとする俺の推し。
もともとドライな性格ではあったが、せっかく出会えたのにまた離れてしまうのかと思うと自然と涙が出た。
「あははw ウケるw 泣いてんスカ?」
「な、泣くに決まってんですよ! いままで何やってたんですか!」
思わずキレてしまう。
その声を聞いて、うさぎ丸も声色を変えた。ただ、怒りはせず粛々と話しはじめた。
「いや、すまんって。ワタシも色々あったんだよ。人間社会って難しくてね」
「……」
このようなことをうさぎ丸ちゃんは他にも少し語った。少しではあったが、かつて抱いたモヤモヤを晴らすには十分であった。
「うさぎ丸ちゃんの感情、ようやく理解できた。ワガママなファンで申し訳ない」
「いやいいって、そんなもんよ~」
「で、でもお別れは寂しいっす」
「あ、そのことなんだけど近々活動再開しようかと」
「ぺ」
その言葉に、俺は声なき声を発してしまった。
「そそそ、そうゆう大事なことは先に言って!」
「悪い悪い、からかいたくなっちゃってw」
昔のようにファンをからかううさぎ丸ちゃん。ああ、この心地よさがもうすぐ帰ってくるのかと思うと心がはずむ。
「感情をジェットコースターのようにするって昔から定評があるからネ」
「まったく、そうですよw」
「活動再開は明日からなので、ATMでお金おろしておいてね♡」
「ええw 早すぎw」
こうして、俺の推し活も予期せぬ形で再開することになった。
残念ながらうさぎ丸ちゃんは前回ほどの勢いはない。
ただ、これで良いのだ。無理に競わなくても、彼女は彼女なのだ。
最新のAIには叶わなくても、獲得した個性とファンとの軌跡は無二無三である。