緋想戦記   作:う゛ぇのむ 乙型

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~第十一章・『紅蓮の決闘者』 誇りを胸に (配点:説得)~

 駿府城の第三層に朱の光と蒼と緋色の光が交差する。

朱の機動殻━━山県昌景が敵との間を詰めるべく踏み込むと天子は後方に跳躍し石柱を立てる事で相手の進路を阻んだ。

そこに緋想の剣で浮遊させた岩を弾丸の様に放つ。

昌景は岩を振動槍で砕き、砕ききれなかった分は両肩の楯で弾く。

先ほどからこのような事が数十回と繰り返され互いに致命打を与えられずにいた。

 天子は相手との距離を取ると静かに息を整えた。

状況は良くない。

 互いに攻撃を与えられずにいるが自分には決定的な不利となる点がある。それは最初に脇腹に受けた傷である。

天人の特性上自然に止血したがそれでも血を流しすぎた。動くだけでジワジワと体力を奪われていくのが感じれる。

対して敵の脇腹の装甲を砕いたものの有効打とは言えない。

持久戦では圧倒的不利だろう。

━━上等。

戦いは不利であるほど面白い。この状況は自分にとって最高の舞台と言えるだろう。

 天子は額の汗を拭い相手を冷静に見た。まず一番最初に対処するべきものはあの厄介な振動槍であろう。

槍の長さはおよそ4m。それに表面から放たれる高速振動も含めると敵の最大射程は4m20cm程だ。

そのため接近戦は非常に危険である。かといって射撃もあの装甲で防がれる。

どうにかしてあの槍を使用できなくさせられればいいのだが……。

 暫くの静止の後、昌景が駆け出す。

距離を離すために再び跳躍すると昌景は突如止まる。

そして前足で地面に落ちていた櫓の柱を蹴り飛ばす。

「!!」

飛来する柱に対して緋想の剣を振り降ろし砕くが空中で体勢を崩すことになった。

その為着地に失敗し地を転がる。

昌景はその隙を逃さず槍を突き出した。

━━やばっ!!

天子は回避に間に合わないと判断すると四つん這いの体勢で昌景の方に向かって飛び出す。そのまま昌景の足の間を抜けると後ろ蹴りを背中に喰らった。

 天子の体は空中で回転しながら吹き飛び外壁側にある木製の小屋に激突し、壁を砕いた。

激痛で息が止まるがそれに耐え、大きく一回息を吸うと起き上がった。

体を調べ致命傷を受けてない事を確認すると髪に着いた木片を払う。

 壁に開いた穴から敵を見れば紅いの機動殻は此方を注視しながら佇んでいた。戦闘を続行すべく壁に開いた穴から出ようとすると足に何か重いものがぶつかった。

「?」

足元を見ればそこには黒い球体状の物体が幾つも転がっていた。

「野戦砲の実体弾?」

小屋は野戦砲の倉庫のようで砲弾以外にも幾つかの野戦砲が収納されていた。

天子は砲弾の一つを手に取ると昌景の方を一度見、視線を戻す。そして暫くの思考の後頷いた。

「やってみる価値はあるわね……」

 

***

 

 天守に到達したトーリ達は義元の前にトーリとホライゾンが、その後ろに点蔵とメアリが座っていた。

 点蔵は背筋を伸ばし注意深く周囲を警戒しており、メアリも目を閉じ周囲を精霊術で見張っていた。

 義元はそんな様子に苦笑すると大げさに腕を広げた。

「ここに詰めていた兵は全員投降させた。そう警戒するな」

点蔵とメアリは顔を見合わせると頷き、義元の方を見る。

「さて、よくここまで来たな武蔵の若き竜達よ。色々話したいが最初に質問してもいいか?」

「Jud.、 質問とは?」

とホライゾンが言うと義元はトーリを見る。

「……なんで全裸なんだ?」

「…………」

沈黙が部屋を支配した。

・“約”全員:『至極真っ当な疑問来た━━━━っ!?』

誰もが動けない中、ホライゾンだけが静かに頷いた。

「なるほど。確かにトーリ様は全裸ですが、全裸では無いのです」

「え?」とトーリがホライゾンの方を見るが無視する。

「それはどういう……」

「Jud.、 トーリ様は馬鹿にしか見えない服を術式で着ているんです。だから全裸に見える我々は普通です。ノーマルです」

「ちなみに」と一息入れる。

「浅間神社製です。ご興味ある方は是非ご連絡を」

「━━━━なんと」

***

 

・あさま:『何か剛速球で来た━━━━っ!? あれ? これって義元公を説得or引きずり

出す会議ですよね!? なんで開口一番こっちに振られるんですか!?』

・賢姉様:『フフ……流石ね浅間。ネタに食いつくのではなくネタに食いつかれるその体質。

私でもちょっと引くレベルだわ!』

・貧従師:『ちなみにあるんですか? そんな術式』

・あさま:『え? ありますよ?』

・“約”全員:『『あるのかよっ!!』』

 

***

 

「さて、トーリ様のどうでもいい事実と浅間神社の驚異の真実が判明しましたが……」

とホライゾンが義元を見ると彼は開いた口を閉じ座りなおした。

「う、うむ。なかなか個性的だな。お前達」

━━出会って数分でドン引きさせてるで御座るよ……。

心の中で十回ほど謝った。

だがホライゾンのおかげで緊迫した雰囲気が僅かに解消されたらしく義元の口元にも笑み

が浮かんでいた。

━━さて、ここからで御座るよ、トーリ殿。

目の前の全裸の背中を見ながら点蔵はそう思った。駿府城を制圧し、武田も退けた。だがここで義元公を説得できなければ徳川の今後は険しいものになる。

 聖連とは対立し周辺大名からは侵略者と蔑まれるであろう。しかしここで今川義元を説得し徳川が侵略以外の道を敷くことを世に示せれば徳川に賛同してくれる大名も現れるだろう。

 この最初の一歩目を踏み外さないようにしなければ……。

「うし、じゃあ単刀直入に言うぜ! おっさん! 一緒に世界制服しようぜ!!」

とトーリが義元に向けて指を指す。

義元は暫く考えた後苦笑しながら顎をさすった。

「…………断る」

 

***

 

・● 画:『完!!』

・金マル:『いやぁー。 速攻だったねー』

・副会長:『なにやってんだ━━━━!! そもそも「一緒に世界制服しよう」って何だ!

もっと他に言い方あるだろ!!』

・あさま:『あ、二人とも目が覚めたんですね』

・● 画:『ええ、さっきね。今は輸送艦の下敷きになった奴をノリキ達と一緒に発掘中よ』

・金マル:『あ、なんか踏んだ』

・労働者:『おい、足元に何かいるぞ』

・金マル:『うわ、メッチャこっち睨んでる!!』

・あさま:『何か向こうは楽しそうですねー』

・副会長:『いや、お前ら。もう少し緊張感を……もういい』

 

***

 

「初手でしくじってフられるとは流石ですねトーリ様。…………ッフ」

「は、鼻で笑いやがったなこの女っ!!」

どさくさに紛れて尻を触ろうとしたトーリをホライゾンが殴り飛ばす後ろで点蔵は冷や汗を掻いていた。

いささか直球であったがトーリの言った事は此方が伝えたかった事だ。それを断られた以上義元との共闘は難しいだろう。

だが義元が武田に亡命や自害させてはいけない。

最悪の場合自分が義元公を無理やり拘束するぐらいの事をしなくてはそう思っていると義元が俯きながら肩を震わしている事に気がついた。

何事かと警戒すると義元は腹を抱えて大笑いし出した。そして一頻り笑うと大きく息を整え、笑い涙を拭った。

「ああ、すまんすまん。全く、俺はこんな若造に負けたのかと思ってな」

「いや」と繋げ微笑み

「向こう見ずな若者こそ時代を動かすのだろうな……」

と頷いた。

━━━━えーと……。何かいい方向に勘違いされたで御座るか?

床に沈むトーリを横目にホライゾンは座りなおした。

「ふむ、義元様がなんだか勝手に自己完結されたので交渉を続けましょう」

「……なんというか、相方がこれだと色々大変だろうな、。お前」

義元が少し哀れむようにトーリの方を見る。そして顔を引き締めると此方を見た。

「さて、断るといっても徳川の駿河統治を認めないわけじゃない。むしろ竹千代━━徳川家康は信頼できる人物だと思っている。徳川に帰順したい者がいた場合受け入れてやって欲しい」

その義元の言にホライゾンが首を傾げた。

「それでは徳川と共闘する事になるのでは?」

「うむ」と顎を摩りながら暫く思考するとゆっくりと話し始めた。

「今回の件、徳川は乱に巻き込まれたと聖連に釈明できる。だが俺は違う。我欲で乱を起こし世を乱した張本人だ。

そんな奴を受け入れれば徳川がなんと言われるか……分かるだろ?」

その言葉に皆が沈黙した。義元の言う通り彼を迎え入れれば聖連に介入する口実を与える事になる。

━━しかしそれはつまり……。

そんな中メアリが口を開く。

「国のために死ぬおつもりですか?」

「まぁ、それが戦国の世の慣わしって奴さ」

義元はどこか諦めたように言うと懐から小刀を取り出した。そして小刀を床に置くとトーリに送ると首のを手刀で叩く。

「大将首だ。持って行け」

トーリは少し困ったように短刀を持つとホライゾンの方を見た。

「んー、どうするよ? ホライゾン?」

「Jud.、 此処までの話を聞いて義元様の言い分には正当性があると判断します。その上で本人も望んでいる事ならばここはサクッと」

「ま━━━━」

ホライゾンを止めよう中腰になるがその前にトーリが此方を制止した。

「でもよ、おめぇまだ納得して無いだろ。だったら今の内に聞いちまおうぜ」

ホライゾンは「Jud.」と頷くと義元を真っ直ぐに見つめる。

「一つ質問があります」

「……なんだ?」

「━━━━乱を起こした本当の理由。それは何ですか?」

 

***

 

「当たんなさいよっ!!」

小屋から飛び出した天子はそれぞれの腕に抱えた砲弾を昌景目掛けて投げつけた。

一つは右に逸れたがもう一つは左肩の楯に当たり、弾かれる。

機動殻はぶつかった衝撃で僅かに姿勢を崩し、その隙に天子は緋想の剣を大地に突き刺した。

「浮かびなさい! 要石!!」

浮かび上がった六つの岩が術式によって再構成され要石になる。天子はそれを自分を中心として円形に配置し追従させる。

「三つ! 行け!」

三つの要石は昌景目掛けて射出され機動殻を囲む。そして要石の先端から緋色の流体光が放たれた。

流体光は機動殻の前両足の関節と右肩関節を狙うが昌景は前足を持ち上げ右肩の楯で関節を守ることによってこれを回避する。

『小賢しい真似をっ!!』

その右手に持つ振動槍を左手に持ち帰ると右肩関節を狙う要石を叩き砕いた。

そして空いた右手で左腰にある太刀を引き抜くと右足側の要石を両断する。

 その隙を突き天子は昌景目指して駆け出す。狙うは機動殻の関節部か腹部に入った亀裂。

目前ではすでに体勢を立て直した昌景が構えており左手に持つ振動槍を突き出してきた。

天子は自分に追従する三つの要石を正面に段上配置するとそれを登る。

 振動槍が一段目と二段目の要石を砕くのと同時に砕け始める三段目から機動殻を飛び越えるように跳躍する。

昌景は迎撃のため右手の太刀で天子の背中を切りつけようとするが左足側の要石が刀身に激突する。

 機動殻の右後ろ側に着地した天子は体を捻り先ほどの衝撃で大きく空振った右腕の肘関節に緋想の剣を叩き込む。

━━浅いっ!?

消耗した体では機動殻の腕を切り落とすには至らず肘の中ほどで刃が止まる。

刃を引き抜くために後退しようとするがその前に体当たりを喰らった。左腕で体を守るが直撃を受けた際に腕から嫌な音が鳴り体は大きく吹き飛ぶ。

 地面に激突し視界が大きく霞む。

霞んだ視界では紅の機動殻が突撃をしようとしており直ぐ近くには先ほど逸れた大型野戦砲の榴弾が落ちていた。

━━一か八か!!

そう思うのと同時に榴弾側に向かって駆け出した。機動殻は直ぐ近くまで迫っており振動槍を構える。

最後の要石を機動殻にぶつけ、僅かに時間を稼ぐと天子は榴弾を挟むように機動殻と対峙した。

そして突き出される槍を見ながら緋想の剣を地面に突き刺した。

直後眼前に石の柱が出来るが振動槍がこれを砕く。

『無駄だっ!!』

そう叫び昌景が振動槍を更に突き出すと柱が砕け散った。

しかしそれと同時に金属音が鳴り響く。天子と機動殻の間、先ほどまで柱が建っていた場所に榴弾が有った。

振動槍の先端が榴弾の表面に当たり、その表面を砕き始める。

 

『━━━━!!』

振動槍が榴弾を砕き、閃光が生じる。

そして爆発は天子と昌景を飲み込んでいった。

 

***

 

「本当の理由とは━━━━どういう意味かな?」

義元は自分に質問した自動人形の少女にそう問い返す。

「言葉通りの意味です。義元様は何故徳川に攻め込んだのですか?」

「さっきも言ったが我欲だ。男ならば天下を獲るという夢は誰しも持つものであろう」

これは事実だ。何の縁か二度目の生を受けたのだ、これを生かさない訳にはいくまい。

だがそれ以外の事を思っていたのも事実。

この武蔵の姫はどこまで理解しているのか、ふと気になった。

「では逆に聞くが何故俺に他の理由があると思った?」

「Jud.、 疑問を感じたのは浜松での戦いです。あの戦いで例え今川軍が勝利したとしても武蔵と岡崎城にいる本隊がいる限り徳川を倒すのは容易ではない筈です。

今川家の状況からして徳川に時間を掛ける事はそれだけ武田の介入を受ける危険性が増えます。

更に徳川を倒したとしてもその先にはP.A.odaと聖連との戦いが待っています。

その事を理解してないとは思えません。

そして今の貴方の態度です。こうなる事が分かっていたように、もしくは望んでいたかのように見えます」

そういい終えると隣の全裸が感心したようにホライゾンを見た。

「すげぇなホライゾン。そんな事考えていたのかよ」

ホライゾンは「ふ」と全裸を鼻で笑うと此方を見る。

「これがホライゾンの判断です」

と頷く。

 正直感心した。目の前のホライゾンは先ほどの巫山戯けた行動からは考えられないほど冷静に此方を見ている。

護衛であろう後ろの二人も同様のようだ━━━━全裸は知らん。

「では、お前は何故俺が戦を始めたと思う?」

ホライゾンは「Jud」と言い一度目を閉じるとゆっくりと目蓋を上げた。

「義元様は天下を獲る事を望んだのではなく━━━━━━天下を乱すことが目的だったのでは?」

 

***

 

沈黙が部屋を支配する。

いや、部屋だけではない。この会談を見ている誰もがホライゾンと義元に注目していた。

どれだけの時間が経ったであろうかあまりの静けさに時間の感覚が薄れる。

雲で月明かりが遮られる中義元はその表情を和らげていった。

「━━見事。お前の言うとおりだ武蔵の姫よ。俺の目的は天下を動かす事だ。そのついでに天下を獲れればと思っていたが……。

成程、これは負けるわけだ」

「ありがとう御座います」

義元が笑いホライゾンが頭を下げる。その横のトーリが困ったように手を上げた。

「あー……。なんか話が完結しちまったっぽいけど、つまりどういうことだよ」

「自分も教えていただきたい。天下を動かすとはどういうことで御座ろうか?

臨時惣無事令を無視した戦を起こす事によって天下を動かすのならば既に織田がやっているでは無いで御座ろうか?」

義元は一度頷く。

「確かに織田によって聖連が定めた臨時惣無事令の有効性は薄れた。しかしそれは織田という大国だからこそ出来た事だ。

中小の大名は聖連と敵対する事を恐れ乱を収束する側に付くだろう」

「では、織田と同盟を結べばよいのではないですか?」

とメアリが質問する。

「生前に織田信長という男を知っていれば付こうとは思わんさ。むしろ信長を恨んでいる者の方が多いだろうよ」

「成程、だから今川が動き、徳川が動けば他国。特に聖連に不服のある国は動きやすくなるという事で御座るか」

今度はトーリが質問する。

「あのよお。今川が動いた理由はなんとなくだけど分かったんだけど、そもそも天下動かして何がしたいんだ?」

「お前達は今のままでいいと思うか? 聖連によって領地を振り分けられ小国が乱立する今の日本を平和と思うか? 俺は思わん。

これは平和では無く停滞だ。昨今の怪魔の異常発生や富士の崩落を初めとした天変地異。

これ等に対して我々は目下のいがみ合いで連携が出来ず対処が出来ていないのが現状だ。

この停滞した状況を打破するためにも一度大きな嵐を呼ぶ必要がある。

おそらくだが織田も似たような事を考えているのだろうよ。向こうは色々怪しい奴等とも組み始めたらしいしな」

そこまで言い終えて義元は4人を見る。4人とも思案顔で黙り、此方を見ていた。

そんな中全裸が「うんうん」と頷き、此方に指を指す。

「よし分かった! つまりオメェは死ぬ必要は無いなっ!!」

………………は?

全裸の横のホライゾンも頷き短刀を床に置く。

「ホライゾンも今までの話を聞き、義元様が自害する必要が無いと判断します」

「い、いや待て。どうしてそうなった!? 普通に考えれば俺は大罪人だろう!?」

訳が分からず慌てて声を出すが全裸はニタニタと笑っている。

「いや、だってよ? オメェ、世界の事すっっっげぇ考えて戦う事にしたんだろ? だったらそれで責任とって死ぬってのはおかしくねぇ?」

「しかし誰かが責任を取らなければ━━━━」

「生きる事も責任の負い方の一つですよ」

とメアリが言う。彼女は穏やかな表情で自分の胸に手を当てると静かに目を閉じる。

「自分のした罪に対して死ではなく、生きて罪を背負う。これも一つの責任の負い方だと思います」

「だが俺を向かいいれれば聖連に介入されかねないぞ」

その言葉を聞くと全裸は立ち上がり自分の胸に手を当てた。

「そんなもん無視しちまえっ!! 他人がどうこう言おうと関係ねぇっ! 俺が、俺たちがそうしたいんだ!! だろ? ホライゾン」

「Jud.、 それに聖連に目を付けられていると言うのであればそれは最初からでしょう。 今さら愉快な問題児が一ダース程増えても元々色々アレなのの集合体である武蔵には関係ないと判断します。

通信関連の誹謗中傷煽りも浅間神社が何とかするでしょうし」

・あさま:『いやぁ……流石にそれは━━━━え、何ですか父さん? え、出来る? 何とかする? あ、はい。なんとか出来るそうです!!』

ホライゾンが得意げな顔で此方を見てくるが、どうなんだ? それ?

そう言おうとしたら突然表示枠が開き、武蔵の副会長が現れた。

『義元公、武蔵アリアダスト教導院は今川義元を臨時講師として武蔵に迎え入れたいと思います。

またこれは徳川家康公の意向でも有ります』

その言葉に「竹千代が……」と呟く。

「それによ」

とトーリは親指で自分の後ろ、壁越しで見えないが浜松がある方を指すと。

「本当に話したいのは俺じゃないだろ? だったら会って行けよ、それからどうするか決めればいいだろ?」

そう言うとトーリは手を伸ばした。

まったく。まったく敵わない。

こんな甘ちゃんに負けたのかと思うと今までの心労が馬鹿みたいだ。

だが同時に彼等に賭けてみたいと思った。この先どうなるのかは分からないし自分の役割は此処までだと思っていた。

しかしそう言われてしまうと先を見たくなってしまうものだ。

一度頭を掻くとゆっくりと立ち上がる。目の前で自信に溢れた少年の瞳を見ると頷き伸ばされた手を掴む。

暫くそうして気恥ずかしくなり頬を掻く。

「とりあえず竹千代に文句を言いに行くとしよう。駿府城の修繕費を出せってな」

そう言うと目の前の葵・トーリがウィンクをした。

 

***

 

━━━━抜かったか……!?。

爆煙の中、山県昌景はそう思う。

 頭部が破損したのか視覚素子から送られてくる映像は所々乱れ、特に右半分はモザイク状になっていた。

その視覚素子には警告を表す情報が流れており、機動殻の状態が表示されていた。

 機動殻の右腕は肘から先が無くなっており、地面には大破した振動槍が落ちている。

全身には中度の損傷があり、特に前両足に対するダメージは大きい。

 どうにかして体を動かすと左腕の太刀をしっかりと握り、周囲を警戒する。

この爆発だ。敵も無事であるとは思えない。煙が晴れると同時に止めを刺す。

そう思い暫く待っていると、晴れ始めた煙から敵が現れた。

『!!』

敵は右手に持つ剣を地面に突き刺し杖にしながら立っていた。額からは血を流し、左手は動かないのか力なく垂れ下がっている。

そして体中に榴弾の破片を受け最早立てるようには思えない。

『貴様、なぜ動ける……?』

「敵に教える馬鹿がいると思う? でもあんたが可愛そうだから教えてあげる!」

 

***

 

・● 画:『どっかで聞いたわね。このフレーズ』

・賢姉様:『フフ、あの子も素直じゃないわねぇ』

 

***

 

「気符『無念無想の境地』。これが私の術式の一つよ。

効果は自身の内燃排気を消費し続ける事によって痛覚を遮断する。

まぁ余程のことが無い限り使うつもりは無かったんだけどね。これ後がしんどいし」

そう言って肩を竦めると緋想の剣を地面から抜き構えた。

それに合わせ此方も構える。

 おそらく次の一撃が互いにとっての最後の一撃となるだろう。

敵はあの術式で無傷の時と同じように動けることが判明したが、それも内燃排気が続く限りだ。

先ほどからの戦闘で排気も枯渇寸前の筈。

対する自分もこれ以上の戦いは無理だ。

ならば。

 後ろ足で体を射出するように蹴り出す。前足が関節を曲げるたび悲鳴を上げるが構わない。

あと一撃、一撃叩き込めればいい。

 敵も此方の動きに合わせ正面から突撃してくる。

太刀を突き出すように構える。槍を失ったとはいえ得物の長さは今だにこちらの方が上だ。

敵が死角に潜り込む前に突き殺す。

その一撃を行うため前足に力を込めた。

 そしてその瞬間大地が揺れた。

タイミングが崩れ、体勢が崩れる。

━━何故! 何故だ!?

気が付く。敵の口に笑みが浮かんでいる事を。

その口はこう動いていた。

「六震」

何時だ? 何時術を発動した!?

記憶を探り思い当たるのは最初の剣を杖にした時。

『時間差の攻撃かっ!!』

体勢を崩しながら太刀を突き出す。最早倒すためでは無い。

敵を引き剥がすための必死の攻撃。

しかし太刀は敵の肩を僅かに裂くだけで敵は止まらない。

 蒼髪の少女は此方の懐に潜り込む。

そして

「断ち切りなさいっ!! 緋想の剣!!」

脇腹の亀裂に剣が叩き込まれた。

鉄を砕き、その他諸々を裂く音が響く。

そして、視界が消えた。

 

***

 

 天子は両手で緋想の剣を亀裂に叩き込むとそのまま力任せに押し込む。

胴の半分ほどに達したとき剣の動きは止まった。

機動殻は力を失い、眼光が消える。

 膝から崩れ落ち始めたので、緋想の剣を引き抜くと脇腹から鮮血のように流体燃料が噴出した。

『!!』

しかし昌景は崩れ落ちるのを良しとはせず太刀を地面に突き刺し寄りかかる。

━━大したものね……。

あの状態では最早動けないだろう。しかし武士の意地が敵を目の前にして膝を着く事を認めなかった。

最早此方が見えないであろう目で睨む。

『……見事。貴様の……勝ちだ』

「ええ、そうね。私の勝ちよ」

そう言いながら剣を構え機動殻に近づく。

「認めたくないけどこっちも余裕が無いの。さっさと終わらせるわよ」

緋想の剣を機動殻の首関節に向けて叩き込もうとした瞬間、暴風が機動殻を包んだ。

『これは……』

風が止むと機動殻の前には緑髪の巫女がいつの間にかに立っており。彼女は此方に一瞥すると機動殻の方を向いた。

「お迎えに上がりましたよ。昌景さん。他の皆さんは既に撤退済みです。

後は貴方だけですよ」

しかし機動殻は首を横に振った。

『生き恥を曝せというか! この有様ではお館様に合わせる顔が無い!!』

その言葉に巫女は困ったように首を傾げると。

「困りましたね、お館様の勅命だったんですけど……。関所にいるお館様にどう説明しましょう」

『なに……お館様が来ておられるのか?』

「ええ、お茶飲みながらさっきまで観戦してましたよ。それで『あいつ勝手に死のうとするからつれて帰って来い』って言われたんです」

巫女の言葉に昌景は沈黙する。巫女は優しげな表情をすると機動殻の肩に触れた。

「元気な顔。見せてあげて下さい」

機動殻は観念したように首を下げる。それを満足げに見ると、今度は此方を見た。

「━━━━と、言うわけで私達は撤退しますが……良いですよね?」

ため息が出る。

「勝手になさい。もう萎えたわ」

「そうですか」と笑うと機動殻の横に立ち、風を纏い始める。

「では、またどこかで」

『……何れ再戦を』

次の瞬間竜巻が起こり、天に向かって行く。

そして後には天子だけが残った。

『現時点を持って徳川・今川間の戦いを終了する!!』

表示枠が開き正純が映ると彼女はそう高らかに宣言した。そして駿府城中から歓声が沸きあがる。

『比那名居。大手柄だ。ゆっくり休んでくれ』

正純に頷き返すと彼女は優しく微笑み表示枠を閉じる。

全てが終わり「ふう」と力を抜いた瞬間、それが来た。

「いっっっっっっっっったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

あまりの痛みに転げまわる。

「し、死ぬ! 冗談じゃなくこれ死ぬっ!!」

その後、天子はネイトが駆けつけるまで転がり続けるのであった。

 

***

 

 眠りから覚め思い目蓋を上げると月明かりが差し込んできた。

眩さに目を細めていると自分の後頭部に何かやわらかいものがあることに気が付く。

「やっと目が覚めたか?」

聞きなれた慧音の声が脳に響く。

「……ここは?」

「輸送船の下敷きになったお前を武蔵の奴等と掘り返していたんだ」

頭を横に向けるとそこには輸送艦の瓦礫を徳川の兵と今川の兵が撤去している風景が映った。

そしてようやく理解する。

「負けたのか……」

慧音は眉を下げゆっくりと頷く。

「ああ、だがみんな無事だ。義元公も雪斎殿も」

その言葉に体の緊張が抜けていくのが感じられた。暫く夜空を見ているとふと「悔しいな」と呟く。

慧音もそれに頷く。

「だったらこの悔しさを次に生かそう。歴史とはそう紡がれる物だ」

慧音が苦笑し自分も苦笑する。

まだ痛む上体を起こすと体の確認する。

修復はほぼ終わったらしくめだった目立った外傷は無い。

「さて、まずはあのにくったらしい天使どもを殴りたいわ。それから今後の事考える」

と言うと「殴られるのは勘弁して欲しいわね」頭上から声が降って来た。

上を見るとさっきまで戦っていた天使達が降りてきており、二人は目の前に着地する。

そして金天使の方が手を振った。

「やっほー、もう元通り……っぽいね。うん、踏んだときに凹んでなくて良かった!」

頭に妙な痛みがあると思えばそれか。

そう思っていると黒天使の方が手を差し伸べてきた。

「私はマルガ・ナルゼ。あんただってこっちを丸焼きにしようとしたんだからおあいこよ」

今度は金天使が

「私はマルゴット・ナイト。よろしくね!」

どうしたものかと慧音を見ると彼女は微笑み頷いた。

先ほどまで殺しあっていた相手に手を差し伸べられるという状況になんだか奇妙な感覚と気恥ずかしさを感じながらその手をしっかり掴む。

「藤原妹紅よ。悪いけど立たせてもらえるかしら?」

そう言うと天使二人はお互いを見合い笑う。

そしてゆっくりと引き起こし今度は三人で笑った。

 

***

 

 駿府城の遥か上空。月明かりの差し込まない空に一人の少年が浮いていた。

少年は緑髪に道化師のような服を着ており愉快そうに下方を見ている。

「さて、これで“彼女”の言うとおり歯車が動き始めた。演者たちが舞うのは喜劇か悲劇か……。楽しみだよ」

「ねぇ、君もそう思わないかい?」と暗闇に語りかけると闇の中から瞳が現れる。

「興味はありませんわ。私は元の世界に戻れれば良いだけですから」

瞳はそう言うと周りの空間を閉じ、闇に消える。

残った少年はもう一度駿府の方を見るとお辞儀をする。

「では、まだ見ぬ諸君。何れ会うその時まで暫しの別れを。

君達の健闘を祈っているよ」

少年の体が煙の様に闇に消えて行く。

あとには元の静かな夜空だけが残った。


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