緋想戦記   作:う゛ぇのむ 乙型

73 / 103
~第十七章・『天空の城砦』 遥かなる巨城 (配点:安土城)~

 午前九時三十分。

 伊勢の町は慌しく動いていた。

 人々は開店準備を取りやめ店を閉じ、大通りには町から脱出しようとする人々や商品を運び出そうとする馬車で長蛇の列が出来上がっていた。

 その大通りから少し離れた所で伊勢商工会に所属している瀬戸物屋の店主も暖簾を下げ、商品を店の奥の倉庫に仕舞おうとしていた。

「大将! これ、どうしやすか?」

 部下の一人が大きな壷を抱えながら訊いて来たので「それは地下に仕舞え!」と指示を出す。

 そして彼が階段を下りて行くのを見届けると店の外に出る。

 道路を挟んで反対側の店も同じように商品を安全な場所に仕舞っている最中らしく、あちらの店主と目があう。

「そっちも大変そうですなあー」

「ええ、全くです。伊勢が戦場になるとは思えませんが念には念をとね」

 この伊勢は多くの金が集まる都市だ。

織田もそれを失いたくは無いだろう。

「商工会のほうはどうですかな? このまま徳川につくのか織田につくのか?」

「今は徳川に。伊勢国境での戦いで徳川が負けたら直ぐに織田につくみたいですな」

 軽薄のように思えるかもしれないが皆自分の命と店が大事だ。

 我々は武士ではないので負ける国に義理立てする必要はないという事だ。

「しかし徳川様も愚かな判断をしましたねえ。織田軍に勝てる筈が無いでしょうに」

「ええ、全く」

 そう頷いた瞬間、影が辺りを覆った。

 最初は雲かと思ったがその影は徐々に大きくなり、やがて町を覆い始めた。

━━なんだ?

 不審に思い見上げれば巨大な鋼の固まりがあった。

 全長八キロメートを超えるその鋼の塊は空を裂き、歪んだ空間の中からその姿を現して行く。

 そして低いエンジン音を鳴り響かせながら現出した。

 六隻の船からなる三胴艦。

 その船体にはP.A.Odaのエンブレムが記されており……。

「ば、馬鹿な!? 安土だと!?」

 直後安土から閃光が放たれ、伊勢の町が炎上した。

 

***

 

 伊勢の上空に存在する準バハムート級航空戦艦安土。

その甲板上に八雲紫は居た。

 彼女は額に大粒の汗を掻き、息を荒立てると片膝をつく。

━━やはり、体への負担は凄まじいわね……。

 徳川の戦力を伊勢の国境上に引き付け、その隙に安土を伊勢上空に空間移動させる。

 これは自分の能力を使った作戦で、本来であればこのような巨大な物体を空間移動させる事は出来ないが……。

 背後を振り返ればそこには巨大な結晶石があった。

 結晶石は幾つものケーブルに繋がれており、それらは周りの機械に繋がっている。

 結晶石を使った流体増幅装置。

それを使い自分の能力強化し、安土の空間移動を行った。

『どうやら成功のようですね』

 表示枠に映る藍に頷く。

それからもう一度結晶石を見ると、結晶石はその輝きを失い表面に皹が走り、そして砕けた。

「一回が限度ね」

『ですがその一回で戦局が動きます』

 「ええ」と頷くと立ち上がる。

 伊勢の冬風を浴び、髪を靡かせながら額の汗を拭うと藍を見る。

「そっちの準備は?」

『間もなく発進可能です。予定通り岡崎へ向かいます』

「そちらは任せるわ」と言い、表示枠を閉じると艦内通神が入った。

『艦隊の出撃準備が完了しました』

「……全艦隊出撃。伊勢の商人どもに誰が主か教えて上げなさい」

『Shaja.』

 警報が鳴り、安土の軍港区画のハッチが開いて行く。

そして軍港から十を超える航空艦が出撃した。

 それに続き、武神隊も発進する。

 眼下に広がる伊勢が炎に包まれてゆく。

その様子を見ながら紫は表情を改めた。

「……さあ、始めましょう」

 直後安土から二度目の砲撃が放たれ、伊勢中心が吹き飛んだ。

 

***

 

 航空艦の艦橋で八雲藍は発進準備完了の知らせを受け取った。

「発進準備完了です。艦の指揮お願いします」

 そう隣に居る九本角の魚類系魔人族の男性に頭を下げる。

「Shaja.、 この九鬼・嘉隆。見事責務を果たしてみせましょう」

 嘉隆は頷くと正面を向く。

そして艦内放送のスイッチを入れた。

「これより本艦は第三艦隊と合流し、岡崎へ向かう。各部最終チェック!」

「火器管制システム問題無し」

「重力障壁問題無し」

「ステルスシステム問題無し」

「索敵システム問題無し」

「重力制御エンジン、問題なし!」

 全システムが良好である事を示す信号が前面の大型スクリーンに送られる。

「固定アーム解除!」

 船の固定していたアームが解除され、船体が僅かに揺れる。

「仮想海を展開!」

 艦の周囲に仮想海が展開され、上昇を始める。

 そして清須港の管制塔から『発進よし』と言う通神が送られ、嘉隆は皆を見渡す。

「それでは行くとしましょう。重力制御エンジン起動! ジズ級戦列艦尾張!! 出撃!!」

 清洲港から鋼の長大な船が出撃した。

 漆黒の装甲を持つ戦列艦は太陽の光りを反射し、遥か上空、雲の中へと消えていった。

 

***

 

 午前九時四十五分

 伊勢の町から離れた林で閃光と衝撃が生じた。

 流体の光りは木々を薙ぎ倒し、大地を抉る。

そして小さな崖にぶつかると爆発した。

 あまりの轟音に鳥達が一斉に飛び立ち、羽ばたく音が空に鳴り響く。

 流体の発生地点には機殻箒を構えた一人の青年がおり、彼は前方に向けた機殻箒の後部の装甲を閉じると対閃光防御用の眼鏡を外す。

「……よし!」

 青年━━森近霖之助はガッツポーズを取ると普段の眼鏡を掛ける。

「大した物だ。旧式の機殻箒を此処まで改良するんだからな」

 そう木に寄りかかっていた自分の恩師である霧雨の親父さんが拍手を送る。

「まだまだですよ。予想よりミニ八卦炉の収束率が悪い。もうちょっと調整が必要ですね」

「あれで十分だと思うがな。

しかし、驚いたぞ。急に機殻箒が欲しいというから持っていけばいきなり解体しやがって。

それで旧式の機殻箒を最新鋭の機殻箒並みに改修するんだからな。

“見下し魔山(エーデル・ブロッケン)”にばれたら怖いぞ?」

「商品として売るわけじゃないですからね。大丈夫ですよ」

 市場流通さえしなければばれることは無い。

それに機殻箒の独自改修は魔女達もよくやっている。

まあここまで魔改造したのは自分くらいだろうが……。

「これ、娘んだろ?」

「……やっぱり分かります?」

「ああ、おめえに注文する魔女なんてあの馬鹿しか居ないだろ」

 そう言われ苦笑いする。

 娘の機殻箒の改修だと知って協力してくれたのだからやはり魔理沙のことを嫌っているわけでは無いのだろう。

「娘には内緒にしておけよ? あいつの事だ。俺がコレに協力しているって聞いたら乗らなくなる」

 そう言う彼の表情は少し寂しそうだった。

「その、前から気になってたんですけど魔理沙との喧嘩の理由は?」

「そんなのお前も知っているだろ。あいつが魔女になりたいなんて馬鹿なことを言い出して家出したから勘当しただけだ」

「…………本当ですか? どうにもそれだけじゃないように思えて……」

 そこまで言うと霧雨の親父さんが此方を手で制した。

「そこまでだ霖の字。誰にだって知られたくないことはあるだろう?」

「……そうですね」

 互いに沈黙し、機殻箒の点検をする。

暫く無言でいると霧雨の親父さんが訊いて来た。

「それ、名前は決めてんのか?」

「ええ、一応。“シュプリュー・レーゲン”。独逸語で“霧雨”と言う意味ですよ。

ぴったりでしょう?」

 そう笑うと霧雨の親父さんも笑った。

「さて、俺はそろそろ店に戻ると……」

 突如表示枠が開き、霧雨の親父さんの下で働いている商人が映った。

『大変です!! おやっさん!!』

「どうした? 落ち着け!」

 商人は深呼吸をすると頬を伝う汗を拭う。

『織田が攻めてきやした! 伊勢の町は炎の海でさ!!』

「馬鹿な!! まだ前線が敗れたって報告は無いぞ!?」

『それが……突然馬鹿でかい船が上空に現れて!! 町中が攻撃されてます!!』

「直ぐに店員を連れて町から逃げろ!」

『み、店は?』

「人命優先だ! 分かったらさっさと行け!!」

 商人は『うす!』と頷くと表示枠を閉じる。

 霧雨の親父さんは大きく溜息を吐くと此方を見た。

「とんでもない事になってるようだ」

「ええ、ここも直ぐに戦場になりそうですね」

 そうなればこの機殻箒を魔理沙に渡す事は出来なくなる。

 どうしたものかと悩んでいると霧雨の親父さんが機殻箒を抱えた。

そしてこっちに来いと顎で促す。

「何ですか?」

「この箒、娘に届けるんだろ? だったらついて来い。向こうまで送ってくれる連中に心当たりがある」

「……それは?」と訊くと霧雨の親父さんは口元に笑みを浮かべる。

「九鬼水軍。うちのお得意様だ」

 

***

 

 午前十時。

 織田と徳川が開戦すると観音寺方面の織田軍が筒井城に向けて進撃を開始した。

 伊勢の地までは細い山道を進まなければいけない為、まず原田直政の部隊三千が先陣として進み中継地点の確保を行おうとしていた。

 山道は周囲を竹薮に囲まれており視界は非常に悪い。

皆、周囲を警戒しながら進軍していた。

「こ、こう周りが竹薮だとどっから敵が来るかわからねーな……」

「いきなり攻めてきたりしてな」

「おい! 冗談でもよせよ……」

 そう皆小声で喋っていると乗馬した原田直政が手を上げた。

「皆、恐れるでない! 落ち着き対処すれば徳川兵など我等の敵ではない!!」

「で、ですが、敵には地に詳しい筒井兵が! 狙撃される可能性もあります!」

 そう言う部下に直政は不敵に笑う。

「この様に障害物が多ければ向こうも狙撃しづらいはずだ。

いいか、わしは昔本願寺との戦いで火縄銃に撃たれ討ち死にしたがな? あれは運が悪かっただけだ!

そう、たまたーま、銃弾が当たって…………ぇえ!?」

 突如銃声音が鳴り響いた。

 その直後金属がぶつかりあう音が鳴り、直政が引っくり返って落馬した。

「は、原田様━━━━!?」

 慌てて近づけば直政の兜が凹んでおり、彼は白目を剥いて気絶していた。

「だ、大丈夫! 生きてる!!」

 一人の兵士がそう言うと周りの兵士達が一斉に携帯式の術式盾を展開した。

 そして徳川の奇襲攻撃に備えるが……。

「う、撃って来ないぞ?」

 皆顔を見合わせ、慎重に盾を収納した瞬間、竹薮から一斉射撃が来た。

 銃弾を受け、兵が倒れて行き、皆慌てて応戦を開始する。

「こ、航空艦に連絡を!! 奇襲を受けている!!」

 そう誰かが叫んだ直後、竹薮から爆弾が投げ込まれ数人の兵が吹き飛んだ。

 

***

 

「いやあ、面白いぐらい混乱しているねえ」

 そう隣で様子を見ていた因幡てゐが笑った。

「うむ。だがそろそろ撤収しよう」

 そう言い鳥居元忠が槍を掲げ合図を送ると銃撃をしていた部隊が後退を始める。

「おや? もう下がるの? もっと被害を与えられると思うけど?」

「たしかに。だがあちらを見てみよ」

 元忠が槍で指した先、織田の部隊の後方では後続の部隊が合流を始めていた。

「後続の部隊が合流し直に混乱が収まる。その前に撤収するとしよう」

「なるほど……だったら」

 てゐが口笛を吹いた。

 すると竹薮の中からウサギ達が現れ集まってくる。

彼女はそのウサギ達に小さく何かを伝えると、ウサギ達が四散する。

「今のは?」

「地元のウサギ達。あの子達に織田の監視を頼んだの」

 「なるほど」と頷く。

 兎の密偵ならば敵も気が付かないはずだ。

 情報の有無は戦いにおいて生死を分ける重要な物だ。

 射撃部隊を指揮していた兵が撤収準備完了と連絡してくると、全軍を撤収させる。

 そしてなるべく音を立てないように坑道まで撤退し、一人も犠牲者を出さずに退却を完了させるのであった。

 

***

 

 午前十時二十分。

 筒井へと向かう山道の出口には徳川軍が布陣しており、彼らは急いで山道の封鎖を行っていた。

 兵たちは丸太や土嚢を積み重ね少しでも敵の進軍を遅らせれるようにしている。

 その指揮を天子と衣玖が行っていた。

「そこ! その土嚢はV字に置いて! 道を細めるように! 丸太は杭にするように地面に埋めなさい!!」

 天子は拡声術式を使い、指示を出し終えると一息つく。

「総領娘様。長銃五百丁、到着しました」

 衣玖の連絡に頷くと陣の概要図を映す。

 山道を塞ぐ陣はまず丸太を地面に刺した杭を配置し、それを抜けると土嚢によってV字型に道を細めた入り口がある。

 その道の両脇、土嚢の裏から銃撃を出来るように兵を配置し、道を突破しようとした兵を挟み込むように銃撃する。

「クロスファイア、所謂殺し間ってやつね」

「筒井城に向かうには此処を通るしかありませんから敵はここで渋滞をおこす筈です。

ですがそれでも時間稼ぎにしかならないかもしれませんね」

「織田が雪崩れ込んで来たらこんなダムじゃ受け止めきれないでしょうね」

 だがそれでいい。

此方の目的は撤収準備の時間稼ぎだ。

 今筒井城では迅速に撤収作業が行われている。

しかし共に行きたいという民が思ったより多かったため大幅に作業が遅れているのだ。

 敵の進軍を遅らせるため元忠たちが奇襲に向かったが……。

『はいさー、奇襲部隊より報告ー。敵先遣隊混乱、時間稼ぎに成功だよ』

 表示枠越しのてゐの報告に思わず安堵の溜息が出る。

「了解。奇襲部隊はそのまま筒井城に向かって。こっちは大丈夫だから」

 『おっけー』とてゐは親指を立てると表示枠が閉じられる。

「まあ、これで何とか……」

『問題が発生したわ』

 突然の永琳の報告に衣玖と顔を合わせ眉を顰める。

「問題って?」

『伊勢が…………陥落したわ』

 周囲が一斉に静まり返った。

 皆作業の手を止め、此方に注目している。

「……どういうこと? 前線部隊はまだ持ちこたえていたわよね?」

『ええ、前線部隊はまだ無事よ。陥落したのは伊勢の町、恐らく霧山御所も今頃は……』

「どうやって織田は伊勢の町を? 伊勢湾を通るにしても此方の艦隊がいた筈ですが」

 衣玖の質問に永琳は首を横に振った。

『伊勢上空に突如安土が現れたらしいわ。P.A.Odaは伊勢の町を爆撃後五万の軍勢を降下させたそうよ』

 突如空に現れた?

 いくらステルス障壁搭載艦だとしても全く気付かれずに伊勢上空まで来るのは無理だ。

「まさか空間移動?」

『恐らく。彼女の仕業ね』

「ま、待ってください! 安土は武蔵と同級……準バハムート級の航空戦艦ですよね!?

それを空間移動させるなんて……できるのでしょうか?」

 衣玖の言う通りだ。

 もともと無茶苦茶な奴だが、今回のは異常だ。

 全長八キロを超える物体を空間移動させるなど最早妖怪の領域ではない。

『確かに信じ難い事だけど事実よ。喚いても事実は変わらないわ。そして私たちが孤立した事も』

 永琳はそう言うと沈痛な表情を浮かべる。

 唯一の撤退路である伊勢を失った。

 北には約六万の織田軍、東は五万。

さらに西には三好家に南は鈴木家だ。

まさに四面楚歌という状況だろう。

「…………どうするの?」

『まだ考え中よ。秀忠公が招集をかけたわ。あなた達も直ぐに来て』

 「分かったわ」と頷くと表示枠が閉じられる。

 大きく溜息を吐き、周りを見れば兵士達が皆不安そうに此方を見ていた。

「あ、あの。俺らどうなるんですか?」

 そんなのこっちが知りたい。

 状況は絶望的。万が一にも勝ち目は無い。

だが自分は彼らの上に立つ存在だ。

だったら……。

「心配する事は無いわ。今回も万事上手く行く」

 そう言い、近くの台に乗ると皆を見渡す。

「いい? 私たちは今まで幾度も窮地に立たされてきた。でもその度窮地を脱してきたわ!

それは何でだと思う? 私たちが強いからよ!! 私たちは他の連中より力が、心が、結束力が強いから此処まで来れたの! だから自信を持ちなさい!!

それでも不安だっていうなら全部私に預けなさい! 皆ちゃんと無事に帰してあげるから!!」

 一気に言い切ると大きく深呼吸する。

 兵士達は皆顔を見合わせ、誰からとも無く頷き始めた。

「そう言われちゃあ頑張るしかないな!」

「おう! 俺達の底力見せてやろうぜ!!」

「Jud!!」

 皆それぞれの作業に戻り始め、その様子を見ると思わず口元に笑みが浮かぶ。

━━そうよ。こんな所で負けられないわ!

 台を降りると衣玖の横に立つ。

「後は任せた」

「はい。此方での作業が終了後私も筒井城に向かいます」

 衣玖に頷くと繋いであった馬に跨り、駆け出す。

 筒井城に向かう途中、上空を曳馬が通過するのであった。

 

***

 

 岸和田城から少し離れた屋敷の寝室で松永久秀は茶器を磨いていた。

 彼は時折茶器に息を吹きかけ、布で磨く。

 そして茶器が磨かれたのを確認すると満足げに頷き、自分の目の前に置いた。

その瞬間、天井に穴が開き埃が茶器に落ちる。

「…………」

 眉を顰め顔を上げれば穴から霍青娥が顔を出している。

「はろぉー」

 そう言い穴からおり着地すると此方と向き合うように座る。

 それを見届けると久秀は鞘から僅かに刀を抜き、刃を輝かせる。

「さて、死ぬ準備は出来たか?」

「ちょ、ちょっとなによいきなり?」

「なによとは何だ! 茶器に埃が付いたでは無いか!!」

 茶器を取ると直ぐに磨き始める。

それを青娥は半目で見ると訊いて来た。

「茶器と私、どっちが大切?」

「無論、茶器だ」

「じゃあ茶器と自分の命は?」

「茶器に決まってるだろうが。馬鹿か貴様?」

 青娥はますます呆れたような表情になる。

「……じゃあ、茶器と面白い情報。それも戦関連の」

 止まる。

 茶器を磨いた手を止め、視線だけを青娥に向ける。

 そんな此方の様子に青娥は苦笑すると表示枠を開いた。

そこには不変世界の地図が描かれており立体的な駒が幾つも浮かんでいる。

「P.A.Odaと徳川が開戦したわ」

「……ほう?」

 青娥は清洲にあった駒を伊勢に動かし、今度は伊勢に会ったこまを先ほどの駒と向かい合わせる。

「それから約一時間半。伊勢の町が陥落」

 伊勢に何処からとも無く取り出した大きな駒が置かれる。

「伊勢が落ちたか? この戦況で?」

「ええ、織田は安土を空間移動で伊勢上空に移動させたわ。おかげで徳川軍は大混乱。筒井城は孤立するし、伊勢前線部隊は挟み撃ち」

 それは……面白いな。

「徳川はどう動いた?」

「久秀さんはどう動かす?」

 そう訊かれ岡崎にある駒をまず清洲との国境に動かす。

 それから伊勢湾上に置いてあった駒を伊勢前線に動かし、回収させる。

「当たり。徳川軍は岡崎城の本隊を北上させ清洲国境上に布陣。それで伊勢の戦いが止まった隙に航空艦隊で撤収作業を開始。

伊勢を放棄するのね。

で、問題は筒井だけど……」

 筒井は黒の駒で完全に囲まれており逃げ道は無い。

「普通であれば詰みであるが……」

 だが筒井にいるのは徳川秀忠に最近噂の天人少女。

このまま終わりはしないだろう。

 この状況、打開する可能性があるとしたら……。

「徳川は鈴木と停戦していたな」

「鈴木が援軍を出すとでも?」

「いや、それはないだろう。だが徳川と敵対もしないだろう。そこが重要だ」

 そう言い口元に笑みを浮かべると青娥も「成程」と笑みを浮かべた。

「長慶の奴はどうしておる」

「三好家は様子見するみたいよ」

「クク……やはり日和ったか。せっかく愉快な事が間近で起きているというのに」

 茶器を棚に仕舞い立ち上がる。

「やはりわしがおらんと世界はつまらなくなりそうだ!」

「じゃあ、ついに?」

 青娥の言葉に頷く。

「青娥よ。奴等と連絡を取れ。今夜には動く」

「あいつ等胡散臭いけど良いの?」

「やつ等が此方を利用するなら此方も利用すれば良いだけの事」

 そう言うと青娥も立ち上がり笑みを浮かべる。

 そして櫛を取り出すと壁に刺し、大きな空間の穴を開けた。

「じゃあ連絡してくるわ。それまでは芳香ちゃんを貸してあげるわ」

 青娥は手を振り穴の中に入って行くと途中で立ち止まる。

そして自分の口元に指を当てると冷たい笑みを浮かべた。

「久秀さん、貴方、今凄く良い表情をしているわよ」

「貴様もな、邪仙め」

 穴の中に青娥が消え、穴が閉じられると寝室の戸を開ける。

 外から入ってくる冬風を浴びながら心が躍っていることを感じた。

「やはりわしも戦国武将。大人しくはしてられぬか」

 そう笑うと手を掲げ、空に浮かぶ太陽を握りつぶすのであった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。