緋想戦記   作:う゛ぇのむ 乙型

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~最終章・『聖夜の決戦場』 さあ行こう、境界線の先へ (配点:十二月二十四日)~

 

 教導院の橋で比那名居天子は浅間の治療を受けていた。

 傷口は大体塞がったが血を流しすぎたのと体力の消耗が激しいのがあり動くのも辛い状態だ。

 現在、戦場は教導院から奥多摩の後部に移っており本多・二代たちが八雲紫と交戦している。

「はい、これで一応治療は終了です」

 浅間がそう告げ、彼女に感謝の言葉を送るとふら付きながら立ち上がる。

「さて、行くか」

「待ちなさい」

 後頭部を叩かれた。

 涙目になりふり返ると衣玖が立っていた。

「あの、衣玖さん? 私、一応怪我人なんですが……」

「ええ、知っております。知っておりますから、何処に行くつもりだったのですか?」

「そりゃあ、あのスキマ妖怪倒しに……」

 そう言うと彼女は大きく溜息を吐いた。

「その体でどうやって勝つつもりですか?」

「策は……あるわ」

 「どうすんだよ」と訊いて来たのはトーリだ。

 ホライゾンの横に立つ彼は腰に手を当て笑みを浮かべる。

「おめえがとことんやるってんなら手伝うぜ? 何が出来るか知らないけど」

「そうね。私一人じゃ出来ない事よ。だからトーリ、ホライゾン、家康さん、浅間、正純、そして衣玖、私を助けて」

 

***

 

 奥多摩の道路を戦闘の嵐が通過していた。

 教導院から奥多摩後部まで移動を行いながら攻撃を交差させあう。

「!!」

 前方の空間が割れた。

 空間から槍が射出され、二代は駆けながら咄嗟に身を屈め避けた。

その隙を突こうとエステルが突撃するが突然現われた刀を棍で受け止め、弾く。

 刀を弾いたエステルの横を立花・宗茂が駆ける。

 槍を片手に突撃をするが敵に後一歩という所で上空に現われた隙間からの銃撃に足止めされた。

 更にいつの間にか紫の背後に回りこんでいたヨシュアに対し槍を射出し、遠ざける。

━━何と言う御仁で御座るか!!

 二代はこの敵を個体ではなく群体として判断した。

 敵は常に見えない部隊を率いているようなものであり、指揮官を守る盾隊、敵を迎撃する槍隊、遠距離から面制圧を行う弓隊、それを抜けてきた敵を狙撃する銃隊、そして常に闇に潜み、一撃必殺を狙う暗殺者が彼女を守っている。

 彼女はそれらを臨機応変に、的確に動かし此方を迎撃している。

 ならば攻め手を変えなければいけない。

 敵は軍団、それも統率の取れた精鋭部隊だ。

 大将首を狙うのは非常に難しい。

━━火力、で御座るな。

 古来より少数で大軍を相手にするなら火力を用意する必要がある。

だが……。

━━拙者、一騎討ち向きで御座るからなー。

 宗茂殿もそうだ。

エステル殿も広範囲を攻撃できるが大火力とい訳ではない。

ヨシュア殿は忍者系なのでワンチャンあるかもで御座るな。

「“悲嘆の怠惰”があれば楽なので御座るがなあ」

『ホライゾン思いますに“悲嘆の怠惰”があっても結局当たらないのでは?』

『む、宗茂様! 戦闘中に膝をつこうとして、でもやっぱりやめて変な中腰になってますよ!?』

「では“憤怒の閃撃”はどうで御座るか?」

『宗茂弓も一発目から防がれましたからねえ』

 

***

 

「マ、マルファ!? どうしたのだ!! いきなり膝をついて!!」

 

***

 

 ともかく大罪武装はあっても無くてもあまり変わらないことが分かった。

 視界の先で宗茂がなんだが土下座一歩前ぐらいになっているがあれ何だろうか?

そう思っていると表示枠が開き天子が映った。

『私に良い考えがあるわ!』

 

***

 

 放たれた矢を棍で弾きながらエステルは表示枠の天子に訊いた。

「良い考えって?」

 前方地面が割れ丸鋸のような物が迫ってくる。

それを棍を地面に立て、跳躍し避けると紫の背後に回りこみ始める。

『今から“全人類の緋想天”をあいつに叩き込むわ!

でもこの技は溜めの時間が長くて発動までが遅い。だから……』

「僕達が敵の気を引くって事だね」

 路地からヨシュアが現われ、紫に迫るが盾が現われ彼の攻撃は受け止められた。

「やれるの!?」

『ええ、悲嘆のなんちゃらなんかよりもちゃんと当てて見せるわ』

 視界の隅で宗茂が膝をついた。

『む、宗茂様! 溜めの時間が無い分、此方のほうが上です!!』

 スキマから現われ突き出された槍を避けるとヨシュアと顔を見合わせ頷く。

「ここはまかせて!!」

 天子は此方に力強く頷き笑みを浮かべる。

 四人は一旦集まり敵と向かい合う。

 対する敵も此方の動きを見極めようと目を細め、構える。

「さあ、皆! 行くわよ!!」

 号令と共に四人は一斉に動き出した。

 

***

 

 紫は敵が動いたのに合わせて後退を始めた。

━━流石に辛いわね。

 四対一。

 二人は副長とその補佐。残りの二人は数々の死線を越えてきた遊撃士のエース。

 先ほどから自分は防戦に徹しており、なかなか攻勢に出れない。

 加速術式を展開した副長とその補佐が来る。

それを銃による弾幕で迎撃するが敵たちはそれを抜けてくる。

 だが焦らない。

 銃撃如きでこの敵たちを止めれるとは思っていない。

 故に放つのは……。

「砲撃隊、穿て」

 大砲による一斉砲撃だ。

 空間から計三十発の砲弾が放たれ敵の眼前に落ち爆発が生じる。

 爆発を逃れるべく後方へ跳躍する副長たちを弓で狙うが、炎の中から遊撃士の女のほうが現れた。

「!!」

 盾を召喚し、進路を塞げば彼女は棍を全力で振り回し、盾を砕く。

「甘いわ」

 盾の裏から一閃が放たれた。

 槍だ。

 盾の裏に事前に召喚していた槍を突き出し、敵の胴を狙うが彼女は強引に体を逸らし回避する。

━━あの体勢で避けるなんてね。

 見事。だが、好機。

 即座に銃を再び召喚し狙う。

 敵は強引に体を捻ったせいで回避が即座に行えない。

その隙を突き射撃を行おうとした瞬間、眼前に黒が迫った。

「!?」

 突如放たれた二連撃内、一つを扇子で弾くがもう一撃が胸を掠る。

 影は攻撃に失敗したと判断すると直ぐに距離を離す。

━━やはりあの青年が危険ね!

 黒髪の遊撃士は先ほどから何度も此方の認識の外へ逃れている。

 敵に感ずかれず隙を見て踏み込む、彼の技は暗殺者の技だ。それも達人級の。

 影は捉えるのが難しい。

ならば狙うのは。

「光!」

 遊撃士の少女を狙う。

 彼女は既に体勢を立て直し、再度副長たちと突撃を行おうとしている。

 一人ずつ確実に始末をし、最後に影を倒す。

それが最善手だ。

 故にまず一人。

「電車旅なんてどうかしら?」

 直後遊撃士の女に向け白い鉄の塊が射出された。

 

***

 

 エステルはスキマから射出された長大な白い塊を見た。

 正面は四角く、長細い胴を持ったそれは……。

「鉄道!?」

 そんな物まで攻撃に使うのかと驚愕する。

 高速で迫る鉄の塊を避ける時間は無い。

 二代も宗茂も間に合わない。

ならこの状況、自分で何とかしなくては!

━━やるっきゃない!!

 迫る鉄道に対して此方も突撃する。

 そして跳躍を行うと体を旋回させ、闘気を放つ。

闘気は炎となり炎は巨大な鳥へと変化する。

「奥義!! 鳳凰烈波!!」

 不死鳥が嘶き鉄道と激突する。

 鉄道の装甲は赤熱し、融解し、そして砕けた。

 不死鳥の嘶きと鉄の破砕音が連なり鳴り、そして一際激しい光と共に鉄道が砕け散った。

 

***

 

 前方、道路の先で不死鳥が電車を砕く光景を天子は見た。

「やるじゃない、あいつら」

 流石は遊撃士の精鋭。

 紫相手に善戦している。

「ふふ、<<結社>>ともやり合って来た子達だからね」

 そう背後の幽々子は言うと隣りの妖夢の頭を撫でた。

「貴女の目標ね」

「はい。あらためて己の未熟さを実感しました」

『天子、流体供給の準備が出来ました』

 表示枠に浮かんだ浅間に礼を言うと一歩前に出る。

 それに続き、トーリとホライゾン、そして衣玖が横に並び立つ。

『これより武蔵に居る全戦力から天子に流体を供給します。

こちらでも負荷軽減の禊を行いますが、天子、危険だと判断したら直ぐに中断してください』

「ええ、でも大丈夫よ浅間。私は、いえ私たちは必ず勝つわ」

 『Jud.』と浅間が頷くとトーリが腰に手を当てる。

「うっし! そんじゃあ今から天子が俺らの全部預かってくれるっつーから━━━━気張れよ、みんな!!」

『『Jud!!』』

 トーリと顔を見合わせ互いに頷くと緋想の剣を前に出し、ゆっくりと手放した。

 

***

 

 手放された緋想の剣は宙に浮き回転を始める。

━━さあ、やるわよ。

 正直立っているのもやっとだ。

それでも私が今、ここに居られる理由は……。

「守りたいからね」

 小さく呟き笑みを浮かべる。

 大事な仲間を失い、徹底的に負け、小さなプライドを捨ててそれで立ち上がった今の自分に怖いものなんて無い。

だから!!

「浅間!!」

 直後流体の光が一斉に剣に収束した。

 剣と己の流体を繋げ制御を始めると凄まじい衝撃が生じ、意識が飛びそうになる。

「っ!!」

 体が揺れ倒れかける。

 だがそれはやさしい温もりに受け止められた。

「総領娘様」

 衣玖だ。

 彼女は此方を抱きかかえるように後ろから受け止め、笑みを浮かべる。

「参りましょう。共に、何処までも」

「ええ!!」

 緋色の嵐が生まれていた。

 緋色の流体光は緋想の剣に収束してゆき、剣はその体を回転させてゆく。

 今までに無い速度で回転する刃は唸り声を上げ、その力を圧縮していく。

 剣から様々な感情が見えた。

 喜び、怒り、哀しみ、楽しみ。

それらは混ざり合い、一つの光となって行く。

 声が聞えた。

 女の声だ。

 声は私を惑わす。

“その身を委ねろと”

━━五月蝿い! あんたは引っ込んでろ!!

 私は私の意志で全てを乗り越える!!

だから……。

「これは私たちの旅路!! 道を切り拓け!! “全人類の緋想天”!!」

 流体の光が爆ぜた。

 

***

 

 砕け散る鉄道の向こうから光の波が来るのを紫は見た。

━━あれは!! 極光!?

 そうか! これが狙いか!!

 四人の敵は一斉に撤退し、光の波の射線から逃れた。

 回避は間に合わない。

「八重結界!!」

 八重に障壁を展開し、流体の波と激突する。

 

***

 

━━威力が足りない!?

 此方の攻撃は敵の結界に受け止められ、弾かれている。

 現在攻撃は最大出力で放たれている。

なのに敵の障壁を抜けないのは……。

━━消耗しすぎたか……!!

 体が揺れる。

 意識が飛びそうになる。

 それをなんとか持ち堪えていると回転する緋想の剣を制御している左手に手が乗せられた。

 ホライゾンだ。

 彼女は己の右手を此方の左手に乗せ歌い始める。

「通りませ 通りませ」

 今度は右手にトーリの左手が乗せられ、彼も前を向き、歌い始めた。

「行かば 何処が細道なれば」

 歌は続く、後ろから抱きとめる力を強め衣玖が歌う。

「天神元へと 至る細道」

 歌が重なる。

 重なりは力となり、武蔵中に伝っていく。

『『ご意見ご無用 通れぬとても』』

 声だ。

 歌声が武蔵中から鳴り響く。

『『この子の十の 御祝いに』』

 男も女も、子供も大人も、生徒も教師も、仲間も嘗て敵だった者達も。

 皆高らかに声をあげ、歌う。

 己の“道を通す”ために。

『『両のお札を納めに参ず』』

「なあ」

 トーリが横目で此方を見る。

「これから先、どうなるのか俺には分からねえ。もしかしたら間違っているのは俺たちかもしれねえ。

でも、それでも俺は皆が切り拓いてくれた道を進みたい。

だから━━これからもついて来てくれるか?」

「馬鹿ね」と笑う。

「そんなの当たり前じゃない。あんたは私が認めた王様、だから一緒に行きましょう。この果てしなく険しい道を」

『『行きはよいなぎ 帰りはこわき』』

「そうですね。ホライゾン思いますに、今こうやって共に並んでる状況。もしかして奇跡なのではないでしょうか?

世界の境界を超え、私たちは出会えました。

私はそれが無意味だとは思いたくありません。無価値だと思いたくありません。

共に歩み、境界の先へ行きたい。そう思うことは強欲でしょうか?」

「は! 強欲で結構!

何もかも否定して、自分の世界を閉ざすぐらいなら私は欲を認めるわ!」

 それに賛同したのは衣玖だ。

「まあ天人として欲オッケーといのはどうかと思いますが、私もこの奇跡を喜びたいです。

あってはならない出会い。それが悲劇の始まりだろうが世界の終わりだろうが、私はこの出会いを出来たことに感謝します!」

「ええ、だから通しましょう。私たちの意地を。

己の信じるものを全て乗せて、道を通すこの歌と共に!!」

 だから、そうだこれは始り。

 私たちは今になって漸くスタートラインに並び立てた。

だからこれはスタートダッシュの笛。

歌と共に、想いと共に道を切り拓こう。

どこまでも前向きに!!

「「我が中こわきの 通しかな━━」」

 歌う、謡う、詠う、唄う、謳う。

 全ての人の感情を乗せ、究極の肯定を行うために。

 

 

 そして光は極光となった。

 

 

***

 

 割れた。

 障壁が割れ、硝子の砕ける音が鳴り響く。

 光が進む。

 また割れた。

 二枚目だ。

 誰かが叫んだ。

「あと六枚!!」

 想いの極光は進む。

 三枚目の障壁と激突し、押し合いそして砕いた。

「あと五枚だ!!」

 止まるな!

 進め!

 道を拓け!!

 想いが進み再び障壁が砕ける。

「四枚!!」

 だが壁も諦めなかった。

 想いを受け止めるべく、己の正しさを証明すべく壁は光に立ちはだかる。

「さ、三枚!!」

 極光は弱まった。

 光の波は力を失い始めながらも壁と激突する。

 互いに押し合い、空気が振動する。

 そのまま数十秒が過ぎ、そしてついに動きが止まった。

「く、くそ! 足りないってのか!!」

 皆がそう拳を強く握ると表示枠に天子が映る。

『まだよ!!』

 彼女は力強く頷き、そして叫んだ。

『浅間・智!! 私を助けて!!』

 

***

 

 教導院の屋上に巫女服を着た浅間・智が立っていた。

 彼女は“梅椿”を構え、彼女の横には“ハナミ”が滞空している。

 浅間は内心驚いていた。

 緋想の剣が浮かび上げる人々の感情、この光景は以前にも一度だけ見た。

 最初に見たのは天子が武蔵に来た時だった。

その時はどちらかといえば負の感情が多く、それを彼女は収束して放っていた。

だが今回は……。

━━感情が変換されています!!

 負の感情が正の感情に変わり、光は以前よりもずっと激しく輝いている。

それが天子の成長によるものなのか、先ほどの異常な流体放出のせいなのか、またはその両方なのか。

 だが、ともかく今は。

「勝ちましょう」

 これは私たちの宣誓だ。

 この世界に飛ばされて七年、漸く私たちは皆で同じ方を向けるようになった。

 だから私たちは誓う。

私たちは皆とともに進み続けると。

━━だから、今は……!!

「浅間神社は武蔵と、そして共に歩む友を守る為その力を行使します!!」

 流体の弦を引き絞り、遥か先、光の終点を狙う。

「義眼木葉、会いました!! 結界払い、行きます!!」

 夜空を切り、術式を満載した矢が放たれた。

 

***

 

 矢が飛ぶ。

 冬の夜空を切り、光の波を追い。

 歌が聞える。

 皆の想いを乗せて。

 皆の決意を乗せて。

 矢は光の終端に辿りつき、そして結界を砕いた。

 矢と共に光が進み、最後の結界へ。

 極光と矢が合わさり光の矢となると最後の結界も貫き、通った。

 矢が往く、波が往く。

 境界を越え、道を切り拓くために。

 そして立ちはだかる敵を、飲み込んだ。

 

***

 

 静寂だ。

 静寂が武蔵を覆った。

 敵味方、武蔵に居る誰もが戦いの手を止め決着に注目した。

 天人の前方の空間が歪む。

 スキマが開き、紫が現われた。

 妖怪達が歓喜する。だが。

「…………」

 紫は右腕を失っていた。

 彼女は大粒の汗を掻きながら天人と視線を合わせ、そして片膝をついた。

 徳川軍が勝ち鬨を上げた。

 

***

 

 息を切らせながら天子は紫を向き合う。

 紫は右腕を失い片膝をつき此方と同じように息を切らせている。

「…………やられたわね」

 紫が笑う。

「本当に、やられたものだわ」

 彼女はそう言うと立ちあがり、苦笑する。

「そう、これが今の貴女の力なのね」

「そうよ紫。これが私の、私たちの力」

 「そう」と目を細めると今度は幽々子の方を見る。

「貴女はこれに賭けるのね」

「ええ、私は私なりにこの世界の先を乗り越えるつもりよ」

「なら頑張りなさい。貴女は武蔵で、私は織田で。どちらが正しかったのか、何時か分かるでしょう」

 親友達は頷く。

 これは決別。だが、きっとまたどこかで会えると。

 紫は一歩下がると此方、全員を見た。

「お見事です、徳川。この戦い、私たちの負けです」

 紫はトーリを見る。

「葵・トーリ。貴方はこれからも進み続けますか?」

「おう! そりゃあ当然!」

 賢者は笑う。とても優しい微笑だ。

「ならば関東に行った後、東北を目指しなさい。そこに貴方達が求めるものがある」

「なに!? ちょっと待て!! それはどういう……」

 正純の言葉に首を横に振ると紫の体が徐々にスキマの中へと消えてゆく。

そして「二つの守護者に会った後、決めなさい。この世界でどう立ち回るのか」と言う言葉を残して消えた。

「二つの、守護者?」

 彼女が残した最後の言葉が気になる。

とても不気味で、なぜか不安になる響きだ。

だが今は……。

「…………あ」

 雪だ。

 空から雪が降り始めていた。

 熱くなった肌に雪が当たり、その気持ちよさに目を細めるとホライゾンが頷いた。

「ホワイト・クリスマスですね」

「そういえばこっちに来てから雪は初めてだな」

 時刻を確認すれば既に午前零時を切っている。

 今日は十二月二十四日、クリスマス・イブだ。

「うっし! じゃあ、駿府着いたら一回休憩して、それからクリスマスパーティーすっか!!」

「そうねえ、美味しい食べ物、期待してるわ」

「幽々子様、程ほどにお願いします」

 皆が笑う。

 背後から此方を抱きしめていた衣玖が一度大きく頷くと此方を見る。

「向こうに着いたら色々準備しましょう。でも、とりあえず今は」

 頷く。

 向こうから二代やエステル達が駆け寄ってくるのを見、彼女たちに手を振ると表示枠を開いた。

「私で良い?」

「今日のおめえは大活躍だったからな! 一発頼むぜ!!」

 王に頷き、雪が降りしきる空を見上げ大きく息を吸った。

「勝ち鬨を上げろーーーー!!」

「「えい! えい! おーーーー!!」」

 武蔵中から勝ち鬨が上がり、戦闘の終了が知らされた。

 

***

 

『投降した妖怪達は全員浅草に収納しました。駿府到着後、妖怪達を降ろす予定です━━以上』

 教導院の屋上で手すりに上半身を預け、“武蔵”からの報告を天子は聞いていた。

 現在、武蔵は駿河に入り織田の追撃も振り切った。

あと三十分ほどで駿府城だろう。

 本当なら治療を受けて寝ていなければいけなかったのだがどうにも落ち着かず抜け出してきた。

 あとで衣玖に怒られるだろうが、まあその時はその時だ。

 右腕には元忠から受け取った日記があり、まだその中身を読んではいない。

これを読むのはもっと落ち着いてから。自分の心の準備が出来てからにしようと思う。

 上空を魔女達が飛んだ。

 彼女たちは機殻箒の下に資材を積んでおり、品川に向かっていくのが見える。

━━よく、勝てたわよね。

 本当にギリギリの勝負だった。

 あの八雲紫と相対してよく生きていたと思う。

「緋想の……剣」

 あんな事があった直後であるため緋想の剣は現在浅間に預けられ、直政と共に調査が行われている。

 あの時、聞いた声。

あれは何だったのだろうか。まるで自分が自分でなくなるような、恐ろしい感覚。

それを思い出し、少し身震いすると背後の扉が開いた。

「お、いたいた! 衣玖さん、すげー怒ってたぞ」

「あれは凄かったですねえー。笑顔のまま五大頂に匹敵する殺気でした」

 どうしよう。凄く戻りたくない。

 トーリとホライゾンは此方の横に立つと教導院から奥多摩を見る。

「それにしても色々あったよなあ」

「そうね、今日一日でどれだけ疲れたか……」

「ちげーよ、この七年さ。おめえが武蔵に乗り込んできて、三河に逃げこんで、それから今川や北畠、筒井と戦って」

「全くですね。ホライゾン思いますに、武蔵は戦争を引き寄せる特殊スキルを持っているのではないでしょうか?」

 「正純いるしねー」と言うとトーリが苦笑する。

「で、どうよ。おめえは武蔵(ここ)で自分の道、見つけられたか?」

「…………」

 自分の道、か。

 この七年流されるままに生きてきた。

だがこの一年で変わった。回りが一気に動き、新しい連中が次々と現われ、自分も変化した。

 その中で自分は道を見つけれたのだろうか?

「まだ分からないわ。でも……」

「でも?」とトーリとホライゾンが訊いてくる。

 そんな彼らと目を合わせ頷くと微笑む。

「私は、あんたたちと一緒に行きたいって、心の底から思うわ」

「なら、願いましょう。私たちの道の先が幸いであると。境界線を越えた出会いが幸いであると」

 ホライゾンの言葉に全員頷く。

 駿府についた後、徳川はもっと大変になるだろう。

 領地を殆ど失った徳川を他国は狙うだろうし、織田や羽柴だっている。

だがそんな状況でも私たちはきっと乗り越えてみせるだろう。

だってそれが……。

「武蔵だものね」

 さて、少し休もう。

 衣玖が色々と怖いがまあ謝れば許してくれるはずだ。多分。

 そう頷き、手すりから手を離して背筋を伸ばした瞬間、警報が鳴った。

「何!?」

『前方より多数の不明艦が接近! 照合したところこれは…………北条・印度連合の艦隊です━━以上!!』

 大型の表示枠が開いた。

 そこにはこの間岡崎城に来た先代巫女が立っており、彼女は長く美しい黒髪を靡かせながら声を上げた。

『此方は関東連合所属第二航空艦隊である! 通告する! 徳川は直ちに武装解除し、関東連合の支配下に入れ!!

この要求を呑まなかった場合、我々は貴国を軍事的に制圧する!!』

 

***

 

 夜の空に四十を超える航空艦が航行している。

 航空艦は黒を基調としており、その側面には北条家である事を現す三つ鱗の紋様が描かれている。

 その艦隊の中央、他の艦より一際大きい空母の甲板に先代は立っている。

 彼女の横には今代の巫女、博麗霊夢が立っており彼女は不機嫌そうに前方、白の艦群を見る。

「ちょっと汚くない? 私たち」

「徳川が我々の予想外に弱体化したからね。このまま織田に支配されるよりは、と言う事でしょう」

 霊夢は「ふぅーん?」とまだ納得してないようだがそれは自分も同じだ。

 果たしてそれだけだろうか?

 徳川を関東連合に加える。それだけのためにこれだけの艦隊を動かしたのか?

北条の動き、まるで徳川を試しているように思える。

━━氏直、貴女はどうするつもりなの?

 小田原にいる友の事を考え、溜息を吐く。

 まあ北条が何を考えているかは知らないが今は私たちに出来る事をするだけだ。

 前を見る。

 白の大龍は雪夜の中佇み、此方と向かい合う。

 それに笑みを送ると腕を組んだ。

「関東へようこそ、武蔵。貴方達が昇竜と化すか、このまま沈むか、見極めさせてもらうわ」

 

 

 

~第四部・第六天魔王編・完~

 

 


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