緋想戦記   作:う゛ぇのむ 乙型

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~最終章・『生まれ落ちる者』 闇よりも更に深い所から (配点:狂気)~

 

 伊勢湾での戦いから三日後の昼の浜松港。

そこでは連日武蔵の修理が行われており修理資材を運ぶ輸送船が行き来していた。

 また伊勢から商人たちも訪れるようになり、浜松港はかつての賑わいを取り戻しつつあった。

そんな浜松港の外交艦停泊地で英国外交官の見送りが行われていた。

「お見送り、ありがとう御座います」

 ハワードはそう言って頭を下げると背後の咲夜とシェイクスピアも続いた。

「いや、長く引き止めてしまってすまない。そちらも都合があっただろう」

 本多・正純がそう言うとハワードは口元に笑みを浮かべる。

「いえいえ、我々としてはとても有益な情報が手に入ったので構いませんよ。これからも英国と徳川は良い同盟関係であり続けたいものです」

 正純が「まったくだ」と言うと二人は握手をした。

そして手を離すとハワードは周囲を見渡す。

「ところで武蔵の会計殿は? こちらに来てから一回も挨拶をしてない事に気がつきまして」

「ああ、ベルトーニ達なら捕虜にした傭兵を返還する交渉をしている」

「それは…………気の毒ですな。傭兵団が」と苦笑するハワードに釣られ正純も苦笑をした。

停泊地を影が覆い、上を見上げればまた新しい商船が入ってくる所であった。

「シェイクスピア、書記に挨拶はいいのか?」

「うん、どうせまた来るから」

 どういうことだ?

とハワードを見ると彼は頷き。

「実は英国から徳川に正式に駐留大使を送る事になりまして。彼女が志願したわけです」

・未熟者:『………………え?』

・● 画:『はい、詰んだー! 眼鏡詰んだー!』

「後ほど本国から正式な連絡が来ると思います」

 駐留大使かー。

つまりは徳川に対する監視役という事だろう。

警戒するほどの事では無いだろうが気に留めておく必要はある。

 家康公とも相談しておく必要があるな。

そう思っているとハワードが「あと」と繋げた。

「近日中に英国から三名が関東に向かう途中ここに寄ります。まあ、中々個性的な人達ですがよろしくお願いします」

「Jud.」と頷くとハワードはもう一度頭を下げた。

「では我々はこれで。次にあう時は互いに大国でありたいものです」

 そういってハワードは笑った。

 

***

 

 外交艦停泊地から少し離れた所に有る資材倉庫の屋上で英国の外交艦が飛び立つのを比那名居天子は見た。

 彼女は屋上のベンチに腰掛け、その隣には永江衣玖が座っている。

暫く二人で外交艦を見ていると衣玖が此方を見た。

「総領娘様? 次の作戦の指揮官に立候補しないのですか?」

 次の作戦というのは筒井家攻略の事だ。

ついこの前戦いが終わったばかりであるがP.A.odaが勢力を伸ばしているため迅速に動く必要がある。

 だが伊勢を手に入れた徳川は多方面に戦線が延び方面軍を結成する必要が出てきた。

ここ岡崎から浜松の対甲斐連合には家康本隊があたり、北条方面は太原雪斎と酒井忠次があたる。

そして筒井家方面の司令官決めが近日中に行われる。

「人を従えるのは面白そうだけど同時に面倒よねぇ」

 面倒は嫌だ。

だが隣で酷く残念そうな顔をしている衣玖を見ると何とも言えなくなる。

「………………まあ? あんたが手伝ってくれるってならいいけど……?」

「是非!!」と目を輝かせて此方の手を握ってくるので思わずドン引く。

「なんでそんなに嬉しそうなのよ……」

「だってあのぐうたらで遊び惚けて、その癖対した友人を持って無かったボッチの総領娘様が自分から皆様の輪に入るんですよ!? すばらしい事です!」

「あんた、そんな風に私を見てたのかい!!」

 「まあまあ」と此方を宥めると衣玖は目を弓にした。

「でも嬉しいのは本当のことですよ?」

「…………」

 ストレートに言われると何も言い返せず思わず目を逸らす。

少し赤くなった頬を隠すために立ち上がり、手すりを掴んで寄りかかる。

「ところで北畠家の方はどうなったの?」

「北畠家では当主北畠具教が息子の北畠具房に家督を譲り隠居。北畠の家臣達は一部が出奔したものの大半は残った。

そして北畠家は正式に徳川家に降伏、これで徳川は伊勢を確保したってわけね」

 衣玖とは違う声に振り替えるとそこには天狗の少女がいた。

「…………あんた、まだ帰ってなかったの?」

 呆れた様に言うとはたては腕の腕章を見せた。

そこには“従軍記者”と書かれており彼女は腰に手をあてウィンクをする。

「暫くの間あなた達について行く事にしたわ。これは徳川家康公と酒井学長も了承済みよ」

 衣玖と顔を見合わせる。

「では武蔵に移り住むので?」

「ええ、私とアマテラスは浅間神社に泊まるわ。なんか向こうじゃ巫女がアマテラスの部屋を作らなきゃとか言ってたわね」

━━アマテラス。

随分な大物が仲間になったものだ。

 この三日間でイッスンから彼らの冒険の話を聞いたがもし真実なら大したものだろう。

ヤマタノオロチにスサノオウだものね……。

 それらの名前は自分達の世界でも有名だ。

古代の大妖怪たちは現代の妖怪達よりも遥かに強力であったと聞く。

それらと渡り合ってきたアマテラスの実力とは一体どのくらいの物なのだろうか?

 遥かか過去の戦いに思い浮かべていると一隻の飛空挺が降下を始めていた。

その船体には『大一大万大吉』の紋様が刻まれており甲板上に何人かの人が見える。

「大一大万大吉……羽柴の石田三成ね。随分な大物が来たものだわ」

 船体が見えなくなると三人は顔を見合わせる。

そしてはたてが一度小さく咳を入れると手を差し出した。

「ま、これから暫く世話になるけど━━よろしくね」

 そう言って三人は握手を交わすのであった。

 

***

 

 秋に入り薄着では肌寒くなって来た夜の飛騨の森を一つの影が駆け抜けていた。

影は狐面を着け、頭巾を被った女性で暗闇のかなを颯爽と駆けた。

 暫く森を進み飛騨山脈の麓にある洞窟に辿り着くと彼女は立ち止まり周囲を慎重に警戒する。

 そして近くに人の気配が無い事を確認すると洞窟の中に入っていった。

 洞窟は蛇が這った様な形をしておりかなり深いところまで続いている。

 人工的な洞窟を進み続けると明かりが見え始め大きな空洞に出た。

眼前には巨大な門があり、その前には天邪鬼が立っていた。

 天邪鬼は女性に気がつくと頭を下げ門を開けるように指示を出した。

重い音を立て開かれる門の先には巨大な広場がありその中央には闇の塊が存在した。

 女性は闇の塊の前に進むと闇から少女の声が響いた。

『ふふ……分かるわ、この世界に死が溢れてる事。私の子種たちが私に還ってくるのが……!』

「全ての準備は整った。後は動くのみ」

 狐面の女性の声に闇が満足そうな笑い声を上げる。

『さあ! 長き滅びよりの再生の時よ!!』

 闇の周りに赤黒い霧が集まり大きな形を作り上げて行く。

闇は巨人になり、竜になり、船になり、そして収縮して爆発した。

 圧倒的な流体の波に周囲にいた天邪鬼が吹き飛ばされ叩きつけらる。

爆発が収まる頃には女以外の生き物は全て動かなくなっていた。

「ああ……この体の火照り、私、生きてるのね!!」

 広場の中央に小柄な少女が立っていた。

黒く長い髪を持ち、輝く金色の瞳を持つ裸体の少女は楽しそうにその場で回っていると突然立ち止まり眉を顰めた。

 そして自分の小振りな胸を二三回揉むと溜息をつく。

「…………この体、可愛いのだけれど胸が小さいわね……」

 「まあいいわ」と言うと少女は歩き出し、近くでまだ息のあった天邪鬼の頭を掴んだ。

「……ッ! ……ッ!!」

 暴れる天邪鬼を愉快そうに目を細めてみると彼女は口元に笑みを浮かべた。

「駄目よ? 暴れちゃ」

 天邪鬼の頭が爆ぜた。

まるで西瓜のように砕け散り少女は全身に返り血を浴びる。

「あは! 綺麗な色!」

 天邪鬼の死体を放り投げ踊り始める少女に女が近づいた。

「お遊びはそこまでにしてもらいたいな」

「……ええ、そうね。そうだわね。今のは準備運動、パーティーはこれからだわ」

 そう言うと少女は両腕を広げる。

「さあ! 復活祭よ!! 皆、思う存分喰らい! 飲み込むが良い!!」

 闇が蠢いた。

 空洞の置くから幾重もの咆哮が鳴り響き雷鳴の様になる。

そして白い肉塊があふれ出た。

何百もの怪魔の群れが地上への穴へ殺到し地上へ飛び出す。

 その様子を少女は楽しそうに見つめ、狐面の女はその少女を見ていた。

 怪魔は地上に出ると羽のあるものは飛び立ち、それ以外は森を駆け近隣の村に襲い掛かる。

 飛騨国壊滅の報は翌朝、日本中に広まる事になった……。

 

~第二部・伊勢海戦編・完~

 

 


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