「概念核の主だと……?」
思わず鸚鵡返しに聞き返してしまった。
先代はそれに頷き、幻庵も同様に頷く。
「ふむ? 概念核という物がどういう物なのかは分からぬが人工物であれば製造者がいるのは理解できる。
だが、先ほど主からの指示と言ったな? その主はまだ生きているのか?」
家康の言う通りだ。
先ほど彼女達は概念核は遺跡内部で見つかったと言った。
この世界に点在している遺跡はどれも数万年前の物だという事が判明しておりとてもじゃないがその時代の人物が生きているとは思えない。
「ああ、ちょっと言い方に語弊が有ったわね。
私たちは概念核の主だったものから指示を受けて来たのよ。
あと概念核については私たちも良く分かっていないわ」
「どういう事だ?」と皆が首を傾げると先代は表示枠を開いた。
「これが……」
表示枠に映っていたのは洞窟のような場所に浮遊する岩であった。
岩の表面は人工的に削られ整っており、微弱な光を発していた。
「ええ、概念核よ」
気がつけばこの場に居た誰もが食事の手を止め先代に注目していた。
そんな中、先代は一歩前に出ると皆を見渡す。
「私たちに何があったのか……説明しましょうか」
***
今から四年前に関東で富士山が崩落したのは知っているわよね?
そしてその後に怪魔が出現し戦いになった事も。
一般的に怪魔は富士山の地下から沸いてきたと言われていたというけどそれは違うわ。
奴等は富士山の地下から来たのでは無く、地下に向かっていたのよ。
え? 「じゃあ怪魔は何処から来たのか?」ですって?
それは分からないわね。ただ奴等が何らかの方法で空間移動を行っているのはあなた達も知っているわよね?
先月、怪魔と交戦したあなた達なら。
もしかしたら此処とは別の空間に普段は居るのかもしれないって私たちは思っているわ。
まあ怪魔が何処から来たのかは置いておくとして私たちがその事に気がついたのは怪魔との交戦から二ヵ月後よ。
当時の崩落富士にはまだ怪魔の残党が居て私たち博麗神社や北条の戦士団は調査も兼ねて崩落富士周辺に部隊を派遣していたわ。
そしてたしか五度目だったかしら……? え? 六度目?
ああ、六度目ね。何よ? ちゃんと覚えているわよ?
それで六度目の派遣時に調査隊から『富士麓にて巨大な洞窟を発見した。怪魔の発生地と思われる』という報告を受けたの。
北条は直ぐに私と霊夢、そして北条綱成を派遣した。
洞窟は人工的なもので最初は私たちも怪魔の発生地だと思ったわ。
だけど進むにつれて違和感を感じたのよ。
その理由は洞窟内の戦闘跡ね。
この場所に入ったのは私たちが始めて。それなのに至る所に戦闘跡があるのは何故?
その疑問を感じながら進めば神殿のような場所に出たわ。
神殿と言っても西洋式とか極東式とかじゃなくてもっと無機質な……未来の形とでも言うのかしら?
ともかく遺跡に着いたのよ。
そしてそこで私たちは概念核を発見した。
まあそれ以外にも色々とあったけどそれは実際に来て見てもらったほうが早いわ。
私も上手く説明できないし。
***
先代はそこまで話すとグラスに入った水を飲む。
それから此方に注目している皆を見ると眼鏡を掛け、ぶかぶかな服を着た少女が手を上げた。
「質問?」
「Jud.、 北条は怪魔が富士山の地下から来たのではなく、その逆だと知ったのに何で他の国に教えなかったんですか?」
その質問に答えたのは幻庵だ。
「概念核の危険性を考え、他国に知られるわけにはいかなかったからだよ。
概念核を調査した我々はあの岩には途轍もない力が秘められている事を知った。
この岩が何であれ、こんな物が存在している事を知られれば様々な組織がその力を利用しようと狙うようになるだろう。
だから我々は崩落富士一帯を封印し、情報を秘匿した」
「まあ、確かにそんな物が存在すると知れば欲しがる連中は多いだろうね」
そう言ったのはオリビエだ。
彼はワイングラスを持ちながら口元に笑みを浮かべる。
「概念核は世界を変える力を持つと聞く。
そんな力を手にすればこの世界を支配する事も簡単だろうし、上手く利用すれば元の世界に戻れるかもしれない。
誰もが喉から手が出るほど欲しいだろうね」
「然様。 英国は薄々感づいていたようだが、我等が概念核を所有すると知りどうするつもりかね?」
「どうもしないさ。僕も、英国女王も過ぎたる力は身を滅ぼす事を知っている。
だが北条がその力を独自に利用するというならば僕達もそれなりの対応をするけどね」
オリビエの表情は穏やかだがその目は此方をしっかりと観察している。
━━ただの色男じゃないという事か……。
英国代表として出席しているのだ。
彼も只者ではないという事だろう。
「……遊撃士協会は今の話を聞いてどう考えているのかしら?」
「私たち遊撃士は国の政治や軍事に口を挟む事は出来ないけど、もし北条が概念核を悪用すれば総力を挙げて動くつもりよ。
まあ、貴女が居るのだからそうならないと思うけど」
幽々子の信頼に頷きを返すと家康たちを見る。
「さて、続きを話しましょうか?」
***
概念核の発見から四年の間、私たちはあの岩の調査を行っていたわ。
だけど岩は全く変化せず、調査は難航していたわね。
で、もうぶっちゃけ放置でよくね? みたいな意見が北条内で議論されていた今年の八月。
私たちは遺跡に続く洞窟の前で<<身喰らう蛇>>の幹部達と交戦したわ。
なんとか撃退は出来たものの概念核の事を他者に知られた北条はこれ以上の情報拡散を恐れて鎖国を行った。
それからは何事も無かったのだけれど先月の空が緋色に染まった事件。
あの夜に概念核が突如反応したわ。
直ぐに駆けつけると反応したのは概念核だけでは無く遺跡全体も起動し、概念核が語り掛けてきたわ。
それは自身をこの概念核の主と名乗り、自分が記録映像である事を話した。
そして警告と命令を残したのよ。
「終末が近づいている。黒き龍の目覚めを止めろ」と言う警告と「剣の担い手と西にいる意志の力を持つ者たちを集めろ」という命令をね。
それを話し終えると概念核の主は消えてしまい、それ以降全く反応しなくなったわ。
そして北条で協議をした結果、言葉に従う事にし私たちが此処に来たという事。
これが私たちの知っている全てよ。
***
先代が話し終えると正純は深く溜息を吐いた。
彼女の話で謎が解明されるかと思ったが、寧ろ謎が増えた。
そして懸念も。
━━黒き龍に剣の担い手。それに終末か……。
剣の担い手と言うのには心当たりがある。
比那名意天子と緋想の剣。
ウシワカと名乗る青年が接触してきた事や先月の緋想の剣の暴走を考えれば可能性が高いだろう。
何故天子が概念核の主に呼ばれたのかは不明だがやるべきことはハッキリしている。
だが終末とは?
「この世界にも末世に近い事が起きるという事か?」
「末世があるのかどうかは知らないけどこの世界が少しずつ歪んできているのは確かね」
先代の言葉に中央の席にいたネシンバラが頷いた。
「富士山の崩落、津軽の凍結、そして二ヶ月前の飛騨の災害。これら全てに共通する事があるね」
「怪魔か……」と家康が言うと彼は頷きを返す。
「津軽の凍結はまだ原因不明だけどあれほどの異常現象、怪魔が関わっている可能性が高い。
そしてもしそうなら終末は怪魔が引き起こすのかもしれない」
「まあ、憶測だけどね」とネシンバラが言うと皆は沈黙する。
現状、我々は怪魔についてもこの世界についても何も分かっていない。
何も知らないという事は何も対処が出来ないのと同意義なのだ。
家康は深く溜息を吐くと北条の使者の方を見る。
「北条は終末への対策を?」
「私たちも怪魔と終末の関係性を確かめるため怪魔の捕獲等を行っているけど依然として奴等の正体は不明のままよ」
再び場を沈黙が支配した。
皆なんとも言えない不安を感じ、居心地が悪くなる。
そんな中、女装が周りを見渡し「うし!」と手を叩いた。
「分からねー事を話しても仕方ねえから、食事にしようぜ!」
「な? セージュン」と言われ思わず笑みが浮かぶ。
「それもそうだな……。よし、皆、食べよう!」
***
会議は終わりようやく食事が出来た。
武蔵の生徒たちが作ったという食事は非常に美味であり、特にインド料理は北条・印度に所属している自分でも気に入るぐらい創意工夫がされていた。
━━極東式カレーもいいわね。
北条で食べられているカレーはスパイスの強い物だが、極東式カレーは大分マイルドになっており口に含みやすい。
食べ慣れたものでもこうも変わるのかと感心していると白黒の少女が近づいて来た。
彼女は日本酒の入った猪口を持ちながら此方を興味深げに見ると胸の辺りで視線が止まる。
「うーむ……あいつも将来こうなるのかぁ?」と小さく呟く彼女に「何か用?」と訊くと白黒は頭を掻いた。
「いやぁ、霊夢の奴もあんたみたいになるのかなーって」
「あら? あの子の知り合い?」
そう訊くと白黒の少女は胸を張った。
「おう! 何を隠そう私こそ博麗霊夢のライバル、霧雨魔理沙だぜ!」
霧雨?
その懐かしい響きだ。
自分が知っている限り幻想郷で霧雨の名を持つのはただ一人。
「あなた、霧雨の親父さんの娘?」
その名を出した出した瞬間、魔理沙の表情が曇った。
「げ……親父の知り合いかよ」
この反応。
どうやら彼女は父親と上手くいっていないらしい。
「ええ、昔の知り合いよ。昔のね。じゃあ霖之助君とも知り合い?」
「く、君? ああ、あいつと私は幼馴染だからな。あいつなら香霖堂って言うやる気あるんだか無いんだか分からない店を経営しているぜ」
━━へえ……。
あのものぐさ男が自分の店を持ったのか。
懐かしい名前を続けて聞き思い出す。
霧雨の親父さんの不器用な優しさ、それについて行く霖之助の背中。
「ふふ、そっか、霖之助君夢を叶えたのか」
そう微笑んでいると何故か魔理沙がムッとした表情を浮かべる。
その様子を見て気がつく。
もしかしてこの子……?
「彼とは友人だったのよ。博麗の巫女だった私は妖怪には恐れられ、人間からも畏怖されて孤立していたわ。
そんな私に声を掛けてくれたのが貴女のお父様と霖之助君よ」
最初は何だっただろうか?
たしか神社の一部が老朽化し、その修復以来を霧雨商店に頼んだのが切っ掛けだった気がする。
霧雨の親父さんは依頼を快く引き受けてくれ、当時見習いだった霖之助と共に博麗神社に来た。
「へえ。あいつって昔から無愛想なのか?」
「最初の頃はそうでもなかったわよ? 純粋な青年って感じで……だんだんとあの性格になって行ったけど」
魔理沙は「続きは?」と促してきたが此処から先は彼自身が伝えるべきだろう。
「そういえば霊夢も私みたいにって行ってたけど、どういう意味?」
「あー、ほら、あんたあいつの親だろう? だからあいつも将来あんたみたいにこう、ボッキュッボンになるのかなって」
ジェスチャーで胸の辺りで円を描くと彼女は深刻な表情を浮かべる。
「私の母親、どちらかと言うとスレンダーだったんだ」
そんな表情で見られても困る。
霧雨の親父さん、スレンダーな人と結婚したのね。
そう言えば昔、霧雨の親父さんに好きな女性のタイプはと聞いたら満面の笑みで「貧乳」と答えていたなーと思い出す。
さて、どう答えたものか?
私と霊夢の関係性について追及されるのは少し困る。
「霊夢と私は……親子じゃないわ。だからあの子が私みたいになるとは限らないわよ?」
「そうなのか?」と目を丸くする彼女に頷く。
「博麗の巫女は世襲制じゃないからね」
魔理沙は少し納得がいっていないみたいだが強引に話しを切り上げる。
もし自分の正体を明かす日が来るならば最初に霊夢に明かしたい。
「そんな日は来るのかしらね?」と思っていると視線を感じた。
遠くから此方を見ている視線。
それは西行寺幽々子のだ。
壁に寄りかかりながら此方を見ている彼女に手を振ると、彼女は少し苦笑し手を振り返した。
***
食事会を抜け出し、岡崎城の大広間から外に出ると先ほどまでの騒がしさから一転して静かになる。
空は澄み渡っており月明かりが仄かに城を照らす。
そんな空を見ながら先代と幽々子は歩いていた。
二人は手に酒の入った瓶と猪口を持ち、並びあい無言で酒を飲む。
「……遊撃士協会の支部長やっているんだって?」
先に口を開いたのは先代だ。
彼女は横目で友人を見ると口元に笑みを浮かべ「意外」と言った。
「ええ、よく言われるわ。妖怪連合が解散してから妖夢と一緒に日本中を旅したの。旅の途中、野良妖怪に襲われている村を見つけてね、妖夢が一人で助けに行ったのよ」
「あの鬼爺の教育の賜物ね」そう言うと幽々子は苦笑する。
「でもあの子が駆けつけたときには妖怪達は全て退治されていたわ。遊撃士の人たちによってね」
「それが切っ掛け?」と訊かれ頷く。
「妖夢は遊撃士の仕事に心惹かれてたし。私もこの世界でどう立ち回るか悩んでいたから、彼らの人手が足りないと聞いて手伝う事にしたわ」
当時はちょっとした暇つぶし程度に考えていたがエステルやヨシュアに出会い、他の遊撃士たちとも知り合い考えは変わって行った。
帰る場所の無いこの世界で自分の拠り所を見つけた気がしたのだ。
彼女はどうなのだろうか?
今自分の横に居る友人はこの世界で居場所を見つけれたのだろうか?
そして今此処に居ない友人も。
「貴女の方は? この七年間どうしていたの?」
そう訊くと先代は「そうねえ」と目蓋を下ろした。
「この世界に来て最初に向かったのは博麗神社だったわ。私が“居なくなって”からどうなったのかを知りたかったからね。
で、神社に行くとあの子が居たわけ。あの子最初になんていったと思う?
『宗教勧誘お断り!』よ? その後何故か喧嘩売られたし」
彼女らしいと思い思わず笑う。
「それからどうしたの?」
「そりゃあ喧嘩売られたら買うしかないでしょ? 速攻で殴ったわ」
「相変わらずねぇ。だから誰も寄って来なくなるのよ?」
彼女が現役だった頃は直ぐに相手を殴り飛ばしていたため撲殺巫女と妖怪達で称されていた。
そのせいか彼女に近づく妖怪は少なく博麗神社は今よりも寂しい事になっていた。
「でも驚いたのはその後ね。あの子をぶん殴ったら急に怒り出して『あんた馬鹿じゃないの!? 弾幕ごっこしなさいよ!』って一時間ほど説教を受けたわ」
「そういえばスペルカードルール制定前に貴女は……」
そこまで言いかけ口を閉ざす。
ここから先は口にすべきではない……。
先代が歩いていた足を止める。
彼女の気分を害したのではないかと少し不安になったが、彼女は振り向き笑みを浮かべる。
「ルールの制定者は不明らしいけどどうせ紫なんでしょ? ねえ……紫?」
「え?」と振り返るとそこには小柄な少女が居た。
少女は紫のドレスを着、金の長い髪と金色の瞳を夜闇に輝かせている。
「紫……」
幼い姿に体を変えた友人は先代を見ると眉を下げ、微笑した。
「…………お久しぶり」
***
先代たち三人は岡崎城の倉庫の裏に来ると向かい合っていた。
先代と幽々子は倉庫の壁にもたれており、紫は空間にスキマを作るとその上に座った。
「相変わらず便利な力ね。この城、一応障壁が張られている筈だけど?」
そう軽く言うと紫が微笑する。
「この程度の障壁、私にとっては無いも等しい物ですわ。まあ、施設内部は流石に入れませんけど」
それでも十分だ。
敵城に容易く侵入できればいくらでも破壊工作が出来る。
「それで? 今日は闇討ち? それとも諜報?」
「失礼ね。私がそんな事するように見える?」
幽々子とほぼ同時に首を縦に振る。
「私は貴女達に会いに来たのよ。わざわざ清洲からね」
「ご苦労様。で? 用件は?」
まあ、だいたい予想がつくけどね……。
彼女がただ私たちに会いに来たという事は無いだろう。
何時だって彼女の行動は無意味のように見えて意味がある。
今、このタイミングで来た理由。
恐らくそれは……。
「北条は徳川から手を引けという事ね」
紫は肯定も否定もしない。
ただ目を細めただけだ。
「…………悪いけど手を引くつもりは無いわ。寧ろあんたが出てきた事で手が引けなくなった」
「紫、貴女は、いえ、貴方達は何をする気なの?」
幽々子の問いに紫は沈黙を保つ。
互いに距離を取り、見詰め合う。
━━ここで仕掛けるか?
織田に所属している彼女は我々にとって最大の敵になる可能性がある。
かなり厳しいが此処で取り押さえておくべきか?
そう考えていると紫は空を見上げた。
「貴女達はこのままで良いと思う?」
答えない。
何故ならその答えは誰も分からないからだ。
「この世界は歪だわ。表面上は穏やかのように見えるけどその中身は暗く、深い」
「紫、貴女は七年前に幻想郷に戻りたいと言っていたわね。織田の目的は元の世界に戻る事なの?」
「そうね。最初はそうだった。でも今は……」
彼女はそこまで言って口を閉ざす。
そして此方を見た。
その表情は先ほどまでの笑みは無く、真剣な物であった。
「二人とも私のところに来なさい。それが正しい道よ」
紫は手をさし伸ばしてくるが二人は手を取らない。
いや、手をとれる筈が無い。
「あなた達が何を企んでいるのか分からない以上、そっちには行けないわ」
此方の答えを聞くと彼女は僅かに眉を下げ、幽々子の方を見る。
「貴女は?」
「私もよ、紫。私には何が正しいのか分からない。自分で答えを見つけるまで貴女の所には行けないわ」
「……そう。なら仕方ないわ」
そう言うと彼女はスキマから降り、踵を返した。
そしてスキマを開くと振り返る。
「概念核は一つじゃないわ」
予想していなかった言葉に思わず声が出る。
概念核は一つではない?
何故そんな事を知っている?
答えは簡単だ。
「織田は概念核を持っているのね!?」
彼女はまた答えない。
ただ目を弓にしただけだ。
「もう直ぐ織田は計画を始動するわ。そうなれば誰にも止められないし、止めさせない」
彼女の姿は消えてゆく。
今さら捕まえる事はできないだろう。
彼女の姿が完全に消失すると幽々子と顔を見合わせ互いに頷く。
「家康公に伝えた方が良いわね…………きっと良くない事が起きる」
そして急ぎ大広間に戻るのであった。
***
灰色が広がっていた。
人工的な明かりが広がる鉄の都市の中央には一隻の巨大な鉄の船が停泊しており幾つもの橋が掛けられていた。
橋はベルトコンベアになっており大量のコンテナを船内に運び入れている。
そんな船の甲板上に八雲紫が立っていた。
彼女は眉を下げ、肩を下げると大きく溜息を吐く。
友人を巻き込みたくは無かった。
だがどうやっても相対する運命らしい。
━━また、彼女と敵対するなんてね……。
「……紫様?」
突然声を掛けられ振り返ればそこには九本の尻尾を生やした自分の式━━八雲藍がいた。
「どちらに行かれていたので?」
「昔の……友人の所にね。でもフられちゃったわ」
そう苦笑すると紫は表情を改める。
「準備のほうは?」
「全て滞り無く。例の導力戦車は全て投入可能。この船も明後日には航行可能です」
「各将への伝達は?」
「佐々・成政は明日には清洲に。残りの五大頂はいつでも動けます」
いよいよか……。
明日からこの世界は大きく動くだろう。
織田が行くのは決して楽な道では無い。
血に塗れた修羅の道だろう。
だが……。
━━私たちは進むしかない。真実を知ってしまったから……。
たとえ友人であったとしても我々の道を遮るなら叩き潰す。
その覚悟を持って皆、この計画に参加したのだ。
甲板から都市を見る。
そこからは都市の全てが見えた。
都市には何十隻もの航空艦が停泊しており、地上には武神や漆黒の装甲を持つ戦車が幾つもの列を作り上げている。
その様子を見ながらスキマから扇子を取り出し、広げる。
「さあ、始めましょう…………“破界計画”を」