甲板上に銃音の三重奏が奏でられていた。
奏者は侍女服を着た自動人形だ。
彼女は空中に浮かんだ三丁の長銃を操り、時間差で銃撃を放って行く。
それを正面から受けるのは鬼だ。
鬼は銃声の都度前進し、自動人形との距離を詰めていく。
その光景に違和感を感じていたのは鬼と相対する“曳馬”だ。
━━おや?
“曳馬”は眼前で起きている事態に情報の齟齬を感じていた。
先ほどから自分は敵に銃撃を行っており、放たれた銃弾は一直線に敵に向かっている。
それに対して敵は回避せず直進してくる。
それから銃弾が敵の首当たると、そのまま後ろへ通り抜けた。
━━ふむ?
銃弾は確かに首に当たった。
さらに後ろへ貫通しているのだが何故敵に風穴が開かない?
敵が一歩前進してくる。
それにあわせ此方も一歩下がり、三連射を行う。
銃弾は全部で三発。
それぞれ首、右肘、左肘を狙い当たるがやはり通り抜けた。
「どういうことだ?」と高速思考で状況を整理すると一つの可能性に行き当たる。
「一つ質問を」
「なんだ?」
「柴田様は反復横飛びが得意ですか?」
此方の質問に勝家は僅かに眉を動かすと口元に笑みを浮かべた。
「俺に得意じゃない物はねえな」
「成程」
凄い自信だ。
天子様を十倍ほど悪化させたらこうなるのだろう。
よってこれから彼の事は十天子様と呼ぼう。
ええ、なんか十天使みたいで響きが良い。
そう頷きながら一発の銃弾を放った。
それと同時に視覚映像の録画を始め、銃弾が敵をすり抜けるところまでを撮るとスローモーションで再生する。
そこでは銃弾を受ける際、勝家が一瞬消えていた。
いや、消えていたのでは無い。
横に体をずらし、銃弾が通り過ぎると元の位置に戻る。
つまり敵は高速で体を左右に動かし銃弾を避けているのだ。
あまりに速すぎるために動いてないように見えていたのだ。
「十天子様の身体能力は驚異的だと判断します」
「おい、なんだその呼び名は?」
「素敵ですよね?」と訊くと勝家はげんなりした表情を浮かべる。
どうやら不評のようだ。
「それで? それに気がついてどうするつもりだ?」
「Jud.、 現在の装備では柴田様を止められないと判断しました。よって━━━━」
三丁の長銃を二律空間内に仕舞うとスカートの両端を摘み、靡かせ中から大型の銃を取り出した。
「IZUMO製、新型分隊支援火器で御座います。まだ試作段階で流通に乗っているものではありませんが、鬼は試し撃ちの的として最良だと判断しました」
頭を下げ、礼をすると黒の大型銃を鬼に向け引金を引く。
直後鈍い大音量の銃声が連続した。
***
アマテラスは振り下ろされる巨大な拳を避けるとその上に乗った。
そのまま拳から肩へ登り詰めると背中に大剣を召喚し、巨大な頭蓋を砕く。
頭部を失った骨の巨人は後ろへ倒れ、下に居た動白骨たちを押しつぶすと流体光へと分解されて行く。
その光りの中から先ほど押しつぶされて再結合した中型の動白骨の群れが現れアマテラスに襲い掛かるがアマテラスの頭に居たイッスンが“一閃”を放ち、胴を横に断たれる。
そこへ槍を持った動白骨たちが槍を投げつけるが大半はアマテラスの放つ流体弾によって弾かれ、弾かれなかったものは点蔵がクナイを投げつけて弾いた。
━━予想外だなあ……。
そう前田・利家は余裕の表情を浮かべながら、その内心冷や汗を掻いていた。
まさか武蔵勢に天照大神が混じっているとは思わなかった。
どうやら彼らはあの神の事を秘匿していたらしくアマテラスの情報はP.A.OdaやM.H.R.R.に伝わっていない。
いやそれも当然だ。
浅間神社の管轄する武蔵に天照大神が居ると知られれば伊勢神宮や天岩戸神社に文句を言われるだろう。
そのせいで此方はあの大神に対する策が全く無いのだ。
━━うーん、どうしようかなあ?
場所も悪い。
本来なら動白骨を広域に展開させて遠距離攻撃で倒すのだが艦上であるため一度に動白骨を召喚できる数が少なく、また密集する。
眼前、三十体程の亡者の軍団が咲いた。
あの“一閃”とかいう技が厄介だ。
結構な範囲を纏めて攻撃できるようで動白骨たちが一気に断たれている。
この状況ではあの大神を仕留めるのは難しいだろう。
ならば忍者だけでもと思ったが……。
忍者を襲うように命令した亡者の軍団がその進路をいきなり変えてアマテラスに襲い掛かり咲いた。
先ほどからこんな事が続いているのだ。
亡者達はアマテラスの攻撃を受けると成仏できると知り、自ら死にに、いや、成仏しにいっている。
「なんか前も似たような事あったよねー」
肩に乗るまつに訊くと彼女は首を縦に振った。
「うーん、中央ではナッちゃんが勝ったけど継戦できなくなったからここで敵を抑えておいたほうがいいかなー?
反対側じゃあ武蔵の騎士と傭兵部隊長さんが相対しているみたいだし」
ここで左舷側の誰かが中央の援軍に向かったとしても勝家が負けるとは思えないが一応時間稼ぎをしていくか。
そう決断すると背中に背負った袋から追加の金貨を取り出す。
「さあ、今日はとことん僕達に付き合ってもらうよ!!」
金貨がばら撒かれ、追加の亡者達があふれ出した。
***
“曳馬”は流石に眼前の事態を異常だと判断した。
此方は先ほどから機関銃を連射しており、勝家がそれを避けている。
そう完全に避けきっているのだ。
こちらは一秒に十発ほど撃っているのだ。
それをこの鬼は高速で移動して避けている。
━━危険です!!
自動人形の高速思考と自分の目を最大限生かしてようやく敵の動きを追えている。
水平に撃てば敵は身を低くし避け、指を切り発射の感覚をずらしても敵はそれに対応して回避を行う。
怪物だ。
そう“曳馬”はこの男を判断した。
何もかもが異常だ。
この敵の情報は“武蔵”から受け取っており、戦闘前に四十回程シュミレーションを行った。
だが……。
━━データを上回っております!!
最後に武蔵勢が戦闘したノヴゴロドの時よりも確実に上がっている。
この敵に上限は無いのか?
ゲームならばレベルが上限に達しているような存在だ。それが上限を突破して成長しているのだ。
敵が回りこんできた。
体全身で追いかけるには時間が足りないため機銃を持つ肘を曲げ制圧射撃を行いながら爪先立ちで回転する。
先ほどから撃ち続けているため銃口は赤く熱され、そろそろ暴発の危険が出てきた。
一度大きく距離を取るか?
そう思案した瞬間、乾いた音と共に銃声が止んだ。
「おや?」
引金を二、三度引くがその都度乾いた金属音が鳴る。
「なんだ? 弾切れかよ?」
「Jud.、 そのようで御座います。今から弾を補充しますので少々お待ちを……」
二律空間からベルト式の弾薬を取り出した瞬間、鬼が動いた。
「待つか! ばぁ━━━━━━かっ!!」
鬼から放たれた一閃が、此方の胴を狙った。
***
凄まじい速度で迫る穂先に対して取った行動は腰を捻った回避だ。
腰関節が損傷する可能性を知りながらも持てる力を全て使って腰を捻ると“瓶割”の先端が腰の接続器を砕く。
即座に二律空間から取り出した長銃を左手で掴み狙うがそれよりも早く銃身を鬼は左手で掴んだ。
「!?」
長銃を手放し後方へ跳躍すると金属が砕かれる音が響く。
敵が掴んだ長銃を握り砕いたのだ。
先ほどの接近、視認できなかった。
敵はついに此方が視認できない速度まで出すようになったのだ。
「来ます!!」と思ったときには眼前に“瓶割”の先端が迫っていた。
それを機銃を縦にし、正面に構えると弾く。
それから一秒と経たずに二つの閃光が来た。
━━二つ!?
二連続の衝撃を受け、体が後ろに大きく後退する。
その間に今度は四つの閃光が来る。
金属が激突する音が高速で四つなり、機銃の銃身が削れる。
「高速の……突きですか……!?」
敵は此方が視認できない速度で突きを放ってくるのだ。
最早その速度は常軌を逸しており、自動人形の視覚を持ってしても同時に放たれた四つの攻撃と捉えてしまう。
此方の問いに「そうだ」と答えるように敵の攻撃が増えた。
四から六へ、六から十へ、十から十五へ。
そして遂に閃光は二十となる。
最早防ぎきる事は出来ず、攻撃によって体中が裂かれて行く。
━━いけません!!
防ぎきれないと判断すると二律空間から取り出した手榴弾を機銃の銃身に挟むと重力制御で機銃ごと射出した。
閃光のうちの一本が銃身を貫くと爆発が生じ、体が吹き飛ばされる。
視界が一瞬乱れるが空中で受身の体勢を取ると転がり、損傷を確認しながら立ち上がる。
「天子様、速めに復帰をお願い致します」
『え? あ、うん。いま治癒術式全開で掛けてるからあと五分待って』
「三分で回復しやがれ、お願いしますこの絶壁」
『おい! あんた言語回路やられて無いでしょうね!?』
脳に損傷は無い。大丈夫だ。
先ほどの衝撃で関節に大分負担が掛かっている。
あと三分、もたせられるかどうかは怪しい。
「先ほどの爆発で少しでも手負いになってくれればと思いますが━━━━現実は無常と判断します」
炎と煙の中から鬼が現れた。
敵は身に纏う制服を焦がしてはいるが傷は一つも負っていない。
「どうした? もうやめるか?」
「いえ、自動人形は常に最善を尽くす事を良しとします。ですので、今の最善、尽くさせて頂きます!!」
両手に長銃を持つと駆け出した。
***
━━あー、こりゃミスったかなー?
敵と戦いながらシャーリィ・オルランドはそう内心愚痴った。
先ほど後ろから銀の鎖で穿たれた際に左肩を脱臼した。
その後の戦闘中に無理やり治したが痛みで左腕の動きが遅れているのが分かる。
万全の状態でなければ勝てる相手ではないことは先ほどからの戦いで痛感している。
その上でこれだ。
銀の狼が来る。
正面から、身を低くした跳躍。
それ自体は何の変哲も無い跳躍だ。
だが問題はその速度だった。
一瞬で銀の大ボリュームが迫ってきた。
「!!」
放たれる拳を<<テスタ・ロッサ>>で受け止めるが凄まじい衝撃を受ける。
どういうセンスしてるのさ!?
敵は手負いだ。
敵は身体能力で此方を凌駕しているため手傷を負わせて走らせることで出血による体力消耗を狙った。
それがまずかった。
敵は血を流せば流すほど、体力を失えば失うほどその速度を上げた。
理屈は簡単だ。
今敵は脱力しているのだ。
余分なものを全て捨て、身軽となり獣の本能で動いている。
狩をするときは中途半端に手傷を負わせるのは危険だと知っていたが……。
━━なんでそんなに動けるのさ!?
敵の出血は激しい。
最早意識も朦朧としているだろう。
それでも動いていた。動き、己の敵を打ち倒そうとしている。
何が彼女をそこまで奮い立たせるのか?
彼女の目の輝き、それを自分が知っている。
最後に“彼女”と戦ったときに“彼女”がその瞳に宿していた輝きだ。
「……まいったなあ」
これで負けたら“彼女”に二度負けたことになる。
そう思うが口元には自然と笑みが浮かぶ。
それは“彼女”が正しかった事への喜びなのか強敵とめぐり合えた嬉しさなのか?
次だ。
次の攻撃で決めよう。
両手で<<テスタ・ロッサ>>を持ち、構えると敵と視線を合わせる。
そして敵が揺らいだと思った瞬間には消えた。
「は?」
銀色が消えた。
敵は遂に此方が捉えられない速度までその身を速めたのだ。
次に聞えたのは風を切る音と、「る」という低い唸り声だった。
顎に衝撃を受けた。
痛みは無い。全身の感覚が麻痺している。
景色が幾度も回転し、メリーゴーランドになる。
そして自分が負けたと理解したときには地面に墜落した。
***
「……ぁ、は、は!!」
ミトツダイラは敵を無力化したのを確認すると詰まっていた息を一気に吐き出した。
体が軽い。いや、軽すぎる。
膝が震え、思わず片膝をついてしまう。
血を流しすぎたのだ。
━━こんな姿、我が王には見せられませんわね。
直ぐに治療術式が付加された術式符を自分の脇腹に張るが体力的にもうこれ以上の戦闘は無理だろう。
━━どうやって戻りましょうか?
牽引帯の方には敵がいる。今の状態であそこを抜けるのは無理だ。
「は、はは! あははははは!!」
突然の笑い声に驚き、声の方を向けば大の字に倒れたシャーリィが笑っていた。
「いやあ、負けた負けた。あー、二度目だ」
「その状況でよく喋れますわね……」
そう言うとシャーリィは顔だけ此方に向け笑みを浮かべる。
流石に体はもう動かないらしい。
「世界の広さ、教えてもらったよ。やっぱこの世界面白いや!」
そう子供のように笑うシャーリィに思わず頬が緩む。
「それで? 帰らないの?」
「そう思ってたんですけども……」
言葉を濁すとシャーリィは察し表示枠をまだ動く右手で操作する。
すると艦内から見覚えのある男が出てきた。
「貴方は……」
「久しぶりだな、武蔵の騎士」
大剣を背負ったこの男は確かザックスといった筈だ。
思わぬ人物の登場に身構えるとザックスが笑みを浮かべる。
「おいおい、そう怖い顔するなよ。せっかく向こうまで送ってやるんだから」
「……どういうことですの?」
そう倒れているシャーリィに訊くと彼女は頷く。
「あんたとはまた殺りあいたいからこんな所で死んで欲しくないわけ。で、どうする?」
どうすると訊かれても答えは一つしかない。
「では、頼みますわ」
そう言うと頭上に真紅の飛空挺が現れ、梯子を降ろした。
「向こうには撃つなって言ってくれよ?」
「Jud.」と頷くと梯子を掴む。
そして最後にシャーリィの方を見ると目が合った。
「何?」
「貴女を倒した“誰か”はどの様な人でしたの?」
予想外の質問にシャーリィは目を丸くすると軽く吹き出し、満面の笑みを浮かべた。
「面白い奴!!」
***
甲板上を侍女が駆けていた。
それ鬼が追いかける。
銃を持つ侍女が狙うのは鬼ではなく、後方と前方の甲板だ。
二丁の長銃から放たれた銃弾の内、後方に向かった銃弾は甲板に当たると跳ね、鬼の関節を狙うが敵は平然とすり抜けた。
それを確認せずに彼女は二律空間から手榴弾を取り出すと空中に放り投げる。
手榴弾は空中で爆発し辺りが炎に包まれるがその中から無傷の鬼が現れる。
「逃げるだけか!!」
「いいえ! 布石は撃っております!!」
突如勝家は止まり、全力で頭を後ろへ引いた。
ほぼそれと同時に勝家の首の前を銃弾が横切り、掠める。
「なかなかいい狙いじゃねえか!!」
━━これも避けますか!?
後方への銃撃と手榴弾の爆発に目を取られているうちに前方に撃った銃撃を兆弾させ、横から敵の首を狙ったのだがこの男はそれを察知して避けた。
直ぐに距離を離そうとするが突然、体が傾いた。
━━膝が……!!
損傷を受けた状態で負荷を掛け続けた為、遂に右膝関節がイカレた。
その隙を見逃してくれる敵では無い。
鬼は一気に距離を詰め極太の腕で此方の腹を穿った。
「!!」
視界が大きく乱れ、内臓器官がいくつか破砕した事を表示枠が告げる。
後方へ吹き飛ばされ手から長銃が離れる。
そして転がり終わった頃には敵が眼前にいた。
「ま、それなりに楽しめたぜ?」
首を掴まれ圧迫される。
首の樹脂装甲が歪み、周囲に危険を知らせる表示枠が多重展開される。
「じゃあな……」
「穿ちなさい!!」
「!?」
二重の銃声が鳴った。
いつの間にか勝家の背後で立てられていた長銃から放たれた二発の銃弾は勝家の胴を確かに貫き、敵が一瞬だけ此方の首を掴む力を弱める。
その隙に敵に蹴りを入れ、後方へ跳躍すると損傷で歪む右足を重力制御で支えながら立ち上がる。
「成程、吹っ飛ばされた時、武器を落としたんじゃ無くてあえて離したのか」
「Jud.、 当てるには油断させるしかないと判断しました」
「は! 人形かと思えば中々小賢しい事するじゃねえか!!」
「褒め言葉と……判断します……っ!!」
そこまで言って気がついた。
敵が“瓶割”を構えていた事に。
しかしその構えは刺突の為ではない、刃を此方に向け輝かしていた。
咄嗟の行動であった。
状況の理解よりも危険という警鐘が高速思考で生じ、横へ飛んだ。
「かかれ! 瓶割!!」
破砕が生じた。
甲板を砕き、鉄柱が拉げ、千切れる。
そしてその様子を視認していたときには指先から右肩にかけて腕が破砕した。
***
「どうしたぁ……織田の! 息があがって……る、ぜぇ!!」
「そっちだって……そう、じゃねえか!!」
男達はそう互いに汗を掻きながら笑うと殴りあい始めた。
殴りあっているのは彼らだけではない。右舷側全体で殴り合いと取っ組み合いが行われいた。
右舷側の戦いは膠着状態となり互いに武器も内燃排気も使い果たした。
その為、敵も味方も武器や術式盾を投げ捨て肉弾戦を始めたのだ。
正面から二人ががりで殴りかかって来た織田の兵に強烈なラリアットでカウンターを決めると鳥居元忠はゆっくりと息を吐いた。
━━ふう、流石にしんどくなってきたか?
若い連中は元気だ。
戦いは始まってから休みなしでずっと戦い続けているのにまだ大声で叫ぶ元気がある。
「もう少し若い頃の姿で復活したかったなあ……」
時が止まっているため自分が何歳か良く分からないが恐らく三十後半といった所だろう。
「大将、なーに疲れた顔してんですか?」
若い連中の後ろで少し休憩していた男達が此方に笑みを送る。
「まだまだ若いやつらに負けられない。そうですよね! 大将!!」
「うむ! 中年勢の力、見せてやるとするか!」
拳を上げると皆が「Jud!!」と叫ぶ。
「元忠様!」
これから突撃しようとした所で呼び止められ振り返れば右肩に回復用の術式符を張った衣玖がやって来た。
「衣玖殿、どうして此方に?」
「総領娘様から右舷の応援に向かうように言われ参りました」
「衣玖さんの応援!?」
「なんだと!?」
「い、衣玖さん、こっち向いてください!!」
男達が盛り上がり衣玖の方を見ると衣玖は微笑み手を振った。
「う、うおおおおおおおおおおお!?」
「し、しまった!? 誰か! 誰かカメラ持ってる奴は!?」
「キャーイクサーン!!」
皆思い思いに盛り上がった後、敵の方を向く。
「「ざっまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」
「く、くそ!? なんだか物凄い敗北感だぞ!?」
「隊長!! 森殿が応援音頭を送ってきたんですけどどう見てもチンーコがブラブラしているようにしか見えません!!」
一気に盛り返した徳川勢が織田勢を押して行く。
それの様子を見て「…………うちの隊も変わったなぁ」としみじみ思っていると右舷側の船から何かが見えた。
「?」
何だ?
一瞬だったが艦尾側から何か見えた気がする。
もう一度良く目を凝らせば艦尾側に積まれたコンテナから光が見えた。
━━あれは!!
あの光り方、恐らく狙撃銃。
何処を狙っている!?
光りの向きから銃口の位置を予想し、射線を追う。
そしてそこには艦橋下の壁に凭れかかり、傷の治療をしている天子が居た。
━━いかん!!
そう思った時には駆け出していた。
後ろから衣玖に声を掛けられるが振り返っている余裕は無い。
「━━間に合えっ!!」
そう叫びながら足に力を入れた。
***
『━━という事で、天子の方も契約を結んでおきました』
「ありがと、それで何とかしてみる」
表示枠に映る浅間に礼を言うと彼女は頷き消えた。
━━あとどの位?
腕全体と肩に張られた術式符を見れば残り一分と書かれている。
傷口は既に塞がり、止血もしたがまだ完全にでは無いという事だろう。
━━どうする? 今行く?
“曳馬”と勝家の戦いの状況は最悪だ。
“曳馬”が割砕を喰らい右腕を失った。
また全身へのダメージが酷いらしく体の各所から火花が散っている。
直ぐにでも助けに行きたい。
だが中途半端な状態であの敵に勝てるとは思えない。
「……歯痒いわね」
自分の力不足で今、仲間が傷ついている。
そう思うと無意識のうちに拳をきつく握っていた。
時間は残り二十秒。
術式札が消えると同時に救援に向かおう。
そう決意すると右舷側から元忠が走ってきた。
━━元忠さん? なんであんなに急いでるのかしら?
もしかして右舷側で何かあったのだろうか?
いや、それにしては駆け方が本気と言うか、止まる気配が無いというか……。
「……て、え?」
元忠が飛んだ。
飛んで物凄い形相で此方に飛び掛ってくる。
思わず顔が引きつり、後ろへ下がると元忠の頭が此方の胸に激突し互いに転がった。
そしてほぼそれと同時に銃声音の様なものが聞えたのであった。
***
コンテナの陰に伏せながらガレスは狙撃銃の照準を絞っていた。
狙う相手は伊勢でも敵対した天人だ。
あの娘は以前自分が仕留められなかった獲物だ。
それがこう再び巡りあえるとは。
━━今度は逃さん。
伊勢の時はあまり戦果を上げられなかった。
ここできちんと稼いでおく事にしよう。
そう思いスコープを覗いた瞬間、頭上を<<赤い星座>>所属の飛空挺が通過する。
報告によるとあの船には武蔵の騎士が乗っており、隊長の命令で曳馬まで届けるらしい。
「…………」
隊長も甘くなったものだ。
以前ならば弱った相手を他の部下に任せるなどして確実に仕留めていたが、あのクロスベルでの一件以来少しずつだが変わり始めた。
それが猟兵として良い事なのか悪い事なのかは分からないが、自分は悪くは思ってない。
恐らく他の連中もそうだろう。
自然と浮かんでいた笑みを消しスコープを覗くと敵に照準を合わせる。
依頼では敵を殺さず無力化しろとの事だ。
ならば狙うのは足。
足を撃ち、千切れば敵は戦闘能力を失う。
引金に指を掛け、息を整える。
そのまま待ち続け、風が止んだ。
「……悪く思うなよ? こっちもプロなんでな」
引金を引き、銃弾が放たれる。
しかしそれと同時に目標に飛び掛った男が居た。
「鳥居元忠!?」
気付かれていたか!?
二人は転がり、銃弾は何処かへ消える
直ぐに目標を確認するがその体に傷が無い事を知り溜息が出る。
「とことん奴とは合わないようだ」
徳川の兵たちが此方に気付き、まだ銃を撃てる連中が此方に向けて射撃を始める。
狙撃銃を取り、直ぐにコンテナの裏に隠れると一息つく。
これで二度目だ。
狙撃兵が二度も獲物を逃すなど、いい笑い者だ。
しかし……。
スコープを取り外し、単眼鏡のように使い先ほどの二人の方を見る。
そこでは二人が立ち上がっていたが……。
「……ふむ?」
もしかしたら意外なスコアが稼げているかもしれない。
そう思いガレスは艦内に撤退するのであった。
***
━━な、な、な、なに!?
天子は自分に起きた事への理解が遅れた。
元忠が突然飛び掛ってきて押し倒された。
何だっけ!? この状況!? 男がこう、女を無理やり組み倒して……。
プロレスだ!! いや! 違う!! プロレスはそもそも男女でやらないし!!
ええ、っとそう、たしかレイー……。
「ふう、無事か?」
「え、あ、へ、れいぷ?」
「…………お前さん、物凄く酷いこと考えておらんか?」
あ、うん。なんか御免なさい。
というか今無事かと言ったか? では彼は私を守ったのか? 一体何から……。
思い出す。自分が押し倒された時に聞いた音を。
あれと同じ音を伊勢でも聞いた。
「狙撃兵!?」
上に覆いかぶさっていた元忠を蹴り、横に転がせると彼は「いて」と叫んだ。
膝立ちになり周囲を警戒するが二射目は無い。
どうやら徳川の兵たちが応戦してくれたらしい。
「……まったくもう少し労わらんか」
「あ、その、御免なさい」
そう頭を下げると元忠は優しく微笑む。
「そうやって謝ってくれたのだ、構わんよ。それより、行くのであろう?」
元忠が指差す。
その先では“曳馬”が両膝をついており、いよいよやばそうだ。
回復用の術式符もいつの間にか消えており、体も軽くなっている。
「ええ、行ってくるわ!」
踵を返し、敵に向かうが途中で立ち止まった。
そして振り返ると笑みを浮かべる。
「さっきの事、一つ借りね! これ終わったらお礼するから、なんか考えていおいて!!」
手を振る元忠に笑うと駆け出した。
手に緋想の剣をしっかりと持ち、鬼と侍女の間に入ると髪を掻き揚げる。
「さあ、そこのチートの塊! 再戦よ!!」
そう言うと敵に剣先を向けた。
***
走って行く少女の背中を見届けると元忠は立ち上がる。
一つ借りか……、さて、どう返して貰おうか?
手合わせとか? いや、それは借りを返すのとは違う気がする。
手料理を振舞ってもらうというのも良いかもな。
だが本当はもう決めているのだ。
彼女にしてもらいたい事は、
体が重い。
どうやら走りすぎたようだ。というか、自分、よくアレだけの速度出せたな。
まだまだ捨てたものではないという事か。
ともかく今は少し疲れた。
どこかで休みながら天子の戦いを観戦するとしよう。
先ほど彼女が凭れていた辺りが良さそうだ。
そこまで歩き壁を背にして座ると視界が微かに歪んだ。
「?」
疲れが目にまで回ってきたか?
それに尻の辺りが随分と冷たい。
まさかこの年で漏らしてないよな?
と視線を下げると、止まった。
「…………」
息が止まる。
どれだけそうしてたのだろうか? 一分、一秒? それよりも短いかもしれない。
「は、はは」
思わず笑いが出る。
視線の先、赤が広がっていた。
赤は川から氾濫した水の如く広がって行く。
「では、水源は何処だ?」と目で追えば自分の鎧に穴が開いていた。
鎧の留め金を外し、脱げば下に来ていた着物が真っ赤に染まっている。
血だ。
溢れんばかりの血だ。
それは腹部に開いた黒い穴から溢れ出て来る。
「参ったな……」
いや、本当に。どうしたものか。
前方を見る。
青と黒の影が交差していた。
その光景に目を細めながら力なく笑った。
「…………参ったな」