緋想戦記   作:う゛ぇのむ 乙型

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~第四十四章・『霧雨の名継ぎ者』 交わした言葉は少ないけれど (配点:親子)~

 その日は雨だった。

 豪雨の中母の葬儀が執り行われ、里中の人たちが家に集まった。

 母は里では人気があり、多くの人が母の死を悲しんだ。

 皆が私に声を掛ける。

「可哀想に」「元気出して」「お父さんを支えるのよ」

 だが私は知っていた、彼らが裏で何と言っていたのか。

「事故、だってさ」「なんか魔術の研究して死んだらしいわよ?」「怖いわねー」

 母は里一の魔女だった。

とても優しく、魔法で皆を助け、慕われていた。

しかし魔法の実験を失敗し死ぬと皆の態度は一転、死者を気味悪がった。

 私は泣かなかった。

 もう散々泣いたから。

母をこれ以上貶されたくなかったから。

 葬儀には霖之助も来ており、何時も冷静な彼が珍しく目蓋を赤く腫らして焼香を行う。

 焼香の順番は私たち家族が最後だった。

 父が最後に焼香したいと言った為自分もそれに倣った。

 私の番が来る。

 幼い私は席を立ち一礼をし、祭壇の前に立つと抹香を摘んだ。

何も考えず、ただ同じ行動を繰り返し己の席に戻ると隣席の父が立ち上がる。

 父は母が死んでから一度も泣かなかった。

 母が他界すると直ぐに葬儀の手配をし、里の人たちを取り纏めた。

 母が他界してから父とは全く言葉を交わさなかった。私が泣いていたのもあるし、父もずっとあちこち走り回っていたからだ。

 父の番が終わり、席に戻ると大きくため息を吐いた。

 そしてとても疲れたような声でこう、此方に呟く。

「…………お前は、かーちゃんのようになるんじゃねえぞ」

 

***

 

 目が覚める。

 思考に靄がかかったような感じがあり、自分の状況が良く分からない。

ただ後頭部にやわらかい感触と、視界に見知った顔が二つ有った。

「……よう、こーりんにパチュリー」

 そう言うと二人は顔を見合わせ安堵の表情を見せる。

「どうやら無事のようだね」

 無事? はて、私は何か危険な事をしていたのだろうか?

 思い出せ。

たしか武蔵が敵に襲われて、私は幽香と戦って、それで……。

「…………あ」

 そうだ、私は負けたのだ。

ずっと自分が目を逸らしていたものを突きつけられ、私は完膚なきまでに……。

パチュリーは自分に膝枕をしてくれていたらしく、起き上がると感謝の言葉を伝える。

「私、負けたんだよな」

「ええ、それは派手にね。流石に焦ったわよ? 空を見上げたら真っ逆さまにあんたが落ちて来るんだから」

「避難民地区(ここ)に墜落したのは運が良かった。彼女が直ぐに君の事を魔法で受け止めてくれたんだ」

 周囲を見れば多くの人々が遠巻きに此方を見ており、上空では未だに戦闘が行われていた。

 霖之助は「そうだ」と立ち上がり近くに置いてあった箱を開けると黒い機殻箒を取り出す。

「最初から渡せてれば良かったんだけど……君の新しい武器だ」

 差し出される機殻箒に対して自分は、手を出せなかった。

「魔理沙?」

「わりぃ、いまちょっと、戦えそうに無い」

 俯き両拳を握る。

「……なにか、あったのかしら?」

 暫く沈黙する。

━━やっぱ、情けないよなぁ……私。

 いつも明るく振舞い、自信家に見せてきたが本当の自分はこんなにも弱いのだ。

 臆病で、嫉妬強くて、そうだ、凡人だ。

自分は凡人で、でも努力は続けて……。

「私は、さ。ずっと信じてきたんだ。努力すれば何時かお前たちやあいつに追いつけるって。

でもそれと同時に分かってて、私はどうしようもなく凡人で、どう足掻いたって天才には追いつけないって」

 あいつの姿が浮かんだ。

 何時も悠然としており、誰とでも隔てなく接するあいつ。

彼女は私の目標だ。

異変が起きれば何時も競い合って、勝とうとして。

実際何度か勝った事がある。

 だがそれは弾幕ごっこでだ。

 本当の、命を賭けた実戦では絶対に勝てないことを私は気付いていた。

 あいつは天才だ。

修行をしなくても戦う力を持ち、何でも出来てしまう。

 対して自分はどうだ?

 彼女が一瞬で出来る事を私は何度も練習してようやく出来るようになる。

「こっちに来てからもそうだ。姉小路さんところで世話になって、他の魔女達に出会って一緒に頑張ろうって決めたのに結局何も出来なかった。

先輩達が皆命を張って怪魔と戦っている中、私は怖くて怯えて、あんまり戦えなくて、それで守られて生き延びちまった。

しょうもない……ほんと、しょうもないよな……」

 最後の方は声が震えていた。

 今まで溜め込んでいたものが一気に噴出し、感情が制御できない。

 握った拳の甲に涙が落ちた。

━━みんな、凄すぎだぜ……。

 武蔵の連中は自分とあまり変わらないのにこの絶望的な中でも決して諦めず、怯えず立ち向かっている。

アリスだってそうだ。

 彼女がいつも全力じゃない事を知っている。

そしてそれで彼女はどんな状況も乗り切っているのだ。

 いま隣りにいるパチュリーだって……。

「だから、もう、私はたたかえ…………」

 誰かが眼前に立った。

 仁王立ちをし、此方を見下ろしてくる姿を見あがればよく知っている顔だ。

「おうおうおう、霧雨の御嬢ちゃんは相変わらず泣き虫みたいじゃねーか!」

 父だった。

 

***

 

 親子が相対した。

 数年ぶりの会話。

だがその雰囲気は暗く、重い。

 父が口元に笑みを浮かべる。

「おめえは昔っからそうだよな。かってに一人で溜め込んで、我慢して、泣いて、いじけて。餓鬼の頃から変わっちゃいねえ」

 父の言葉に娘は項垂れた。

 普段よりも一回り小さく見える魔理沙に声を掛けようとすると後ろから肩をつかまれた。

「ここは、父親に任せようじゃないか」

「あなたは……」

「ああ、始めまして。僕はオリビエ・レンハイム。英国の大使さ、一応ね」

 どこか掴みどころの無い男はそう言うと霧雨親子の方を見る。

「どんなに心が遠く離れてしまっても、親子の絆は繋がっている、そう僕は思っているからね」

「そうですね。僕も、そうだと信じたいです」

 そう頷き、魔理沙の方を見た。

 

***

 

 魔理沙は混乱していた。

 まさに弱り目に祟り目。泣きっ面に蜂だ。

 ただでさえちょっと不安定だったのにこの男に突然罵倒され、言い返したくても言い返せない。

「しっかし、なんだ? 自分が凡人だあ? 何も出来ないだあ? ド阿呆が! そりゃあただ自分に言い訳してるだけじゃねえか」

 流石に腹が立ってきた。

 今さらなんだ。なんで今さらそんな事を言う。

 力なく、だが上目遣いで睨むと男は「ほう」と声を上げる。

「どうした? 何か言いてぇのか? ほれ、言ってみろ」

「…………で」

「ああん? 聞こえねーぞ、餓鬼」

「……な……んで」

「ほれ! もっとはっきり喋りやがれ!!」

「何で今さら父親みたいなことしてんだよ!! 私とあんたはもう親子じゃねーんだろ!!」

 叫び、息を切らす。

 そうだ、どうして今さらそんな風に叱るんだ。

 この男は母が死んだら母に対する態度が一変した。

 昔は凄く、仲睦まじい家族であったのに事あるごとに「かーちゃんみたいになるんじゃねえ」「魔女なんて糞くらえだ」と口にし、私が魔女になりたいと言ったときは激怒して、それで私も怒って家出して、それで……。

━━追いかけてこなかったくせに!!

「……そうだなあ、確かに“今の”お前は俺の娘じゃねえ」

 覚悟はしていたがその一言に体が硬直する。

 そんな此方の様子を見たパチュリーが身を乗り出し「ちょっと、おっさん!」と抗議するが男は片手で制した。

「ド阿呆が、早とちりするな。俺は“今の”霧雨魔理沙は娘じゃないって言ったんだ」

 男はその場に胡坐を組み、此方と目の高さを合わせる。

「いいか餓鬼、霧雨の名にやられっぱなしはねえ。やられたならやり返せ、それこそホレ、あれだ。最近テレビでやってただろ、銀行員が神道術式でやられたこと倍返ししてたら佐渡島に島流しになったあれ。

俺が思うに、ありゃあまだ手ぬるかったんだな。おう。」

 「で、だ」と男は続ける。

「霧雨魔理沙、てめえは俺と、そしてかーちゃんの娘だ。いまここにあいつが居たなら『百倍返しだ』って騒いでいたところだぜ」

「……え」

 思わず声が出た。

 だって、予想しなかった名前が出たから。

「ん? どうした? なんか言いたい事あるなら言え」

「え、あ、えっと、あんた、母さんの事嫌いになったんじゃないのか……?」

 今度目を丸くしたのは男のほうだ。

「おい、どうしてそう思った?」

「だ、だってそうだろ! 母さんが死んでから毎日のように私に『かーちゃんのようになるな』とか『魔女が糞だ』とか!」

 男は暫く口を開いたままやがて苦笑した。

「あー、そうか、“そこから俺はしくじっちまったんだな”」

 男は後頭部を手で掻き、暫く空を見上げる。

「あー、いいか、俺がな、そう言う風に言ったのはだな。えーっと、そのう、あー!!

恥ずかしいから一度しか言わねーぞ!!

おめえを! 娘を死なせたくなかったからだよ!!」

 男は「いいか!」と怒鳴る。

「かーちゃんはな! 戦って死んだんだ! あん時はちょっとした幻想郷に問題があってな、かーちゃんと博麗ん所のと八雲紫で厄介な奴と殺り合って、そん時の傷が原因で死んだ!

かーちゃんは幻想郷でも有数の魔女だったからな! だからその娘であるおめえも魔女になる素質があった!

だから俺はおめえが魔女にならないように、いっつも気にかけて、そんで、このド阿呆が、魔女になりたいって家出て行きやがって!」

「じゃ、じゃあ、母さんの事は!?」

「あ、好きに決まってんだろうがばーっか!! 愛してるよ! 今でもずっと愛してるさ!! 何なら今から走り回って愛を叫んでやろうか!?」

 流石にそれは恥ずかしいので止めて貰った。

「……じゃあ、なんで、あの日、追いかけて来なかったんだよ?」

 あの日、父と大喧嘩をした日。

 家を飛び出した私を父は追いかけなかった。

 その事を訊くと彼は苦笑し、何処か遠くを見る。

「お前はあいつの娘だ。かーちゃんも一度決めたら絶対に曲がらない奴でな、だからあん時、お前が魔女になるって宣言したとき俺は絶対に止められないと思ったんだ」

「で、勘当かよ」

「ああ、その方がお前も自由にやれるんじゃないかと思ってな」

 互いに沈黙する。

 ああ、何てことだろう。

なんてお互いに不器用で、子供で。

「それで? 馬鹿娘。お前はこのままやり返さないで終わるつもりか?」

 言葉に詰まる。

 自分は先ほど敵との圧倒的な力の差を知った。

正直どう足掻いても勝ち目が見えない。

「いいじゃねーか、それで。おめえは凡人だ。だがそれの何が悪い。凡人なら努力しろ、努力して駄目なら周りを頼れ。力を借りるってのは悪い事じゃねーんだぞ?

むしろ勇気が居る事だ」

 「そうね」と賛同したのはパチュリーだ。

「魔理沙、確かにこの世には天才はいるわ。でもね、天才といのは孤独なのよ。

孤高ゆえに孤独。だからこそ貴女は彼女の横に並び立とうとしているんじゃないの?

だったら、分かるでしょう? 今の貴女が何をするべきなのか」

 次に声を掛けて来たのは霖之助だ。

 彼は手に持つ機殻箒を渡し、頷く。

「この機殻箒には神州の技術とゼムリアの技術、そして僕の、幻想郷の技術が詰まっている。

この境界を超えて生まれた奇跡のような武装こそ、君に似合うと、そう僕は思っているよ」

 まったく、どいつもこいつも。

━━どいつもこいつもお人よしだぜ。

 帽子を深く被り、涙を拭うと立ち上がった。

 そうだ、自分には目標があるんだ。

 とても高くて、一人じゃ乗り越えられない壁だけど、それでも皆が支えてくれるなら……。

 機殻箒を手に取り、漆黒の装甲を指でなぞる。

「こーりん、こいつの名前は?」

「“霧雨(シュプリュー・レーゲン)”だ」

「まんまだなー」と笑うと彼は一本の刀を差し出してきた。

「これって、前お前にあげた……」

「ああ、いざという時はこれを使ってくれ」

 刀を受け取り、頷くと男━━父の方を向く。

「なあ、お、親父。後で、その、母さんの話、訊いてもいいか?」

 父は少し面食らった顔をするとやがて笑顔になった。

「ああ、いいとも。

だから━━━━行ってこい、俺の娘」

 返事はしない。

 ただ手を振り、機殻箒に跨ると天を睨んだ。

「さあ、行くぜ! “霧雨(シュプリュー・レーゲン)”!!」

 

***

 

 一筋の光が天に伸びていくのを見上げ、魔理沙の父親は目を細めて笑みを浮かべた。

「行っちまった。ああ、やっぱ行っちまったよ」

“言ったでしょう? あの子は私に似てるって”

 声が聞えた。

 自分の隣りには金の長い髪を持つ女性が立っており、共に空を見上げる。

「全く、お前にそっくりだぜ」

“ふふ、それは当然。私みたいないい女から生まれたんだからね”

 女性は目を細める。

“あの子はきっと幸せになる。だから、貴方もちゃんと幸せになりなさい?”

「俺はぁ、もう十分に幸せだよ。お前と出会えて、あいつが生まれて、立派に成長して」

 だから、だから、お前も向こうで元気にな。

 そう伝えると女性は優しい笑顔を浮かべ薄れ消えていった。

 彼女の姿が完全に見えなくなると空を再び見上げた。

「ちゃんと、帰ってこいよ。馬鹿娘」

 

***

 

━━魔理沙?

 空に向かって昇って行く光を見て、そうアリス・マーガトロイドは思った。

 避難民地区から伸びて行くあの光の筋は私の良く知っている光だ。

━━そう、吹っ切れたのね。

 飛騨が壊滅してから彼女はどこか思いつめた雰囲気があった。

 魔理沙は悩みが無さそうに見えて、実は内に溜め込むタイプだ。

内に溜め込んでいたものが何時か爆発してしまわないか不安であったが……。

━━何かしらの答えを見つけたのね。

 彼女が己の悩みに答えを見つけ、前に進んだのなら自分は。

「私も、進まないとね」

 ゴリアテの肩から敵を見る。

 敵は腕を大砲状に変え、此方を狙い続けている。

対して此方は損傷を受けている。

 ゴリアテの頭は半分砕けており体は各所が損傷している。

 敵は瓦礫。

 瓦礫ゆえに損傷を即座に修復で出来る。

 あの敵を倒すには修復不可能な攻撃を食らわせなければいけない。

━━だけど、その手は……。

 肩からゴリアテの顔を見る。

 顔が半分に崩れたゴリアテは此方を見返し、強く頷いたような気がした。

「……そうね、勝たなきゃ始まらないわよね」

 もうこれ以上大事なものを失わせない。

 だから今、私がするべき事は。

「行くわよ、ゴリアテ!!」

 

***

 

 エリーは敵が動いたのを見た。

 巨大な西洋人形は両の大剣を構え、一直線に突撃してくる。

━━急いたわね。

 敵は決着をつけに来た。

 だがその突撃は悪手だ。

 敵の獲物は二本の大剣、対して自分は大砲を持ち。

「穿ちなさい! “残骸巨兵”!!」

 右手の大砲から瓦礫の弾丸が発射される。

 それに対して人形は体を逸らし、避けた。

 敵が間合いを詰めてくる。

だが焦らない。

 突き出された右の大剣を左腕で弾くと、左の大剣が来る。

 左の大剣が狙うのは此方の右脇腹。

右手が大砲になっているため迎撃できないと判断したのだ。

だが。

「右腕を砕きなさい!!」

 突如右腕が爆ぜた。

 右腕を構築していた瓦礫が一斉に爆ぜ、人形に直撃する。

 そして体勢を崩した人形に対して踏み込み、左腕を剣に変形させると突き出した。

左腕が人形の胴を貫いて行く光景を見て口元に笑みが浮かぶ。

「終わりね!!」

「まだよ!! 抱きつきなさい!! ゴリアテ!!」

 人形が体を貫かれ抱きついてきた。

両腕で此方の腰に手を回し、拘束を行う。

━━抱きついた? …………まさか!?

 敵の狙いに気がついた。

 敵が此方の修復速度を上回る攻撃をするならばそれは……。

「“残骸巨兵”! 敵を引き剥がせ!!」

「今よ! あなたたち!!」

 人形士の掛け声と共に巨大人形の背後から無数の影が現われた。

 影はどれも西洋人形であり、それらは腰からワイヤーが伸びている。

人形達は此方に巻きつき、固定して行く。

「ひ、引き剥がしなさい!!」

 巨兵が唸り声をあげもがくが、離れない。

 そして人形士が巨大人形の肩から飛び降り、叫んだ。

「必ず、必ず元に戻してあげるわ! だから今は…………己の責務を果たしなさい!! ゴリアテ!!」

 巨大人形の内部から閃光が生じ、全てを飲み込んで行った。

 

***

 

 夜の空を魔女が飛ぶ。

 上へ目掛け一直線に飛ぶ魔女は時折右へ左へと機殻箒をずらす。

「お、おっと!」

 機殻箒にしがみ付きながら魔理沙は飛びそうになった帽子を押さえる。

━━こーりんの奴、じゃじゃ馬を寄越しやがったな!

 この“霧雨”物凄いじゃじゃ馬だ。

加速力が凄まじく今までの感覚で飛ぶとあっと言う間に目標に着く。

機殻箒の後部にメインスラスターとその両脇に二つの可変式のサブスラスターがあるのだが、このサブスラスターが曲者だ。

右のサブスラスターを吹かし、左へ移動しようとすれば凄まじい加速を行い体が引っ張られる。

その逆も同じだ。

 コツを掴むまでは箒に振り回されそうだ。

━━ま、私に向いてるっちゃ向いてるな。

 「同じじゃじゃ馬同士仲良くやろうぜ」とハンドルを握ると敵が見えた。

 上空、植物状の翼を生やした女がいた。

━━やれるか? 魔理沙?

 いや、やれるかではない。やるのだ。

『お、復活した?』

 表示枠にナルゼが映る。

「ああ、ちょっと今からリベンジだ」

『手助け必要そう?』

 マルゴットの言葉に首を横に振りそうになるのを止める。

「……頼む。ちょっとだけあいつの気を引いてくれ」

『りょーかい!』

 表示枠が閉じられると口元に笑みが浮かんだ。

━━そうだよな、一人で戦う必要はないもんな。

 私は凡人だ。

認めよう。

 凡人だからこそ、誰かと共に戦う。

そして何時かあいつとも一緒に!!

「それじゃあ、行くぜ! どうせ一発勝負だ! 全弾くれてやる!!」

 格納用の二律空間から六十四発のマジックミサイルを展開し、一斉に射出した。

 

***

 

 幽香は下から放たれた攻撃に即座に反応した。

 傘を下に向け流体砲撃を放ち、ミサイルを薙ぎ払う。

潰しきれなかったミサイルは全て回避し敵の姿を確認する。

 此方に向け一直線に向かってくる姿があった。

━━魔理沙!!

 潰したはずの魔女が真っ直ぐに此方に向かってくる。

 立て直したか。

どうやらあの娘は自分が思っているよりもずっと強かったようだ。

━━なら、何度でも叩き潰すまで!

 傘を向け敵を狙おうとするが気がつく。

 敵の加速力が先ほどまでと違う事に。

 四百メートル下方に居た魔理沙はあっと言う間に此方に迫り、そして横を通り過ぎた。

━━速い!?

 何と言う速さだ!

 まるで天狗の如き速さ。地上に落ちて新たな力を得たか!!

「く!」

 体を捻り、敵を追おうとするが横から射撃が来る。

 迫る弾丸を傘で弾くと黒と白の魔女が此方の横を通り抜けて行く。

「じゃねー」

 金髪六枚翼の天使が此方に手を振り遠ざかって行くのに舌打つと直ぐに魔理沙の方を見る。

「!!」

 小さな魔女は止まっていた。

 此方の上方五百メートルほどの所で止まり、そして砲口を此方に向けていた。

 

***

 

 魔理沙は敵と十分な距離を取ると機殻箒を砲撃モードへと変えた。

 搭乗席部分が反転し後方を向くと機殻箒が変形する。

 機殻箒の主殻(メインフレーム)は上昇し右脇の下まで来る。

それを脇で挟み機殻箒の下部に現われた内蔵式のグリップを握る。

 箒後部のサブブラスターは前方へ移動し体が落下しないようにジェット噴射を行い、メインブラスターは収納され、周囲の装甲が展開されてゆく。

 そして機殻箒下部が展開、拡張されると砲口が現われた。

 砲口の中心にはミニ八卦炉が埋め込まれており、流体燃料貯蔵槽と直結している。

 展開を全てをえると機殻箒の上部に仮想照準が現われ、敵を狙う。

「いい仕事しすぎだぜ! こーりん!」

照準の先、敵が傘の先端を此方に向け始めている。

「幽香、たしかに私は凡人で魅魔様の後任にはなれないかもしれない。

でも、私はそれでも行くぜ。皆が支えてくれてるんだ。あいつ等のためにも、私のためにも、そして何よりも遠く関東に居るあいつと並びあうためにも、私は進み続ける!!」

 ミニ八卦炉に流体の光が収束してゆく。

 次は無い。ここで私が使える全ての力を敵に叩き込む!

「行くぜ! 全燃料を砲撃に回してやる!!」

 照準が敵を補足し、放熱板が展開される。

 敵も流体の光を収束させ、此方を狙う。

そして引金を引いた。

「食らえ!! 魔砲“ファイナルマスタースパーク”!!」

 直後、極太の流体砲撃が放たれた。

 

***

 

 幽香は敵に僅かに遅れて流体砲撃を放った。

 両者の砲撃は空中で激突し光が飛び散る。

━━重い!!

 今までで一番重い砲撃だ。

 あきらかに彼女が撃てる砲撃の威力を超えている。

 傘を持つ腕が震える。

傘を両手で支え、翼を大きく広げ歯を食い縛る。

 敵の光が迫る。

「なめ、るな!!」

 私を舐めるな!!

 この程度の砲撃がどうした!?

 私は風見幽香だぞ!! あんな、人間の小娘に負けるわけにはいかない!!

「あああああ!!」

 叫び声を上げる。

 己の内燃排気全てを攻撃に回し、敵の砲撃を押し返す。

 負けるものか! 負けてたまるか!!

 空中で流体砲撃が激突して生じる凄まじい熱に傘が焼け焦げて行く。

 翼を羽ばたかせ、前に出る。

少しでも敵の攻撃を押し返せるように。

 両者一歩も引かない砲撃が続き、そして唐突に終わった。

 砲撃が止まり、僅かな静寂。

そして爆発が生じた。

 敵との間に凄まじい爆発が生じ、夜が朝となる。

 当たり一体を白の光が覆う中、息を切らし肩を激しく上下する。

━━凌いだ!!

 今の一撃、敵は全力だったはずだ。

最早内燃排気は残っておるまい。

対して自分も相当消耗したが、まだ戦える。

 止めを刺そう。

そう思い見上げると光の中から白黒が現れた。

「…………あ」

 魔女が落下していた。

 機殻箒を片手に、刀を片手に持った彼女は重力落下で此方に迫る。

「ぐ!!」

 疲れきった体を動かす。

 迎撃は間に合わない。

ならば傘で敵の落下攻撃を受け、弾いた後止めを刺す!

 右腕を挙げ、傘を構える。

 対して魔女も右手の刀を振るう。

 刀と傘が激突する。

 私の傘は竜の鱗で出来た特別製だ。

故にこの攻撃は弾かれる。その筈だった。

「いけ!!」

 傘が割れた。

 骨が断たれ、鱗が立たれ竜は悲鳴を上げる。

━━馬鹿な!?

 何故、傘が折られた!?

 先ほどの砲撃戦のダメージか?

否! そのあの程度ではこの傘は折られない。

ならば……。

「神力を宿した刀!?」

 刃が迫る。

 全てがスローモーションのように。

 魔女が笑う。

力強く、しっかりとこちらの目を見て。「どうだ?」と。

 対して自分はその目をしっかりと見て、笑みを浮かべた。

「まったく、大した子よ。あんたは」

 刃が振るわれ、右肩と翼が断たれた。

そして夜闇の中、墜落した。

 

***

 

 魔理沙は幽香が三河の森に墜落して行くのを見た。

「勝った……」

 全身の疲労が凄まじい。

 視界が霞み自分が何処にいるのかが分からない。

 だが己は成した。

自分よりもずっと強い相手を倒し、勝てた。

だから……。

「褒めてくれるかな、母さん、とおさ……」

 意識が途絶えた。

 

***

 

「おっと!!」

 墜落していた魔理沙の体をキャッチしマルゴットはゆっくりと旋回した。

「まったく無茶するねー、マリやん」

 腕の中で眠る魔理沙に苦笑するとナルゼが隣りに来る。

「やっぱウチ向きね、こいつ」

 互いに顔を見合わせ笑うと武蔵の各所から照明弾が打ち上げられ始めたのを空から見た。

「どうやら艦上部隊も勝利してるみたいだね」

 空の敵もあらかた片付けた。

 残っているのは……。

「奥多摩、敵の大将ね」

「どうする? あっち向かう?」

 ナルゼは「そうねえ」と首を軽く傾げると首を横に振った。

「あいつらなら何とかするでしょう。私たちはそこで寝てる能天気連れて戻りましょう」

 ナルゼに頷き、旋回する。

 さあ、いよいよ大詰めだ。

 奥多摩の方を見る。

そこでまだ戦っているであろう仲間たちを信じ、魔女達は休息へと向かうのであった。


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