~序章・『身喰らう蛇』 大変な事になりそうだ (配点:崩落富士)~
夏の暑い日差しが大地を焼き、地面には干からびたミミズや鼠が転がっていた。
そんな中を一人の女性が歩いていた。
女性は黒く長い髪を持ち、脇のあいた紅白の巫女服を身に纏っている。
彼女は暫く歩いていると立ち止まり手で日光を遮りながら空を見上げた。
「流石に暑いな……」
周囲には日陰になるような木は一本も生えて無く、それどころか突き出した岩や長く大きな亀裂、そして竜が入れるような大穴が無数にあり、この一帯が異常である事が分かる。
そして何よりもこの場で異彩を放っているのは眼前にある半分に崩れた巨大な山だ。
この山は嘗て富士山と呼ばれその美しさから人々に親しまれていた。
しかし今から四年前に突如富士山は崩落し、地下から怪魔が現れた。
今歩いている場所は嘗て富士の樹海と呼ばれていた場所だが今では見る影も無かった。
少しの休憩を行い再び歩き始めると岩陰に装甲服を身に纏った兵士の亡骸が横たわっていた。
「…………」
亡骸の前で礼をし、供養をする。
「…………後で迎えに来る。四年ぶりに故郷に帰れるわよ」
四年前の怪魔との戦いで北条は多大な被害を受けた。
今も多くの亡骸がこの地に取り残され居るのだろう。
「これだけ歩いて誤報だったら氏直の奴に文句言ってやるわ」
富士崩落以来北条は富士周辺に大規模な結界を張った。
これは怪魔の出現により不安定になった富士を封印するためと他国に行ったがそれは違う。
本当は富士山の奥である物を発見したからなのだが……。
「侵入したのが妖怪程度なら良いんだけれどね」
今朝方、北条家から結界内に何者かが侵入したとの報告を受け博麗神社の巫女である自分に調査要請が出た。
その為この暑い中もう一人、今代の巫女である博麗霊夢と共に来たのだが彼女は結界近くの水場に座り込み。
『ああ、あんた一人で行ってきてよ。私ここで見張ってるから』
と言って動かなくなった。
━━全く、修行も不真面目だし欲に塗れているし……。
先代である自分がしっかりと教育しなければ。
そう思っていると富士山の麓まで来た。
侵入者が目指すとしたらここだ。
そしてその勘は当たった。
富士山の麓にある大きな洞窟。
その入り口に三人の男女が居た。
咄嗟に近くの岩場に隠れ様子を窺う。
一人は白衣を着た老人でなにやら落ち着き無く動いており、もう一人は道化師風の少年だ。
そして最後に白い騎士。
騎士から発せられる威圧感は此処からでも感じられるほどだ。
━━相当な大物が引っかかったようだな……。
表示枠で霊夢に連絡を取りもう一度三人の方を見る。
そこでは騎士と白衣の老人がなにやら話しており此処からでは聞き取れない。
━━待て! 道化師は何処に行った!?
「あれれ? お姉さん、そんな所でなにをやってるんだい?」
頭上から声を掛けられ直ぐに後方へ跳躍する。
少年は岩場に立っており此方を驚愕の目で見ると楽しそうに拍手をした。
「凄いね! 今の跳躍。全然見えなかったよ」
無邪気に笑う少年に対して此方は内心冷や汗を掻く。
━━気配を探知できなかった!
驕る積もりは無いが並大抵の相手なら動く前に察知できる自信がある。
だがこの少年はいつの間にかに至近距離まで近づいた。
少年の横に騎士が並び、此方を見据える。
━━達人級が二人か……!
「何者だ! ここは現在立ち入り禁止だぞ!!」
此方の問いに相手は答えない。
額に暑さとは違う汗を掻きながら構える。
「これが最後通告だ! 即刻退去しないのならば実力で排除する!」
「そちらの話は分かりました」
そう答えたのは騎士だ。
澄んだ女性の声。
とてもではないが重装甲の鎧が放つ声ではない。
「……女?」
そう呟くが騎士に対する警戒心は納まるどころか寧ろ高まっていた。
この近距離で分かる。
相手が途轍もない化け物である事が。
達人の更にその先に行ったものだけが持つ威圧感。
それを前に普通の人間なら動けないだろう。
「ですが我々にも都合があります。故に下がりなさい。貴女ならこの言葉の意味が分かりますね?」
下がらなければ死ぬ。
その位分かる。
だがここで引くわけには行かない。こいつ等が何者にせよ、とにかく危険人物だという事だけは分かる。
それにこれ程までの敵と相対できると思えば血肉沸き踊るものだ。
静かに息を整え、拳を構える。
「……そうですか。では仕方ありませんね」
━━来る!
そう思った瞬間には敵は眼前に迫っていた。
「……速いっ!」
その見た目からは考えられない速度で距離を詰められ、ランスによる高速の突きが放たれた。
嵐のように放たれる槍を拳で弾くが徐々に押し込まれて行く。
槍が袖を裂き、肩に浅い傷が出来る。
━━凌ぎきれないか……!
ならばと槍を弾くと同時に回し蹴りを行い、敵の持つ大盾を穿った。
騎士が体を吹き飛ばされ、立ったまま地面を滑る。
敵との距離が離れ荒れた息を整えるとゆっくりと構えを直した。
「見事ですね」
騎士は落ち着いた様子で槍を構え直し、ゆっくりと歩み始める。
「そう落ち着いていられると自信が無くなるな」
「いえ、これでも驚愕しているのですよ。人の身で有りながらそれほどまでに力を付けるとは」
「まるで人で無いかのように……って人よね?」
「さあ、どうでしょうか?」と騎士が肩を竦めるとお互いに距離を取りながらその場を回る。
敵の実力は既に分かった。
正面から殴り合えば負けるのは自分だ。
ならば術による遠距離戦に切り替えるか?
いや、生半可な術では太刀打ち出来ない。それに自分は術を使うよりも殴りあうのが得意だ。
「『筋力強化・剛』!」
術式により脚部を強化し大きく踏み込んだ。
轟音と共に大地がめくれ上がり、砕け散る。
「『筋力強化・疾』!」
術式による加速を行い砕け降り注ぐ岩の間を駆け抜ける。
敵の得物はランスに大盾。何れも大型の武器ゆえに障害物が多い状況なら振り回しづらくなる。
「此方の動きを抑えに来ましたか……!!」
「ええ! その装備で避けきれるかしら!」
敵の懐に飛び込む。
だが敵は意外な動きを見せた。
盾を手放したのだ。
そして槍で盾の裏を穿つと大盾が砲弾のように放たれる。
「腕部限定強化!」
筋力強化を右腕だけに展開し大盾を殴り地面に叩き付けた。
だがその直後大盾の裏から高速の突きが放たれる。
拳を振り下げた状態で無理やり腰を捻り、回避をする。
槍の先端が胸を掠り、巫女服が僅かに裂ける。
「胸が大きいとこういう時に問題ね……!」
大地から足を離し空中で回転しながら落下してくる岩を掴むと投げつけた。
槍を突き出していた騎士は避ける事が出来ず岩が兜に激突し兜が吹き飛んだ。
兜の中から金の長い髪が広がり、美しい女性の顔が現れる。
彼女はゆっくりと距離を離すと地面に落ちた兜を横目で見、微笑んだ。
「ふふ、これで三度目ですね。ですがこれ以上はさせません!!」
黄金の気が破裂し、圧倒的な威圧感を放つ。
あまりの威圧感に呼吸が苦しくなり思わず下がりそうになる。
━━本気って訳か……!
ならば此方も全力で行くしかない!
「━━博麗奥義・無想天せ……」
「無想封印!!」
上空より光弾が降り注ぎ騎士が爆発した。
***
爆風で土煙が上がり視界が遮られる中眼前に一人の少女が降りてきた。
彼女は自分と同じ巫女服を着ており裾についた埃を払うと不機嫌そうに此方を見る。
「あんた! 何勝手に戦っているのよ! 私が来るまで待てなかったわけ!?」
「あ、ああ。待てなかったというかそう言う状況に陥ったというか……。
それよりも敵が来るぞ」
「え? というかあいつ誰よ?」
知らないで攻撃したのか。
と呆れていると煙の中から騎士が現れた。
彼女は傷一つ負っていなかったが先程まで持っていた覇気は消えていた。
「あんた誰よ!? 言わなかったら退治するわよ!」
「さっき攻撃された気がするのですが……」
騎士が少女を見て此方を見ると僅かに思案し。
「娘ですか?」
「いや違うし」
「違う」
同時に否定され少し面を食らった表情をすると口元に笑みを浮かべた。
その様子に少女は不機嫌気に眉を顰め、腰に手を当てると指差した。
「で? 結局誰よ?」
そういえば名前を聞いてなかったなー。
といまさら思い出す。
「私は<<身喰らう蛇>>第七柱。<<鋼の聖女>>アリアンロード」
<<身喰らう蛇>>?
組織の名前か?
「私は博麗神社の巫女、博麗霊夢よ」
霊夢が目で自己紹介を促す。
「同じく博麗神社の先代巫女。呼ぶときは先代(さきよ)でいいわ」
互いに自己紹介を終え、沈黙がその場を支配すると洞窟の方から二人現れた。
「あら? なんですの? この状況?」
一人は金の縦ロール型の髪型をし、黒い服を身に纏った女性だ。
「……博麗神社の巫女達のようですね」
もう一人は特に異彩を放っていた。
白い髪に白い服。
そして赤い六つの目を持つ面を着けた少女だ。
「おお、マリアベル君に“巫女”殿! 例の物、手に入りましたかな?」
白衣の男性が興奮気味に近づくと“巫女”と呼ばれた少女は頷き、二律空間からある物を取り出した。
それは大きな岩のような物で薄い光を放っていた。
「先代! あれって!」
「ええ、どうやらあいつらの狙いはあれだった様ね」
あれは富士崩落後北条家が発見した物であり、富士を封印する切っ掛けになったものだ。
「おお! おおお! これが概念核かね! 何とも興味深い……直ぐにでも解析を行いたい」
はしゃぐ白衣を横目に黒服の女性が前に出る。
「あら? 彼女達はこのまま返してくれる気は無いようですのよ?」
「当然だ! お前たちの目的がそれだと分かった以上、是が非でも止めなければならなくなった!」
彼らが何者かは知らないがあの“石”を取られるわけにはいけない。
あれは危険な物だ。
そう身構えると道化師風の少年が一歩前に出た。
「フフ、でもどうする気だい? こっちは五人、そっちは二人だ。多勢に無勢のように見えるけど?」
「おや? そうは思えませんが?」
その瞬間、道化師の首が飛んだ。
突然の事に霊夢は驚愕し、残りの敵は身構える。
「…………この声は」
振り返ればそこには褐色の肌を持つ自動人形の女性が居た。
***
「氏直……どうしてここに?」
「はい、貴女の事ですからうっかり敵の名前とか所属とか聞き忘れて殴り合ってそうでしたので来ました」
い、言い返せない!
自動人形の女性、北条・氏直は此方の横に立つと二律空間から二対の対艦刀を呼び出す。
「これで四対四です」
四?
と疑問に思った瞬間、後ろから騒音が来た。
「なああああああああんだ!! お前らああああああああ!! 俺を差し置いて楽しそうな事をしやがってええええええええええ!! いいもんねえ!勝手に参加しちゃうからあああああああ!!」
変人が全力疾走してきた。
鬼の面を着けた侍女服を来た自動人形はなにやら訳の分からない事を叫びながら近づいてくるが霊夢が陰陽玉を顔面に投げつけ叩き潰した。
「…………」
無言で“なんで連れて来た?”と言うと彼女は
「気付いたら叔父が後ろに居まして……」
軽く頭を抱え、溜息をつくと敵の方を見る。
「四対四よ!」
「あの、後ろで仲間割れしているのですが……」
知らん。
「あああああんんん? 何だああああああ? お前! ちっこくて貧相な体しやがってええええええ! ちょっとはそこの姪や無駄に胸のデカイおっぱい巫女を見習えやああああああああ!」
氏直が刀の鞘で自動人形の右頬を叩き、此方が拳で左頬を殴った。
「あははは! 随分と面白い人たちだ」
声は上空から聞えた。
そこには先程首を飛ばされたはずの道化師風の少年がおり、彼は愉快そうに拍手をする。
「…………姪よ、しくじったか?」
「いえ、確実に首を切断しました。故に先程の体は……」
「そう、一種の幻術みたいなものさ」
少年は地面に着地すると気取った風にお辞儀をする。
「僕の名前は<<道化師>>カンパネルラ。<<身喰らう蛇>>の執行者No.0さ」
それに続き金髪の女性が前に出る。
「私はマリアベル・クロイス。<<身喰らう蛇>>の第三柱ですわ.」
「同じく第六柱のノバルディス。博士で構わんよ」
最後に前に出たのは白い少女だ。
「……“白の巫女”と名乗っています」
次に名乗るは此方だ。
まずは氏直が、そして自分と霊夢の順に。
そして最後に自動人形が
「俺は北条・氏照だああああああああ!」
と叫んだ。
互いに名乗りを終えるとマリアベルが口元に笑みを浮かべた。
「お互い自己紹介を終えたようですし、私達はこれでお暇させていただきますわ」
逃がすか!
と踏み込もうとすると氏直が手で此方を制した。
「そうですか……ではその石は返してもらいましょう」
その瞬間影が走った。
影は一直線に空中に浮かぶ概念核に向かう。
それに反応したのはアリアンロードだ。
彼女は概念核を庇おうと前に出るが、その瞬間に氏直の背後から射出された刀に阻まれた。
「させません!」
“白の巫女”が前に出るが突如巨大な炎弾が襲い掛かり、それを片手で弾く。
「ぶあああああああああああああかあああ!! 戦いの最中に気を取られるとはああああ! 死ねええええええええええい!!」
氏照が両手に刀を持ち飛び掛ると“白の巫女”は手のひらを彼の胴に向けた。
「来ないでください! この変態!」
直後、両者の間の空間が歪んだ。
空間は収束し、そして一気に膨れ上がり爆発する。
その衝撃で氏照の体が吹き飛び、周辺の地面が抉れる。
━━空間を歪ませた!?
だがその隙を突いて影が概念核を捉えた。
「ほほ、甘いのぅ」
影の正体は小柄な老人であった。
彼は概念核を抱きかかえると手に持っていた煙玉を落とし、煙の中に消えた。
そしていつの間にかに氏直の横に立ち、腰のクナイを抜いた。
「ご苦労様です。小太郎」
「いやいやなんの。わしに掛かればこの程度造作も無い事よ」
「…………風魔小太郎。北条の忍びですわね」
マリアベルが苦虫を噛み潰したように言うと小太郎はにやりと笑った。
「さて、これでそちらの目的は果たせなくなりましたが?」
氏直の言葉に敵は顔を見合わせると<<白の巫女>>が頷いた。
「今回は下がりましょう。ですがあなた方がそれを持っている以上、再び参ります」
「しかたがない……今回は諦めるかね」
ノバルティスが肩を落とすと後方へ下がる。
それに合わせ敵は少しずつ下がる。
「では、皆様。次の再開を楽しみに……今日はこれにて幕引きに御座います」
カンパネルラが礼をすると同時に彼らの姿が歪んだ。
そして空間に溶ける様に消えていった。
後には夏の暑さと静寂だけが残った。
「……いいのかしら? 逃して」
「Tes.、 これ以上戦っても此方に得は有りません。今は一度戻り、対策を練りましょう」
「それもそうね」と頷くと霊夢を見る。
彼女は興味深そうに概念核を見つめ、「いくらで売れるかしら……」と何とも俗な事を小声で呟いている。
「のおおおおおおおおお! 俺、ふっかああああああああつ!! どこだあああああ! あの小娘! 裸にひん剥いてひいひいいわしたるううううううう!」
氏直と共に蹴りを叩き込み黙らせるともう一度敵が居た方を見る。
━━思ったより深刻な事になりそうね……。
あの騎士たちが再び来るならば対策が必要だ。
その思い夏の太陽に照らされる半分になった富士山を見るのであった。
~第三部・月下伊賀大和攻略編~