緋想戦記   作:う゛ぇのむ 乙型

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~第八章・『食事場の会議者』 カレーいかがですか? (配点:情報交換)~

 夕焼けの赤に染まる浜松港に幾つもの輸送艦が着陸していた。

輸送艦からは食料や医療品が運び出され、浜松港の近くに急遽作られた避難村に送られて行く。

 姉小路からの避難民は一部を岡崎に降ろし、残りを浜松に降ろした。

 徳川領に着いたときには姉小路の民は5千人を切っており彼らの姿を見ればどれだけ凄惨だったのかが嫌でも分かる。

 最後の輸送艦が着地すると二隻の警護艦が出航した。

 怪魔を全て倒したものの警戒は解かれず、交代交代で警備を行っているのだ。

 警護艦が遠ざかって行くのを教導院の屋上から幾つもの表示枠を開きながら姫海堂はたてが見ていた。

 彼女は胡坐を組み、熱心に表示枠に目を通す。

 そこには今まで真田が集めてきた怪魔の情報が記されておりそれを一つずつ確認するように見る。

『怪魔とは:怪魔との最初の接触は富士崩落の時である。崩落した富士山の調査のため当時の北条家が調査部隊を派遣するがこれが消息不明に。続けて第二、第三部隊を送るが何れも消息不明となり第四部隊の一人が帰還したことにより怪魔の存在が判明。

北条家は急遽怪魔討伐の軍を立ち上げ交戦多大な被害を出すも武田・今川の助力もありこれを殲滅した。

これ以降小規模な怪魔が各地で出現するようになり、神社や遊撃士協会がこれの討伐に当たる』

 次のページにする。

『怪魔の特徴:怪魔には共通の特徴があり、まずどの個体も白くゴム質状の肌を持ち生物で言うところの頭部は無い。一部個体には眼球が確認されているがそれを流体砲撃に使用するため視覚があるかは依然として不明である。

怪魔は生命活動を停止すると流体分解されるため解剖は不可能。そのため怪魔の体内構成等は不明である』

次のページ。

『怪魔の種類:怪魔にはタイプが存在し現在判明しているのは四種類である。

・クーガタイプ:四本足で走り獣のような小型タイプ。脚部の爪やブレード状に変質した尻尾で攻撃を行う。

・ワイバーンタイプ:細長い胴を持ち巨大な二対の翼を持つ小型タイプ。個体の戦闘能力は低いが集団で行動し足の鉤爪で攻撃を行う。

・ドラゴンタイプ:陸戦タイプの個体としては大型であり武神と同等の大きさを持つ。四肢を伸ばす事が出来、鞭の様に扱う。この個体が出没した場合は早急な討伐が必要である。

・クラーケンタイプ:富士異変に出没したタイプで確認されている個体の中では最大級である。他の固体と違い無数の眼球を持ち、戦艦クラスの流体砲撃が可能。富士異変以降出没していないが出没した場合最大限の注意を払って交戦する事』

 そこまで読んではたては溜息をつく。

━━どれも散々読んだ物ね……。

 先ほどの怪魔襲撃後、椛に頼み怪魔の資料を送ってもらったがどれも一般的に知られている事ばかりだ。

「よくよく考えると私たちって何も知らないで戦ってるんじゃない?」

 富士山での一件以降怪魔は災害として扱われていた。

だが飛騨での怪魔の出没、そして新型の敵を見てどうにも引っかかる。

 怪魔には頭部が無く、個体の知性も低い。

だが奴等は統制が取れており群れで行動する。

━━そもそもなんで人を襲うのよ?

 怪魔には生物で言うところの口が無い。

そのため人を襲うのは捕食のためでは無いのだ。

つまり奴等は明確な悪意を持って人間を襲撃している。

 だが知性の低い獣にそんな事が出来るだろうか?

 もし、命令を出している奴が居るとしたら?

 それは誰だ? 巨大な怪魔の親玉か?

 なぜ人を襲う?

 考えても思考は同じところを回り続け一向に答えは出ない。

「あー! もう! 分からん!」

 床に寝そべり空を見上げる。

曇り空は晴れ、雲が幾つもの塊になって流れて行く。

 しばらくそれを見ていると何処からか鼻を刺激する臭いが漂ってきた。

 このスパイスが効き、食欲を促進する臭いは……。

「カレー…………?」

 

***

 

 遊撃士協会支部では霧雨魔理沙やアリス、英国からの三人が呼ばれ集まっていた。

支部の中には本多・正純が待っており皆をテーブルに着かせる。

「お? 来たか? 何人居るー?」

 支部の厨房からエプロン姿のトーリが現れ正純が「お前たち含めて13人だ」と言うと彼は「Jud.」と厨房に戻った。

「あの? これどういう事?」

とアリスが言うと正純が頷く。

「食事をしながら情報交換しようと思ってな。強行軍で疲れただろう?」

 訝しがるアリスを横目に魔理沙が手を挙げた。

「マッシュルームカレーあるか!?」

「おう! キノコが好物だって聞いて作っておいたぜ!」

「キノコは特注品ですネー」

 それを聞き魔理沙の目が輝き、幽々子が臨戦態勢に入った。

「……私はいいわ。カレーの匂いがついたら嫌だもの」

と言って立ち上がろうとしたパチュリーの服をオリビエが摘んだ。

「……離してくれる?」

「まあまあ、人付き合い人付き合い」

 結局パチュリーが折れ、彼女はしぶしぶと席に戻った。

「さて、食事が来るのはもう少し先の様だから少し情報交換をしよう。今、岡崎城でも姉小路頼綱が家康公と会議を行っているが此方でも方針と対策を決めておきたい」

 そう正純が言うとアリスが背筋を伸ばす。

「最初に、救助してくれた事には感謝します。ですが私はまだあなた達を信用していないという事を言っておきます」

 「おい、アリス……」と言う魔理沙を手で制すると正純と視線を合わせる。

「ですので私たちはこの場を情報交換の場ではなく、武蔵との交渉の場にしたいと思います」

 ━━まあそう来るよな……。

 今この場において一番立場が低いのは彼女達だ。

どんな些細な事でも見逃さず、自分達が出来るだけ有利になるようにするだろう。

「相変わらず捻くれてるわね」

「━━━━なんですって?」

 パチュリーの一言に急に場が不穏になる。

「助けてもらっておいて交渉したいだなんて図々しいと思っただけよ」

「挑発してるつもりかしら?」

「さあ? どうでしょうね?」

 互いににらみ合う。

今にも掴み合いそうな二人の間にトーリが前菜のサラダを置くと彼は「腹へってイラついてんのも分かるけど落ち着こうぜ」と言った。

 二人は「ふん」と鼻を鳴らすとそっぽを向く。

━━この二人、反りが合わないみたいだな。

 ともかく。

「では情報交換兼、交渉を始めるとしよう」

 

***

 

「ではまず何の情報を持って姉小路は武蔵と交渉するのか? それを提示してもらいたい」

 大前提だ。

姉小路が現在各国が持っている情報と同じ程度の情報しか持っていないのであればこの交渉の意味は無い。

 アリスは慎重に言葉を選び言った。

「怪魔を指揮しているかもしれない存在について」

 その瞬間エステル達が驚き、オリビエが「ほう?」と眉を動かした。

━━これはまた凄い情報だな……。

 各国が喉から手が出るほど欲しい情報だ。

だがその分、口からでまかせという可能性もある。

 実際エステル達は興味津々だがオリビエ達は判断しかねているようだ。

━━さて、どうしたものか?

 アリスは“武蔵との交渉の場”と言った。

これは姉小路頼綱が徳川家康と交渉を行っている上で武蔵とも交渉したいという事だ。

 なにがなんでも徳川から譲歩を得たいという事か。

それだけ追い込まれているという事だろう。

「どうするの? 交渉に乗るのかしら? 乗らないのかしら?」

「……乗ろう。だがもしその情報が嘘であればそれは徳川と姉小路間に重大な亀裂を生む事になる。それはいいな?」

「ええ」

 アリスがグラスに入った水を飲み自分を落ち着かせるように息を吐く。

「徳川は姉小路の民を全て受け入れて」

「無理だ。現状徳川にも武蔵にも姉小路の民を全て受け入れる余裕は無い」

「そんな事は無い筈よ。徳川は今勢力を伸ばし領土が増えている。私たちを受け入れるだけの土地はあるわ」

「たしかに土地はある。だが先ほども言った通り余裕は無い」

 人を移住させるには多くの金がかかり更に食料問題や近隣住民との問題もある。

「お金なら避難民が出し合って渡す。それでも足りないと思うけど定住地があれば直ぐに働いて返すわ。食糧問題だって自給自足してみせる」

「その保障はどこにある? 最悪支援金を受け取って雲隠れする可能性だってある」

「おい! 私たちがお金盗んで逃げるって言うのかよ!」

「いや、あんたが言うと信用無いわね」

 とパチュリーが言うと魔理沙が「だよなー」と頷いた。

「……保障が欲しいならあるわ」

「聞こう」と頷くとアリスは自分と魔理沙を指差した。

「私と魔理沙を武蔵へ転入。前線でもどこでも送っていいわ。勿論転入金は自分達で払うしその後の生活費も自分で稼ぐ」

 「え?」と固まる魔理沙を睨み付けるとアリスは此方を見た。

「どうかしら?」

 特務級二名の武蔵への転入。

戦力の増強が急がれる武蔵にとっては願っても無い事だ。

だが。

「土地と働き口の問題だ。姉小路の民の数は役五千名。それだけが住む土地と彼らが働ける場所は無いぞ?」

 そう言うと表示枠が開きシロジロが現れた。

『仕事場ならあるぞ』

「本当か?」

『Jud.、 先日うちが伊勢の南部の土地を買ったのだがそこの開拓手が足りない。そこで姉小路の民を雇う案があるのだが』

 だが伊勢南部は……。

『そうだ、伊勢南部は怪魔が出没しやすく今まで誰も手を出さなかった。だがあの土地を放置するのは惜しい。そこで遊撃士協会の諸君にも提案がある』

 「え、私たち?」とエステルが驚き幽々子を見る。

「聞きましょうか?」

『姉小路の民は伊勢南部の開拓を行い。残存する姉小路の兵士と遊撃士に護衛をお願いしたい』

「私たち遊撃士は政治的なことには関われないのよ? それをお忘れで?」

 幽々子にそう言われるとシロジロは頷いた。

『承知している。確かに遊撃士は国家の要請等には応えられないが一個人の依頼なら出来るはずだ』

「成程、貴方個人が依頼すれば私たちが動けると。そう言うことね」

『そうだ。報酬は払う上に開拓した土地はそのまま姉小路の民が使っていい』

 それを聞くとアリスは怪訝そうな顔をした。

「話が出来すぎていない? 貴方に何の得がないように見えるけど?」

『得ならばある。私が欲しいのは伊勢南部の海岸沿い。そこに港を造る事だ』

 『いいか?』と一言。

『現在徳川は伊勢を治めている。しかし伊勢湾を統治しているのは伊勢の商工会であり、多額の関税が取られる。そこで私は伊勢南部に港を造りそこを貿易の中継地点にしたいのだ。貿易港が出来れば人が集まり商人が増える。

そうすれば雇用の問題は解決され何よりも私が儲かる!

いいか貴様等! 私のために汗水流して働け!』

 表示枠を閉じ苦笑いしている一同の顔を見る。

「まあ、なんだ。言動はアレだがそっちにとって良い話だと思うのだが?」

 そう言うとアリスは暫く思案し頷いた。

「そうね。確かに悪くは無いわ。本格的なことは頼綱さんとも話し合ってからになるけど私に異存はないわ」

「まー、難しい話はよく分からないが私もいいぜ」

 アリスは魔理沙に頷き、此方に手を差し出す。

「それじゃあよろしくお願いするわね。武蔵の副会長さん」

 笑顔を浮かべて差し出される手をしっかりと掴み互いに頷くのであった。

 

***

 

「さて、交渉も纏まったし肝心の情報なんだけど…………魔理沙?」

「おう」と言って彼女は帽子の中から一枚の写真を取り出した。

それを受け取り見ればそこには暗い森の中に一人の少女が映っているものであった。

「これは……女か? 随分とぼやけているが……」

「ああ、全裸の女。怪魔出没時に偵察に行った時に撮ったんだ」

 “全裸”という言葉に馬鹿が反応したがホライゾンが厨房に引きこむ。

「身長は私と同じくらいの小柄で、髪は黒くて腰まで伸びてる。最初は怪魔に襲われて逃げてきた女だと思ったんだが……」

 次の写真を出す。

━━なんだと……?

 そこにはドラゴン型の怪魔の肩に乗る少女の姿があった。

「もっと近づこうとしたら気がつかれてな。いやぁワイバーン共に追い掛け回された時は流石に焦ったぜ」

「その後彼女を見たか?」

「いや、それ以降見てないぜ。ただこいつの顔なんだが……」

 そこまで言って魔理沙は口を閉ざした。

暫く悩むような表情をすると

「悪い、なんでもない」

と言い「もうちょっと確信持てたら言う」と続けた。

「この情報、遊撃士協会や英国は持っていたか?」

「初耳ね。遊撃士協会が知っている情報は各国が知っている情報と同程度よ。ただ交戦数が多いだけ。この情報、本部に送ってもいいかしら?」

「Jud.、 構わない。それで英国は?」

 そう言ってオリビエの方を見れば彼は暫く指を顎に添え、思案し口を開いた。

「僕達は富士山が怪しいと思っている」

「おい、オリビエ…………」

「分かっているよミュラー君。でもこれはもう僕達だけで当たるべき事ではないと思う」

 そう言うとミュラーは黙り頷いた。

「もう諸君も知っていると思うが北条は富士山一帯を封印している。表向きには富士周辺は未だ危険地帯である為とのことだが実際には違うと思われる」

「その根拠は?」

「遊撃士諸君や武蔵の諸君も知っていると思うが<<結社>>が富士山に現れ、博麗の巫女達と交戦した。

さて、なぜ<<結社>>が富士山に現れた? 何故北条は<<結社>>と戦った?

それは富士山に<<結社>>にとって欲しいものが、北条にとって何が何でも守りたい物があるからだ」

 その“何か”が重要な訳か……。

「北条が守ろうとしている物に心当たりは?」

 オリビエは暫く黙ると小さく呟いた。

「君達は“概念核”と言う物に心当たりが有るかい?」

「“概念核”? いや、心当たりは無い……」

 ない、よな?

 だが何故だろうか?

その言葉に心当たりは無いが妙に胸につっかえる。

懐かしいような懐かしくないような……。

 他の連中も首を横に振り、否定を示す。

「オリビエは何処でその情報を手に入れたの?」

 エステルにそう問われオリビエは「まあ、うちには優秀な諜報員がいるという事さ」とはぐらかした。

「ここからはあくまで噂の域を出ない情報だがその“概念核”は世界そのものを変える力があるとか武器に出来るとかなんとか。

まあどれも物騒な話だ」

「それって……まるで……」

「そう、僕達の世界の<<至宝>>に近いね」

 <<至宝>>……エステル達の世界の女神、<<空の女神>>エイドスから授かったという七つの<<古代遺物>>。

何れも強力な力を持ち世界その物を変革できるという。

「そんなものをどうする気は知らないが<<結社>>に渡れば碌な事にならないだろうね」

 そこまで言うとオリビエは「僕が知ってるのはこの位だ」と話を終わらせた。

 情報も出切ると皆此方を見る。

これで終わりかな?

「…………よし、そろそろ情報交換を終えて食事会で交歓しようか」

 時が止まった。

皆固まっている様子に首を傾げると。

「どうした? 笑ってもいいんだぞ?」

 慌ててホライゾンが厨房から出てくる。

「ホライゾンとした事が思わず反応に遅れました。つまり正純様のギャグを解説しますと……」

「ホ、ホライゾン! これ以上傷口を広げるな! 滑った芸を解説されるほどキツイことは無いんだぞ!」

 く、くそ! なんだこの私が滑ったみたいな空気は!?

抗議の声を上げようとするとオリビエが笑い始めた。

「いや、本当に愉快だね。君達は」

 どうだ! ウケたぞ! と口元に笑みを浮かべるとホライゾンがオリビエを指差すと「この人、頭沸いてるんじゃ?」と言うとミュラーが「間違っては無い」と頷いた。

 ともかく真面目な雰囲気から砕けた雰囲気になると皆話しはじめた。

 暫くするとハッサンとトーリがカレーを運び始め器に注ぎ始めた。

そして皆に行き渡るとハッサンが一言「おかわりはいくらでもありますネー」と言った。

 

***

 

 食事を大体終えると魔理沙が「あ、そうだ」とポケットの中から六角形の物体を机に置いた。

「あら、これってミニ八卦炉じゃない? 随分とボロボロだけど」

 そうパチュリーが言うと魔理沙は頷き

「飛騨からの連戦で酷使してな。損傷しちまったんだよ。武蔵に修理できる奴はいるか?」

と渡してきたので直政に連絡した。

 直政はミニ八卦炉を表示枠から見ると首を横に振り『悪いが無理さね』と言った。

『異世界の物でも量産されているものなら同型の構造から修理可能だけど、見たところそれは特注品のようだ。そうなると私にはお手上げさね。それを作った奴はこっちの世界に?』

「あー、どうだろうな? 多分いるとは思うんだが……どこにいるかまでは……」

 そう魔理沙が困り顔で言うと遊撃士協会支部の玄関が開いた。

そして門が開いた事を知らせる鈴の音と共に凛とした女性の声が入ってくる。

「森近霖之助だったら伊勢にいるわよ」

 皆が玄関の方を見ればそこには桃色の髪に赤い導師服を着た少女が居た。

「お前は……」

 魔理沙がそう言うと少女は頷き。

「はじめましてとお久しぶり。茨木華扇よ。…………ところでまだカレーある?」

 そう言って華扇は笑った。

 

***

 

「━━━━と、いう事がありましたのよ」

 陣地のテントの中でネイト・ミトツダイラは表示枠に映る浅間と喜美に今日起きた出来事を伝えた。

『そうですか……天子がそんなことを』

「結局天子はそのあと自分のテントに引きこもってしまいまして……。今も衣玖が天子のテントの前で心配そうにしてますわ」

 あの後和解しようと思ったが天子は取り合ってくれず結局そのままお開きとなった。

『親の七光りですか……。そういえば私たち天子の事なにも知りませんね……』

「親が天界の総領、という事ぐらいですわね」

 長い間一緒に居たと思ったが振り返ってみれば彼女は何一つ自分のことを語っていなかった。

━━せっかく最近打ち解けてきたと思いましたのに……。

「…………あの、喜美?」

 先ほどから黙っている喜美に話しかけると彼女は『ん? なに?』と返してきた。

「喜美でしたらどうしましたの? その、こういう時」

『どうもしないわよ?』

「え?」

 予想外の応えに浅間も驚く。すると喜美は微笑み。

『だって私があの子を叱ったり、空高く打ち上げたりしても何の意味が無いもの』

 空高く。というところで何時かナルゼが回転しながら飛んで行ったのを思い出した。

『意味が無い……ですか?』

『ええ、だって私はあの子の母親じゃないし姉でもないし、友人でもないもの』

「喜美! それはちょっと言い過ぎじゃ……」

 そこまで言いかけると彼女は『ほら、ステイ、ステイ』と宥めてきた。

『だってあの子が私たちの事を友人として認めてくれないなら私たちは友人ではないわけでしょ?』

 それは……そうだが……。

『いい、ミトツダイラ。どんなにこっちが友人のつもりでも向こうが認めなきゃそれは友人関係とは言えないの。男女の仲で言えば片思いよ? こっちからはもう全身からラブオーラ出して嬉ションしても相手はなんだこの犬ってなるわよね? ね?』

「あの、喜美? 妙に腹の立つ例え止めてくださる?」

『あら、ミトツダイラ。別に私は貴女が愚弟に褒められて嬉ションしようがしまいが友達でいるわよ? まあ流石にウンーコしたら引くけど』

「しませんわよ!!」と抗議すると彼女は耳を塞いだ。

『で、まあそんなわけだけど』と言う喜美に浅間が『いや、どんなわけですか』と突っ込みを入れるが彼女は無視し口元に笑みを浮かべる。

『互いに出来る信頼関係。それが無い状態で私やあんたがあの子を叩いたらどうなると思う?』

 それはだいたい予想がつく。

「…………さらに頑なになってしまいますわね」

『Jud.、 もしあの子の心に入れる人間がいるとすればそれは……』

 喜美がそう言おうとした瞬間、テントの入り口が開いた。

そして息を切らせた衣玖が飛び込んできて彼女は額に汗を掻きながら言った。

「そ、総領娘様が何処にもいないんです!」

 

***

 

 完全に日が落ちた後の竹林はその不気味さを一層増し、梟の鳴き声が木霊していた。

 その中を比那名居天子が手に術式電灯を持ちながら歩いていた。

「……やばい。完全に迷った……」

 陣地で喧嘩した後、自分のテントに戻ったがどうにも居心地が悪く外に出てしまったのだ。

━━何やってんだろ……私。

 筒井家の使っている抜け道を探し出せれば挽回できると竹林に来たはいいが街道から外れて暫くして方向感覚を失った。

 何をやっても空回りしあまりの情けなさに思わず蹲りたくなる。

「これからどうしよう…………」

 通神で連絡すれば直ぐに助けは来るだろうがそれは凄く無様だ。

 どうしようかと途方に暮れていると何処からか笛の音が聞えてくる。

「笛?」

 こんな場所で?

 暗い竹林に似つかわしくない音色に思わず誘われ歩き始める。

聳え立つ竹の間を抜け続けると開けた場所に出た。

 月光が大地を照らし、幻想的な雰囲気を醸し出す。

「天呼ぶ、地呼ぶ、海が呼ぶ…」

「………………は?」

 頭上から声が聞え見上げる。

「物の怪倒せと我を呼ぶ!」

 前方の突き出た岩の上。

そこには陰陽師の服を着た長い金の髪を持つ青年が立っていた。

「人倫の伝道師 ウシワカ イズ ヒア!」

 そして変なポーズをとっているのであった。

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