緋想戦記   作:う゛ぇのむ 乙型

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~第一章・『竹林の永久人』 挑む者 待ち受ける者 (配点:筒井)~

 

 夜闇に眠る山々の間を三隻のドラゴン級航空艦が航行していた。

航空艦は山肌にサーチライトを当てながら何かを探すように旋回する。

 しかし目的の物は見つからなかったらしく、撤収を始めた。

 最後尾の艦が艦尾を山側に向けた瞬間轟音が鳴った。

 航空艦の艦尾が砕かれ、炎上しながらゆっくりと落下して行く。

残りの艦が急ぎ山側に向かって砲撃を行うが反応は無かった。

 航空艦が墜落し、砕けた。

その様子を十三夜の月が照らし続けた。

 

***

 

「……と、言うわけで空から敵を探すのは失敗したで御座る」

 陣幕の中、表示枠を開いていた点蔵・クロスユナイトはそう言った。

「後から陸戦部隊も砲撃地点に送ったで御座るが、人っ子一人居なかったで御座るよ」

 その言葉を聞き不機嫌そうに眉を顰めたのは上座に座る比那名居天子だ。

彼女は先程から苛立ちを隠すように小刻みに足を動かす。

「伊賀大和国は天然の要害。統合争乱以降急速に竹林が広がった為視界も悪く兵は皆敵の奇襲に怯えておる」

 そう言ったのは甲冑を着たやや小太りな男だ。

「更に敵はあの筒井順慶に名将・島清興。そして異界の者だ。一筋縄ではいかない事は分かっていたが……」

「竹林といえば誰が待ち構えているのかも想像がつきますね。もし彼女なら相当な苦戦を強いられます」

 男に続いて永江衣玖も頷く。

「……みんな今日で筒井家と開戦して何日になると思う?」

 その言葉に皆ばつが悪そうになる。

「十日よ。この十日間私達は国境から一歩も進めてない。このままじゃ本隊の奴等になんて言われるか……」

「皆、分かってくれると思うで御座るが……」

「確かにね。あいつらは良いわ。だけど兵達は? このままじゃ私は無能のレッテル貼られて逃亡兵や裏切り者を出すかもしれない。直ぐにでも成果が必要だわ」

 その場に居た皆が沈黙する。

「元忠。行軍の準備を。空と陸、同時に攻め込むわ」

「……敵の様子が分からないのだ。危険だぞ?」

 「構わないわ」と天子は言うと立ち上がった。

「近日中に徳川秀忠公の後詰が来る。その前に何としてでも竹林を突破するわよ!」

 

***

 

 会議を終え、皆が陣幕のから退出する中永江衣玖は深い溜息をついた。

「初の軍団指揮で天子殿は焦っているようだな」

 声を掛けられ振り返ればそこには鳥居元忠が居た。

「鳥居様……。はい、総領娘様はああいうお人なので一度頑なになってしまったらなかなか意見を変えず……。

ですが今回は多くの人命が関わっています。何とかしなくては……」

彼女が何を焦っているのか、それは何となくだが分かる。

彼女は面子を保つ為に焦っているのでは無い。

もっと単純な事で焦っているのだ。

「仕方あるまい。まだ若き武士を支え鍛えるのも先人の務め……。おっと彼女の方が年上であったかな?」

 そう言って笑う元忠に釣られ此方も笑うと真剣な表情になる。

「鳥居様、少し頼みがあります」

 彼の耳元に近づき小声で伝えると、彼は少し驚いたように此方を見る。

「……良いのか?」

「はい、総領娘様はお怒りになるでしょうが全て私が責任を持ちます」

 元忠は暫く思案すると、頷いた。

「では早速本隊に連絡を……」

 その瞬間、破砕音と共に大地が揺れた。

 

***

 

「何事ですか!」

 陣幕から飛び出し最初に見たものは崩れる見張り台であった。

「て、敵襲―!! 敵襲だー!!」

 陣地内では兵士達が慌てて武器を取り出し駆け回っている。

 上空を何かが通過し、後方の蔵が爆発する。

「クソ!! ありゃあ攻城用の長距離砲だぞ!!」

「落ち着かんか! 直ぐに兵を送れ! 航空艦も直ぐに離陸させろ!」

 元忠は各所に指示を出し兵士達が動き始めると突然砲撃が止んだ。

 皆立ち止まり、様子を窺う。

「と、止まった?」

 誰かが言うと皆安堵したようになる。

「馬鹿者! 直ぐに出撃せんか! 取り逃がすぞ!!」

 元忠の言葉で止まったその場が再び慌しくなった。

元忠は一通りの指示を出し終えると軽く溜息を吐くと此方の方を見る。

「恐らくもう撤退しておるだろうな」

「はい、敵は此方の心を揺さぶる気ですね」

 今後もこういった奇襲を続けるはずだ。

そうする事によってジワジワと脱落者を増やす。それが敵の狙いだろう。

 ふと正面を見ると天子が立ち止まっていた。

 彼女は拳を握り締め、筒井の山を睨みつける。

そして小声で「絶対に勝つ」と言っていた。

 

***

 

 伊賀大和の山と竹林を越えた先に筒井城があった。

筒井城は平地建てられた大型の城であり、その周囲を幾重の堀で囲んでいた。

 その筒井城の天守に三人の男女がいた。

一人は上座に座る僧服の男で床に地図を広げ思案顔で居る。

 もう一人の男は体格の良い男で不敵な面構えをしている。

そして最後の一人は長い銀の髪を編んだ女性で赤と紺の特徴的な服を身に纏っていた。

「今後、どう動く?」

 僧服の男がそう問うともう一人の男が地図の徳川軍を指差した。

「こっちの策で敵は身動きが取れない。このまま徳川を抑えるってのはどうですかねぇ?」

 男がそう言うと僧服の男は女性の方を見た。

「大体は左近殿の言うとおりに。ですがこのままにするのではなく敵の戦意を削いだ後、和平を結ぶべきかと」

「敵さん、和平を結びますかね? 意固地になるんでは?」

「“このまま”では結べません。故に今来ている徳川軍を叩きます」

 その言葉に島清興と僧服の男が顔を合わせた。

「永琳よ。出来るのか? 徳川と我が筒井家の戦力差は圧倒的だ。このまま耐え凌いだ方が良いように思えるが?」

「それは違います順慶様。確かに今は耐え凌いでいますがこのまま持久戦になれば敵は本隊を筒井攻略に当てるはず。そうなればいかに此方が地の利を得ていても持ちこたえられません」

「成程、だから敵の数がまだ少ない筒井方面軍を叩いてしまってそれを交渉材料に使おうと。ですがそれでもこっちから打って出るのは危険だと思いますな」

 筒井の全兵力と徳川筒井方面軍の兵数はほぼ互角。

その状況で百戦錬磨の徳川軍と戦えば最悪此方が壊滅する事もありえる。

「確かに正面から当たれば勝ち目は薄いでしょう。ですが逆に言えば正面から当たらなければいくらでも勝ち目はあります」

「……誘き出し、ですな?」

 「ええ」と女性━━八意永琳は頷くと地図を指差した。

「このまま揺さぶりをかけ徳川軍をこの竹林に誘い込みます。竹林での戦いならば私達が圧倒的に有利。そして敵の指揮官は私の知る人物であれば気が短い」

「必ず来ると……」

 僧服の男、筒井順慶がそう言うと三人は顔を見合わせ頷いた。

「では敵を誘き出す役、誰がやる?」

「それならばいい人材がいますわ。竹林になれて、それでいて逃げ足の速い娘が一人」

 そう言って永琳は口元に笑みを浮かべるのであった。

 

***

 

「━━━━!?」

 突然の悪寒に大部屋で正座していた鈴仙・優曇華院・イナバは体が震えた。

「どうしたのかしら? イナバ?」

 自分の目の前で正座し盆栽の手入れをしていた品のある長く綺麗な黒髪を持った少女に見つめられ、慌てて姿勢を正す。

「い、いえ。何か急に体が震えまして……」

「誰かが噂をしていたのかも知れないわね」

 そう言い軽く笑うと少女は丁寧に鋏で枝を切り落として行く。

その様子を見ながら以前から思っていた事を聞いてみる事にした。

「あの、姫様は気にならないんですか?」

「何が?」と盆栽の手入れをしながら少女━━蓬莱山輝夜は聞き返した。

「えっと、徳川との戦いの事や今も戦いが続いている飛騨国の事とか……」

 「そうねぇ」と輝夜は鋏を床に置くと此方を見る。

「まず徳川との戦いの事だけどこれは永琳に任せているから私の知るところでは無いわ。

もし彼女が私の助力が必要と言うなら手を貸すし、いらないのなら私は何もしない」

 それただ自分が面倒なだけじゃ……。

と思ったが口にしたら色々大変な事になりそうなので止める。

「そして飛騨の事。これは確かに興味があるわ」

「で、ですよね! 聞くところによればP.A.odaや真田家が対処に回ってますが、姉小路家はこれ以上持ち堪えられないと判断して飛騨から脱出するとか」

「あら、そうなの?」

「……え? 知らなかったんですか? 興味があるのに?」

 此方が驚愕の声を上げると輝夜は盆栽に針金かけをはじめた。

「ええ、興味はあるわよ? どうして怪魔が現れたのかという事にね。

イナバ、貴女は不思議に思わない? 何故いきなり怪魔の大軍が現れたのか。

何故飛騨なのか? そしてこれは本当に偶然なのかって」

 それは……考えてなかった。

「起こってしまった事に目を向ける事はいい事よ。でも何故それが起きたのかという事にも目を向けなさい。そうしないと大事な事に気がつけないかもしれないわ」

 なんだか叱られているような気分になり思わず頭を下げる。

そんな様子を見て輝夜は微笑むと作業の手を止めた。

「まあ、こんな偉そうな事を言っても“何言ってんだこのニート姫”とか思われちゃうけどね」

 そういって悪戯気にウィンクした。

暫く静かに輝夜の作業を見ていると突然廊下のほうが騒がしくなった。

「重信様がお戻りになったぞぉぉぉぉ!!」

 その声と共に城が慌しくなった。人々が行きかい、鎧の揺れる音が聞える。

「どうやら揺さぶりは成功したみたいね」

「いやー疲れた疲れた」

 そう言って入ってきたのは兎の耳を持つ小柄な少女であった。

「お帰りなさいてゐ……って土埃塗れじゃない」

「ちょっと! てゐ! お風呂入ってから部屋に来なさいよ!」

 「ああ、うん。あとでね」と言うと因幡てゐはその場に胡坐をかいた。

「長距離砲仕舞うの時にこうなっちゃってね。でも徳川の奴等の慌てる顔見れたからそれでいいわー」

「長距離砲って例の穴の?」

 そう尋ねるとてゐは頷いた。

「そうそう、やっぱ師匠は天才だわ。あれじゃあ徳川には見つけられないね」

 てゐは自慢げに胸を張ると寝転んだ。

 畳が汚れるといけないので彼女を持ち上げると輝夜は盆栽を片付け始める。

そして立ち上がり此方を見ると笑顔になる。

「どうせだから一緒にお風呂入りましょ?」

 

***

 

「ええ。ええ。分かったわ。こっちでも気をつけておく」

 武蔵の遊撃士協会支部の中で西行寺幽々子は本部との通神を終えるとカウンターの前でそわそわしているエステルと妖夢を見た。

「どうだった!? 幽々子さん! 出動できる!?」

 カウンターから身を乗り出すエステルの肩をそっと持つと首を横に振る。

「依然現状維持よ」

「そんな! 何で!? 今も飛騨では多くの人が犠牲になっているのに!」

「そ、そうですよ幽々子様! 今動かずして何時動くんですか!」

勇む二人を宥めるようにヨシュアが此方と二人の間に入ると二人は一歩下がった。

「動きたくても動けないのよ。P.A.odaが姉小路との国境を封鎖して遊撃士協会の介入を拒否したから」

「じゃ、じゃあ真田側からは?」

「そっちは諏訪大社が動いているから入りづらいわね。協会と神社は折り合いが悪いから」

 「そんな事で……」と苦虫を噛み潰したような顔をするエステルの横でヨシュアは顎に手を添え、思案顔になる。

「それだけじゃありませんね……」

「それだけじゃないってどういう事? ヨシュア?」

「P.A.odaも真田も協会の介入を快く思わないのは面子の問題だけじゃない。両国からすればこれは好機なんだ」

 「好機」という言葉にエステルと妖夢は首を傾げた。

「エステル、姉小路家が飛騨国を放棄した場合どうなる?」

「それは……誰も居なくなって…………あ!」

「そう。飛騨は空白になるんだ。真田は怪魔の討伐と称して飛騨を制圧。領土を拡大できる。

そしてP.A.odaも領土を拡大できるし何よりも隣国の拡大を阻止しなきゃいけない。この事態の裏にはそういった政治的な争いも関わっているんだ」

 「そんな……」と怒りを露にしエステルは拳を握り締める。

「一応本部はまだ可能性のある真田家と交渉しているけどあまり期待しないほうがいいわね。それに出雲・クロスベルも厄介な事になっているみたいだし」

 「本部が?」とヨシュアに言われ頷く。

「何でも六護式仏蘭西が出雲・クロスベルの保護をしたいって言い始めたらしいのよ」

「……出雲・クロスベルは中立でしたよね?」

「ええ。でもそれもいつまで持つか分からないわ。此方が中立宣言しても宣戦布告されたらどうしようもないもの。だからその前に六護式仏蘭西が保護するって言ってるらしいのよ」

「無茶苦茶な言い分ですね……」

「でも六護式仏蘭西にはその傲慢さと虚栄を正当化できるだけの力がある。今後出雲・クロスベルがどうなるのかはマクダウェル市長しだいね……」

 本当に大変な時代になったものだ。

今いる武蔵だって将来どうなるかは分からない。

 今は慎重に情勢を見極め自分達に出来る事をやっていかなくては。

 ふと友人の事を思い出す。

彼女は今何をしているのだろうか? 彼女ならどうするだろうか?

━━無理してなければいいけどね……。

 自分が最後に彼女を見たのは統合争乱後妖怪軍団が解散した時だ。

あの時の彼女は酷く思いつめた顔をしていた。

 幻想郷を誰よりも愛していた彼女にとってこの世界からの脱出は悲願だ。

その思い故に暴走していなければいいが……。

「ともかく何が起きるか分からない以上、いつでも動けるようにしておいて」

 そう言うと三人は頷くのであった。

 

***

 

 昼の奥多摩の大通りをオリオトライ・真喜子と上白沢慧音が歩いていた。

二人は大きな紙袋を抱えておりその中には食材や日用品が入っている。

「悪いわねー。買い物につき合わせちゃって」

「いえ、私も色々と買いたかったですし」

 そういって慧音は紙袋の中から本を取り出す。

「それこっちの世界の本?」

「ええ、大衆向けの小説みたいですが私にとっては貴重な資料です」

「あー、歴史書を纏めているんだっけ? うちのネシンバラと話が合うんじゃない?」

「はい、彼とは何度か話してみましたが中々面白い子ですね」

「ちょっと……いや、大分変人だけど?」とオリオトライが笑いながら言うと思わず苦笑する。

 暫く二人で梅組の事を話しているとオリオトライが「あのさ」と立ち止まった。

「敬語、使わなくいいわよ? 同じ教師だし、私はそっちの方が落ち着くし。何か気になることがあったら何でも聞いてちょうだい」

「そうです……いや、そうか? なら前から一つ聞きたい事があるんだ」

 「なに?」とオリオトライが此方を向く。

「貴女は生徒が戦いに出て心配にはならないのか?」

 彼女の担当する梅組は武蔵の中核となるクラスだ。その為常に最前線にいる。

「んーそうねー」と言いながらオリオトライはゆっくりと歩き出したのでそれに続く。

「心配より信頼のほうが上って思いたいかなー。ほら、あの子達って普段馬鹿やってるじゃない? でもいざとなれば自分達のやるべき事を理解してやり切るから。

それに年配者が不安そうにしていたら若い子たちが安心して動けないじゃない?」

「凄いな、私だったら不安でしょうがない」

 と苦笑するとオリオトライははにかんだ。

「でも全く不安がないって訳じゃないのよ? こっちに来たばっかりの時は流石に不安だったわ。特に天子と衣玖が来た時」

「そうなのか?」

「梅組の連中って良くも悪くも自分達の世界が出来てるからね。誰かが馬鹿やって、それに突っ込みを入れて、そしてその騒ぎが拡大していつの間にかに収まる。

そこに本当の意味で異質な二人が入ってきたのよ?

衣玖は他人に気を使うのが上手だから直ぐに溶け込めたけど天子はねぇ。

あの子、最初に武蔵に来た時なんていったと思う?

『今から此処は私の城よ! あんた達は私に従いなさい!』よ?」

 その様子が直ぐに思い浮び、思わず笑う。

「で、うちの子達とあの子が戦って……まあ後半は戦いってよりリンチぽかったけど最初に『一対十でも構わないわ!』とか言ったんだから仕方ないわよね。

それから教導院に転入よ? 暫くはギクシャクしてたわね」

「それからどうなったんだ? 今は大分馴染んでいるみたいだが」

 角を曲がり飲食店が多く並ぶ道に出る。

昼のため多くの店が看板を立てかけ、良い匂いが漂ってくる。

「ある日ね天子がトーリにこう言ったのよ。『あんたの理想はお子様の考え。そんなんじゃ誰も救えない言うだけ大将よ』ってね」

「それは……」

 彼の理想は知っている。そして彼の仲間達は彼の理想を支えようとしている事も。

「そしたらミトツダイラが怒ってね、一触即発の雰囲気になったのよ。でもトーリは怒らなかった。彼はね笑顔で『そっか……でもよ? 救えないって決まったわけじゃないだろ? 俺の事、皆の事が信用できねーってなら見ててくれよ。それでおめえが駄目だって思ったらいつでも言ってくれ。王様ってのはみんなの意見を聞くものだろ?』」

「…………」

「それからは大分大人しくなったわねー。暫く天子がストーカーみたいにトーリの様子を常に監視していてちょっとした名物になっていたけど今は信用してくれるようになったみたいよ?」

 オリオトライは簡単に言ったが実際にはもっと色々な衝突があった筈だ。だがそれを乗り越え今の彼らがあるわけか……。

 気がつくとオリオトライは飯店の前に立ち止まり指差した。

「ちょっと昼食にする?」

 

***

 

 店内は昼休みに入り、食事をしようとしていた人々が多くおり繁盛していた。

店員に隅の席に案内されオリオトライがヒレカツ定食を頼んだので本日のオススメの欄に書かれていた海鮮丼を注文する事にした。

 店員が湯飲みに入った緑茶を持ってくるとオリオトライが口をつける。

「さっきの話の続きって感じだけど、今ちょっと心配な事があるのよね」

「心配? 梅組の事か?」

「梅組というか天子が、ね」

 彼女は湯飲みをテーブルの上に置くと椅子に深く腰掛けた。

「最近の彼女さ、ちょっと思いつめちゃってる感じなのよね」

 「思いつめている?」と聞き返すと彼女は「そう」と頷いた。

「歩いているときにも言ったけど天子ってさ友達を作るのに向かない性格じゃない?」

 確かに。

幻想郷でも彼女は友人が多いとは言えなかった。

 そもそも最初の出会いが出会いなので彼女に対して良い印象を持っている人物のほうが少ないかもしれない。

「そんな彼女がよ? 友人を得たわけじゃない。だから彼女自身戸惑っている感じがするのよね」

「友人を得て戸惑うのか? 喜ぶのではなくて?」

「ええ、他人とどう接すればいいのか、どうしたら嫌われないのか? これって結構難しい事だと思うのよね」

「……つまり彼女は友人を得たことで無意識の内に友人が自分から離れる恐怖を感じていると?」

 オリオトライは「Jud.」と言うと店に入ってきた客を横目で見た。

「一度孤独を知った人間は誰よりも孤独を恐れるわ。だからその恐怖から向こうで暴走してなきゃいいけどってね。まあ向こうには衣玖が居るし、点蔵やメアリも居るから大丈夫だと思うけど……」

 そう言ってオリオトライは苦笑した。

それから少ししてヒレカツ定食と海鮮丼が運ばれ、食事を終えると店を出た。

 十一月に入り外は肌寒さを感じさせるようになっていた。

 ふと足を止めると此処からは見えない伊賀の方を見る。

向こうの空は曇り掛かり、今後を憂う様であった。


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