緋想戦記   作:う゛ぇのむ 乙型

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~第十一章・『秋夜の盛り上げ手』 覚悟する者 進む者 暗躍するもの (配点:三日目)~

 日が沈み。星空が大地を照らす伊勢の海岸に一つの明かりが灯っていた。

 人工的に作られた洞窟の中にある港では歌や男達の笑い声が響き、さながら祭りの様である。

 そんな明かりから少し離れたところにある航空艦用の港。

 そこに停泊し、月明かり照らされている黒い鉄鋼船の甲板上に九鬼嘉隆は胡坐を掻いていた。

 彼の顔は少し上気しており、彼の横には幾つもの空の酒瓶が置いてあった。

彼は猪口に残っていた酒を飲み干すと一回大きくしゃっくりをした。

「お、いたいた。こんな所で一人酒かい?」

 「あ?」と後ろ振り向けば自分と同じように顔を若干上気させた小町が立っており、彼女は「ちょいと失礼するよ」と一声掛け、此方の横に座った。

「で? なに見てたのさ?」

 鼻先で遥か彼方、伊勢湾の先を指した。

「あっちは…………浜松かい?」

 この港から見て正面、浜松港が有るあたりの空は僅かに明るくなっており浜松が眠っていない事が分かる。

「明日にはあの明かりの下に居るやつらとやり合うんだ。こうやって眺めながら飲んで士気を高めてるのさ」

「成程ねぇ……。お、一本貰うよ」

 そういってまだ開けてない酒瓶の栓を抜き、そのまま飲んだ。

 その様子を見て自分も猪口を使うのをやめ、口飲みする。

「飲みすぎて明日二日酔いにならないでよー?」

「はん! この程度で潰れるかよ!」

 暫く互いに無言で浜松の方を向きながら飲んでいると小町が酒瓶を床に置いた。

「明日さ……勝とう」

「……どうした、急に?」

 小町は暫く沈黙すると小恥ずかしげに頬を掻く。

「大将たちには本当に感謝してるんだ。だからさ、明日の戦いで勝って恩返しするよ」

 そう笑う小町に酒の火照りとは違うものが浮かぶ。

「ふん! 小娘が! 言ってろ!」

 何となく恥ずかしくなりそっぽを向く此方に小町は小さく笑うと彼女は目を細め浜松の方を見た。

「向こうもこんな感じで賑わってるのかねぇ?」

 

***

 

「と、言うわけで女子オンリーと言っているのに女装して忍び込もうとしていたトーリ様を駆除しようと思います」

 浅間神社の広間には梅組のほぼ全ての女子が集まっており、その中央ではホライゾンと天井に吊るされたトーリが居た。

「い、いやまてホライゾン。私、トーリじゃなくて生子と申しますのよ?」

 姫が王の腹に一発拳を入れる。

「ホライゾンとしましてはトーリ様が参加しても良いと思っていますが」

「マジで!!」

「Jud.、 飾りとしてこのまま放置しますけど宜しいですか?」

「ち、ちきしょう! よし分かった! このまま裸踊りだな! そうだな!」

 黒翼が硬貨を馬鹿の顔に投げつける。

「サイテー」

「ま、待てナルゼ! 確かに俺だけじゃ盛り上がらないな! 一緒にやるか!?」

 今度は金翼が硬貨を叩きつける。

「サイテー」

 馬鹿が動かなくなるのを確認するとホライゾンはそのまま放置した。

 そんな様子を見ていた妹紅が隣の慧音に小声で声を掛ける。

「す、凄いわね……梅組って」

「あ、ああ。小等部の教師で良かったと痛感している……」

━━やっぱ驚くわよね、普通。

 少し引き気味な二人を見ながら比那名居天子は心の中で頷いた。

自分も始めは色々とドン引きしたが最近はこの程度じゃ動じない。

━━あれ? それって私も感化されているんじゃ……?

 自分も外道オーラに染まっているのでは? と思い始めると急に不安になってきた。

「天子、そこの醤油とってくれますか?」

 浅間に言われ自分の近くにおいてある醤油を取ると対面の浅間に渡す。

その際に彼女は身を乗り出すが、胸がテーブルを押し付けられ変形する。

く、クソ!!

 なんだか分からない敗北感から目を背けるとネイトと目が合った。

彼女は「慣れなさい」と諦観の目で此方を見てくるがそれはどういう意味だ!

 とりあえず気分を紛らわせるために焼き鳥を一本取って食べる。

「あら、美味しいわね」

「そう言って貰うと嬉しいわ」

 自分の背後、通路を挟んだところに座る妹紅が振り向き笑う。

「あ、これ妹紅さんが作ったんですね」

 アデーレに言われ妹紅は頷く。

「品川の方で移動式焼き鳥屋をやっていてね。気に入ってくれたんだったら買いに来て頂戴」

「う、ん。これ、また、食べたい」

 鈴に言われ妹紅は嬉しそうに頬を掻く。

「皆、結構バイトとかしているのね……」

「総領娘様もやってみてはどうですか?」

 隣の衣玖に促されるが正直自分が労働できるとは思えない。

「私はいいわ。生活費は衣玖は稼いでくれているし」

「それ駄目人間の考えですのよ」とネイトに言われるが無視する。

「でも、やっぱりこういうのは良いですね。ここ最近忙しかったので皆で集まる機会がありませんでしたし」

 衣玖がそう言うと皆が頷く。

「まあ、たまにはこういう息抜きが必要さね」と長テーブルの端、立花・誾や伊達・成実と酒を飲んでいた直政が賛同した。

 何だかんだで面倒見いいわよね? あいつ。

 そう思いながら天麩羅に口をつけようとした瞬間、障子が開いた。

「はーい、皆お金使ってる? どんどん飲んでどんどん食べてね! そうすればどんどん私が儲かるから!」

「「いきなり汚くなったぞ!」」と一斉に突っ込みをいれるとハイディは頬を膨らませる。

「なによー、皆楽しんでるからいいでしょ…………って、あーっ!!」

 突然ハイディは妹紅を指差す。

妹紅は「私?」と首を傾げるとハイディは妹紅に近づいた。

「あんた、品川で格安焼き鳥売ってる奴!! あんたの所の店が美味しくて安いって評判だから○べ屋傘下の焼き鳥やが苦戦してるのよ!

折角詐欺にならないレベルでぼったくろうと思っていたのに!」

「最低じゃないか……」と広間の誰もが言った。

「あー、まあとりあえず落ち着いてこれ一本食べなさいよ」

 妹紅から焼き鳥を一本受け取りハイディは食べる。

「……美味しいわね! どう! うちと契約しない? ちょー儲けさせてあげるわ!」

 「えー……」と困惑する妹紅を助けるように浅間が立ち上がった。

「なによアサマチ? 今いいところなの! あとちょっとで鴨が葱背負って来るから!」

「ハイディ、いい加減にしましょうね? 妹紅困ってますよ? あんまりしつこいと番屋コースですから」

「ぐ」と少し悔しそうにするとハイディは自分の席に向かった。

「やれやれ」と自分の席に座る浅間を見ていると浅間と目が合った。

「どうしたんですか?」

「いや、あんたなんか母親みたいよねって」

「え?」と浅間は固まると天井に吊るされていた馬鹿がその身を揺らした。

「そうそう、浅間はマジ母親タイプだからなー。俺も良く助けられてるぜ」

「トーリ君の場合、番屋からの釈放手続きとかそんなのばっかりですよね」

「それでも俺はオメェに感謝してるぜ」

 そう馬鹿に言われると浅間は「あう」と顔を赤らめて下を向いた。

その様子見てを天使達がお互いを「あっつー」と扇いでいる。

 その浅間を見ていたネイトは少しそわそわしているとホライゾンが彼女の背後に立つ。

「あの? ホライゾン?」

「ミトツダイラ様はどうですか? トーリ様?」

「え? ちょ」と慌てるネイトをホライゾンは「ステイ、ステイ」と宥めるとトーリの方を見る。

気がつけば誰もが宙吊りになっている馬鹿に注目している。

「勿論ネイトもだぜ。ネイトは俺の騎士だもんな。これからも頼る事になると思うけどよろしく頼む」

 そう馬鹿に頭を下げられるとネイトは肩の力を抜き、頷いた。

「Jud,、 これからも我が王、貴方のお傍でお守りしますわ」

「では、皆様の布陣を久々に確認した事ですしトーリ様? そろそろ戻られては?」

「そうだなー、男連中も男連中でいま集まってるし俺もそろそろ合流するわ」

 トーリがそう言うとホライゾンは頷き縄を解く。その際に馬鹿が床に叩きつけられるがホライゾンは馬鹿の襟を掴み引きずって行く。

「では皆様、ホライゾンはトーリ様を送って行くので引き続き懇談会をお楽しみください」

 そのままホライゾンは退出した。

後に残った皆は誰ともなく苦笑いすると、再び食事を再開した。

 

***

 

 い、色々と緊張しました。

 ホライゾンがトーリを引きずって出て行った後、浅間はそう溜息をついた。

 自分と同じくミトツダイラもどこか安心したように息をつけており、此方と目が合うと苦笑いした。

 とりあえず気分を落ち着かせようと猪口を持つと隣の喜美が嬉しそうに笑っている。

「な、何ですか?」

「フフ、なんでもないわ」

「もう!」と赤面しながら猪口に入っていた酒を一気飲みする。

ふと正面を見ると天子と衣玖が此方をじっと見ている。

「あの……二人とも?」

「あの馬鹿の何処がいいの?」

そう言ったのは天子だ。

「ど、どこがって……質問の意図が良く分かりませんけど……?」

「いや、だってあんたあいつの事が……」

「総領娘様」

 衣玖に止められ天子が彼女の方を向く。

衣玖はやさしく首を横に振ると天子の猪口に酒を入れる。

「こういった問題に他人が口を挟むべきではありませんよ? そうですよね? ミトツダイラ様?」

 突然話を振られ硬直するがミトツダイラは慌てて頷く。

「J、Jud.、 そうですわね!」

 何がそうなのだろうか? 多分彼女にも良く分かっていないのだろう。

天子はやや不満が残る表情をしていたが「そうね」と一言言うと酒を飲み始める。

 なんとか危機は回避できた。

そう思っていると天子が周りを見渡した後、此方をもう一度向く。

 そして暫く悩んでいるかと思うと、口を開いた。

「いま女子しか居ないから聞くわね。━━━━━━セックスって何?」

 まず衣玖が酒を口から逆流した。その後ミトツダイラが箸を落し、天子の背後の慧音が引っくり返った。

 そしてその場に居た誰もが固まった。楽しそうに笑っている喜美を除いて。

「あ、あのぉ……天子? どこでその言葉を?」

「え? 昼に東からだけど?」

「あのセックス東宮! またやりおったか!!」

 ナルゼがそう叫ぶ。

 これは後で厳重注意ですねー。ええ、そりゃみっちりと。

さてどうするか?

 自分の前に居る天子は此方から視線を外そうとしない。

衣玖を見る。

 彼女は硬直しておりどうやらシャットダウンしているようだ。

次に正純。

だが直ぐに視線を逸らされる。ナルゼも同様だ。

 後頼りになりそうなのは……。

そう考えていると二代が手を上げた。

「セックスについてで御座るな? それならば拙者、セックスの経験は多いで御座る」

 一番駄目っぽいのが喰いつきましたよぉ━━━━━━!!

「ぐ、具体的には?」と質問したのは意外にも天子を押しのけている衣玖だ。

「ふむ、まずは宗茂殿で御座ろう」

 「ふ、不倫!?」と妹紅の耳を塞いでいた慧音が声を驚愕の声を上げた。

「それにアルマダ海戦では誾殿とも。あれは良いセックスに御座った」

 慌てて逃げ出そうとした誾に視線が集まる。

「こ、この女! なぜそうも此方を巻き込むんですか!」

「それ以外にも多くの人と。天子殿とも上野の地でセックスしたで御座るよ?」

「…………は?」

 天子が眉を顰め、ナルゼがネームを切り始めるが衣玖が彼女を簀巻きにした。

 「あれも中々良いセックスに御座った」と一人頷いてる二代を横目に天子が此方に小声で話しかける。

「もしかしてだけど、あいつ勘違いしてる?」

「あー、まあそんな感じです…………」

 二代の勘違い発言のおかげで天子の興味はそれたようだが、依然としてセックスを語る彼女を止めなければと思っていると誾が彼女の首根っこを掴んだ。

「おや? 何で御座るか、誾殿?」

「ああもう、あなたはちょっとこっちに来なさい! 色々と言いたいことがあります!」

 そのまま部屋の隅まで二代を引き摺って行く。

 皆、どうしたものかと固まっているのでとりあえず手のひらを合わせ、音を鳴らす。

「と、とりあえず懇談会を続けましょう?」

 その言葉に誰もが頷いた。

 

***

 

 ホライゾンが戻ってきて食事も皆終えるとそれぞれ話や遊びを始めていた。

 アデーレは表示枠で何かゲームをしているらしく、彼女の周りには鈴や妹紅が集まっていた。

時折「あー、また負けましたぁ!」とアデーレが声を上げ、そのたびに天子が横目でそれを見る。

「総領娘様、興味がお有りでしたら行っては如何でしょうか? 皿の片付けは私がやっておきますので」

天子は「そう? じゃあお願い」と言うと立ち上がり、アデーレの方に向かう。

「あんた、それ“ポムっと”?」

「Jud.、 天子さんご存知なんですか?」

「存知も何も私、そのゲームで上位ランカーよ?」

 「本当ですか!?」とアデーレが驚くと天子が得意げに自分のデータを見せた。

 アデーレがそれを見、妹紅が覗き込む。

「あら、本当にトップ50に入ってるじゃない」

「す、凄いですよ! 天子さん」

 「ふふん、この程度余裕よ」と言うが天子の顔は嬉しそうだ。

 その様子を皿を片付けながら遠目に見ていると同じく片づけをしていた浅間が声を掛けてきた。

「天子、大分馴染んできましたね」

「はい、総領娘様にご友人が出来て心の底から良かったと思っています。

何せ幻想郷では友と呼べる人物が居なかったようですし…………」

「意外ね」と表示枠でなにやら作業しているナルゼが此方を向く。

「確かに我の強い性格だと思うけど、ボッチになるタイプには見えないけど?」

「天界では、その、色々ありましたから……」

 此方が答えを濁すとナルゼは「そう」と一言言い、元の作業に戻った。

 彼女達の距離の取り方にはとても助かっている。

自分から寄って行くのではなく、相手が自分の事を話すまで待ち、それでいて相手が困っているようならば手を差し伸べる。

 こうやって彼女達は今まで乗り越えてきたのだろう。

 天界では良くも悪くも他人との関係はドライであったため、こういった輪の中に居るのは何か温かい事を感じる。

「ですが総領娘様はお強いです。お強いから今まで一人で何もかもこなして来た。

だからこそ今、皆様と一緒に居る事は総領娘様にとってとても良い事だと思います」

 「そうですか」と浅間が目を弓にし、やさしげな表情で天子を見る。

「あんたは? あんたはどうなのかしら?」

 先ほどまで髪の手入れをしていた喜美が微笑みながら此方を見ている。

「あんたも溜め込むタイプでしょ? 発散しないと何時か爆発するわよ?」

 自分はどうだろうか? この世界に来て、ここにいる皆と出会えて良かったのか?

そんなの決まっている。

「大丈夫ですよ。定期的に発散してますし、何よりも今の私には総領娘様や皆様と共にいることが嬉しい事ですから」

「フフ、あんた中々良い女ね」

 「喜美様ほどではありませんよ」と返すと喜美は可笑しそうに笑った。

「ああ、後セックスについてだけど、ちゃんと教えて上げなさい。その方があの子のためよ」

 やはりそうですよね……。

 本人の事を考えれば教えるべきなのだろうがなかなか難易度の高い。

 視線を天子の方に戻せばどうやらアデーレと対戦しているらしく、人が増えており彼女達の背後ではハイディが賭けを行っていた。

 天子は「どうよ!」と得意げに笑い、此方と視線が会うと少し恥ずかしげに逸らした。

 そんな彼女を見てもう一度思う。

 ここに来て良かったと。

 

***

 

「あー、また負けましたぁー……」

 自分と対戦していたアデーレはそう言うと引っくり返った。

表示枠の中央に三勝九敗と書かれておりその下にはリトライかタイトルに戻るかが表示されている。

「まあ、善戦した方じゃない?」

 自分の表示枠を閉じ、アデーレの方を見ると彼女は「そうですかね?」と苦笑した。

 既に懇談会も終わりが近づいており、先ほどまで観戦していた妹紅は慧音も交えて鈴と話しており、衣玖は浅間やホライゾンと共に食器を片付けていた。

 中々白熱した戦いであったため、少々汗を掻いた。

少し体を冷やそうかと立ち上がり、大皿に残っていた焼き鳥を一本取る。

「あれ? どこに行くんですか?」

 横になったままアデーレが言う。

「ちょっと風に当たってくるわ」

「いってらっしゃいー」と手を振られ、それに応じると襖を開け、外に出る。

 外に出た瞬間、冷たい秋風が肌を撫で心地好い。

 縁側を歩き、境内のほうに行けばそこには見覚えのある犬がいた。

「あら、シロじゃない。こんな所でどうしたの?」

 シロという名前は自分が勝手につけただけだが特に文句もないようなのでそう呼んでいる。

境内で寝そべっていたシロは顔を上げると鼻を鳴らし始めた。

 そして立ち上がると此方に来る。その視線は手に持っていた焼き鳥に釘付けであり、左右に動かすとシロも顔を動かす。

「冷めてるけど、食べる……?」

 シロは一度「ワン」と吠え、尻尾を激しく揺らす。

その様子に苦笑すると焼き鳥を串からとり、手の平に乗せ食べさせた。

 焼き鳥を食べるたびにシロの下が手のひらを舐め、くすぐったい。

 全部食べ終えるとシロは満足したように自分の周りを一回回った。

「ちょっと散歩しようと思ってるんだけど、来る?」

 そう言うとシロは此方を見て「ワン」と一回吠えた。

 

***

 

 散歩のため浅間神社を出て教導院の前まで行き、夜の後悔通りを歩いていた。

夜の後悔通りはどこか不気味で時折木々の間から眠りかけの鳥の鳴き声が聞えてくる。

シロは此方の前方を歩き、ある程度歩くと立ち止まりこちらに振り返る。

その様子を見ていると「犬を飼うのもいいかなー」と思えてくる。

 此方の世界に来て自分は驚くほど充実しているような気がする。

ここには厳しい父も居ないし此方の顔色を窺うだけの取り巻きもいない、そして何よりもあの天人どもが居ないのが良い。

 元の世界に戻らなくても良いと行ったら衣玖に怒られるだろうか?

そう思っているとシロが立ち止まっている事に気がついた。

「?」

 どうした? と声を掛けようとして固まる。

 シロは正面を見たまま全身の毛を逆立たせ、唸り声を上げる。

 気がつけば後悔通りから全ての音が消えていた。

風の音も、虫の音もまるで世界が死んだかのような静寂。

 全身からいやな汗が吹き出る。

 此方を押しつぶすようなプレッシャーは正面から来ている。

顔を動かす。/見てはいけない/

 赤い6つの瞳が有った。

後悔通りの奥、暗闇の中から赤い6つの瞳が此方を見ている。

 後ずさろうとするが体は動かない。

 瞳はその姿を揺らしながら此方に近づいてくる。

そして闇の中から白い少女が現れた。

 白い少女は仮面をつけておりその中央では6つの赤い瞳が輝いている。

髪は白く長く、身長は自分と同じくらい。

 白いマントを身に纏った彼女はまるでこの世に存在しない/してはいけない/ような姿形である。

「…………!!」

 声が出ない!

体を動かす事が出来ず、どうやら隣のシロも同じようだ。

 白い少女は此方の直ぐ目の前まで来ると顔を覗き込んできた。

 赤い輝きと目が合う。

暫くの沈黙。

 どれだけの時間固まっていたのか、ごく短い時間のようにも思えるし長い時間にも思える。

 やがて少女は諦観したように視線を外した。

そのまま此方を無視するように横を抜けようとする。

「ふ……ざ、けんな!」

 渾身の力を込め、体を動かす。

それと同時にシロも動けるようになったらしく此方を庇うように立つ。

 少女はその様子を何の興味もないように見ていると喋り始めた。

「あなた達には救えない…………」

 なんのことだ! とそう叫ぶ前に彼女は消えていた。

 いつの間にか通りには音が戻っており全身に纏わりついていた嫌なプレシャーも消えていた。

 シロも警戒を解いたらしくその場に座り込み欠伸をしていた。

 全身を疲労が襲う。

 思わずへたり込みそうになるが足に力を込め、耐えた。

いまだにあの赤い6つ目が脳裏から離れない。

「いったいなんだったのよ…………」

 先ほどまで少女がいた場所を見ながらそう小さく呟いた。

 

***

 

 月明かりに照らされる雲。

その雲を切り裂くように一隻の真紅の巨大艦が飛行していた。

 艦の周囲には護衛と思われる飛空挺が追従しており時折ライトをつけ、他の艦と交信を行っていた。

 その巨大艦の甲板に一人の老人が立っている。

 眼鏡を掛け白衣を着た老人は甲板から右舷側の雲を見ていると雲を何かが切り裂いた。

その何かは凄まじい速度で上昇すると今度は急降下を行った。

 物体は下方を飛行する飛空挺にぎりぎりまで接近すると背中から翼のような物を広げ、再度上昇を行う。

 老人はその様子を満足げに見ると視線を艦首側に向ける。

 そこにはいつの間にか白い少女が立っていた。

「やれやれ、困りますな“巫女”殿。彼らとの接触はまだ先だった筈では?」

「この程度、誤差にもならないわ。そちらはどう? Dr.ノバルディス」

 ノバルティスと呼ばれた老人は「おお、そうだ」と言うと嬉しそうに雲の方を指差した。

「君や夢美君のおかげで量産が出来そうだよ。それに例の“機竜”。あれのプロトタイプを彼に渡したよ」

 「ただ」とノバルティスは眉を顰めると表示枠を開く。

「やはりαの量産は難しいね。かつての零の至宝のような物があれば別なんだが」

「それは例の物が手に入るまでは、という事ね。“執行者”の召集については?」

「それも問題ありだ」とノバルティスは首を横に振る。

「どうにもリベールの一件以降“執行者”の集まりが悪くてね。今も召集をかけているが何時集まることやら……」

「仕方ないわね。当面の間、実働は私と“鋼の聖女”、そしてNo.0が受け持つわ。

関東に居るマリアベルからは?」

「以前変わらずだね。富士の警備は以前にも増して厳しくなっているそうだ」

 “白の巫女”は「問題ないわ」と言うと艦内に入っていこうとした。

「おや? 実験を見ていかないのかね?」

「調整があるから……後で報告を頂戴」

 そう言ってそのまま艦内に入っていった。

 ノバルティスは“白の巫女”の背中が見えなくなると溜息をついた。

「やれやれ、彼女も中々難儀なものだ」

 そう言った直後、破砕音が鳴り響いた。

 慌てて右舷側に行き、艦の下方を覗き見れば先ほどまで飛翔していた物体と飛空挺が激突し、黒煙を上げている。

 その様子に大きく溜息をつくと彼は表示枠を開いた。

そこには赤髪に赤いマントを羽織った少女が映っており、彼女はどこか不機嫌そうな顔をしていた。

「見たかね?」

『…………ええ。まだまだ実戦配備は無理そうね』

 彼女の言葉に頷く。

「明日、再び点検しよう。あの機体は格納庫に収納するとしよう」

少女は『そうね……』と溜息をつくと直ぐに表情を改める。

『ちゆり! 直ぐに機材を持ってきて! 格納庫に行くわよ!!』

『えー、いま深夜だぜ教授―! 明日でもいいじゃん……て、パイプ椅子は無し!! すぐ行きますから!!』

 そのまま慌しく表示枠が閉じられた。

 もう一度下を見てみれば他の飛空挺が激突された艦の救助と物体の回収を行っているところだ。

「ともあれ、これからの世界の行方。実に楽しみだよ」

 そう言って彼は笑い、艦内に戻っていった。


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