準バハムート級航空都市艦武蔵の中央後艦・“奥多摩”にある屋敷の縁側に一人の男が座っていた。
男は口に煙管を咥えており、その手には複数の報告書を持っていた。男が報告書に目を通していると屋敷の奥から急須と湯飲みを持った侍女服姿の自動人形の女性が「酒井様」と声をかけながら近づいてきた。酒井と呼ばれた男は自動人形に気付くと手に持っていた報告書を揺らしながら話しかけた。
「この武蔵に遊撃士協会の支部を置きたいって『出雲・クロスベル』の協会本部から誘いが来ているんだけど━━どう思う? “武蔵”さん」
“武蔵”は縁側に座ると茶を酌み始める。
「遊撃士協会━━民間人の安全と平和を守るために創られた民間団体で、2年前から『出雲・クロスベル』で活動を始めたと聞いています━━以上」
「そうそう、主な活動は怪異の調査や近頃現れている怪魔の討伐をしているらしいね。元の世界では国家間の戦争に介入できたらしいって言うじゃないの。トレードマークの“支える篭手”を掲げてね」
と言うと酒井・忠次は“武蔵”に報告書を渡して変わりに湯飲みを受け取った。
「今の時代に紙媒体ですか……。我々としては通神経由の方が情報処理の手間が短縮されていいのですが━━以上」
「まあ、まだ地脈間通神に馴染めない人が多いから仕方ないんじゃない?」
統合争乱の後様々な技術革新が行われた。地脈整備もその一環でこれが行われた結果地脈間通神が幅広く広まった。だが全ての人間が扱えるようになったわけでは無く、特に技術革新に付いていけなかった多くの戦国武将達には不評だった。その為紙を使った情報交換は未だに盛んである。
「うちは浅間神社があるお陰で怪異の発生率が低いけど、余所は結構参っているらしいよ」
「Jud.、 怪異についての情報は此方にも浅間神社経由で送られて来ています。“武蔵”個人の意見としては協会を置いておくことは有事の際に役に立つと判断します━━以上」
そうかい。と言いながら忠次は茶を啜る。
「じゃあ協会の件、俺からトーリ達に声をかけておくよ。あいつ等今、家康さんところ行ってんだっけ?じゃあ帰ってくるのは夕方かねぇ」
「酒井様は家康様にご挨拶を伺わなくても宜しいのですか?━━以上」
忠次は苦笑しながら
「いや、俺そういうの苦手だから。それに家康さんとこには“本物”の酒井忠次がいるし俺が行っても邪魔かなーって ね」
忠次は茶を飲み干し縁側に置くと庭から岡崎の方を見た。
「ま、俺はあくまで脇役であいつ等が主役なんだ。細かい事はあいつ等に任せようじゃないの。なあ、“武蔵”さん」
奥多摩に初夏の風が吹いた。
***
東海道には三河国に隣接した駿河の国が存在した。駿河は代々今川家が治めてきた土地で交易の重要地として栄えていた。その駿河国に大きな城が聳え立っている。
駿府城である。
駿府城は天守を中心に4層構造になっており各城壁には防御術式がかけられていた。城壁には小窓が開いておりそこから野戦砲が身を乗り出している。また、城の北部には航空艦用の港が設けてあり数多くの軍艦が整備を受けているのが見える。
その駿府城の大評定所には今川家重臣岡部元信を始めに多くの家臣が集まっていた。評定所の上座には三人の男女が座っている。一人は中央に座り、不敵な笑みを浮かべる男。その右隣には漆黒の僧服を纏った男が禅を組み、左隣には白髪に青毛が混じった青い服を着た女性が正座している。
中央の男が手を上げる。
「先日の徳川との一戦における泰能の失態についてだが━━」
家臣団の前列に座っていた朝比奈泰能が緊張した趣で頭を下げる。
「━━不問と致す」
泰能は驚き顔を上げると上座の男が破顔した。
「確かに先日我等は敗戦をしたがその一方でこの雪斎と異界の友人が徳川・北条間の交易路を一つ押さえた。その上泰 能は迅速に撤退し被害を最小限に留めた。結果として見ればこの戦い我等の勝利だと思うが、他の者達はどう思うか な?」
と男が問いかけると家臣達はしばしざわめいた後、皆平伏した。男は満足げに頷くと右隣の太原崇孚雪斎に語りかける。
「近年の今川家の繁栄、実によい事だと思わないか? 雪斎よ」
雪斎は男の目をその静かな双眸で見た。
「あまり浮かれぬ方が良いかと……今川義元公。先日の敗戦は事実、あの徳川を甘く見るのは危険でしょう」
義元は「あーやだやだ」と手を仰ぐと左隣の女性に声をかけた。
「まったく人がいい感じに空気を良くしたのにこの言いよう、どう思う慧音?」
青服の女性━━上白沢慧音は首を横に振り。
「雪斎様の言う通りかと。勝って兜の緒を締めるという格言も御座います」
義元は半目になって両隣を見るとため息を付く。
「まったく面白みの無い奴等め、もっと気楽に生きんと人生損するぞ?」
と言うと義元は家臣たちを見据えた。
「しかし世とは因果な物と思わないか?かつて我は腐敗した室町幕府を立て直すために挙兵したが尾張の大うつけに討たれた。だが話を聞くとそのうつけも天下統一を目にしながら家臣の明智光秀に討たれ、その光秀を討って天下を獲ったのは秀吉とかいう奴だとな。そしてその秀吉死後天下を統一したのがあの竹千代と言うではないか。これは結果として竹千代を教育していた雪斎の天下とは言えまいか?」
と義元が言うと雪斎は「ご冗談を」と言い目を伏せる。そんな様子に微笑む。
「我は桶狭間にて大敗を喫し討ち死んだが我の死も竹千代の糧となったっと思えば無駄では無かったかな?」
と家臣に問いかけると家臣達は皆目を伏せた。すると慧音が義元の方を見る。
「歴史というのは様々な事象の積み重ねです。どの様な些細な事でも決して無駄では無いと私はそう思っています」
慧音の話に頷くと義元はもう一度家臣を見据えて笑う。
「さて、ここでお前達に一つ問題を出そう。近年我が今川家は北条・印度から多くの武器や食料を買っているが何故だ と思う? はい! 氏広! 5秒で!」
関口氏広は「え?」と慌てていると義元が「はい! 終了!」と言うので半目になる。
「じゃあ、元信答えて見ろ」と言うと前列の中央、今川義元と対座する形で座っていた岡部元信が答える。
「近年の武装強化は徳川を警戒して……という事では御座いませんか?」
「ふむ、50点と言った所だな。小合戦の為だけならばあれだけの量はいらんよ」
義元はふと微笑み。
「我が今川家が武器を集めるはそろそろ大きな花火を上げたいからよ。お前達も小競り合いだけでは飽きただろう? そろそろ歴史を動かしたいと思わんかね?」
と問いかけると家臣達はざわめき始めた。元信が緊張した顔で背を正し義元に尋ねる。
「それはつまり━━臨時惣無事令を無視した侵攻をかけると……そういう事ですか?」
義元はしばらく黙った。家臣達は誰もが緊張し、義元の姿を注視すると突然義元は笑った。
「なーんてなっ! 今川の様な国が聖連に楯突けばあっという間に滅亡よ!」
義元の言に皆脱力するが「だが」と義元が続けた。
「だが、今川家よりも更に強大で影響力のある国が花火を上げたならその花火に同じるのもまた━━一興よ」
今度こそ評定所は静まり返った。
***
評定が終わり、上白沢慧音は雪斎と共に書庫へ向かっていた。既に空は赤みがかっておりヒグラシが鳴いている。城の各所からは賑やかな声が響き、間もなく日が沈むというのに活気があった。
━━もう夏か。
と慧音は思う。幻想郷から此方に飛ばされて当ても無く彷徨い今川に保護されたのも夏の時だったことを思い出す。今川義元という男は慧音から見ても珍妙な人物であった。彼は自分の正体を知った上で恐れたり忌諱するわけでもなく、むしろ興味深そうに色々質問された。当時の事は七年たった今でもよく覚えている。
私の話を聞いている時の彼の目はまるで━━
新しい玩具を見つけた童の様であったな。
思わず当時の義元の顔を思い出し頬が緩んだので慌てて元の表情に戻す。気付かれていまいかと横の雪斎を見ると目が合う。
「何やら楽しそうであったな。何か良い事でも?」
「い、いえ。少々昔の事を思い出していたので」
「左様か」と雪斎が言うと歩みを止めた。
「? どうかなさったので?」
雪斎は頷く。
「慧音殿は先程の“坊”の話どう思う?」
この七年今川で暮らしてきて分かった事だが雪斎が義元のことを坊と呼ぶのは私用の時だけだ。
つまりこの質問はあくまで個人の話と。
慧音はそう理解する。
「義元公の考え方は危険と……そう私は判断します。地道ながら築き上げた今川を危険に曝す必要は無いかと」
慧音の言葉に雪斎は静かに頷いた。
「拙僧もそう思う。だが“坊”は凡庸な拙僧とは違うものが見えているらしい」
「違うもの?」と慧音は言う。
「幼き頃から“坊”を世話して来たが、奴は人とは違う景色を見、人とは違う考え方をする。そう、まるで戦国の世を 童の遊び場の様に捉えておる」
義元が変わっているということは慧音も重々承知していた。彼は何に対しても楽しそうに行う。そう━━戦さえも。
「かつて拙僧は“坊”の最大の遊び場を見てやれなかった上、奴も遊び半ばで討ち死んだ。なんの縁か我々は再び生を 受けたが今度こそは共に遊んでやりたいものよ」
雪斎はそう言い再び歩き始めたので慧音も横に並んで歩く。書庫の近くにやってくると書庫の前で蹴鞠をしている少女がいた。
***
少女は白い長い髪を持ち、後ろにお札柄のリボンを結んでいたおり更に白い服に赤いもんぺを着用していた。
少女は右足の先端に乗っていた鞠を蹴り上げ今度は左足の踵で落ちて来た鞠を受け止めもう一度蹴り上げる。今度は正面に落ちてくる鞠を右膝で蹴り上げると最後に頭の上に乗せた。「よっと」と声を上げながら姿勢を正し、鞠を安定させる。鞠が安定したのを確認すると一息つき、慧音達の方を見た。
「あら? 遅いじゃない。待ちくたびれたわよ」
と言うと慧音は笑った。
「今日は軍港方面の警備だった筈だが? 妹紅?」
妹紅はニタっと笑い鞠を頭に乗せたまま頭の後ろで腕を組んだ。
「警備なんて部下にやらせているわよ。どうせ何も起きないし私がわざわざ行く必要は無いわ」
「何も起きなくてもするのが警備なのだがな」
と雪斎はため息をつく。
「まあまあ。今日は雪斎さんにお願いがあったのよ」
「願いとは?」
雪斎が問うと妹紅は頭の蹴鞠を浮き上げ両腕で取った。
「どうやら徳川の奴等に苦戦しているみたいじゃない? 今度の戦、私も出るわ」
と言うと鞠を慧音に投げ渡したので慧音は慌てて受け取り、半目になって妹紅に言う。
「どういう心境の変化だ? 戦いに出る事を散々面倒臭がっていたではないか」
「慧音を苦悩させる徳川に興味が沸いてね。いい加減氏実公と蹴鞠するのも飽きたし、それに“こっち”の世界の奴も いるみたいじゃない」
やれやれと慧音は頭を振ると雪斎が言う。
「戦は遊び場では無いのだがな。だが、助力して貰えるというなら此方に異存は無い。明日にでも義元公に話そう」
妹紅は「やった」と喜ぶと慧音から蹴鞠を受け取り、思いっきり蹴り上げた。鞠は夕日と重なり見えなくなり妹紅は赤い夕日に目を細めた。
「━━━━次の戦が楽しみだわ」
***
正純達が浜松に帰ってきた頃には辺りは暗くなり始めていた。浜松の港は既に街灯が点いており各所の大型表示枠が光りを発している。
すっかり暗くなってしまったなと正純はそう思った。
後ろを見ればホライゾンと何時脱いだのか分からない全裸が歩いている。あの全裸のせいで途中四回ほど検問所に引っかかった。最初に検問で引っかかった時は何故だと思ったが全裸が全裸である事がいけないと言われ始めて気が付いた。
いかんな馬鹿が全裸である事に何も疑問を持たなくなってしまっている。
今後はもう少し気をつけよう、うん。と自己完結しているとホライゾンが話しかけてきた。
「すっかり遅くなってしまいましたね。皆さんに何か土産を買うべきでしょうか?」
「わざわざ武蔵を目の前にして買う必要があるか?」
と言うとホライゾンは首を横に振った。
「武蔵ではトーリ様がいない事によって非常に平和な時間を過ごした反面、一部の方が全裸禁断症状になっている可能 性があるので土産品は必須だとホライゾンは判断します」
・賢姉様:『そうよぉー、もうミトツダイラなんて主人いなくなった子犬みたいにしょんぼりして発情しているわー!』
・銀 狼:『そんなことしてませんわよ! というか前の文と後ろの文繋がってませんわよ!』
・貧従師:『あ、だったら浜松港にある名物天麩羅屋“大権現大往生!!”で天麩羅買ってきて下さい』
・十ZO:『なんで御座るか、その番屋にしょっ引かれそうな名前は……』
・不退転:『天麩羅、いいわね』
「お前ら聞いていたのかよっ!」
「まったく」と言うと正純たちは天麩羅屋に向かった。店の場所は人の行列が出来ていたこともあって直ぐに分かった。店の入り口の上には大きな狸が天麩羅食べながら昇天している象が設置してあり、その直ぐ下に店名が点滅術式で浮かび上がっている。
点蔵じゃないが本当にしょっ引かれそうな店だな……。
店に近づいくと後ろの馬鹿が店から出てきた客を指差した。
「どうした馬鹿? 天麩羅ならまだだぞ?」
「なんとトーリ様、ついに見ず知らずの他人が食べている物に食いつこうとするほど卑しくなりましたか」
「ちげーYO! あれ、天子じゃね?」
と言うので皆で見ると比那名居天子が天麩羅を咥えながらこちらを見て固まっていた。
***
━━最悪っ!
比那名居天子はそう心の中で愚痴った。午前は教導院に行くのが面倒になり鬼のような衣玖の追撃から逃げ切り、午後は浜松の海辺で一人蟹獲り大会をした。
70匹獲れたわ。本気出せばもっといけたけどあえて本気を出さないのがカッコいい。
そして日が暮れてきたので帰りに天麩羅買ってそうっと武蔵に帰ろうとしたが。
よりによってこいつ等に会うなんて!!
見れば全裸がこちらに手を振り、「おーい」とか「やーい」とか言っている。そんな馬鹿のせいで今や自分は周りから奇異の目で見られてしまっている。
うん、無視しよう。
そう思いなるべく馬鹿共を見ないように去ろうとしたら全裸が叫んだ。
「おーまえーのおーむねーガチハード!!」
「ぶっ殺すわよアンタ!!」
「しまった!」と思うがもう遅い。全裸が顔をニヤニヤさせながら近づいてくる。
「俺等今から天麩羅買うんだけど……つき合わね?」
これ以上巻き込まれるのは嫌なので興味無さげに言う。
「いま、その天麩羅屋から出てきたの分かんないの?」
全裸がキョトンとした顔で「それが?」と言うので少し腹が立った。
「だ・か・ら! 私はついさっきまでその店で天麩羅買ってたの! もう一度入る必要が無いでしょう!」
「では、既に天麩羅屋で買い物を済ませた天子様に案内してもらうというのはどうでしょう?」
「は?」と突拍子も無い事に困惑するが全裸が「そうだな!」と言いながらこちらの背を押し始める。
「え? ちょ? 待ちなさいよ!?」
と言うが聞く耳持たない。助けを求めて正純を見るが頷いて親指を立てた。
いや、意味が分からないっ!!
結局天子はホライゾンとトーリに挟まれる形で列に並んだ。
━━まったく。
まったくこれだからこいつ等は苦手だ。今回みたいに人の領域にずぶずぶと踏み込んでくるかと思えば、ある時は一歩引いてくる。
衣玖は早めに武蔵に馴染んだが自分は未だにこの空気になれない。
元来自分は一人で生きていけると思っているし、群れる必要も無いと思っている。だがどうにもこの連中は私のペースを乱してくるのだ。
━━まったく。
と天子は浜松の夜空を見た。