緋想戦記   作:う゛ぇのむ 乙型

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~第二章・『洞穴の大妖怪』 大きくて気持ち悪いよ (配点:妖怪)~

 

「おらよっと!」

 ランディがショックハルバードを振り下ろすと鬼の顔を持ち、胴体が植物の亀のような妖怪が倒れる。

「……周囲に敵の反応はありません」

 洞窟に入って十分歩く間に三度妖怪に出会った。

今のところ敵に察知されず無力化しているが……。

━━結構居るな……。

 戦わずやり過ごした妖怪も含めると既に三十を超えている。

「全く、地下にこんな基地を作ってたなんてな」

 洞窟は地下に向けて掘られており、各所に詰め所のような場所や食料保管庫があった。

「軍隊でも作る気かしら……」

「それはどうだろう? 正直言ってこの程度の規模じゃ警備隊に見つかればあっと言う間に鎮圧されるし洞窟の掘り方が身を守るためじゃない」

 地下に要塞を作るならばもっと複雑になる筈だ。

だが今のところ一本道で所々わき道がある程度だ。

やはり何かを発掘しようとしているのだろう。

「ティオ、タヌ蔵さんの位置は?」

「もう直ぐです。どうやらどこかの部屋に入れられたみたいですね」

━━もしかしたらそこに他の失踪者が居るかもしれないな。

 失踪者を見つけたら直ぐに脱出し警察本部や遊撃士と共にここを制圧するべきだろう。

 そう思いながら歩いていると道が二つに分かれた。

「右です。右にタヌ蔵さんの反応があります」

 ティオの言葉に頷き歩くと突き当たりに出た。

壁には一つの鉄製の扉があり、中から明かりが漏れている。

 音を立てずに近づき、中の様子を窺うと幾つもの檻が見えた。

そして檻からはすすり泣く声や咳き込む声が聞えてきており人の影がある。

━━見つけた!

「エイオンシステムで確認したところ、扉の近くに一人、牢獄の傍に一人、そして上に一人居ます」

 恐らく看守だ。

ランディに目配せすると彼は頷き、フラッシュバンを取り出す。

そして投げ込んだ。

「ナ、ナンダァ!?」

 閃光が放たれると同時に部屋に入る。

部屋に入ると直ぐ右側に天邪鬼がいた。

それを殴り気絶させるとランディが檻の前にいた天邪鬼をショックハルバードで吹き飛ばす。

「ロイド! 上だ!」

部屋の上には木製のテラスの様なところに弓を持った天邪鬼が居た。

閃光を逃れた天邪鬼は弓で此方を狙うが。

「させないわ!」

 後から飛び出したエリィに撃ち抜かれテラスから落下する。

敵を全て無力化したのを確認すると牢獄のほうに向かった。

そこには十人を超える男女が捕まっており、皆痩せこけ怯えていた。

「……酷い」

 エリィがそう怒りを露にすると牢獄の奥からタヌ蔵が現れた。

「皆さん!」

「タヌ蔵さん! 大丈夫ですか!?」

「はい、連れて来られて直ぐに捕まったので……それよりも急いでください!」

 看守が持っていた牢獄の鍵でランディが檻を開けるとティオとエリィが捕まっていた人々の治療を行う。

そんな中タヌ蔵は焦りながら扉の方を見る。

「どうしたのですか?」

「奴等、何かを採掘させているらしくてその仕事中にミスをした人や倒れた人を喰っているんです! さっきも三人ほど連れて行かれて!」

「!! 何処に連れて行かれたか分かりますか!?」

「恐らく……最下層です……」

 そう言ったのはエリィの治療を受けていた老人だ。

彼は酷く咳き込むと此方の手を握ってくる。

「急いで下され……奴に喰われてしまう……」

 老人を安心させるように肩を優しく叩く。

「だがどうするロイド? こいつらを置いていけねーぞ」

 どうする?

 ランディの言う通り彼らを置いては行けない。

だが急がなくては連れて行かれた三人が喰われてしまう。

「ティオ、直ぐに遊撃士に連絡を! エリィはここに残って遊撃士が到着するまで彼らを守ってくれ」

 「分かったわ!」とエリィが頷くとティオが遊撃士に連絡を終える。

「十分以内に来るとの事です!」

「よし! 急ぐぞ!!」

 来た道を戻り、分かれ道に着くと左側の道を駆けた。

「ロイド、正面に五匹!」

 前方に居た天邪鬼達が慌てて武器を取り出す。

━━時間が無い!

「強行突破するぞ!」

 走る速度を緩めず突撃する。

中央の一匹を殴りつけ道を開くとそこを抜け、あっと言う間に距離を離した。

そしてそのまま一気に洞窟を降りていくのであった。

 

***

 

 掴まっていた人々の治療を終え、一箇所に集めるとエリィは一息を吐いた。

━━このまま何も無ければいいけど……。

 遊撃士が来るまでまだ時間がある。

もし妖怪達がここに来たら一人で全員を守る事が出来るか怪しい。

 扉の近くにはタヌ蔵やまだ元気な男達が武器を手に取り、通路を警戒していた。

念のため武器の点検をしておく。

 導力銃と導力魔法(アーツ)があれば互角以上に戦える筈だがやはり一人と言うのは心細い。

「誰か来ます!」

 タヌ蔵の言葉に冷たい汗を掻き、難民達が動揺する。

「……数は?」

 難民達に奥に行くように言い、銃を構えるとタヌ蔵の横に並んだ。

「恐らく五人…………あ!」

 タヌ蔵が固まり、何事かと外を覗き見る。

「…………え?」

「ほれほれ、邪魔じゃ、おぬし等」

 戸が開けられ一人の女性が入ってくる。

それに続いて武装した四人の男達も入ってきた。

「マミゾウさん!? どうしてここに!?」

 そう尋ねるとマミゾウは口元に笑みを浮かべた。

「どうしてって、助けにじゃよ」

 そして彼女はウィンクするのであった。

 

***

 

 洞窟の最深部に大きな空洞が広がっていた。

空洞は今までの穴を掘ったような形ではなく、石畳の壁に幾つもの柱があり中央には大きな窪みがあった。

 その人工的な空洞に三人の男女が鎖で繋がれて座らされていた。

一人は老人でもう一人は痩せこけた男。

そしてその間に両瞳の色が違う青髪の少女が居た。

━━な、なんでこんなことにー……。

 そう少女━━多々良小傘は嘆いた。

自分は妖怪だ。

 元々は近畿の安土の地に住み人間をちょっと驚かしながら生活していたが織田の軍隊が攻めて来た為、京に逃れた。

だが京は結界のせいで妖怪が住める場所では無く更に西へ移る。

そしてこの出雲・クロスベルに着いたのだが疎開している間にお金が無くなり生活に困った。

そんな中この工事の話を聞いて少しでも稼ごうと思ったのだが……。

━━こんな強制収容所みたいな場所だなんて知らなかったよぅ……。

 ここに来て五日間、僅かな食料と水を与えられ働かされ続けた。

自分と共に来た難民は六人居たが今では自分だけだ。

他の五人がどうなったのかは考えたくない。

 今日も朝からこの洞窟の採掘作業をやらされた。

だが疲れが溜まっていたため倒れてしまい、目覚めたら鎖で繋がれていた。

左右に居る二人も自分と同じく倒れたらしく一緒にここに連れてこられた。

 これからどうなるのか?

そう怯えていると天邪鬼達が現れる。

「キキ、今日ハ三人カ?」

「新シク四人入ッタカラ大丈夫ダ」

 彼らは良く分からない事を話すと此方を見る。

「オマエタチニ朗報ダ」

 「朗報?」と三人は顔を見合わせる。

「オマエタチハ今日デ仕事カラ解放サレル!」

 その言葉に皆驚く。

なにせもう帰れないと思っていたのだ。

「あの……どうしてでしょうか?」

 痩せこけた男が訊くと天邪鬼が頷く。

「オマエタチハ倒レタ、モウ仕事ガデキナイ」

 だから解放される?

「━━ダカラ食料ニナッテモラオウ」

「━━━━え?」

 彼らが言っている事の意味は分かるが理解したくない。

 一匹が鉈を持って近づいてきた。

「あの! あのあの! わちき、実は妖怪なんです!」

「オレタチハ妖怪モ喰ウゾ?」

━━聞きたくなかった!?

「わちき傘の妖怪なんです! だから食べたらお腹壊しますよ!!」

 天邪鬼が止まる。

彼は暫く考えると此方を見た。

「ジャア捌イテ、傘ニシヨウ」

━━もっと酷い!?

 鉈が振り上げられる。

全身から血の気が引き、目を閉じる。

 鉈が振り下ろされる音がした。

「痛くないといいなー」と諦めから最早意味の分からない事を思うが何時まで経っても此方の頭は割られなかった。

━━気が変わった?

 殺すのを止めてくれたのだろうか?

 そう思い目を開けると目の前で鉈の刃が止まっていた。

「…………」

 思わず口から魂が出そうになる。

「ナ、ナンダオマエタチハ!?」

「警察だ!!」

 天邪鬼が吹き飛んだ。

「大丈夫ですか?」

 後ろを振り返れば茶髪の青年が立っており、彼は此方を確認すると前に出た。

━━なに? なに!? 何なの!?

 突然の事で混乱したが一つだけ判ったことがある。

この人達は味方だと。

そう思うと思わず叫んでいた。

「こいつら全員ぶっ飛ばしちゃってー!!」

 

***

 

 最後の天邪鬼が倒れるとロイドは息を整えた。

なんとか間に合った。

だが今度はここから脱出しなくてはならない。

 ここまで来る際に強行突破を行った為、此方が進入した事は既に敵に知られているだろう。

直に敵が殺到してくるはずだ。

 背後を見ればティオとランディが難民達の鎖を外し立たせている所であった。

「直ぐにここを離れよう」

 そう言い皆が頷くと同時にそれは来た。

 此方を押しつぶすような重圧。

身の毛もよだつような邪気。

それが塊となって降って来た。

「…………な!?」

 空洞の中心に巨大な何かが着地した。

「騒ガシイト思エバ……ドウヤラ虫ケラガ紛レコンデイタヨウダナ」

 それは蜘蛛であった。

 二十メートルを超える体長を持つ蜘蛛は人間の女のような顔を持ち、花の蕾のような胴を持つ。

「じょ、女郎蜘蛛!?」

 そう青髪の少女が叫んだ。

━━こいつが……!!

「ロイド!!」

 ランディが此方の横に立ち、ティオが捕まっていた三人を遠くに移動させると此方の背後に移動する。

「人々を攫って……何が目的だ!!」

「貴様ラハ知ラナクテモヨイコトダ。ドノ道滅ブ貴様ラニハナ」

 そう女郎蜘蛛は笑う。

 滅ぶ?

いったいどういう事だ?

「ダガ無断デ我ガ住処ニ入ッタ罪ハ重イ。絶望シナガラ死ヌガヨイ!!」

 女郎蜘蛛が腕で薙ぎ払ってきた。

 

***

 

「!!」

 三人は咄嗟に身を低くして回避する。

巨大な腕は轟音と共に風を切り、頭上を通過した。

「こいつぁ、骨が折れそうだぜ!!」

「だけどやるしかない!!」

 身を低くした体勢で駆ける。

敵は巨大であり放たれる攻撃は掠っただけで致命傷だ。

━━まずは敵を転ばせる!!

 女郎蜘蛛の左腕が迫ってきた。

左腕は此方を押しつぶす様に一直線に向かってくる。

それを咄嗟に左に跳躍し避けると左前の足を狙う。

 全力疾走をし、加速力と体重を加えた殴り。

しかしそれは鋼鉄に当たったかのように弾かれた。

━━硬い!?

「ティオ!!」

 弾かれながら直ぐに叫ぶ。

「分かりました! エニグマ、起動!」

ティオが魔道杖の先端を展開させると彼女の周囲に導力魔術が展開される。

「ラ・フォルテ!!」

 ティオから赤い光が放たれると同時にロイドとランディが赤い光に包まれ筋力強化が行われる。

「よし、来た!!」

 女郎蜘蛛の右側に回りこんでいたランディが右足目掛けて走りだす。

それを迎撃するために女郎蜘蛛が体を動かそうとするが女郎蜘蛛の顔面に氷の塊がぶつけられる。

「アイシクルエッジ!!」

「オノレ! 小癪ナ!!」

 女郎蜘蛛が狙いを変えようとするがその間にランディが足元に入り込む。

ショックハルバードで足の関節を狙い横薙ぎの一撃を加える。

しかし刃は肌を切り裂く事もできず弾かれた。

「マジかよ!」

 反撃のため踏みつけてくる足を避けるとランディは距離を離す。

「クク……人間ゴトキガ我ニカテルト思ウナ」

━━どうする!?

 敵に物理的な攻撃は効かないならば導力魔術で攻撃を行うか?

 そう思った瞬間敵が動いた。

「今度ハ此方カラ行クゾ!」

 跳躍した。

 その巨体から信じられないような大跳躍をするとティオの背後に着地する。

「マズハ小賢シイ魔術師カラダ!」

「やべぇぞ!!」

「ティオ! 逃げろ!!」

 女郎蜘蛛が拳を上げ、振り下げた。

ティオは慌てて避けようとするが間に合わない。

 拳がティオを叩き潰した。

 地面が砕かれ、土埃が舞い、衝撃波で体が吹き飛びそうになる。

「クク、マズハ一人…………!?」

 拳の下。

誰かが立っていた。

 東方風の服を着た女性はティオを足元に置き、大地から岩の天井を作り出していた。

 岩の天井に皹が入り、砕ける。

「馬鹿力じゃのう」

「!!」

 女郎蜘蛛は慌ててもう一つの拳で二人を叩きつけようとするがそれよりも早く女性がティオを抱きかかえて此方に跳躍する。

「ほれ、立てるか?」

 彼女はティオを立たせると此方を見る。

「マ、マミゾウさん!?」

「うむ、マミゾウじゃよ?」

 マミゾウはウィンクをすると敵を見る。

彼女の姿は最初に会った時と変わっており、髪は短くなり半袖の服に赤いスカートを履いていた。

そして一番目を引くのは腰から生えた大きな狸の尻尾だ。

「おいおい、あんた妖怪だったのかよ」

「騙すつもりは無かったのじゃがな。旧市街で生活するには妖怪の姿より人の姿のほうが何かと都合が良い」

 そして敵を見る。

「しかし随分な大物が居たものじゃなぁ……」

「狸ガ、同ジ妖怪デアリナガラ邪魔立テスルカ!」

 怒鳴る女郎蜘蛛に対して余裕の笑みを浮かべると彼女は一歩前に出る。

「同胞を喰らう奴に言われたくはないわ。所でお主よ、ここに小狸が来なかったか?」

 笑みを浮かべているが彼女の目は笑っていない。

「小狸? アア、居タナ。虫ケラノクセニ我ニ刃向カウノデ……喰ロウテヤッタワ!!」

 女郎蜘蛛が愉快そうに笑う。

それにマミゾウが何度も「そうか……」と頷くと小さく呟いた。

「……なよ、小物が」

「ナンダ? 何カ言ッタカ?」

 マミゾウが女郎蜘蛛に顔を向ける。

彼女の顔には笑みは泣く、背筋の凍るような視線を敵に向けた。

「あまり調子に乗るなよ、小物がと言ったのじゃ!!」

 その瞬間、女郎蜘蛛が仰け反った。

マミゾウが腕を巨大化させ女郎蜘蛛の顔を殴ったのだ。

 その隙を突き、空洞の入り口からエリィが此方に向かって駆け寄ってくる。

「皆、無事!?」

「ああ、だけど、これは?」

 そう訊くとエリィはマミゾウの方を見る。

「マミゾウさんが旧市街の妖怪達を連れて助けに来てくれたの。捕まった人たちは皆救助されたわ」

 その言葉に皆安心する。

入り口の方を見れば捕まっていた三人はエリィに続いてきた妖怪達に救助され、脱出を始めていた。

 これで誘拐されていた人たちは助かる。

後は……。

「……坊主共、やれるな?」

 マミゾウの言葉に頷く。

「ああ! まだやれるさ!」

 特務支援課がマミゾウの横に並ぶ。

 正面では体勢を立て直した女郎蜘蛛が激昂しており、叫びを上げていた。

「これより誘拐事件の首謀者を無力化する! 皆、行くぞ!!」

「「了解!!」」

 怒り狂った女郎蜘蛛が突進を始める。

それに対し五人も駆け出すのであった。

 

***

 

 女郎蜘蛛と特務支援課の戦いの様子を物陰から窺っている存在が居た。

「やれやれ、予想外の事になってますねぇ」

 スーツを着た男はそう言うと口元に笑みを浮かべる。

「まあ、ここでの作業は完了しましたし計画に支障は有りませんね」

 そう言うと手に持っていた革の鞄から狐の面を取り出す。

それを被ると腰から大きな狐の尻尾を生やした。

「……それにしても特務支援課ですか。一応“彼女”に報告しておくとしましょう」

 男は影の中に溶け込んで行く。

最後に女郎蜘蛛を見ると冷たく笑うのであった。

「それではお役目ご苦労様でした、女郎蜘蛛さん?」

 

***

 

 腕が振り下ろされる。

それを右に避けると衝撃波で横に吹き飛ばされた。

 女郎蜘蛛は敵を潰せなかったと知ると苛立たしげに足を上げ、踏み潰そうとしてくる。

「ファイアボルト!!」

 エリィが放った炎の塊が女郎蜘蛛の顔に当たり、バランスを失った敵が崩れかける。

そこにランディとマミゾウが女郎蜘蛛の足に攻撃を加えるが弾かれる。

「全く、何を喰えばこんなに硬くなるのやら!」

 反撃のため横に薙がれた腕をマミゾウは跳躍で、ランディは伏せて避けると此方に合流する。

「どうすよ、ロイド! 流石にこれはキツいぜ!」

 導力魔術によって着実にダメージを与えているがそれ以上に此方が消耗している。

━━せめて敵の弱点が分かれば!

 今のところ体のどの部位を攻撃しても弾かれる。

後残っているのは敵の胴、蕾のようになっている所だ。

「……やってみるか」

 ティオを見る。

「ティオは“ラ・フォルテ”を使用後導力魔術で攻撃」

「了解です!」

 次にランディを。

「ランディと俺は近接戦闘で敵の注意を引く」

「おうよ!」

 最後にエリィとマミゾウを見る。

「エリィはマミゾウさんに“ホロウスフィア”をかけてくれ。

そしてマミゾウさん、あいつを思いっきり転ばせてください!」

「分かったわ!」

「成程、任せい!」

 皆が構えると女郎蜘蛛が迎撃の構えを見せる。

「行きます! ラ・フォルテ!」

 五人を赤い光が包んだ。

筋力強化が施され力が沸くのを実感するとランディと共に駆け出す。

 それを迎撃するための両腕による振り回し攻撃。

単純な攻撃だがその巨体から放たれる連続攻撃は驚異だ。

 腕が地面に当たるたびに地響きが起き、砕けた床が砂煙を舞い上げる。

━━来た!

 地面を擦るように腕が横から来た。

それを跳躍で避けると正面から腕が来る。

「く……!」

直ぐに横に逃れるが肩を僅かに掠る。

肌が裂かれ、血が噴出す。

「この野郎!」

 ランディが女郎蜘蛛の足を攻撃するが弾かれ、逆に蹴りを喰らいかける。

その隙に敵の足元に飛び込もうとするが突如全身を圧迫された。

「ヨウヤク捕マエタゾ!」

 体を握られ、持ち上げられる。

「ロイド!」

 エリィが導力銃で攻撃をするが敵は気にも留めない。

体を掴む力が強まり、全身に痛みが走る。

「クク、絶体絶命ダナ。虫ケラ!」

 苦痛で歪む顔を敵に向け、口元に笑みを浮かべる。

「ああ……絶体絶命だな……、お前のほうが!」

 女郎蜘蛛が「何?」と首を傾げると目の前に何かが現れた。

 マミゾウだ。

彼女は掛けられたステルス術式である“ホロウスフィア”を解除すると女郎蜘蛛の頭上まで跳躍する。

「人間とは本当に面白い事を考える。そう思わんか、虫けらよ?」

 マミゾウが縦に回転する。

足を上げ、振り下ろされる。

 渾身の踵落としは女郎蜘蛛の脳天を穿ち、強烈な衝撃波と共に敵を地面に叩き付けた。

 その際に敵が掴んでいた手を離し、落下する。

「おっと危ない!」

 空中でマミゾウに捕まれると地面に降ろされた。

「ロイドさん! 大丈夫ですか!」

 皆が駆けつけるとエリィが直ぐに治療を始める。

 なんとか敵を気絶させる事が出来た。

だが敵は直ぐに復活するだろう。

━━一気にケリを着けなきゃな!

「おい、ロイド! アレを見ろ!」

 ランディの指差す先、女郎蜘蛛の胴体の方を見れば蕾が開いていた。

蕾の中には幾つもの環状に目玉が並んであり、此方を睨みつけている。

「アレが敵の弱点か!」

 既に蕾は閉じ始め、女郎蜘蛛の体が動き始めている。

━━今しかない!

「マミゾウさん! 俺を蕾の上に投げてください!」

「あい分かった!!」

 マミゾウが此方の胴を持ち上げ、跳躍する。

そして上に向けて放り投げた。

 その様子を目玉が一斉に見る。

「これで……終わりだ!!」

 空中で体勢を整え、体の前面を下に向けると空中で術式を展開する。

闘気を放出し、身に纏う。

 闘気の塊が出来ていた。

塊は徐々に巨大化し、そして落下した。

「メテオ……ブレイカァァァァァァァ!!」

 閉じ始める蕾の中に塊が落ちた。

衝撃波と流体となった闘気が蕾の中で目玉を焼き払い潰し、そして蕾が爆発した。

砂埃と千切れた蕾が舞い上がり、視界が遮られる。

 爆発の衝撃で体が吹き飛ばされ、地面を転がるとランディに受け止められた。

「相変わらず無茶しやがって」

 そう笑みを浮かべるランディに同じく笑みを返すと敵の方を見る。

 砂埃が晴れるとそこには胴を失った女郎蜘蛛が倒れていた。

押しつぶされた蜘蛛のように倒れた女郎蜘蛛はピクリとも動かなくなっていた。

「……やったの?」

 エリィの問いに皆は答えない。

━━手応えはあった。

 あれだけの攻撃を内側から喰らったのだ。

無事では済まない筈だが。

「オ……ノ……レ……」

 動いた。

もがく様に動き、何度も立ち上がろうとするがその都度倒れた。

「虫ケラ……ゴトキガ……」

 口から血を吐きながら怨嗟の言葉を放つ。

「貴様はその虫けらにやられたのじゃ」

 マミゾウがそう冷たく言い放つと女郎蜘蛛は唸り声を上げ、力なく崩れる。

「クク……ダガ、我ラノ目的ハ……果タシタ……」

「目的とは何だ!」

 女郎蜘蛛は答えない。

彼女は愉快そうに笑い続けると咳き込み、多量の血を吐く。

「ドノ道貴様ラハ滅ブ…………黒キ龍ニヨッテナ……! 先ニ地獄デ待ッテイルゾ……虫……ケ……」

 そして動かなくなった。

 完全に動かなくなった敵を皆不安気に見ているとマミゾウが深く溜息を吐く。

「何だか思わせ振りな事を言っておったが取りあえず戻るとしよう。どうやら援軍も来た様だしな」

 振り返れば男女が空洞に入ってきた。

一人は大剣を背負った赤毛の男でもう一人は茶髪に黄色のリボンを着け、刀を差した少女だ。

「なんだ、もう終わっちまってたか」

 男がそう言い此方に近づくと少女が「うわ! 気持ち悪い! 大きい蜘蛛ですよ! 先輩!」と悲鳴を上げている。

「遊撃士の方ですね。特務支援課のロイド・バニングスです。たった今、誘拐事件の首謀者を無力化しました」

 ランディに立たせてもらいながらそう言うと赤毛の男は頷く。

「正遊撃士のアガット・クロスナーだ。洞窟はほぼ制圧した。後は任せてくれ」

 そう言うと彼は女郎蜘蛛の方に向かう。

彼らの手助けをしたいが此方も先ほどの戦いで消耗しきっていた。

後は彼らに任せるべきだろう。

「皆、戻ろう」

 その言葉に全員頷くのであった。

 

***

 

 夕焼けに染まる空の下、旧市街では失踪者たちが戻り彼らの家族や友人が無事を心の底から喜んでいた。

 しかし全員が喜んでいたわけでは無い。

 失踪者24名の内5人が帰ってこなかった。

その中にはタヌ蔵の弟のタヌ吉も入っていた。

 マミゾウが涙を流し崩れるタヌ蔵に「勇敢な最期であったそうじゃ」と優しく声を掛けると此方に来る。

「そんな顔をするでない。おぬし等のお蔭で多くの命が救われた。それを誇れ」

 その言葉に小さく頷く。

 ジオフロントは既に遊撃士協会によって封鎖されており、内部では調査及び誘拐犯残党の一掃が行われている。

「しかし……」

 マミゾウが集まっている難民達を見る。

「奴等め、いったい何を企んでいる?」

「……“滅び”とは何でしょうか?」

 ティオの言葉に皆表情を暗くする。

「戦争、怪魔、天変地異。滅びに繋がる物は幾つも有るけどあの言葉はもっと違う何かのような気がする」

 黒き龍。

何だろうかこの胸騒ぎは?

 もしかしたら自分達は何か大きな事件に巻き込まれたのかもしれない。

「ともかく一旦課長に報告して、遊撃士協会と打ち合わせをしよう」

「儂も同行してよいか?」

 マミゾウに頷きを返すと空を見る。

空は夕焼けの赤から夜の黒に変わり始め、鴉が鳴いている。

その光景はどこか何時もと違って重苦しく感じられた。

 

***

 

 ジオフロントの地下に出来た空洞。

アガットはその中心にあった窪みに触れていた。

━━結構な大きさだな……。

 窪みの形や大きさから考えてちょっとした建物が置いてあったかのようだ。

窪みからは何かを引き摺った跡が出来ておりそれを追いかけると崩れた通路の前に来た。

「運び出した後に通路を崩しやがったか」

 どうやらかなり重要な物であったらしい。

 突然腰に提げていたエニグマが鳴り、通話をする。

「どうした? 何……? 分かった、直ぐに戻る」

「どうしたんですかー、先輩?」と茶髪の少女に話しかけられ頷く。

「異動命令だ。来週にはここから移るぞ」

「異動って……何処に?」

 アガットは少女を見る。

そしてゆっくりと口を開いた。

「━━━━北条。関東だ」


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