緋想戦記   作:う゛ぇのむ 乙型

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~第六章・『追われる兎娘』 兎鍋反対! (配点:ブレザー)~

 筒井城から伊勢へと向かう竹林道を鈴仙・優曇華院・イナバは歩いていた。

この時期の竹林は秋の寒さもあり薄着では肌寒く感じる。

 鈴仙は厚手のブレザーを着、手には地図を持っていた。

 筒井を出て約一時間半、そろそろ徳川の勢力圏だ。

 休憩のため林道に設置されている長椅子に腰掛けると大きな溜息が出る。

「師匠……もう帰りたいです」

 そう呟きながら地図を見る。

 地図には現地の人間しか知らない道やスポットなどが書き記されており所々コメント文のようなものも書かれている。

 自分の現在地を確認しようと見ればちょうど自分がいる辺りに“サボらない事”と書かれていた。

━━お見通しですか、師匠。

 自分の師匠である八意永琳から偵察の任を授かったのはいいがまさか単独任務だとは思わなかった。

 永琳は『大丈夫よ、ちょっと行って帰って来るだけだから』と笑顔で言っていたがその後ろでニヤついていたてゐのせいで非常に不安だ。

 それにしても。

 それにしても東砦の兵まで撤収させる必要はあったのだろうか?

いくら順慶が倒れたからとはいえこれでは敵の突破を容易に許してしまう。

━━師匠の事だから何か策があるんだろうけど……。

 自分が偵察に出るのも策の一つらしい。

ならば。

「ちゃっちゃと終わらせますか」

 そう頷き立ち上がった。

 

***

 

 鈴仙が筒井城を出る少し前。

 筒井城の天守に筒井家の重臣たちが集められていた。

 上座には八意永琳と蓬莱山輝夜が座り筒井順慶の姿は無かった。

「…………殿は?」

と口を開いたのは松倉重信だ。

「順慶様は病に伏せられました……」

 一瞬で部屋が凍りつく。

「というのは嘘で病に伏せたふりをしていますわ」

 そう言うと永琳は隣で丸めていた地図を広げる。

「ですので病に伏せた順慶様の“代わりに”姫様が今後の指揮を執られます」

 その言葉に再び重臣たちの表情が強張る。

 それも当然だ。突然主君が病のふりをし、異界の者に筒井家の指揮を執らせるというのだ。

 しかしそんな中島清興と松倉重信は落ち着いてた。

「なるほど、誘き出しの策ですな」

「ええ、敵を騙すにはまず味方から。ですが身内を全員騙してしまえば動き辛くなります。ですので筒井家の重臣である皆様にはお伝えするのです」

 そう言うと永琳は指を折り始める。

「一つ。この事は他言無用。仲間に漏らせばそこから敵へ伝わります」

「二つ。国内の医者を招集してください。召集後は絶対に城から出さないように」

「三つ。東砦の兵を全て撤収させてください。国境の東砦から兵がいなくなれば徳川は必ず動きます」

「四つ。島清興、松倉重信の両名は部隊を率い出撃し“坑道”に向かってください。兵たちには三好家警戒のためと伝える事」

「そして五つ。最後の餌は此方で用意します」

 永琳が言い終えると皆が黙る。

「なにかご質問は?」

「……勝算は?」

 重信の言葉に輝夜は横目で永琳を見る。

「五分五分。ですが賭けに出なければ勝算すらなくなります」

「じゃあ、しょうがない。この賭け、乗りましょうや」

 そう言って清興が立ち上がり他の重臣たちも立ち上がる。

 その様子を永琳は微笑んで見ていた。

しかしその笑みが喜びからではない事に気がついているのは輝夜だけであった。

 

***

 

 早朝の徳川軍の陣地内で兵士達が出陣のため隊列を組んでいた。

しかし兵士達の表情は暗く、これから出陣という雰囲気ではない。

「無理も御座らん。最初の襲撃から不規則に攻撃を受け続け夜も眠れぬのであれば士気も下がるで御座る」

 敵の攻撃は何れも短いものであったが夜の間も続き、その度出陣したが敵部隊を捉える事は出来なかった。

 自分も昨晩は六度ほど出たがやはり敵の姿は見つからなかった。

━━こうも敵が見つからないとなると何か抜け道のようなものがありそうで御座るな。

 そう思い天子に山の徹底調査を進言したのだが焦る彼女に受け入れては貰えなかった。

 兵士達の介抱をしていたメアリが戻ってくると彼女はこちらの横に立つ。

「皆様疲れていますね」

「Jud.、 これでは敵の奇襲を探知し辛くなるで御座るな」

 忍びである自分が気をつけなければ。

 そう思っていると陣幕の中から天子と衣玖が口論しながら出てきた。

「…………とにかく、出陣するわよ!」

 天子が衣玖を振り払うように先頭に向かうと衣玖が大きく溜息をつき此方に近づいてきた。

「…………大丈夫で御座るか?」

「はい、総領娘様をお止しようと思ったのですが……」

 失敗に終わったようだ。

 先頭の天子を見れば彼女は馬に跨り先頭部隊の中に入って行く。

「先陣指揮を?」

「兵の士気が低いのは総領娘様も存じております。ですので指揮官である自分を先陣に置いて少しでも士気を高めようとしているのでしょう」

「それに天子殿はこの好機を逃したくないのであろうな」

 と後ろから声を掛けられ振り向けば馬を引いている鳥居元忠が居た。

「筒井順慶が急の病に伏し動揺した敵は東砦から撤退。この隙を突き東砦を占拠、可能であれば更に進軍というのが天子殿の考えであろう」

「斥候の情報では東砦が空城になったのは確か。更に筒井家は国内の医師を招集し国全体に動揺が広まっている様で御座る」

 ここまで聞けば確かなように思える。

だがそんな旨い事があるだろうか?

 敵には此方を散々苦しめてきた八意永琳がいるのだ。

誘い出されているのではないかという不安もある。

「五分五分だな」

 元忠がそう頷く。

「これが真実であり打って出れば我々は一気に進軍できる。だが嘘ならば窮地に立たされるのは我々のほうだ。

逆に真実で有るのに出なければ敵は体勢を立て直し筒井家攻略は難航するし嘘で出なければ敵の罠を潰した事になる。この賭け、天子殿は打って出るほうに賭けた様だ」

 「ならば我等はそれに従うしか有るまい」と元忠は馬に跨る。

「戦で戦果を上げるだけではなく大将を守り助けるのも将の仕事よ」

と言うと彼は殿へ向かった。

 それから少しして出撃の鐘が鳴る。

 出撃の空模様は生憎の曇りであった。

 

***

 

 陣地を出て竹林に入り暫くすると小雨が降り始めた。

「火薬を濡らさない様にしなさい!」

 天子は馬に乗り兵士に指示を飛ばす。

竹林の竹の高さは非常に高く曇り空や雨が葉を打つ音もあってどこか冷たい雰囲気があった。

「衣玖、航空艦はちゃんと居る?」

 隣で表示枠を開きながら馬に乗っている衣玖に聞けば彼女は頷いた。

「はい、隊の少し後方に居ますがこの竹のせいで此方からは見えませんね。その逆もです」

「いっその事、全部焼き払うべきかもね」

 と言うと衣玖は「こっちも燃えますね」と冗談を返してきた。

 出陣してから暫くが経ち東砦に近づいて来た。

途中敵の奇襲を警戒したが全く攻撃を受ける事は無かった。

━━此処までは賭けに勝ったわね……。

 このまま東砦まで行ければ筒井順慶が倒れたのは真実という事になる。

 兵士達もその事が分かっているらしく東砦に近づけば近づくほど士気が上がっている。

━━よかった……。

 正直言ってこの賭けに乗るかどうかを決めるのは怖かった。

失敗すれば自分の信頼は地に墜ちる。

だが賭けに乗らなくても周りからの信頼は墜ち続け、徳川秀忠の後詰がくれば彼らは秀忠に頼り始める。

そうなれば自分はお役御免と言うわけだ。

 それだけは嫌だ。

子供っぽいと思われるかもしれないが失望され、誰からも相手にされなくなるのだけは嫌だ。

 あの、天界に居たときのようになるのだけは嫌だ。

「…………総領娘様?」

「え?」

 衣玖に声を掛けられ自分が手綱をきつく握り締めていた事に気がついた。

「…………どうかなさいましたか?」

「なんでもないわ」

 東砦への道も半ばを越えそろそろこの竹林を抜けれるはずだ。

奇襲があるとすれば道が細くなるこの先あたりだ。

 より警戒しなければと思った瞬間、竹薮の中から知っている顔が出てきた。

「え?」

「は?」

 彼女と目が合いお互いに固まる。

暫くそのままでいると突然彼女は反転して走り出した。

「…………あ! お、追うわよ!」

 その声と同時に皆慌てて駆け出した。

 

***

 

 筒井順慶の変わりに指揮をとらされたはいいが国主の仕事なぞなんの知識も無く出来るはずが無く、結局全てを永琳に丸投げして自分は天守からの風景を楽しむ事にした。

 だが直ぐに小雨が降り始めテンションが下がる。

窓から風景を見るのに飽き、部屋の中央で机の前に座り書類の整理をしている永琳を見る。

「ねえ、永琳? さっきの話なんだけど」

「どの話ですか? 姫様」

 彼女は物凄い勢いで書類に目を通し次々仕分けして行く。

もしかして彼女が国主になった方がいいんじゃないか?

とすら思える。

「私に国主は無理ですよ」

「…………いや、人の心勝手に読まないでくれる? あんたは“さとり”か!?」

「もしかしたら姫様が“さとられ”なのかもしれませんよ?」と冗談を返して来たので苦笑する。

 冷静沈着に見えて茶目っ気があるのが彼女の魅力だ。

まあその茶目っ気というか悪戯心の被害にあうのは兎たちなんだけどね。

「それで、さっきの話というのは?」

「ええ、戦いの勝率が五分五分ってやつ」

 永琳は書類に目を通すのを止めない。

これは話を続けろという意味だ。

「今回の戦いは確かに五分五分ね。敵が誘いに乗れば勝ち、乗らなければ私たちの負け。じゃあ、この戦争の勝率は?」

 永琳の手が止まった。

彼女は書類を持ちながら顔を此方に向ける。

「姫様は……どう思います?」

「そうねぇ。仮に今回の戦いであの天人の首を獲っても徳川にはまだ多くの将が居る。例の航空都市艦を向けられたらひとたまりも無いわ。いいわよね航空艦。まだ宇宙には行けないみたいだけど中々な技術を持っていると思わない? それに武神! あれはいいわね! 月でももっと人型兵器の開発に力を入れるべきよ!」

「姫様、脱線してますよ?」

 ああ、いけない。

永年引きこもっていた自分にはこの世界の物は魅力に満ち溢れている。

特に機械系の充実は素晴らしい。

通神技術は我々の世界で言うインターネットだ。

それがこの短期間で行き渡ったのは素晴らしい。

 インフラ万歳!

「で、どうなの? そこのところ」

 そう訊くと永琳は表示枠を開いた。

・薬剤師:『ここからは通神で』

・ぐーや:『聞かれたらマズイかしら?』

・薬剤師:『はい、それはもう一瞬で士気どん底ですね。で、戦争に勝てるかですがハッキリいって無理です』

・ぐーや:『本当にはっきり言ったわね……』

・薬剤師:『姫様の言うとおり今調子に乗って軍団長になってる天人を裸にひん剥いてシバき倒しても徳川には大したダメージを与えられません。ちょっと筒井家が延命するぐらいです』

・ぐーや:『やっぱり徳川本隊は抑えきれないかしら?』

・薬剤師:『難しいですね。兵の錬度も将の質も向こうが上、そして三国を納めるようになった徳川とは国力差もある。それでも持久戦に持ち込むことは出来ます。ですが持久戦になると厄介なのが……』

・ぐーや:『P.A.Odaね。六角が陥ちたから筒井の北方には徳川の同盟国が居る事になる。もし徳川が織田と協同したら挟み撃ちにされてもう駄目と』

・薬剤師:『はい。筒井家に大国を同時に相手するほどの力はありません。ですので我々がとれる策は二つ。一つはこの戦いに勝ち、徳川と講和する。流石に西方攻略部隊を壊滅させられれば徳川も大勢の建て直しに時間が掛かります。ですので敵は講和に乗ります』

・ぐーや:『もし今回の戦いに負けるか敵が講和に乗らないで総攻撃してきたら?』

・薬剤師:『それが二つ目の策。ですがそれは最終手段ですのでその時になったら説明します』

「それって私も手伝える?」

 そう訊くと永琳は暫く躊躇った後、頷いた。

 “話は終わりだ”と言うように永琳が再び書類の仕分けをし始めたので自分も外の風景を見るのを再会する。

 すると二人の表示枠が同時に開いた。

「あ」

「あ」

 互いに顔を見合わせ、永琳が「お先にどうぞ」と言う。

「どうやら徳川と怪魔が交戦状態に入った様よ」

 永琳は僅かに眉を動かす。

「どこからその情報を?」

「真田の天狗から。新聞買ってるから情報流してくれたのね」

 「ああ、あのゴシップ新聞」と永琳が頷くのを見ながら思う。

 天狗からの情報では姉小路艦隊を追撃していた怪魔と徳川が戦いになったというが果たして本当にそうだろうか?

 何故織田領で怪魔は迎撃されなかった?

いくら姉小路艦隊が国境沿いを航行していたとはいえ、自国に危険が迫れば織田軍は動くはずだ。

 だがそうせず見逃した。

 見逃したことにより織田領にも被害が出ただろうに。

━━良くない事が裏で進んでるのかもね……。

 永琳も同じことを考えていたらしく彼女は通神で各所と連絡していた。

そして此方を見ると。

「もし続報があれば教えてください。此方でも調べておきますので」

「分かったわ。ところでそっちの知らせは?」

 そう言うと永琳は「ああ」と頷き口元に笑みを浮かべた。

「獲物が餌に掛かりましたわ」

 

***

 

・薬剤師:『取りあえず逃げなさい。ふぁいと! うどんちゃん!』

「なんじゃぁぁぁぁぁそりゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 竹林の中を全力疾走しながら鈴仙は表示枠を拳で割り、叫んだ。

敵の姿は見えないが足音と怒声が近づいてくるのが分かる。

 捕まれば一巻の終わりだ。

 聞けば武蔵には女装したり全裸になる変態やそれを叩きのめす自動人形や肉食系人狼や戦艦沈める射殺巫女が居るという。

 そんな連中の捕虜になったらきっと酷い目にあう。

 それだけは嫌だ。

「で、でも竹林の中じゃあ私のほうが速いはずよ!」

 そう振り返った瞬間大地がめくれ上がった。

竹が折れ、頭上に倒れてくる。

 それを走りながらなおかつ這うように抜けると後ろから青髪が現れた。

「待ちなさいこの糞兎! とっ捕まえて兎鍋にしてやるわ!」

 やっぱり怖い! 徳川!

 竹林が武器になってしまうなら街道に出るしかない。

幸いもう直ぐ東砦だ。

 そこに逃げ込めば何とか……。

「あ! そういえば誰もいないじゃん!」

 終わった。私の人生終わった!

ああ、師匠。先立つ無礼をお許しください。

そんでもってよくも散々弄ってくれたなあのババア!

 心の中で師匠への謝罪と今までの鬱憤を晴らしていると表示枠が開いた。

・幸運兎:『今筒井であんたが捕まるかどうか賭けしてるんだけど、私捕まるほうに賭けたわー』

「捕まってたまるか━━━━!!」

 街道に出ると後ろから徳川の軍団が追ってきているのがハッキリと見える。

特に騎馬に乗ってる連中はヤバイ。

 いくら足に自信があるとはいえ馬の速度には敵わない。

 そこでふと城を出る前に永琳に癇癪玉を渡されていた事に気がつく。

あの時はなんでこんなものを?

と思ったが、そうかこういう時の為か。

そしてばれること想定していたんですね師匠……!

 ともかく腰のポーチから癇癪玉を取り出すと地面に投げつけた。

 快音が鳴り響き、馬が嘶きその足を止める。

 今しかない!

 最早息も切れ切れであったが既に東砦は見えてきている。

 残りの体力を全て足につぎ込み駆けた。

 竹林を抜け、谷に出る。

 東砦は山と山の間に作られた砦で、伊勢から伊賀大和への関所も兼ねている木製の砦だ。

 残り200M。開け広げられた門がハッキリと見える。

 残り150M。竹林の中から徳川の部隊が出てきた。

 残り100M。途中こけそうになるが何とか持ち堪える。

 残り50M。徳川の部隊が近づいている。怒声とともに銃弾も飛んできた。

 そして門を潜り、反対側の門に向かう。

その瞬間、腰から持ち上げられた。

「ぎゃあああああああ! ごめんなさいいいいいい! 私、食べてもおいしくないですううううう!」

「おいおい、嬢ちゃん、落ち着けよ」

 持ち上げられ暴れるが聞き覚えのある声に体が止まる。

そして顔を横に向けるとそこには島清興の顔があった。

「さ、左近さん!?」

「おう。しかしいい駆けっぷりだったなぁ」

 彼はそう笑うと持ち上げた鈴仙の体を地面に降ろす。

そして刀を引き抜くと東門の方を見る。

「さて、こっからが本番だぜ」

 

***

 

 比那名居天子は砦に突入した兵士達を手で制した。

 兎を追って無人の砦に入ったら見知らぬ男が居たのだ。

「自己紹介してもらえるかしら?」

「おお、そうだな。俺の名前は島清興。左近って呼ばれている」

 島左近!

 筒井家の重鎮の一人で有名な戦国武将でもある。

 隣の衣玖に目配りをすると彼女は周囲を警戒しながら呟く。

「敵の気配はありません」

 伏兵もなしに一人で来たのか?

 それは余りに無謀だ。

 何か策があるのではと思い、動けない。

「たった一人で来るなんて随分と大胆ね。自殺願望でもあるのかしら?」

「いやいや、これでも生きる事には貪欲でね」

 清興はそう言うと此方の顔をじっと見てくる。

そして「ふむ」とか「成程」とか言うと頷く。

「…………何よ、人の顔を見てぶつぶつと。気持ち悪いわね」

「いやぁ、中々いい面構えだと思ってね。特にその目、強い意志を持つ目だ。俺はその目を持つ人間を多く見てきた。そしてそいつ等が成就するのもね」

 突然褒められちょっと気分が良くなる。

「あら、分かってるじゃない。あなた中々人を見る目があるわよ」

 そう胸を張ると衣玖が小さく溜息をつく。

 その様子を見て清興が笑うと表情を改めた。

「だが、その成就する者の裏で消えていく連中もごまんと見てきた。あんたはまだ蕾だ。咲けば大きな花になるだろう。だがね、あんたが咲けば周りの花は枯れるのさ」

 「だから」と清興は手を振り上げる。

 それに合わせ徳川の兵たちも身構える。

「此処で消えてもらう!」

 その瞬間砦のいたるところで爆発が生じた。

 

***

 

「何!?」

 砦はあっと言う間に燃え広がり、炎に包まれてゆく。

「爆弾を仕掛けていたというわけですか!」

 恐らく油も事前に撒いてある。

敵は砦に此方を閉じ込め焼くつもりだったのだ。

「さて、それじゃあ俺たちはおいとましますか

「逃がすと思ってるの!?」

 砦が燃えてしまっては進む事は出来ない。ならばせめて敵の重鎮は捕らえなければ!

「まあ、普通逃げれんわなぁ。だが?」

 そう言い左近が鈴仙に目配せすると彼女は「あ! 能力の事忘れてた!」と叫んだ。

そして此方を向くと。

「私の目を見て狂いなさい!」

 その瞬間地面が歪んだ。

否、歪んだのでは無く歪んだように思えたのだ。

 だが突如の視界の歪みはこちらの体勢を崩し思わず膝を着きそうになる。

そして感覚が元に戻る頃には二人の姿は無かった。

「ああ、もう! 逃した!!」

 思わず緋想の剣を振り回し近くの小石を蹴る。

これで侵攻作戦は失敗だ。

「総領娘様! ここは危険です! 直ぐに脱出しましょう!」

 火の勢いは強く、既に眼前は炎の海と化している。

「そうね、とりあえず戻りましょう……」

 そう言い、撤退の指示を出す。

 砦から慌てて皆出ると天子は馬に跨った。

 被害は無かったものの成果も無かった。

これで戻れば後ろ指を指されるかもしれない。

そう思うと気分は落ち込む。

━━これからのことは帰ってから考えましょう。

 そう思うと早馬が駆けてきた。

馬に乗っている男は額に汗を掻きながら叫ぶ。

「敵襲! 敵は此方の後方に出現! 殿の部隊が攻撃を受け混乱! 被害が拡大しています!!」

 その瞬間、場が凍りついた。


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