緋想戦記   作:う゛ぇのむ 乙型

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~第五章・『夕闇の舞い手』 さて、はじめようか (配点:一日目)~

 

━━もう疲れました……。

 なんだかおぞましい物が顔に当たった事と突然の主の登場、そして失踪していた祖父との会話。

今日一日で1年分くらいの労力を使った気がする。

自分の主である西行寺幽々子は暢気に団子を頬張っているし、先ほどまで相対していた武蔵の騎士は困惑した視線を此方に送っている。

━━いや、そんな目で見られても困る。

 とりあえずこの場をなんとかしなければ。何かきっかけは無いものかと周囲を見ると、人ごみを分けエステルたちが現れた。

「ゆ、幽々子さん!?」

「あらー、エステルちゃんにヨシュア君じゃない。奇遇ねー」

「あ、相変わらずですね」

 ヨシュアが苦笑する。

「というか何でいるの!?」

 エステルに言われ自分も頷く。

「“なんで”って、だって私支部長だから」

「え、何処の?」とエステルの声に幽々子は地面を指差す。

「武蔵の。だから三人とも今日からよろしくねー」

 固まる。

 自分だけでは無くエステルとヨシュアも同様だ。

エステルは我に返ると叫んだ。

「あ、あんですってぇ━━━━━━!!」

 久々に聞きましたねー。その叫び。

 いや現実逃避してる場合じゃなくって。

「なんでそういう大事な事を事前に言わないんですか!! というか何時決まったんですかぁ!!」

 幽々子は暫く思案し、冷や汗を掻く。

「いつだったかしらー」

 幽々子の目が泳ぐ。

 肩からどんどん力が抜けるのが分かる。なんかもう不貞寝したい気分だ。

 幽々子は「ともかく!」と言うと、武蔵勢の方を見た。

「これ、どういう状況?」

 

***

 

「えっと、ですね。幽々子様、いいですか? あ、団子は食べてていいです。

私は以前からずーっと思っていたんですよ武蔵というか徳川は悪であると。

それでいざ来たら町の人は穏やかでそれでいて全裸が走り回っている……あ! これじゃよく分かりませんね! でもご安心を、私にもよく分かりません!

と、話を戻すとようするに武蔵の本質が善であるのか悪であるかを確かめるためにとりあえず斬ってみる事にしたんです」

 色々端折ったがまあ大筋はあっている筈だ。

話し終え、幽々子の顔を見ると彼女は笑顔で質問してきた。

「それで? どうだったの?」

「━━━━」

 「どうだったのか」と聞かれ答えることは出来なかった。

武蔵の生徒たちから感じられる気は決して悪のものではない。しかし善とはまた違う何か。

これは一体何なんだろうか?

 彼らが纏う空気は以前自分もどこかで感じた覚えがある。

しかしそれが思い出せない。

「━━分かりません」

「あら、貴女らしくないわね」

その言葉に嫌味は感じられない、ただ単に自分が話しやすいようにしてくれているのだろう。

「ただ、彼らが悪では無いとは言えます」

「そう」と納得したように頷くと団子を頬張る。すると自動人形の少女が湯飲みを出した。

「粗茶ですが、いかがでしょうか?」

 幽々子は目を輝かせ受け取る。そして一口つけるとこちらに振り返った。

「妖夢! この人たち良い人よ!」

「ああ、もう! 餌付けされないでください!!」

「まあまあ、妖夢ったら。禿げるわよ?」

 いい加減怒っていいだろうか?

そう思っているとヨシュアが幽々子に近づいた。

「その、幽々子さん。どうせだから武蔵の代表と会ったほうが良いんじゃないですか?」

「そうね」と言うと武蔵勢の方を見る。

「私は誰と話せば良いのかしら?」

 

***

 

・あさま:『“誰と話せば”ですか。これって武蔵の代表は誰かって聞いているって事ですよね』

 だろうな。と正純は頷く。

 言葉通りの意味であれば総長兼生徒会長の葵が出るべきなのだろうが、恐らくそれは違う。

・副会長:『葵、私が武蔵の代表として出るが良いか?』

・俺  :『おう、いいぜ! というか俺、今コカーンに縄が食い込んでもう少しで“らめぇぇぇぇぇ、お嫁に行けないのぉぉぉぉぉ!”って感じになるから楽しみにしておけよ!!』

 ホライゾンが馬鹿の後頭部に拳を叩き込み、バウンドした全裸を天子が蹴り上げた。

・ホラ子:『再三ながら、お見事です』

・天人様:『けっこー楽しくなってきたかも。あと三回ね』

 比那名居も結構馴染んできたよなー、と思う。

それが本人にとっていい事か悪い事かは分からないが。

 とりあえず全裸たちを無視すると一歩前に出た。

「武蔵アリアダスト教導院副会長、本多・正純だ。武蔵の代表として話がしたい」

「あら? 私は武蔵の代表と話がしたいって言ったのよ? 武蔵の代表はそこの面白い子でしょう?」

「Jud.、 そこの全裸は確かに総長だがたった今この交渉を任された。

また、貴女の言う武蔵の代表というのはこの場を『“最適に纏めれる”武蔵の代表』と言う事ではないか?」

 幽々子は嬉しそうに目を細める。

どうやら当たりだったらしい。

「ええ、そう言うことだったら貴女とお話しするわ」

 「どうぞ」と促される。

「まず最初に言いたい事は、今回の相対戦は誤解から生じた事であり武蔵は遊撃士協会と敵対するつもりはない」

「あら? その言い方だと勝手に誤解したうちの妖夢が悪いと言っているように聞えるわね」

 幽々子の背後にいる妖夢がその身を硬くする。

幽々子が後ろに「大丈夫よ」と声を掛けると続けた。

「でもそちらにも問題があったのではないかしら? 白昼堂々全裸が町を歩いていたら、ましてや少女を追い掛け回すなんて、何も知らない人が見たら誤解するのは当たり前ではないの?」

 確かに。と思わず頷きそうになる。

「確かに誤解を招く事態を起こした事は謝罪する。しかし、これが彼の正装である事も考慮して欲しい」

・● 画:『全裸、ついに正装扱いされる!』

・金マル:『全裸である事に違和感無いもんねー』

・ホラ子:『おやおや、芸人の癖に主芸が飽きられてますよトーリ様。ふ、しょせんは三下芸人って事ですね』

・俺  :『く、くそ! 見てろよ! 次は女装だ!! あ、でも主芸って言い方は何かエロイよな! 手芸! 手で致すみたいな!』

 ホライゾンがアッパーを入れ飛んだ全裸が落下するタイミングで天子がストレートパンチを叩き込んだ。

・天人様:『あ、今のよく分からないうちに殴っちゃったからノーカウントね』

 何をしてるんだあいつらは……。

呆れ顔で後ろ振り向いていると、正面、扇子を広げる音が響く。

 幽々子は広げた扇子で口元を隠すと此方を見つめる。

「彼のあの姿が正装ということは分かったわ。

でも、遊撃士が来ると分かっている日に服を着ずにあまつさえ覗きをするなんて、これ、遊撃士を馬鹿にしているのかしら?」

 そう来たか。

相手は此方を認めた上で諌めに来た。

これを否定すれば遊撃士の前で覗きを黙認する事になる。

しかし肯定する事も出来ない。

 ならば。

「しかしそれは此方にも言える事だ。此方は遊撃士の出迎えのために第二特務を派遣した。

その出迎えを無視し、独自行動をとったという事は総長連合に対する侮辱ではないか?

まさか天下の遊撃士が人との約束を放り出して辻斬りしてたなんて言わないだろうな?」

 幽々子の背後の茶色い髪の少女が何かを言おうと一歩前に出るが隣の黒髪の少年が制する。

 ここら辺が落しどころだ。

これ以上続けたとしても互いに得はしないだろう。

「支部長殿。今日の事は互いに非があり、そして被害者だ。水に流すのはどうだろうか?」

「構わないわ」と幽々子が言うと同時に肩の力が抜ける。

 取り敢えずはこれで遊撃士との蟠りは解消できるはずだ。

そう思っていると、幽々子が未だに此方を見ていることに気が付く。

「まだなにか……?」

「ええ、ちょっとしたクイズよ。いいかしら?」

 返答として慎重に頷くと幽々子は目を細めた。

「遊撃士協会支部が武蔵に建てられたのは何故だか分かる?」

 

***

 

は? 遊撃士協会が武蔵に建てられた理由?

そんなのは明白だ。

遊撃士協会は建てられて以来急速に活動範囲を拡大している。

しかし、それは西側での話だ。

 もともと術式や思想がTsirhc系に近かったゼムリア大陸出身の遊撃士協会は聖連と共同して各地に支部を建てた。

 それに対して関東や東北方面は神道術式を主体とした“神社”が遊撃士協会と似たような活動を行っており、それ故に遊撃士協会は東側に手を出せなかった。

 本来なら協会と神社が共闘するべきなのだろうが“神社”そしてその背後の東側諸国は協会を招きいれた際に聖連の介入を受けるのを恐れている。

 だからこそ中間点に位置する武蔵に協会支部を建てる事によって東側への足がかりを得ようとしているのではないか?

「━━━━」

 そう言おうとしていた口を閉じる。

 いや、違う!

 彼女が聞いているのはそんな表面的のことではない。

もう一度彼女の言葉を思い返す。

彼女は遊撃士協会が武蔵に建てられた理由を聞いてきた。

 武蔵に?

ふとその部分が引っかかる。

 武蔵は現在徳川に所属している。そのため遊撃士協会は武蔵にあるのではなく、徳川にあると言えるはずだ。

 そこまで考え気が付く。

━━そういう事か。

「一つ確認したい。今、貴女は何故“武蔵”に支部が建てられたのかと聞いたな?」

「ええ、そうよ」

「つまり、遊撃士支部が岡崎でも浜松でもなく武蔵に建てられた理由だな」

・あさま:『あのぅ、それどういう意味ですか? 場所にそれほどの意味が?』

・副会長:『Jud.、 武蔵の特性を考えて欲しい。現在武蔵は徳川所属の船で、その巨大さから領土といっても過言ではない。

しかし、武蔵は移動するんだ』

・俺  :『そんなの当たり前じゃね? だって武蔵は戦争にも参加するんだからよ』

・魚雷娘:『なるほど。分かりました。“移動する”というところが重要なのですね』

・副会長:『ああ、遊撃士の仕事は支部周辺の平和を守ることだ。しかし支部が武蔵にあると武蔵が移動した際に遊撃士は徳川領での活動がし辛くなる。

支部が空にあるんだ。地上に降りるにはその都度飛空挺や輸送艦が必要になり、

武蔵が他国と交戦している場合は地上に降りることも、武蔵に戻る事も出来ない。

地域密着型の組織にとってはこれは致命的だ』

・あさま:『それに武蔵は浅間神社が管轄してますから遊撃士の権限は大分制限されますね』

・俺  :『じゃあなんであいつ等こっちに来たんだ?』

 そこだ。

何故徳川本土ではなく、武蔵を選んだのか?

それはおそらく。

「遊撃士協会は更に言えばその背後の西側諸国は武蔵を危険視している、という事か」

 そう言われ幽々子は頷いた。

「そういう事。私達の上司は貴方達を危険人物だと捉えているわ。だから私達を武蔵に派遣して有事の際には介入する。それが目的よ」

「ちょ、ちょっと待ってよ」と声をあげたのは幽々子の背後にいたエステルだ。

「遊撃士は各国の政治には関与しないっていうのが決まりでしょう? でも幽々子さんの言い方だと聖連次第では遊撃士の仕事に介入されるみたいな言い方よね。

そんなの許されるの?」

 その質問に答えたのはヨシュアだ。

「残念ならがら今の遊撃士が聖連の介入を受ける可能性はある。

その理由は協会のスポンサーが聖連だからですよね」

「ええ、そうね。

統合争乱直後にあった遊撃士協会の拠点は土地ごと転移したクロスベルのみ。

そんな遊撃士がここまで勢力を取り戻せたのは聖連から多大な資金が“寄付”されたからよ。

勿論建前は怪魔討伐を支援する為、でも本音は遊撃士のスポンサーとなることで聖連が有事の際に動かせる駒を増やす為ね」

 「じゃ、じゃあ」と声をあげたのは妖夢だ。

「遊撃士は聖連の言いなりという事ですか?」

「それは違うわよ? 妖夢。遊撃士協会は確かに資金提供を受けている聖連に刃向かう事は出来ないけど、聖連もまた私達を拘束できないわ」

「そうなの?」とエステルが質問する。

 確かに聖連は遊撃士協会を拘束できない。なぜならば遊撃士は聖連がもっとも恐れるものを持っているからだ。

それは━━。

「━━民衆の支持だな」

 「正解」という風に幽々子は目を細める。

遊撃士の連中だけでなく武蔵の連中もが「どういうこと?」と此方を見てくる。

 それに答えるため、一回咳きを入れる。

「いいか、遊撃士は聖連がもっとも恐れるものを持っている。それは民衆からの支持だ。

遊撃士の主な活動は怪魔の討伐に異変の調査、そして民から寄せられる様々な依頼をこなす事。

その為何処に行っても遊撃士の支持は厚い。

もし聖連が遊撃士協会を敵に回せばそれは民衆を敵に回すと同意義だ」

 一息入れる。

「勿論これは遊撃士協会にとっても同じ事だ。いくら遊撃士の構成員が各国の特務クラスだとしても相手は国家。

戦いなれば勝てる相手では無い。仮に勝利したとしても巨大なスポンサーがいなくなる事になる。

聖連が各国と協同して経済制裁を与えれば協会は活動できなくなる。

だからこそ協会はある程度聖連の意向を留意し、聖連も遊撃士協会に拒否権を残しておく。

そう言う事だな」

 と幽々子を見れば頷いた。

「流石は武蔵の副会長ね。でも、一つ言っておくことが有るわ。

それは今回の支部が武蔵に建設された件、聖連の意向も有ったけど、最終的に決定したのは“私達”よ。

その事の意味が分かるかしら?」

 つまりは自分達の意志で武蔵に建てたという事だ。その理由なら簡単だ。

「遊撃士協会自体が武蔵を危険視している、という事だな」

「正解。

遊撃士は織田と共に戦乱を広める武蔵そして徳川を危険視しています。

特に武蔵は徳川の主力であり、いうなれば移動城砦。

私達はそこに打ち込まれた楔だわ。

もし、徳川と武蔵がこの世界の民に災厄を振りまく存在なら私達は“支える篭手”を掲げます」

 なかなかに大変な客人が来たものだ。だが焦りは無い。

そんな事態にはならないという根拠の無い確信がある。

「そう言うことならここ、私達を武蔵で見ていてくれ。

そして私達への思いが杞憂であったと分かってくれたならば、武蔵アリアダスト教導院は遊撃士協会と共に歩みたい」

 そういい終えると手を差し伸べる。

幽々子も手を差し出し、握手をする。

「期待しているわよ、武蔵の副会長さん」

「Jud.、 決して失望させないと誓おう」

 互い握手を終えると、幽々子はこれにて会談は終了という風に扇子を閉じた。

 

***

 

 緊張が解け、肩から力が抜けるのが分かる。

それにしても油断なら無い人物が来たものだと思う。

遊撃士たちもそうだが、支部長の幽々子も最初は掴みどころの無い人物のように思えたが、先ほどの会談からかなりの切れ者であることが窺える。

能有る鷹は爪を隠すというが……。

どちらにしろ敵に回せば厄介なタイプであることは間違いない。

しっかりしないとな……。

 後ろを振り向けば全裸が縄の上に銀鎖で巻かれていた。

一体何があったんだ。という疑問と同時に急激に今後が不安になる。

 ふと時計を見れば時計は既に午後1時を過ぎている。

三時からは家康公が次の目標を宣言するはずだ。

その場には武蔵からも葵とホライゾン、浅間にネシンバラそして私が参加する予定となっている。

そろそろ移動してもよい頃合かと思う。昼食は岡崎行きの輸送艦で食べればいいだろう。

 そう思い、皆に話しかけようとした瞬間浅間の表示枠が開く。

浅間は「あ、岡崎からです。ちょっと待ってください」というと音声通神を行う。

「はい、浅間です。え? え? 点蔵君が? ……はい。……はい。

…………直ぐに向かいます」

 どうしたんだ? と思っていると浅間が表示枠を閉じ、此方に向く。

 浅間は頬を引きらせながら言う。

「点蔵君が岡崎城で間者を捕まえるついでに痴漢して捕まったそうです」

 

***

 

ふーむ、なんでこうなったので御座ろうか?

 そう点蔵は座敷牢で正座しながら考えていた。

 なんだか随分と無用心な間者を見つけ、確保したまでは良かった。

会議の場に落ちた後衛兵が駆けつけ、間者が取り押さえられた。

事情聴取のため自分もついて行き別室待機していたが突然衛兵が入ってきてこう言われた。

「あ、君。痴漢で逮捕ね」

━━別に悪意は無かったんで御座るがなー。

 メアリが釈放の手続きをしてくれているので、もう直ぐこの牢からは出る事が出来るだろう。

 問題はその後だ。

 釈放手続きは浅間神社経由で行われる。つまり自分が痴漢をしたという誤報は外道どもに知らされる。

 血の気が引いた。

い、いっそこのまま牢に篭ってようか。

そう思いながら座敷牢をまじまじと見る。

 この座敷牢は元々岡崎城にあったものを回収したもので檻は木造で上手くすれば鍵穴に手が届くように見える。

しかしそれはあくまで視覚上のもので実際には術式が壁状に張られており迂闊に触れば隣の牢で少し焦げている少女のようになる。

 というかさっきから蛙が潰れたような体勢をとったままで御座るが大丈夫だろうか?

「おーい、生きてるで御座るかー?」

 少女はむくっと頭だけを此方に向け不機嫌そうな表情をする。

「うるっさいわねー、この変態」

「簡単に見つかってしまうような間抜けな間者に言われたくないで御座るよー」

 今にも噛み付きそうな表情で此方を睨んでいる少女をまじまじと観察する。

 茶色い髪に茶色い瞳、背中に生えている翼を見るに天狗族、それも鴉天狗だろう。

その上で少々間抜けであったが一応忍び。

自分の事をフリーのジャーナリストと言っていたが恐らく真田の手の者で御座ろうな。

「さ、さっきから何見てんのよ?」

「76、やや小振りといった所で御座るな」

 此方の視線が胸に向かっていることに気がつき、牢越しに掴みかかろうとする。

 しかしまたもや術式に触れ電流が流れる。

「ひぎぃ」と何ともいえない声を出して再び大の字に倒れた。

 いやー、普段弄られてるから弄る側は新鮮で御座るなー。

と思っていると奥の扉が開く。

 帯刀した番兵が入って来ると牢の戸を開けた。

「釈放だ。お前さんの仲間たちが迎えに来ているぞ。よかったな」

 むしろ悪い気がする。

 とりあえず番兵に礼を言うと牢から出る。

 番兵は此方に一瞥すると奥の牢を開けた。

「彼女を釈放するので御座るか?」

「ああ、彼女は“ジャーナリスト”なんだろ? だからこの後の家康公の宣言に参加させるんだとさ」

 成程、あえて泳がせて更にその裏を探ると言う事で御座ろうな。

 指示を出したのは恐らく服部半蔵だろう。

彼は同じ忍びとして見習うべきところが多い。

「うわ、こいつなんで気絶してんだ?」

 番兵が此方を見ると、足元で潰れている少女を指差した。

「悪いがこいつ連れ出してくんねーか?」

 

***

 

 浅間智は岡崎城の地下牢前で弓を持ちうろついていた。

何という事ですか、何時かは出るんじゃないかなーと思っていたがついに犯罪者が出てしまった。

 さっき遊撃士に自分達の正当性を認めさせると誓ってしまったその直後のこの失態。

どうしましょうか?

「とりあえず一発ズドンと行くべきでしょうか……?」

「いやいや! 浅間、とりあえずメアリに聞こうぜ」

 隣のトーリに言われ浅間は頷く。

そうですよね! いきなりは酷いですもんね! とり合えず話を聞いて、それから威力を決めましょう。ええ。

「で、だ。実際のところどうなんよ? あいつマジで痴漢したの?」

 トーリに聞かれメアリは首を横に振る。

「点蔵様は岡崎侵入した間者を追うといって、屋根裏から追いかけてその後捕まってしまいました」

・銀 狼:『どう思いますの? 正直第一特務がそこまでの変態だとは思っていませんが……』

・天人様:『英国王女が庇っている可能性もあるんじゃない?』

・金マル:『いや、メーやんに関してはそれは無いんじゃないかなー』

 ともかく後は本人に聞いてみるしかありませんねー。

「それに」とメアリが言葉を続けた。

「牢屋に入ってから点蔵様、凄くおちんこだしてましたし」

・● 画:『ないわー。まじないわー』

・ウキー:『何をやっておるのだあの男は……』

やっぱりありったけの浄化術式ぶち込むべきでしょうか?

 そう思っていると地下牢から点蔵が出てきた。彼は背中に少女を背負っており、此方に気がつくと頭を下げた。

「ついに拉致までしたか!!」

「違うで違うで御座るよ!! というか浅間殿!? 笑顔で弓を構えない!!」

「とり合えず事情を説明してください? それから撃ちますから」

「撃つ事前提!?」と抗議の声を上げるが無視で。

 点蔵はがっくりと首を下げると、背負っていた少女を地面に座らせる。

「とりあえず、まずは岡崎に行った辺りから━━」

 

***

 

「━━━━ということで御座るよ」

 今までのことを一通りに話すと周りを見る。

う、嘘は言ってないで御座るよ!

 内心の冷や汗を隠しつつ話していたが正直心臓に悪い。

何せ先ほどから浅間が笑顔のまま弓を構えているのだ。

「う、ん? ここは……」

 その声に振り返れば先ほどまで伸びていた少女が目を覚ます。

「大丈夫で御座るか?」

 少女は暫くぼーっとしていると、周りを確認する。そしてややあってから目を見開き此方を指差した。

「誘拐犯!?」

「だから何でそうなるんで御座るか!!」

「あー、ちょっといいか?」

 自分と少女の間に正純が割り入ってくる。

少女が不審そうな目を正純に向けると彼女は頷いた。

「私は武蔵アリアダスト教導院の副会長、本多・正純だ。お前はさっき気を失っている間に釈放されたんだ。“ジャーナリスト”なんだろ?」

 少女は暫く固まった後、慌てて立ち上がる。

「え、ええ。そうよ! 私は姫海堂はたて、フリーのジャーナリストよ。

今日は家康公が重大な発表をすると聞いて岡崎城に来たんだけど、どうやら間違ったところから入ったみたいでね!!」

「苦しいで御座るなー」

 キッと睨まれる。

「ではえぐれほたて様はこの後の発表に参加されるので?」

「ええ、そうよ……て、おい。人の名前を勝手に魚介類にするな!」

 ホライゾンが親指を立てて頷き、少女は額に青筋を浮かばせる。

━━いきなりホライゾン殿との会話は難易度高いで御座るよなー。

まずはネシンバラ殿辺りからで御座ろうか? そう思っているとこの場にそのネシンバラが居ない事に気がつく。

 確か彼もこの後の事に参加するはずだが。

「ところでネシンバラ殿は?」

「ああ、ネシンバラとはここで待ち合わせする手はずになっているんだが……」

「あ! あれ。ネシンバラ君じゃないですか?」

 浅間が指差す方を見ると、ちょうど二人の男女が正門を潜るところであった。

一人はネシンバラでどこかやつれたような印象を受ける。

もう一人は白衣を着た少女で彼女は此方を確認すると一礼した。

「やあ、久しぶりだね」

「シェイクスピア! 来てたんですか」

 浅間にそう言われシェイクスピアは頷く。

「外交官の護衛としてね。そのついでに武蔵を見学していたんだ」

「なるほど。ところで何かネシンバラの様子が変なんだが……?」

 ネシンバラは疲れきった笑顔で此方を見る。

「はは……うん……いろいろあったんだよ……いろいろ……」

 何というかこの二人の関係は相変わらずだ。

彼女とはよく通神していたみたいだが、実際に会って“いろいろ”と大変な目にあったようだ。

 その事にはたてを除いた皆苦笑していると、天守の方から榊原康政がやって来た。

「おい! お前達! そろそろ始めるぞ! さっさと大広間に行かんか!」

 「もうそんな時間か」と正純が時計を確認すれば時刻は既に二時半を過ぎている。

康政は「急げよ」ともう一度言うと、今度ははたての方を見た。

「お前さんは記者なんだろ? ならお前さんも準備をした方が良い」

「え、ええ。分かったわ」

 そう言い終えると康政は大広間の方に戻る。

 「さて」と正純が言い、大広間に方に向かうとそれに続き他の皆も続いた。

 

***

 

 大広間には徳川家の重臣が集まっており、その中に武蔵の総長連合の姿も見える。

その端のほうには英国の外交官が参加しており、集団の背後では大型の撮影機材が設置され多くの報道陣が集まっている。

 その報道陣の中に姫海堂はたてはいた。

 彼女は集団の最後尾におり、携帯式通神機を開きながら周りを注意深く探っていた。

 最後尾の報道陣の中には西側の大手紙『クロスベル・タイムズ』の記者や、自分と同郷と思われる鴉天狗もいる。

それだけ徳川が注目されているという事であろう。

 しかしよく見れば新聞記者には思えないような連中も混じっている。

 そちらは同業者だろう。

 記者と偽り徳川の情報を自国に持ち帰る。所謂忍びの者という奴だ。

無論徳川もそういった連中が混じっている事は気がついているだろう。

そういった連中を気にせずに今回のような大衆向けの発表を行うというのは。

━━大した自信ね。

 情報を持ち帰られる事を気にせず、寧ろ自分達を各国に売り込もうという魂胆だろう。

恐らくだが自分が保釈されたのも同じ理由だ。

それに持ち帰れる情報は大したことの無いものばかりだろう。

 以前、徳川の機密を探ろうと徳川の通神網に侵入しようとした者が居たが浅間神社が構築しているセキュリティーが非常に堅牢で、結局突破できなかった。

 かといって岡崎城に侵入するにも城にはあの服部半蔵がいるため、それこそ命がけになる。

 やはり狙うとしたら武蔵か?

 そう思っていると大広間の上座に徳川家康が現れた。

彼の背後には黒い長い髪を前で結った侍女服姿の自動人形がおり、事前情報によれば彼女の名前は“曳馬”だった筈だ。

━━彼女が公衆の面前に出たって事は、もう直ぐ例の特務艦とやらが完成するという事ね。

 家康が上座に座ると大広間にいた者達が一斉に頭を下げる。

 家康はそれに頷くと背筋を伸ばした。

「本日集まってもらったのは他でもない、我々の次なる目標を宣告するためだ」

一息入れる。

「既に察している者もいるだろう。

そう、我等が次に向かうは伊勢。そこを支配している北畠家をを攻略し、伊勢を手中に収める。

既に武蔵の会計たちが伊勢に入り、北畠との交渉の準備を行っている。

この交渉次第によっては戦になるやもしれぬ。皆、その事を念頭に備えてくれ!」

 徳川の家臣団が頭を下げ、その後姿勢を正す。

「もう一つ言う事がある。暫くの間彼女を武蔵に乗せる。就任はまだ先だが事前に実戦経験を積ませるためだ」

 そう言い家康が振り返ると“曳馬”が頭を下げた。

「お初にお目にかかります。特務艦曳馬艦長予定“曳馬”と申します」

 彼女が頭を上げると彼女の前に表示枠が開き“武蔵”が映る。

『貴女の乗艦を歓迎します━━以上』

 家康はその返事に満足そうに頷くと、家臣たちを見た。

「それではこれから三日間、忙しくなるとは思うが皆宜しく頼む!」

 家康のその言葉とともにその場は締めくくられた。

 

***

 

 他の記者たちより一足早く退出したはたては岡崎城の外で翼を広げ、上空へ舞い上がった。

 紅く染まった空から浜松の方を見れば武蔵がその白い船体を赤く染めている。

 その様子を見ながらはたては通神機を耳に押し当てた。

「……はい、はい。 とりあえずこっちに残ってみるわ。昌幸さんへの報告は任せたわね。椛。あ、あと佐助さんに武蔵の詳細データ送ってもらうように頼んで。

ええ、ありがとう」

 通神機を閉じ、はたてはゆっくりと溜息をつく。

これから忙しくなりそうだ。

 まずは武蔵に乗り込まないとね……。

そう心の中で頷くとその黒い羽根を大きく広げる。

 そして羽ばたく。

 秋の夕闇に鴉の羽が舞った。


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