緋想戦記   作:う゛ぇのむ 乙型

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~最終章・『境界線上の始走者達』 さぁ行こうぜみんな! (配点:徳川)~

 今川と北条の国境にある興国寺城に一機の機鳳が着陸をしようとしていた。

機鳳は機体の後方、廃熱部から黒煙を噴出し時折機体が大きく揺れる。

何とか水平に保ちながら高度を下げていくが滑走路に着陸しようとした瞬間、右翼が折れ墜落する。

墜落した機鳳はスピンをしながら滑走路を外れ興国寺城の外壁に激突した。

まわりの兵士達が慌てて消火器や担架を持ち出し、救助に向かう。

 そんな様子を少しはなれたところで褐色の肌に白い装甲服を着た女性が見ていた。

「戻ってこれたのは5機中1機のみですか……。敵を見誤りましたかね?」

と言うと背後から凛とした女性の声がかけられた。

「そう言う割には余裕そうじゃないか?」

褐色の女性が振り返るとそこには長い黒い髪を腰まで伸ばした巫女服の女性が立っていた。

「ええ、機鳳は失いましたが今回はそれ以上のものを得れたと思っています」

「ところで」と繋げる

「どうして小田原にいた貴女が?」

巫女はめんどくさそうに首を回すと

「小田原の早雲爺からの使いよ。徳川と和平結ぶから撤退しろってね」

「通信でよかったのでは?」

その言葉に巫女は苦笑し、拳を空に向けて突き出す。

「ついでに戦えればと思って来たけど。もう終わったみたいだしね。

でもいいのかしら氏直? ここからなら機鳳以外にも援護できる戦力はあった筈だけど?」

褐色の女性━━氏直は頷き。

「可能でしたがそれは北条にとってあまり利点は無かったですから」

「と、いうと?」

「今川が勝てば織田が駿河に介入する恐れがあります。ですが徳川が勝ち、その徳川と和平を結べば北条の背後は安泰です」

「なるほどね」と巫女が頷くと今度は小田原の方を見る。

「じゃあ私達は東か」

「Tes.、 今後は関東を押さえるのが急務ですね」

そういい終えると氏直は遥か遠く、駿府の方を見る。そして手を頬に当てると少し嬉しそうに微笑んだ。

「お持ちしてます━━━━ノリキ様」

 

***

 

「さて、今回の騒動。お前はどう思う?」

明かりが消され暗い聖堂の中二人の人物が居た。一人は白い服に髭を生やした初老の男性で聖堂中心の椅子に座っており、もう一人は魔人族の老人で椅子の横に立っていた。

 初老の男性は表枠を開きながら魔人族の老人を見ると老人は指を顎に当てた。

「徳川は乱を利用し、見事領土を広げた……。これでは駄目かね? 元少年」

初老の男性は機嫌よさ下に鼻を鳴らすと。

「全く、上手くやったものだよな。今回の戦い、徳川はあくまで自国の防衛の為に動いただけだ。その上、今川義元を説得し駿河を平定。

此方としてはそこに付け入りたかったがコレだ」

と言うと表示枠を映した。そこには武蔵からの今回の回答文であり、そこには駿府の戦いの正当性を主張する文と今川義元の身柄に関することだ。

「今川義元は私欲ではなく大義の為に乱を起こした。臨時惣無事令を無視した事は罪ではあるが情状酌量の余地があり義元公を大名から武蔵の臨時講師に降格し、

その身柄を監視する事を刑罰とする……か」

「詭弁であるな」

と老人が言うと男も頷いた。

「だが現状徳川に構っている戦力は無い。今回だってこの土佐の戦力を近畿に回しているしな」

「そのせいで河野や西園寺が怪しい動きをしているがな」

「それでいい。奴等が動くならばそれを叩き潰せば良い。むしろ土佐を平定する口実が出来、好都合だ」

「やれやれ」と老人が首を振ると、男はニタリと笑った。

「どっちにしろこれから忙しくなる。この先どうなるか楽しみでは有るな。なぁ、おい」

 

***

 

「さて、徳川の勝利を祝って乾杯と行きたいが……もう勝手にやってるな! 貴様等!

よし今日は騒げ! そしてどんどん金を使え!!」

「「おーーーーー!!」」

シロジロの声に酒に酔い、勝利に歓喜した声が港中に響く。

浜松に戻った武蔵は徳川の戦勝記念として宴会を行っていた。当初は武蔵上だけの予定であったが気が付けば浜松中に広まっていた。

奥多摩では『きみとあさまで』のコンサートが開かれており、多くの人々が集まっていた。

その少し離れたところで派手な着物を着た井伊直政が酒瓶ごと酒を飲みながら自分の活躍を語っていた。

「━━━━で、だ! 奴は俺の首を切り落とそうとしやがった! そこで俺は咄嗟に飛びついて……俺、どこまで話したっけ?」

呂律の回らない状態でそう言うと酒を飲もうとするが空である事に気付く。近くにあった未開封の瓶を開けようとすると慌てて隣に座っていた酒井忠次が制止しようとする。

「な、直政殿。そろそろ止めておいた方がいいのでは……」

「あ、お前! あんま飲んでねぇな!! ホラ、飲め! どんどん飲め!!」

「もがぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

口に酒瓶を押し込められあっと言う間に忠次の顔が赤くなり後ろにひっくり返る。

その隣の方では忠勝と二代が正面を向き合って座っている。

「拙者、つうかんしたで御座る。世界には猛者が多く居ると」

「……そうか」

「ゆえに、ひっく。ゆえにもっともっとしゅぎょうしなければ……」

「……そうか」

「だからぁ、こんどしゅぎょうを……」

「……」

━━あれ、両方酔ってるのよね?

そんな二人の様子を見ていた成実がそう思っていると隣のウルキアガが焼き鳥を渡す。

「ところで成実よ。不転百足の方はどうだ?」

焼き鳥を受け取り一口食べる。

「損傷が結構あるから修理に出すわ。当分は機動殻無しになるわね」

そう言い、酒に口をつけ様とした瞬間視界の隅に白い何かが引っかかった。

何かと見ればそれは美しく白い体毛を持つ犬であり、アデーレから肉を貰っていた。

「ふむ、あんな犬武蔵にいたであろうか?」

ウルキアガが少し思案するが、直ぐに興味を失ったのか視線を戻していた。

成実も「紛れ込んだのかしらね」と言うと犬から視線を外した。

 

***

 

 奥多摩の宴会場から少し離れたところで包帯に巻かれた比那名居天子は塀の上に座り祭りの様子を見ていた。

 先ほどまであの中にいたのだが少々疲れたため、離れた。

もっとも一人で食べ歩いていただけなのだが……。

 まだ手にしていた魚の揚げ物を頬張ると少し溜息が出る。

━━まさか誰にも声をかけられないとは思わなかったわ……。

というより各々勝手に盛り上がりそれに自分がついていけなかっただけなのだが。

━━あいつ等のハイテンション振りには疲れるのよねぇ。

比較的まともだと思っていた立花夫婦も超絶ラブ空間を作っていたため近づけなかったし、衣玖は浅間たちと何か盛り上がっていたし。

━━もう帰ろうかしら……。

そう思っていると後ろから聞きなれた声が聞こえてきた。

「総領娘様、こんなところにいらっしゃったのですか」

衣玖だ。

少し酔っているのかその頬は僅かに赤くなっている。

「ええ、もう食べるもの食べたし帰ろうかと思っていたんだけど……」

と言って僅かに横目で衣玖を見る。衣玖は此方の言いたいことに気が付いたらしく苦笑し近づいてきた。

「だったら一緒に祭りを回りませんか?」

暫く考えたフリをする。そして「しかたないわねぇ」と言うと塀から降りた。

「私が行ってあげないとアンタが一人になっちゃうからねぇ。しょうがないわ」

と言うと衣玖は首を横に振った。

「一人じゃありませんよ?」

「え?」

「どういうこと」と言う前に衣玖の後ろから服を着た全裸とホライゾンがやって来た。

「おいおいオメェ、こんなところで何してんだよ」

「どうもホライゾンです。いえーい」

「帰る!」

慌てて逃げようとするが服の襟をトーリに掴まれる。

「なにすんのよ!」

「お前こそどこ行こうってんだよ? 今回の主役なんだからよ」

は? 主役?

と思っているとホライゾンが頷く。

「そうですね今回一番の戦果をあげたのは天子様です。そういう意味では主役と言っても過言では無いでしょう」

「そう言うこと、だからちょっと広場に来いよ。あ、これ総長命令な」

横暴な!?

衣玖に助けを求めるが彼女は楽しそうに微笑んでいた。

こいつもグルか!!

 そうして自分を引きずるトーリに対して文句を言っている内に教導院の前まで連れて行かれた。

トーリは躊躇する天子の方を押すと集まっていた皆の前に飛び出す。

「え、あ?」

突然注目されどうすればいいのか困っていると浅間がマイクを渡してきた。

「何か一言皆に掛けて上げてください。何でもいいんです」

顔が赤くなるのが分かる。マイクを受け取り深呼吸する。

皆の顔を見る。皆、笑顔で此方に頷き返してきた。

よし。

そう心の中で頷くと大きく叫んだ。

『あんたたちーーー、今日は楽しむわよーーーー!! 良いわねっ!!』

「「Judgment!!」」

皆が叫ぶ、天子も叫ぶ。

浜松中の声という声が夏の夜に木霊した。

 

***

 

 岡崎城の大広間。

そこに3人の男女がいた。

一人は徳川家康で残りは酒井・忠次と“武蔵”であった。

「いやぁ、駿府での戦い。おめでとう御座います」

「いやいや、先の戦いでは貴殿の生徒達にとても助けられた。心よりの感謝を」

忠次は苦笑すると

「俺は何もしてませんよ。あいつ等が自分達で考え、やった事です。

褒めるんだったら“武蔵”さんを褒めてやってくださいよ」

「当然のことをしただけと判断します━━以上」

そう“武蔵”にすかさず返されると忠次は苦笑し、煙管を取り出した。

そして咥えようとしたところで一旦止め、家康の方を見る。

「構わぬ」と言われると忠次は一礼し、煙管を咥え、隣の“武蔵”が煙管に火を着けた。

「それで、どうして俺たちはお呼ばれしたんでしょうかね? まさか何も無いということは無いでしょう?」

「うむ、実は紹介したい奴がいてな」

と家康は言うと大広間の奥に向かって手招きをした。

すると奥の戸から黒く長い髪を二つに分け前で結った侍女服姿の自動人形が現れた。

彼女は家康の隣に立つと正座し、丁寧にお辞儀をした。

「特務艦曳馬艦長“曳馬”と申し上げます」

「こいつぁ……」と忠次が驚いていると“武蔵”が家康を見た。

「私達と同型の様に見えますが?━━以上」

「以前“武蔵”殿の情報を送ってもらったであろう? その時の情報を元に作られたのが彼女だ。

先の戦いでは実戦情報の収集の為、秘密裏に同行させていたのだ」

「なるほど。では特務艦というのは?━━以上」

“曳馬”は頭を上げると頷き

「当艦は今後戦闘状況が激しくなる事を想定し、武蔵の援護及び潜入任務に適した艦です。

現在は岡崎城で建造を続け、今年中には実戦運用が可能です」

そう言い終えると“曳馬”はもう一度頭を下げた。

「折り入ってだがこの“曳馬”を武蔵に乗せてやって欲しいのだ。

彼女にはまだまだ実戦経験が足りない。“武蔵”殿の近くに置く事でより多くの情報を得させたいのだ」

家康が頭を下げると忠次は頬を掻き、“武蔵”の方を見た。

「どう思う? “武蔵”さん?」

「Jud.、 戦力増強は望ましい事です。姉妹達にも確認したところ全員一致で賛成となりました━━以上」

“武蔵”の言葉に家康は嬉しそうに頷き、姿勢を正した。

「では、詳しい話は後々総長連合も参席させて行うとしよう」

 

***

 

 大広間から出た忠次と“武蔵”は静まり返った廊下を歩いていた。

忠次は歩きながら後ろを振り返ると

「嫌がると思った」

「何がですか━━以上」

「いや、“武蔵”さんは彼女を乗せるのに反対かなーって」

“武蔵”は暫く沈黙した後

「先ほど申し上げた通り戦力の増強は急務です。その事に異論はありません━━以上」

「ただ」とつなげ

「ただ、私の同型を造っていた事は事前に連絡しておいて欲しかったですが━━以上」

「まあ、いろいろ秘密裏に造ってたみたいだしねぇ。

ん? と言うことは“曳馬”さんは“武蔵”さんの従姉妹って事になるのかな?」

「厳密には違いますが━━以上」

そう話していると前から義元がやって来た。

互いに一礼すると義元はそのまますれ違い、大広間の方に向かっていった。

忠次はそんな義元の背中を微笑みながら見つめていると“武蔵”が怪訝そうに聞いた。

「どうしましたか━━以上」

「ああ。ま、これからどうなるにせよ。大切なものを失わせなかったって事は立派だと思うよ。俺は」

そう言って忠次は“武蔵”と共に門を出るのであった。

 

***

 

 ほの暗い大広間に義元と家康がいた。

二人は互いに向き合ってその手には酒の入った杯を持っている。

暫くなにも喋らず大広間には夜風の音が響く。

ふと義元が笑う。

「天下人……だ、そうだな」

「天下の隅で雑魚寝していたら転がり込んできただけですよ」

「言いおる」と義元は笑うと、一口酒を飲む。

「俺を助けて━━これから大変だぞ?」

「全て覚悟の上で」

再び沈黙する。義元は杯の中で波打つ酒を見つめていると静かに口を開いた。

「良い、仲間を得たな。竹千代」

「ええ、私の誇りです。彼等と共にならこの先どんな苦難があろうとも乗り越えられる自信が有ります」

「無論」と繋げ

「義元公と共に」

その言葉に義元は目を点にした後、大笑いをした。暫く笑った後息を整え笑い涙を拭う。

「すまんな。まったく━━お前と言い、あの小僧と言い、叶わんな」

そして杯を掲げる。

「徳川の未来に」

家康もそれに続き

「若者達の未来に」

杯がぶつかり気持ちのいい音が響く。

ほぼ同時に酒を飲み干し、笑った。

岡崎の夜。

二人の酒宴は夜が明けるまで続くのであった。

 

***

 

 教導院の屋上にトーリとホライゾンが居た。二人は手すりに寄りかかりそこから武蔵中を眺めている。

既に夜は明け始め、各所で片づけが始まり所々路上で寝ている人が居た。

 ホライゾンはその長い髪を風で揺らしながら隣のトーリを見る。

「大変ですね」

「ん? なにがー?」

とトーリが返すと

「これからの武蔵です。これから武蔵は戦果の渦に飛び込んで行く事になります。

武蔵の総長として何かお考えは?」

トーリは暫く悩んだフリをすると笑顔で「ない!」と応えた。

ホライゾンは半目になり拳を構えるとトーリは慌てて言い繕った。

「俺は神様じゃねぇし、未来の事なんか分かんねぇーよ。だからさ、今を大事にして皆で少しずつ歩いていきてぇって、そう思っている」

「“今を大事にする”俗人が考えそうな事ね」

と突然背後から声を掛けられ、振り返るとそこには天子が居た。天子はトーリ達に近づくと手すりに寄りかかり額についた汗を拭う。

そして片目でトーリを見るとどこか楽しそうに言った。

「でもまぁ、何でもかんでも悟った気になっている奴よりは全然ましかもね」

「おや、天子様。浅間様達と一緒に飲んでいたのでは?」

ホライゾンの問いかけに天子は親指で地面の方を指す。

「正純の奴があんた達を探していたわよ。なんか今後の事を知らせるって」

「後、あいつらと飲むのは危険よ……」と天子が小声で言うとホライゾンはトーリの方を見、二人は頷いた。

「伝える事は伝えたからね」と言って戻ろうとする天子をホライゾンは呼び止めた。

「一ついいでしょうか?」

天子は頷きで肯定する。

「天子様にとって“生きる”と言うことは何でしょうか?」

ホライゾンの言葉に天子は眉を顰め「なんでそんなことを聞くの?」と問うと

「ホライゾンにはまだ“今を生きる”と言うことが理解できません。世捨て人であり天人である天子様には人の世とはどう映るのでしょうか?」

「そうねぇ」と暫く思案すると、自分の言葉を確認するようにゆっくりと話し始めた。

「大半の天人は俗を捨てて無駄な事を省く事を好むけど私はそうは思わないわ。

人とは俗であれ、些事に笑い、涙を流し、時には怒る。そして泥まみれになってでも前へと進む事。それこそ生きるという事だと思うわ。それに刺激の無い人生は退屈なだけだしね」

「天人とは思えませんね」とホライゾンが言うと天子は「そうね」と苦笑した。

新たな一日を知らせるべく日が上がり始める。

 ホライゾンはその日を背にしトーリと天子に対してゆっくりと頷いた。

「これからどうなるにせよ。ホライゾンは皆様がこれからも幸いであればと、そう思います」

その言葉にトーリと天子は笑顔で頷く。

朝を知らせる浜松の鐘が鳴る。人々は起き始め、まだ酔いの抜けない体で動き始める。

そして次の一日が、新しい一日が始まった。

 

 

~第一部・遠州争乱編・完~


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