緋想戦記   作:う゛ぇのむ 乙型

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~第九章・『月明かりの笛吹き者』 ミーとユーと緋想の剣 (配点:牛若丸)~

 

 やばい。どうしよう……。

なんだか物凄く面倒くさいのに絡まれた。

━━というか、何? あれ?

 夜の竹林で一人演奏会をしていて岩の上で変なポーズとってて似非英語とかもう色々駄目でしょう?

 ともかく無視だ。無視しよう!

 なんか自分の世界にトリップしている青年を無視し踵を返そうとすると彼は突然此方を向いた。

「おや? どこに行くのかい?」

 は、話しかけられた!

「…………あんたに関係ないでしょ」

 そう言うとウシワカと名乗った青年は小さく笑い岩から飛び降りた。

「まあまあ、ちょっとミーの話を聞いていきなよ。比那名居天子君?」

 こいつ……なんで私の名前を?

「フフ、どうしてミーがユーの名前を知っているのか気になっているようだね」

「……別に」

 そっぽを向くが回りこんでくる。

「比那名居天子。天界の総領の娘で容姿端麗、文武両道。総領娘としての実力は十分に具えている」

 「だが」とウシワカは続ける。

「性格面に問題があり、傲岸不遜で調子に乗りやすい。そしてユーはあまり交友関係が広くは無かったようだね」

━━…………こいつ!

 何処まで自分のことを知っているのか!?

「あんた何者? いったい何が目的?」

「ミーかい? そうだねぇ……ミーはファンってところかな?」

 ファン? 私たちの?

 まあ最近の徳川の活躍を見ればちょっとした支援者が出るのは理解できるが……。

「ああ、ファンって言っても徳川家でも武蔵でも無くてユーの、もっと言えばユーの持つ“剣”のね」

 剣?

 緋想の剣の事だろうか?

「だけどまあ、ちょっと失望かな。“ユーはまったくその剣を使いこなせてないのだから”」

「なんですって…………?」

「“緋想の剣”。それがどれだけ凄いものかユーは全然分かっていない。今のユーは『豚に真珠』『猫に小判』だね」

 なぜいきなりそんな事を言われなければいけないのか?

思わず憤り、一歩前に出る。

 するとウシワカは「おっと」と後ろに跳躍した。

「フフ、怒ったかい? そうだ、ちょっと手合わせをお願いしようか」

 と構えるウシワカを見て冷静になる。

 挑発に乗っては駄目だ。こいつの目的が分からない以上何時までも一人で居るのは危険だ。

 そう思い深呼吸をすると踵を返した。

 「おや?」とウシワカが言うが無視だ。

「逃げるのかい?」

 これも無視だ。それに戦っていないんだから逃げるもなにも無い。

「はあ、連れないね……地子君?」

━━━━え?

 思わず足が止まる。

 その懐かしいくも苦い名前に振り返る。

「比那名居地子。地上人上がりの天人。天界では色々苦労したみたいだねぇ。華やかな天界では地上から来たユーはさぞ浮いたことだろう……。もしかして他の天人に虐め……」

 気がつけば体が動いていた。

 緋想の剣を取り出し、ウシワカの首を狙うように薙ぐ。

 それを後ろへ更に跳躍し避けると彼は「…………ようやくその気になってくれたかい」と腰の刀を引き抜いた。

「あんたが何者かは知らないわ。だけど人のプライベートな場所に土足で踏み込んできて、覚悟は出来てるんでしょうね!」

「フフ、来たまえ。ミーが君の実力を測ってあげよう! さあ、我が愛刀ピロウトークの調べを思う存分聴かせて上げようか!」

 夜の竹林で青と金の影が交差した。

 

***

 

「天子殿――いるで御座るかーーーー?」

 竹林の中、点蔵が叫ぶが声が木霊するだけで返事はない。

「……ふむ、目撃証言からして竹林に向かったのは確かなはずで御座るが……」

 天子が自分のテントから居なくなって直ぐに捜索が始まった。

 すると見張りの兵が筒井方面に向かう青い髪の少女を見たというので此処まで来たのだが……。

「夜闇も深まって、これでは何処にいるのか分かりませんね……。ミトツダイラ様、臭いの方では?」

「残念ながら……昼に多くの兵や馬が通ったせいで匂いがごちゃごちゃになってますわ……」

 ネイトがそう言うとアマテラスも首を縦に振った。

 足跡も同じだ。

雨でぬかるんだ地面は形を崩し、足跡の判別がつかなくなっている。

「そう遠くには行ってないと思いますが……」

 メアリの言葉にネイトが頷きを返す。

「おそらく天子は一人で筒井の使っている抜け道を探すつもりですわ。そうすれば挽回できると……」

 何とも不器用な。

 焦って空回りで御座るか……。

「その……私はどうするべきだったのでしょうか……?」

「どう、とは?」

 衣玖は目を伏せる。

「総領娘様とどう向き合えばいいのか、です。正直なところ総領娘様があそこまで思い悩んでいるとは思いませんでした……。

ああいう風に言われて始めて気がつくなんて、御付として失格ですね……」

 そう苦笑するが、その笑顔に胸が痛む。

「衣玖様? そうご自身を責めてはいけません。もし、どこかですれ違ってしまったのならば、遅れてでも横に並べば良いのです。そうですよね? 点蔵様?」

「Jud.、 ちゃんと話せば天子殿も分かってくれる筈で御座るよ。自分が思うに彼女は根は良い人で御座る」

 「そうですわね」とネイトが口元に笑みを浮かべながら衣玖の横に立つ。

「口ではこう、高圧的ですけど細かいところに気が利いたり、面倒くさがりながらも此方を手助けしてくれたり。皆、彼女が根が優しいという事は知ってますのよ?

ですから今回の件を経て、本当の意味の友人になりたいと思っていますわ」

 そう言うと点蔵やメアリも頷いた。

「もちろん、衣玖ともですわよ?」

「皆さん……」

 衣玖は目じりに浮かんだ涙を指で拭うと衣玖は頷いた。

 さて捜索を続行しようかと思った瞬間、遠くから剣戟の音が聞えた。

そしてしばらくしてから破砕音と地響きが鳴った。

「これは……戦闘の音に御座る!」

 皆は顔を見合わせ、駆け出すのであった。

 

***

 

━━━━速い……!いや、軽い!?

 ウシワカと戦い始め最初に思ったのがこれである。

 自分と敵の足の速さはほぼ同じ。

だが自分は全く敵に追いつけていなかった。

 此方が一つ動作をする間に敵は二動作行う。

何故ここまで差が出るのか……?

「…………足か!!」

 敵は先ほどからつま先で着地し、そのまま次の動作に繋げていた。

 地面を軽く跳ねるような動き。それを使い着地の隙や次の攻撃への動作の短縮を行っているのだ。

「フフ、流石に直ぐに気がついたみたいだね。だけどそれだけでミーに追いつけるかな!」

 身を屈め突進を行ってきた。

刀を突き出し、こちらの胸を穿つ軌道。

 それに対しあえて踏み込む。

 敵に追いつけないのであればカウンターに専念すればよい。

 敵を頭から叩き切るように緋想の剣を振り下ろすが、ウシワカは予想外の動きに出た。

「…………!?」

 突進の体勢で空中で縦回転を始めたのだ。

 ウシワカの右足の踵が振り下ろされた剣に当たり、逸れる。

そしてそのまま左足を動かし此方の顔目掛け蹴りを放ってきた。

━━……この!

 踏み込んだ体勢で首を引っ込め回避したため尻餅を着いた。

泥が跳ね上がり、白いスカートや服が茶色に染まる。

 ウシワカはそんな此方の上方を通過すると竹に足をつけた。

 竹が撓り、笹の葉が落ちる。

足に力を込めると弓から放たれた矢のように飛んだ。

 慌てて起き上がり避けるが刃が背中を掠る。

背中に生じた熱を感じながら直ぐに敵の姿を追うが敵は竹薮の中に隠れここからでは姿が見えない。

「鬼さんこちら、ってね」

「この……ふざけ……!」

 再び飛んできた。

 それをかわすが敵は反対側の竹に足を掛けると連続して突撃を行う。

━━こいつ! 竹林での戦い方に熟知している!?

 竹は敵の足場であり、攻撃手段となる。

その上、ぬかるんだ地面は此方の動きを鈍らせてくる。

 この場所は自分にとってあまりにも不利だ。

だが移動するだけの暇は無い。

━━だったら!!

 緋想の剣を大地に突き刺す。

「地符『不譲土壌の剣』!!」

 自らの気質を大地に打ち込み大地を隆起させた。

轟音と共に幾つもの岩が浮き上がり、竹が倒れて行く。

 暫くすれば周囲の竹は無くなり、広い空間が出来上がっていた。

「やれやれ、凄いね。その剣は」

 近くの岩の上に逃れたウシワカはそう言うと地面に降りる。

「でも、まだまだね。その剣の本当の力はそんな物じゃない筈だ」

「……あなた、この剣の何を知っているの?」

「ウーン、実は言うとミーも良く知らないんだ」

━━━━はぁ?

「……その剣の正体は知らないけどその剣が“滅びに対抗できる”ものだと聞いてるよ」

 滅び?

いったい何の事だ……?

「まあ、その担い手のユーが今のままじゃ駄目なんだけどね」

 そう言ってウシワカは構える。

 それにあわせ此方も緋想の剣を構えた。

 互いににらみ合い、間合いを計る。

そしてウシワカが動いた。

 ウシワカは連続の突きを放つがそれを緋想の剣で弾き続ける。

 このままでは埒が明かない。

だったらいつも通りの……。

「肉を切らせて骨を断つ!!」

 気符『無念無想の境地』を使い、痛覚を遮断する。

 天人の体はちょっとやそっとじゃ切り裂かれないが痛みは感じる。

そして痛みがあれば動きが止まるのだ。

 だが逆を言えば痛覚さえ遮断してしまえば多少の無理は可能なのだ。

 ウシワカが放つ刀を左拳で払い敵の体勢を崩す。

その崩れたところに右手の緋想の剣を叩き込んだ。

━━貰った!!

 しかし刃はウシワカの近くで止まった。

否、止められたのだ。

「これは……笛……!?」

━━いや、流体剣か……!!

 笛の先端から流体の刃が伸び、緋想の剣の刃を押し戻していた。

 互いに前髪が当たるぐらいの至近距離でにらみ合い、刃の押し合いをする。

「さあ、どうする?」

「どうも……さっさと降伏したらどうかしら?」

 一歩押せば一歩押し返される。

それを何回か繰り返すと意を決し同時に距離を離すため後方へ跳躍した。

 緋想の剣を下段に構えるとウシワカは笛の剣を上段に構えた。

━━次で決める……!

 駆けた。

互いに武器を振りかざし、激突する瞬間眼前に雷が落ちた。

 そして竹薮の中から腕に羽衣を巻いた衣玖が現れた。

「そこまでです!!」

 

***

 

━━い、衣玖? どうしてここに!?

 彼女は此方に一瞥するとウシワカの方を睨み、羽衣を巻いた腕を向けた。

「おや? 乱入者かい?」

 そう言って動こうとすると衣玖が一歩前に出た。

「動かないでください!」

 腕に電撃を纏い構える。

するとウシワカは観念したように手を上げた。

 衣玖は構えながら動くと此方の横に立つ。

しばらく相対していると竹薮の中から点蔵たちが次々と現れる。

「オ、オメェ! ウシワカ!!」

 アマテラスの頭の上でイッスンが跳ねるとウシワカが刀をしまった。

「やあ、アマテラス君にゴムマリ君。久しぶりだね」

 アマテラスが此方とウシワカの間に入ると点蔵たちも横に並んだ。

「…………知り合いに御座るか?」

「知り合いつーか、腐れ縁ってゆうかよォ。オイラたちの世界では事あるごとに先回りして面倒な事押し付ける月人だァ!」

月人? つまりは月に住む人の事か?

「怪しいですね……」

衣玖の言葉に皆頷く。

「たしか筒井にいる幻想郷出身者も月の人間でしたわよね? それでいてこの襲撃……何を企んでいますの!」

「企んでいるなんて酷いなー。ミーはただユーたちを試しているだけだよ」

「試す」という言葉に全員が眉を顰めた。

「アマテラス君。ユーなら気がついていると思うがミーたちの世界から“悪いもの”が此方に流れ着いている。そして裏では更に“深い闇”も蠢き始めている。今の力を失ったアマテラス君だけでは対処できないほどのね。だから“君達”を試させてもらったのさ」

「なぜ、私たちなのですか? この世界には私たち以外にも力を持つ者が多く居ます」

 そう衣玖が問うとウシワカはこっちを見た。

否、見ているのは比那名居天子ではなく比那名居天子の持つ緋想の剣だ。

「……この剣ね」

「え?」と皆が此方を見る。

「フフ、“気質を見極め、萃める剣”。その剣を持つ限りユーはこれからも多くの人々に会うだろうね。さっきの戦いで分かったけどユーはまだ蕾だ。

これから咲き、世界を包む花になることを期待するよ!」

 そう言ってウシワカは跳躍した。

近くの岩の上に着地するとポーズをとる。

「それじゃあ久々に予言、いってみようか! “月の雲隠れ、レッツレース!!”」

━━え?

 何の事だ? 月の雲隠れ? それはいったい……。

「月の姫様は引きこもるのが上手らしい。今日は満月、力を溜めるにはいい夜だ。ユーたちも急いだほうがいいんじゃないかな?」

「ま、待ちなさい! 引きこもるってどういうことよ!」

 だが彼は無視すると踵を返す。

そして途中で振り返ると一言。

「ああ、ここから北東に行ったところにユーたちの捜し求めるものがあるかもね」

 そう言って彼は跳躍した。

竹を使い跳躍を繰り返しあっと言う間に見えなくなる。

 あとに残ったのは夜の静けさとなんとも言えない困惑した雰囲気だけであった。

 

***

 

 岡崎城の中にある本多忠勝の屋敷。

その客間に榊原康政と本多忠勝が向かい合って座っていた。

「これが依頼の品だ」

 そう言い忠勝が木製の箱を手渡すと康政は慎重に箱を開けた。

そして中身を見ると「おお!」と歓喜の声をあげ物を取り出す。

それは木彫りの人形で髪の長い少女の姿をしていた。

その人形を熱心に様々なアングルから見ると箱に戻し忠勝に頭を下げる。

「いやぁ、流石ですなぁ! 忠勝殿の木彫り人形は!」

「ふむ、気に入ってくれたか? 何分少女姿の人形は彫ったことが無くてな、少々心配であったのだ」

「いやいや! この儚げな表情! 流れるような髪! 魅惑的な腰周り! これこそ某の求めた“1/8スケール翔鶴ちゃん人形”!」

 そう興奮する康政に若干引くと苦笑した。

「お主も随分変わったな」

「それはもう、今一度受けた生。満喫せねばと思いましてな」

 そう言うと康政の表情に影が差した。

「どうした?」

「いえ、もし平和な世で復活をしたのであればどの様な生を送っていたのかと思いましてな」

「ふむ?」

「たとえばですぞ? 天子殿や衣玖殿の時代は外国では争いがあるものの日本は平和。そんな時代に生まれ変わったらどうしてましたかな?」

 平和な時代……か?

 たしかにどうしていたであろうか?

だが何となく思い浮ぶ。

「恐らく変わらないであろうな……」

「ほう?」と康政が首を傾げるので頷く。

「人の本質とはそう変わるものではない。拙者は戦しか知らぬ身。仮に泰平の世で合ったとしても何かしらの武に関わっていただろうな。無論、人形彫り師という道もあるかも知れないが」

 そう笑うと康政も笑う。

「そういえば二代ちゃんはどうですかな? 最近では良く稽古をつけているようですが?」

「うむ、彼女から申し込んできてな。自分も基礎を見直すのに良いと思っての事だ。

それにしても彼女の技は見事なものよ。彼女自身の能力もあるが技を習った師が良かったのであろうな」

「襲名者の忠勝殿ですな。某の襲名者も居たそうですが是非とも会いたかったものですな」

 本多・忠勝。

我が襲名者にして二代の父。

いったいどれ程の使い手であったのか、是非とも手合わせをしたかったものだが……。

「しかし、この世界は何なんでしょうなぁ……」

 この世界。不変世界の事だ。

様々な学者達が調べているが未だに判明しないと聞く。

「この世界、様々な世界の融合品との事ですがそれにしては妙な事ばかり。エステル殿たちの世界は完全に異質なものであるから別世界と分かる。アマテラス殿達も古代の世界ですが、天子殿とトーリ殿の世界の違いはなんでしょうな?」

「違い、とは?」

 「ええ」と康政は頷くと腕を組んだ。

「どちらも“我々の時代”から先の時代であることは分かりますな。ですが天子殿たちの“未来”とトーリ殿たちの“未来”が違うもののように思えますのぅ。もしかしたら互いに知らないだけで同じ世界なのかもしれませんが……」

 なるほど、そう言う事であったか。

つまりは天子達の知る未来とトーリ達の知る未来が異なるという事であろう。

互いに同じ日本であるのに関わらず知識も歴史も違う。

それはつまり……。

「これは憶測であるがよいか?」

「どうぞ」と促され思考を纏める。そして懐から銭を取り出すと親指の上に乗せた。

「例えばであるが康政殿、今から拙者がこの銭を投げるが表と裏、どちらであると思う?」

「ん? 賭けですかな? では表で」

 銭を指で跳ね上げ飛ばし、落ちてきたところを手で掴むと広げた。

「うむ、お見事」

 銭は表を向いておりそれを床に置くと康政が「今の事の意味は?」と尋ねてきた。

「先ほどの銭投げ、康政殿は見事表と当てたが裏であった可能性もあることは分かるであろう?」

「それは勿論……」と言いかけたところで康政は「成程!」と頷いた。

「表か裏か、今のはちょっとした可能性の分岐点という事ですな!」

「その通り。銭投げの結果程度ならばどうもしないが、戦の勝敗、人の生き死に。そういったものが積み重なって行けば未来とはたやすく変わるものであろう。

もしかしたら世界とは無限に枝分かれした樹の様な物であるのかもな」

 我々のいた時代にしてもそうだ。

織田信長が今川義元を討ち取った世界と討ち取れなかった世界。

関ヶ原で東軍が勝った世界と西軍が勝った世界。

 もしかしたらそんな”仮”の世界があったのかもしれない。

「無限に枝分かれした世界が何らかの原因で絡み合い出来たのがこの世界ならば今度は妙な事もある」

「…………怪魔の事ですかな?」

「うむ。そして我等もだ。ここに来た者たちは皆元の世界で“生きているかもしれない”存在たちだ。だが我等は違う」

「終わってしまった者たち……まだ戦国時代から飛んだならば良いが我等は皆一度死に、蘇った死人……」

 死人が蘇るなどあってはなら無い事だ。

人生とは一度きりであるからこそ尊い。

「怪魔に“死者”である我等。この世界の裏で何者かの思惑が動いているのかもしれぬな……」

「神ですかな?」と聞かれ「悪鬼やも知れぬ」と返した。

暫く二人で沈黙していると康政が箱を片付けはじめ箱を脇に抱えながら立ち上がった。

「我等があってはならない存在であるのならばこの命、未来ある者たちの為に使いたいものですな」

 そう康政は言い、部屋を退出するのであった。

 

***

 

 入り組んだ山間に大規模な施設があった。

施設には多くの高層建造物や倉庫があり、中央には大型の航空艦用の港が設置されていた。

 その港では一隻の真紅の巨大艦が改修を受けており、クレーンの動く音や溶接の音が幾重にも重なり鳴り響く。

 そんな様子を近くのビルの屋上から岡崎夢美は見ていた。

彼女は赤く後ろで編んだ髪を靡かせながら表示枠を開き、時折操作を行う。

「教授ー、頼まれてたコーヒー持ってきたぜー」

 その声に振り返れば金髪を短いツインテールにした少女が駆け寄ってくる。

彼女は白いセーラー服を風に揺らしながらコーヒーを此方に手渡してくる。

「それにしても、急に<<箱舟>>を改修だなんていったいどうしてなんだ?」

「近々大規模な行動に出るらしいわ。それで新装備を色々と装着してるのよ」

 「はー、戦争でもする気かねぇ?」とセーラー服の少女が言う。

━━戦争で済めばいいけどね。

 <<結社>>に協力してから結構な年月が経ったが未だに上層部が何を考えているのかが分からない。

 織田と協力し元の世界に戻ろうとしているらしいが果たしてそれだけであろうか?

「“概念核”。随分と興味深げなものだけど何に使う気かしらね……」

 あの妙な白い少女と接触してから<<結社>>は“概念核”の奪取に専念しはじめた。

それほどまでに強力なものなのか?

そして……。

「あっちの施設。私ですら入れてくれないなんてね」

 港の奥の方には壁で覆われた施設があり、そこに入れるのは<<結社>>の幹部クラスと“白い巫女”だけだ。

 裏で色々と調べてみたがあの施設に持ち込まれるのは何れも流体制御用の機材と結晶石を採掘するための機材だ。

━━結晶石を何かに利用しようとしている?

 結晶石はこの世界特有の鉱石であり、流体を閉じ込める性質がある。

そのためクオーツの代理品としても利用されるのだが……。

 突如空が歪んだ。

風景が歪み、月が消えると空から一機の武神のようなものが降りてくる。

 武神が港に着陸すると空の歪みが消え、元の夜空に戻る。

「お、テストが終わったみたいだぜ。大分実戦運用できるようになったんじゃないか?」

「そうね。でもまだ稼働時間に問題があるわ」

 青の重装甲の武神は暫く点検を受けると格納庫に戻って行く。

「ゴルディアス級戦略兵器『アイオーン』。その量産計画だけど難航しているわね。もともと<<至宝>>からのエネルギー供給を想定して作られた機体だから単独では稼働時間が短いのね。

それを克服するために武神の流体エンジンを使い始めたけど今度は出力の面で問題が出たと……」

 その為量産タイプは元のβやγから様々な装備をオミットしている。

「元のβとγが健在ならまだ色々出来たんだけどね」

「二つともクロスベルの戦いでぶっ壊れちまったんだっけ? 一機は教会の<<天の車>>にもう一機は旧型の<<パテル・マテル>>にやられたって言うけど本当に強かったのか?」

「データで見た限りではどちらもこの世界においても高水準、四聖武神に匹敵する能力よ」

 それにしても<<パテル・マテル>>と言ったか。

彼の機体は自律型で旧式にも関わらずγと相討ちになったというが、是非とも調べたかった。

「……ともかく量産型アイオーンの実戦投入はもう少し先になりそうね」

 そう言ってコーヒーを飲み干し屋上の入り口に向かう。

テストから戻ったならまた調整が必要だ。

 今日も徹夜かしらね?

と思っているとセーラー服の少女が「なあ、教授」と声をかけてきた。

「なに? ちゆり」

「ああ、前から気になっててな……。教授はなんで<<結社>>に協力しているんだ?」

 なんだ、そんな事か。

それならば勿論。

「私の正しさを証明するためよ。魔道科学のね」


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