緋想戦記   作:う゛ぇのむ 乙型

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~第十二章・『白き巨人』 その瞳は何を見るのか? (配点:上空戦)~

「あと少し!!」

 飛空挺に接近しデッキの方を見れば白の巨人と二人の人物が交戦しているのが見える。

どうやら二人は敵に押されているらしく壁際に追い詰められていた。

━━敵が動いた!

 飛空挺を覆うように展開していた怪魔の一部が此方に向かってきた。

 怪魔の群れは大きく高速で羽ばたくと加速し突撃してくる。

「相手にしてられないってのに!」

 腰に提げた緋想の剣を引き抜き、緋色の気質刃を出すと一匹目を切り裂いた。

一匹目に続き、二匹目が突撃してくるがそれを避け、敵の胴を蹴ると跳躍した。

そして前下方に居る敵の背を踏むと飛空挺に向けて再度跳躍する。

「あ、やば! 距離足りな……!!」

 手を伸ばし、飛空挺の手すりを掴もうとしたがそのまま落下した。

 

***

 

「…………」

 青髪の少女が空から飛んできて敵を踏み台にしながら向かってきて距離が足らず落下したのを見た。

「お、落ちたよ?」

 固まっていた小鈴がそう言うと自分も頷く。

 暫く皆沈黙すると巨人が動いた。

「………やっぱ動くわよね!」

 振り下ろされる右腕を避けるとデッキが砕けた。

 

***

 

ミトツダイラは顔が引きつっていた。

 一部始終を見てしまった。

自分が投げた天子が飛空挺に僅かに届かず落ちていくのを。

「………」

 隣の衣玖が青ざめた表情で此方を見る。

━━じ、事故ですのよ━━━━!?

・貧従士:『あのお……一応訊きますがそこ、高度いくらぐらいですか?』

・曳 馬:『高度四千メートルです』

・不退転:『逝ったわね……』

・○べ屋:『こういう時って旅客業者に慰謝料請求できるかな? “お宅の飛空挺を救助しようとしたらうちの貴重な天人が死にました。金払え”って』

・守銭奴:『よし、それで行こう』

・銀 狼:『いやいやいや! まだ死んだか分かりませんのよ!?』

・あさま:『そうですよ皆さん! たかが高度四千メートルから落ちただけじゃないですか! あ! 死にましたね! これ! グチャア! ですよ! グチャア!!』

・約全員:『フォローになってねえよ!?』

「待ってください! あそこ!!」

 衣玖が声をあげ指差す方を見れば飛空挺の側面に天子が居た。

彼女は緋想の剣を飛空挺の側面に突き刺し、しがみ付いている。

・銀 狼:『よかったですわ! これで殺人犯にならないで済みましたわ!!』

・約全員:『そこかよ!!』

 ともかく彼女は生きている。

直ぐにこちらも救援に向かわなくては。

「“曳馬”! 次の援護砲撃後、急速接近。飛空挺と接舷しますわ!!」

『それでは残りの怪魔に集中攻撃を受けますが?』

 “曳馬”の言葉に微笑むと大ボリュームの髪を掻き揚げる。

「あら? 何のために私達がいると思っているんですの?」

 そう言うと衣玖の方を見、彼女も頷く。

『Jud.、 当艦は砲撃後飛空挺と接舷いたします。皆様、近接戦闘の準備をお願いいたします』

 表示枠が閉じ、長距離流体砲から砲撃が放たれた。

流体砲撃は飛空艇右舷の怪魔を薙ぎ払い敵の包囲に隙間が出来る。

そこに接舷すべく、葵色の艦が加速を始めた。

 

***

 

━━………危なかった!!

 咄嗟に手を伸ばし飛空挺の側面に緋想の剣を突き刺して助かった。

いや厳密にはまだ助かってない。

強風で体は押され、気を抜けば吹き飛んでしまう。

 上を見る。

デッキに向かうには登るのが一番だが手を掛けれるところが無く登るは無理だ。

 では下は? と見れば足のところに小窓があった。

「場所からして……客室の小窓ね!」

 此処からならば入れそうだ。

そう思うと緋想の剣にぶら下がりながら足を思いっきり振り上げる。

そして蹴った。

 渾身の力を込め窓を蹴り、分厚いガラスを砕く。

 機内から悲鳴が上がったが怪我人が居ない事を祈ろう。

「よし……行くわよ……!」

 体を振り、揺らしながら速度を得る。

そして体の揺れが大きくなり振りが飛空艇の方に向かった瞬間、気質刃を収納した。

 体は飛空挺の小窓に吸い込まれるように入り、客室内に入る。

直ぐに近くのシートを手で掴むと勢いを落とし、床に着地する。

「…………ふぅ」

 なんだか軽い頭を触ればお気に入りの帽子が無く、投げられた際にどこかへ飛んでいったようだ。

━━しまった、艦に置いてくればよかった……。

 過ぎた事は仕方ないと首を振り、周りを見れば乗客たちが遠巻きに此方を見ていた。

「だ、誰だ?」

 乗務員の男がそう訊いてくるので、力強く頷く。

「徳川家の者です。救援に来ました」

 その言葉に乗客たちが「おお!」や「助かった」と歓喜の声を上げる。

それを落ち着かせるように手を上げると表示枠を開く。

「間もなく特務護衛艦曳馬が来ます。皆さんは落ち着いてここで待機してください!」

「ですがどうやって? デッキには怪物が居ます!!」

 乗務員が尋ねてくると表示枠が開いた。

『貨物用の後部ハッチを開く! 曳馬の甲板に着陸させてそこから客を下ろす!』

 船長らしき男の言葉に頷くと此方も“曳馬”に連絡する。

「“曳馬”。出来る?」

『Jud.、 飛空挺の下方に移動します』

 「よし」と頷くとデッキへの扉を見る。

━━あとはあの巨人を何とかしないと!

 そう思い、乗務員に客を貨物室に移動させるよう指示するとデッキに向け駆け出した。

 

***

 

「ぐ、こ、この! 放さんか!!」

 巨人に掴れた中年の男がそう叫び、巨人の腕を殴る蹴るするが敵は全く動じない。

それどころか掴んでいる手の力を強めた。

「おじさん!!」

 苦痛に顔を歪める男を助けるべく巨人に突撃するが空中から三匹の怪魔が襲ってきた。

━━この……!!

「ダークマター!!」

 空中に球状の重力場を作り出し、三匹の怪魔を吸引すると押しつぶす。

「レンちゃん! 危ない!!」

 小鈴の声に正面を見れば敵が右腕を横に薙いでいた。

それを鎌で慌てて受け止めるが吹き飛ばされる。

そして体はデッキ上を二転三転し、手すりに激突する。

「!!」

 あまりの衝撃に視界が一瞬白くなり、息が止まる。

なんとか気を失わないように耐えるが体が衝撃で麻痺し動かない。

 敵は此方にゆっくりと近づき、右腕を振り上げる。

━━やられる!?

 そう思った瞬間、巨人の顔に緋色の塊が激突した。

塊は爆発し、巨人の顔を吹き飛ばす。

そして敵はその巨体を膝から崩し、横に倒れた。

「……な……に……?」

 自分の前に誰かが立った。

その誰かは青い美しい髪を靡かせ、真紅の瞳で此方を横目で見る。

それから敵を見て、敵から脱出した男を見ると口元に笑みを浮かべた。

「主役は遅れて来るってね!」

 

***

 

 天子は内心安堵の溜息を吐く。

自分がもう少し遅れていたら後ろに居る少女は巨人に殺されていただろう。

━━間に合ってよかった……。

 そう思いながら少女に手を差し伸べる。

少女はそれを掴むと立ち上がり、鎌を杖にする。

「比那名居天子よ。あなた達が頑張ったおかげで間に合ったわ」

「レンよ。お姉さん、徳川の人?」

 「そうよ」と頷くと敵を見る。

敵は頭部を吹き飛ばされ死んだはずだが……。

「…………そう簡単には行かないか」

 起き上がっていた。

敵は両手で体を支え起き上がってゆく。

吹き飛ばされた頭部は急速に修復されもとの形に戻っていた。

「あいつ、物凄い回復力よ。仕留めるなら全身を吹き飛ばさないと……出来る?」

「一つだけ方法があるけど今のままじゃ使えないわ。民間人を逃がさないと」

 飛空挺の上で『全人類の緋想天』を使えば敵だけではなくこの船まで吹き飛ばしてしまうかもしれない。

「だったら時間稼ぎしなきゃね」

 レンの言葉に頷き構えると巨人が立ち上がった。

敵は口を大きく開け唸り声を上げると此方を見る。

そして固まった。

「………なに?」

 どうしたのだと眉を顰めると唸り声が大きくなってゆく。

いや、これは唸り声ではない。

これは…………。

━━笑ってる!?

 巨人は何度も左腕をデッキに叩きつけると此方を睨む。

「ミ……ツケタ……!! ヒソウノツルギ!!」

「しゃ、喋った?」

「来るわよ! お姉さん!!」

 爆圧と共に敵が突撃してきた。

大気を切る轟音と共に大剣状になった右腕が振り回され、風圧だけで吹き飛ばされそうになる。

 それを後方への跳躍で避けると緋想の剣を構える。

「なんだか知らないけど……気色悪いのよ! あんた!!」

 振りかざされる大剣を避け懐に飛び込むと斬りつける。

敵は胸を裂かれ流体の血を吹き出すが歯牙にもかけず左手で此方を叩き潰そうとしてきた。

「そこ!」

 その腕を横からレンが切り落とす。

しかし腕は切り落とされる途中に再生され接続された。

「不死身か! こいつは!」

「いえ、まって! あいつの胸!!」

 レンが指差した方を見れば先ほど自分が斬りつけた箇所が再生されていなかった。

いや、再生はされているが明らかのその速度が遅い。

そして何よりも目を惹きつけるのは……。

「胸に……何かある!」

 胸の傷口から黒い物が見えていた。

それは鋭利な形をした水晶のような物であり、そこから黒い流体光が仄かに放たれている。

「黒い結晶石よね?」

「浅間! 記録とってる!?」

『J、Jud!! エステル達にも情報を送ります!!』

「え、いまエステルって……」

「来るわよ!!」

 巨人が踏み込もうとした瞬間、船体が大きく揺れた。

飛空挺内から警報が鳴り響き、徐々に高度が下がり始める。

「どうしたの!?」

『艦内に侵入された! 何とか撃退したが重力制御エンジンがやられて高度が維持できない!!』

 冷や汗を額に浮かべた船長がそう言うと飛空挺が急激に高度を下げる。

「曳馬が来るまでなんとか持ちこたえて!!」

『了解!』

 表示枠が閉じられ揺れるデッキ上で敵と相対する。

━━この重いのを何とかしないとね!

 この巨人を何とかしなければ被害が増える。

「レン、まだいけるわね」

「フフ、当然よ」

「そこのおっさん! あんたも手伝って」

「ウ、ウム!」

「で、そこの貸本娘! 艦内に戻って他の客の誘導を手伝う!」

「わ、分かったわ」

 小鈴が慌てて艦内に戻るのを見届けると三人は武器を構える。

「それじゃあ……行くわよ!!」

 その号令と共に戦闘が再開された。

 

***

 

 曳馬は高度を下げてゆく飛空挺の下方に回ると飛空挺の速度と艦の速度を合わせる。

飛空挺の後部ハッチが開き、乗務員達が現れると彼らは緊急時の固定ワイヤーを投げ、それを受け取ったミトツダイラが曳馬甲板にワイヤーを括り付ける。

 そして括りつけた事を合図で知らすと飛空挺から脱出用の梯子が下ろされた。

「ミトツダイラ様! 敵が来ます!!」

 衣玖の言葉に艦の側面を見れば飛空挺を覆っていた怪魔の群れが此方に向かって来ていた。

「予想通りですわ!!」

 直ぐに衣玖の方に駆けつけると甲板に置いてあった金属の樽を掴む。

 そして衣玖に視線を送ると脚部のアンカーを甲板に打ち込み、金属の樽を全力で怪魔の群れに投げた。

 敵群はそれを避けるが衣玖が雷撃を放ち、樽を穿つ。

 その次の瞬間、空中で大爆発が起きた。

金属の樽から生じた爆発は怪魔の群れを飲み込み、焼き払って行く。

 逃げ延びた怪魔は直ぐに離脱を行おうとするが曳馬からの機銃掃射で次々と撃ち落された。

『投下攻撃用の爆砕術式満載の樽を空中に投げ、敵群を一掃する。お見事で御座います』

「臨機応変に、ですわ」

「次、左舷側から来ます!」

 衣玖の言葉を聞き、直ぐに新しい金属の樽を掴む。

「さあ! 纏めて仕留めて差し上げますわ!!」

 二つ目の樽が投げられ、爆発が生じた。

 

***

 

 空中で起こる爆発を横目に敵との間合いを計る。

 巨人は全身に傷を被いながら此方を睨み、構えている。

 ここまでの戦いで分かった事だがどうやら私の緋想の剣は敵に効果があるようだ。

レンや中年の男がつけた傷は直ぐに回復するが緋想の剣で受けた傷の回復速度は遅い。

 男が駆けた。

 巨人はそれを迎撃するため右腕を振り下ろす。

それを男が木刀で受け止めるとレンが行く。

 彼女は右腕の下を潜ると自分を掴もうとしてくる左腕を身を翻しながら切り落とし、敵の眼前で跳躍する。

そして首を刈った。

「いま!」

 レンの合図と共に駆け出す。

巨人は首を切り落とされ体勢を崩す。

その隙に懐に飛び込むと緋想の剣を突き出した。

 狙うのは胸にある黒い結晶石だ。

あれが何であるのかは分からないが敵の弱点である可能性が高い。

━━あそこさえ砕ければ!!

 剣先は黒い結晶石を捉えていた。

だが巨人が前に出た。

「!!」

 巨人が前に出た事により剣の狙いがズレ剣先は敵の左胸を突き刺す。

━━しくじった!

 巨人が膝蹴りを放ってきたので直ぐに剣を引き抜き後方へ跳躍する。

三人が敵との距離を離した頃には敵は腕と頭部を再生させ終えていた。

「まったく……厄介ね!」

 額に浮かぶ汗を拭いながらそう言うとレンが頷く。

「どんくさいようで結構やるわ。あいつ」

 ゆっくりと息を吐き、疲労を体の外に逃がすようにすると剣を構える。

 三人とも消耗している。

対して敵は傷を負ってはいるが体力を消耗しているように見えない。

 早急に決着をつけなければ此方が負ける。

そう思っていると隣に二つの表示枠が開いた。

一つは“曳馬”が映った表示枠でもう一つは飛空挺の船長が映った表示枠だ。

『民間人及び乗務員の救助を完了しました。後は皆様と船長のみです』

「こっちも撤収したいんだけどね……そう簡単に行きそうにないわ!」

『その事だが俺に案がある!』

 船長は口元に笑みを浮かべると頷く。

『この船を墜落させ、その巨人を地面に叩き落す! いくら化け物でもこの高さじゃ助からないはずだ!』

「どうやって墜落させるの?」

『艦の自動航行ステムを三分後に切る。俺らはその三分間で脱出ってわけさ』

 三分か。

三分でここから後部ハッチに向かうのか……。

いや、時間が足りない。

それにこいつを放っておくわけにもいかない。

━━だったら!

「曳馬は船長収容後、飛空挺の左舷下方に移動。私たちはこいつを限界までひきつけてから曳馬の甲板に飛び移るわ!」

 「付き合ってくれるかしら?」と二人を見るとレンは「乗りかかった船だものね」と頷き男は「わ、我としては先に……い、いや! いいだろう! 引き受けよう!」と木刀を構えた。

「ヒ、ソウ、ノ、ツルギ!!」

 唸る巨人を見る。

「と、言うわけだからもうちょっと付き合ってもらうわよ!!」

 その言葉と共に巨人が動いた。

 

***

 

 二つの艦影が高度を下げているのを木の上から見ている人物が居た。

ウシワカだ。

 彼は携帯式の望遠鏡を覗くと口元に笑みを浮かべる。

「やれやれ、相変わらずドタバタしているね。天子クン」

 そう笑うと今度は筒井城の方角を見る。

そこには遅れて出航した徳川の航空艦隊が存在しており、曳馬の救助作業が完了したら怪魔の一掃を行う気だろう。

「それにしても……ついに尻尾を掴んだ」

 今、飛空挺の上で暴れている巨人は自分が探し続けていた存在だ。

 頭を持ち、人語を話す怪魔。

その存在を追えば全ての元凶に差し迫れる可能性がある。

「“結社”が計画を始動する前に情報を集めておかないとね」

 そう呟くと望遠鏡を懐にしまう。

「それじゃあ、せいぜい敵の目を惹きつけてもらうよ。天子クン」

 

***

 

 船体が大きく揺れた。

飛空挺は前のめりに傾いて行き、落下の速度を上げる。

━━三分!!

「逃げるわよ!!」

 その合図と共に左舷に向けて駆け出した。

巨人も此方を追いかけてこようとするがレンが放った炎の導力魔法に阻まれ足止めされる。

 既にデッキは坂道のようになっており、少しでも駆ける速度を下げればすべり落ちてしまうだろう。

 手すりを掴んだ。

そのまま体を引き上げ上ると下方の曳馬を見る。

「飛んで!!」

 その言葉にレンが飛び、自分が続き、そして最後に中年の男が飛んだ。

空中で体を丸くすると曳馬の甲板に叩きつけられ転がる。

その衝撃に一瞬ホワイトアウトするが直ぐに意識を取り戻す。

 そしてゆっくりと両手を付き、立ち上がると衣玖が駆けつけてきた。

「総領娘様!」

 彼女に起こされまだ目の回っている頭を振ると残りの二人を確認する。

「レンとおっさんは!?」

「お二人とも無事です」

 衣玖の視線の先を見ればレンは上手く着地したようで平然としており、中年の男は気絶していた。

「……敵は?」

 そう訊くとミトツダイラが地上を指差す。

「飛空挺は墜落しましたわ。敵の脱出は確認されていませんから恐らく……」

『念のため地上部隊が確認に向かいました』

 ミトツダイラと“曳馬”の話を聞き、脱力する。

そして甲板に座ると衣玖とミトツダイラを見る。

「戻ったら色々会議しないとね……。新種の事と……あの巨人の事」

 その言葉に二人は頷くのであった。

 

***

 

 炎が燃え盛っていた。

墜落した飛空挺から生じた炎は周囲の木を燃やし、緑の森を赤へと変えてゆく。

 その中心に巨人はいた。

全身を砕かれ、燃やされた巨人は周囲に落ちている飛空挺の装甲を体に取り込み、傷口を塞いで行く。

「オォォォォォォォ!!」

 巨人が唸った。

 手足を金属の装甲で覆った巨人は立ち上がると近くに生えている木をなぎ倒す。

「オォォォォォォォォォォォォォ!!」

 痛みからか憎しみからか。

天を仰ぎ叫び声を上げる。

 拳で何度も大地を殴り、砕き、巨大な歯をかみ合わせて鳴らすと巨人は止まる。

そしてゆっくりと歩き始めると炎の中へ消えて行く。

 その後を金の光りが追っていった。

 

***

 

 先代と北条・幻庵は徳川家康達に見送られると岡崎城から浜松に向かっていた。

本当は岡崎城の港から飛空挺を使って興国寺に向かっても良かったのだが健康と観光のため歩く事にした。

もっとも隣の爺は嫌がっていたが。

「まったく、か弱い年寄りを歩かせるんじゃないよ」

「機鳳乗って暴れる爺さんがか弱いわけないじゃない」

 「それはそれ」と幻庵が言うと笑う。

 岡崎に来て色々と収穫があった。

徳川の人間を見ることができたし氏直の想い人に会う事も出来た。

そして何より……。

「……昔の知人に会えてよかったねえ」

「………そうね」

 幽々子に会え、霧雨の親父さんの娘に会え、そして紫に会えた。

彼らと話している間、久しく感じてなかった感覚に包まれていた。

それは遥か昔に自分が失った物だ。

「幻想郷……だったかね? 故郷に戻りたいと思った事は?」

 幻庵の問いに「何故そんな事を?」と訊くと彼は「何となくだよ」と返してきた。

 故郷に戻りたいかか……。

そんな事は……決まっている。

「戻りたいわ。でも、今は此処が私の故郷。故郷を二つも持つなんて私には贅沢よ」

 そう答えると幻庵は「そうかい」と頷いた。

暫く沈黙し、歩いていると向こうから誰かが歩いて来た。

それは白い帽子を被り、赤い服を着た金髪の少女で彼女は此方を一瞥すると横を通り過ぎて行く。

「…………」

 暫く歩き立ち止まると振り返る。

「どうしたのかね?」

「さっきの子……血の匂いがしたわ」

 そう言うと幻庵も振り返る。

少女の姿はもう小さくなっていたが彼女は突如振り返った。

そして口元に大きな笑みを浮かべるとそのまま岡崎城への道を進んで行く。

「どうやら色々と急いだほうが良さそうだね」

 幻庵の言葉に頷く。

「急いで小田原に戻りましょう。嫌な予感がするわ」

 そして二人は浜松へ急行するのであった。

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