~第一章・『境界外の転入生』 新しい日常風景(配点:出席日数)~
東海道に位置する三河国。その中で駿河湾に面する形で作られた浜松港がある。浜松港は港の左部が漁船や貨物船のドッグとなっておりその中には様々な国の船が停泊し積荷を降ろしている。港の中央は積荷を検査する検問所が設置されており積荷の中を調べる大型の透視術式装置が数多く設置されている。また検問所の内部には休憩所が設置されており長旅の疲れを癒そうと多くの商人や旅人が滞在していた。一方港の右部は航空艦を収容するための軍港となっており周囲をステルス障壁で覆っている。
そんな浜松港から少し離れた所に巨大な建造物が佇んでいた。その巨大な建造物は一見非常に巨大な都市のように見えるがしっかりと見てみると八隻の船から成り立っていることが分かる。船を収容するための大型港にその名を知らせるための表示枠が浮いていた。
浮遊表示枠にはこう書かれていた。
『準バハムート級航空都市艦武蔵専用港』
その武蔵の中央後艦に武蔵アリアダスト教導院と書かれた建物が存在した。その中で『3年梅組』という表札が掛けられていた教室に一人の女性が入ってきた。女性は茶色い髪にジャージ服という格好で壇上に上がると教室を見回した。
「はいはい、授業始めるわよー。正純とホライゾン、それからトーリは岡崎城に呼ばれているからいいとして……天子の奴は?」
女性がそう言い教室の後部の席で座っている紫髪の少女を見ると少女は慌てて立ち上がった。
「も、申し訳ありません!その……総領娘様は自主休学というかその……」
女性は苦笑し出席確認表を表示した。
「Jud.、jud.、要するにサボりね。まぁあの天人に対する厳罰は後で考えるとして衣玖、座ってなさい」
「はい」と言うと永江衣玖は申し訳なさそうに席に座った。
「まぁ、また個性的な転入生が増えたわけだけどやることはいつもと変わらないわよ。この数年色々あって授業できなかったけどようやく落ち着いて来て今年から授業を再開したって訳ね」
さてと、と女性━━オリオトライ・真喜子は一息つくと教卓に肘を乗せて寄りかかった。
「さて、今日の授業なんだけど……そうね、統合事変とそれに続く統合騒乱についての御高説にしましょう。衣玖、やってみなさい」
衣玖はオリオトライに一礼すると立ち上がった。
「統合事変ですね。統合事変は今から7年前に起きた異なる世界の境界が崩壊した大異変です。分かっているだけでも4つの世界が衝突し融合、この不変世界が出来ました。この際に過去の戦国武将達が何故か復活を遂げたりしましたが詳しいことは未だに解明されていません。統合争乱とは統合事変の後にこの世界を巡って各組織や国家が争った大戦です。この大戦は結果としてどの陣営も痛み分けに終わりました。そして各国の間を取り持つために聖連が誕生しました」
オリオトライは満足したように頷いた。
「そうね。聖連がまた出来ていろいろな取り決めが行われたのよね。じゃあ次は浅間、臨時惣無事令と不変世界について答えてみなさい」
衣玖が自分の席に座ると浅間と呼ばれた黒髪で両目の色が異なる少女が立ち上がった。
「Jud.、まずは臨時惣無事令からですね。臨時惣無事令とは聖連が取り決めた大名間の全面的な戦争を禁止した条例です。ただ戦争は禁じるといっても小規模な合戦や相対戦は許可されています。これは全ての戦闘行為を禁止することによって各大名に鬱憤が溜まるのを避けるためですね」
と浅間が言うと前列で表示枠を開いていた少年が振り返った。
「Jud.、お陰で軍事力を持つ国家は小規模合戦を仕掛けて勝利することでその武威を見せ付けることが出来るし逆に小国は相対戦に持ち込んで勝利することで交渉を有利に進めたり出来るね」
浅間は少年に頷いた。
「ええ。ですがこの制度のせいで徳川のような国はあちこちからちょっかいを受けることになってますね」
後列の席で同人草紙を描いていた黒翼の少女マルガ・ナルゼが答えた。
「ここ最近今川が調子に乗って二ヶ月置きに攻めて来て面倒ったらありゃしないわ」
「最近今川家も力を付けて来て現場班としてはちょっと大変かなー」
と金翼の少女マルゴット・ナイトが続けた。するとつばの長い帽子を被り、顔を赤いマフラ―で隠した忍者が言った。
「自分や半蔵殿の調べによるとどうやら今川家は北条・印度連合から武器の提供を受けているようで御座る」
「それに関してはコッチでも確認とれたわよ。今川に興国寺経由で結構な数の武器が流れてるわねー」
前列に座る金髪長髪の少女がクラスメイトにデータを送る。データには東海道・関東間の流通が記されており関東の北条から今川に太い線が引かれていた。
「武器以外にも食料や医療品なんかも増えているみたいね」
「なんだか大きな戦争を準備しているみたいですね」と浅間は呟く。するとオリオトライが両手を叩いて注目を集める。
「はいはい、戦争の事もいいけど今授業中ってこと忘れないでよー。ハイディはその情報を正純に送ったら授業に集中しなさい。じゃあ浅間、次は不変世界についてやってみなさい」
「不変世界ですね。不変世界とは今私たちがいるこの世界の事を指します。不変世界では歳をとることはありませんがそれ以外では死亡します。また、私たちの世界に非常に似た地脈が流れているため私たちの技術を流用出来ます。なぜこの世界の時が止まっているのかは不明ですが何らかの概念が働いているのかもれません」
浅間が一通り離し終えて教室を見回すと窓際の席で雑誌を読んでいた派手な女と目が合った。女はフフっと笑うと
「歳をとらないって言うのは女にとっては良いことよね。でも成長しないって事は一部の子が悲しみを背負うってことだわっ! イッツ格差社会っ!! 悲劇は永遠に続くわ!フォーエヴァーッ!!」
「なんでこっち見て言うんですのっ! 喧嘩売ってますわねっ!」
銀の大ボリュームの髪を持つ少女が叫ぶ。
「喜美! 喜美! ミトが可哀相ですよ! たしかに時が止まってるせいでオパーイは成長しないかもしれませんけどミトの場合最初っからステータスの上限値が低いだけかもしれませんよ!」
「智! 智! それフォローしているようで貶してません!?」
「どーでもいいけどアンタ、被害拡大させてない?」
変人が指を指している方を見れば金髪でブカブカの制服を着ている少女が自分の胸を凝視しながら「上限値が低い……」と念仏のように呟いていた。浅間は内心「あちゃー」と思ったが気にしないことにする。後ろを見れば衣玖が俯いて笑いを堪えているのが分かる。
━━馴染みましたよね。
と浅間は思う。元の世界でのノヴゴロド戦を終えて有明に戻ろうとした所を統合事変に巻き込まれこの世界にやって来た。その後の統合争乱で関東を追われ、途中で同じく異世界から流れてきた比那名居天子と永江衣玖と出会い三河の徳川領に逃げ込んだ。その後も色々なことに巻き込まれ今に至る。「7年」という年月は長く思えるが実感がないのかそれほど長いとは感じなかった。これもこの世界の特徴らしいのだがやはり詳細は不明だ。
「変な世界だ」と思う。地脈関連に強い浅間神社や各神社や企業も挙って研究しているが元の世界に戻る方法どころか未だにこの世界の原理も判明していない。結局殆どの人間がこの世界での生活に馴染み始めていた。
ただ流されている、とも思うが実際のところ元の世界に帰れない事に困ってはいない。ただ。
━━トーリ君とホライゾンですね……。
この世界には大罪武装が無いのだ。何時無くなったのかは定かでは無いが、気が付いた時には消えていた。元々ホライゾンの感情である大罪武装を取り戻す事が自分たちの目的だ。今のこの状況はその目標を失って皆立ち止まっている。「でもトーリ君は諦めていない」と彼の気持ちが分かると思うのは自分の驕りだろうか?
浅間は教室の窓の外を見た。そこには青い空が永延と続いている。
「トーリ君たち、しっかりやってるでしょうか?」
***
三河国西部には岡崎城が存在する。岡崎城はさほど大きな城では無いが城壁を最新の術式加工された物に変えており、城の各所には対空用の流体砲が設置されていた。本丸の南部には管生川が流れており、西側は4重の外堀を持ち、北側は改修のために柵で覆われていた。
その岡崎城の評定所に8人の男女がいた。一人は評定所の最奥に座る上質の着物を着た恰幅の良い男性で、評定所の左奥には少々神経質そうな男が座っており、左手前には気難しそうな顔をした男が座っていた。その反対の右側の奥には大男が背筋を伸ばして座っており、手前には紅い派手な着物を着た男が胡坐を組んでいた。評定所の手前には3人の若い女性が座っていた。一人は正座を組み背筋を正した上を男子用の制服を着た少女で、その右隣には銀髪の自動人形の少女が同じく正座をしている。左隣には金の長い髪にバニーガール風の姿の派手な女がいた。
中央の男装の少女は左隣のバニーガールを冷や汗を掻きながら横目で見ていると最奥の男が苦笑した。
「何に一番驚くかと言われれば葵殿の女装に驚かなくなった自分に一番驚くな」
と男が言うと女装が体をくねらせながら「いやん」と声を上げたので男装の少女が裏拳を叩き込む。女装が蹲るのを無視し平伏した。
「申し訳ありません家康公! この馬鹿には私からキツく言っておきますので何卒ご容赦を……」
家康と呼ばれた男は少女に頭を上げるよう言った。
「この程度の事、構わぬよ正純殿。貴殿ら武蔵には先日の今川との一戦といい我等徳川は大いに助けられてきた。今や武蔵は徳川と家族も同然よ」
正純は家康に一礼すると女装が「同然だ!」と偉そうに言うので脛を蹴った。すると左手前の男が「左様」と続ける。
「武蔵アリアダスト教導院の協力によって我が徳川領は技術面において大きく進歩を遂げた。更に東海道の交易路の整備にも非常に尽力してくれた。この事は感謝してもしきれないほどだ。」
家康は頷く。
「康政の言うとおり武蔵の商業の才見事だ。おかげでうちの長安めが『負けてられませんよー!!』と言いながら蔵に篭ってしまったわ」
紅い着物の男が「最近蔵から変な声が聞こえるのはそのせいか……」と呟く。正純は賞賛の言葉に対する喜びを内にしまいながら姿勢を正した。
「つまり、客将だけに客商売が上手いと━━━」
***
・煙草女:『これ、正純の首飛んだんじゃないさね?』
・貧従師:『というか何でこのタイミングで言うんですかねぇ……』
・あさま:『み、皆さん悲観的過ぎますよ! 正純は褒められた照れ隠しでギャグ言ったら見事にスベッて、それで相手がたまたまあの徳川家康公だったってだけですよ!! あ! これ首飛んだかもしれませんね!』
・約全員:『お前が一番悲観的だよ!!』
・副会長:「待て、お前ら授業中だろ! 何で平然と会談を覗き見しているんだ!」
・あさま:『授業でしたらどうやったらミトの胸が大きくなるのかを先生と一緒に考えて結局「無理じゃね?」という結論に至った所です』
・銀 狼:『そんなこと教えなくていいんですのよ━━━━━っ!』
・俺 :『どーでもいいけどこの雰囲気どうすんだ?』
***
さて、如何したものでしょうか……。
とホライゾンは思う。会談は正純の奇跡的な滑り方で止まってしまった。横を見れば正純
は冷や汗を掻いて固まっているし、その奥では馬鹿が上半身をくねらせてよく分からない
事をしているがこれは無視する。
他の武将達も同様に反応に困っていた。そんな中、大男だけが目をつぶり表情を変えてい
ないがやはり何もしない。
━━ここはやはりホライゾンが……。
と思い立ち上がろうとすると大男がいきなり目を見開き、声を上げた。
「喝っ!!!!」
その場にいた誰もが止まった。暫くして左奥の神経質そうな男が後ろに倒れた。康政が
慌てて近寄り
「忠次殿! 忠次殿! なんと! 目を開けたまま気絶している!」
ホライゾンが倒れた酒井忠次から大男に視線を戻すと目が合った。大男は頷くと
「失礼、場を和ませようと思ったが逆効果であったようだ」
***
・あさま:『これ……忠勝さんが助けてくれたんですよね?』
・蜻蛉切:『流石は忠勝殿。武術のみではなく場の読み方にも長けているので御座るな。拙者も見習わなくてはいけないで御座る』
・魚雷娘:『いえ、別に見習わなくても……』
・俺 :『お、衣玖さん通神できるようにしたん?』
・魚雷娘:『はい、先日浅間様にお願いしまして晴れて通神デビューです』
・あさま:『今のご時勢通神できないと色々と不便ですからね。こちらで契約を結びました。衣玖さんはまだ通神初心者なので色々セーフティーが掛かってますけど慣れてきたら自分で設定を変えてみてください』
・魚雷娘:『セーフティーですか……?』
・あさま:『セーフティーには様々な種類があって禁止ワードが自動的に消去されたりしますから安心です』
・俺 :『そうだぞオメエら! 衣玖さんに対して「イクさんイグゥゥゥゥッ!!」とかいったら駄目だかんな! 絶対だぞ!』
━━『俺』様が退出いたしました。━━
・あさま:『はい! 綺麗になりましたぁー!」
・賢姉様:『いま思いっきり禁止ワード映った気がするんだけど』
***
正純は「何をやっているんだか……」と思いながら表示枠をしまった。横を見ればホラ
イゾンが此方を見ながら親指を立てていたので応じる。兎にも角にも本多忠勝公のお陰で
場の空気は戻った。話を戻すなら今のうちだ。
「家康公。本日我々が呼ばれたのは先日の今川との一戦の事だけとは思えませんが……一
体どのようなご用件で?」
うむ、と家康は頷く。
「今日貴殿等を呼んだ理由は、葵殿等と一度落ち着いて話して見たかったからよ」
「話……ですか?」と正純が言うと家康は女装の方を見た。
「話を聞くに葵殿はそちらのホライゾン殿のために元の世界では世界制服を行っていたと
いうではないか、葵殿は世界を征服した後どのような世を創ろうとしていたのか気にな
ってな。話してはくれまいか?」
すると女装はウィッグを外し、家康に指を指した。
「そりゃオメエ、誰もが笑って暮らせる世界だよ」
復活した酒井忠次が「無礼な!」と声を上げるが、家康がこれを制する。
「誰もが笑って暮らせる世か……。だが葵・トーリよ、世界を創るということは相反す
る者達と戦うという事だ。その者達の事はどうする?」
━━これは私達にとっての永遠の課題だな。
と正純は思う。自分達の主義を掲げればそれに反する者達も出てくる。だが、私達は決意した。かつての三方ヶ原の苦い敗戦の後、皆で自分達の目的を再確認したのだ。横の馬鹿を見ればこちらの視線に気付いたのか笑い掛けてきた。その笑みに対して正純は頷く。
「確かに俺の夢は大変かもしれねぇ。だけどもう決めたんだよ、どんなに辛くても苦しくても俺は諦めねぇし誰も見捨てない。その事は今だって諦めてないぜ」
「家康公、確かに葵の言う事は理想論かもしれません。ですが我々は我々の王と姫共に歩んで行こうと思います」
暫くの間沈黙が続いた。トーリと正純は家康の目をしかっり見ているとホライゾンが家康
に質問した。
「家康様はどうなのですか?」
「━━『どう』、とは?」
「jud.」と一置き入れてホライゾンは続ける。
「家康様は一度天下を統一しました。その時の家康様はどの様な夢を持っていたのかと━━ホライゾンはそう思いました」
家康はしばし言葉に詰まった後、静かに話し始める。
「ワシも最初は葵殿と同じであった。泰平の世━━それを目指してがむしゃらに戦ったが気が付けば多くの血を流した。ワシが創った世というのは多くの犠牲と、冷酷な計算によって生まれた世よ。だからこそ、だからこそ葵殿の夢に引かれたのであろうな」
家康は一息入れて目を弓にした。
「葵・トーリよ、そなたの夢諦めずに進むがよかろう。ワシが成せなかった事を成せ━━険しき道を行く若者よ」