緋想戦記   作:う゛ぇのむ 乙型

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~第一章・『栄えし都の解決者』 今日も忙しいです (配点:特務支援課)~

 

 十二月も中旬に入ると本格的に冷え込み始め、道行く人々は皆冬用のコートやマフラーを身につけていた。

 だがそれはあくまで町に住む一般人の服装であり、工場地区で働く人たちは作業着に薄手のコートを羽織っただけで誰もが寒さを紛らわすように体を動かしたり集まっていたりしていた。

 そんな工場地区の裏通りを一人の男が歩いていた。

 男は赤い長い髪を後ろで結い、オレンジ色のコートを羽織っており。

 裏通りの路地を一つ一つ確認していた。

「ふぃー、さみー」

 白くなる息を見てその場で二、三回足踏みする。

 そして先ほどと同じように路地を確認すると三つ目の路地で止まった。

「お、いたいた」

 彼の視線の先には一匹の白猫がおり、猫はゴミ箱の上で寛いでいた。

 男はポケットから戦術オーブメントであるエニグマを取り出し通話機能を起動する。

「ロイド、それっぽいのを見つけた。ホシの特徴をもう一度教えてくれ」

『白い猫で性別は雌。首に青いリボンを着けている』

 確認のため目を凝らすと白猫の首には青いリボンが巻かれており、性別はまあ確認しなくても大丈夫だろう。

「うし、これから確保する。念のためスタンバっててくれ」

『了解』

 通話を切るとエニグマをポケットに戻し、慎重に音をたてないように歩き始める。

━━気付くなよー。

 そう願いながら一歩一歩前に出る。

そしてあと一歩と言うところで白猫と目が合った。

「…………あ」

「にゃあ!?」

 猫が慌てて駆け出し、逃げる。

「あ! おい! 待て!」

 それを追いかけるが何分相手は猫だ。

巧みに路地に入り、どんどん距離を離される。

「くそ……はえーな!」

 この間々じゃ逃げられる!

そう思った瞬間猫の前方から青年が現れた。

 茶色く短い髪に青と白のジャケットを着た彼は猫の進路を遮るように待ち構える。

「よし! 逃がさないぞ!」

 青年が猫を確保しようとした瞬間、猫が跳躍した。

「え!?」

 猫は青年の顔を踏みつけ、飛び越える。

「しまった!!」

 猫はあっと言う間に遠退き、見えなくなる。

 二人でそれを見ると同時にため息を吐いた。

「……逃げられちまったな」

「ああ、あとちょっとだったんだけどな……」

 二人で肩を落としていると青年のエニグマから着信音が鳴る。

「……ティオからだ」

 顔を見合わせると青年は頷き通話をする。

青年が「どうした?」と訊くとエニグマから少女の声が返ってくる。

それは短くこう言って来た。

『捕まえました』

 そして先ほど猫が走っていった方から青髪に黒い服を着た少女が現れる。

彼女は右手に持っていたエニグマを畳むと左腕で抱えていた白猫を此方に見せる。

「……ぶい。ですね」

 少女にそう言われ、男と青年は顔を見合わせて苦笑するのであった。

 

***

 

 出雲・クロスベル。

不変世界最大級の中立都市であり、南部を工場地区。

北部を居住区にした巨大都市である。

 都市の北部は日本海に面しており、少し離れた所の人工島に建てられた保養地ミシュラムが見える。

 また都市の東西には巨大な要塞が建てられており常に他国を警戒、監視している。

 そんな出雲・クロスベル市の住宅街を先ほどの三人が歩いていた。

三人は猫を捕まえた後飼い主のところに返し、その帰りの道の途中だった。

赤毛の男━━ランディ・オルランドが体を伸ばす。

「いやぁ、結構苦労したな」

 「そうだな」と続いたのは茶髪の青年━━ロイド・バニングスだ。

「昔より街が大きくなったから人探しとかが大変だ」

「広さだけでも二倍以上になってますからね」

と青髪の少女━━ティオ・プラトーが頷く。

 クロスベル市は企業都市IZUMOと合併したため都市の広さや人口を大きく増加させた。

その為嘗てよりも治安が悪くなったとも言われており警察の仕事も増えた。

━━特務支援課もここ数年は忙しくなったな。

 そうロイドは思う。

特務支援課はクロスベル市警所属の組織だが警察官と言うよりも人々の頼みを聞き、解決をする遊撃士協会のような部署だ。

そんな部署が忙しいという事は……。

「町全体に余裕が無くなっているのかもな……」

 今、この町は様々な問題を抱えている。

 もともとの治安悪化もそうだが各地で戦争が起き、難民がこの町になだれ込んできた。

難民達は旧市街や工場地区の一部に住んでいるが金も仕事も無い彼らは生活に苦しみ、一部が盗みや“よくない仕事”をするようになった。

 その為、市民側からの心象は悪く軋轢が生じている。

「依頼のついでに工場地区を見回ったが、裏のほうで傭兵の募集とかしていたな」

 ランディの言葉に表情を曇らせる。

 この町では傭兵の募集は禁じているが都市が大きくなればその影も大きくなる。

 警察の見えないところで難民向けの傭兵勧誘をしているのだ。

「一斉に取り締まれないのですか?」

と言うティオの質問に首を横に振る。

「仮に一斉取締りをしてもそれは一時的なものだ。暫くすればまた人知れず始まる」

「お嬢も市長と掛け合って何とか対策を練ろうとしているけど、上手く行ってないみたいだしな」

 「うーん」と三人で悩んでいると住宅街を抜け、西通りに出る。

すこし歩き、マンションの前を通り過ぎると右方に雑居ビルが見える。

「ま、今は俺たちに出来る事をしようぜ」

 ランディの言葉にティオとロイドが頷き雑居ビルに近づく。

老朽化した雑居ビルの前には一台の導力車が停めてあり、その横を抜けると入り口の前に来る。

そして三人は雑居ビルに入るのであった。

 

***

 

「ロイドー!おかえりー!!」

 階段を降り、ロビーに入ると一人の少女が駆け寄ってきた。

緑の長い髪を持つ彼女はロイドの腰に抱きつくと頬ずりをする。

「はは、ただいま。キーア」

 キーアと呼ばれた少女は体を離すとソファーの方を指差す。

「お客さん!」

客?

と首を傾げるとソファーには向かい合って二人の男女が座っていた。

「おう、戻ったか」

 一人はくたびれたワイシャツを着た男で彼は気だるげにソファーに腰掛けている。

「はい。ロイド・バニングス他二名、只今戻りました。それで……こちらは?」

 もう一人の人物、東方人風の着物を着、腰まで伸びた茶色い髪に眼鏡を掛けた落ち着いた雰囲気の女性を見る。

 彼女が丁寧に頭を下げるとそれに釣られ、皆頭を下げた。

「儂の名はマミゾウ。宜しく頼む」

「あ。ロイド・バニングスです」

「ランディ・オルランド」

「ティオ・プラトーです」

三人が名乗ると男が「まあ、取りあえず座れ」と言ってきた。

それに従い、三人は座るとマミゾウと名乗った女性と向かい合う。

「それで、どういったご用件で?」

 そう訊き、マミゾウが口を開こうとした瞬間、玄関が開いた。

「ただいま」

 そういって入ってきたのは銀髪の女性だ。

彼女は此方を見、マミゾウを見ると固まり、苦笑いをした。

「もしかして私、タイミングが悪かったかしら?」

 

***

 

「私の名前はエリィ・マクダエルです。宜しくお願いします」

 銀髪の女性━━エリィが名乗るとマミゾウは「ほう」と頷く。

「マクダエルという事は……」

「はい、祖父はヘンリー・マクダエルです」

 エリィがそう言うとマミゾウは「やはり」と頷き姿勢を正した。

「さてあらためて名乗るが儂の名はマミゾウ。旧市街で難民や妖怪のリーダーみたいのをやっておる。おぬし等の事は以前から知っておったが先日の騒動の際に自分の目で見て信用に足ると思い伺った」

 先日の騒動。

旧市街にて難民達と出雲・クロスベル市の市民団体が対立した事件だ。

その場に駆けつけ両者を説得する事によって事なきを得たが……。

「あの場にいらっしゃったのですか?」

「うむ。乱闘になれば止めようと思っていたがその前にお前さんたちが来たのでな」

 「いやー、なかなか見事だったぞ」と悪戯っぽく笑う彼女に皆が顔を見合わせ苦笑する。

「で、こっからが本題だが……セルゲイ殿、こやつ等が信頼足る事は先日の一件で分かった。だが実力のほうは?」

 そう訊かれワイシャツの男━━セルゲイ・ロウは頭を掻く。

「実力は保証しますよ。こいつ等は色々と死線を潜り抜けてきましたからね」

 その言葉にマミゾウは満足そうに頷くと腕を組んだ。

「さて、儂がここに来た理由は依頼があるからじゃ。それで依頼というのは最近旧市街で困った事が起きていてのう」

 「困った事ですか?」と訊くと彼女は頷く。

「うむ。旧市街では今人攫いが起きておる」

 その言葉に皆が表情を険しくする。

「人攫いと言うても人以外の妖怪も被害にあっておるし、自らの意思でいなくなっておるから人攫いでもないのかのう?」

「……あの、どういう事ですか?」

 とエリィが言う。

「旧市街の難民や妖怪達の生活は苦しい。特に人在らざる妖怪は職に就くことも出来ず不法な仕事に就く者も多い。

それでだ、最近妙な話が出回っていてな。なんでもジオフロントの拡張工事のため、難民を雇いたいと言うのだ」

「……ジオフロントの拡張工事計画なんて聞いたことがありませんね」

 ティオの言葉にマミゾウが頷く。

「儂も不審に思い市の方に問い合わせたところ『そんな計画は無い』と言われた。故に拡張工事の話しに乗るなと言ったのだが……」

「話しに乗る人が続出したと?」

 そう訊くとマミゾウは大きく溜息を吐く。

「皆、少しでも稼ぎたいからのう。それでだが、ここからが問題で仕事のためジオフロントに向かった者たちが帰ってこないのだ。最初は仕事が忙しいからかと思ったが次々に人が戻らず、ついに失踪者は十を超えた」

「警察には……?」

「まだ言っておらん。我々としては事を大きくしたくは無い。旧市街で誘拐事件が起きたと反妖怪派に知られれば何と言われるか……」

 難民のこの町における立場は危うい。

 市民の中には難民を追い出すべきだと主張する人間も多く、彼らが旧市街で誘拐事件が起きていると知ればそれを口実に難民を追い出すように市議会に主張し始めるだろう。

「じゃあ、遊撃士協会には?」

 ランディが訊くとマミゾウは「うむ」と頷く。

「最初は遊撃士協会に頼もうかと思ったが先日の事件を解決したおぬし等の実力に期待したからだ。まあ、おぬし等が辞退するというのであれば遊撃士のもとに向かうが……」

「だ、そうだ。どうするロイド?」

 そう訊かれ暫く考える。

事態は思ったよりも深刻かもしれない。

このまま失踪者が増えれば不安に駆られた難民が暴動を起こす可能性がある。

「分かりました。依頼をお受けします。念のため遊撃士協会にも連絡しますがいいですか?」

「うむ。味方は多いに越した事はない」

 依頼を受ける事は決まった。

ここからはどう失踪者の捜索をするかだが……。

「それに関しては此方に提案がある。まずは旧市街に向かってくれ」

 マミゾウの言葉に皆が顔を見合わせる。

「よし、早速旧市街に向かおう」

 そう言うと皆が立ち上がり頷いた。

 

***

 

 ロイド達が出て行くのを見送るとマミゾウは微笑み、セルゲイを見る。

「良い部下じゃな」

「まだまだひよっこですがね」

 そう返すとマミゾウは笑う。

「悟って厭世家になるよりはよい」

 そして彼女は「さて」と立ち上がった。

「儂も行くとするか」

 そう言い玄関に向かおうとするとセルゲイが呼び止めた。

彼は暫くマミゾウの事を見ると自分の頭を指差す。

「頭、葉っぱが付いてますよ」

 その言葉にマミゾウは口元に笑みを浮かべた。

「はて? 何のことかな?」

 彼女が出て行くとセルゲイは小さく溜息を吐く。

━━やれやれ、中々の食わせ者だ。

 揺さ振れば尻尾を出すかと思ったが相手も用心深い。

━━ま、悪人じゃないみたいだしな……。

ならば自分にできることは……。

「まあ、いつも通りあいつ等が戻ってくるのを待つか」

 そう言い彼は葉巻を銜えるのであった。

 

***

 

 人通りの多い中央広場を抜け東通りで遊撃士協会に顔を出し念のための連絡を終えると一行は旧市街に向かった。

 東通りから旧市街に入ると人通りが減りテントが見え始めてきた。

 テントはどれも薄汚れており、中には衣服を繋ぎ合わせた物もある。

 ロイド達がテントの間を歩いているとテントの中や建物の影から難民達が横目で此方を見ている。

「ふいー、歓迎されてねーなぁ」

 ランディの言葉に頷く。

「皆、警察を恐れているんだ」

 難民全てが犯罪を犯しているわけではないがそれでも彼らの逮捕率は高い。

それ故最近では警察官が旧市街の見回りをするようになったのだ。

 一人の男とすれ違う。

男は背中から翼を生やし、こちらを一度見るとそのまま不機嫌そうに歩いて行く。

「……妖怪も増えましたね」

「ええ、怪魔を恐れた妖怪達が山から下りてきて旧市街に住み始めたわ。彼らも住む場所が無くて苦しんでいるのね……」

 ティオとエリィの話しに耳を傾けていると旧市街の広場に出る。

広場にはやはりテントが多く並び多くの難民達が屯していた。

 そんな中一人の青年が辺りを見回していた。

東方の服を着た彼は此方を見つけると慌てて駆け寄ってくる。

「あの! 特務支援課の方ですか!?」

「はい。えっと……あなたは?」

 そう訊くと青年が慌てて身形を正す。

「あ、自分はタヌ蔵と申します! マミゾウ様に手助けするように言われて……」

 「様?」とティオが首を傾げると彼は慌てて首を横に振った。

「い、いえ。マミゾウさんに手助けするように言われました!」

「手助け……ですか?」

 そう訊くと彼は頷く。

「マミゾウさんから聞いたと思いますが今、この旧市街では失踪者が出ています。失踪者は皆ジオフロントの工事に向かった事になっていますがいくら仕事が忙しいとはいえ一人も帰ってこないのは変です!

そこで皆様にはジオフロントの調査を行って欲しいのです」

「ジオフロントの調査となると時間が掛かりますね。せめて工事地点が分かれば良いんですが……」

 ティオがそう言うとタヌ蔵が頷く。

「……私を囮に使ってください。今日も仕事の募集が有ります。それに私が参加しますので皆さんは私について来て下さい」

 そう言うとタヌ蔵は小さな機械を手渡してきた。

それを受け取り皆に見せるとランディが眉を顰める。

「おいおい、これ最新の発信器じゃねーか。なんでこんな物を?」

「マミゾウさんから頂いた物で……」

 彼女が?

ランディの話ではこの発信器は軍が使う最新鋭の物で一般で手に入る物ではないらしい。

━━そんな物をなぜ彼女が?

 それに彼を囮にするのは……。

「危険は承知です。ですが私も手助けをしたいのです! 私の弟も先日仕事の募集に乗り、失踪しました……。だから……!」

 彼の真剣な表情に皆が顔を見合わせる。

それから彼に「少し待ってください」と言うと四人で円陣を組んだ。

「どう思う?」

「私は……反対かな。一般人を危険に曝す事になるし……」

「ティオは?」

「私たちの誰かが囮に……と思いましたが犯人が私たちの顔を知っている可能性が有ります」

 その可能性は十分ある。

もし犯人に特務支援課が捜査していると知られれば彼らは雲隠れするかもしれない。

そうなれば行方不明者の発見は絶望的だ。

「……ランディ?」

「タヌ蔵さんに頼むのが一番だろうな。だけどそれをするなら俺たちは彼の安全を保証しなきゃいけねぇ」

━━さて、どうするか?

 失踪者が出てから結構な日が経っている。

直ぐにでも発見し、救助するべきだろう。

「タヌ蔵さん」

 振り返りタヌ蔵を見る。

「囮をお願いします。ですが少しでも危険だと感じたら直ぐに逃げ出してください」

「分かりました……!」

 そう言うと彼は手を差し出した。

それを取り握手を交わす。

こうして特務支援課は失踪者の調査を開始した。

 

***

 

昼も過ぎ、三時になると旧市街では難民達が僅かな昼食を終え、内職に勤しんでいた。

そんな旧市街の空き家に四人の男達が集まっていた。

 四人とも東方風の服を着、一人はタヌ蔵だ。

木製の机の前に並べられた椅子に座った彼らはどこか不安げな表情を顔に浮かべ、部屋にある扉を何度も確認していた。

「いやぁー、お待たせして申し訳ありませんねぇー」

 扉が開き、一人の男が入ってくる。

彼は黒いスーツを着、革の鞄を持ち、まさに一般的な社会人と言える様な格好をしている。

彼は部屋に入ると「おや?」と言い、四人を見る。

「今日は少ないですねー。あ、まさか皆さん例の噂を信じてます?

…………私どもが人攫いをしているって」

 “人攫い”と言う言葉に皆体を反応させる。

その様子にスーツの男は笑うと席についた。

「はは、そう緊張しないで下さい。皆さん元気にしてますよ? ただ、ちょっと仕事が難航してましてその影響で職場で寝泊りしてもらっているのです」

「……あの、大変な仕事みたいですがお給料は?」

 気の弱そうな男が訊くとスーツの男が笑みを浮かべ、一枚の紙を取り出した。

四人は紙を覗き込み、驚愕する。

そこに書かれていた時給は破格の物で、はっきり言って仕事と釣り合わない。

「ジオフロントの工事は魔獣や落盤等を考えても危険な仕事ですからねぇ。その危険を含めての給料です」

 かなり怪しい。

そうタヌ蔵は思った。

 そもそもジオフロントの工事なんて難民に任せるだろうか?

難民の多くは工事の経験や知識など無いだろう。

「あの」

 手を上げるとスーツの男が「なんですか?」と笑顔を向ける。

「一度現場の見学をさせて頂くというのは駄目でしょうか? 危険な仕事のようなので出来るかどうか自分の目で確かめたくって……」

 その言葉に他の三人も頷く。

━━さて、どうでる?

 もし後ろめたい事があるのならば嫌がるはずだ。

だが男は笑顔のまま頷いた。

「いいですよ。私どもとしましても仕事の強制はしたくないので。では、早速見学に行きましょうか?」

 スーツの男が立ち上がると四人は慌てて立ち上がる。

男の対応はいたって普通だ。普通ゆえに気持ち悪い。

━━頼みますよ、特務支援課の皆さん……。

 

***

 

「動き始めました。どうやら駅前通りからジオフロントに向かうようです」

 旧市街の路地でティオがエニグマを見ながら報告すると顔を見合わせる。

「しかし、何であいつ等ジオフロントに入れるんだ? あそこは封鎖中だろ?」

 ジオフロントには魔獣が住み着いているため普通の人間には入れない。

なのに入れるというのは……。

「……何らかの術を使っているのかもしれないな。もしくは犯人が妖怪とか……」

 妖怪ならば鍵を開けるぐらい造作も無いだろう。

そうでなくても鍵開けの術式はある。

 ジオフロントの扉に使われている鍵は普通の物であるため術式に対抗できない。

「“術式”が広まってから出雲・クロスベルでも対抗術式を施された鍵が使われ始めているけどまだ一般的ではないわ」

 対抗術式が使われているのは重要施設や個人での使用がメインでジオフロントなどの比較的重要度の低い場所の鍵は未だ旧来の物を使っている。

「ともかく、相手は普通の奴じゃねーな」

 ランディの言葉に頷くとティオが「旧市街を出ました」と報告する。

「よし、みんな行こう!」

 

***

 

 駅前の階段を降りジオフロントに入ると四人は武器を取り出した。

ロイドはトンファーを持ち、ランディはショックハルバードを、ティオが魔導杖、エリィが導力銃を構える。

「……妙ですね。魔獣の反応が有りません」

「最近遊撃士か誰かが立ち入ったか?」

 ティオにそう尋ねると「そんな記録有りませんね」と首を横に振る。

━━警戒すべきだな……。

 魔獣は自分達に危険が迫ると身を隠す習性がある。

もしかしたら思った以上に厄介なのがジオフロントに住み着いているのかもしれない。

「ともかく慎重に行こう」

 タヌ蔵に付けられた発信器は地下に向かっておりそれを追いかけるためジオフロント内に設けられたエレベーターを使う。

 下の階に降りると暗く狭い通路を歩き続け、角を曲がるたびに周囲を警戒した。

そして十分も歩くと開けた場所に出た。

「地下鉄予定地ですね……待ってください! そこ、大きな穴があります!」

 ティオが指差した方を見れば壁に大きな穴が開いていた。

鉄の壁を砕き掘られた穴には幾つもの電灯が立てかけられている。

「いつの間にこんな物を……」

 穴の規模から見てここ数日で出来た物ではない。

恐らくずっと前、失踪事件が始まる前から掘られていたはずだ。

「ティオすけ、タヌ蔵さんは中か?」

 ランディに訊かれティオがエニグマを開く。

「はい、どうやら更に地下に向かっているようです……誰か来ます!」

 四人は慌てて柱の影や放置されたコンテナの陰に隠れると様子を窺った。

 すると穴からは六匹の小鬼が出てきていた。

「妖怪……かしら?」

 小鬼の一人が話し始める。

「馬鹿ナ奴等ダ。騙サレテイルト知ラズニ」

「ケケ、一生働イテ女郎蜘蛛サマニ喰ワレルダケダトイウノニ」

━━女郎蜘蛛?

 恐らくは奴等の頭領みたいなものだろう。

「おい、ロイド」

「ああ、分かっている」

 やはり工事など無かったのだ。

妖怪達は人を集め、何かをさせ、そして食べているという。

━━直ぐにでも救助しなければ!

「ランディ、フラッシュバンを。俺が右の三匹をやる」

「あいさ!」

 ランディはコートに手を入れると金属の筒を取り出した。

そして指で三つ数え始める。

「三(ドライ)、二(ツヴァイ)、一(アインス)!」

 柱から金属の筒を放り投げる。

筒は小鬼達の足元に落ちると突如閃光を放った。

「今だ!」

 ロイドとランディが駆け出す。

ロイドが狙うのは右に居る三匹だ。

 まずは一番奥に居る小鬼の顔面を右のトンファーで殴りつける。

そして直ぐに体を捻り、トンファーの後部で直ぐ後ろに居た小鬼の後頭部を殴りつける。

━━あと一匹!

「オ、オマエタチハ!?」

 最後の一匹が立て直し武器を取り出そうとするがもう遅い。

右腕でアッパーカットを放つと顎を殴りつけられた小鬼は白目を剥きながら宙を飛び、落下した。

 ランディの方を見れば彼もちょうど最後の小鬼をショックハルバードで叩き付けた所であり、此方を見ると「うし、終わりっと」と笑った。

 敵を全て制圧するとティオとエリィが駆けつけ、ティオが小鬼の顔を覗き込む。

「天邪鬼ですね。妖怪の中では弱い分類ですが群れで行動します」

 なぜそんな連中が居たのか?

その答えはこの先にあるのだろう。

「状況は思ったより切迫している。直ぐにでも失踪者を助け出そう」

 そう言うと皆頷く。

「特務支援課、これより失踪者の救出及び誘拐犯の確保を開始する! みんな行くぞ!!」

「「了解!!」」

 四人は駆け出した。

暗い洞窟に向かって。

 それを物陰から誰かが見ているのであった。


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