緋想戦記   作:う゛ぇのむ 乙型

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~第十章・『新しき戦への準備手』 迷子も捜さなきゃ (配点:散歩)~

 

 

「そこでオイラは刀を引き抜き妖怪どもを蹴散らしての大進撃! そして北の双魔人をついに倒したのさァ!」

 排水溝の合流点、やや広めの空洞の中黒藻の獣に囲まれイッスンは高らかにそう語った。

 ここに連れて来られて約三日、最初は此方を喰らおうとする妖怪かと思ったがこの黒い連中はなかなかに話が分かる。

 ただちょっと臭いが。

「つづきは? つづきは?」

 観客に急かされ一度咳きを入れる。

「双魔人を倒すとオイラとオイラの従者アマ公は空を飛ぶ鉄の舟を見つけたんだ。

舟の奥に潜むは全ての元凶! そしてオイラとアマ公は……」

 そこまで言って止まる。

 その先は自分にとっての後悔だ。

 突然話を止めた此方を心配したのか黒藻の獣達は心配げに見る。

「どうしたの? どうしたの?」

「ああ、いや、なんでもねェ。ちょっと思い出していただけだ」

 気を取り直す。

「残念ながらオイラは舟には乗れなかった……。だがよォ、それが功を奏したのさ!

地上に残ったオイラは人々にアマ公の姿を教え、信仰によって力を得たアマ公はついに悪の親玉を倒したのさァ!!」

「おお」

と黒藻の獣たちが体を揺らす。

「こうして世界に平和が戻り、アマ公はタカマガハラに向かった……筈なんだがなァ……」

 アマ公が飛び立つのは見た。そしてその直後自分達はこの世界に飛ばされたのだ。

 最初は驚愕したが、アマ公と再び冒険が出来るのならこれはこれで悪くないとも思っている。

━━まあ舟が普通に飛んでんのは流石にビビッタけどなァ。

 アマ公にいたっては忍び込んだ舟から地上を見ようとして落ちたことがある。

あの時は本当に死んだかと思ったが。

「……て!! そうだ!! オイラはアマ公を探さねェといけねェ!!」

 ついつい話し込んでしまった。

アマ公が自分を置いて遠くへ行くとは思えないが何となく向こうは探していないような気がする。

「オメェら、白い犬、アマ公を見なかったか?」

「しろい? しろい?」

「ああ、こうポァっとした奴でよく間抜け面って言われてるなァ」

 黒藻の獣達は集まると身を寄せ合って会議を始めた。

その様子を遠巻きに見ていると一斉にこっちを向いた。

「おくたま。 みち。 みたことある」

「ホントか! その“おくたま”に案内してくれ!」

「わかった。わかった」と頷くと黒藻の獣達が動き始める。

恐らくついて来いということだろう。

 マントを一回払うと笠を被りなおし、後に続く。

排水溝の水は少し臭かった。

 

***

 

 奥多摩の酒井亭。

その一角の和室に酒井・忠次と“武蔵”、そして“曳馬”が居た。

 忠次は上座に座り煙管を咥えており、その横には“武蔵”が正座している。

そんな二人に対面するように“曳馬”も正座をしていた。

「いやぁ、“曳馬”さんもいきなり最前線なんてついてないねぇ」

 そう忠次が言うと“曳馬”は首を横に振った。

「いえ、正直好都合と判断します。先日も話したとおり私の目的は実戦データの収集。此度の戦いはとても有益なデータになると思われます」

「“武蔵”さん的にはどう?」

「Jud.、 正直無駄に艦を損傷させたくはありませんが……まぁ“奥多摩”の責任ですので━━以上」

『“武蔵”さま、それって責任の擦り付けでは━━以上』

 “武蔵”が表示枠を消す。そして此方を見る。

「ですが貴女の実戦配備が早まるのであれば良いでしょう。今後、当艦の支援艦は必要不可欠ですから━━以上」

「一日でも早くの配備を目指します」

 そう言って頭を下げると“武蔵”は頷いた。

 何が面白いのか忠次は此方と“武蔵”を交互に見て微笑むと口から煙を出す。

「まあ困った事があったら何時でも聞きなさい。俺以外にも“武蔵”や総長連合の連中とも積極的に話していけ」

 そのつもりだ。

 総艦長である“武蔵”との情報交換は当たり前として、総長連合も死線を潜り抜けてきた人たちだ。

彼らとの情報交換は非常に有益だろう。

「“曳馬”さんはこれからどうするの? 今日の午後はフリーでしょ?」

「Jud.、 今日は武蔵各艦を歩いてみて情報を収集しようと思っています」

「情報収集なら私どもからの情報で十分では?━━以上」

「“武蔵”さまからの情報は既にインストールしました。その上で実際に視覚情報を得ておこうと判断しました」

「そりゃ良い事だがどうして?」と忠次に問われ自分の瞳を指差す。

「私は自艦の特性上、視覚が強化されております。その為実際に視覚情報を得ることで有事の際の建造物などを配慮した砲撃等が迅速に行えるようになると判断しました」

「ああ、そういえば報告に有ったね、“曳馬”さんは目が良いって。

成程、だったら見てくると良いよ、武蔵を。きっと有意義な時間になるだろうね」

 そう言って忠次は笑った。

 

***

 

 奥多摩にある遊撃士支部。

まだ改装中の家屋の中で魂魄妖夢は荷物の入った箱を抱えていた。

 同じ遊撃士で先輩であるヨシュアとエステルは支部内の清掃をしており、自分は本部から運んできた荷物の整理だ。

 先先日から作業を行っているがこれがなかなか終わらない。

 この家屋は二階建てのやや大きめな木造建築で支部が入る前は商店だったらしい。

 どうも怪しい物品を専門に扱う店だったらしく店主が番屋に捕まった事で店を畳んだらしい。

「それにしても大変ねー」

 そう言うのは中央のカウンターで団子を食べている幽々子だ。

「そう思うんでしたら手伝ってくださいよ。だいたい本部から物を持って来過ぎです」

「そうかしら? お気に入りの湯飲みとかお皿とか、箸とか……」

「全部食べ物関係ですよね! それ!」

 幽々子は「あー、きこえなーい」と耳を塞ぐ。そんな様子に呆れていると幽々子は掃除をしているエステル達を呼んだ。

エステルは手にしている雑巾をバケツに戻すとバケツを持ったまま幽々子の前に行く。

「どうしたんですか?」

「ええ、明日の戦いについていっちゃいましょうか? って話をしてたの」

「そんな話してましたっけ!?」

 此方の突っ込みに「大変って言ったでしょ?」と悪戯っぽく笑う。

「そんなことをして平気ですか? 大分危険な気がしますけど」

 そう言ったのはヨシュアだ。

 彼は箒を壁に立てかけるとエステルの横に立つ。

「武蔵の実力を知るには一番よ? まあ流れ弾で支部が吹き飛ぶかもしれないけどその時はその時で」

 なんていかげんな……。そう思い半目になる。

「でも貴女だって見たいでしょう? 武蔵の戦いを」

 それはそうだ。彼らが悪ではないとは何となくだが分かる。

 武蔵の生徒たちが何を思い、何を見るのか? 自分もそれを知りたい。

「だから言うわね? 今日中に武蔵を降りたいなら降りても良いわ。でも戦いが終わったらちゃんと戻ってきてね? 支部に支部長だけってのはちょっと寂し過ぎるから」

「幽々子さんは残るんでしょ? だったらあたしも残るわ」

「僕も残ります」

 エステルとヨシュアが頷くと、三人は此方を見る。

「勿論私も残りますよ。幽々子さまの世話をお二人に任せるわけにもいかないし」

 全員一致で残る事になった。

 幽々子はそんな様子に嬉しそうに目を弓にする。

「じゃあ、遊撃士協会武蔵支部は全員承諾で武蔵に残留。こう本部に報告するわ」

 幽々子は「さて」と続け、表情を真面目なものにする。

「今度はもうちょっと深刻な話。

本部からの報告で関東、崩落富士で“身を喰らう蛇”との接触報告よ」

 “身を喰らう蛇”と聞きエステルたちは深刻な表情になる。

「これは博霊神社からの情報だけど今から2ヶ月前、八月頃に神社の巫女が“結社”の幹部と交戦したわ。

取り逃がしたらしいけどその場にいたのは“鋼の聖女”アリアンロードと“道化師”カンパネルラ、そして正体不明の少女が一人居たそうよ」

「何れも“結社”の重要人物ですね……。ですが最後の一人は?」

 少し聞いた話だがヨシュアは以前“結社”に所属していたらしい。

 その事で色々あったとか……。

「ええ、全身に白い服を身に纏った白髪の少女で“結社”からは“白の巫女”と呼ばれていたらしいわ」

「そのまんまねー」とエステルが苦笑いする。

 それに釣られ皆が笑った。

「今本部が博霊神社とより多くの情報開示と関東への遊撃士派遣の交渉をしているわ。

交渉が成立したらエステルちゃんにヨシュア君、二人に行ってもらうことになるわ。

本部も準備が整い次第他の遊撃士をあなた達の支援に送らせるわ」

「それだと本部が手薄になるんじゃ?」

 エステルの質問に幽々子は頷く。

「確かに手薄になるわね。でもこの件はそれだけをする必要性があるということよ。

それに本部には頼もしい助っ人がいるから」

「助っ人?」とエステルが首を傾げる。

「特務支援課。私も何度か合ったことあるけどいい子達ね」

 「彼らが」とヨシュアとエステルは顔を見合わせると微笑んだ。

 特務支援課は出雲・クロスベル警察所属の組織で警察機関でありながら遊撃士のような活動をしている事で有名だ。

 最初こそ遊撃士の真似事などと批判されていたが紆余曲折の末、町の人々からの信頼を得ている。

 自分は幽々子に連れられ特務支援課の課長、セルゲイ・ロウに会った事があるが中々の食わせ者だった。

「あと本部にはアリオスさんが残るし、妖夢の祖父である妖忌も協力してくれる事になったわ」

 師匠が……。

 自分の記憶が正しければこれほど頼もしい事は無い。

正直今すぐ会いに飛び出したいくらいだ。

「今度本部に戻ったら会いに行きましょう?」

 幽々子にやさしく頭を撫でられ、頷く。

「はい、これで難しい話は終わり。皆、掃除を再開しましょう?」

 そう言って幽々子は手のひらを合わせた。

 

***

 

 酒井亭から出た“曳馬”は実際に武蔵上を歩き、町の概要や、船体構造などを確認していた。

 確かめてみて分かった事だが、武蔵は防御性能が高い船である。

 過去の戦いを見てみてもその防御性能を生かして勝利した戦いが多い。

しかしそれは自動人形によるものが大きい。

 自動人形の緻密な計算の下、使われている武蔵の障壁は遠距離砲撃に対しては有効であるが至近距離での砲撃戦や一極集中の砲撃に対しては対処が出来ない。

 またかつてのアルマダ海戦のように自動人形が働けない状況に陥ると、この八隻の巨大な船は戦場に浮かぶ的になってしまう。

 今後の戦闘を考えると、迅速に武蔵の支援が出来る船が必要になるだろう。

 各艦を回り、奥多摩に戻ってくる。

 既に時刻は正午を過ぎ所々で昼休みに入っている人々が見受けられる。

━━人にとって食事は大切ですからね。

 一部生体パーツを使っている自分は食事を取る事が出来る。

しかしそれはあくまで趣味のようなもので、活動のために食事を取る必要は自分には無い。

 ただ食事処で美味しそうに昼食を食べている人々を見ると少々興味が沸くのも事実だ。

ふと空を見れば一瞬だが黒い何かが通過した。

「…………」

 瞳に映った映像を記録し、低速で表示する。

そこには背中から黒い翼を生やした少女がいた。

 この少女は知っている。

 姫海堂はたて。

新聞記者と称して徳川に来た鴉天狗の少女だが、服部半蔵の調べで彼女が真田家の人間である事は判明している。

家康はあえて見逃しているがその理由は自分には分からない。

 岡崎から武蔵に移ったという事は次の伊勢での戦いについて来ようという魂胆だろう。

彼女一人で何か出来るとは思えないが……。

「見つけてしまった以上放置するわけにはいけませんね」

 とりあえず彼女が向かった先を予測し、歩き始めた。

 その途中、店で売っていた柿を一つ買ってみた。

 

***

 

「よいしょっと……」

 武蔵の警備をやり過ごし、何とか奥多摩の人ごみの少ない場所に着地すると周囲を確認する。

━━だれも居ないわね。

 ここまでは順調だ。

 後は潜伏先を探し、拠点を作らなければ。

 少し暗い裏路地を出て大通りに出る。

大通りは昼の賑わいで包まれ、此方に気がつく人は居ない。

 このまま周囲に溶け込むように歩こうとした瞬間、横から声を掛けられた。

「こんにちは不審者さん」

「うひゃあ!!」

 思わず叫び、周りの注目を浴びる。

しかし直ぐに興味を失ったのか各々動き始める。

「最近のお昼の返事は“うひゃあ”そしてジャンプなのですね、興味深い」

「そんなわけ無いでしょう!!」

 そして気がつく。

今自分が怒鳴りつけている相手が侍女服姿の自動人形だという事に。

━━特務艦艦長“曳馬”!!

 結構な大物と接触してしまった。

どうするかと悩んでいると“曳馬”は一礼する。

「姫海堂はたて様ですね。岡崎にいた筈では?」

「ああ、うん……あっちでの取材は終わったからね。だから今度は武蔵の取材をしようかなーって」

「嘘ですね」と半目で言われる。

さ、流石に苦しかったか……!?

「ほ、本当よ! 武蔵に乗って間近で戦い見れれば良い記事になるわ!」

 「成程」と暫く頷いていると“曳馬”はニコリと笑った。

「分かりました。かなり危険だとは思いますが覚悟の上ですね?…………雌豚」

「そうそう、覚悟の上…………雌豚!?」

 おや。と“曳馬”は驚くと暫く目を閉じた。

「どうやらインストールした言語データに問題があったようです」

「どんなデータをインストールしてんのよ……」

 まさか初対面で罵られるとは思わなかった。

「はたて様はどこにお泊りになるつもりですか?」

 ちょうどそれを探そうと思っていた所なのだが……。

 正式な外交官でないため大使館などには泊まれないし、かといって泊めてくれる当てが有るわけでもない。

最悪野宿も覚悟していたが。

「つまりはたて様は一人寂しく社会の隅で家無き子になって薄汚くなっていくつもりですね。これが社会的弱者という奴ですか」

「私、あんたに何かした!?」

「そもそもはたて様が不法侵入者という事実は消えませんし、不審人物だという疑念は消えませんので」

 そう半目で言われ、言いよどむ。

「ですが」と“曳馬”が続ける。

「自動人形として困ってる人がいるならば助けないわけには行きません。

私でよければはたて様のお手伝いを致します」

正直これからどうするか困っていたのだ。

これは良い助け舟じゃないだろうか?

それに彼女と行動を共にすれば有益な情報を得られるかもしれない。

「……じゃあ、頼もうかしら」

「Jud.、 ところではたて様の手持ち資金はいくらですか?」

 此方が眉を顰めると“曳馬”は頷き。

「はたて様の手持ち資金から泊まる場所の候補を絞ろうと思います」

たしかに食費やその他経費を考えてあまり高い所には泊まれない。

「分かったわ」と言い、自分の表示枠を開き資金を映すと“曳馬”に送った。

 “曳馬”はその数字を見ると僅かに驚く。

「想定していた以上に持っていらっしゃるんですね」

「まあね。色々旅をするから大目に持ち歩いているかな?」

「成程」と頷くと目を閉じる。

「今から検索を掛けるので少々お待ちを」

そうか、自動人形って表示枠を使わずに調べられるのか。

そう感心していると僅かにだが声が聞えたような気がした。

「?」

耳を澄ましてみる。

「……い、そこの……ちゃんたち!」

 少年の声がする。

周囲を見渡してみるが、それらしき姿が見えない。

「??」

 もう一度耳を澄ましてみると声は足元から聞えてきていた。

「おおい、そこの小さいネーちゃんとデカイネーちゃんよォ!! ここだよ! ここ!」

 居た。

足元に何か跳ねているのが。

 しゃがみ目を凝らしてみれば、それは小さな少年だった。

「もしかしてコロポックル?」

「おう! ようやく気がついたか! オイラこそコロポックルの大英雄、イッスンだい!」

 コロポックル族。

東側に多く住む小人系種族と聞くが実際に見るのは初めてだ。

 しゃがんだままだと疲れるので手のひらを差し出すとイッスンは飛び乗った。

「……あんた、何か臭うわよ……」

「おう、ここんとこ排水溝にいたからなァ……ってお、落そうとするなよ!!」

 手のひらに捕まるイッスンを見ながら鼻を摘む。

後で手を洗わなければ。

「で、そのコロポックルの英雄様が何の用よ?」

「ああ、オイラ、今人探し……いや犬探ししてんだ。こう白くてポァっとした奴なんだが知らねェか? 小さいネーちゃん」

「悪いけど私はここに来たばかりなの。だから分からないわ。

━━ところで小さいネーちゃんってどういう事?」

「え? 小さいネーちゃんは小さくて、デカイネーちゃんは大きいだろォ?」

 まず此方の胸を指し、次に“曳馬”の胸を指す。

に、握りつぶしてやろうか! この虫!!

 半分本気でそう思っていると“曳馬”が目を開けた。

「検索が終了しました。該当する宿泊施設は12件ほど…………鼻を摘んで何をしているのですか? 豚の真似ですか?」

「違うわよ!! っていうかあんたやっぱし私の事嫌いでしょ!?」

「いえいえ」と首を横に振る“曳馬”に半目を送る。

「所でその手に乗せている小人は何ですか? 随分と異臭を放っていますが」

「え、その位置で見えるの?」

「Jud.、 目には自信がありますので」

 どうやら“曳馬”は視覚を強化しているらしい。ちょっとした新情報だ。

手のひらを“曳馬”の方に向ける。

「オイラの名前はイッスンってんだ。よろしくなァ!!」

「“曳馬”と申します。以後お見知りおきを」と頭を下げると“曳馬”は小首を傾げた。

「それで、何事でしょうか?」

「ああ、こいつ、犬を探しているんだって。白い犬らしいけど……知ってる?」

「いえ、私も先日来たばかりですので」

 “曳馬”は「そっかァ……」と落ち込むイッスンを見て暫く考える。

「はたて様の宿泊施設を探しながらその白い犬を探すというのはどうでしょうか?」

「……そうね、そうしましょう」

 どの道今日は武蔵を回りながら拠点を探すつもりだったのだ。そのついでに犬探しを手伝っても良いだろう。

 とりあえず臭うイッスンを水場で洗うと三人は武蔵を歩く事にした。

 

***

 

 正午を過ぎ、午後一時になった武蔵野上を比那名居天子は歩いていた。

 今朝北畠家との戦いが決まると梅組の連中はそれぞれ動き始め、衣玖も浅間・智と今後の対策を話し合うといって浅間神社に向かった。

 特に役職を持っていない自分は手持ち無沙汰となり、自宅で昼食を済ますとこうやって散歩をしている。

 午後の秋風は心地好く、どこかで昼寝をするのもいいかもしれないと思っていると正面から教導院の制服を着ている二人の男女が歩いてきた。

 一人は黒い長髪を後ろで結った少年で、金髪の車いすの少女を押している。

━━あれは、東にミリアム・ポークウ?

 東とは何度か話したことがあるがミリアムは授業を休んでいる事が多いため殆ど面識が無い。

 仲良さげに話している二人を見て、話しかけるかどうかを悩んでいると東が此方に気がついた。

「あれ、天子? 今散歩中?」

「まあ、そんなものね」

 二人に近づくとミリアムを見る。彼女は車いすに乗っており、膝に幽霊のような子供を乗せている。

「こんにちは、比那名居さん……でいいかしら?」

「天子でいいわ」

「じゃあ天子、貴女とお話しするのは二回目くらい?」

「そうね、最初に自己紹介したとき位かしら?」

 そう考えると長く話してなかったのだなと思う。

何せ彼女と会ったのは七年前だ。それ程の期間会っていなかったというのにあまりそんな感じがしない。

「ママ、このひとだれ?」

 ミリアムが抱えている幽霊の少女が此方を指差す。

「この人はね、最初に調子乗って武蔵に乗り込んできて総長連合総がかりでボッコボコにされたと思ったらいつの間にか転入していて、ついこの前も地形をグシャァってやった人よ」

「おいこら」

 ミリアムはおとなしいイメージがあったがどうやら認識を改めなければいけないらしい。

流石は外道どもの一味。

「ところでその子だれ?」

「ああ、彼女は余達が預かっている子なんだよ。名前は???だよ」

「……今なんて?」

「???だよ?」

 そう言って東は首を傾げる。

ああ、うん。こいつも何か変だ。

 ふと気になる。

 一応、この幽霊の子は二人の子供だ。ならば以前聞けなかったことが聞けるのでは?

「二人に質問が有るけどいい?」

「なに?」と二人は首を傾げる。

「赤ちゃんってどうやって作るの? 男女が裸になるところまでは知っている」

「な、なあ!!」と赤面するミリアムとは対称に東は「ああ」と頷く。

「セックスでしょ?」

「あ、東!? あんた何言って……!」

「落ち着いてよミリアム! セックスは危険なんだ! セックスは思わぬ悲劇を生むんだよ!

だからセックスについてちゃんと教えてあげなきゃいけないよ! セックスは!!」

「ああ、もう! あんたは黙ってなさい!!」

 ミリアムが器用に頭突きをし、東が引っくり返った。

なんだか良く分からないがとりあえず聞こう。

「で? セックスって何?」

 倒れた東の襟を掴んでいたミリアムが止まる。

彼女は暫く「えーと?」とか「うーん」とかいって唸ると溜息をついた。

「えっとね、これはとても恥ずかしい話なのよ? だから男性が居る所で話すべきじゃないわ」

 確かに、先日聞いた裸になるという事が事実ならこういった場所で聞くべきではないだろう。

ならばやっぱり衣玖に聞くべきか? でも教えてくれないだろうなー。

 そう思っていると背後から聞き覚えのある声が聞えてきた。

後ろを振り返るとホライゾンと女装した全裸が歩いて来た。

「よう、おめぇら。珍しい組み合わせだな」

「Jud.、 天子様貧乳連合の同士を求めてミリアム様に会いに行っていたのですね。

ですが、残念な事にミリアム様は並乳枠です」

 なんだと!

 思わずミリアムの体をまじまじと見る。

た、たしかにそう言われればそうかも知れない……。

「なんだか物凄く失礼な視線を感じたわ……」

「ところで葵君たちは何しているの? やっぱり散歩中?」

「おう、そうだぜ! そしてこのまま二人で愛を育んで…………ぐぉっ!!」

 女装が路地に吹っ飛んだ。

 ホライゾンは馬鹿の方を見ず、此方を見た。

え? 私?

「今日の夜、女子オンリーで懇談会をやろうと思っているのですが天子様もどうでしょうか?」

「懇談会? この時期に? 明日は戦いよ?」

「この時期だからだぜ」と女装が這いながら路地から出てくる。

「よくよく考えたらこっち来てからそういう事してなかったじゃん? 

だからよ、明日の戦いへの士気を高めるっつー意味でやろうってなったわけよ」

「Jud.、 ハイディ様も後から参加するとの事ですので今のところ天子様とミリアム様だけです」

「どうする? ミリアム?」と東が聞くとミリアムは首を横に振った。

「私は遠慮しておくわ。この子の世話もあるしね」

「分かりました」というとホライゾンは此方を向く。

 どうするのか? ということだろう。

 正直明日の戦いまで暇だったのだ。

衣玖も参加するというのであれば自分も参加する。流石に一人で食事は嫌だ。

参加するという事を伝えるとホライゾンは表示枠を開き、連絡を入れる。

「では、懇談会は本日の夜7時から浅間神社で行います。一応アルコール類も出ますが明日に影響が出ない程度にとの事です」

「わかったわ」と了承するとその場に居た4人と別れる。

夜に用事が出来たといってもまだ午後の一時。

あと六時間、どこで時間を潰そうか?

 そう天子は空中に浮かぶ表示枠に映された時刻を見ながら思った。


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