緋想戦記   作:う゛ぇのむ 乙型

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~最終章・『覇道を行く者たち』 休んで 進んで 潜んで (配点:謎)~

 筒井城の戦いから一夜が明けると筒井城ではさっそく修復作業が始められ、城の各所で工事の音が鳴り響いていた。

 城を占拠した徳川軍は城内の弾薬等の残量を調べ忙しそうに走り回っている。

 一隻の航空艦が筒井城の上方を通過した。

徳川の紋様を刻んだ船は城の近くの平地に着陸すると物資を積み下ろし始める。

 その様子を壊れた天守から比那名意天子が表示枠で見ていた。

彼女は上半身の服を脱ぎ、その背後では八意永琳が天子の背中に薬を塗っていた。

「あいた、いたたたたたたた!!」

 天子は背中に薬を塗られる度叫び、涙目になる。

「いちいち大袈裟よ」

「い、いやいや! 本当に痛いんだって! この薬、何なの!?」

 そう訊くと永琳はウィンクし「秘密」と答えた。

最後に体に包帯を巻くと彼女は「はい、おしまい」と言う。

それと共にうつ伏せに倒れる。

「…………殺されるかと思った」

「軟弱ねぇ、昨日の威勢はどこに行ったんだか」

 永琳はそう苦笑すると自分の肩を回す。

それを横目で見ると起き上がった。

「あんたのほう、腕は大丈夫なの?」

「お陰様で。まあいつもより再生が遅かったけどね」

 「そうなの?」と訊くと彼女は頷く。

「貴女の緋想の剣のせい。体内の流体断ち切られたからそこから修復したのよ」

「意外と面倒なのね」と言うと永琳は笑い真剣な表情になった。

「……あの剣、何なのか知っているの?」

 答えない。

いや、答えられないのだ。

 自分でも昨夜の事は予想外だったのだ。

緋想の剣に何か秘められた力が有るのは知っていたがそれがあんなものだったとは……。

「今、あの剣は?」

「取り合えず封印しているわ。近い内に“曳馬”と一緒に直政が来るから彼女に見せる」

 そう言うと永琳は「そう」と頷いた。

ふと“彼女は何か知っているのだろうか?”と思った。

訊いてみると永琳は首を横に振る。

「残念ながら天人の武器には疎くてね。でも……」

「でも?」

永琳は答えない。

彼女は暫く思案していると言葉を選ぶように口を開いた。

「あの感覚。光が天を貫いたときの光をどこかで感じた気がするのよ」

━━それは……。

実は自分も感じたのだ。

あの光。総てを収束するような感覚。

何時だっただろうか?

「……貴女もそうなのね。でも何時かが分からないと」

 頷く。

互いに黙っていると永琳が立ち上がる。

「知っている? 考えても答えが出ない時どうすればいいか?」

「……とりあえず放置?」

「ええ。答えを導き出すにはまだパズルのピースが少なすぎるわ。そんな状態で無理やり結論を導き出せば誤った結論が出てしまうかもしれないわ」

 彼女の言うと通りだろう。

だがこう分からないと気持ちが悪い。

 上着を着、立ち上がると背筋を伸ばす。

「これからどうする気?」

 永琳が薬を薬箱にしまいながら訊いてきた。

「取り合えず筒井城の修復と兵の休息。あと伊勢からの補給物資を待とうと思っているわ」

「三好家や鈴木家に対しては?」

「鈴木家とは交渉。向こうは反聖連だし鈴木家、雑賀衆は商人でもあるわ。伊勢との交易権をチラつかせて同盟もしくは不戦協定を結ぶ」

「鈴木家を抑えているうちに三好攻めと。羽柴、M.H.R.Rはどうする気?」

 三好を落とせば徳川は羽柴と領土を接することになる。

織田・羽柴・徳川。

天下人がついに鬩ぎ合う事になるのだ。

「まあ交渉ごとは正純に任せるわ。私たちはあくまでも現地の実働部隊」

永琳は「成程ね」と言うとこちらを見た。

 「今日はどうする気?」と訊かれ窓から外を見る。

今日は良く晴れ渡っている。

「そうね、城内を見回って、昼寝でもしようかしら?」

 そう言うと永琳は苦笑した。

 

***

 

 筒井城の正門前には人だかりが出来ていた。

その中心にいるのは島清興であり、彼は旅装をし背には荷物を背負っていた。

「本当に行くのか?」

 そう訊いたのは松倉重信だ。

「このまま徳川軍に入ってもいいんだけどね。まあ、前から旅に出たいと思っていたし、いい機会かなって」

 そう言うと重信は小さく息を吐き、頷いた。

「どこに向かうのだ? 西か? 東か?」

 重信の問いに清興は東を指差す。

「東に。信玄公に挨拶して、それから東北に向かおうとね」

 東北に行くという事は……。

「津軽凍土か」

「ああ、どうにもあそこには何かありそうでね。何が出来るかは分からないが行ってみるよ」

 兵が馬を引き連れてきた。

清興はそれに跨ると皆を見る。

「じゃ、皆さん。俺がいない間順慶様のこと頼んだよ!」

 そう言って彼は駆け出した。

平原を駆け、竹林に向かってい行く。

清興の姿はあっと言う間に小さくなってしまった。

「……行ってしまいましたな」

 隣の兵が言う。

「ふ、風のような男だからな」

 そして振り返る。

集まっていた兵、筒井に残る事を選択した兵士達を見る。

「さて、お前ら。仕事を再開しろ!」

 そう手を叩くと兵たちが散らばって行く。

それを見届けるともう一度振り返り竹林の方を見た。

━━俺も頑張らんとな。

 奴が何時帰ってくるのかは分からないがそれまで彼が帰ってくる場所を守るとしよう。

そう思い、自分も仕事に戻るのであった。

 

***

 

 平原に二つの軍団がいた。

一つは山の峰に陣取り、陣地を作り上げていた。

 もう一つは山の麓、平原に展開した軍団でその最前列には巨大なランスを装備した重装備の武神隊が並んでいた。

そしてその間には数十両もの鉄の車が並んでいた。

「思ったより陣地を作るのが速かったですねー」

 平原にいる軍団。

その後方で甲冑を着た男が双眼鏡を覗いていた。

「尼子も我々を警戒して兵を鍛えていたからな」

 そう言って隣に立ったのは髭を生やした男だ。

「おや、元春兄さん。戦車隊の準備は終わったので?」

 髭の男━━吉川元春は頷く。

「導力戦車隊にとってはこれが初陣だ。今回の戦いで今後の運用方針が決まるだろう」

 導力戦車。

ゼムリア大陸で使われていた陸戦兵器であり、重装甲と火力をそして高い機動力を所有する兵器だ。

我々の未来でも似た物が使われたらしいが……。

 六護式仏蘭西では武神隊への火力支援として開発され今回が初の実戦投入となる。

元春が此方を見る。

「お前の歩兵隊の方はどうだ? 隆景?」

 双眼鏡を持った男━━小早川隆景は頷く。

「こちらも準備万端。久々の大戦なので皆意気込んでいましたよ」

━━統合争乱以来ですね。

 あの時は異界の者や新技術に対する困惑と六護式仏蘭西との併合の際の内部衝突などがあったため思うようには行かなかったが今回は違う。

皆一丸となり、力を蓄えたのだ。

━━これも父上と太陽王殿の人徳故ですかな?

「ところで太陽王殿は?」

そう言うと後ろから光が差した。

「朕を呼んだかな?」

 振り返れば太陽がいた。

光り輝く太陽は金の長い髪を靡かせ、そして全裸であった。

「…………相変わらずですな、太陽王。たまには服を着られては?」

 元春がやや呆れ気味言うと全裸の男━━ルイ・エクシヴは自分達の間に入る。

「ふふ、朕は全裸の概念そのもの。どこぞの偽者君とは違うのだよ」

 「偽者?」と元春が首を傾げるとエクシヴが高台に立つ。

すると六護式仏蘭西の兵たちが輝く太陽に注目した。

「さて、諸君。七年ぶりだ。七年前、朕と元就の力が足りず我々はその真価を発揮できずに終戦を迎えてしまった」

 「だが」と続ける。

「我々は力を蓄えた。混乱を乗り切り、互いに結束し再び六護式仏蘭西は覇王の国として再建した。

そして今日、我々は世界に我等の力を誇示する!

天下に覇道を敷くのは誰かを示すために!」

 兵たちが歓声を上げた。

それを満足そうに見るとエクシヴは兵たちに向かって手を伸ばす。

「━━Vive La XIV」

「「Vive La XIV!!」」

「━━Vive La Mouri」

「「Vive La Mouri!!」」

「━━Vive La Hexagone Francaise」

「「Vive La Hexagone Francaise!!」」

 太陽王が手を広げ一際輝く。

「では諸君、行くとしよう」

「「Testament!!」」

 喊声共に武神が突撃を始め、導力戦車が砲撃を始める。

それに続いて航空艦隊と歩兵が前進を始めた。

 尼子家の陣取る山が一瞬にして爆煙に包まれた。

 十一月十七日。

六護式仏蘭西と尼子家の初戦は六護式仏蘭西の圧勝で幕を閉じた。

 

***

 

 伊賀大和国の西に位置する和泉国。

そこは三好家が統治しており、その居城として岸和田城があった。

その岸和田城から少し離れた所に一つの屋敷があった。

 屋敷は堀で囲まれ、周囲には兵の詰め所がある。

何人もの兵に囲まれたその姿は屋敷と言うよりは監獄だ。

 そんな監獄のような屋敷の広間で一人の男が床に地図を広げていた。

右目に刀傷を持つ男は地図の上に置かれた駒を動かす。

 青の駒が伊勢から伊賀大和へ。

黒の駒が飛騨国と山城に。

「ふむ……」

男は暫く思案すると京に黒の駒を置く。

「あら? そこ黒なの?」

 突然の声に男は無言で頷くと地図を挟んで反対側の床を見る。

そこにはいつの間にか穴が開いており、そこから青い髪に青い服を着た少女が現れた。

 彼女は背中に背負っていた風呂敷を開くと茶器やら皿やらを広げ始める。

「京に行っておったのか? 霍青娥」

 眼前の少女━━霍青娥が微笑する。

「ついでに将軍家を見てきてあげたわ。彼らM.H.R.Rに使者を出すようよ?」

「相変わらず便利な力だな」

 青娥は簪を取り出すと「でしょう?」とウィンクをする。

━━M.H.R.Rを頼るか……。

 羽柴と手を組み織田を牽制する気だろう。

出遅れた羽柴としてもこれ以上織田の勢力を伸ばしたくないはずだ。

 羽柴が足利家と同盟を結べば羽柴・足利同盟と織田・羽柴同盟が同時に成るという実に愉快な状況になる。

━━さて、ここを更に愉快にするにはどうすればいいかといえば……。

 地図上の青い駒を見る。

第三国。徳川の出方次第では統合争乱を超える混沌が近畿を襲うかもしれんな。

そう思うと自然と笑みが浮かぶ。

「悪巧みしてる顔ね。で? 何時まで閉じ込められてるフリをする気?」

「おや? 何を言っているのだ? 長慶に幽閉されワシにそんな力が有るとでも?

直ぐ処刑されなかっただけでも感謝すべきだろう」

 そう言うと青娥は「嘘つきねー」と笑う。

そして茶器や皿を棚にしまうと立ち上がり、簪を壁に突き刺して巨大な穴を開けた。

「“お祭”する気になったら呼んでね。楽しみにしているから」

 彼女は穴の中に入って行く。

最後に穴から顔だけ出すと「じゃあね、“乱世の梟雄”松永久秀さん」と言った。

 彼女が完全穴の中に消えると穴は塞がり元の壁に戻る。

「クク、悪女めが」

 彼奴が何を考えているのかは知らない。

だが力を貸すと言うのであれば最大限利用するとしよう。

 後は何時動くかだが……。

地図上の青の駒と黒の駒を見る。

黒と青が世界をどう動かすのか?

「……思ったよりも近いやもな」

 そう言うと口元に笑みを浮かべるのであった。

 

***

 

 暗く静まり返る山。

その麓に廃屋があった。

 蔦が伸びきり、天井の無い廃屋に五人の男と一人の少女がいた。

男達は皆怯えきった表情をしており、ぼろぼろになった鎧や衣服を身に纏い術式で手足を拘束されて横一列に座らされている。

 それを男達の正面で木箱に座りながら長い黒髪を持ち黒いマントを裸体の上に羽織った少女が愉快そうに眺めていた。

「よっと!」

 彼女が立ち上がると男達が震える。

 少女は左端の男の顔を覗き込むと無邪気な笑みを浮かべた。

「私は驪竜。貴方のお名前は?」

「だ、黙れ悪魔め!!」

 男が噛み付こうとすると驪竜は避ける。

そしてますます笑みを凄めた。

「ふふ! いいわ! その憎悪も私にとっては糧よ」

 「さて」と驪竜は言うと五人の前にそれぞれ五本ずつ刀を置く。

そして「ちゃんすたーいむ!」と言うとその場で一回転した。

「今から殺し合いをしてもらいまーす! それで生き残った一人はなんと! 無事解放されます!

どう? 嬉しいでしょう?」

 そう言うと男達は唖然とし、一人が体を震わせ怒鳴った。

「ふざけるな! そんな事、出来るはずが無いだろうが!」

「あら? どうしてかしら? 生き残れるチャンスがあるんだから挑戦すべきじゃない?」

 男はますます顔を赤らめ怒りを露にする。

その様子に溜息を吐くと指を鳴らした。

 すると男達が一斉に倒れる。

「時間は今から十分。十分以内にけりがつかなかったら全員惨殺ね」

 男達は戸惑ったように顔を見合わせる。

 そして一人が刀を取った。

取ったのは先ほど怒鳴ってきた男だ。

「ふふ、やっぱりやる気になった」

「ああ……なったとも……!」

 男が駆け出した。

刀を構え、驪竜を目掛けて振り下ろす。

「滅びよ! 悪鬼め!」

 だが刃は届かなかった。

刀は驪竜の眼前で止まり、そこより先に進まない。

「ぐ!? 何を!?」

 驪竜は答えない。

彼女は冷めた目を男に向けると手を上げる。

「つまらない奴」

 そして手を振り下げた。

「!!」

 その直後、男が爆ぜた。

肉片や血が飛び散り、後ろの男達に掛かる。

「ひ、ひぃ!!」

 一人が腰を抜かした。

残りも皆怯えきっていた。

 驪竜はつまらなさそうに男だった物を踏みつけると「あーあ、貴重な玩具が一つ壊れちゃった」と言う。

「で? あなた達はどうするの?」

「ど、どうするって……。できるわけ……!」

 突如男の口から血があふれ出た。

彼の胸からは刃が突き出ており、鮮血を噴出す。

「な……ぜ……?」

「ゆ、許してくれ! お、俺には母が!」

 背後から刺した男が泣きながらそう叫ぶ。

それを皮切りに殺し合いが始まった。

 廃屋に血と肉が飛び散り。

男達の悲鳴が木霊する。

 そんな中で驪竜は愉快そうに目を細めていた。

 

***

 

 五分も経てば事は済んでいた。

生き残ったのは最初に男を刺した男だ。

 彼は呆然と立ち尽くし、同僚だった物を見下ろしている。

「ふふ、ふふふふふ!」

 そんな男に驪竜は嬉しそうに近づく。

「いいわ! 貴方! 生き残ると言う人間の原初! それを体現できたのよ!」

男は反応しない。

「ねえせっかくだから私の部下にならない? 周りに喋れる奴がいなくてちょっと退屈していたのよ」

 やはり男は反応しない。

ようやく男の異変に気がつき驪竜は眉を顰めた。

「もしもーし。聞いてる?」

 眼前で手を振るが男の瞳は動かなかった。

男の心は既に壊れていたのだ。

同僚を殺し、絶望している内に……。

「…………はぁ」

 驪竜は大きく溜息を吐くと元の木箱に座る。

「いい線行ってると思ったのになぁ。どうして人間ってこうメンタルが弱いんだろう?」

━━あの人みたいに強ければいいのに……。

 嘗てありのままの私を見てくれたあの人のように。

「会いたいなぁ……」

 だが今はまだ時期ではない。

今は部下を集め力を蓄える必要が有るのだ。

 彼女は空間から黒い結晶石を取り出すと立ち上がり男に近づいた。

「壊れちゃったんだから解放しなくてもいいわよね」

 そして黒い結晶石を男の胸に押し込む。

「ぐ……ご……ぉ!?」

 男は突如痙攣し倒れた。

そして苦悶の叫びをあげると体を振るわせ始める。

「…………!!」

 声にならない苦痛。

瞳を激しく動かし、髪を掻き毟る。

「ふふ、やっぱり素質があったみたいね」

 突如男の背中が膨れ上がった。

続いて腕が肥大化し、肌が白くなり、顔が潰れ、気がつけば隊長3メートル程の醜い白い巨人となっていた。

巨人の顔には小さな目と口があり、辛うじて人間であった事が分かる。

 巨人は潰れた顔を驪竜に向けると跪く。

「貴方、喋れる?」

 巨人が頷く。

「コ……ロ……ス……?」

 その返答に驪竜がはしゃぎ、跳ねる。

「棚からぼた餅ね! いい、今日から貴方は私の護衛よ!」

 巨人が立ち上がった。

「ォォォォォォォオオオ!!」

天を仰ぎ雄たけびを上げると廃屋の壁を突き破り外に出る。

驪竜はそれを追いかけ肩に乗ると巨人の顔に頬ずりする。

「まずは準備運動よ。手始めに近くの村を襲いましょう?」

 夜の暗闇の中から何匹もの怪魔が現れた。

 巨人が駆け、怪魔たちもそれに続く。

 向かう先は前方に見える村だ。

 驪竜は満面の笑みで巨人の肩に触れる。

 夜の山を恐怖が襲った。

 

~第三部・月下伊賀大和攻略編・完~


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