緋想戦記   作:う゛ぇのむ 乙型

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~第六章・『対岸の働き手』 さて、どうしようか? (配点:水軍)~

家康が伊勢攻略を宣言した次の日の朝。

 大きな館の会議室にシロジロ・ベルトーニとハイディ・オーゲザヴァラーは居た。

 部屋は西洋風で床には絨毯がひかれ、天井にはシャンデリアが設置されている。

部屋の中央には木造の長机が置かれており、幾つもの猫足の椅子が並べてある。

 二人はその椅子に座り、反対側には5人の男達が座っている。

 男たちの年齢はバラバラで中には動くのもやっとな老人もいた。

誰もが高そうな衣服を着ており、只者でない事は子供でも分かる。

 「さて」とシロジロが声をあげ、背筋を伸ばす。

「今日皆様に集まっていただいたのは他でもない、徳川の伊勢侵攻についてだ。

皆様には現在の伊勢当主、北畠具教公の説得を手伝って欲しい」

 小柄の男が手を上げる。

「具体的には……?」

「“伊勢商会連合は徳川と戦をする場合、北畠とのあらゆる交易を中止する”という声明を上げてもらいたい」

 次に口を開いたのは恰幅の良い男だ。

「我々が声明を上げる事に対する利点は? 貴様も商人なら分かると思うが、長年良好な関係を結んでいた商売先を裏切るのは我々の信頼を失う事になりかねん。

それに見合うだけの利益はあるのかね」

 当然そう言うだろう。

商人ならば損得で動くのは当然だ。自分達が損をするのなら動かず、見合うだけの利益があるならば友をも裏切る。

それが商人だ。

 ならば簡単だ。北畠家から徳川家に乗り換えるのに見合うだけの利益を提示すればいい。

「諸君等が我々に協力するのならば浜松での商業権を与える。

これがその証明書だ」

 机の上に証明書を置く。

そこには伊勢商会連合に浜松での商業権を与えるという事が書かれており、徳川家康の名も直筆で書かれていた。

 伊勢の商人にとって浜松で商売を出来るようにするという事は伊勢湾を支配するという事だ。

交易の重要地である伊勢湾を掌握できればそれだけ他の商会よりも儲ける事が出来る。

 商人ならば喉から手が出るほど欲しいものだろう。

 神経質そうな男が眼鏡を掛け、証明書を受け取ると慎重に読み始めた。

そして一通り読み終えると、証明書を机に置く。

「ふむ。確かなようで」

「だいたいの事は把握した。ようするに徳川は伊勢が無傷で欲しいのだろう?

だが北畠家が徹底抗戦を訴えた場合、この伊勢は火の海になるじゃろう。

だからこそ、わし等を味方につけ戦わずして伊勢を攻略する。

違うかね?」

と声をあげたのは初老の男だ。

「Jud.、 伊勢が失われる事は商人全体にとっても損失だ。

我々はそれを防ぎたい」

 そう言い、頭を下げると五人の男達が沈黙する。

すると先ほどまで黙っていた男、五人の中で中央に座り紅いマントを肩に掛けていた男が口を開く。

「それで? お前達にどれだけの利益がある?」

 「ほう」と内心で頷く。流石は伊勢の商人頭、目先の利益に囚われず此方の真意を聞いてきた。

「北畠家を徳川が攻略しやすくする。それでは不満か?」

「ああ、不満だとも。それでは徳川の得になってもお前達徳川の商人の得にはならん」

 当たり前だ。国が儲かっても自分達が儲からなくては意味が無い。

 徳川の商人が徳川に協力するだけの利益を教えろ、という事だ。

「では、言おう。本当ならば伊勢支配後になるべく此方が有利な条件を押し付けて伊勢に流れる食料を格安で買い占めようと思ったが、バレてしまっては仕方が無い!」

「き、貴様!」と立ち上がる神経質そうな男を、商人頭が手で制すると目を細める。

「食料とな? 売るのであれば武具が定番であろう?」

「定番ならな。だが我々はもっと大きな商売を考えている」

 眉を動かし、続きを促してくる。

「いいか、今東北では怪異により急激に寒冷が進み農作業が出来ない。

同じく関東も怪魔の出現が非常に高いため農耕地を確保するのに苦労している状態だ。

そこで我々は食料を東側に安値で売る事である物を買い占めようと思っている」

「結晶石だな」

「Jud.、 東北地方で多く採れるこの世界特有のこの鉱石は流体を閉じ込める性質を持っているのは周知の事実だな。

そのため西側で普及が始まっているエニグマに装備するクォーツの代替品として非常に注目が集まっている。

そこで東北の商人から結晶石を買い、“安全”な伊勢湾経由で西側に売る」

「待て」と声をあげたのは恰幅の良い男だ。彼は表示枠を開き、地図を出すと琵琶湖周辺を映す。

「安全な交易路というならば敦賀港もそうなのではないか?

お前達が商売を始めれば近畿の商人たちは敦賀周りで同じ事をするはずだ。

それでは利益が分散してしまう」

 誰かが新しい商売を始めればそれに倣うのは当たり前の事だ。そして多くの人間が模倣する事によって利益が分散し、画期的に見えた商売も普通のものになる。

競争社会において利益を独占するというのは非常に困難な事だ。

 だがそれは模倣するための手段がある場合に限る。

「その心配は無い。なぜなら敦賀一帯は今後最も危険な航路になるからな」

 どういうことだ。と商人たちが眉を顰める。

「現在敦賀湾を支配しているのは朝倉家だ。そしてその朝倉家はP.A.odaと敵対している。

織田は朝倉の交易を妨害するだろうし、敦賀港が織田の手に渡れば他国の介入を嫌う織田は敦賀湾を封鎖するだろう」

 事実織田が交易している相手は同盟国である徳川のみだ。

織田の要請で鉄などを売っているが、その内情は全くと言って良いほど判明していない。

「仕組みは分かった。我々も利益があるのなら協力は惜しまない」

 商人頭がそう言うと商人たちが背筋を伸ばした。

 伊勢商会連合の協力は取り付けた。後は。

「では、利益の取り分を決めよう」

 商人頭が頷く。

「今回の商売は徳川の商人の発案だ。よって、7・3」

「食料を集めるのは我々だ。我々がいなくては商売にならん。6.5の3.5。我々が六割五分」

「その食料を売るのは誰だ? 我々は北条の商人とも懇意にしている。6.5・3.5」

「食料のみではなく徳川向けに安値で鉄を売ろう。6・4」

「では、あえてもう一度言おう、この商売は我々の発案だ。徳川6の伊勢4」

 手打ちだ。

 これ以上は商売として成り立たない。

 商人頭は「ふむ」と頷くと手を差し出す。

「それで行こう」

 此方も手を差し出す。そして机の上で握手をした。

「それでは、良い商売を」

 そう言い商売用の笑みを浮かべる。それに対し商人頭も笑みを浮かべた。

 

***

 

 交渉を終えたシロジロたちは商館から出ると外のまぶしさに目を細める。

 伊勢の町は活気付き、多くの人々が道を行き来している。

ある者は商人風の出で立ちで、またある物は武具を背負っている。おそらく傭兵だろう。

 伊勢は堺に次ぐ商業都市として発展しており、様々な店や種族の集まる町となっている。

嘗て聖連の支配を跳ね除けた事があるためか魔女向けの店が堂々と看板を立てていたり、道の端では傭兵の募集を行っている店もある。

 また大通りには遊撃士協会の支部も見える。

 一つの町に遊撃士と傭兵が存在しているのはこの町くらいだろう。

「結構粘られちゃったね、シロくん」

 隣を歩くハイディに言われ首を横に振る。

「この程度は予想済みだ。寧ろさっきの商談で伊勢の商会が信頼に足ると分かった」

「大きな商売になるからね。相棒は慎重に選ばないと。

ところで次は北畠家との会談でしょう?」

 今日は早朝に伊勢商会連合との商談。そしてそのまま北畠家との会談となっている。

「Jud.、 この後の会談次第では戦いになるかどうかが決まるな。

私としては伊勢に損害を与えたくない。

北畠具教が懸命な判断をすればいいが━━━━」

 そう言い振り向いた瞬間、肩をぶつけた。

「きゃ」

 肩にぶつかって来た人物は尻餅を付き「あいたたた」と声を上げる。

「すまない、前を見ていなかった」

 そう謝罪し手を差し伸べるとその少女の容姿に目が行く。

 少女はセミロングの桃色の髪を持ち、紅い中華風の導師服を着ていた。

そして何よりも目を引くのは右腕全体に巻かれた包帯だ。

 怪我か? と思っていると少女は立ち上がった。

「いえ、私も余所見をしていました。申し訳ありません」

 少女は一度頭を下げると、「それでは」と言い去って行った。

 その少女の後姿を見ながらぶつかった時の違和感を思い出す。

━━右腕の感触が無かったが……?

 只者では無さそうだ。少女の顔を記憶し、シロジロは再び歩き始める。

 もう一度振り返ったときには少女の姿は人ごみに消えていた。

 

***

 

 伊勢の大通りから離れた人通りの少ない場所に一軒の古い商店があった。

商店の前には狸の置物やら壊れた看板やらが無造作に積まれ、一見廃屋に見える。

皹の入ったガラス戸の横にはやはり汚れた木製の看板が立てかけてあり、そこには『香霖堂』と書かれていた。

 その香霖堂の中、戸を開けて直ぐのカウンターの前に一人の少女が立っていた。

 桃色の髪を持つ少女━━茨木華扇はカウンターに置いてある砂時計を反対にし、カウンターに戻す。

 暫く流れる砂を見ているとカウンターの奥の戸が開いた。

「お待たせしました」

 奥から現れたのは白い髪を持ち、青い服を着、眼鏡を掛けた青年だ。

彼は手に持っていた大き目の箱をカウンターに置くと華扇の方に押す。

 華扇は一度深呼吸をすると箱の蓋を外した。そして箱の中のものを取り出す。

それは先端がボクシンググローブになっている棒状の物体で、棒の部分にはスイッチがありそれを押すとボクシンググローブが射出された。

 飛んで行くグローブを半目で見ていると、青年が眼鏡を指で押し上げた。

「探していたものとは違ったかな?」

 グローブが窓に当たり窓が割れる。

「ええ、というか、これ河童製?」

「ああ、うちに置いてある“妖怪の腕”関係の物はこれくらいだね」

「そう」と言い、棒だけになった河童の腕を箱に戻す。

「しかし、どうして“妖怪の腕”なんて珍妙な物を探しているんだい?」

 と言い、青年は此方の腕を見た。

そして察したのか「失礼」と言うとカウンターの椅子に腰掛ける。

「伊勢の商会の方は? あっちならここよりもっと多くのものが流れてくるだろ?」

「そっちはもう行きました。でも収穫が無かったから、商会所属してなく誰も来なさそうでそれでいて怪しい品を扱っている店を探していたの」

「さらっと失礼だね、君は」

 そう言うと青年はカウンターの下から紙を取り出した。

「堺のほうから来たんだっけ? なら今度は浜松に行ってみるといい。

あっちにはちょっとした知り合いがいるから紹介状を書いてあげるよ」

「ありがとう御座います」と言うと青年は頷き、紹介状に自分の名前を書き始めた。

 そして“森近霖之助”と書くと紹介状をペンを此方に渡した。

 名前を書く欄に自分の名前を書くと礼を言い、ペンを返す。

「浜松に行くなら急いだほうが良いよ」

 そう言いながら立ち上がり後ろの棚から判子を取り出す。

「君も知っていると思うけど、もう直ぐ徳川が伊勢に来る。

戦になれば港が封鎖されるからね。

今朝も多くの商船が出航して行ったよ。浜松行きの船も今日の夕方には無くなる」

 判子を押し、紹介状が間違っていないかを確認すると紹介状を丸め紐で閉じる。

それを受け取ると先ほど割った窓の方を見る。

 弁償すべきかと思っていると霖之助は「ああ、構わないよ。どの道窓を替えようと思っていたし」と笑った。

 奇妙な店主だ。

 商売をする気はあまり感じられず、むしろ物を集める事を目的にしているように思える。

そういったところが自分の知り合いの魔女に似ている様な気がする。

 礼を言い店から出るとちょうど頭上を輸送艦が通過するところであった。

方向からして伊勢から筒井に向かう船だろう。

「浜松かあ」と呟く。

 浜松に望みのものが無ければ今度は関東に行こう。

確か関東には博麗神社があった筈だ。ついでに霊夢に挨拶して行くのも良いだろう。

 そう思い、早足で港に向かう。

正面を見れば二隻目の輸送艦が向かってきていた。

 

***

 

 伊勢を治める北畠家の主城『霧山御所』。その大広間に北畠の家臣達が集められていた。

 広間の中央には商人服を身に纏ったシロジロとハイディがおり、上座には三人の男が座っている。

 右側には初老の男が座り、不機嫌そうな目をシロジロたちに向けている。

また左側の青年はどこか落ち着きが無く、広間を見渡している。

そして中央に座る男は背筋を伸ばし、額に汗を浮かべていた。

「さて」と中央に座るシロジロが声をあげ、頭を下げる。

「本日はお日柄も良く━━━━」

「ふん、御託はいらん! さっさと本題に入らんか!」

  初老の男性が不機嫌そうに言うとシロジロは「Jud.」と頷いた。

「では単刀直入に言おう。北畠家は即刻徳川に降伏しろ」

 「侮辱するか!!」と家臣の一人が立ち上がり、刀に手をかける。

シロジロはそれを手で制すと中央の男性を見た。

「北畠家と徳川家の戦力差は明白、戦をする意味は無い。

また、降伏した場合北畠家は本領を安堵する。

逆に戦を行うというのならば伊勢商会連合は北畠家との一切の交易を取りやめる!

これがその証書だ!」

 横のハイディが紙を取り出す。

 中央の男が目で家臣受け取るように促すと家臣の一人が前に出た。

「スペアはちゃんと有りますから」

とハイディに言われ忌々しげに受け取るとそれを上座に持って行く。

 まず初老の男性が読み、中央の男に渡す。そして彼が読み終えると、最後に気の弱そうな青年に渡る。

最後の一人が読み終えると、中央の男が頷いた。

「……確かに」

 広間が静まり返る。

 中央の男は俯きながら額の汗を拭う。

 シロジロは服の袖をあえて大きく鳴らし、男を見る。

「さあ、北畠具教公! 恭順か、降伏か! 今が決め時だ!」

「い、一日! 一日待ってもらいたい」

 具教の言葉にシロジロは無表情になる。

 具教は真剣にシロジロの目を見ると頭を下げた。

「事は北畠家全体に関わる事。家臣たちと話し合う時間を頂きたい」

 広間にいた誰もが固唾を呑みシロジロを見る。

 暫くの間シロジロは沈黙していると、ゆっくりと頷いた。

「では明日の朝、再び交渉を行うとしよう。そしてその場において決める。宜しいか?」

「……忝い」

 具教はもう一度深く頭を下げるのであった。

 

***

 

 徳川の使者が退出した後、広間は喧騒に包まれていた。

 家臣は徹底抗戦派と恭順派に分かれ、それぞれの意見をぶつけ合っている。

 一人の家臣が立ち上がり、両手を広げる。

「いまこそ一致団結の時! 嘗て呉の孫権は家臣を結束させ寡兵でありながら赤壁の地で曹操の大軍を打ち破った! 我等もそれに倣うべきだ!!」

 その家臣に対抗する様に別の家臣が立ち上がる。

「それは孫呉には劉備という同盟相手と東南の風なる奇跡が有ったからであろう!! 同盟国も無く、奇跡など起き様もない戦をしてなんになる!!」

「貴様!! それでも武士か!!」

「無駄死にをする事が武士とでも言うか!!」

 互いが叫び、瞬く間に怒声が飛び交う。

 その様子を不安げに見ていた青年━━北畠具房は隣の具教にすがるように声をかけた。

「ち、父上~、ど、どうしましょう」

「それを考えている!」

 思わず怒鳴り、具房がおびえた様に身を竦める。

 恭順か戦か。

 北畠家の戦力では徳川に太刀打ち出来ない事は分かっている。

しかし戦わずに降りたくは無い。

自分とて武士。

たとえ勝ち目の無い戦だとしても最後まで戦い抜き、戦場で散りたい。

 だが、それでいいのだろうか? 

自分の我が侭に家臣たちを道連れにしてもいいのだろうか?

 先ほどの使者は言った。降伏するのならば領土は安堵されると。

戦わなければ全ては保たれるのだ。それこそが賢い道では無いだろうか?

 額の汗を拭うと、先ほどから黙っていた父━━北畠晴具が突然立ち上がる。

そして何も言わずに上座の奥に行こうとした。

「父上!」

 思わず呼び止める。

 広間から先ほどまでの喧騒が消え、家臣たちが此方を緊張した面持ちで見る。

 晴具は立ち止まり、此方を見ずに低く言う。

「儂は奴等に従うぐらいなら死を選ぶ。…………だが、当主はお前だ。お前が決めろ」

 そう言うとそのまま広間から出て行く。

 大きな溜息が出る。

「私はどうすればよいのだ…………」

 

***

 

 伊勢の町から少し離れた所、伊勢湾沿いに人工的な洞穴があった。

 洞穴内部には足場や小屋が建てられ、さながら港のようである。

その洞穴の足場を外に向けて歩いている大柄な男がいた。

 男は無精ひげを生やし、薄汚れた着物を胸元を肌蹴させ着ている。

洞穴から出ると太陽光のまぶしさに目を細め、胸元から煙管を取り出した。

「ったく、暇でしかたねぇ」

 大柄の男━━九鬼嘉隆はそう言うと煙管から煙を噴かす。

 統合争乱後、直ぐに元の部下達を纏め再び九鬼水軍を立ち上げたまでは良かったが、その後織田信長に売り込みに行けば既に自分の襲名者が織田艦隊の長になっていた。

 船の戦場は海から空へ変わっていた為、その変化に遅れた自分は織田を追い出された。

 今は北畠家の支援の下、商船の護衛を引き受けたりしているがどうにも刺激が足りない。

 やはり自分は根っからの戦好きのようだ。

 ふと、視線を航空艦用の大型港に向ければそこは天幕で覆われていた。

 あの天幕の向こうには自分が北畠家からの報酬で造っている“趣味”があるのだが、このままでは宝の持ち腐れだ。

 やや強めの風が吹き、天幕が少しめくれると黒い装甲が一瞬見える。

「北畠の連中が徳川と戦するってんなら一暴れ出来るんだがなぁ……」

 正直その可能性は薄いだろう。

 聞くところによれば徳川は降伏すれば本領を安堵すると言ったらしい。

何処まで本当かは分からないが勝ち目の薄い戦をするよりは全然良い。

 いっその事徳川に売り込もうかと思う。

 徳川には武蔵という超大型の航空艦が有ると聞く。

船乗りとして是非とも一度は目にかかりたいものだ。

 足場を降り、浜辺に出ると浜松の方を見る。

勿論ここから見える筈も無いが頭の中で武蔵を思い浮かべる。

そして

「あー、奪いてぇ」

 そんな良い船が有るなら奪って自分のものにしたい。それが出来ないなら撃沈して自分の武勇伝に加えるのも良いだろう。

「ま、戦になればだがな」

 戦になれば“趣味”を思う存分動かす事が出来る。

アレならば武蔵に遅れはとらないという自信がある。

もっとも一回だけ試運転しただけだが。

 ふと浜辺に建つ簡素な木造の見張り代を見ると、見張り台から赤い髪が垂れているのが見える。

「あいつ、またサボってんな」

 見張り台の柱に蹴りを入れると台がゆれ、上から何かが降って来た。

「きゃん!!」

 それは赤い髪を持ち、青い着物を着た少女で後転に失敗したような体勢で浜辺に埋まる。

「な、なにすんのさ!!」

「そりゃこっちの台詞だ! まーた寝てやがったな、小町!!」

 

***

 

「あいたたたた」

 そういい立ち上がると後頭部をさする。

 うん、瘤は出来てない。

「か弱い乙女の頭に瘤が出来たらどうすんのさ! 大将!」

 拳骨を頭頂部に喰らう。目の前に星が現れ、足元がふら付く。

「なーにがか弱いだ! テメェ何度目だ! 見張りの仕事ぐらいちゃんとしやがれ!」

「いやいや、大将。こんな辺鄙で寂れた場所に来る奴なんていないよ」

 嘉隆が再び拳を上げるので慌てて後ずさる。

「ぼ、暴力反対!」

 嘉隆は拳を下げると、深く溜息をつく。

「オメェの上司って奴は苦労してたんだろうな……」

「んー、どうだろうね。上司って言っても映姫様の下にはいっぱい部下が居たからねぇ。

それこそあたいより優秀なのが。

あんま気にしてなかったんじゃない?」

 統合事変の後自分は映姫様とも逸れ、途方に迷っておりとりあえず浜辺で昼寝していたら拾ってくれたのがこの九鬼嘉隆だ。

 むさ苦しくて少々乱暴だが行き場を与えてくれた彼には感謝している。

だからこそ今は九鬼水軍で働いているのだ。

「それにしてもその映姫様とやらを探さなくて良いのかよ?」

「会いたいかと聞かれれば会いたいけど、探しに行くかと聞かれれば行かないね。

向こうがあたいを探してるんだったら何時か会うだろうし、探してないんなら会えないだろうねぇ」

「冷めてんなぁ」と嘉隆は苦笑する。

 互いに探しあえばすれ違う可能性がある。その為、一箇所に留まるのが賢明だろう。

それに彼には恩義がある。

 それを捨てて探しに行く事は出来ない。

「ま、会えたら大将にも紹介するよ」

「ああ、期待しないで待ってるさ」

 そうだ。と思い見張り台に上ると、床に置いてある酒瓶と猪口を取り降りた。

そして砂浜に腰を下ろすと酒を注ぎ始める。

「オメェ、見張り中に飲んでたのかよ……」

「まあまあ、細かい事は気にしない」

 そう言い猪口を差し出せば嘉隆はもう一度溜息をつき腰を下ろす。

そして猪口を受け取ると一気に飲んだ。

「お、いい飲みっぷりだね! もう一杯行くかい?」

 猪口を此方に差し出す。

 飲むという事だろう。

 酒を注ぐ、こういうのは猪口ぎりぎりまで注ぐのが良い。

「それにしてもなんだか暇そうだね? 大将?」

「テメェに言われたくねぇよ」と悪態をつくと、あっと言う間に二杯目を飲み干した。

「オレも海の男だ。やっぱり自分の船で戦場を駆けたいって気持ちがある」

「人間ってのはなんで生き急ぐかねぇ? 短い人生だ、安楽に暮らしたほうが良いんじゃないかい?」

此方の言葉に「寧ろ短いからだよ」と笑う。

「人間の人生ってのは短い。それこそオレが生きていた時代は人間五十年ってくらいだからな。

だがだからこそ、何かを成して名を残したいってわけよ。

名を残せれば肉体が死んでも存在は遠く未来まで残る。

オレはそれで満足さ」

「まあ実際に死後神格化された人間はいるからね。別に悪い事じゃないんじゃないかい?

あたいは応援するよ」

 「死神に言われてもなー」と嘉隆は苦笑した。それに釣られ自分も笑う。

 この九鬼嘉隆という男は変わった奴だ。小野塚小町という女が死神だと知っても何も臆せず接してくる。

それどころか初めて会ったときには「あ? 死神? 関係ねぇよ、何せオレには海の神がついてるからな。んなもん怖くねぇよ」と言って大笑いしたのだ。

 幻想郷にも死神を恐れない人間は居たがやはり極少数だ。

 それなのにこの男やこの男の部下達は自分を家族のように迎え入れてくれた。

男所帯のせいで少々スケベなのが問題だが此方の嫌がることはしてこない。

というか何時の間にか“姐さん”とか呼ばれ始めている。

「さて」と言うと嘉隆は立ち上がった。

「オレは今から霧山行って会議だ。テメェもさっさと仕事に戻れよ」

「徳川の件かい?」

と言いながら此方も立ち上がる。

「ああ、戦争するかどうかで揉めてるらしい」

 戦争と言う言葉に眉を顰める。

 戦になれば人が死ぬ。死神として多くの死者を送って来たがやはり身内が危険に曝されるのは嫌だ。

「そんな顔すんな。死神だろ?」

「死神でも嫌なもんは嫌だよ。それにこの世界で死んだらどうなるのか分からないしね」

 最悪転生できずに魂が消滅する可能性だってある。

 魂の消滅は死よりも重い。

 映姫様なら何か知ってるかなー。と思っていると港のほうから男が駆け寄ってきた。

男は随分と慌てた様子で時折砂に足をとられて転びそうになっている。

「た、大将! それに姐さん!! 大変でさぁーっ!!」

「どうした! 何があった!?」

 男は一旦深呼吸をすると此方を見た。

そして大きく頷くとゆっくりと口を開く。

「織田が聖連とぶつかりやした」


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