P.A.Odaと聖連が激突した次の日。
霧山御所の大広間に再び北畠家の家臣と武蔵の使者が集まっていた。
上座には先日と同じように北畠晴具とその孫具房が座っていたが中央の席、当主である北畠具教の席だけが空いていた。
会談の時間が近づいても現れない具教に広間がどよめき、具房は冷や汗を掻いていた。
ち、父上はまだなのか!?
まさか昨日の会談の後、結局どうするか決まらず部屋に引きこもっているのでは……?
いや、父に限ってそれは無い。
ともかく皆を落ち着かせなければと思い声を掛けようとした瞬間、武蔵の会計が口を開いた。
「随分と遅いですな具教公は。まさかとは思うがこのまま来ないという事は無いでしょうな?」
武蔵の会計の冷たい目で見据えられ、思わず身が縮む。
何か言い返さねばと思い口を開くが声が出ない。
背中に汗を掻き、膝の上で手のひらを広げたり締めたりしていると祖父がギロリと会計を睨む。
「余り儂の息子を見くびるなよ、異界人」
広間が静まり返る。
武蔵の会計は一度姿勢を正し、頭を下げた。
「軽言だった。申し訳ない」
その様子に祖父が不機嫌そうに横を向くと、後ろの戸から父・具教が現れた。
「ち、父上! 今まで何を!?」
父は此方を手で制すと中央の席に座る。
その表情には昨日のような迷いは無く、真っ直ぐに武蔵の会計を見る。
━━決意なさったのですね、父上。
自分も姿勢を正すと父が頭を下げた。
「まずは謝罪を。交渉の時間を引き延ばしてしまい申し訳なかった。これは私の優柔不断のせいだ」
そして頭を上げると腰に差してあった刀を手に持ち、床に立てる。
「一晩考え私は決めた。…………我々は降伏などしない!」
「ち、父上!?」
広間が一気に騒がしくなる。そんな中武蔵の会計は表情を変えず、父を見ている。
「それがどういうことか分かっているな? 戦になれば万が一にも北畠家は勝てない」
「無論承知だ。故に徳川家に提案したい」
「提案?」と会計が無表情のまま言うと父はそれに頷き。
「明日の正午、伊勢湾にて一度だけ徳川と戦をしたい。そこで我等が負けたならば降伏しよう、それで足りぬなら我が首を持って行け。
しかし、もし我等が勝てたなら」
広間から音が消える。
だれもが具教を見ていた。
「━━━━我々は徳川と対等な同盟を結びたい」
「それを受け入れられると?」
武蔵の会計の言葉に父は満面の笑みになる。
「受け入れられ無い場合、我々は伊勢に火を点ける。
私はその覚悟を持って今、ここにいる」
絶句した。
伊勢に火を点ける? そんなことをすれば北畠家の名は地に墜ちる。
家臣たちも戸惑い、困惑した表情を浮かべていた。
そんな中、先ほどまで黙っていた祖父がいきなり大笑いを始めた。
「よくぞ!! よくぞ言った!! それでこそ! それでこそ北畠家の当主よ!
伊勢に火を点けるなら儂に任せい! 盛大な花火にしてやろう!」
そして今度は家臣たちを見る。
「何を惚けた顔をしておる! お前たちの当主は決意したのだぞ? 確かに賢き道では無いかも知れぬ。
だが我等は何か? 農民か? 伊勢の商人どもか? いいや違う、武士だ。
この男は武士として、男として儂等に戦場という納得の場を用意してくれたのだ。之ほど嬉しい事は無かろう?」
「もし、納得がいかないのであれば北畠を去ってくれても良い。
だが、もしも私と同じく戦わずして降るのが嫌だと言うならばどうか、どうか力を貸してくれ」
父が頭を下げる。
広間は沈黙に包まれ誰もが動かない。
しかし、一人、もう一人と家臣たちが立ち上がっていく。
「応! 共に参りましょうぞ!」
「殿! 我等が殿!」
気がつけば広間にいた誰もが立ち上がり熱意の篭った目で父を見ている。
父はその様子に頷く。
「そう言うことだ。この由、岡崎の家康公に伝えてくれ」
武蔵の会計は一回目を閉じ、一息入れると頷いた。
「Jud.、 直ぐに伝えよう」
そして立ち上がる。
「具教公。次は戦場にて」
そう言い武蔵の会計たちは退出して行った。
***
どっと疲れが全身に押し寄せてきた。
言った。言ってしまった。
本当にこれで良かったのか? その疑問は今でもある。
しかしそれ以上に言ってよかったという思いがあった。
家臣達は自分の前に座り、期待を込めた目で此方を見ている。
「皆、これから忙しくなるぞ。まずは動かせられる船の点検に武器弾薬の調達。
そしてやる気のある兵をかき集めろ。
では頼んだぞ!」
「は!!」
家臣たちが一斉に動き出す。
武蔵の会計の言った通り、現状の戦力では徳川の艦隊に太刀打ち出来ない。
戦うのならば策を練らなければ。
「具房、納得していないとは思うがどうか父を手伝ってくれ」
「は、はい。私とて北畠の男。父上について行きます」
冷や汗を掻きながらも自分に従ってくれる息子に内心で礼を言う。
「伊勢の町に行き傭兵をかき集めて来い。金に糸目はつけん」
息子は頷く。
今度は父の方を見ると、父は立ち上がっていた。
そして此方に背を向けたまま言う。
「では儂は九鬼水軍に向かおう。艦隊戦ならば彼らの力は大きく役に立とう」
そう言い退出する。
何も言わず従ってくれる父に頼もしさを感じながらもう一度息子の方を見る。
息子は表示枠を開き、北畠家の資金を見ていた。
「具房よ。傭兵を雇う際に“彼ら”と連絡をつけたい。頼めるか?」
「“彼ら”」と言う言葉に具房は眉を顰める。
「“彼ら”を使うので?」
「ああ、その位しなければ勝ちに行けないさ」
息子は大きく頷き表示枠を閉じると広間から退出した。
そうして広間には自分だけが残った。
***
「テメェら!! 北畠の大将が戦争するって決めたんだ! 大仕事になるぞ!! 船の点検と整備を急いでやりやがれ!!」
北畠家が徳川家と開戦するという報は直ぐに九鬼水軍に伝わった。
隠れ港は普段の静かさとは打って変わり、あちらこちらで怒声や作業を行う音が聞えていた。
「大将!!」
声を掛けられ、振り返れば詰め所の方から小町が駆け足でやって来た。
「戦争するんだって? 何でまた急に?」
「ま、北畠具教は男だったって訳だ」
「意味分からん」と眉を顰めている小町の尻を一回叩くと「きゃん」と跳ね上がった。
「セ、セクハラだよ!」
「はは、テメェもぼさっとしてんじゃねーよ。例の船の最終点検、やっとけよ」
めんどくさ。と溜息をつくと小町は「あ、そうだ」と声を上げた。
「大将、戦いになったらあたいに小さい船と腕っ節のいい奴等貸してくれない?」
「どうするつもりだ?」
小町はにやりと笑うと豊満な自分の胸を叩く。
「あたいらは水軍だろう? だったら水軍らしくやろうかなってね」
「は! オメェも分かってきたんじゃねーか。おい! 腕に自身のある奴等集めな!」
「うす!!」と近くにいた男が頭を下げ、港のほうに走って行く。
その様子を見ながら小町は後頭部を掻く。
「でもさー、勝てるのかい? 徳川に? 相手の船の数はこっちより全然多いんだろ?」
「そりゃ徳川艦隊と正面からやり合えば勝ち目はねぇよ」
「え?」と小町が固まる。
「だがな勝つことと殲滅する事はちげーよ。俺らの目的は戦いに勝つこと。そして勝つには武蔵を落しちまえばいい。後は頭の良い奴が何とかしてくれるさ」
「成程ね、武蔵さえ落せば徳川の戦力は大幅に低下する。それをあたいたちの勝利とする……」
そうだ。そもそも勝てないことは皆分かっている。
この戦いは徳川を倒すための戦いではない。自分達の意地を証明する為の戦いだ。
港の方を見れば航空艦用の港に張ってあった天幕は外され、黒い双胴の船がその船体を陽光で光らせている。
九鬼水軍の旗艦とするべく建造した鉄鋼船“日本丸”。
北畠の支援と九鬼水軍の技術力を詰め込んだこの船は最新鋭の航空艦に引けを取らない自信がある。
黒い鉄鋼船は右艦と左艦の連結部の最終点検を行っており時折連結部の装甲が展開したり収納されたりしている。
そんな様子を見ていると浜辺の見張り台の方から部下が走ってきた。
「大将に客です!」
「おう、誰だ?」
そう言い部下の後ろを見れば馬から下馬している北畠晴具がいた。
晴具は下馬を終えると此方のほうに歩み寄り、頭を下げた。
「こいつぁ、北畠の大親父殿。こんな所に何用で?」
「うむ、既に戦になる事は知っているようだな」
そう言い晴具は港の方を見る。
「ええ、みんなやる気でさぁ。ここんとこ暇でしたからねぇ」
小声で「暇はいいことだよー」と言う小町を一睨みする。晴具はそんな此方を見て頷く。
「次の戦、お前たちを頼りにしているぞ」
「お任せを!」と自分の胸板を叩く。
晴具はもう一度「頼んだぞ」と言うと、此方を見た。
暫くの間何かを迷うようにしているとそっと目を閉じ、大きく頷く。
「実は頼みがある」
頼み? 次の戦に関してだろうか?
「頼みというのは次の戦で…………」
秋風に揺られ、波が岸にぶつかる。
港は戦に対する期待かのように波音と喧騒で包まれる。
***
午前の生徒会室、その中で大久保・長安は書類と格闘していた。
机の上には山積みになった書類が幾つもあり、不安定な形で聳え立っている。
これ等の書類の殆どは武蔵に関するもので武蔵の整備費、対空砲の設置費やその弾薬の費用といった物だ。
駿府の戦い以降、浜松での交易は大幅に減り徳川は財政難となった。
現在は少しずつ交易が再開されたおかげで建て直しつつあるがそれでも慢性的な財政難である事には変わりない。
現在も武蔵に搭載する武装や弾薬のリストを見て、何とか費用削減できないかやり繰りしている。
「早く伊勢が手に入ればいいんやけどなー……」
伊勢の財政力は魅力的だ。伊勢が徳川に加われば様々な問題が一気に解決するだろう。
その為の障害として北畠家がいるが、戦争にはならないはずだ。
北畠家にとって戦争する事にメリットは無い。寧ろ徳川に恭順すれば本領を安堵され、家は安泰になるのだ。
今朝、会計が交渉を行ったがその結果はまだ知らない。
だが恐らく北畠家は降伏しただろう。
聞けば北畠家は先日の交渉後意見が割れたらしい、反対派を無視した結論は出せないはずだ。
そう思い緑茶に口をつけようとした瞬間、戸が開かれた。
「御嬢様!!」
そう言って入ってきたのは加納だ。
自動人形の彼女は資料を倒さないように此方に近づくと、横に立った。
「なんや? どないした?」
「霧山御所での交渉が終わりました。北畠家は徳川家に対して条件付の戦争を提案。
家康公はこれを承諾しました」
固まる。
驚きのあまり手に持っていた湯飲みを落す。
「うわ、あ、あっつ! これあっつ!!」
加納に手ぬぐいを渡され、慌てて膝を拭く。
「な、なんでや!? なんで戦いになったん!?」
「Jud.、 北畠具教は明日の正午、伊勢湾にて徳川と一戦を交えそれの結果により降伏かを決めることにするようです。
なお、この条件が受け入れられない場合伊勢を燃やすとも言ってます」
古来から猫に追い詰められた鼠は猫を噛むというが、こんな方法で来るとは。
今の徳川にとって伊勢を失うのは戦で負けるよ事よりも大きい。
徳川としてはその条件を呑まざるおえない。
そして何よりの問題は……。
「加納……戦って、伊勢湾の上よね?」
「Jud.、 艦隊戦になります」
机に突っ伏す。
「ああ……弾薬やその他武装の費用が必要や……それに臨時用の装甲も……」
昨日から作っていた資料が全部無駄になった。
「とりあえず苦情や! 苦情! 副会長に苦情送ったる!!」
***
「うわ、大久保の奴、怒ってるなぁ」
自分に送られたメールの数を見て本多・正純は苦笑した。
とりあえず“ツキノワ”に削除するように頼み、一通『まあ、たのんだ』と送らせる。
その直後物凄い勢いでメールが来るが無視で。
・副会長:『というわけで戦争だぞ、お前たち』
・● 画:『やったわね正純、戦争よ!』
・ウキー:『うむ、これで正純が手当たり次第戦争を吹っかけなくて済むな』
・金マル:『北畠家が戦争好きで助かったね!』
・副会長:『待てお前ら! 今回の交渉は会計主体だ! 私は関係ないぞ!』
・俺 :『じゃあセージュン。おめぇが交渉してたら戦争しなかったのか?』
・副会長:『…………』
・“約”全員:『『黙るなよ!!』』
・副会長:『ともかく明日の正午には戦いだ。その事を考えてみんな準備をしてくれ』
・煙草女:『艦隊戦になるなら地摺朱雀は砲撃戦用の装備が必要さね』
・労働者:『北条との交易品に武神用の長銃があった筈だ。使ったらどうだ?』
・煙草女:『交易品だね、感謝するよ』
・天人様:『あんた、交易品とかチェックしてるんだ』
・労働者:『……まあ、な』
・あさま:『はい! ええっと! 艦隊戦なら私の仕事は障壁とかの管理ですね!』
・賢姉様:『フフ、違うでしょ浅間? 貴女は武蔵の切り札よ。こう、無用心に近づいてくる船をズドンっと!!』
・あさま:『巫女はそんな事しません!!』
・貧従士:『その割にはいつも何か沈めているような……』
・あさま:『違いますよーぅ! 正当防衛ですよーぅ!! 正当防衛ついでに沈めてるだけですよーぅ!』
・“約”全員:『『沈めてるじゃねーか!!』』
・天人様:『何処の世界も巫女ってのはハッチャケてるわね……』
こんなときにも変わらない皆のやり取り見て笑う。
自分も頑張らないとなと喝を入れる。この後は商工会との会議だ。
北畠家との戦争が決まり、動揺が広まっている。
それを収めなければ。
そう思い、自宅を出た。
***
武蔵アリアダスト教導院の小等部。
徳川と北畠の開戦が決定したため非戦闘員は浜松に退去となり、小等部は休校となった。
そんな人の居ない小等部の職員室に今川義元と上白沢慧音はいた。
顔のあちこちに絆創膏を貼っている今川義元は授業に使う紙資料を纏め終えると職員室を見渡した。
職員室では武蔵から退避を行う教師達が授業用の資料や私物を片付けており、自分の横の席の慧音も同様だ。
彼女は歴史の厚い教科書を何段にも積み重ねるとダンボール箱に入れて行く。
「それにしても北畠の坊主め、なかなか上手く立ち回ったじゃないか」
作業を続けながら慧音は顔だけを此方に向ける。
「伊勢湾で一戦を交える事によって北畠家の抗戦派に納得の場所を与え、恭順派には安寧の場を与えたんだ。
この伊勢での戦いで北畠家は問題を一挙に解決できる」
一息入れ、湯飲みに入った茶を飲む。
「なあ慧音、徳川が今回の要求を呑んだ理由が分かるか?」
「伊勢の財政力では?」
「確かに金欠の徳川にとって伊勢の金は欲しい。だがそれはわざわざ北畠家の我が儘を呑むほどか?
確かに伊勢が燃えれば財政力を得られなくなる。しかしそれはあくまでも一時的だ。
町は時間を掛ければ立て直せる。
伊勢を手に入れているのであれば徳川は将来的に必ず莫大な金が手に入る」
ふむ。と慧音は思案する。
「徳川が要求を呑む理由……。それは、“時間”ですか?」
「そうだ。徳川が要求を呑んだ最大の理由、それは時間が無いからだ。
先日織田が聖連を破ったのは知っているな? 織田が近江国境を突破した以上近い内に観音寺の六角は落ちるだろう。
そうなれば次に織田が目を向けるのはどこだ?」
「まずは足利家、これは聖連が死守するため織田にとっては激戦になりますね。浅井・朝倉は連合を強固な同盟を組んでいる上、将兵の質は高い。
となると姉小路と筒井ですが……」
「その通り。だが姉小路は攻めないだろうな」
慧音はなぜ? と表情で言う。
「姉小路を落すと織田は甲斐連合との接地領土が増える。大国武田との接地領土は減らしたいだろう。
そうなると筒井、そしてこれが徳川にとって一番嫌な事だ。
もし織田が筒井を落せば徳川は近畿への足がかりが無くなる。かといって関東に行くにも北条・印度連合、北には甲斐連合だ」
それ故に徳川は是が非でも織田より早く筒井に攻め込まなければいけない。
その拠点となるのが伊勢だ。
「もし伊勢が炎上すれば筒井攻めが大幅に遅れることになるというわけだ」
「彼らは大変ですね……」
と慧音は職員室の窓から外を見る。
大方の資料を纏めると立ち上がり、腰を伸ばす。
「非戦闘員は残る意思があるなら武蔵に残留できるがお前はどうする? 俺はこの戦を見届けたいから残るが」
ダンボールの箱を閉め終えると慧音も立ち上がり隣に立つ。
「私も残ろうと思います。妹紅も同じ事を言っていました」
「そうか」と言い頷くとダンボール箱を持ち上げる。
「これは浜松に下ろすんだろう? だったら手伝おう」
「有難う御座います」と礼を言う慧音に頷くと職員室を出る。一つ遅れて慧音も出ると廊下には妹紅が壁に寄りかかっていた。
暇そうに髪を弄っていた妹紅は此方に気がつくと手を振った。
「慧音に義元さん。どう? これから昼食べに行かない?」
***
「全く、女王陛下にも困りましたね……」
浜松に停泊している英国の外交艦。その一室の中でチャールズ・ハワードは椅子に座り困った表情をしながら紅茶を飲んでいた。
十六夜咲夜はいつもと変わらぬ様子でその隣に立っている。
「英国の聖連脱退によって我々は九州に戻り辛くなってしまいましたね」
「ご安心を」
と咲夜が言い、クッキーをテーブルの上に置く。
「私は御嬢様より必ず帰ってくるように言われておりますので、いざとなったら……」
「いざとなったら?」
「ハワード卿を置いていきます」
満面の笑みで言われ、ハワードは掴んだクッキーを思わず落す。
慌てて拾おうとするがクッキーはいつの間にかテーブルの上に戻っていた。
「……相変わらず便利な能力ですな」
「はい、以前は“ほぼ”一人で御嬢様のお世話をしていましたから」
「あと」と一言入れ
「置いていくというのは冗談です。いざという時にはお守り致しますよ?」
そう言い舌を小さく出し笑う彼女に苦笑するとクッキーを齧る。
「それに帰国経路は考えているのでは?」
「まあ、一応」
そう言って表示枠を開くと西日本の地図を開いた。
地図には紀伊半島の熊野港と堺に能島港が赤く表示されている。
「鈴木家、M.H.R.R.に六護式仏蘭西ですか? 何れも聖連と敵対もしくは距離を置いている国ですね」
「Tes.、 帰国経路はまず浜松を出て伊勢へ、その後紀伊半島を南回りし鈴木家の熊野港、北上して堺を経て六護式仏蘭西国境沿いを航行、最後の英国方面ですが九州は西回りで行きます。
三征西班牙は強力な航空艦隊を所持してますからね」
呑み終わった紅茶のティーカップを置くと咲夜はそれを片付け始める。
「六護式仏蘭西からの妨害を受ける可能性は?」
「まあ、あるでしょうね。その為の国境沿い航行です。聖連との国境沿いで六護式仏蘭西も揉め事を起こしたくないでしょうし、そんな暇も無いはずです」
表示枠の地図の中国地方を拡大する。
「六護式仏蘭西も近々大掛かりな動きを見せようとしています。その前に問題を起こさない筈です。
まあ念のため外交艦は伊勢で商船に偽装しておきますが」
咲夜が「なるほど」と頷いた次の瞬間、彼女が手に持っていたティーカップやらが消えた。
「本当に便利な能力ですね……」
「まあ多少の制限はありますけどね」
ハワードは立ち上がると部屋の窓を開けた。
窓からは浜松港が見ることができ、浜松港は昨日とは一転して騒がしくなっている。
「まあ、いい機会でしょう。伊勢の戦いを観察して徳川の情報を女王陛下の下に持ち替えりましょう」
そう言い空を見ると空を一筋の影が走る。
影の向かう方向は武蔵であり、影は見張り台の死角を飛んで行く。
「どうかなさいました?」
と咲夜に言われ振り返る。
「いえ、どうやら鴉が動き始めたようですね。まあ我々には関係の無い事でしょう」
もう一度武蔵の方を見るが既に影は居なくなっていた。
「咲夜さん、明日はなかなか楽しいものが見れそうですよ」
***
浜松港の宿から出た姫海堂はたては両手を上げ、背筋を伸ばした。
昨日は一日かけて佐助先輩から送られてきた武蔵の概要図と潜入するに当たっての注意点を熟読していた。
━━これだけ仕事できるなら“要らず”じゃないわよね?
なぜ十勇士の先輩達が“要らず”と呼ばれているのかは知らない。
文の奴は何か知っているようだがあいつに聞くのは嫌だ。
通りは昨日までの静かさとは違い作業員や船乗りが忙しげに行き来していた。
織田の話は昨日の間に知らされ、北畠家との開戦についても伊勢に潜入している後輩の鴉天狗から聞いた。
「これってチャンスよね」
明日の戦に向け準備を行っているため普段より武蔵周辺の警戒は薄くなっている筈だ。
表示枠を開きもう一度武蔵一体を確認する。
浜松周辺の偵察情報は文の成果なため、それを使うのは少々不本意だがより大きな手柄を得るためには仕方が無い。
まずは武蔵に乗り込む。
その後適当な潜伏場所を見つけある程度情報を得たら帰還するとしよう。
伊勢湾でやばくなったら脱出すればいい。
「よし!」
自分に喝を入れ、周囲を窺いながら路地に入って行く。
人が誰もいないことを確認したら背の翼を広げた。
翼に力を入れ、羽ばたく。
次の瞬間には遥か上空へと上昇していた。
そこから白の八艦を見ると信濃のほうに指を向ける。
「見てなさいよ! ここから私のサクセスストーリーが始まるわ!」
鴉が飛んだ。
黒い弾丸のように飛翔し、武蔵へ向かっていった。