緋想戦記   作:う゛ぇのむ 乙型

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~第九章・『歴史の動かし手』 ともに行くよ(配点:ハクタク)~

 

 武蔵より発射された重力障壁の塊は駿河の空を切り裂き、今川艦隊に襲い掛かった。

今川艦隊は前進を行ってた事もあり、武蔵からの攻撃に反応できず、正面から重力障壁に激突した。

 重力障壁に衝突した艦はその外部装甲を砕き、引き潰される様に鉄隗へとその姿を変えた。

 一瞬の間に今川艦隊9隻の内6隻が破砕され、地に墜ちた。

駿河とその護衛艦2隻は事前に急降下を行った為、直撃を免れたが駿河は左側面を砕かれ護衛艦の1隻はそのまま不時着し、もう1隻は船体後部から黒煙を出しながらも辛うじて飛行していた。

 そんな駿河の艦橋には警報音が鳴り響き、通信兵が各部の損害状況を確認していた。

太原雪斎は艦橋中央の艦長席に座りこめかみを押さえると鈍い汗を掻いていた。先ほどの攻撃を避けれたのは奇跡に等しい。

徳川艦隊が後退した瞬間、悪寒を感じ回避命令を出した。そのおかげで自分はまだ生きているが

━━もはやここまでか……。

 艦隊は壊滅し、駿河もこれ以上の戦闘は不可能だ。正面の大型表示枠を見れば最後まで滞空していた航空艦が墜落し爆発した。

 これが天下を獲るという夢を見た罰なのか、と雪斎は誰に向けられる訳でもない怒りを感じた。何か指示をしなければいけないと思うも全身に途轍もない脱力感が掛かり、視界が霞む。

そのまま銅像にでもなるのでは無いかと思っていた所、突然横から大声が来た。

何事かと思い横を見ると副官の男が自分と同じく汗を掻きながら此方を見ていた。

「ご命令を! 我々はまだ戦えます!」

その声に頭を金槌で打たれた様な感覚を感じた。周りを見れば副官だけではなく誰もが此方を見、そして力強く頷く。

 雪斎は体に熱が戻るのが分かった。そして両腕を机にかけながら立ち上がり副官を見る。

「本艦の状況を報告せよ!」

そう言うと副官は一度うれしそうに笑うと直ぐに姿勢を正す。

「本艦は左舷を大破しましたが航行は可能。流体砲が一門、実体砲が一門使用可能。そして障壁は辛うじて展開可能。つまり戦闘は可能です」

そういい終えると力強く頷いた。雪斎は次に通信兵の方を見た。

「残存戦力は?」

「当艦と護衛艦が1隻。そして北条・印度連合の機鳳隊が援護してくれるそうです」

 雪斎は直ぐに思案に入る。2隻と残存機鳳3機、戦力差は火を見るより明らかだ。

だが、と思う。回りを見れば誰もがその瞳に強い炎を燃やし、此方を見ている。

雪斎は手の甲で額の汗を拭うと力強く頷いた。

「皆、勝とうぞ!」

そして駿河は再び高度を上げた。

 

***

 

今川艦隊が壊滅する様子は駿府城の第二層を走る天子からも見えていた。武蔵に切り札が有るという事は聞いていたし、どの様な物であるかも説明を受けていたが実際に見てみると圧倒される。

その迫力に思わず鼻歌を歌いたくなったがここは戦場であるので我慢する。

天子と衣玖が走っている道は第一層に続く道で各所に防衛用の柵が立てられていたが何れも無残に破壊されていた。

これ等の柵は天子達が来た頃には破壊されており、それはつまり。

「少しでもあの機動殻の足止めになっているといいんだけどね!」

その言葉に息を切らせながら付いて来る衣玖が頷いた。そう言ったものの周囲の惨状からその可能性は低いだろう。

 そして正面に第一層への外門が迫ってき来た外門は砕かれているが見たところ内門は破壊されていない。つまり、敵に追いついた可能性が高いと天子は判断する。

天子は一度衣玖の方を見ると衣玖は表情を引き締め頷き、二人は外門に飛び込む。

 第一層へは2つの門を突破しなくてはならず、二つの門の間は四角形の間となっていた。

天子と衣玖が間に飛び込むとその様子に思わず足を止めてしまった。

 間の至る所には破壊された今川軍の機動殻や兵士が横たわり動かなくなっていた。そしてその中央には無傷で夜天を見上げる紅の機動殻━━山県昌景がいた。

昌景は暫くの間空を見ていると天子達に気が付き、視線をゆっくりと向けた。そして少し笑うと

『おっと、追いつかれちまったか』

と言った。天子と衣玖は直ぐに身構え、天子は横目で倒れた今川兵達を見ながら言った。

「こいつらあんた一人で殺ったの?」

すると昌景は喉を鳴らしながら笑い首を横に振る。

『安心しな、極力殺しちゃいねぇ。俺は義元公の“保護”をしに来たんだからな』

「奇遇ね。私達も“保護”しに来たのよ」

互いに笑うがその目は笑っていない。笑い終わり暫くの間静寂が続くと昌景が一歩前に出る。それに合わせ、天子と衣玖は一歩下がった。そんな様子に対して昌景は軽く笑うとワザとらしく肩を竦めた。

『で? どうするよ? 奇遇な事に此処には同じ目的を有した奴が二組いる。だが、一つ問題が有る。それは両者がそれぞれ敵対する組織に所属してるってことだ』

そう言い終えると両者は身構え、睨み合う。そして昌景が後ろ左足を動かすとそれが合図となって戦闘が開始された。

 天子と衣玖は左右から昌景を挟み込むように駆け出した。それに対し昌景は衣玖を目掛けて突撃を仕掛ける。

突撃してくる敵を見ると衣玖は右手に羽衣を巻きつけ、筒状にすると筒内から雷撃を放った。雷撃は直線状に発射され昌景の頭部を狙うが昌景は左手で雷撃を振り払う。

続けて左側の羽衣を伸ばし昌景の腰関節を狙うと昌景は僅かに身を反らしそれを避けた。

『甘いっ!!』

そう言い、衣玖の顔を目掛けて槍を突き出そうとすると衣玖の口元に笑みが浮かんでいるのに気が付く。

直ぐに危険を感じ更に加速を行うが衣玖は羽衣で昌景の後ろを追いかけている天子の腰を掴むとそのまま引き寄せた。

そして引き寄せられた天子は昌景の右肩目掛けて斬撃を放つが、斬撃は昌景が咄嗟に右に飛んだ事によって空ぶった。

衣玖は攻撃が外れるのを見ると羽衣を両手で掴み、右側にスイングを行う。そして、スイングされた天子は着地中で隙の出来た昌景に再び斬撃を放つ。

飛んでくる天子に対して昌景は無理やり身を反らす事によって緋想の剣を左肩の装甲で受け止め弾き返した。

「ああ、もう!」

と天子は悪態を突きながら弾き返されると地面に着地し直ぐに突撃を仕掛ける。

昌景も既に体勢を立て直しており向かってくる天子に対して西洋槍で迎え撃とうとするが突然、槍に羽衣が巻きついた。

『━━!』

咄嗟に右側を見るといつの間にか回り込んでいた衣玖が羽衣を延ばし、両腕でそれを引き寄せていた。そして槍を引き寄せられ動けなくなった昌景に天子が飛び掛った。

「貰った━━!」

そう天子が言い終える前に西洋槍に巻き付いていた羽衣が引きちぎられた。

 

***

 

 天子は咄嗟の判断で緋想の剣を自分の体を守るように構えた。

昌景は羽衣を引きちぎった動作のまま西洋槍を横薙ぎに振るい、天子を叩き潰そうとする。

西洋槍と緋想の剣がぶつかると鈍い金属音が鳴る。そして槍とぶつかった衝撃を利用して身を翻し、回避を行った。

槍の先端は微かに天子の左脇腹を掠め、服を切り裂く程度であったが突如左脇腹が裂けた。

「━━━━!!」

突然の痛みに天子は声にならない叫びを上げるとそのまま地面に叩きつけられた。天子は左脇腹を抑えるが、傷口から血が噴出す。痛みにより鈍い汗が流れ血の気が引くのが分かる。

痛みに耐えながら辛うじて立ち上がると息を荒くしながら昌景を睨み付けた。

 対する昌景は確かめるように槍を振る。槍の先端が地面に近づくと先端近くの地面が激しく揺れ、砕けた。

『ふむ、破壊力は申し分無いようだ』

西洋槍の表面はよく見ると非常に細かく揺れており、甲高い音を鳴らしていた。天子は荒れた息を整えるとダメージを隠すように口元に笑みを浮かべる。

「成程。槍に高振動を与えて破壊力を増加させている訳ね」

『詳しい原理は俺にも分からんがな。ここに来る前に開発部の奴等から貰ったのさ。実戦データが欲しいんだとよ』

昌景は「さて」と一息入れると一度衣玖の方を見ると槍の先端を天子に向けた。

『逃げるんだったら今の内だぞ?』

と挑発するように言うと天子は額の汗を拭い、衣玖に目配せをすると緋想の剣を構えなおす。

「それはこっちの台詞ね。今なら見逃してあげるけど?」

天子がそう言うと昌景は楽しそうに喉を鳴らすと身構え『参る!』と叫ぶ。

そしてその叫びを合図として再び両者は駆け出した。

 

***

 

 天子たちが第2層で昌景と戦い始めた頃、第3層の長屋地区でも激しい戦闘が行われていた。一人は空中に鏡と勾玉を浮かべ右手に剣を持ちながら長屋の間を抜ける上白沢慧音であり、もう一人はそれを追う様に掛けるネイト・ミトツダイラであった。

 ネイトは前方を走る敵に追いつくために積み立てられていた板に足を掛け、長屋の屋根に飛び乗った。そしてそのまま屋根伝いで駆け、銀鎖を放つ。

上からの攻撃を受けた慧音は後ろに一瞬跳躍し、銀鎖を避けその横を抜けて再び走り出そうとした。

 一瞬だが動きを止めた獲物を逃がさないようにネイトは右足に力を込めると一気に跳躍を行おうとするがその直後、前方の長屋の屋根を突き破り現れる物があった。

それは慧音が勾玉であり、それは激しく回転すると光を放った。

「!」

光は直線状に放たれ、回避のために身を反らしたネイトの右肩を掠める。ネイトは僅かに眉を顰め、銀鎖を放つがそれよりも早く勾玉が再び長屋の中に戻る。

 銀鎖が屋根に激突し煙を上げるがネイトは立ち止まらず駆け出す。慧音の方を見れば再び距離を離されている。

 戦いが始まってから同じような事が繰り返された。敵は此方から常に距離を取り、遠隔攻撃が可能な勾玉で攻撃してくる。そしてこちらが距離を詰めれば剣と勾玉を繰り出すことによって此方の体力をジワジワと削ってくる。

 苛立ちに似た焦燥感が燻るが頭を振り、焦りを振り払う。ネイトは長屋から飛び降り着地すると銀鎖を二本展開し、近くの小屋に巻き付ける。そして、踵にあるアンカーを地面に打ち込むと体を大きく翻し、小屋を放り投げた。

放り投げられた小屋は空中で砕けながら慧音の前方に落ちる。小屋は地面に衝突した際に近くの長屋を巻き込み、轟音と共に砂埃を巻き上げる。

 慧音は進路を断たれた事によって立ち止まり、振り返ると剣を構えた。ネイトはそんな慧音に突撃を仕掛け、両肩の銀鎖を放つ。銀鎖の内の一本は右側の長屋から現れた勾玉の放つ光によって軌道を逸らされ、もう一本は剣によって弾かれた。

銀鎖を攻撃した勾玉が狙いをネイトに変え、回転を始めると上方から突然叩きつけられ火花を散らしながら砕け散った。

勾玉を叩き付けた物は先ほど小屋を投げた際に空中に浮かせた銀鎖の内の一本であった。

そしてネイトは勾玉を砕かれた事によって驚愕している慧音に最後の銀鎖を放った。

「貰いましたわ!」

そう叫ぶと慧音が笑っているのに気が付いたが銀鎖は既に突き出された槍のように慧音の胸元に放たれており、そのまま貫く。

すると慧音の姿は砂のように崩れ、その中から大鏡が現れた。

「鏡!?」

ネイトは銀鎖を引き戻すために右手で掴み引くが銀鎖の先端は鏡の中に入って行き、そして引き込まれて行く。

体を引き込まれぬように足に力を込めた瞬間、大鏡から物体が彼女目掛けて飛び出して来た。

それは引き込まれた銀鎖の先端であり、獲物を失った銀鎖は止まる事が出来ず。彼女の頭を穿つ。

「━━━!!」

 鈍い音が響き、ネイトは膝から崩れ落ち倒れた。

 

***

 

『今川艦隊再度前進してきます━━以上』

という”武蔵野”の報告を聞くと正純は教導院の屋上から今川艦隊の方を見た。

 今川艦隊は既に2隻しか存在しておらず、旗艦である駿河は損傷による黒煙を吹かしており、その駿河を守るように一隻の護衛艦も黒煙を出しながら前進してくる。

一方徳川艦隊は武蔵を中心に鶴翼の陣を引き今川艦隊を迎え撃とうとしていた。

 正純は向かってくる駿河を見ながら”まだ来るか”と言う思いと”やはり来るか”という思いを同時に抱く。

そうして駿河の夜空を見ていると艦隊の配置が完了したことを告げる報告が来る。その報告を武蔵の左舷に配置した浜松に送ると表示枠越しに家康が頷く。

 彼の表情はどこか辛そうな顔をしており彼もまた自分と同じことを思っていたのだなと正純は頷き返した。

そして家康は手を掲げ総攻撃の号令を出そうとする。

『全艦一斉攻━━』

『”武蔵”より全艦へ、今川艦隊後方より機鳳2機急速接近してきます━━以上!』

 ”武蔵”からの突然の報告に慌てて今川艦隊の方を見れば駿河の両舷から機鳳が一機づつ、計2機現れた。

機鳳は2機とも武蔵目掛けて急加速を行っていた。

━━━艦隊を囮にした奇襲攻撃か!

と正純が身構えると浜松に居るネシンバラが表示枠越しに映る。

 彼は一度表示枠の方を見るとメガネを指で押し上げ、手を掲げる。

『この奇襲、読んでたよ!』

 

***

 

・● 画:『なんで今、ポーズとった?』

・金マル:『ほらガッちゃん。アレだよ、アレ。カメラ前にするとついつい調子に乗っちゃうみたいな!』

・貧従士:『ああ、確かにカメラ前だと緊張して変なことしちゃいますよね? ん? でも書記は何時も変だから平常運転?』

・未熟者:『う、うるさいなぁ! なんとなくだよ!』

 

***

 

ネシンバラは一度わざとらしく咳をすると手を掲げ直しそれを振り下ろした。

「右舷側はマルゴット君とナルゼ君が! 左舷側は残りの魔女隊が迎撃を!」

『『Jud.!!』』

 その号令と共に武蔵の右方から双嬢が現れ、左方からは魔女隊が現れた。

これにより奇襲を行おうとしていた機鳳は逆に奇襲されることとなり、双嬢に奇襲された側は主翼を打ち抜かれ墜落し、もう一方は魔女隊の猛攻撃を受け離脱していった。

 機鳳隊を迎撃したことにより浜松艦橋は湧き上がり、そんな中ネシンバラはほくそ笑んだ。

機鳳隊を退けた以上今川軍にもう策は無い筈と思い、総攻撃の指示を出すように家康に頼もうとしたところ表示枠が開く。

『ネシンバラ!』

表示枠には武蔵の機関部でに待機していた直政が映る。

「おや、直政君。どうしたんだい? 君も僕を讃えようと━━」

『機鳳隊は3機居たはずさね!!』

ネシンバラはその言葉に背筋が寒くなるのを感じ、急いで正面を見るのと通信士が叫ぶのは同時だった。

「駿河後方より機鳳1機。急速接近!」

それと同時に駿河の黒煙の中から重武装の機鳳が現れた。

 

***

 

「機鳳隊による奇襲までもが囮か!」

 一連の事態に正純はそう叫ばずにはいられなかった。徳川艦隊は急接近する機鳳に砲撃を行うが護衛艦が前進を始め盾になった為防がれた。

さらに駿河も砲撃を武蔵に行い、こちらの動きを止めてくる。

「ナルゼ、戻れないか!」

とナルゼに連絡するが

『今からじゃ間に合わないわ!』

と返される。

機鳳は既に浅草に差し迫っており、その狙いは。

━━武蔵野艦橋か!!

武蔵の武神隊も迎撃のために砲撃を行うが焼け石に水だろう。思わぬ窮地に拳を握りしめていると突然武蔵上空に表示枠が開いた。

表示枠には匿名を告げる映像が浮かび上がり、その向こうから凛とした女性の声が聞こえてくる。

『曳馬より武蔵へ。これより当艦は長距離砲による長距離砲撃を行います。武蔵の皆様には対衝撃体勢をとるようお願い致します』

━━なんだって!?

と叫ぶ前に武蔵の後方から二つの閃光が現れた。それは発射された高速実体弾であり、一つは駿河の空を高速で裂きながら武蔵野直前に迫っていた機鳳を砕き、もう一発は駿河の前面装甲から後部までを貫いた。。

 砕かれた機鳳は炎を纏い武蔵野の外壁に激突した後墜落し、駿河はこの攻撃が致命傷となり高度を落としていった。

砲撃の衝撃から逃れるために伏せていた正純は慌てて砲撃が行われた方を見たが、既に何も居なくなっていた。

『所属不明艦、ステルス障壁を展開した為追跡は不可能と判断します━━以上』

という”武蔵”の報告を受けながら後方を見ていた正純はポツリと呟いく。

「今のは一体……?」

 

***

 

『空は決着がついたか……』

という昌景の言葉に沈みかけていた天子の意識が引き戻された。

 そして意識が戻ると同時に全身に激しい痛みを感じ、口から熱い息と共に呻き声が出る。その声に反応して昌景は此方を見下ろし意外そうな声を上げた。

『ほう、まだ意識があるか』

そう言い四本の足で大またに近づいてくる。その四本足が地を踏む度に地面は揺れ、それが体に響き痛みを感じる。

 天子は近づいてくる敵を確認しながら自分の状況を確認した。今自分は地に伏している形で、こうなったのは先ほどまでの戦闘のせいだ。

 相手の攻撃を受け、わき腹を切り裂かれた事が原因となって押し負け、衣玖も羽衣を破壊されたため完全に能力を使えず負けた。

 頭を動かし衣玖の方を見れば彼女は崩れた柵を背に座り込む形で気を失っていた。

 昌景の前右足が天子の直前に落ち、天子は辛うじて手放さなかった緋想の剣を握り締めながら相手を睨み付けた。

『止めておけ、もはや勝負は決した』

と言われ、天子は両腕で体を起こし上げようとする。体に力を入れるたびに激痛が走り、思わず息が止まる。

「まだ、勝負は、終わってないわよ!!」

そう叫び起き上がり再び睨みつけると昌景は呆れたように右前足で蹴りを入れた。しかし、足は宙を蹴り、次の瞬間には首元に緋想の剣が迫ってきた。

『!!』

昌景は直ぐに顔を反らし緋想の剣を右頭部の装甲で弾き返すと槍を横に薙いだ。緋想の剣を弾かれバランスを失った天子はそのまま槍に薙ぎ払われ、再び地面に叩きつけられた。

『見事な気力! 故に此処で仕留める!』

 昌景が槍を構え突き出そうとする。天子は意識が再び沈み始めるのを感じ、今度こそ敗北を感じたその直後、第二層の方から全裸たちが現れた。

『全裸!?』

昌景がそうたじろぐと全裸はニヤつきながら昌景を見た後、倒れている天子を見た。

「おいおい、オメェそんなところで何やってんだ? もしかしてアレか! アレなのか!? ガチハードな胸を床に押し付けて成長させる“床パイ療法”!」

その直後全裸が飛んだ。否、アッパーを受け飛んだ直後に踵落しを受け地に沈んだ。

『……』

誰もが固まっていると事の張本人であるホライゾンが首を傾け。

「おや、皆様一体どうしたのですか? まるで人が宙に浮いた後に叩きつけられたような顔をして━━そのようなこと有る訳無いじゃないですか」

『武蔵の総長と姫は漫才師か?』

と昌景に言われ思わず全員が頷きかけてしまった。

『勝負が決した以上さていい加減、先に進みたいんだがな』

と昌景が構えるとホライゾンの前に立花・宗茂と誾が庇うように立ち、それに続いて点蔵やメアリ達も構えた。

 ホライゾンはそんな中一歩前に出ると天子の方を一度見た後、昌景の方を見た。

「勝負が決したらと言いましたが、まだ決してないのでは?」

『この状態でか? 最早戦意もあるまい』

その言葉は天子も自覚していた。体の疲労は限界に達しており、これ以上の戦闘は不可能だろう。

だがその様に言われ、またそれを自覚している自分に悔しさを感じずにはいられなかった。

天子は他の人に察せられないように下唇を噛み悔しさを押し込み目を瞑る。すると自分の横から声が聞こえた。

驚き横を見ればそこには全裸が立っていた。全裸は困ったように此方を見ると

「確かに、今のままじゃ勝てねぇなぁ」

そう言われ天子は思わず唸る。それに対してトーリは少しおどけると頭を掻きながら天子を見た。

「だって、オメェ。今、自分には無理だと思っただろ? それじゃあ勝てるもんも勝てねぇよ」

天子はその言葉に目を見開き、トーリを見れば彼はウィンクを返した。

「いいか、失敗する事、負けることを恐れるんじゃねぇ! 自分には無理だとか思う前にぶつかれ! それで失敗したら俺に全部押し付ければいいし勝ったなら万々歳だ!」

トーリは振り返り仲間の方を見る。

「俺には何も出来ねぇ、だけどお前らはそうじゃ無い! 俺がお前らの不可能を受け持ってやるからお前らは可能の力を持って行け!」

誰かがそれに呼応して叫ぶ。

「そして、そこのオメェ! オメェだよオメェ! 高いところで見てる奴!」

トーリはそう叫び駿府城の天守閣を指差した。誰もがそちらを見ると天守閣に一つの影が立っていた。

トーリはもう一度指を指し。

「良いか、俺等が行くまで勝手に死ぬんじゃねーぞ! 絶対だからな! オメェとは色々話したいことがあるんだ!」

そして最後にトーリは空を見た。

「最後に今これを見てる奴等、世界中の奴等! 俺達は俺達の道、誰もが笑って暮らせる世界を創る! そんでもって俺等の事を認められ無いっつーなら、かかって来い! そんでもって誰が一番強いか決めようじゃねぇか!」

そう叫んだ。

その場に居た誰もが息を呑んでいた。

 ホライゾンの後ろに立っていた兵士が一歩前に出る。彼は槍を地面に突き立てると背筋を伸ばした。

「徳川! 徳川!」

その声が波紋して徳川軍全体に広まって行く。

「「徳川! 徳川!」」

駿府城全体から己の武具を鳴らし、喊声を上げる声が連なる。するとその声とは別の声が響いてきた。

「ふざけんじゃねーぞ! まだ今川は終わってねぇ!」

そして今度は今川を讃える声が鳴り響く。

「「今川! 今川!」」

周囲はあっと言う間に喊声と熱気に包まれた。

『成程、武蔵の総長は大うつけかと思っていたがそうでも無いらしい』

と昌景は少し感心したように言うと、トーリは腰に手を当て

「いんや、さっきも言ったけど俺は馬鹿だし何も出来ない。だから応援しただけだ」

昌景は『ほう』と呟いた後、槍をトーリに向けた。それに反応して宗茂達も構える。

「おいおい、急いでるんじゃ無かったのかよ?」

とトーリが笑いながら言った。

『気が変わった。貴様は武田にとって危険だ。ここで始末する。』

昌景がトーリを睨みつけると今度はホライゾンが頷いた。

「なるほど、昌景様もトーリ様の危険性に気が付きました。しかし、良いのですか?」

と問われ昌景は『何を……?』と言うと、トーリが此方を指差しながらウィンクした。

「足元注意!」

その直後昌景は横に吹き飛ばされた。

昌景を吹き飛ばしたものは先端の尖った石柱であり、その先端は脇腹の装甲を砕き突き刺さる。

『ぐ……ぉ……!』

石柱の端を見れば緋想の剣が突き刺さっておりそれを天子が両腕で握り締めていた。

吹き飛ばされた体は止まらず壁が近づいてくると昌景は槍を壁側に突き出し、槍に振動を与え、壁を砕いた。

 昌景と天子はそのまま第3層に落ちる。昌景は壁を砕いた槍で今度は石柱を砕き、天子に蹴りを入れようとする。

対して天子は砕かれた石柱の破片を盾にし、回避を行った。

 昌景はそのまま落下し、第3層の櫓に激突した。櫓は轟音を立て、載せてたった野戦砲やその砲弾が落ちる。

一方天子は空中で体を丸め、転がるように地面に落ちた。

 天子と昌景が立ち上がるのはほぼ同時で昌景は全身の関節部から火花を散らし、天子は頭から血を流していた。

 天子は前髪を掬い上げると崩れた第二層の壁の方を見て叫ぶ。

「これは一つ貸しよ! 葵・トーリ!」

そして微笑み。

「行きなさい! そして天守に篭っている今川義元を引きずり出してやりなさい!」

すると壁からトーリが身を乗り出し親指を立てた。

天子はそんなトーリに笑うと緋想の剣を構えなおし、昌景の方を見た。

「正に窮鼠猫を噛むって奴だと思わない? 私は鼠じゃなくて天人だけど」

昌景は槍を構え

『全くだ』

と笑った。そして

『我が名は山県源四郎昌景! 天に御座す天上人が首、頂戴致す!』

「穢れし地に住む人間が天人に勝とうとは笑止千万! 格の違いを思い知るがいいわ!」

そして両者は駆け出した。

 

***

 

喊声が駿府城を包み込む中上白沢慧音は目を細め、空を見ていた。

「誰もが笑って暮らせる世界か……」

古来よりその大志を抱き立ち上がった者は数知れない。しかし、志を果たせた者は居なかった。

誰もが平穏に暮らせる世界はいわば理想郷だ。自分達が居た世界━━幻想郷も一見はそれだが、実際のところ妖怪と人間のパワーバランスや妖怪同士の対立で理想郷とはかけ離れている。

歴史を喰らい、そして紡いで来た自分には理想郷と言うものは不可能なのではと思えてしまう。

武蔵の総長は自分の志を諦めないと言った。だが周りが敵になり、友や愛する人が死んでも同じ事が言えるだろうか?

━━不可能だろう……。

そう思い、振り返れば違和感を感じた。その違和感は直ぐに焦りに変わり身構える。

自分の背後で倒れていた騎士がいなくなっていたのだ。

 慧音は冷たい汗を掻き、慎重に周囲を見渡すと頭上から声が降って来た。

「あら、何処を見てますの?」

 慧音は上を見ると月明かりに目を細める。そしてその月を背にするように武蔵の騎士━━ネイト・ミトツダイラが崩れた長屋の柱に足を掛け、立っていた。

「気絶していたと思ったんだがな」

と皮肉を込めて言うと騎士は笑う。

「ええ、危ないところでしたわ。この子が避けてくれなければ危ないところでしたもの」

そう言うとネイトは銀鎖の一本を優しく撫でた。

「直撃する前に先端を反らせたか……。いや、先端を反らしその上で自分の頭も反らして被害を最小限にしたのだな。そして後は気絶した振りをしていたと」

「Jud.」

とネイトは教え子が良い解答を出したときのような笑みを浮かべる。

その表情に慧音は苦笑した。

━━まさか、教わる側になるとな……。

「だが何故後ろから攻撃しなかった。いくらでもチャンスがあっただろう?」

するとネイトは頷き。

「私は騎士ですのよ? そのような事をすれば騎士の名に泥を塗る事になりますわ」

と言い、ゆっくりと身構えた。

慧音はそんなネイトに頷き、身構える。

「最後に質問を一つ、いいか?」

と聞くとネイトは頷きで返した。

「お前は、いや、お前達はお前達の王が言った事が実現できると思っているのか?」

慧音の質問にネイトは何故そんなことを聞くのだという表情を一瞬見せると微笑んだ。

「あら、貴女は出来ないと思っているんですの?」

「ああ、過去の歴史を見てもそのような志を達成できた者は居ない」

「成程」とネイトは呟くと駿府城の第二層の方を見る。

「我が王は己の夢を決して諦めませんわ。そして私達に全幅の信頼を寄せている以上、私達は王の夢を何処までも王と共に追いますわ。ただそれだけですのよ?」

と応え、その表情はどこか楽しそうでもあった。

慧音は一言「眩しいな」と言うと剣を構えた。

「では、武蔵の夢、意地、歴史の担い手として魅せて貰おう!」

「Jud.、 ネイト・ミトツダイラ、王の騎士として参りますわ!」

その直後銀鎖が放たれた。

 

***

 

 放たれた銀鎖は慧音の剣で切り払われ長屋に激突した。ネイトは跳躍し下方の慧音に対して二本目の銀鎖を放つ。

 慧音は大きく後方に跳躍し回避を行うが、銀鎖は地面に激突するとバウンドするように追跡した。

迫り来る二本目の銀鎖にも慧音は冷静に切り払う事で対処し、跳躍を終えると同時に右足に力を込め、今度は相手に飛び込んだ。

 慧音が狙うのは跳躍直後で無防備になった脇腹だ。

「銀鎖、私に巻きつきなさい!」

ネイトの叫びと共に三本目の銀鎖がネイトの体に巻きつく。慧音の放った斬撃は体に巻きついた銀鎖とぶつかり、火花を散らす。

 ネイトは先ほど放った2本の銀鎖を引き戻し、慧音の背中を穿つ。そして慧音が吹き飛んで来た所にラリアットを入れると再び違和感を感じた。

「またですの!?」

 慧音の姿は再び砂のように崩れ、右横から刃が迫った。ネイトは体を反らし避けるが、剣先が僅かに右腕を掠る。

右腕から血が飛び散り、痛みに眉を顰めるが体をそのまま回転させて蹴りを入れる。

 蹴りは慧音が事前に構えていた鏡の縁に当たり、弾かれる。

そうして両者は距離を離し、ネイトは体に巻きつけた銀鎖を解きながら右腕の傷口を確認しゆっくりと左に回りこむと慧音もそれに合わせて動いた。

 ネイトは先ほどから相手に違和感を感じていた。それは相手から何か抜け落ちているような、何か足りないという違和感であった。

 静かに身構えると慧音の居る側から風が吹いてくる。ネイトは風に乗せてやって来る草や木の焼ける香りに鼻をひくつかせると目を見開いた。

━━もしかして……?

 ネイトは静かに相手を観察する。今の彼女にあって、先ほどの彼女に無かった物……それは。

「確かめてみる必要がありますわね」と呟き、ネイトは長屋に埋まっていた銀鎖を横に薙いだ。

そしてそれを慧音が受け止めると同時に全力で駆け出す。

その際に残り一本の銀鎖を地面に這わせるように放ち、慧音の顎を目掛けて攻撃を行う。

 慧音は横からの攻撃を受けた状態で下からの攻撃を避けようとしたためバランスを大きく崩す事となった。

そこにネイトは更に二本の銀鎖で崩れた二本の柱を持ち上げ、投げつける。柱の内の一本は狙いが反れ、もう一本は慧音の前面に移動した鏡に当たり吸い込まれた。

そしてすぐさま鏡よりネイト目掛けて柱が射出される。

「銀鎖、解除!」

ネイトがそう叫ぶと騎士服が外れ、インナースーツのみとなる。ネイトはその状態で体を限界まで低くし一気に加速する。

 その数瞬後に柱が髪を掠めいくらかの髪を切り裂きた後、宙に舞った騎士服を貫いた。そしてその状態で拳を握り締め腰まで引き、慧音の目の前まで来ると右足で体を止めそのまま足に力を込める。

 そして跳んだ。

しかし跳んだ先は体勢を崩している慧音の方では無く、その右方であった。

「AGRRRRRRRRRRR!!」

ネイトは渾身の力を込め、拳を突き出す。

 そして拳の先に驚愕の表情を浮かべた慧音が現れ、その胸を穿たれ吹き飛んだ。

慧音の体はボールのように飛び、長屋に激突した。

 

***

 

 崩れた長屋の壁を背に慧音は寄りかかっていた。全身に痛みがあり、最早体は動かない。

慧音はそんな状態で穴の開いた天井から見える月を見、その眩さに目を細めた。

 しばらくそんな体勢でいると正面側の大穴の開いた壁から先ほどまで戦っていた相手が現れる。

影に立っており顔は見えないが止めを刺そうとしているわけでは無い事は相手の雰囲気から分かった。

慧音はゆっくりと相手の方に顔を向ける。

「どうして……分かった……?」

「匂い、ですわね」

「匂い?」と思わず慧音は聞き返す。銀狼は静かに頷き。

「貴女の能力は幻惑系の一種ですわね。“自分が回避していた”という歴史を喰らい、“自分が攻撃を受けた”という歴史のみを残す。歴史を司るハクタクらしい能力ですわね。

そして分かった理由は今の貴女にあって貴女の分身……とでも言えばいいのでしょうか? まぁ分身には匂いが無かった事ですわ。━━古い紙の匂いが」

その言葉に慧音は僅かに目を見開いた。そして暫くすると自虐的な笑みを浮かべる。

「まったく、慣れないことはするものじゃないな……」

そして銀狼から目を離し、天守の方を見た。長屋の壁によって天守は見えないがそれでもまるで見えているかのように目を細める。

「共に歴史を動かそうと言われ、どこか浮かれたいたらしい。それでこのざまだ。やはり私には書院で歴史を記している方が合っているな」

と言うと銀狼が一歩前に出る。月明かりに照らされその顔と綺麗な銀髪が輝く。その表情は微笑んでおり不思議な神聖さすら見える。

「でしたら、私達と共に来ません? 武蔵には貴女のような人物が必要ですわ━━貴重な真面目要素としても。あ、いえ、今のはお気になさらず」

銀狼は咳きを入れ。

「そして私達と来て、共に歩んでくれる気になってくだされば何時でも大歓迎ですわ。歴史を記す者が歴史を動かしてはいけないなんて決まりごと、ありませんのよ」

と言い手を差し伸べた。その提案は魅力的だ。歴史を動かすものの傍におり、それを身近で記す。歴史家にとってこれほど嬉しいことは無い。

慧音はその魅力的な道に一度手を伸ばしたが、しばし考えるとそれを止めた。

「私は今川家の家臣だ。今川が徳川と共に歩まない限り、その提案は受けれない」

一息入れる。全身に疲れが広がり、目の前が暗り始める。

そして「だが」と繋げた。

「もし、徳川と今川の行く先が同じ時、その提案を受けさせてくれ」

そう言うと急激に眠気が来た。あたりは暗く、意識が途切れる前に見たものは武蔵の騎士の優しそうな笑顔であった。


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