青空に焼け焦げた臭いが漂っていた。
風に揺られ黒煙は靡き、幾つもの柱を立てる。
一面に広がる草原にはその長閑さに合わない崩れた馬防柵や墜落した航空艦が幾つも点在する。
その様子を岡の上から見ている人物が居た。
その人物は短い緑髪を持ち、戦闘用に改造された青い司祭服を着た少年だ。
彼は遠くの平地で後退して行く軍団を目を細め見つめている。
「…………ワジ、敵は撤退を始めたぞ」
ワジと呼ばれた少年が振り返るとそこにはスキンヘッドでサングラスをかけた大柄の男がいた。
「知ってるよ、アッバス。まったく教皇総長殿も人使いが荒いね。裏方の僕たちまで動かすなんてね」
「あの男の事、どう思う?」
アッバスの問いにワジは手を顎に添える。
「かなり機転の利く人だ。今回の河野と西園寺の攻撃を読んでいた様だしね」
「…………攻撃を読んでいたのに本隊を本州に残していたのか?」
アッバスの言うとおり長蘇我部元親率いる本隊は未だ本州に残っており本国は手薄となった。
そこを突き河野家と西園寺家が動いたのだ。
一時は岡豊城近辺まで攻め込まれ追い込まれていたが突然の一条家の河野家の宣戦布告により両軍の補給路は断たれ、混乱した敵軍に対して反撃に出た。
そして今勝利したところなのだが……。
「まあ出来すぎだよね。一条家の宣戦布告がタイミングよすぎる上に教皇総長はこの反撃まで全くと言って敵と交戦しなかった」
「一条家とは事前に話をつけてあり、守備隊を無傷で下がらせ反撃の準備をしていたと? だがなぜ一条家が味方につくと確信できる? やつらが動かなければ危ないところだったぞ」
「それは」と答えようとすると後ろから魔人族の男が現れた。
「通商路の譲渡である。以前から四国南方の航路はT.P.A.Italiaが掌握していたため一条家は自由に交易が出来なかった。西園寺家と敵対している一条家にとっては我々と同盟を結べ、更に交易路を入手出来るのは願っても無い事だ」
「やあ、ガリレオ副長。様子を見に来たのかな?」
「Tes. 先ほどの続きであるが一条家が動かずとも我々は勝利できた。元親に指示を出し、ステルス航行可能な船を事前に淡路島に移してある」
「やれやれ、僕たち頑張り損だね」とワジが肩を竦めると苦笑する。
「それで? 他に何か用があるんだろ?」
「グラハム卿が岡崎で八雲紫と接触した。そこでP.A.Odaが“黒”だと判断した」
“黒”。つまり織田が<<結社>>と繋がっているという事だ。
「━━━━僕達も岡崎に?」
そう問うと彼は首を横に振った。
「お前たちには出雲・クロスベルに向かってもらいたい」
「クロスベルにかい?」
「Tes. 遊撃士協会が彼の地で妙な物を発見したらしい。それの調査に向かえ」
クロスベル……か。
どうにも因縁のある土地らしい。
世界が変わっても再び訪れることになるとは。
「ふふ、彼らは元気にしてるかな?」
そう言うとアッパスも口元に笑みを浮かべる。
「彼にとっては帰郷ということになるかな?」
そう言い表示枠で映像を映せば赤い戦闘用司祭服を着た男が大剣を振り回し、逃げる敵に怒鳴りつけていた。
『どうしたテメェら!! “蚊”よりもよえーぜ!!』
怒鳴り続ける男を見てワジとアッパスは苦笑するのであった。
***
「敵襲! 敵は後方に出現!!」
━━まずいで御座る!!
その報を受け、部隊の中列は一気に動揺した。
東砦が炎上し進めなくなったため退路は無い。
そして何よりも。
「敗走した後列の部隊が押し寄せてくるで御座るよ!!」
恐慌状態に陥った彼らが押し寄せてくれば部隊は味方同士のぶつかり合いで圧死者が続出する。
そうなればあっと言う間に此方は壊滅するだろう。
「メアリ殿! 部隊の指示をお頼み申す!」
「点蔵様は!?」
「元忠殿の救助に! ここで元忠殿が討たれればそれこそ収拾がつかなくなるで御座る!」
メアリが「分かりました」と頷いた瞬間、後方から幾つもの銃声音が鳴り響いた。
そして多くの叫びも続く。
既に一部の中列の兵も逃げ始めている。
━━急がなければ!
馬を降り駆ける。
途中人の間を抜けれないと察し横の竹薮に入り殿を目指す。
途中再び銃声音が連続して鳴り響いた。
***
━━どうにもならんか!!
攻撃は突然の事であった。
いきなりの銃声音と共に最後尾の兵たちが次々と倒れた。
何事かと振り返った兵たちも倒れた。
そして誰かが叫んだ。
「き、奇襲だあああああああああああ!!」
それからはあっと言う間であった。
我先にと逃げ出し、押し合いとなった。
何人かの兵士たちは応戦しようとしたが逃げる仲間が射線を遮り、敵の銃弾を浴びて倒れていった。
最早隊列など無く蜘蛛の子が散るように動いている。
「鳥居様! お下がりを! ここは危険です!」
近くの兵がそう叫び元忠は額に汗を掻きながら首を横に振る。
「今下がれば圧死するぞ!」
とはいえこのままではどうしようもない。
竹により敵の姿は見えず此方は一方的に撃たれる。
━━だが敵は何処から来た…………!?
東砦からの出兵は無かった。
だが敵が此方側に来るには東砦を通過するしかない。
であるのに敵が後方に現れたとなると敵が抜け道を持っているのは確実。
これまでの襲撃もその抜け道を利用したものだろう。
━━点蔵殿の読みが当たったか……。
銃弾が耳元を掠り、背筋が凍る。
それを見た先ほどの兵が緊迫した表情で叫ぶ。
「お下がりください!!」
このままでは何も出来ずに全滅か!
そう思った瞬間銃弾が馬の頭を撃ち抜いた。
「!!」
馬は膝から崩れ横に倒れる。
それと共に体は地面に叩きつけられ、泥水を顔に浴びる。
「鳥居様!!」
近くの兵士たちが倒れた馬を起こそうとするが右足に激痛が走った。
「ぐ……ぬう、足が折れたか……!」
喊声と共に竹薮の中から筒井の兵士が現れる。
近くの兵士が一人、一人と組み倒され敵に囲まれる。
「鳥居元忠殿とお見受けする! 御首級頂戴つかまつる!」
一人の兵士が此方に飛び掛る。
それを咄嗟に地面に落ちていた槍を拾い、突き刺した。
一人が倒れると残りの兵士達が一斉に飛び掛ってきた。
━━これまでか……!!
そう思った瞬間、眼前に黒い影が飛び込んできた。
影は右側の兵士の槍を掴むと兵士ごと横に振り払い、敵兵を次々となぎ倒して行く。
「ご無事に御座るか!?」
「点蔵殿か!! 助かった!」
点蔵が煙玉を前方に投げつけ敵の視界を遮ると周りの兵士達が馬を退かし倒れている自分を起こし上げる。
冷静さを取り戻した一部の兵士達が長銃による応戦を開始し、その間に後退を始める。
竹林の出口まで来てみればそこでは人が溢れかえっていた。
***
「陣形をちゃんと組んで! 術式盾は前列に! その後ろに射撃部隊! 負傷者は後ろに下がって!!」
竹林と砦の間の平地では大混乱となっていた。
敵の攻撃の備え円陣を組んだが逃げてきた味方が入り込み、陣形が一気に崩れた。
狭い平地に全兵が入れる訳が無く塊は横に広がり、崩れた。
そして背後からは火の手が迫り、熱と黒煙が此方の恐怖心を煽る。
比那名居天子は全身に掻く冷たい汗を感じながら思考をめぐらせる。
此方の被害は甚大。味方のほとんどが恐慌状態であり部隊が瓦解しないのは逃げ道がないからだ。
一方的の兵力は依然不明。敵は竹林に身を隠し銃による攻撃を行っている。
状況は最悪。このままでは一方的に撃たれるだけな上、少しずつ後ろから炎が迫ってきている。
前に出れば一方的に撃たれて壊滅。下がればみんな仲良く焼け死ぬ。
どうすればいい!?
「━━━━総領娘様!!」
「分かってる!! 分かってるから、ちょっと考えさせて!!」
といっても何も思いつかない。
前列の部隊が割れ、元忠と点蔵たちが合流した。
「二人とも、無事ね!」
「足をやられたが生きておる。それよりどうする!? このままでは全滅ぞ!」
「恐らくで御座るが敵は街道の両側に部隊を配置。街道を通れば両側から撃たれる事になるで御座る」
唯一の逃げ道である街道は殺し間だ。
そんなところをいけるはずがない。
せめて、せめて片側の部隊だけでも叩ければ…………。
そこまで考え背筋が凍る。
片側の部隊だけを叩くなりして銃撃できなければ街道を突破する事は出来る。
部隊を特攻部隊と脱出部隊に分け、特攻部隊が敵を引付けている間に他が脱出するのだ。
だが特攻部隊は逃げれない。
待つのは全滅のみ。
そんな役を誰が引き受ける?
━━私のせいだ……。
点蔵の言う通り山を調査しておけば、衣玖の言う事を聞いておけば……。
だがもうそんな事を言ったところでどうにもならない。
ならばあと自分にできる事は……。
「私が部隊を率いて敵の片翼を引付けるわ。その間に突破してちょうだい」
そう言うと皆表情を固めた。
「本気で御座るか……? それでは天子殿の部隊は……」
「分かっているわ。こうなったのは私の責任。だからせめて…………」
「だ、だったら私も行きます!」
そう叫んだのは衣玖だ。
彼女は真剣な表情で此方の肩を掴み視線を合わす。
だが首を横に振る。
彼女を巻き込むわけにはいかない。
「貴女は本隊を率いて。これは命令よ」
「ですが……!」と衣玖が肩を掴む手に力を入れると元忠が割って入った。
「二人とも良いかな? その任、わしが引き受けたい」
「元忠、古参であるあなたを死なせるわけには……」
と言いかけると彼は自分の足を指差す。
「足が折れ、これでは撤退の足手まといになる。それに指揮官が我先に死んではいかんよ」
そう笑う彼に皆が言い返せなくなる。
期限は刻々と迫っている。
誰が行くのか。決めなければ。
「…………特攻部隊の指揮は」
そこまで言って気がつく。
先ほどから敵の攻撃の手が止まっていることに。
周りの兵士達も気がつき“どうしたのだ?”とざわめき始めた。
そして暫くすると竹林のほうから銃声音と喊声が鳴り響いた。
***
━━鳥居元忠を討ち取れなかったか……。
指揮官が生き残ったことにより敵は思ったよりも冷静さを保っている。
だが地の利はこちらにあり、敵に逃げ道はない。
ならばこのまま攻撃を続けるのみ。
そう松倉重信は判断すると近くの兵に射撃続行の指示を出した。
「一気に突撃したほうが良いのでは?」
護衛の兵士がそう問うと重信は首を横に振る。
「敵が陣形を保っているいの状況で突撃を仕掛ければ此方に多くの被害が出る。それに敵の背後の火災。あれは我々にも牙を向くぞ」
であるのでこのまま遠距離攻撃を続け、敵の瓦解を待つ。
敵が此方の配置に気がついていれば取れる策は一つ。
それは両翼のうち片方を引付け、その間に強行突破する事だ。
「…………兵力があれば街道も封鎖するのだがな」
残念ながらそれをできる程の余力はない。
もし敵が強行突破してきたら逃すかもしれない。
だがそれでも敵に甚大な被害を出す事は可能だ。
三列に並んだ射撃部隊が交互に攻撃を行う。
敵からも反撃は来るがどれも憶測射撃であり、竹に弾かれ滅多に此方まで届かない。
━━そろそろ止めを刺すか。
予備の部隊を動かすように命令した瞬間、伝令が駆け寄ってきた。
「ご、ご報告! 我が軍後方に敵軍出現! こちらに向かってきています!」
敵軍?
伊勢陣地の後詰か?
「どれ程の規模だ?」
「敵兵数は約五千! 徳川秀忠の旗を確認しました!!」
徳川秀忠の援軍か!?
だが秀忠の軍が動くのはもう少し先のはずだ。
━━予定を早めたというのか……?
「どうなさいますか!?」
このままでは挟み撃ちにあう。
思い切って突撃すべきかどうか?
そう悩んでいると通信文が送られてきたそこには短く。
・薬剤師:『退却しなさい』
口押しや。
だが退却命令が出たのなら仕方ない。
「全軍撤退! “坑道”まで急ぎ後退せよ!!」
筒井の軍は迅速に撤退し、竹薮の中に身を隠して行く。
秀忠の軍が到着する事には人っ子一人居なくなっていた。
***
筒井城にある筒井順慶の寝室では順慶が胡坐を組み表示枠を操作していた。
表示枠の中では色様々なブロックが落ちて来ておりそれを組み立て、消していた。
『━━と言うわけで徳川軍に被害を与えたもの敵将を討ち取る事は出来ませんでした』
そう頭を下げる永琳を横目に見て頷く。
「勝負は時の運。秀忠公の軍がこうも早く来るとは思わぬさ」
『そうそう、だからこれも運ね』
目の前の画面で一気にブロックが積み重なりゲームオーバーを知らせる。
「ぬう……また負けか」
『ふふ、六連勝ね』
もう一つの表示枠越しに輝夜が得意げな表情をする。
「なんの、七戦目だ」
『あの……順慶様に姫様? 何をなさっているので?』
『“なに”ってゲームよ、ゲーム。ほらこの前永琳にもやらせた“ポムっと”』
『ああ、あれですか』と永琳が頷く。
「今日一日部屋に引きこもっていたのはいいがどうにも暇でな。そこで輝夜殿にこの“げーむ”を教えてもらったのだがこれが中々……。
単純のように見えて奥深い、他にも“げーむ”はあるのか?」
『あるわよ。竜族になって人間倒しまくる“はんたーはんたー”に、蛍の妖怪が無理ゲーさせられる“りぐるさま”とかいろいろ』
「今度お勧めを送ってくれんか?」
『お二人とも? ちょーっと真面目なお話しましょうね?』
背筋の凍るような笑みを浮けべられ二人は慌てて頷く。
『敵に被害を与える事は出来ましたが敵大将である比那名居天子を討ち取ることは出来ず講和は絶望的に成りました。
ですがこちらの戦力は東砦を失ったものの無傷。そこで私は篭城策を提案します』
「篭城? 増援のない篭城は無意味ぞ?」
現在の筒井に同盟国はいない。
その状態で篭城しても干からびるのを待つだけであるし織田の介入の可能性も増える。
『たしかに普通の篭城では負けるだけです。敵には多くの兵士に航空艦、篭城しても持ちこたえられません。嘗ての今川のように』
『だったらどうするの? 正直打って出ても万全の徳川軍には敵わないし篭城しても負け。これ積みじゃない?』
今回の奇襲を失敗した以上同様の手は効かないだろう。
それに何時まで“坑道”を隠せるか分からない。
『姫様は永遠亭のこと覚えてますよね?』
『え?』と輝夜は眉を顰め頷いた。
『かつて永遠亭は私の術によってその姿を隠していました。その術を使います』
「筒井城を隠すということか?」
『はい、これは戦における最大のズルです。将棋で言えば板から王将を外すという事。そして我々は期を待ち、王将を板に戻す』
確かにズルだ。
王将が無くなれば敵は勝負に勝つことは出来ない。
筒井城を攻略せずに進もうとすれば我々はいつでも敵の背後を突けるのだ。
だがこれは我々にとっても苦肉の策となる。
なぜならば……。
『姿を隠すといってもやることは普通の篭城と同じです。食料が最大の問題となります』
そうだ、敵が動かなければ我慢勝負になるのだ。
敵には補給があるが我々にはない。
長引けば餓死者が続出するだろう。
「手持ちの食料でどの位もつ?」
『食料をかき集めれば一年ほど。ですがそれは節食してです。常に飢えに苦しみ、精神は磨り減ることになります』
『いざとなったら私の肉をそぎ落として食べさせる?』
『姫様、そういう冗談は……』と永琳が言うと輝夜は真剣な眼差しを返した。
『本気よ。私の体は切り刻もうが磨り潰そうが直るし飢えでも死なない。でもこの城に残る多くの人間は死ぬのよ? だったらその位我慢できるわ』
輝夜の言葉に永琳は黙る。
「…………輝夜殿。輝夜殿のお気持ちは有り難い。だが私は一年待ち無理であれば降伏しようと思う。美しきお嬢さんにそのような事をさせられぬよ」
そう言うと輝夜は『そう』と目を伏せた。
「決行は何時にする?」
『今日は十五夜。今夜中に月の力を溜め、明日の夜の十六夜。月の躊躇う夜にて筒井城を隠します』
二人との通神を終えると順慶は立ち上がる。
窓を開け夕日に目を細めた。
━━すべては明日の夜か……。
覚悟を決め部屋を出ようとすると僅かに笛の音が聞えたような気がした。
***
伊勢の陣地に戻る頃には皆疲れ果て死人の群れの如く歩いていた。
隊列の最後尾には比那名居天子と永江衣玖がおり、天子は俯いていた。
最悪だ。
傷ついた兵たちの此方を見る目が怖い。
最悪だ。
残った兵たちの失望の目が怖い。
最悪だ。
衣玖や点蔵たちの心配するような目が怖い。
あまりの情けなさに視界が歪む。
これで私の信頼は地に墜ちた。
すでに多くの兵士が徳川秀忠の下に移っており、今私について来る者はいないだろう。
━━こんなことなら指揮官に立候補するんじゃなかった。
多くの後悔が頭を過り、ますます俯いてしまう。
すると人ごみの中から銀の大ボリュームが現れた。
「天子!? 無事ですの!?」
「━━━━え?」
突然の知人の顔に固まる。
ネイトの後ろからアマテラスや藤原妹紅が現れ此方に駆け寄って来る。
「おいおい、天人のネーちゃん。大丈夫かよォ!」
「怪我は無いみたいね」
馬を降り、三人と一匹の輪に入るが状況がよく読みこめない。
「な、なんであんた達が? 武蔵にいたんじゃ……?」
「え、私達衣玖に呼ばれましたのよ?」
━━━━え?
背後を振り返れば衣玖が申し訳無さそうに頭を下げていた。
「総領娘様、取りあえず陣幕の中で話しましょう」
***
「…………それで、これ、どういう事なの?」
陣幕に入った瞬間衣玖に詰め寄った。
彼女は此方の瞳をじっと見ると口を開く。
「私がお呼びしました。今回の作戦に失敗した時の保険策として秀忠様に連絡し皆様を援軍としてお呼びしたのです」
え、なにそれ?
「え、なにそれ? な、なんで私に報告しなかったの?」
「報告しようとしましたが出撃と重なり、その、出来ずに……」
ああ……申し訳無さそうに頭を下げる衣玖を見て惨めさがますます募ってゆく。
彼女にこんな顔をさせてしまった自分に、後ろで皆を心配させている自分に。
だが、口から出たのは謝罪とは違う言葉だった。
「あ、あんたも私を信用してなかったって事……」
「ち、違います! 私はただ……」
「同じじゃない! 私を信用してくれてたなら援軍なんて呼ばない筈でしょう!? あんたは最初から私の事信頼してなかったの!? ど、どうせさっきも“一人で粋がってなんだこの馬鹿は”とか思ってたんでしょ!!」
この口を縫ってしまいたい。
だが一度吐き出された感情は洪水のようにあふれ出し、もはや自分でも何を言っているのか分からなくなっていた。
「思えばそうよね、私に近づいて来る奴等はどいつもこいつも私じゃなくて父様の権力目当て! あんたも親の七光りとかずっと思ってたんでしょう!?」
「天子! 言い過ぎですわよ!」
と前に出ようとするネイトを押しのけ妹紅が天子の胸ぐらを掴んだ。
「…………あんまり調子に乗ってるんじゃないわよ。誰もあんたの事馬鹿にしてないしそもそもあんたの父親って誰よ? 親の七光り? そんな知らない奴出して一方的に決め付けるな!
だいたい、いつもの威勢はどうしたのよ? あんだけ威張っておいて一回失敗したら自暴自棄? あんたヘタれなの?
私、あんたみたいに甘えてるお嬢様が一番嫌いなのよ!」
互いににらみ合い、無言になる。
皆が緊張で固まっていると妹紅は溜息をつき手を離した。
「失敗したなら挽回してみせなさいよ……」
陣幕の中が気まずい雰囲気で満たされる。
天子は俯き逃げるように陣幕から出た。
それを一瞬遅れて衣玖が追いかける。
***
「おっと、失礼」
陣幕を出ると天子は鎧を着た青年をぶつかり、彼の顔を見ると驚愕し走り去った。
「総領娘様!」
それから遅れて衣玖が飛び出すが青年を見て立ち止まる。
「━━すまんな。どうにも入れる雰囲気では無く」
「いえ、その、先ほどはありがとう御座いました。徳川秀忠様」
秀忠は頷くと天子が走り去って言った方を見る。
陣幕の中から点蔵たちも現れ妹紅が気まずそうに頭を掻いた。
「言い過ぎたわ……。どうもあいつを見ていると昔の自分を思い出して……」
「昔、で御座るか?」
「ええ、まあいつか話すわ」
「しかし、親の七光りか……」
秀忠がそうしみじみ言うと此方を見る。
「偉大な親を持つ子というのは何時の世も苦労するものだな。私も生前の若い頃は父に認められようと必死であった。だが老いてから気がつくのだ。
父がどれほどの事を自分のために残してくれたのかを」
「総領娘様は必死なんだと思います。ようやく自分を天界の総領の娘としてでは無く、ただの比那名居天子として見てくれる友人が出来るかも知れないと。
だから認めてもらおうとして暴走してしまってるんだと思います」
「馬鹿ね」と言ったのは妹紅だ。
「自分の居場所は作るんじゃ無くて、自分が居る場所が自分の居場所だってのに」
そう言って彼女は夕日に染まる空を見上げた。
空では鴉たちがまるで此方を心配するかのように、鳴き声を上げているのであった。