━━これは?
目が覚める。
幾度も繰り返した目覚め。
だが今回は違った。
体の奥から来るこの痛みと熱。
それが何なのかは知っている。
━━……ようやく目覚めたのですね。
液体で満たされた調整槽を内側から開け、液体が外に溢れ出す。
冷たい金属の床に足をつけると立ち眩みが来た。
膝をつき、眩暈と頭痛が襲う頭を押さえる。
激しくなった動悸を何とか抑えると立ち上がり、近くに掛けてあった白いマントを羽織る。
「……体が……反応しているのですね……」
自分の体を指で首からなぞり、胸のところでつっかえた。
冷たい金属の感触がある。
マントの横に立てかけた合った仮面を着け、金属製のロッカーを開けるとそこには白いインナースーツがあった。
「お体は大丈夫ですか?」
突然の声に慌てて仮面を押さえ、振り向けばそこには長い金の髪を持った甲冑の女性が立っていた。
「…………はい、大丈夫です。何か御用ですか? アリアンロード?」
アリアンロードは頷くと部屋の照明をつけ此方の横に立つ。
「ここから南方、伊賀の地にて異常事態が発生しました。激しい地脈の乱れと同時に我々の世界で言うと上位三属性、その内の<<空>>属性が活性化しています」
「知っています。私も“感じ”ました」
そう言うとアリアンロードは「では、いよいよ」と言う。
「ええ、計画を実行すべきでしょう。例の結晶石は?」
インナースーツを着ながら聞くと彼女は表示枠を映した。
そこには巨大な結晶石が映されており、その大きさは航空艦に匹敵するほどだ。
「現在結晶石の最終調整を行っています。それが完了次第“彼”に引き渡される予定です」
“彼”。
我々の計画の賛同者であり、中核になる人物だ。
インナースーツを着終わると体を動かし、異常が無いかを確認する。
「それから、博士が呼んでいます。貴女の武器が出来たと」
漸くか。
これで私の準備は全て整った。
後は時機を待つのみ。
アリアンロードの横を通り、部屋の出口に向かう。
そして小さく呟くのであった。
「……彼女も気がついているでしょうね」
***
飛騨の空を白い塊が飛行していた。
それは千を超える怪魔から成ったものであり怪魔達は遠く緋色に染まる南の空に向け苦悶にも似た叫びをあげる。
「ふふ……あなたたちも分かるのね、あれが」
先頭を飛行するドラゴン型の怪魔の肩に立っていた長い黒髪を持ち、裸体の上に黒いマントを羽織った少女がそう言う。
彼女は自分の体を抱きしめると頬を上気させ、目を細めた。
「ああ、思い出すわ! あの時! あの屈辱の日を!!」
彼女の叫びと同時に怪魔たちも叫び声を上げる。
「そうよね! あなたたちも憎いわよね!! でももうちょっと我慢してね、もう直ぐ……」
そこまで言いかけると彼女は後方を睨みつけた。
後方、夜の暗闇から流体の光が来る。
彼女はそれ捉えるように右手で払うと流体砲撃は何かに弾かれ軍団から逸れた。
「……っち」
眉を顰め舌打ちをすると目を細めた。
遠く、流体砲撃が放たれた地点を見ればそこには二隻の黒い船が航行していた。
「偵察中の船かしら? こっちに被害与えて逃げるつもりでしょうけど……」
クラーケン型が一斉に反撃の流体砲撃を行い、集中攻撃を喰らった一隻の航空艦が爆散した。
残りの一隻は急旋回を行い逃げようとするが……。
「私の機嫌を損ねた罰よ」
右手で遠くの相手を包むと潰した。
その直後、船が消滅した。
音も無く、まるでそこに船が最初から無かったかのように航空艦が消滅した。
それを見、彼女は一度空を見上げると思いっきり怪魔の肩を踏みつける。
すると肩の筋肉が骨まで千切れ、怪魔が苦悶の声と共に青い鮮血を噴出す。
「ああ、御免ね痛かった?」
血を浴びた少女は怪魔の肩に触れる。
「でも、汚いじゃない!」
切り裂いた。
彼女はいつの間にか手に持っていた巨大な斧で怪魔を一刀両断すると隣の怪魔に飛び乗る。
「ああもう嫌になっちゃう。お風呂入りたーい!」
そう子供のようにすねると遠くを見る。
そこでは幾つもの閃光が放たれており戦いの光だという事が分かる。
━━潮時かしらねぇ?
織田の船がこんなに近づいてきたこともそうだが、真田のほうもかなり迫ってきている。
「暇つぶしの玩具も手に入れたしそろそろ遊び場を変えましょうか?」
そう言い口元に笑みを浮かべると左手を上げた。
それと共に怪魔の群れが上昇を始める。
少女は立ち上がるともう一度緋色の空の方を見る。
「いつか会いましょう? 緋想の剣の担い手さん?」
そして怪魔達は雲の中に消えて行った。
***
━━おいおい、なんだありゃあ……。
筒井城の支城から相対戦の様子を見ていた鳥居元忠は思わず手に持っていた槍を落とした。
最初に空が黄金に輝いたかと思えば今度は緋色になった。
筒井城から延びた緋色の柱は障壁を貫き、空高くまで立ち昇っている。
「も、元忠様……俺は世界の終わりを見てるんでしょうか……」
横にいた兵士がそう言う。
「馬鹿言え! 世界の終わりがあんな……綺麗なわけ無いだろう!」
━━たぶん。
だがいったいあれは何なのだ?
そう思っていると表示枠が開いた。
『元忠、見てるか』
「秀忠様! そちらは!?」
秀忠は苦笑すると空を指差した。
『こっちは凄いぞ! まるで嵐だ!』
「直ぐにお下がりを! そこは危険ですぞ!」
そう言うと彼は首を横に振った。
『城の中ではまだ天子達が戦っているのだ。私はここで待つ』
秀忠の言葉に元忠は溜息を吐く。
徳川秀忠は結構頑固な男だ。
こう言い出したら梃子でも動かないだろう。
「では、なるべく後ろで。何かあれば直ぐに連絡してくだされ」
『うむ』と秀忠は頷くと通神を切った。
「元忠様、俺たちはどうしたら……」
周りの兵たちが皆此方を見る。
近くの椅子に腰掛けると大きく溜息を吐き、背筋を伸ばした。
「城で戦っている仲間の勝利を祈ろう。それが我等に今出来る事だ」
皆が頷き持ち場に戻る。
そして元忠は筒井城の方を見るのであった。
━━頼んだぞ……天子殿!
***
嵐が起きていた。
空は豪雨が降り、吹雪が降り、雷が鳴り、あるはずの無い太陽の日までも有った。
それはまるで天候の嵐だ。
その中心に比那名意天子は居た。
━━気質の暴走!?
緋想の剣は嘗て無いほど光り輝き、その刀身をまるで柱のように伸ばしていた。
否、伸ばしているのではない。
周りの気質、流体を貪り喰らい肥大化しているのだ。
━━腕を……持って行かれる!!
最早剣を右手で制御する事は出来ず、吹き飛ばされないようにするので精一杯だ。
さらに体から急速に力が抜けていくのが実感できる。
今、剣は主すら喰らおうとしている。
体の中の内燃排気、そして流体を吸い上げられ命が磨り減るのを感じる。
「この……言う事を……聞きなさいよ……!!」
だが緋想の剣は一向にその力を衰えさえない。
このままでは最悪この一帯が消滅する。
そう戦慄すると嵐の中を衣玖が駆けて来た。
「総領娘様!!」
彼女はそう叫ぶと緋想の剣を持つ右腕を支える。
「衣玖!? 何をしているの!? 危ないわよ!!」
「もう安全なところは有りません!!」
確かにそうかもしれない。
「でも、何をしに……!」
「そんなの、決まってます! 総領娘様をお支えするためです!」
そう言い彼女は笑った。
それに釣られ此方も笑う。
前方嵐の中から永琳が現れた。
彼女は額に汗を掻きながら構える。
「何が起きているのかは分からないけど、貴女は危険よ! 比那名居天子!」
“思兼”が緋色の霧に包まれながら展開されるのが見える。
「……その剣、秘密が有りそうだけどまずは眼前の危険を排除させて貰うわ!」
“思兼”が来た。
正面から全力の一撃。
今の自分達にそれを避ける事はできない。
覚悟を決め、目を閉じると鈍い音が響いた。
━━え?
目を開けると“思兼”が止まっていた。
否、止まっていたのではない、止められていたのだ。アマテラスによって。
体中から血を流しているアマテラスは背中に鏡を召喚すると正面から“思兼”を受け止めている。
「天人ネーちゃん! そう長くは止められねェぜェ! だからよォ! 頼んだ!!」
イッスンの言葉に頷く。
━━やってやろうじゃない!
どうしてこうなったのかを考えるのは後だ!
右手に力を込め、緋想の剣を見上げる。
「この! 馬鹿剣! あなたの所有者は誰! あなたが一度でも認めたのは誰! 分かっているでしょう!」
剣が答えた気がする。
「それは私でしょう! 比那名居天子、あなたが認めた所有者が命じるわ! 私に従いなさい!!」
その瞬間嵐が晴れた。
嵐は緋色の霧となり此方の身を包む。
衣玖と目が合う。
彼女は力強く頷き、それに頷きを返す。
右足を前に出し、踏み込む。
「総てを断ち切りなさい! 緋想の剣!!」
緋想の剣が振り下ろされる。
それに僅かに遅れてアマテラスが横に避けた。
“思兼”と緋想の剣の刃がぶつかり“思兼”がいともたやすく断ち切られる。
「!?」
刃は進み、術を砕き、取り込み、そして永琳の左肩を断った。
***
━━馬鹿な!?
全てが予想の範囲外だった。
天人の気力もそうだ。
武蔵の連携力も。
緋想の剣の力も。
何もかもが此方の計算の上を行き、そして致命的な攻撃を受けた。
「まだ……よ!」
左肩を断たれ、左腕を失ったが直ぐに再生すればいいだけだ。
いいはずだった。
━━再生しない!?
たたれた左肩は再生をしなかった。
何故だ?
何故再生しない?
そこで気がつく。
あの剣の性質に。
あの剣は流体を断ち切る力が有る。
故に今の一撃で此方は体内の流体を断たれたのだ。
━━負ける……?
緋想の剣はその刃を収束させておりもとの形に戻った。
そして天人が駆ける。
剣を構え、一直線に此方に向かってくる。
“思兼”を破壊された以上彼女を止める術は無い。
残っている内燃排気を使って弾幕攻撃を行うが敵は止まらなかった。
どうしようも無い状況。
だが諦められなかった。
「何かを背負っているのは貴女だけじゃないのよ!」
最早形を失い崩れ始めていた“思兼”の一部を手の形にすると矢を取り出す。
そして弓にかけると弦と矢を歯で挟む。
口で弦を引き、弓を水平に構える。
歯に皹が入り、顎が外れそうになる。
だがそれでもやる。
決めたのだ。
姫を守ると。
姫を守るためならばこの身を血に染めてでもと!
敵が来る。
顎で弓を引いたのでは飛ばない。
ならば限界まで引き寄せて……。
━━来た!
矢を放つ。
その際に歯が数本折れ、顎が外れる。
放たれた矢は敵の胸の中心を狙いそして……受け止められた。
「!?」
緋色の霧であった。
天人の身を覆っていた霧が矢を受け止めたのだ。
緋想の剣が振り下ろされる。
「いっけぇぇぇぇぇぇ!!」
そして断たれた。
右肩が断ち切られ、右腕を失う。
意識が途切れ倒れた。
***
「なによ! これは!?」
蓬莱山輝夜は突然の事に戸惑っていた。
突如地上から緋色の柱が立ち、障壁を貫いたのだ。
それだけでは無い。
━━力が……抜ける……!?
あの柱が此方の力を吸っているのだ。
周りの流体を引き寄せ、喰らう。
まるで全てがあれに収束するかのような……。
突如金の天井が崩れた。
「『金閣寺の一枚天井』が!?」
『金閣寺の一枚天井』は流体で出来た板だ。
その為あの柱に吸われ、形を崩していた。
そこを突破してきた。
形を半分失った不死鳥が上昇してくる。
不死鳥は炎の鎧を解除すると潰れた右側を再生し、接近してくる。
━━しまった……!!
もう時間操作するだけの内燃排気は無い。
龍の顎の玉から竜砲を放つがそれは敵の右腕を削いだだけだ。
「……く!!」
玉串を振り流体の槍を放ち、数本が相手を縦に貫く。
だがそれでも敵は、藤原妹紅は止まらなかった。
彼女の表情がはっきりと見えるぐらいになると顔の右上を失っていた彼女は口元に笑みを浮かべた。
そして口を動かす。
それはこう言っていた。
“わ た し の か ち よ !”
「!! 調子に……乗るな!!」
迫ってくる相手の顔目掛けて拳を放つ。
しかし妹紅はそれを左手で受け止め、逸らす。
そして互いの顔が間近に迫ると目が合う。
突然首に激痛が走った。
「……が……ぁ!?」
首から鮮血が噴出し、呼吸が出来なくなる。
妹紅が噛み付いてきたのだ。
首を噛み千切るように深く歯を突き刺す。
炎の翼が此方を覆った。
妹紅は首から口を離すと笑った。
「一緒に燃えましょう?」
爆発が起きた。
周囲の大気を一気に燃やす爆発。
夜の空に閃光を放ち、二人は燃え尽きながら墜落していった。
***
━━……勝った?
体が重い。
呼吸も荒く、全身が冷たい。
眼前には両腕を断ち切られ倒れた永琳がおり、彼女は全く動かなくなった。
━━あ、駄目だ、これ。
力が抜け後ろに倒れる。
「総領娘様!」
すると背中に温かい感触を得た。
視界には此方を心配そうに覗き込む衣玖の顔が有りその頬に触れる。
「心配……しなくても平気よ」
衣玖は目尻に浮かんだ涙を拭くと笑顔で頷く。
「天子!」
「天子殿!」
「天子様!」
「天人ネーちゃん!」
他の皆も駆け寄り集まってくる。
「どうよ……やったわよ」
そう親指を立てると皆が頷いた。
ネイトの横には表示枠が浮いており正純が此方に頷く。
『よくやってくれた比那名居』
そして彼女は背筋を伸ばす。
『現時点をもって相対戦を……』
「……まだよ!」
永琳が起き上がっていた。
両腕を失った彼女は片膝を地面につけ、息を荒くしていると此方を睨む。
「まだ……私は戦闘不能になってないわ……!」
そう叫ぶと立ち上がる。
「なんて気迫ですの……」
ミトツダイラの言うとおりだ。
追い詰められた獣のように彼女は全身から気を放ち、此方を圧迫している。
「……衣玖」
「はい、分かっています」
衣玖は此方の体を支え、立たせると後ろに下がった。
右手に持つ緋想の剣を構え相手を見る。
「いいじゃない、私もまだ戦えるわ」
アマテラスも此方の横に立つ。
誰もが一歩下がり、固唾を呑んでいると天守から一人の男が出てきた。
「そこまでだ!」
彼は此方と永琳の間に立つと表示枠の正純を見る。
「筒井順慶。筒井家当主だ! 私はここに筒井家の降伏を宣言する!」
「順慶様!?」
永琳が一歩前に出るがそれを手で制する。
「お主は良くやってくれた。だがこれ以上血を流す必要はないだろう」
そう言われると永琳は唇を噛み締め、俯いた。
そして正純を見る。
「武蔵の副会長よ、約束してくれ。投降した将兵の命は奪わぬと」
『Jud.、 将兵の命は保障する。勿論貴方もだ、筒井順慶』
「忝い」と順慶が頭を下げると正純が宣言した。
『これにて筒井家との戦いを終了する!』
十一月十六日の夜に筒井家の降伏が宣言された。
***
「ほんっと信じられない!」
筒井城の城壁から少し離れた所にある林で蓬莱山輝夜は座りながらそう怒鳴った。
彼女は裸であり、手で体の前を隠している。
「自爆するなんて馬鹿じゃないの!? おかげで服が全部吹っ飛んだし!!」
「あー……まあ、勢い?」
同じく自分の近くで全裸であった藤原妹紅がそう苦笑すると頬を掻く。
輝夜を巻き込み自爆を行った後、二人は火達磨になり筒井城近くの林に墜落した。
そしてほぼ同時に再生してからはひたすら輝夜が文句を言ってきた。
「貴女と違って私は着てる物にもそれなりに気を使ってるのよ! あーあ……こんな黒焦げに……」
近くに落ちていた黒い、衣服だった物を摘むと崩れ去る。
それを見て噴出すと輝夜が睨んできた。
「でも、まあ。私の勝ちよね? あの相対戦」
そう言うと輝夜は眉を吊り上げた。
「はあ? 私の勝ちでしょう? アレが無ければ勝てたし」
「運も実力のうちでしょ?」
そう返すと彼女は頬を膨らませた。
しばらくなにやら納得いかないとジタバタしている輝夜は大きく溜息を吐いた。
「結局アレは何だったのよ?」
「さあ……?」
こっちも分からん。
あの光が緋想の剣から放たれた物だという事は分かるがあの剣にあんな力があるとは知らなかった。
「妹紅」
声を掛けられ輝夜を見れば彼女は何時に無く真剣な表情であった。
「何よ?」
「比那名居天子と緋想の剣、注意しておきなさい」
「何故?」と聞くと彼女は「直感よ」と答えた。
確かにあの剣は異常だ。
注意しておくに越した事は無いだろう。
「だったら貴女も気に留めておいてよ」
「は?」と輝夜が首を傾げるとそれに笑う。
「だって貴女もこれから武蔵の一員よ? 嫌とは言わせないわ」
輝夜は暫く口を開けて呆けていると突然笑い出した。
「あー、面倒くさい! でもまあいいわ。あなた達の行く末、楽しませてもらうわ」
そう言って立ち上がろうとし転ぶ。
うつ伏せに倒れた彼女を見ると「何してんの?」と訊いた。
「足、筋肉と皮膚の再生を優先して骨がまだ再生されてなかったのを忘れてたわ……」
「なんで筋肉から再生すんのよ?」
すると輝夜が起き上がり座る。
「だって嫌じゃない骨が見えていたらグロテスクで」
「不死者がそんなこと気にする?」と呆れると輝夜がそっぽを向いた。
そして横目で手を差し出す。
「?」
首を傾げると輝夜は頬を赤くし言った。
「歩けないから負ぶって」
「なんで私が……」と言うと「貴女が私の体を壊したからでしょう!」と怒鳴ってきたので耳を塞ぐ。
━━やれやれ。
憎い相手だがこうなってしまうとただの我が儘お姫様だ。
━━私も姫なんだけどね。
「望まれず生まれた姫」と「故郷から追放された姫」。
まあなんとなく似ているのだろう。
彼女の手を取り、おぶると歩き出す。
月明かりを受けながら無言で歩いていると背中の輝夜が小さく呟いた。
「服、どっかで欲しいわ」
それに対し「着てるじゃない? 裸の服」と言うと後頭部を殴られた。
そして互いに顔を見合わせると笑い出すのであった。
***
「ブラボー、ブラボー」
筒井の山の上。
そこに生えてあった一番背の高い木の上でウシワカはそう拍手を送った。
「天子君、これで君は一つ前に進めた。だが気をつけたまえ。裏で暗躍する者たちも君に気がついたという事を」
遠く。
山の中から白い飛空挺が飛び立つ。
それは月明かりを受けながらステルス障壁を展開し、筒井の夜空に消えていった。
「教会の<<天の車>>か。どうやら役者もそろい始めてきたようだね」
口元に笑みを浮かべると筒井城の方を見る。
そして丁寧に礼をする。
「じゃあ天子君、近い内にまた会おう!」
そして飛んだ。
木々を伝いあっと言う間にウシワカの姿は見えなくなる。
後には綺麗な笛の旋律だけが残った。
***
遊撃士協会の支部で戦いの一部始終を見ていた西行寺幽々子は表示枠を閉じため息を吐いた。
━━やはりあの剣が鍵ね。
木製の椅子に座っていた幽々子はティーカップに入っていた紅茶に口をつける。
「貴女も薄々勘付いているようね」
突然前から声を掛けられ見ればそこには紫のドレスを着た金髪の女性が座っていた。
「ええ、何となくだけどね。それにしても久しぶりに会ったと言うのに挨拶は無いのかしら? 紫?」
正面の女性━━八雲紫は口元に笑みを浮かべる。
「あら、御免なさいそこまで気が回らなかったわ」
そう言うと彼女はいつの間にかに取り出したティーカップに紅茶を注ぎ飲み始める。
「それにしても……」
と周りを見る。
「貴女が遊撃士協会の支部長だなんてねぇ」
「意外かしら?」
「ええ、面倒くさがり屋の貴女がこんな事をするなんて……“この世界に毒された”のではなくって?」
その言葉に眉を顰める。
「紫、貴女は何をする気なの? <<身喰らう蛇>>について何を知っているの?」
だが友人は答えない。
彼女は紅茶を半分飲むとテーブルに置き此方を見た。
「……幽々子。直ぐに武蔵を、いいえ、徳川から出なさい。心配なら貴女の部下の遊撃士達も連れて」
「……何をする気?」
やはり答えない。
だが紫の目は本気だった。
「警告はしたわ」
そう言うと紫は目を閉じる。
それに不安と焦りを感じテーブルから身を乗り出す。
「紫……!」
ティーカップが倒れ紅茶がこぼれた。
それに僅かに気を取られ視線を紫に戻すとすでにそこには彼女の姿は無かった。
誰もいない部屋に紅茶の滴る音が響く。
幽々子は深く椅子に腰掛けると溜息を吐くのであった。
「紫……貴女は何処に行って何をしたいの……?」
その疑問に答える者はいなかった。