突然に生じた背後からの砲撃。
前進中であった聖連艦隊はその陣形を崩していた為、大混乱に陥っていた。
ある船は急停止した所を狙い撃ちにされ撃沈し、またある船は旋回を行おうとしたところに砲撃を受けバランスを崩し、並行していた船と激突した。
そして2隻は一つの塊となって大地に墜ちる。
その動きに乗じて織田艦隊は前進を始め、挟撃を行っていた。
━━不味いな。
空の戦況も不味いが自分の状況も不味い。
既に内燃排気は尽き掛け、雷切の流体燃料は枯渇した。
対して敵は今だ無傷。
余裕を見せながら此方を窺っている。
「どうしたよ? 西国無双! もう終いか?」
「なんのこれしき。今はどうやってお前を倒すかを考えている所だ」
そう言うと勝家は愉快そうに口元を歪める。
「そうかい、なら。かかれ! 瓶割!!」
「!!」
加速術式を展開し、横に跳躍する。
その僅か後、自分が立っていた場所は粉々に砕け散った。
神格武装・瓶割。
神格武装・蜻蛉切の兄弟武装であり、刃に映した対象を割砕する能力を持つ武装だ。
噂には聞いてたが之ほどまでとは。
それに使い手も凄まじい。
一見力に主体を置いているように見えるが、瞬発力や反射神経も凄まじくこの柴田・勝家という鬼には弱点が見当たらない。
「こういうのには弱点があっても良いと思うのだがね……!」
着地した地点に落ちていた槍をつま先で蹴り上げ、掴むとそのまま勝家の顔目掛けて投げつける。
それに対し勝家は屈むと、そのままの体勢で跳躍を行う。
「!!」
早い! あっと言う間に距離を詰めれる。
鬼は拳を振るい此方の胴を抉ろうとして来た。
腕を捨てるか!?
右手の雷切を槍を投げた体勢で止まっている左手に投げ渡すと、右腕を胴の前に置く。
鬼の拳が右腕に当たり、腕の装甲が砕ける。
「ぐっ……!!」
皮膚が裂け、血が噴出し、骨が砕ける。
殴られた衝撃を利用し、加速術式で大きく後ろへ跳躍する。
腕からは痛みすら消え、指一本すら動かない。
「利き手がやられちゃあ、お終いだろう」
「ふ、まだ左腕が有るさ」
そうだ、左腕はまだ動く。まだ戦える。
荒い息を整えつつ雷切を構えると勝家も瓶割を構えた。
━━逝くかっ!!
敵に対し大きく踏み込もうとした瞬間、背後が赤く光った。
何事かと後ろを振り返ればそれは赤い閃光弾だ。
「━━撤退か」
どうやらこの戦、負けたようだ。
航空艦隊は後方に出撃した鉄鋼船を抜け、後退している。
「時化ちまったな」
勝家の声に振り向けば、既に先ほどまでの戦意を失っていた鬼が気だるげに立っている。
「此度の戦、俺の負けだ」
「そうだな」
だが。
「だが、次はお前の首を獲ろう」
勝家はその言葉に「はん」と笑うと瓶割を地面に突き立てる。
「馬鹿が! 次がテメェの最後だ!!」
そう言い、こっちを追い払うように手を振る。
そんな鬼に対し一礼すると最後まで残しておいた加速術式を使い撤退する。
後には砕けた大地と鬼だけが残った。
***
「━━以上が戦いの詳細で御座います」
夕焼けの赤に染まる天守で忍び装束を着た男が徳川家康に頭を下げた。
家康は表示枠を隣に開きながら座っており、大きく溜息をつく。
「そうか……信長殿が勝ったか」
そういい目を一度瞑ると頷く。
「半蔵、ご苦労であった。引き続き織田の監視、頼んだぞ」
「御意」
半蔵と呼ばれた男は頭を下げ、下がると夕闇の中に消えた。
後に残った家康はもう一度大きく溜息をつくと表示枠に映る“曳馬”を見る。
「正直なところ、織田には負けて欲しいと思った」
『何故でしょうか? 信長様は家康様にとって盟友とも言えるお方。
戦勝を祝うべきでは?』
「そうだな……盟友でいられればだがな」
その言葉に“曳馬”は首を傾げる。
「織田信長は稀代の英雄だ。しかし英雄は二人並び立つ事を許さない」
『このまま我々が勢いを伸ばせば織田とぶつかると?』
「そうだ。必ずそうなるだろう。そして織田と戦えばただでは済まない」
“曳馬”は『成程』と頷くとこちらを見る。
『舞台に上がった事を後悔しておられるので?』
「どうだろうな……」
本当にどうなのだろうか? 自分は後悔しているのか? それとも……。
ふと武蔵の総長の顔が思い浮かぶ。
彼ならばどう思うだろうか? 彼も何かを後悔しているのだろうか?
そして後悔の上に進まなくてはならないのなら。
「ところでそっちはどうだ?」
『……話を逸らしましたね。此方は浜松で武蔵への乗艦手続きを済ませ、“武蔵”様より送っていただいた武蔵の情報をインストールしている所です。
正式な乗艦は明日になります』
「そうか、“武蔵”殿たちと上手くやれると良いな」
『Jud.、 実戦に向け多くの情報を得る必要が有りますからね』
そうでは無い、と苦笑し首を横に振る。
「自動人形のお前には理解できないかもしれないが、人間関係を得ることは情報を得ることよりも貴重だ。人の輪に積極的に入って行け」
『人間関係……人は城、という言葉ですね。しかし私は城には人より高性能な武装が重要だと判断します』
「今はそれで良い。何れ分かる日が来る筈だ」
『はあ……』と小首を掲げる“曳馬”に微笑むと、真剣な表情に戻す。
「ともかく、明日の最終交渉次第によっては北畠家と戦になる。お前にとっては初の最前線だ。己の務めを果たすように」
『Judgment.』
“曳馬”が頷き、表示枠が閉じられる。
静けさが戻った天守の中、家康は赤い夕日に目を細めた。
***
生徒会室で“曳馬”の乗艦手続きの資料や、次の戦いに向けての人員配置の資料を製作していた本多・正純は岡崎から送られてきた近江での戦いの顛末を見ていた。
報告を閉じ、窓から差し込む夕日に目を細めると表示枠を開く。
「突如背後から現れる艦隊か━━━━厄介だな」
『そうだね』と応えるのは表示枠に映るネシンバラだ。
『そんなことが可能なら、今までの戦略という戦略が意味を成さなくなる。
だってそうだろう? 何時でも何処でも現れる援軍だなんて対処の仕様が無い。
まさに戦争におけるチートってやつだね』
そうだ。そんなことが可能ならいくら思考し陣形を組んだとしてもあっと言う間に崩される。
「この件、どう思う」
『そうだね……。あくまで推論だけどいいかい?』
「構わない」と頷くとネシンバラは眼鏡を指で押し上げた。
一体今の行動に意味があったのだろうか?
『以前織田は物資を地脈間移動で運んでいたのを覚えているかい?』
「ノヴゴロドの時だな」
『Jud.、 あの時は流体変換できる無機物のみを運んでいたけど、何らかの技術や力を得て人員すら送る事が出来るようになったのかもしれない。
でもこれは可能性が低いと思う。
もう一つの可能性は空間移動だ』
「地脈間移動とは違うのか?」
『地脈間移動は地脈が繋がっている所、それも自分達が使ええるようにしてある地脈でしか使えない。
だけど空間移動は地脈に左右されず、何処でも移動可能だ。
例えば武蔵の場合、武蔵には地脈が無いから地脈間移動で敵が乗り込んで来るって事は有り得ないけど、空間移動なら瞬時に武蔵全艦に敵が出現する』
「そんなことできるのか?」
そんなことが出来るなら織田に勝てる国など存在しない。
なぜならそれは何時でも敵国の大将を暗殺できるという事だからだ。
『不可能ではないらしい。永江君から聞いた話では彼女達の世界にはそういったことが出来た大妖怪がいたらしい。
その妖怪は賢者とも言われ相当の切れ者らしいよ』
その大妖怪が織田に居る……か。
「対処は可能だと思うか?」
『もしその妖怪が元いた世界と同じ力を備えているなら勝ち目は薄いね。
でもそれはないと思う』
ネシンバラは『いいかい?』と一声入れる。
『この世界には色々と制限がある。代表的なものはこの世界を傷つけることは出来ないという事だ。
この世界を傷つける、つまりは地脈を切断したりした場合、世界そのものから報復を受ける。それはさまざまな方法で、最悪死に至る』
統合争乱直後、この世界から脱出しようとして地脈を弄り壊滅した集団がいると聞いたことがある。
そのため地脈の扱いはどの国も慎重だ。
『次に有名なのは強すぎる能力を持つものは、その力を制限されているという事だ。
比那名居君の力だって使えば反動を受ける。
もし空間移動のような力を使えば相当な消耗があるはずだ』
なぜ制限があるのか? 誰がそんなものを付けたのか?
いまだこの世界は謎だらけだ。
「つまりは連続しての空間移動は不可能だと?」
『Jud.、 何回できるのかは分からないけど、無限に出来るということは無いだろうね。
この事は浅間君とも相談して対策を練ったほうが良いね』
「分かった。ありがとう」
その後も暫し会話を続け、表示枠を閉じた。
すでに夕日は沈み、外は赤から黒へと変わっていた。
出しっぱなしだった資料を片付けると窓から星空を見る。
「まずは伊勢を乗り越えないとな」
そう言い、正純は頷いた。
***
日本の西方にある九州。その南端に位置する薩摩に英国が存在した。
英国は統合争乱後島津家を吸収し、同じく大友を吸収した三征西班牙と頑なに聖連の支配を跳ね除けている竜造寺とで九州を三分している。
島津家の内城は大規模な改修をされ、大半を西洋式の城砦に、のこりの一部分を極東式の城砦にしている。
また内城下は西洋側の影響を色濃く受けており、石造りの町並みが広がっており、夜の薩摩を照らしていた。
内城の中央、英国宮殿を模して作られた城の大広間に複数目の男女が集まっていた。
大広間の中央にある王座には長い金髪を持つ女性が堂々と座っており、その左右にはやせ細った女性と丸い女性が立っている。
王座の女性の前には赤い長絨毯が敷かれ、それを挟むように男女が立ち並ぶ。
「さて」
と王座の女性が声を上げ、広間の人々が一斉に女性の方を向く。
「諸君、よく集まってくれた。今日、諸君等“女王の盾符”と我が同胞達に集まってもらったのは他でもない、英国の今後を決めるためだ。ダッドリー、続きを」
そう言うとやせ細った女性━━ロバート・ダッドリーが前に出る。
「みみ、皆も知っていると思うが、ほほ、本日、聖連がP.A.Odaに敗北した。
こここ、このことを考え私達は進むべき道を慎重に決めなければいけない」
「ふふ、そんなの決まっているじゃない。英国にとって邪魔なものは排除すればいい、それが聖連であっても。そうでしょう? ベス?」
と言ったのは紫髪の少女の横に立つ、幼い少女だ。
赤い瞳に、薄めの青髪を持ち、背中から蝙蝠の羽を生やした少女は不敵に笑い王座の女性を見る。
「それとも妖精女王エリザベスともあろう者が臆したのかしら?」
「あああああ、貴女ねぇ!!」
憤るダッドリーを王座に座るエリザベスが手で征する。
「そう言うなレミリア。私とて万能ではないんだ、事を始めるにはそれなりの考慮と準備がいる」
「そう、貴女の中ではもう決まっているのね? なら文句は無いわ」
満足げに頷くとレミリア・スカーレットは元の位置に戻った。
次に前に出たのは黒人の男性だ。
「Lady、宜しいですかな?」
エリザベスは「構わぬ」と頷き男は一礼した。
「先の一戦で聖連の権威はもはや失われたも同然。六護式仏蘭西も聖連の意向を無視した動きを見せているとの事。
ならば我々もこのまま何もせず大波に呑まれる前に、此方から波に乗るべきでしょう」
そう言い終えると男は下がった。
エリザベスは頷き、一同を見渡すと大きく頷く。
「他に意見は? 無いのならば決を採ろう、一つはこのまま英国は様子を周囲の様子を窺う。つまりは現状維持だ。もう一つは我々は乱世という舞台に上がる。これはつまり聖連と敵対する事になる」
一息入れる。
「では、どちらかに挙手を━━━━」
そこまで言って止まる。
突然の静止に何だと大広間がどよめくとエリザベスは眉を顰めた。
「━━━━一人足りなくないか?」
その言葉に着物を着た男の横に立っていた軍服姿の黒髪の男が冷や汗を掻く。
そして彼は一歩前に出ると頭を下げる。
「女王陛下……」
「どうした? ミュラー? 顔色が悪いぞ。腹痛か?」
「いえ、そうではなく。今居ないのは……」
その瞬間大広間の扉が開かれた。
***
突然の来訪者にその場に居た誰もが固まる。
赤い絨毯の上を歩くのは、赤く派手な貴族服を着た金髪の男だ。
彼は手にギターを持ち、エリザベスの前まで来ると一度大きく礼をした。
そして不敵に笑うと演奏を始める。
「流れ行く 星の軌跡は
道しるべ 君へと続く
焦がれれば 思い 胸を裂き
苦しさを 月が笑う
叶うことなどない はかない望みなら
せめてひとつ 傷を残そう
はじめての接吻 さよならの接吻
君の涙を 琥珀にして
永遠の愛 閉じ込めよう
胸の先 映す 虹の橋
翔け渡り 君の元へ
求めれば 空に 溶け消えて
寂しいと 風が歌う
届くことなどない はかない願いなら
せめてひとつ 傷を残そう
はじめての約束 守らない約束
君の吐息を 琥珀にして
永遠の夢 閉じ込めよう」
歌い終え、大広間が静寂に包まれる。
男が周囲に礼をすると、まばらに拍手が起きた。
「御静聴ありがとう御座いました。おや、ミュラー君? どうしたんだい? そんな顔をしてぇ!?」
ミュラーが男の襟を掴む。
「何をしているんだ! お前は!!」
「いやぁ、麗しき女王陛下の晩餐に誘われたと聞いて色々と支度していたら遅れてしまってね。
だからせめてもと思って、歌を送ったんだが━━━━ミュ、ミュラー君!? ぼ、暴力反対!!」
ミュラーは大きく溜息をつくと疲れたように脱力する。
「オリビエ……今日は晩餐会じゃ無くて会議だと言っただろう……」
「晩餐会無いの!?」と驚愕の顔でエリザベスの方を見る。
「いや、まあ、この後予定しているが……」
そういわれるとオリビエはしたり顔でミュラーを見る。
「ほら、ミュラー君。僕の方が正しかった!」
額に青筋を浮かべるミュラーを無視し、オリビエはエリザベスの方を向く。
「それで、今後の方針だったかな英国女王」
「聞いていたのか?」
「ああ、実は割りと前から扉の前で待機していたんだが、なかなか飛び出す良いタイミングが無くてね。そうだ、ミュラー君。君の焦った顔もなかなか素敵だったよ」
満面の笑みで再び掴みかかろうとするミュラーを着物を着た男が止めているの横目にオリビエは真剣な表情になる。
「女王陛下、一つお願いがある」
「なんだ?」
「僕に関東まで出向く命を下して欲しい」
その言葉にエリザベスは眉を顰める。
「ああああ、貴方、遅れてきた挙句何を言っているの!?」
「遅れたことには謝罪を。僕が遅れたのは僕自身の問題であり、ミュラー君は無関係だ。
関東に行きたいといった理由は一つ、英国、いや西側の誰もが知りたい事を探るためだ」
「いいかね?」と言い、一度周囲を見る。
「誰もが薄々気がついている事だろうが、東側諸国。特に北条・印度連合は何かを隠している」
「何かを隠している、ですか……」
そう言ったのは水着姿の男だ。オリビエは彼に頷き。
「そうだ。彼の富士山崩落以来北条は富士山への立ち入りを全面的に禁じている。諸君等も知っていると思うが富士山一帯は現在博麗神社が管轄しておりその情報は一切外部に漏れていない。
だからこそ妙だ。何故北条は富士山を立ち入り禁止にした? 何故情報を秘匿する?
何故未だに北条は調査団を富士山に派遣している?
どうかな女王陛下?」
「ふむ」とエリザベスは思案する。それは自分も常々感じていたことだ。
異変に関する情報開示は義務であり、これはこの世界に住むすべての人々にとって重要な事だ。
「識者の話を聞こう。パチュリー・ノーレッジ、お前はどう思う?」
レミリアの隣に立っていた紫髪の少女、パチュリーは「そうですね」と思案顔をするとエリザベスを見た。
「情報が少ないので何とも……。しかし、富士山崩落と怪魔の出現は結びついていると思います。
もしかしたら北条は何か重要な、それこそ世界が引っくり返り兼ねない何かを見つけたのかもしれません」
そこまで言い、一旦レミリアを見、そしてオリビエの方を見た。
「妖精女王、私も彼に同行する許可を。調査をするなら知識を持つ者が同行するべきでしょう」
「パ、パチェ!?」
レミリアが慌てて声を上げる。
「何? レミィ?」
「いや、パチェが行っちゃったら私どうしたらいいのよ!? それにアンタ体弱いんだから長旅なんて無理よ」
パチュリーはやれやれと溜息をつくと、レミリアの肩にやさしく手を置く。
「貴女には咲夜がいるでしょう? 体力に関しても航空艦で移動するし、あの男もいるしね。頼っていいのかしら?」
「可憐な乙女の頼みとあらば」
とオリビエが気障っぽく言うとパチュリーは少し笑う。
まだ若干納得いかないといった感じのレミリアを宥めるとエリザベスの方を向く。
「ということですので私達に関東へ赴く許可を頂けませんか?」
エリザベスはやれやれと苦笑し、隣のダッドリーに目配せする。
それに対しダッドリーが無言で頷くと頷き返し、眼前に立つ二人を見る。
「では許可しよう。だが、お前たち二人では心配だ。なので、ミュラー・ヴァンダール」
「は!」
とミュラーは片膝を着き頭を下げる。
「お前には二人の護衛を命じる。異論は無いな」
「了解(ヤー)」と頷くミュラーを見、満足げに頷くと立ち上がった。
「では諸君、今一度決を採ろう。我等が進むべきは現状維持の道か戦いの道か、各々偽りの無い挙手を!」
その日、英国は聖連からの脱退を決定した。
この報は九州全土に瞬く間に広まり、九州が戦乱の渦に巻き込まれて行く事になる。
***
深夜の霧山御所。
夜の静けさに包まれ、遠くの伊勢の光が僅かに空を照らすのが見える北畠具教の寝室で具教は眠れずにいた。
布団の上に座り、刀を鞘から引き抜く。
寝室の照明に刃が照らされ、刀身には眉を顰めた自分の顔が映っている。
結局の所、今日の会議は最後まで平行線のまま終わってしまった。
明日の朝には全てが決まる。
戦か恭順か。
指で皺のよった眉間を触り、苦笑する。
今日は、ずっとこんな感じだな。
刀を鞘に戻し、床に置き、天井を見る。天井の板に浮かんでいる染みを見ながらもう一度大きな溜息をつく。
「今日で42回目の溜息だな」
気分転換をしようと立ち上がり、外に出る。
襖を開けると秋の冷たい風と淡い月明かりが体を照らした。
視線を空から下に移せば見覚えのある背中がある。
「父上、夜風は体に悪いですよ」
晴具は此方を向かず「構わん」と短く言った。
そんな父の隣に立ち、共に月を見る。
暫くの間、お互いに無言でいると晴具が「具房は?」と小さく言った。
「具房はどうしている?」
父は此方を見ない。
「息子は戦の反対のようです。夕方も私を訪ねてきました」
ふん、と小さく鼻を鳴らす父を横目に見ながら続ける。
「息子を軟弱者と思いますか?」
暫くの沈黙。
「ああ、軟弱者だ。武士の風上にも置けぬ」
「だが」と言う。
「…………正しいのは孫だろうよ」
ようやく父は此方に顔を向けた。その表情は自分と同じ用に眉間に皺が寄ったものだ。
「お前、眉間に皺が寄ってるぞ」
「父上もですよ」と返し、お互いに苦笑する。
「戦をしても何も得しない事は儂にも分かっておる。だが、どうしても嫌なのだ。戦わずして降る事が。
時代は変わった。空に船が飛び、巨大なからくり人形が戦場を制し、兵の数が戦場において最も重要となる。
武士の意地とは何とも儚い物よ」
そう言う父の表情は普段の強情さが失せ、何とも儚い物に見えた。
「徳川が言った本領安堵。あれは本当の事だろう」
「なぜそう思うので?」
「先の駿府の戦を覚えているな?」
父の言葉に頷く。
駿府の戦い。織田の稲葉山侵攻と同じく世界を乱世へと動かした戦い。
「あの時徳川は聖連に睨まれかねないにも関わらず今川義元を救った。
家康と志を共にする若造が言ったそうだ。“誰もが笑って暮らせる世を創る”と。
なんという綺麗事だ。この世を、ましてや乱世で生き抜こうとするならばそんな事が不可能であることを知っているであろうに」
徳川もそんなことは重々承知だろう。
“誰もが笑って暮らせる世を創る”というのは建前だ。
理想論を振りまき、味方を取り込んでゆく。そういうつもりではないか?
「だが、やるだろうなぁ。奴等は」
「なぜそう思うので?」
は。と父は笑う。今日はじめて見た父の笑顔だ。
「勘だよ、勘。儂ならそうする。
それだけあの愚かな若造が儂等には眩く見えるという事だ。
ましてやあの徳川家康なら後悔も多いだろうに」
後悔。
生前の後悔は自分にもある。しかし天下人の後悔とはどれ程のものか、自分には想像もつかない。
もし家康が後悔を乗り越えるためにやって来るのならば自分はどうすればいい?
どうする事が一番の正解だ?
「父上、私は━━」
そこまで言って父は首を横に振る。
「それは自分で決めることだ。昼も言ったが今の当主はお前だ。
お前が自分自身の意志で決めた事なら儂は最後まで付き合う」
父の言葉に頷く。
その様子を満足そうに見ると父は自分の部屋に向かって歩き出した。
「儂はもう寝る。具教、お前はどうする?」
「私はもう少し夜風に当たります」
「体を壊すぞ?」と言われ「若いですから」と返す。
父はそのやり取りに笑い、此方に背を向け手を振った。
「ではな」
父の背中が部屋に消えるのを見届けると、もう一度月を見た。
すでに答えは自分の中にある。
後は前に進む決心をするだけだ。
「私は、北畠家を守る」
そう言い、夜闇を照らす月に拳を振りかざした。