緋想戦記   作:う゛ぇのむ 乙型

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~第十章・『甲斐の守護神』 大地を支配し 風を支配する (配点:風神録)~

 駿府城での戦いは大詰めに入っていた。既に第4層と第3層は徳川軍が完全に制圧しており、第2層もその大半を抑える事に成功した。

対して今川軍は第1層に引き、そこで最後の抵抗を試みていた。

 浜松艦橋で徳川家康は昔の事を思い出していた。

嘗て自分が人質として今川家に送られ、初めて会った時の第一印象は一言“変人”であった。

そしてその第一印象は間違っていなかった。

義元は常に突拍子も無い事を言い、その瞳は少年のようであった。そんな義元の事をうつけと呼ぶ家臣も居たが、近くで見ていた自分にはそれは違うと思えた。

 彼は所謂天才であった。常に未来を見ており、自分の夢の実現のためには力を惜しまない人物であった。

そんな彼に自分は何時しか惹かれ、彼が上洛を宣言した際には心のそこから奮いあがった程だ。

 しかし彼は死んだ。もう一人の若き天才が立ちはだかったのだ。もう一人の天才━━織田信長はただひたすらに苛烈であった。まるで自分がこの時代に生きている事を証明させるように彼は最後まで駆け抜けた。

そしてその信長の意志を継いだ秀吉も世を変えるために手段を選ばずに戦った。

 先人達の零れで天下を獲った自分に彼等のような事が出来るだろうか……。

嘗ては毎日のようにそう自問していたが今は違う。確かに自分には義元の才も信長の覇気も秀吉の大胆さも無い。

だが、皆がいる。

 徳川家康を大物と思い期待を寄せてくれる者や共に歩もうとしてくれる者がいる。彼等の為にも自分は最早止まらないと決めたのだ。

 そう思い、頭を上げると通信士が此方に振り向いた。

「駿河の搭乗員の降伏を確認しました。現在鳥居様の部隊が保護しております」

「そうか」と言い、前面の表示枠を見ると墜落した駿河の搭乗員達が鳥居元忠の部隊によって武装解除させられていた。その中に黒い僧服を身に纏ったものもいる。

━━雪斎殿が指揮を執られていたか……。

と頷いた。

次に地上と連絡を取っていた兵士が報告した。

「地上部隊より報告。駿府城の全対空砲の制圧を完了しました」

これにより空の危険は完全に取り除かれた。家康は静かに頷き、横のネシンバラを見る。

「ネシンバラ殿、後詰の部隊を輸送艦で駿府城に降ろす。準備を頼む」

「jud.」

と言うとネシンバラは表示枠を開いた。

そんな彼を横目に見ながら家康は静かに呟く。

「……いよいよ大詰めか」

 

***

 

 妹紅が目を覚まし、まず感じたものは右半身から来る激しい痛みであった。

「━━━━ヵアッ!?」

あまりの痛みに目の前が赤くなり、声にならない悲鳴が上がる。暫く痛みに耐えると少しずつ痛みが和らぎ、落ち着いて息が出来るようになった。

 どうやら自分は近くの森に落ちたらしく、頭上の木々の枝はへし折れ所々に引っかかり千切れた自分の服の一部らしき物も見えた。

 静かな森の中で月明かりを感じながら起き上がろうとすると右腕に力が入らなかった。妹紅は静かに右腕の方を見るとそこに何も無かった。僅かに驚きよく見れば自分の体は右肩から腕が無くなっており、右足も半分が肉を削がれ骨が見えている。

 妹紅は自分の身に起きた事を思い出す。

自分は魔女達と戦っている最中に徳川艦隊の後退に不信感を感じた。そして様子を見るために距離を離すとあの巨大な航空艦から何かが放たれた。

 すぐさま身の危険を感じ避けようとしたが巻き込まれ、墜落した。そして最後に見たのはひき潰されていく今川艦隊の姿であった。

そこまで思い出し、意識が一気に覚醒する。

「他の連中は!?」

そう思い、左腕で無理やり身を起こすと近くの木に寄りかかりながら立ち上がった。自由の利かない体を忌々しげに睨むと右足の再生は既に始まっていた。

━━腕は間に合わないわね。

そう思うと背に炎の翼を生やし、飛翔した。

 森を抜け、初めに見えたものは黒煙を各所から上げる駿府城の様子であった。未だに風に乗せて銃声が聞こえるあたり陥落はしてないようだ。

その事に僅かに安心すると周囲を見渡した。そして平地に点々と黒煙を上げている物体に気が付いた。

 近くに行けばそれが大破した航空艦であることが分かる。その惨状に妹紅は左手の拳を握り締める。

「駿河は!? 雪斎さんは!?」

そしてそれらの残骸の更に前方に一際大きく黒煙を上げるものがあった。心臓が押し上げられるような不安を感じる。

気が付けば飛翔する事を忘れ駆け出していた。そうして小さな林を抜けるとそこには駿河が有った。

 駿河はその前面を砕かれ、各所で爆発を起こしていた。そして一際大きな音と共に艦橋が爆発し、炎上した。

 その駿河の様子を見ていた妹紅の中で様々な感情が沸き起こる。そしてそれらが一旦引くと同時に感情が爆発した。

 

***

 

 後詰の部隊を搭載した一隻の輸送艦とそれを護衛するための魔女隊が駿府城に向けて移動を行っていた。

 そしてそれらに少し遅れる形で双嬢が並んで飛行していた。マルゴットの前には表示枠が開かれており、その中には正純が映っていた。

『━━と言う訳で地上部隊が対空砲を制圧したが不測の事態もありえる。念のため警戒しておいてくれ』

「jud.」と応えるとマルゴットは僅かに眉を顰めた。

「イクイクがやられたって聞いたけど大丈夫?」

『ああ、永江なら少し気を失っていただけで大丈夫だ。ただ体力の消耗が激しい、これ以上の戦闘は無理だろう』

と言うと正純は僅かに苦笑する。

「どうしたの?」

『いや、さっきも比那名居を助けに行くんだと飛び出しそうになって、慌てて抑えようとした御広敷たちが感電させられてた』

「あー、保護者だねぇ」

と言うとお互いに微笑んだ。

 マルゴットが正純との会話を終えるとナルゼが片目でマルゴットの方を見る。マルゴットはそれに気がつき黒嬢を寄せた。

「イクイク無事だって」

そう言うとナルゼは興味なさそうに「そう」と言うが僅かに安心したような表情を見せる。ナルゼはそれを隠すためにわざと眉を顰めるとマルゴットの方を見た。

「黒嬢の流体燃料はまだ保つ?」

「んー、そろそろ厳しいかな。ガッちゃんの方は?」

と問われナルゼは頷く。

「こっちもヤバめね。あの輸送艦を送ったら補給を受けたいわ」

 マルゴット達が前を向くと輸送艦は既に降下体勢に入っており、先発の魔女たちが灯火術式で合図を行っていた。

 そして輸送艦が降下を開始した直後、輸送艦の船底に炎弾が直撃し爆発を起こす。

爆発により輸送艦の船底は砕けその爆風に近くを飛行していた魔女が巻き込まれ墜落する。

「対空砲は制圧したんじゃ無かったの!?」

とナルゼが言うと同時に双嬢は加速を行う。

「あれ、砲撃じゃないよ!」

マルゴットはそう叫び地上の方を指差す。その方向には浜松以来の不死鳥が飛翔してきており不死鳥は此方を見ると甲高く嘶いた。

 輸送艦警備の魔女隊が迎撃の為に不死鳥に向かうが不死鳥の翼より高速で何発もの炎弾が射出されると次々と撃ち落とせれていく。

背後に回り込もうとした魔女を翼で叩き落すと不死鳥は双嬢目掛けて加速する。

「そう、決着を着けようってわけね」

「行くよガッちゃん!」

双嬢も不死鳥に対して加速を行った。両者は正面から突撃を行う状態となりまず不死鳥が先ほどの炎弾を放つ。

 雨のように放たれる炎弾を避けると不死鳥は翼を広げマルゴット達を包み込もうとする。

それに対し双嬢は急加速を行い一気に不死鳥の下方をくぐり抜ける。そして急旋回を行い体勢を崩した不死鳥の背後を捉えると攻撃を行った。

 しかし攻撃は炎の体に阻まれ燃え尽きる。不死鳥は獲物を取り逃がしたことに対する苛立ちか、嘶くと大きく翼を広げ、炎を壁状に放つ。

 ナルゼはそれに対して舌打ちしながら回避のため上昇し、マルゴットは下をくぐり抜けた。

「あの炎をどうにかしないとダメね」

「でも並みの攻撃じゃ鎧を剥がせないよ━━うわっと!」

マルゴットは不死鳥の体当たりを体を180度下に向けることで回避し敵から距離を取った。ナルゼはマルゴットの援護のために不死鳥を上方から攻撃するがやはり弾は敵に到達する前に燃え尽きる。

「それに鎧を剥がした後の事もね。敵は不死系種族だからちょっとやそっとの事じゃ回復されるわ」

「双嬢の燃料もヤバイしね!」

不死鳥は攻撃を受けた方に体を向けると口の中から大きな炎弾を発射した。ナルゼはそれを回避するが炎弾は彼女を追尾した。

━━追尾弾!?

ナルゼはわずかに驚くが直ぐに急降下で逃れようとするが追尾弾はそれを追った。ナルゼは大地に対して垂直に降下すると地面スレスレの所で白嬢の機首を上げる。そして大地に沿って飛ぶとその直後炎弾が地面に激突し大地を抉った。

 炎弾から逃れたナルゼは額の汗を拭うと上空を見る。上空ではマルゴットが不死鳥と交戦していた。正面から来たマルゴットを不死鳥は迎え撃つがマルゴットは不死鳥の右側を抜けて回避した。

すると不死鳥はマルゴットを追おうとするが僅かに遅れる。

 その様子を見ていたナルゼは僅かに違和感を感じる。

━━今、バランスを崩したように見えたけど……。

「ねえ、マルゴット。敵の左側に回り込んだ後、右側に回り込んでちょうだい」

『いいけど……どうしたの?』

「もしかしたら意外な弱点を見つけたかもしれないわ」

そう言うとマルゴットは不死鳥の左側に回り込む敵は直ぐに翼でそれを叩き落とそうとし、マルゴットに掠る。

「マルゴット!!」

『大丈夫! ちょっと翼が焦げたけど!』

そして今度は右側に回り込むと同じように翼で叩き落とそうとするが体が揺れ、先ほどよりも僅かに遅れたためマルゴットを掠りもしなかった。

 その様子にナルゼは疑惑を確信へと変えた。直ぐに表示枠を開くと炎上する輸送艦に通神する。

表示枠には輸送艦の艦長が映る。

『なんだい嬢ちゃん! 今、墜落しないようにするんで忙しんだが!』

「あの不死鳥にお礼参りしたくない?」

その言葉に輸送艦の艦長は僅かに眉を顰めた。

 

***

 

 妹紅は苛立ちを感じていた。

敵はこちらの周囲を飛び回りたまにこちらに攻撃してくる。炎の鎧がそれを阻むがこうもまとわりつかれては厄介だ。

しかし彼女の苛立ちはそれだけでは無かった。右腕は未だ再生して無くその為右の翼を動かす際に僅かに遅れが生じる。

 自分のような不死系種族は自然治癒による再生と拝気を消費することにより短時間で再生する緊急再生が可能だ。

しかし今日は二度も緊急再生を行ったため内燃拝気の残量的にもう緊急再生することは出来ない。その為右腕は自然治癒に任せているがそれが仇と成った。

 前方を見ると先ほど地上に追いやった白魔女が相方と合流していた。

勘ではあるが向こうもそろそろ機動殼の燃料が厳しい頃だろう。そうなれば互いに決め手を放てるのはあと一回づつ、その一回に全力を繋ける他あるまい。

 そして二人の魔女が高度を上げた。それを此方も追う。二人の魔女は月を背に互の距離を近づけ回転し合うと互の機動殼を合一させ始めた。

「━━!?」

危険を感じ翼から炎弾を放つが月明かりで狙いが外れる。そして二人の魔女は抱き合うようにスピンすると一つの大きな機動殼が完成した。

「「完成!! ”双嬢”第二形態、合体完了!!」」

そうして機動殼は天に向かい加速した。

━━速い!?

敵との距離は一気に離され双嬢は雲の中に消える。雲の中に入ることを危険と考え、下方から相手の出方を見る。

 そして雲を裂くように4つの柱状の弾丸が飛び出す。それを避けるために右へ大きく飛翔するが弾丸は追尾してきた。

 追尾してきた弾丸を焼き払うために尾の炎を切り離し当てると今度は雲の中から双嬢が急降下を行ってきた。

 双嬢は急降下を行いながら弾丸を連射しこちらの背中あたりを穿つ。最初の数発は炎の鎧で防がれるが連続で同じ箇所を射撃され鎧は20発目でついに貫かれた。

 弾丸が体の背中に当たり、肺を突き破り胸から飛び出す。口から血を吐きながら妹紅は身を逸らし弾丸を避けると降下してきた相手とすれ違う形となった。

 妹紅は胸を抑えながら振り返ると敵もまた旋回中であった。

━━敵の方が速い……だったら次のすれ違いで決める!

そう考え降下を開始する。敵もまた上昇を始め、互いに向かい合う状態となる。

機動殼から再び射撃が行われるが今度は回避を行わない。敵の弾丸が当たろうが次のすれ違いで決着を着ける。

 互の距離が相手の顔を見れる様になると妹紅は鎧を破られ体に数発弾丸が当たっていた。

━━あと少し!

 そして敵が正面に来た瞬間、両翼に力を入れる。両翼は膨らみ肥大化し爆発しようとする。

このタイミングならば敵は回避できないはず、そう妹紅は思ったが双嬢は突然加速した。

━━まだ加速できるの!?

しかし今加速したとしても爆発に巻き込まれるだろう。そう思ったが双嬢は自分の右翼側を抜ける。そして気がついた。

僅かに右翼の肥大化が遅れていることに。

 爆発が起き周囲を燃やし尽くす。しかし僅差で双嬢が爆発を抜けた。双嬢からは爆発のダメージで煙が上がるが行動不能には出来なかった。

 妹紅は鎧を緊急展開し旋回を行おうとすると横目でそれを見た。

自分の上空には二人の魔女が寄り添うように飛翔していた。互いに火傷をしているが黒魔女が黒嬢をこちらに向け、白嬢が線を引く。

「分離しながら攻撃態勢を!?」

「Jud.!!」

その叫びに白魔女が頷く。そして黒魔女が構えた。

「空気を限界まで圧縮した一撃、これならその鎧も関係無いわよね!!」

「行くよ! Herrlich!!」

そして放たれた。妹紅が身構えると同時に圧縮された空気弾が直撃し不死鳥を吹き飛ばす。鎧が剥がれ体がむき出しになる。

衝撃で体が回転しながら落下する。

 落下しながら回転する視界の中で敵の方を見ると敵は武装を解除していた。恐らく燃料が尽きたのだろう。

対して自分はまだ僅かに余力がある。地上に激突すればダメージはあるが不死者である自分ならば耐えられるだろう。

 ならばその後に反撃を━━。

そう考えた瞬間、背中から何かが激突した。

「━━っが!!」

何かに海老反り状態で張り付く形となり、背後を向けばそれは先ほどの輸送艦の先端であった。

何故ここに、と混乱する。

そして気がついた。

 この輸送艦の先端が駿府城の方ではなく地上の方に向いていることに。

そしてそれに気がついた頃には大地が目の前に迫っていた。

 

***

 

 轟音と共に輸送艦が正面から地面に突き刺さり崩れ落ちるのを見ながらマルゴットは空中でナルゼに寄り添った。

 既に疲労は限界に達しており体中の火傷が痛む。ナルゼも頭をこちらの肩に頭を乗せた。

輸送艦の断末魔のように最後の大爆発が起きると駿河の夜に静寂が戻る。

暫くそのままでいると表示枠が開いた。表示枠には輸送艦の艦長が映り、彼は上機嫌そうに顎を撫でる。

『おう、やったな嬢ちゃんたち』

「ええ、そっちは全員無事?」

艦長が少し体をズラすと後ろの兵士達が見えた。

『後詰の部隊も、乗組員も全員無事だ』

マルゴットは僅かに肩の力を抜いた。

『それにしても驚いたぜ。突然どうせ沈む船なんだから敵にぶつけろって言われたときは開いた口が塞がらなかったぜ』

「でも成功したでしょ?」

とナルゼが言うと艦長は大笑いした。そして右手を振ると表示枠を閉じる。

二人は地上に降りると同時に倒れ込んだ。

「あー、もうダメね。疲労困憊よ」

「そうだねぇ……」

と返事をするとマルゴットは寝そべりながら輸送艦の方を見る。

「戦い終わったら助けないとねぇ……」

「……そうね」

「怒ってるだろうね……」

「……そうね」

「……再生中だったらどうしよ。ミンチとか……」

「…………」

ナルゼはうつ伏せになる。

「掘り起こすのは他の奴にさせましょう」

そしてお互いに微笑すると急激に眠気が来る。ナルゼは寝返りをうち、月を見ながら目を細めた。

「他の奴ら、負けたら承知しないわよ……」

そして二人は寄り添う様に救護隊が来るまで眠りに着くのであった。

 

***

 

 轟音と共に軍港を白い半竜が飛翔していた。

その前方には藤色の服と麦わら帽を被った少女がおり、少女は跳躍しながら半竜から逃れる。

足を地面に着けるたびに後方より迫る半竜の方を向き挑発すようにスカートを揺らした。

「こんな可愛い少女を追い掛け回すなんて、変態ね~」

と笑うと半竜が首を横に振る。

「拙僧は姉キャラ担当だ。貴様は拙僧の趣味ではない」

「これでも人妻だよ~っと!」

「なんと!?」

諏訪子は空中で身を翻し半竜の方を向くと手に持つ二対の鉄の輪を投げつける。投げつけられた鉄の輪を避けるべく半竜は身を逸らすが僅かに腕の翼に当たる。

 当たった箇所に僅かに亀裂が入るがウルキアガは翼を傾ける事によって輪を後方へ流した。

ウルキアガの後方へと落ちた鉄の輪は直ぐに流体分解され、持ち主の手に戻る。

その様子を見ながらウルキアガは呟いた。

「厄介な、武装であるな」

すでに姿勢を戻し前方を駆けていた諏訪子は楽しそうに頭を揺らす。

「あなたも結構頑丈ね。普通だったら真っ二つにできるのに」

その言葉が事実であることをウルキアガは知っている。彼の全身には大小様々な傷ができておりその全てがあの輪による攻撃だ。

━━あらゆるものを裂く武装か……。

 耐久力に関しては自信があったがどうやらあの武器の前では自慢の装甲も意味を持たないらしい。

それに武器が厄介なことも然ることながら使用者の身体能力も驚異的だ。術式を使用せずに一回の跳躍で100m以上は跳んでるだろう。

━━さしずめスーパー幼女と言ったところか。

と頷いていると諏訪子が空中でこちらに振り向く。

「それで~いつまで追いかけっこしてるの? いい加減飽きてきたんだけど……」

「ふむ、それならばここで終わりだ」

 その言葉と同時に横の倉庫を突き破り朱色の機動殼が現れた。機動殼は空中で目を見開いている諏訪子を腕で掴むとそのまま地面に向かって加速する。

 諏訪子は地面に叩きつけられ轟音と共に土煙を上げる。機動殼は叩きつけると同時に後方に跳躍し顎剣を6本射出し、諏訪子が叩きつけられた場所に撃ち込む。

 そして暫く滞空するとウルキアガの横に着地した。

「成実よ、手応えは?」

『逃げられたわ。また例の術よ』

二人は頷き上空へ退避した。

 暫くすると二人が先程までいた地面が歪みその中から諏訪子が現れる。諏訪子は二人を見ると頬を膨らませた。

「あーうー、なんで上にいるのよー!!」

『そう何度も同じ手は喰らわないわ』

と言うと成実は諏訪子の左側の倉庫の屋根に着地し、ウルキアガはその反対の倉庫の屋根に着地した。

 それに対し諏訪子はため息を付き、腕を頭の後ろで組んだ。成実は顎剣を構えながら不審そうに相手を見る。

『……随分と余裕ね』

そう言うと諏訪子は苦笑いする。

「本当は適当に済ませるつもりだったけど━━」

その言葉に二人は警戒心を強める。諏訪子は大きく後方に跳躍すると両手を地面に着けた。

「見せてあげるよ━━━━私の術式」

その言葉と同時に成実が顎剣を投げつけ、ウルキアガが突撃した。

 だが顎剣が諏訪子に届くよりも早く諏訪子の前面の大地が捲れ上がり壁となる。それと同時に地面より多数の木の根が現れウルキアガに巻き付いた。空中で捕われた半竜は失速し大地に激突する。

「ぬう、これは……」

ウルキアガが顔を上げると諏訪子の周囲は豹変していた。

 大地は捲れ上がり倉庫からは巨大な木が幾つも突き出す。そしてその根元から木の根が意思を持つかのように蠢く。

 諏訪子は先ほど捲れ上がった大地に立つとその瞳を細める。

「周囲一帯の地脈を私の流体と同化させ、大地を創造する、これが私の術式。まぁここは私の土地じゃないから大規模な創造は出来ないけど」

「とんでもないな。異端ではあるが神は神か……」

とウルキアガは起き上がりながら体に巻き付いた根を引き千切ろうとするがいくら力を込めても根はびくともしなかった。

「私の流体でコーティングした根だから並大抵の事じゃ切れないよ」

と諏訪子に言われウルキアガは根から手を離し暫く沈黙する。そして突然右腕を上げた。

「作戦タイムだ」

「……は?」

諏訪子が眉を顰めるとウルキアガは大きく頷く。

「作戦タイムだと言っている。そこで待ってろ」

そうして成実の方に視線を向けると成実は彼の横に飛翔し着地した。成実が彼のそばに寄ると二人で何やら話し始めた。

 

***

 

━━━━いや、作戦タイムって……。

諏訪子は呆れながらも敵をじっと捉える。

不意打ちを食らわせる気ではないかと警戒していたがどうやら本当に作戦会議を始めたらしい。敵を前にして。

 本来なら容赦なく潰すべきだろうが敵がどのような攻撃をしてくるかが気になる。それに自分が遅れを取るということは万が一にも無いという自信もある。

ならば敵の策をあえて喰らい、それを打ち破ってやろう。そう思い頷く。

 それから暫くすると作戦会議を開いていた二人は離れ構えをとった。此方も両手の鉄の輪を構える。

「作戦会議は終わり?」

「うむ。これより貴様を倒す」

その言葉の直後、半竜より竜砲が放たれた。諏訪子は直ぐに後方へ跳躍し回避する。

竜砲は諏訪子のいた地面に当たり爆煙を生じさせる。

「こっちの目を奪う作戦!? だけど甘いよ!」

跳躍中に煙の中より二本の顎剣が飛来するがどちらも輪によって切断した。

 敵の半竜はこちらの術で拘束している為竜砲によって機動殼の援護に専念するはず。半竜は機動力を奪っているがあの頑丈さでは鉄の輪以外の攻撃では致命打に欠けるだろう。ならばまずは敵の攻撃手段である機動殼から潰し、その後半竜にとどめを刺す。

 後方に着地すると同時に今度は右方より顎剣が飛来した。それを素早く身を低くし躱すと両手を大地に着け自身の流体を注入した。

流体を注入された大地は剣山のようになりながら顎剣が飛来した方へ伸びる。そして地響きとともに何かを砕いた音が響く。

 追撃の為に鉄の輪を投げようとするが再び此方に向けて竜砲が放たれたため、断念し大地の壁を創り防ぐ。

諏訪子は壁が砕ける音とは別の音を聞き、身構える。

音は徐々に大きくなりそれは自分が先ほど攻撃した方向から響いている事に気がついた。煙が晴れてくると徐々に大きな物体が見えてきた。

それは航空艦用の部品を保存する倉庫でありその形を歪に変えている。

倉庫の根元には自分の放った岩の剣山が突き刺さっており外壁と柱を砕いていいる。更に無事な方の壁側では不転百足が腕で柱ごと壁を砕いていた。

「!!」

諏訪子は此方に向かって崩れ始める倉庫より逃げるために左方に跳躍しようとするが両足に何かがぶつかる。

足は突然自由に動かなくなり前のめりに転んだ。驚き足を見ると金色の拘束具を両足に付けられている事に気が付く。

「どうだ、拙僧自慢の拷問器具は」

「趣味悪いよ!!」

倉庫は既に頭上まで迫っており最早回避は間に合わない。そう判断した諏訪子は自分の体を流体に変え大地の中に逃げ込んだ。

 倉庫は凄まじい轟音と共に崩れ潰れてゆく。

 諏訪子は体勢を立て直すために一旦倉庫から離れた場所に出る。大地から飛び出した瞬間、眼前に機動殼より射出された左腕が迫る。

左腕に体を掴まれ拘束されると後方から右腕で顎剣を構える不転百足が現れた。

不転百足は顎剣を突き出し全速力で体当たりを行おうとする。それに対し諏訪子は拘束され動けずにいた。

『━━━━貰ったわ』

機動殼は速度を上げる。しかしその直後機動殼は突然動きを止めた。

突然の停止に機動殼の装甲は悲鳴をあげ、地面に叩きつけられる。機動殼の腕や腰には木の根がいつの間にか巻きついていた。

諏訪子は拘束していた腕を鉄の輪で切断すると笑を浮かべながら成実に近づく。

「残念だったね、あともう少しだったのに」

諏訪子は機動殼を半竜の射線に置くように近づくと鉄の輪を機動殼の首元に押し付ける。

「まあ人間にしては頑張ったんじゃない? 負けを認めるんだったら見逃してあげるけど?」

成実は静かに諏訪子を見る。

『まだ勝負はついてないわ』

諏訪子は呆れるように腰に手をつけるとため息をつく。

「諦めないのはいい事だけど、時と場合を━━━━」

『━━━━装甲解除!』

その言葉とともに突然機動殼が爆ぜた。成実は装甲を外し、左腕と両足を機動殼より外すと射出されるように諏訪子に頭突きを行った。

強烈な衝撃に一瞬意識が飛ぶが直ぐに横蹴りを入れる。

「こっ、のぉ!!」

成実は吹き飛びながら振り返る。

「キヨナリ! 任せたわ!」

そして爆音とともに諏訪子目掛け半竜が飛ぶ。

「満を持しての! 拙・僧・発・進!!」

諏訪子は直ぐに鉄の輪を投げるが狙いを定めずに放ったため半竜の肩を掠る程度であった。内心で舌打ちをしながらも足から大地に流体を流し、後方へ跳躍する。

ウルキアガが諏訪子のいた場所に到達すると同時に大地が手の形となりウルキアガを掴んだ。

「甘いね!!」

「いや━━━━これでいい」

掴まれたウルキアガから竜砲が放たれる。竜砲は諏訪子の胴を貫き、両者の間に爆発が生じた。

 

***

 

 ウルキアガは荒れ果てた周囲を見渡すと目の前の瓦礫を退かした。そして下敷きになっていた成実を抱きかかえると頷く。

「ふむ、どうやら無事のようであるな」

そう言いながら成実の額から流れる血を拭うと成実は先程まで諏訪子がいた方を見る。

「仕留めたのかしら?」

「直撃するところをしっかりと見た。流石に無傷ではあるまい」

と言い成実を見ると彼女は眉を潜めていた。ウルキアガはその視線の先を追うと低く唸った。

 そこには胴に大きな穴を開けボロボロになった服を着た諏訪子が立っていた。諏訪子は各所に傷を負っていたものの何事もなかったかのように服についている埃を払う。

「あーうー、もう服がボロボロで嫌になっちゃう!」

諏訪子は地面に落ちた帽子を拾うと埃を払い、被り直す。そしてウルキアガ達の方を見ると眉を顰めた。

「……なによ?」

「仕留めたと思ったのだがな……」

「確かにさっきの攻撃は危なかったけどねー。あんたの竜砲を喰らう直前に自分の流体を放出して威力を減退させたってわけ。

まぁ自分の存在を薄めるというリスクもあるから多様はできないけどね」

「さて」と言葉を繋げ右手を腰にあてると諏訪子は気だるそうにため息をついた。

「どうする? まだ続ける? 私としてはこんな事もうやめたいんだけど……このままじゃお互い引っ込みがつかないか」

と言い鉄の輪を召喚するとウルキアガも成実を瓦礫の上に座らせ構える。

 互いににらみ合うと突然港の方より初老の男性が現れた。男は煙管を咥え口元をにやけさせながら両者の間に入る。

「馬場信房だ━━━━この勝負俺に預けてくれんかのぅ?」

 

***

 

 闇夜に静まり返る軍港の中を本多・二代は駆けていた。

二代は航空艦用の整備倉に入口から入り、そのまま奥の窓を蹴破り外に出る。それに僅かに遅れて整備倉の壁を砕き、一本の御柱が現れる。

御柱は音速で飛来し、二代を押しつぶそうと更に加速した。

 対して二代は御柱が地面に激突するのを見計らいその衝撃を利用し、倉庫の屋根まで跳ぶ。着地の際に後方を見れば更に二本の御柱が此方に向けて射出されるところであった。

『翔翼』を展開し再び駆け出しながら二代は思案した。

 敵は本人はこちらの射程圏外におり七本の御柱を巧みに使い追い詰めるように動く。それに対してこちらは防戦一方だ。

このままでは埒があかないだろう。

敵の力が分からない以上此方から攻め込むのは危険。

━━━━守るだけというのは拙者らしくないで御座るな。うん。

それに敵は本気を出していないことは明白だ。だがそれは相手の慢心ではなく。

━━━━拙者を試しているので御座ろうな。

「ならばそれに正面から挑むのみ!!」

二代は屋根から跳躍すると街灯を左手で掴み回転する。御柱はそのまま通過し隣の倉庫に激突する。

二代はそのまま速度をつけると後方へ一気に跳躍した。空中で身を翻し後方を向くと既に四本目の御柱が射出されていた。

 蜻蛉切の石突きを屋根に向けると伸ばし、跳ねるように再跳躍を行い御柱の上に一瞬だけ右足を載せた。

そして『翔翼』を展開し加速する。

神奈子は二本の御柱を二代の左右から横薙に払い、残りの一本を叩きつけるように放つと二代は体を水平にし二本の間を潜る。そして残りの一本を蜻蛉スペアの刃に映した。

「結べ! 蜻蛉スペア!!」

御柱は割断され左右に分かれる。神奈子が僅かに驚き後方へ下がるが二代が追う。

二代はそのまま蜻蛉スペアを突き出し、神奈子の胸を狙う。

「貰った!!」

しかし二代は気付く。神奈子の口元に笑が浮かんでいることに。

「見事だ人間! 故に神の力の断片見せてやろう!!」

「!?」

突如二代の体が横に吹き飛ばされた。

何事かと見れば自分の脇腹に風の塊が激突していた。

━━━━風を扱う、それが神奈子殿の術で御座ったか……!!

神奈子の周りには風が集まっており、その規模は急速に拡大する。倉庫の壁は抉れ、街灯は宙に舞う。

あっという間に風は大きな竜巻となり辺り一帯を巻き込み二代を飲み込んだ。

 

***

 

「まさかこれ程までとはね……」

竜巻の中心で神奈子はそう呟いた。

 決して相手を甘く見ていなかった。しかし相手はこちらの予想を超え、後一歩の所まで差し迫っていた。

━━━━まったく人間ってのは油断ならない

 生まれ出たときより強大な力を持つ妖怪や神と比べ人間はあまりにも脆弱だ。

だからこそ己の弱さを補うために知識を得たり技を得たりし、時には妖怪や神に打ち勝つ事もある。

人間の向上心は最早一種の信仰にも思える。

神が神たる事を怠ればいずれは人間にその座を脅かされるかもしれない。

だから神も人間のように向上心を得る必要があるのだろうと神奈子は思う。

 自分に挑んだ若武者も戦って分かったが、今は荒削りな所が有るがこのまま精練されていけば何時かは座に辿り着くかもしれない。

故に消す。

武田の脅威に、自分の脅威になるかも知れない芽は此処で摘み取る。

そう思い下方を見ると巻き上げられる街灯や壁に混じり何かが見えた。目を細め良く見るとそれは影であった。

影は徐々に形を作って行き、そして竜巻の中から飛び出して来た。

━━━━さっきの若武者か!?

 二代は巻き上げられる倉庫の壁に着地すると此方を一度見た。そして術式を展開すると跳躍を行った。

跳躍先は先ほどの壁の先に浮かぶ木の幹。右足で着地し、そのまま再び跳ぶ。

━━━━こいつ、竜巻の回転方向に昇ってくるのかい!!

 神奈子は竜巻の回転方向に向けて加速する敵に対して指先より風の刃を作り、放つ。

しかし二代はそれを避け、竜巻の風を利用して一気に上り詰めてくる。

 ついに同じ高さまで来ると槍を突き出し、此方に向け跳躍する。

「頂戴いたす!!」

 この状況では槍を回避しても割断を受ける。

━━━━ならば!!

「結べ! 蜻蛉スペ━━━━!?」

相手が宣言するよりも早く右手を伸ばす。そして槍先を手で力の限り掴んだ。

手の平が裂かれ指が千切れ激痛と共に血しぶきが舞うが敵は止まった。

 攻撃を受けた事で術が止まり竜巻が止む。巻き上げれた物が落ちる中で二代は静かに頷いた。

「━━御見事」

「それはこっちの台詞だよ……」

二代の脇腹目掛け渾身の横蹴りを入れる。二代は受身を取りながら吹き飛び倉庫の屋根に墜落した。

 

***

 

 二代は墜落の際一瞬途切れた意識を取り戻す。

目の前には穴の開いた倉庫の屋根があり、穴からは月光が差し込んでいた。

 手に蜻蛉スペアを持っている事を確認すると、杖の様に立て起き上がろうとする。

その瞬間脇腹に激痛が走った。

━━━━臓器を傷めたかもで御座るな……。

そのままゆっくりと立ち上がり、蜻蛉スペアを杖にしながら崩れた壁から外に出る。

 倉庫の外には神奈子が仁王立ちで待ち構えていた。

神奈子の右手からは血が流れ出しており、見たところ右腕が自由に動かないようだ。

しかし敵から放たれる威圧感は下がるどころか更に鋭くなっており気を抜けば押しつぶされかねない程であった。

 二代は背筋を伸ばし蜻蛉スペアをしっかりと握りなおすと構える。そして飛び出すために踏み込もうとすると突然静止の声が入った。

声の方を見れば半竜が飛翔してきており、その背に成実と煙管を咥えた初老の男性を乗せていた。

男は半竜の背から飛び降りると両者の間に入る。

「水を差すんじゃないよ、鬼美濃」

と神奈子は不機嫌そうに信房を睨みつけた。

「まぁまぁ、お前さんにはまだやってもらいことがあるんだ。こんなところで消耗しないでおくれ」

「━━━私が負けるとも?」

信房は頭を掻き煙を吐き出す。

「全くもってそんなこと思ってないさ。だが彼処の若武者と本気でやり合えば無傷じゃ済まないってことは分かるだろ」

「それに」と続け信房は煙管を口から外す。

「稲葉山が陥ちた。お前さんにはそっちの警戒に向かってもらいたい、すでに諏訪子殿には連動して動いた上越露西亜の警戒に向かってもらってる」

そこまで言うと神奈子はため息をつき信房に背を向けた。

「しかたないね、今回は引くとするわ」

そして僅かに振り向き二代の方を見た。

「そこの猪武者。あんたの名前、もう一度聞いておくよ」

「━━本多・二代」

「二代か……覚えとくよ」

そう言った直後神奈子の周りに竜巻が起き空へと上がっていった。

 竜巻が消えると信房は二代達の方を向き再び煙管を咥える。

「まぁそういうことで徳川との間に休戦協定を結びたい。赤備えも下がらせている」

表示枠が開き、正純が映ると彼女は頷いた。

『Jud.、 こちらでも赤備えの撤退開始を確認した。休戦協定を受けたい』

信房は正純に一礼すると夜空を眺めた。

「やれやれ、ようやく一段落か……」

そう言いため息をつくのであった。

 

***

 

 駿府城に突入した部隊は既に第一層の半分を占領し天守前を防衛していた守備隊と交戦中であり、その僅か後方でトーリ達が待機していた。

『━━と、言うわけで比那名居と相対している山県昌景以外の赤備えは全員撤退した。あとはお前たちが義元公を確保すればこの戦いに終止符を打てる』

「こちらもあともう少しで御座るよ」

そう点蔵が応えると正純は頷きトーリの方を見る。

『葵、義元公の説得。頼んだぞ』

「おう! 任せておけ!」

そう言いながら親指を立てるトーリに笑みを浮かべながら正純は頷くと表示枠を閉じた。

「随分と自信ありげですかどの様にして義元公を説得するおつもりですかトーリ様」

「そ、そりゃあアレだ。こう俺がホライゾンのオパーイを揉みながら……」

直後全裸が真上に飛んだ。

「急に不安になってきたで御座るよ……」

地面に激突したトーリを横目にホライゾンは天守の方を見る。すでに守備隊を制圧した突撃隊は天守の門をこじ開けようとしていた。

「ともあれあちらも終わったようですし皆様行きましょう」

その場の全員が頷き進み始めた瞬間、突撃隊の誰かが叫んだ。

「右だ! 右に敵の新手だ!」

急ぎ陣形を組み、右方を見るとそこには100名程の今川兵が集まっていた。今川兵は皆傷つき鎧や兜が破損しており、中には折れた刀や槍を持っている者までいた。

 そんな今川兵の中から男が一人現れた。男は砕けた兜を脱ぐとその場に落とした。

「今川家家臣、岡部元信だ。ご覧のとおり俺たちが今川最後の兵だ。三河武士ども、ちょっと相手しろや!」

そう叫ぶと同時に今川兵が突撃を開始する。

あたりはあっという間に乱戦になり怒号が飛び交う。

一人の兵士がトーリ目掛けて飛び掛るがそれを宗茂が横から蹴り飛ばし彼はそのままトーリの横に着地した。

「ここは私達に、皆さんは天守に向かってください」

「お、ムネムネやるき満々だな!」

「Jud.、 武人として今川兵の意地を受けなければ」

そう言い合流した誾に目配せすると誾は“十字砲火”を天守に向け放った。放たれた砲弾は門に当たり大きな穴を開けた。

 点蔵は宗茂に一礼すると天守に向け駆け出す。それに続きトーリ、ホライゾン、メアリが駆け出した。

 

***

 

 トーリ達は天守に入り、最上階を目指して階段を上っていた。伏兵や罠を警戒したがそれらしきものには全く遭遇しなかった。

 最上階に着くと目の前には大部屋の戸が見える。

トーリはその戸に近づき手をかける。

「ま、待つで御座るよ! トーリ殿!」

「んあ? どうしたんだ点蔵?」

「ここまで来る間に全く抵抗を受けなかったで御座る。この先何か罠があ有るかもしれぬで御座るよ」

「確かに」とメアリとホライゾンが頷いた。

「故に此処は拙者がまず最初に━━━━」

「イッツ・御開帳━━━━!!」

馬鹿が戸を開けた。それも堂々と。

「あーーーー!! 何してるで御座るかーーー!! この人は!!」

大部屋に入って行く馬鹿を庇うように点蔵は駆け込み、ホライゾンが、そして背後を守るようにメアリが続いた。

 大部屋は明かりが消されており、開け放たれた襖からは月光が差し込んでいた。

そんな大部屋の上座に今川義元が座っていた。

義元はトーリ達を一人一人見ていくと破顔した。

「よう、よく来たな。武蔵の若き竜達よ」


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