緋想戦記   作:う゛ぇのむ 乙型

102 / 103
終章
~終章・『境界線上の再始走者達』 これはきっと奇跡の出会い だから進もう 手を取り合って (配点:武蔵)~


 夜空は赤と灰の色で覆われていた。

 赤いマグマの河は大地を溶かし、森を燃やす。

 空から降り注ぐ灰は海を汚し、灰の層を作り上げる。

 爆発が生じた。

 島の中央の山が爆発し、マグマを噴出し岩石が周囲に降り注ぐ。

 そんな地獄と化した桜島の端、砕けた岩石が積もった平原の地下から一人の人物が現われた。

 少女だ。

 赤く燃え盛るような長い髪を持つ少女は夜空に裸体を晒し、背筋を伸ばす。

「うーむ……派手にやってくれたのぅ……」

 少女は見た目とは似合わない古風な言葉を喋り、苦笑する。

「いやはや、危なかった。寸前の所で体を捨てれて良かったわい」

 そう言うと身震いをし、くしゃみをする。

 そして己の体を抱きしめるとその場に座り込んだ。

「さ、寒い!! 鱗がないとこれほどまで寒いとは!!」

 これは早急に衣服が必要だろう。

そう思うと遠く東の方を見る。

 先ほど、地上に出る前に遥か東から知った力の波動を感じた。

 恐らくあれは極光、極天の力。

 この力を感じたのは二度目だ。

つまりアレが二度覚醒した事になる。

「これは、あまり悠長にしてられんかもな……」

 恐らくあと二度の覚醒でアレは本来の力を取り戻す。

 その時が決着の時となるだろう。

 だが、とにかく今は……。

「とりあえず身を隠すか。あやつが戻ってくるといかんからの」

 今の自分は力の殆どを失っている。

 その状態で彼女と戦うのは無謀だ。

 今は身を隠し、“白天の頂”に任せるとしよう。

 そう思うと彼女は笑みを浮かべ、跳躍をした。

 灰の空を跳び、少女は海を越えて遥か彼方へと消えていくのであった。

 

***

 

 終わりが広がっていた。

 黒だ。漆黒だ。闇だ。

 ただひたすらに黒の平地が広がり永遠と続いている。

 そんな平地に驪竜は寝そべっていた。

 彼女は時折不機嫌そうに眉を顰め、頬を膨らませる。

『随分とやられたみたいだね』

 男の声が響く。

 ありとあらゆる、人が忌諱する音が交じり合った声は嗤う。

「起きてたの?」

『ああ、キミが力を使ったお蔭でね』

 男が嗤う。

 その都度、空間がゆれ虫の羽音のような音が鳴り響く。

『だがよくないなぁ、よくない。切り札はそう簡単に見せるべきじゃないよ、ボクのお姫様』

 闇の奥から幾つもの腕をが現われた。

 何れも腐敗し、肉が溶け、腐臭を漂わせる腕だ。

 腐った指先は驪竜の頬をなぞり、首をなぞり、腹をなぞって行く。

「!!」

 腕が千切れた。

 驪竜は「汚らわしい」と腕を全て引きちぎり、捨てる。

『酷いなあ、汚らわしいなんて。キミが言うのかい? 穢れたキミが?』

「いい加減黙らないとあと数千年眠らせるわよ」

 男が嗤う。喉を鳴らし、実に愉快だと。

『それは困る。そんなに永く寝てしまったら約束の日に遅れてしまうよ』

 大気が振動した。

 闇が広がる空にそれは現れた。

 赤だ。

 真っ赤な、月の如き眼球。

 瞳孔を黄金に輝かせた紅き眼球は血の涙を流しながら驪竜を見下ろす。

『ボクとキミは運命共同体なんだ。切っても切れない縁、夫婦の契り、共犯者、復讐者。

だからさあ、仲良くしようよ。ボクの愛しの穢れ姫』

 眼球が嗤う。

 この世の全てを嘲笑うかのように、全てを見下し、己の愉悦とし。

「…………そうね、私たちは復讐者。奴等を一人残らず殺すのが目的」

 だから今は手を取り合うと。

「近いうちに“白”が動くわ。それに合わせて私も動く」

『どうしてそう思うんだい? ああ、そうか、だって君たちは□□だものねえ!!

□□なのに殺しあって、憎しみあって、ああ、なんて、なんて、愉快!!』

 一閃。

 眼球に流体の槍が突き刺さった。

 紅い眼球は傷口から汚物を噴出しながら嗤う。

『痛いなあ、ああ、痛い、痛いからそうだ、少し貰っちゃおう』

 何処かで獣たちが咆哮あげた。

 怪物たちは“外”に飛び出して行き、再び世界に静寂が訪れる。

「あまり派手にやらないでちょうだい」

『大丈夫だよ、愛しき姫君。ほんの百人位喰らうだけだから』

 驪竜は「ふん」と鼻を鳴らすと踵を返す。

『どこに行くんだい?』

「準備よ。次のね」

 驪竜が闇の中に消える。

おそらく“外”に出たのだろう。

 誰も居なくなった世界で眼球は嗤う。

『ああ、楽しみだよ。キミたちの狂騒劇、その先の絶望、ボクの穢れ姫、どうかもっと穢れておくれ』

 眼球が消える。

 腐臭と共に。

そして世界は完全に無となった。

 

***

 

 関東南部、江戸湾上空を一隻の巨大な航空艦が航行していた。

 <<方舟>>と呼ばれている巨大艦は雲の中に隠れながら航行し、江戸湾の南方へ向かって行く。

 そんな船の甲板に“白の巫女”とアリアンロードは立っていた。

「西で再び力の覚醒がありました」

 “白の巫女”の言葉にアリアンロードは頷く。

「ではそろそろ?」

「ええ、“破界計画”は始まりました。我々も次の段階に移りましょう」

 雲の中から巨大な人型が現れる。

 人型は背中に翼を生やしており、<<方舟>>の周囲を旋回すると下部のハッチに向かう。

━━大分使えるようになりましたね。

 神機アイオーン、その量産計画。

 まだまだ問題はあるが実戦投入可能な段階には入った。

 次の計画では大いに役立って貰えるだろう。

「他の方々の準備は?」

「第三柱は小田原に先行し、準備を進めています。第六柱は遺跡に着き次第岡崎夢美と共に次の作戦で使うアイオーンの最終調整を行います」

「No.0は?」

「彼は我々とは独立して行動します」

 アリアンロードの言葉に頷くと“白の巫女”は沈黙する。

 次の戦いが我々にとっての分岐点となるだろう。

関東で彼女と対峙するかも知れない。

━━何を躊躇っているのです、私は覚悟したはずです。

 自分は全てを犠牲にしてでも彼女を倒す。

 ただ、それだけのために生きているのだ。

「では、参りましょう。“破界計画”の第二段階の始動です」

 <<方舟>>が雲を抜ける。

月明かりに照らされた江戸湾が広がり、そして広大な遺跡群が聳え立っていた、

 紅の方舟はその遺跡群の中へ降下してゆくのであった。

 

***

 

 出雲・クロスベル市の行政区近くに新設された遊撃士協会本部。

 その一室で二人の男が向かい合っていた。

 一人は背筋を伸ばし立つアリオス・マクレインだ。

 もう一人は椅子に深く腰掛け、紙の報告書に目を通している中年の男だ。

「━━以上が六護式仏蘭西軍の展開状況です」

 アリオスが喋り終えると中年の男は「ふむ」と髭を摩る。

「ベルガード門近くに展開されている六護式仏蘭西の部隊は歩兵が殆どか?」

「はい、数にして一万。歩兵戦力を中心に展開しております」

「武神や導力戦車は?」

「数部隊確認されていますが、主力は存在しないようです」

 中年の男は「ベルガード門を陥落させるのに不要と判断したか、それとも別の何かか……」と呟く。

 やがて彼は頷くと机の上に置いてあったコーヒーに口をつける。

「遊撃士協会本部長として何か思うところが? カシウス・ブライト本部長」

「いや、もしかしたら六護式仏蘭西は派手な事をするつもりかもなと思ってな」

 「それにしても」とカシウスは言葉を続ける。

「本部長という響きには何時まで経っても慣れないな」

 そう苦笑するとアリオスも笑みを浮かべる。

「私は適任だと思います。事実、カシウス本部長が遊撃士協会の本部長に就任後、協会はその勢力を大きく取り戻しました」

「はは、それは買いかぶり過ぎというものだよ。遊撃士協会がここまで勢力を取り戻せたのは君達の尽力のお蔭だ」

 カシウスはそう言うと報告書を机に置く。

「六護式仏蘭西との事は当面はマクダエル市長にお任せする事にしよう。

では、本題だ。例の報告は見たかね?」

「関東に正遊撃士三名を派遣することですね。よく関東連合が承認しましたね」

「彼らが何故心変わりしたのかは分からないが、これは我々にとって好機だ。

今まで我々は全て後手に回っていた。そろそろこちらから仕掛けるべきだろう」

 「それが関東ですか?」とアリオスが訊くとカシウスが頷く。

「ああ、関東、崩落富士。怪魔との戦いが始まった場所、恐らく鍵の一つはそこにある。

武蔵が関東に行き、どうなるかは分からないが<<結社>>もそろそろ動くはずだ。

既に小田原には協力者が先行している。アガット・クロスナー他二名は彼女の指揮下に入ることになっている」

 そう言い机の引き出しから書類を取り出しアリオスに渡すと彼は少し目を丸くした。

「成程、彼女ですか。適任ですね」

「彼女は情報収集能力に長けている。きっと向こうで活躍してくれるよ」

 「さて」と言うと立ち上がる。

「俺はこれから九州に飛ぶ。暫くの間本部を留守にするからミシェル君の指示で動いてくれ」

「九州……桜島ですか?」

「うむ。上手く行けば我々も鍵を手に入れられるかもしれない」

 そう言うとアリオスは頷き「では」と退出しようとする。

 そんな彼を慌てて呼び止めるとカシウスは笑みを浮かべた。

「九州のお土産、何がいい?」

 

***

 

織田軍に制圧された岡崎城、その天守に八雲紫は居た。

彼女は遥か東、駿河の方を憂い顔で見ていると背後から藍が現われる。

「紫様……此方にいらっしゃいましたか」

「ええ、ちょっと考え事をね」

「…………武蔵の事ですか」

 紫は頷く。

「ねえ、藍? 私たちは正しいのかしら」

 突然の質問に式は沈黙する。

そして微笑むと主の横に立つ。

「どうなさったのですか? 急に」

「どうやら少し中てられたみたいでね。少し、そう思ったのよ」

 そう言うと式は目を伏せ、再び沈黙し、やがて口を開いた。

「私は紫様の式です。ですので紫様が悪だとか間違っているとかはっきり言えません」

「ですが」と彼女は続ける。

「武蔵の、徳川の事なら言えます」

「じゃあ、徳川は正しい?」

 式は首を横に振る。

「徳川は正しくて誤っているのです。そして私たちは悪くて正しい。

真逆です。彼らと私たちはまったく逆の立場で、方法で世界を救うつもりです。

きっとまたどこかで彼らとぶつかるでしょう。その時が全て分かるときです。

だから、その時まで私たちはこの道を進み続けましょう」

 徳川が全てを知り、それでも織田と戦うとき、一体何が起きるのか?

 世界は正と負、どちらによって動かされるのか?

それはまだ分からない。

 だがそれでも私たちは進む。

立ち止まる事は許されない。

立ち止まってしまったら散っていった者達の尊厳を踏みにじる事になるから。

「そうね。そうよね。ふふ、藍に叱られちゃったわ」

 主はそう悪戯っぽく笑うと此方も笑みが浮かぶ。

「はい、私も本来の道を思い出しましたから」

 そう、私は主と共に歩むのだ。

 彼女を支え、この道の先を見る為に。

「そうだ! 紫様! 食事会をしませんか?」

「食事会?」

「ええ、戦勝祝いと皆の休息のために」

 紫は暫く沈黙する。

 拒否されるのかと思い、少し体を強張らせると主は目を弓にし笑った。

「いいわね、食事会。前に橙もやりたいといっていたし、やりましょうか」

「はい!」

 思わず尻尾が揺れると主が笑った。

 それに赤面すると紫は「そういえば」と首を傾げる。

「橙は何処に行ったのかしら?」

 沈黙。

「…………あ」

 

***

 

「らんさまああああ、ゆかりさまああああ!! ちぇんはかえりたいですううううう!!」

 雪空の下橙はカレーを載せた台車を押しながら泣き笑い状態でそう叫んだ。

 武蔵で捕まった後、自分が織田軍だとバレ浅草に収容された。

 そして駿府に着くと武蔵は敵味方に食料を配り始め、自分はなんだか良く分からないインド人の手伝いをさせられている。

「悲しいですかネー?」

「はい、ものすごく帰りたいですううううう!!」

「そうですかぁ……」

 インド人は少し思案する。

もしかして開放されるのでは!?

そう期待するとインド人は頷いた。

「じゃあ、カレーを食べるといいですネー」

「訳が分からない!?」

 そのまま彼女はインド人に連れて行かれるのであった。

 

***

 

━━インド人と、猫?

 猫娘がインド人に連れて行かれる光景を見て、一瞬通報すべきかと思ったが武蔵ではきっと何時ものことなのだろうと判断し、レンは無視する事にした。

 今自分は小鈴と共に医療品や食料品の配給を手伝っている。

 駿府城に駐在していた兵士達も動員されており陸港の周囲には野戦病院が大量に設けられていた。

「それにしても……」

 視線の先、妖怪達を武蔵の生徒たちが治療しているのを見て苦笑する。

「敵も治療するなんて甘いわねえ」

 ここで助けた敵が何時か再び敵になるかもしれないというのに。

「まあ、それが徳川の良さなんでしょうけど」

 エステル達が気に入るわけだ。

 この国はリベールに似た雰囲気を感じる。

 だから自分もどこか居心地が良く感じるのだろう。

 広場の方で笑い声が生じた。

 そちらを見ればかがり火を囲んで徳川と織田の兵が酒を飲み交わしている。

 戦闘用の獅子型魔獣が主賓みたいになっているのは何故だろうか?

「……そういえばティータは小田原だったかしら」

 小田原にはZCFの本社があり、彼女はそこで働いているはずだ。

 武蔵が関東に向かうのなら自分もついて行き、彼女と会うのもいいかも知れない。

 それに恐らくだがそろそろ<<結社>>が動く。

 関東で武蔵は大きな動乱に巻き込まれるだろう。

そしてエステル達も。

「まあ、その時のことはその時考えればいい事だわ。今は暫しの休息を堪能しましょう」

 そう言うと向こうから小鈴が駆け寄ってきた。

 そんな彼女に手を振ると、此方も駆け始めるのであった。

 

***

 

 道を駆ける。

 雪が積もり始めた後悔通りを天子は駆ける。

 腕には元忠の日記を抱え、息を白くしながら。

 北条が来たため、僅かな休息の後作戦会議をする事になった。

 空を輸送艦が飛ぶ。

 駿府城から来た物資を乗せた輸送艦だ。

 それを横目で見送りながら駆けると教導院が見えて来る。

 皆が居た。

 教導院前の端に梅組の仲間や遊撃士の連中、そして敵だった仲間たちも揃っている。

「あー、寝すぎた! 私がビリっぽい!!」

 時計のアラームを三度程無視したから十分近く遅れている。

 馬鹿が此方に気がついた。

 彼は笑みを浮かべ「おーい! お前が最後だぜー!」と手を振る。

 それに続き、皆立ち上がり此方に手を振る。

「は」

 笑みが浮かぶ。

 彼ら(あれ)は私がずっと望んでいたものだ。

私がずっといらないと言いながらも一番欲しかったものだ。

 友人達は皆笑みを浮かべている。

 私を待って、私と共に行こうと。

 だから私も……。

「ごめん!! 寝すぎた!!」

 手を振り返す。

 力強く。前を向いて。

 皆が笑う。私も笑う。

 これからまた大変な事になるだろう。

だがきっと乗り越えられる。彼らと共になら。

 後悔通りを抜け、教導院の橋の下まで来ると振り返る。

 遥か先、東の空に黒の大艦群が滞空している。

 北条。

私たちにとって次なる壁だ。

だがそれを乗り越えた先、きっと私たちは大きく一歩踏み出すことになる。

この世界の真実に向けて、境界線の先へ。

 だからそう、いま私たちが言うべき言葉はこれだ。

 

 

 

 

 

━━━━さあ、踏み出しましょう。境界線を越えて!!

 

 

 

 

 

~緋想戦記・完~




 どうも皆さん、作者のう゛ぇのむ乙型です。
 緋想戦記をここまでお読みくださり有難う御座いました。
 全百二話、二年近い連載を経て序章の終わりとなりました。
 処女作でありながら多重クロスオーバーとなかなか地雷じみた事をしてしまいましたがここまでエタらずに続けられたのは偏に皆様のお蔭です。
本当に、有難う御座いました。
 天子達の戦いはまだまだ続きます。
 この後の話、関東編以降は緋想戦記Ⅱとして執筆を予定しております。
 北条の目的は? <<結社>>はどう動く? “破界計画”とは? 世界の謎とは?
緋想戦記Ⅱではそれらが明かされて行く事になりますのでどうぞご期待ください。
 さて、あとがきというものをはじめて書いた為、こんな感じでよろしいでしょうか?
 あまり長々と書いてもアレなので、取り合えず此処まで。

 では皆さん、緋想戦記Ⅱでまたお会いしましょう。
そして最後にもう一度、ここまでお読みくださり、本当に有難う御座いました!!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。