「武蔵より赤い煙弾を確認!! 大将、作戦は失敗したようです!!」
日本丸一番艦の艦橋で報告を受けた九鬼嘉隆は大きく溜息をつくと顎鬚を摩った。
<<赤い星座>>の奇襲作戦が失敗した以上、最早北畠家に武蔵を撃沈する手段は無い。
残った策は一つだけ……最終手段として残したものがあるが……。
「全速前進!! 武蔵左舷側を抜けて前方の本隊と合流するぞ!!」
二番艦にも連絡を入れ武蔵を追い越すように鉄鋼船を進ませる。
そして武蔵の左舷中程までに達した瞬間、船体に大きな衝撃が走った。
「どうした!! 何があった!?」
「左舷後部に被弾!! 表面装甲が破損!! ですが貫通はされてませんぜ!!」
被害報告を映し出す表示枠と共に射撃地点の望遠映像が映し出される。
そこには武蔵の巫女が武蔵野艦橋上で弓を構えている姿が映し出されており、彼女は二度目の射撃準備を行っていた。
「後部に障壁展開!! 直ぐに此処を離れろ!!」
幸い二度目の射撃が行われる前に離脱が出来、これ以上の損害を受けずに済んだ。
━━まだ沈む訳にはいかねぇからなぁ……!!
前方の北畠艦隊を見ながらそう頷いた。
***
━━ここまでか……!!
北畠艦隊の旗艦で指揮を取っていた北畠具教は敗北を悟った。
既に北畠艦隊の半数が撃沈及び航行不能となっておりこの旗艦も損傷甚大であった。
此方に止めを刺すため徳川本隊も動き始め万が一も勝ち目は無い。
「日本丸一番艦及び二番艦、艦隊の前方に着きました!!」
前方では二隻の鉄鋼船が旋回し船首を武蔵側に向けており未だ交戦意志が有る事を示している。
━━だが、今さらどう挽回できる?
残った戦力で自分が出来る事。
北畠の為になる事。
それは……。
「全艦に告ぐ、これより武蔵に対して最後の突撃を敢行する!
最早これは勝利の為の攻撃ではない。ただ己の意地を示すための突撃だ。
よって現時点をもって撤退を許可する!」
艦橋が静まり返り、皆が此方を見る。
「お前たちも退艦を許可する。ここで残るも、私と共に散るも自由だ」
そう言うと暫く乗組員達は困惑した表情を浮かべた。
しかし一人、また一人と頷き口元に笑みを浮かべる。
「侮ってもらっちゃ困りますぜ、俺たち殿と運命を共にするつもりでさぁ!」
「ええ! 徳川に一泡吹かせてやりましょう!!」
男達は鬨をあげ始め、それは全ての艦に伝達した。
熱くなる目頭を押さえ、俯く。
何と、何と満ち足りた事か! この世に再び生を受けて以来、北畠家を守る一心で戦い。時には屈辱に塗れながら大国に頭を下げた。
だが、これぞ戦! これぞ武士の喜び!
今ならば言える。再び生を受け良かったと!!
「相分かった! 皆逝こうぞ!! 全艦とつ……」
『少し待たんか!!』
表示枠に父・晴具が現れた。
***
『ち、父上?』
表示枠越しに肩透かしを食らった息子の気の抜ける表情を見て口元が緩む。
「馬鹿者が! 貴様等が突撃したら誰が後の北畠家を守る!! もっと先の事を考えんか!!」
怒鳴られ一瞬肩を竦める具教であったが彼は直ぐに姿勢を正す。
『ではこのまま降伏しろと!? そう仰るのですか!?』
「無論、このまま降伏する訳にはいかん。それは北畠家の誇りを地に落す事になる」
『では……!』と身を乗り出す息子を片手で制すると彼と視線を合わせる。
「……死ぬのは儂だけで良い。若人に道を切り開くのは老人の仕事よ」
固まる息子に微笑みかけると力強く拳を振り上げた。
「聞け、北畠の武士よ!! 我が命、我が死を持ってこの戦いの決着とせよ!!
そして後の事。北畠の未来を切り開け!!
それこそが次代への戦よ!!」
『父上!! 私は……!!』
「我が勝手、許せ具教よ。そして後の事を頼んだ」
そう言うと通神を切る。
目を閉じ、大きく息を吸うと艦橋に居る乗組員を見た。
「では退艦命令を出せ」
***
通神兵が艦に退艦を命令を出している姿を見ていると表示枠に九鬼嘉隆が映った。
「済まんのぅ。付き合わせてしまって」
『なに、乗りかかった船ってやつでさぁ。それにこっちはギリギリで退艦しますけど━━いいんですかい?』
「元々北畠の抗戦派を焚きつけたのは儂だ。その落とし前は着けねばならん。
それに具教は北畠家にとって必要な男だ。ここで死なせるわけにはいかん」
『北畠の旦那は今頃怒ってるでしょうなぁ』
そう嘉隆が笑うとそれに釣られて笑う。
「息子の事、頼んだぞ」
此方の言葉に頷く嘉隆を見ると前方の武蔵を見た。
「さて、若造どもにちょっと挨拶するとしようか」
***
武蔵野艦橋では戦いの大詰めのため副王二人に書記、葵姉に浅間と本多・正純が集まっていた。
ネシンバラは表示枠を開きながら一同を見渡し「さて」と一言言う。
「みんな、良くやってくれたね。北畠の策を正面から打ち破り、いよいよ戦いも大詰めだ。
降下してきた傭兵団は殆どが撤退。取り残されたものは此方に降伏しまだ一部が浅草や品川で抗戦しているけど問題ないだろう」
「では戦う力が残っていない北畠家は降伏するのでは無いでしょうか?」
ホライゾンの疑問に答えたのは葵姉だ。
「フフ、ホライゾン敵は意地を見せるために戦っているのよ? 私達は敵の“策”は破ったけど“意地”は破っていない……分かるわね?」
「成程、つまりこれから敵は『ヒャッハー、カミカゼだー』といい感じのテンションで突っ込んでくるんですね」
いやー、確かにそうなんだがもうちょっとどうにかならないのか? その表現?
と思っているとホライゾンは此方を見た。
「正純様、ホライゾンは必要以上の喪失を求めません。ですので正純様の交渉で……あっ」
「おい! 『あっ』ってなんだ!! 何で目を逸らす!?」
・金マル:『いやー、セージュンが交渉したら恭順派も突撃してきそうだよねー』
・● 画:『この際、北畠家滅ぼすか!』
・大狸様:『いやいや、流石にそれは困るなぁ。一応わし、本領安堵って言っちゃったから』
何でさらっと家康公まで混じってるんだぁ━━━━━!?
大変不名誉な印象が徳川家にまで伝播している気がする!!
・副会長:『そこまで言うなら北畠家と交渉してやる! なんだったらついでに織田とも交渉するぞ!!』
・“約”全員:『やめて━━!!』
『“武蔵野”より皆様へ敵鉄鋼船から小型艇が離脱。退艦作業と思われます━━以上』
退艦作業? 鉄鋼船が?
「ネシンバラ……」
「ああ、妙だ……。鉄鋼船は退艦が必要なほど損害を受けていない。これから突撃を仕掛けるなら攻撃の主軸である鉄鋼船を廃棄するのはおかしい。
何か別の策が……?」
『敵艦より通神。開きます━━以上』
艦橋正面に大型表示枠が開き、老人が映った。
彼は此方を見ると頷く。
『儂は北畠家臣、北畠晴具だ。そちらの総長と話したい』
北畠晴具!? 当主、北畠具教の父親か!!
一体何が目的なのか……。
馬鹿に目配りすると彼は頷き一歩前に出た。
「なんだよ爺さん? 俺に何かようか?」
『お前さんが噂の葵・トーリか。…………今日は脱いでないんじゃな』
・あさま:『トーリ君の全裸、国内外に知れ渡っているんですね……』
・銀 狼:『というか晴具公、なんで若干残念そうですの……?』
「おいおい爺さん俺を全裸だけの男と思っちゃいけねぇぜ! なんたって女装もできるからな!! 今すぐ見せてやろうか…………ぁ!」
馬鹿が後ろからホライゾンに殴られ倒れた。
晴具はその様子に呆気を取られていたが直ぐに笑った。
『いや、失礼。こんなうつけに負けたのかと思うと笑いが止まらんよ』
いや、本当になんか申し訳ない。
そう思い頭を下げていると馬鹿がその場で胡坐をかいた。
「で? どうすんよ? まだ納得ができてねぇーんだろ? まだやっか?」
「おい、葵……」
と一歩前に出ると胡坐をかいた全裸は此方を手で制した。そして目で“任せとけ”と言ってくるので下がるしかない。
『いや、息子には戦いを終える様に言った』
……何?
書記と目を合わせ、彼も少し戸惑ったように頷いた。
『━━━━だが北畠家の戦いは終わってない』
「はて? 当主である北畠具教様に戦いを終える様に命じて戦いが終わってないというのはどういう事でしょうか?」
ホライゾンが首を傾げながらそう言うと晴具は静かに頷いた。
『徹底抗戦を唱える者たちは何らかの“結果”を得なければ納得しないだろう。
この場合その“納得”とは“完全敗北”だ。
だが北畠家のためにここで彼らを失うわけにはいかん。
故に儂が皆の“納得”となる。それがこの戦いの終わりだ』
━━待て! それはつまり……。
「そっか……じゃあ仕方ねぇ! 来いよ爺さん。俺たちは逃げも隠れもしねぇ。
北畠家が納得を必要とするなら俺たちが与えてやる!」
そう言いトーリは自分の胸を叩く。
『…………忝い』
そう言って晴具は通神を切った。
「よろしいのですか? トーリ様?」
「ん? ああ、だけど別に死ぬ事だけが“納得”じゃないだろ? ホライゾン」
「━━Jud.、 敵に完全に敗北させればいいという事でしたら別に敵の思う通りにしなければいけない訳ではありませんね。
敵が完全敗北を望むのであれば此方は完全勝利をするだけです」
「そう言うことだ」
とトーリが頷くと彼はみんなの前に立った。
「よし、それじゃあ今から敵が突っ込んでくるけどどうするか決めんぞ。
ネシンバラ、何とかできねーか?」
「やれやれ、無理難題を押し付けてくれるね」と書記は言うが直ぐに口元に笑みを浮かべる。
「敵に強烈な敗北を与えるなら鉄鋼船を二隻同時に沈める必要が有る。その為の策はあるけど問題はその策を実行するための火力が無い事だ。
一隻は武神隊に任せるけどもう一隻は…………」
『もう一隻は私が何とかするわ』
と言ったのは表示枠に映る比那名居天子だ。
「出来るかい?」とネシンバラが言うと彼女は「任せなさい」と力強く頷いた。
『鉄鋼船並列して前進を開始。敵艦はそれぞれ“品川”と“浅草”に激突するコースです━━以上』
“武蔵”の報告を受け誰もが頷きあう。
「さあ、皆! 完全勝利、手に入れるよ!」
「「Jud!!」」
***
“品川”の積載地区で爆発が生じた。
爆発は連鎖を起こし、閃光は大蛇のように伸びる。
その閃光の中から本多・二代は飛び出した。
後方の通路への着地を行おうとするが通路に人魂が現れ着地地点で彼女を待ち構える。
「伸びろ! 蜻蛉スペア!!」
蜻蛉スペアを伸ばし地面に突き立てると柄に体重をかけ空中で落下の向きを変えた。
蜻蛉スペアを中心として回転するように移動し飛ぶ。
着地をし、構えるが直ぐに危険を感じ蜻蛉スペアの柄を前に出す。
その直後、鉄の刃が柄を打った。
槍と鎌の押し合いとなり互いに顔を近づける。
「最早大勢は決した様で御座るが……!」
「そうみたいだねぇ!!」
互いに弾かれあい、距離を取る。
「だけど面子ってもんがあるのさ! ここで引いたらあたいは恩を返せなくなる!」
背後で突如爆発が生じ体が前方に吹き飛ばされる。
━━人魂の檻とは厄介な……!!
自分の周囲には常に爆発性の人魂が浮いており宛ら檻のようであった。
敵は踏み込み鎌を構える。
「こういうのあたいのキャラじゃ無いってのは分かってるけどねっ!!」
横薙ぎの振られる鎌に対して空中で身を丸めると足の底を敵に向ける。
そして刃を蹴り弾くと一回転し、着地する。
着地した態勢で槍を突き出し敵の喉を狙うが敵は一瞬で姿を消した。
━━正攻法では刃は届かぬか……。
敵の距離操作によって一撃も此方の攻撃は当たらない。
あの能力を封じない限り勝利は得られないだろう。
敵の距離操作は空間を移動しているわけではなく物理的に移動している。
ならば………。
武器を構え、相手との間合いを計る。
そして踏み込もうとした瞬間、地面が揺れた。
***
━━なんだい!?
揺れの大きさは尋常ではなく、思わず体勢を崩す。
『“武蔵”より皆様へ、これより当艦は垂直航行に移ります。市民の皆様は家具を固定し、備えるようお願いいたします━━以上』
その通神と同時に船体が横に傾く。
否、これは傾くというよりは……。
「横に倒れているのかい!?」
最早立っては居られず体が滑り落ちそうになる。
直ぐに壁となり始めた地面を蹴ると近くコンテナの上に着地した。
━━なんて無茶苦茶な……!
通常の船ではこの様な航行は出来ない。
そのまま転覆し墜落するだけだ。
だがこの艦はやってのける。それが出来るのは自動人形によって制御をされているからであろう。
着地先、眼前に副長が降りた。
槍を突き出した突撃。
それを二度鎌で弾くと距離操作で後方へ逃れようとする。
船が横になったことで人魂の檻は意味を成さなくなったが敵も足場を大きく失った。
近接型、それも加速を行う敵にとって今の状態は不利なはず。
一方此方も足場が悪くなったが距離操作である程度補える。
━━寧ろ、今が好機!
しかしこの五年間で随分と入れ込んでしまったものだ。
何時もならある程度やれればそれでいいと思っているが、何故か今回は最後まで残ってしまった。
━━映姫様はなんて言うかねぇ?
「普段からその位やれ!」だろうか? それとも褒めてくれるだろうか?
ともかくこの敵を倒し、九鬼の大将に恩を返す!
そう思い敵を見れば敵は槍を突き出しながら駆けていた。
此方を追いかける気だろうか?
無駄な事だ。
どんなに追いかけても敵が此方を捕らえることは出来ない。
そんなことは敵も分かっている筈だ。
ならば何故?
そう思った瞬間、敵はコンテナから跳躍した。
自身を槍のようにした跳躍。
槍の先端は此方を向き。
「結べ! 蜻蛉スペア!!」
割断が放たれた。
だが此方は割断されない。何故ならば敵の刃に映っていないからだ。
ならば何を割断した?
その答えは直ぐに出た。
自分の背後。
コンテナの固定具が割断され、コンテナが資材を撒き散らしながら落下を始めた。
背後に障害物が出来たため衝突防止のため能力が解除され、空中で静止する。
━━こいつ……これを狙って!?
突然の静止に判断が追いつかず反応が遅れた。
そしてそれが勝敗を決した。
武蔵の副長が飛ぶ。
それを迎撃するために急ぎ鎌を振るうが敵は飛び散った資材を足場にし跳躍を行った。
此方の遥か頭上。
太陽を背に青と黒の装甲の彼女が来る。
加速術式と自由落下を合わせた蹴り。
それを鎌の柄で受け止めるが体は大きく吹き飛ばされた。
次に見たのはコンテナにぶら下がる武蔵の副長と自分と共に海に落ちるコンテナであった。
***
“日本丸”一番艦の艦橋で九鬼嘉隆は武蔵が横倒しになって行くのを見た。
白い巨大な竜が轟音と共にその全身を傾けて行く。
━━おいおい…………冗談だろ……。
「大将!! 敵が進路から回避!! もう間に合いませんぜ!!」
「全砲門を武蔵に向けろ!! 体当たり出来なくても出来るだけ攻撃を叩き込め!!」
そう叫んだ瞬間、船体が連続して揺れる。
「武蔵より一斉砲撃!! 敵は武神を固定して撃って来やす!!」
「大丈夫だ!! こっちは鉄鋼船、そう簡単に装甲は抜かれ…………」
その瞬間船体が大きく揺れた。
非常事態を知らせる警報が鳴り響き続いて爆発音が生じた。
「なんだ!? なにが起きた!?」
「て、敵武神の長距離砲撃です! 艦後部が貫通! 高度が維持できません!!」
望遠映像に映ったのは朱の武神だ。
武神は長砲から薬莢を排出し、再装填を始める。
━━高速鉄鋼弾か!?一発だけじゃこっちの装甲は抜けないはずだ。だったら何故……?
思い出す。
武蔵を追い抜くときに武蔵の巫女に狙撃された事を。
「あの時の損傷か……!!」
再び武神から砲弾が放たれる。
装甲を貫通し、艦尾が爆発と共に砕ける。
そして一番艦は炎上しながらゆっくりと墜落した。
***
「一番艦墜落!!」
一番艦が墜落して行く映像を二番艦の艦橋で見ていた北畠晴具はゆっくりと息を吐いた。
そして一度目を閉じると最後まで残った艦橋乗組員に攻撃の指示を出す。
━━……見事!
体当たりが失敗した時点で此方の策は全て破られた。
だがこのまま終わるつもりは無い。せめて一太刀。一太刀浴びせなければ。
「敵が艦艇部を見せてる今が好機!! 武蔵野に攻撃を集中せよ!!」
そう叫び武蔵野艦底部を見ると緋色の光が灯っていることに気がついた。
━━なんだ……?
最大望遠で見るとそこには青い髪の少女が居た。
***
「いい感じよ! ペルソナ君!!」
腰に結んだ縄を持ち、艦底部の非常口に立っているペルソナ君に親指を立てる。
左足と左手で体支え迫り来る鉄鋼船を睨みつける。
『天子、流体供給の制限解除が出来るのは少しの間です。此方が危険だと判断したら直ぐに停止します』
「ええ、分かったわ」
作戦は簡単。
敵が迫ってきたら大技でカウンターを叩き込む。
ただこれには問題があり、今から自分が使おうとしている技は非常に排気を消費するため自分の内燃排気だけでは使えないのだ。
通常の流体供給でも使えるがそれでは威力が足りない。
故に葵・トーリからの流体供給の制限を外し、彼を中継点として武蔵の流体燃料をそのまま攻撃に回すのだ。
━━いいわね。
この大一番で誰もが私に頼る。
最高に気分が良い。
靡く髪を手で押さえ浅間に頷く。
「それじゃあいっちょやりますか!」
『浅間神社所属、浅間・智の権限により葵・トーリから比那名居天子への流体供給の制限を一時解除します』
『━━拍手!』
彼女の走狗であるハナミが拍手をし流体が押し寄せる。
体中の神経がかき回されるような感覚に陥るが何とか意識を保つ。
だがそれも長くは持たない。
自分に流れてきた流体を放出し緋色の霧が出来上がる。
緋色の霧によって体が浮き上がるのと同時に緋想の剣を手放すと剣は霧を纏い回転を始めた。
回転が最高潮になる事には自分を中心とした気質の塊が出来上がり気質と接触した武蔵の艦底部装甲が砕け始める。
鉄鋼船が此方を目掛け砲撃を開始するが重力障壁によって防がれる。
砲撃の爆風を体に受けながら大きく叫ぶ。
「さあ、久々の大技! 行くわよ!! 『全人類の緋想天(偽)』!!」
***
光が生じた。
緋色の光は槍となりまるで竜砲のように放たれる。
連続した巨大な気弾。
それは鉄鋼船の船体に当たり装甲を砕きながら横へ薙がれる。
砕かれた装甲は高密度の流体に飲み込まれ分解されて行く。
そして気弾が横薙ぎを終えた後、緋色の柱は天に向け収束していった。
後には右舷を抉られた鉄鋼船が残り、船は船体を傾けながら墜落していった。
鉄鋼船が伊勢の海に墜落し天高く水柱を立たせる。
午後の伊勢の海に虹がアーチを描いた。
まるで戦いの終了を告げるように。
***
『現時点を持って徳川・北畠間の国家間相対戦を終了する!』
伊勢湾に着水した“日本丸”二番艦の甲板の上で九鬼嘉隆は胡坐をかきながら戦いの終了を聞いた。
武蔵の副会長の映った表示枠を消し大きく溜息を吐く。
甲板では退艦の準備が行われており部下達が脱出艇を下ろしたり物資の運搬を行っていた。
━━やれやれ、負けちまったか……。
完敗だ。
造るのには時間を掛けたが失うのは一瞬だ。
「はぁ……大赤字だ……」
「生きてるだけマシってもんさ」
聞きなれた声に振り返ればそこにはずぶ濡れになった小町がいた。
彼女は鎌を甲板に置くと此方の隣に座る。
「まったく、船頭が溺死しかけるなんて洒落になんないね」
彼女はそう言うと小さくくしゃみし笑顔になる。
そして左舷側。
同じく撃沈した二番艦の方見る。
「……北畠の大旦那は?」
「無事だ。『死にぞこなってしまったわ』って苦笑してたぞ。今は北畠の連中に回収された」
小町は「そいつは良かった」と言うと脱力したように甲板に寝そべる。
「これからどうすんだい? 大将?」
「そうだなぁ……」と顎鬚を摩る。
北畠家という雇い主を失った今、自分達はフリーだ。
空を見上げ、白い巨竜を見る。
「徳川に世話になるかぁ……」
「雇ってくれんの? あたいら武蔵で暴れまわったけど?」
返答に困り黙る。
まあ、どうにでもなるだろう。
立ち上がると腰を伸ばす。
「ま、取り敢えずは帰って飲み会でもすっか!」
そう言って口元に笑みを浮かべると小町も笑い起き上がった。
そして二人でもう一度武蔵を見上げた。
***
戦場から遠く離れた場所。
P.A.oda領近くを真紅の飛空挺が航行していた。
その内部、兵員輸送部では赤い星座所属の傭兵達が負傷の治療や弾薬の確認、武器の整備を行っていた。
『随分とやられたそうじゃないか』
表示枠に映る眼帯をした赤毛の大男に対しザックスとガレスは頭を下げる。
「申し訳ありません……<<赤い星座>>の名に泥を塗る事に……」
『フ、失態は次の戦で挽回しろ』
大男にそう言われ二人はますます頭を下げた。
『ねーねー! そんな事より、どうだった? 武蔵? 強い?』
大男の背後から赤毛の少女が身を乗り出しその目を輝かせていた。
「個人の考えですが……奴等は今後伸びます」
ザックスがそう言うと少女は自分の肩を抱きその場で回りながらはしゃいだ。
『いいなぁー。こっちはオオウチ? だっけ? まぁそんな感じの奴に雇われたんだけど仕事の内容が小競り合いの解決だったり化け物退治だったりでさぁ。
退屈だったんだよね』
『まあ、こっちはそんな感じだ。それでだが、新しい仕事が入った。今回は合流するぞ』
“仕事”という言葉にザックスとガレスは顔を見合わせる。
「では何処で合流を?」
『お前たちはそのまま清洲に向かえ。俺たちもそこで合流する』
「…………清洲という事は……」
ガレスの言葉に大男は頷き、その後ろでは少女が嬉しそうな顔をしていた。
『ああ、次の雇い主はP.A.oda。戦のど真ん中だ』