緋想戦記   作:う゛ぇのむ 乙型

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第四部・第六天魔王編
~序章・『古き都の旅立ち人』 いろいろ起こりそうです (配点:鈴奈庵)~


 日本の中心にある京都。

そこは嘗て足利将軍家によって治められ政治の中枢として機能していた。

 しかし今では極東の政治中枢は土佐のT.P.A.Italiaに移り、将軍家は聖連の取り決めを極東人、特に戦国大名に広めるための役所として利用されていた。

 それでも権威は最上位のものであり将軍家の庇護の下、京の都は繫栄していた。

 だがP.A.Odaが臨時惣無事令を破り各地に侵攻し、聖連が近畿で敗れると人々は都から逃げ出そうと次々に離れて言った。

 嘗ては賑わっていた大通りは人通りが少なく、多くの店が一日中閉じている。

 そんな都の中心に二条城があった。

 足利家当主足利義輝が住むこの城には連日最前線からの伝令兵や陳情を抱えた商人、この世の終わりだと説法を説く僧までもが訪れ混沌としていた。

 その二条城の一室に二人の男が居た。

 一人は厳つい雰囲気を持つ大柄の男でそれと向かい合うように髭を伸ばした長身の男が座っている。

「秀吉は同盟に乗るか? 幽斎?」

 大柄の男に聞かれ長身の男━━細川幽斎が頷く。

「秀吉殿と信長殿は盟友。されど出遅れた秀吉殿はこれ以上織田の勢力拡大を良しとはしますまい」

 幽斎の言葉に「ふむ」と大柄の男が相槌を打つ。

「聖連は動かぬか?」

「というよりも動けないのでしょう。現在T.P.A.Italiaは四国全土に兵を出し統一中です。それが済むまでは……」

 上手くやったものだ。

と大柄の男━━足利義輝は思う。

 あえて自国に隙を見せ河野家と西園寺家に攻め込ませ、それを口実に逆に一気に四国を統一。

 流石は教皇総長と言ったところか。

「徳川にも使者を出せ。同盟を結ばずとも我々と徳川が接触すれば織田を牽制できるだろう」

「御意」

 幽斎が頷き会話が終わると突如戸が開いた。

「兄上! 羽柴と手を結ぶとは本当のことですか!?」

 そう怒鳴りながら青年は義輝の横に座る。

「落ち着かんか義昭」

 そう言うと青年━━足利義昭は一度言葉に詰まり、それから大きく息を吸った。

「私は反対です! 農民上がりの男に我等将軍家が頼るなど!」

「義昭様。頼るのでは有りません。同盟を結ぶのです」

 幽斎がそう宥めるが「同じ事ではないか!」と義昭は聞く耳を持たない。

「義昭よ。お主が家のためを思っての発言だという事は知っている。だが今は雌伏の時なのだ」

 そう強く言うと弟は「ですが」と言葉を濁し何かを言おうとするが言葉にならない。

彼は項垂れると立ち上がり「それでも私は反対です」と部屋を後にした。

「…………よろしいので?」

 幽斎に問われ、無言で頷く。

 先ほど言った通り今は雌伏の時。

機会を待ち、織田を打ち倒すのだ。

 ともかく今は……。

「徳川へ使者を送る件。頼んだぞ」

 幽斎は力強く頷くのであった。

 

***

 

━━兄上は何も分かっていない!

 直ぐにでも動くべきなのだ。

牽制? 同盟?

そんなものは織田信長という男には通用しない。

あの男は己の敵を全て打ち倒すまで止まらないのだ。

 苛立ちながら大股で屋敷の縁側を歩いていると角から僧服を身に纏った女性が現れた。

「これはこれは義昭様。そんなにお急ぎになって、どうなさったので?」

「……ツヅラオか。お主には関係ない」

 そう言うとツヅラオは「話せば楽になることもありますよ?」と言ってきた。

このツヅラオという女は約二年ほど前に足利家に仕え始め。あっと言う間に他の侍女達を纏め上げた。

そのため家中からの信頼も厚く、現在は民衆の陳情を受け取る仕事を任されている。

━━彼女ならば分かってくれるであろうか……?

 聡明で柔軟性のある彼女ならば私の苦悩が分かってくれるかもしれない。

そう思うと思っていたことを話していた。

 すると彼女は「そうですか」と何度も頷くと此方を見た。

「義昭様が正しいと思いまする」

「おお! そなたもそう思うか!」

 思わず近づくと彼女はやんわりと距離を離した。

「ですが今は待つべきでしょう」

「……何故だ?」

と訊くと彼女は周囲を見渡し、此方の耳に口を近づけ小声で喋った。

「家中は義輝様が掌握し、危険故です」

「ば、馬鹿な! 兄上が私をころ……」

 そこで手で口を押さえられる。

「義輝様は義昭様を大事にしておられます。ですが他の家臣は……?」

 そう言われ言葉に詰まる。

嘗て信長と対立したときにも多くの家臣が織田家に寝返った。

 悔しいが自分に人を纏める力は無いのだ。

「…………ではどうすればいい?」

「時を待ち、足利家が義輝様では無く義昭様を頼るまで待つのです」

 そのような時が来るのだろうか?

「必ず。義輝様の方針では何れ限界が来ます。その時こそ義昭様の正しさが証明されるのです」

 正しさが証明される。

その言葉はなんだか非常に魅力的であった。

「だが、私一人では……」

「我が協力します。我だけではなく侍女達も義昭様の味方である事をお忘れなく」

 そうして彼女は距離を離した。

「今の会話はくれぐれも御内密に」

 無論だ。

この様なことをいえるはずが無い。

 だが自分が一人ではないと思うと急に心が楽になった。

 ツヅラオの方を見れば彼女は微笑み、それに力強く頷く。

━━よし! 暫くは兄上の言いなりになってやろう!

 そう心の中で強く決心する。

だが気がついていなかった。

 ツヅラオの微笑みの奥。

その瞳が怪しく光っていた事に……。

 

***

 

「阿求ちゃん!」

 突然部屋の戸を勢い良く開けられ、稗田阿求は筆を落としそうになる。

「こ、小鈴ちゃん?」

 部屋に入ってきた赤毛に短いツインテールにした少女━━本居小鈴は背に背負っていた大きな鞄を畳みの上に置くと小机を挟んで向かい合う。

「私決めたの!」

 「取りあえず座って」と座布団を渡すと小鈴は「あ、うん」と言い座った。

「それでね! 決めたの!」

「何を?」と訊くが畳の上に置かれた大きな鞄を見、彼女の服装を見て何となく悟った。

彼女は何時もの本屋の格好では無く。

 色が地味で頑丈な布の着物を着、動きやすいように各所を縛っている。

更に皮の手袋しておりまるで登山をするかのようだ。

「私、旅に出るわ」

━━ああ、やっぱり……。

「貴女も疎開するの? 寂しくなるわ」

 そう言うと彼女は首を横に振る。

疎開ではない? 普通の旅?

だったら何処に?

と思うと彼女は本を取り出した。

それは金属の表紙を持つ変わった本で表紙の文字は掠れ、読むことが出来ない。

「阿求ちゃん。この前の緋色の空を見た?」

「ええ、気質の暴走。あれは天人の緋想の剣ね」

 あの剣によって以前幻想郷は災害に見舞われた。

だがあれほどの光を放った事は今まで無かった。

「それとこの本が?」

 そう訊くと小鈴は頷く。

彼女は本を開くとそこには金属の板が何枚も挟まっていた。

「紙じゃなくて金属の板が挟まっているの? 変わった本ね」

 板には何も書かれてなく。

それどころか所々欠けていた。

 「これが何か?」と訊くと小鈴は一枚の金属板に触れる。

すると本の上に映像が浮かび上がった。

「……これは、通神映像? いえ、流体記憶装置かしら……?」

 何にせよ本当に変わった本だ。

浮かび上がる映像には三匹の龍が映っていた。

二匹の龍が巨大なの龍と戦い。

 一匹が手に何かを持っていた。

それは天に伸び巨大な龍を切り裂く。

そこで映像が途切れた。

━━これは……。

「この龍が持っていた物。剣だよね。それで伸び方が先月の光の柱に似てたから」

 仮に緋想の剣だとしていったいこの龍は?

幻想郷の龍神様とは違うようだが……。

「この本? どこで手に入れたの?」

「二ヶ月ほど前に冒険者の人が遺跡から見つけたもので、その人も色々試したけど結局読めなかったから売ろうとしたんだって。

そこで私の店を見かけて売りに来たの」

 遺跡。

この不変世界には謎の建造物の残骸があり、誰が何のために作ったものなのかは判明していない。

 そもそも朽ちた遺跡があるという事は我々がこの世界に来る前にこの世界に誰かが居たという事なのだ。

 多くの研究者や冒険家が遺跡を調査しているが未だ解明していない。

「その冒険者さん、どんな人?」

「普通の人。でもなんだか焦ってたみたい。私に売りつけた後もその本を隠したほうが良いって言ってきたし」

 隠せ?

なんだか胸騒ぎがする。

「どうして読めるように?」

「この前の光の柱の時。本が光ってこのページだけ開けるようになったの」

 ますます怪しい。

もしかしてそれが切っ掛け?

 そう訊くと小鈴は頷いた。

「とりあえず霊夢に預けようと思って。ほら、彼女今関東に居るでしょう?」

「関東には入れないわよ? 北条が鎖国したから」

 小鈴は「どうしよう……」と悩むのを見ると立ち上がる。

そして棚から巻物と紐、印鑑を取り出すと机に広げた。

それに文字を書き、印鑑を押すと丸めて渡した。

「これは?」

「私からの書状。稗田家からの急用ですって言えば会わせてくれるかも知れないわ」

 小鈴は受け止めると笑顔になり「ありがとう! 阿求ちゃん!」とはしゃいだ。

 しかし不安だ。

この子を一人で行かせても良いのだろうか?

だが体の弱い自分がついていく訳にも行かない。

 どうしたものか?

と阿求は悩むのであった。

 

***

 

 二条城から南西にある稗田亭から小鈴が出ると見送りの為阿求も出てきた。

「本当に一人で行く気?」

「うん。飛空挺に乗れば直ぐだし。私が留守の間、お婆ちゃんを宜しくね」

 そう言うと友人は小さく溜息を吐く。

そして胸元からお守りを出すと手渡してきた。

「これは?」

「妖怪避けのお守り。どこまで効果があるかは分からないけど一応ね」

 感謝の言葉を告げ、お守りを首に提げるとお辞儀をした。

「じゃあ、行って来ます」

「気をつけてね」

 そう心配そうに言う友人に手を振り、振り返ると誰かとぶつかった。

「わ!」

「きゃ!」

 尻餅を着き、お尻が痛くなる。

「小鈴ちゃん!?」

 阿求が慌てて駆け寄ってくると手をさし伸ばしてきた。

それを取り立ち上がる。

「大丈夫?」

「うん。それよりも……」

 自分とぶつかった人が心配だ。

慌ててそちらを見ると少女が尻餅を着いていた。

「いたたたた……」

 慌てて近寄り「御免なさい!」と手を差し出すと少女は「ううん、私もよそ見してから」と立ち上がった。

━━わ、可愛い子。

 少女はセミロングの紫髪を持ち、頭には黒いリボンを、そして白い服を着ていた。

 服装からして出雲・クロスベル出身だろうか?

「君、怪我は無い? 大丈夫?」

 心配そうに聞くと少女は笑う。

「フフ、大丈夫よ。お姉さん」

 怪我は無さそうなのでほっと胸を撫で下ろす。

しかしこんな子が一人で何をしているのだろうか?

 今の京都はお世辞にも治安が良いとは言えない。

そんななか一人で小さな子が一人で歩いているのは無用心だ。

「君、お父さんかお母さんは?」

 そう訊くと少女は「パパとママは……いないわ」と答えた。

「……あ、御免なさい」

「ううん、いいのよ。パパとママは居ないけど“家族”は居るから」

 兄弟がいるという事だろうか?

だったらその家族は何処に?

そう訊くと彼女は微笑む。

「二人は今武蔵に居るわ。前まで出雲・クロスベルに居たのだけれどお仕事で武蔵に行って帰ってこないから私のほうから会いに行くのよ。

それで京都に寄ったから観光中」

 成程。

それならば分かる。

「お姉さんも旅行?」

 此方の荷物を見てそう言って来たので頷く。

「関東に居る知り合いに会いに行こうと思って……そうだ!」

 と両手を合わせる。

「一緒に行きましょう? 武蔵は通り道だから」

 一人よりも二人のほうが良い。

そう言うと少女はしばらく驚いた表情をし、それから笑った。

「いいわ。一緒のほうが楽しそうだし」

 少女は手を差し出す。

それを取り、握手をした。

「お姉さん。お姉さんの名前は……」

 そこまで言って彼女は眉を顰めた。

「どうしたの?」と訊くと彼女は不敵に笑う。

「お姉さん、何か恨まれる事した?」

「え?」

 彼女が指差す先を見ればそこには闇が広がっていた。

そして闇の中から五匹の小鬼達が現れた。

 

***

 

━━天邪鬼!?

 本で読んだことがある。

妖怪としては下級だが群れで行動し、悪事を働く小鬼だ。

「どうして都に妖怪が!?」

 阿求の言うとおりだ。

都には破邪の結界が張られており妖怪が入れなくなっている。

なっている筈だった。

 顔に髪を張った一匹の天邪鬼が近づいてきた。

「オマエ、オマエダナ。本ヲ持ッテイルノハ!」

 本!?

まさかあの本のことか!?

「な、なんの事? 私、本なんて持ってないわ」

「嘘ヲツクナ!! 寄越サナイナラ……」

 天邪鬼たちが棍棒や鉈を取り出し近寄ってくる。

「……!!」

 逃げようと下がるが踵が石に引っかかり転んでしまう。

一匹の天邪鬼が言った。

「メンドクサイ。全部殺シチマオウ」

 それに「ソウシヨウ」と皆頷き、戦闘の天邪鬼が構えた。

「本ハ後ダ!!」

 天邪鬼が飛び掛り棍棒が此方の脳天目掛け振り下ろされる。

━━し、死ぬ!

 恐怖のあまり目を閉じるが棍棒は何時まで経っても此方の頭に届かなかった。

「……?」

 どうして?

と目を開ければ信じられない光景が広がっていた。

 天邪鬼の喉に大きな鎌の刃が突き刺さっていたのだ。

「……ッ! ……ッ!?」

「レディに手を上げるなんて悪い子」

 そして断たれた。

 天邪鬼は首と胴を断たれ、倒れる。

 少女が立っていた。

彼女はいつの間にかに取り出した大鎌を手に持ち、構える。

「え?」

 思わず声が出ると少女は此方に微笑む。

「少し待っててね」

 消えた。

 一瞬にして姿が見えなくなり、次の瞬間には天邪鬼達の方から悲鳴が上がった。

 少女が舞っていた。

 鎌を振り、その度天邪鬼達の手足が飛ぶ。

 あっと言う間に天邪鬼達はその数を減らし、一匹だけになっていた。

「…………」

 残った天邪鬼は眼前の出来事を信じられず呆然としている。

「さて、誰の命令かしら?」

 少女が鎌を突きつけると天邪鬼は命乞いを始めた。

「妖魔王サマノ命令デ!」

 「妖魔王?」と少女が眉を顰め更に情報を聞こうとした瞬間、天邪鬼が燃え上がった。

炎の中悲鳴を上げ、形を崩し、灰となる。

 風に吹かれ天邪鬼だった灰が空に舞い上がると少女は「口封じね……」と空を睨みつける。

━━な、なんなの?

 妖怪に襲われたこともそうだが、この少女もいったい何者なのだ。

「……あなた、何者?」

 そう訊くと少女は此方を見、笑った。

「私はレン。宜しくね」

 

 

 

~第四部・第六天魔王編~


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