緋想戦記   作:う゛ぇのむ 乙型

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~第二十六章・『無所有処の戦い手』 そこに在る自分 (配点:無所有処)~

 

 誰もが再び沈黙していた。

 皆が注目するのは曳馬中央。柴田・勝家と比那名居天子が相対している様子をだ。

 本日二度目の相対。先ほどは柴田が圧倒したが二人から発せられる只ならぬ空気を誰もが肌で感じていた。

 鬼が笑う。

「やっぱり折れねーか」

「当然」

 天人が笑い、一歩前に出る。

 それに対して鬼も一歩出た。

「勝てるとでも思ってんのか?」

「勝つ。勝てなくても勝つ」

 天人が武器を構え、鬼が迎撃の構えを見せる。

 そして天人の体が光ると突然消えた。

 いや、消えたのではない。いつの間にか、鬼の後ろに立っていたのだ。

 彼女は敵に背を向け「あら?」と眉を顰めると振り返る。

それに合わせ鬼も振り返った。

「テメェ……」

 鬼は笑みで顔を歪める。

 対する天人は自分の体を確かめるように見ると神妙に何度か頷き、構えた。

 直後、天人が消えた。

 鬼の正面で金属が弾かれる音が鳴り響き、先ほどと同じように彼女は敵を背を向けて背後に立っている。

「なるほど」

「面白いじゃねえか!!」

 互いに振り返った直後、再び金属の打撃音が鳴り響いた。

 

***

 

━━わ、わ、凄い?

 向井・鈴は“曳馬”から送られてくる視覚情報を元に立体空間を作り二人の相対を観戦していた。

 大きくて角ばっているのが柴田・勝家で小さくて平らなのが天子だ。

 二つの影は凄まじい速度で交差しており、その度に周囲のものが削れている。

「天子、さん、速い?」

 その言葉に周りの皆が頷いたのが感じられる。

「いや、速いってもんじゃないですよ? これ一体どういう事です?」

 アデーレの疑問は理解できる。

速すぎるのだ。

 最初の時よりも圧倒的に速く、速度だけならばテンション上がっている時のミトツダイラ並みだ。

なぜ、ここまで彼女が速くなったのか?

「さ、っきで、こう、胸が削れた?」

「鈴さん……地味に酷いですね」

 あれ? 違うのだろうか?

 此方が捉えている映像を見る限り天子は突撃の際に地面に対して体を水平にしている。

あれは空気抵抗を減らすためでは無いだろうか?

「加速術式……とは違いそうですね?」

 そう訊いたのは宗茂の隣に座っていた誾だ。

彼女の質問に昼食のうどんを啜っていた二代が頷く。

「Jud.、 あれは加速術式というよりはミトツダイラ殿に近いで御座るな」

「ミトツダイラに近いってどういう事だ?」

 同じく昼食のおにぎりを食べていた正純が首を傾げると浅間が頷いた。

「天子は今、極限まで身体能力を引き出しているんです」

 皆が浅間に注目すると彼女は頷き大型表示枠に映る天子を見る。

「彼女には今、彼女が得意とする痛覚遮断を改造した術式が掛かっています。

人間の体には常にセーフティが掛かっています。そのためどんなに力を出そうとしてもそれが肉体の許容地を超えれば痛みといった肉体からの危険信号で抑え自損を防いでいます。

そこで彼女は自身の感覚を遮断し、限度を認識させないようにしているんです。

そうすることによって肉体を最大限、いえ、それ以上まで引き出し常人には出せないような力や速さを得る、それが先ほど彼女が契約した術式、“無所有処”です。

いかなるものも存在しない、己すら認識しない。そんな状況で戦っています」

「感覚が無いって……それ、大丈夫なのか?」

 浅間は首を横に振る。

「術式補助によって武器を手放さないようにしたり、ある程度のバランス補助も行いますが基本的に感覚が無い状態で肉体の限度を超えた動きをしているんです。一歩間違えれば一瞬で体がバラバラになります」

 その言葉に皆、息を呑むのであった。

 

***

 

 景色が吹き飛んでいた。

 青と白の空は後ろへ吹き飛び、前だったものが一瞬で後ろになる。

 黒が来た。

 アレは敵だ。

 すれ違う瞬間を狙って右腕を振ると金属音が後方で鳴り響く。

 着地の為、足場を視認し右足を出すと靴底が削れる音が響く。

━━おおっと?

 ちゃんと立っているか? よし、立ってる。

 自分が地面の上に立っていることを確認すると振り返った。

 自分で契約しておいてなんだが厄介な術式だ。

今の自分には感覚が無い。

その為立っているのかどうかすらも分からず、それらの判断は視力頼みだ。

また、剣を握っているのかも判断がつかない為、とりあえず自分が考えうる限り最も強いであろう力で握っている。

 風の音が鳴るのに、何も感じない。

 風が当たる感覚も、その冷たさも。

 怖い。

そう思った。

自分がここに存在しているのかも分からなくなる。

 自分は息をしているのか? 心臓は動いているのか? 魂は……あるのか?

━━あるに決まってるでしょう!!

 皆で食事会をしたとき元忠が言っていた事を思い出す。

 “自分がこの世界に本当に存在しているのか?”

あの時自分はなんと答えた?

「今此処で意識を持って存在している私が私」

 そうだ。私は確かに存在している。だから、大丈夫だ。

 自分の横に映る表示枠には“残り一分四十秒”と浮かんでいた。

 この術式は体への負担が大きすぎる為、制限時間が設けられている。

三分。その短い時間が自分に与えられた時間だ。

━━大丈夫、どっかの光の巨人も三分で怪獣倒してるから!

 駆けた/駆けたと判断した。

 鬼の姿が迫り右腕を全力で横に振る。

 それを敵は槍の柄で弾き、弾かれた腕が後ろへ下がるが無理やり戻す。

そして敵前で踏み込む/踏み込んだと判断すると後ろへ回り込んだ。

 それと同時に“瓶割”の石突が顔面に迫る。

「っ!?」

 咄嗟に顔を逸らし避けるが右耳が僅かに裂ける。

その間に敵は強引に腰を曲げ、此方を向くとその回転速度を乗せた腕を横に薙いで来る。

 回避のため体を低くし腕を潜り抜けると緋想の剣を突き出した。

 敵も“瓶割”の刃を突き出し、両者の間に衝撃が生じる。

 弾かれた刃は上へ跳ねるが勝家はそれを筋力で止め、刃に此方を映す。

━━させるか!!

 この状況、後ろへ下がっても横へ跳躍しても逃れられない。

ならば前に出るだけだ。

 踏み込み、剣を振り下ろせば勝家は柄の上下を両腕で掴み前に突き出して弾く。

 即座に次の攻撃へ。

 今度は連続の突きだ。

 敵も此方の突きに合わせ刺突を放ち、火花が散る。

━━届け!

 攻撃を止め、敵の刃を寸前の所で避けると前に出る。

 それに対し敵は“瓶割”を手放した。

 眼前に浮いた“瓶割”を弾き飛ばしている間に敵は後方へ跳躍し、腰の太刀を抜く。

 そして踏み込んできた。

 放たれる上段からの斬撃に対し此方は下段からの斬撃を叩き込む。

━━届け!!

 最早互いの剣筋は見えない。

 金属が弾かれる音と飛び散る火花を頼りに攻撃を叩き込み合い、此方は全身に傷を負ってゆく。

 どの位それを続けただろうか?

互いに打ち込んだ攻撃の数は百を超え、火花の数は増え続ける。

そして、折れた。

 宙に鉄の刃が舞う。

 刀身を中央から断たれた刀は大きく空振り遂に鬼に隙が出来る。

 踏み込んだ。

 残りの全ての力をつぎ込み剣を振り下ろす。

「届けっ!!!!」

 鬼は左腕でそれを受け止め、刃が腕の中ほど骨の辺りで止まる。

「━━━━ここが、お前の到達点だ」

 静かな声だった。

 感情を乗せず、ただ現実を伝えるだけの言葉。

 その声を聞き、理解した。

 ああ、自分は負けたのだと。

 直後、鬼の蹴りが腹に入り景色が後ろから前へ吹き飛んだ。

 

***

 

 天子は吹き飛ばされながら空中で受身を取ると着地した。

そしてそれと同時に術式が解除され、周囲に治癒術式、肉体冷却、疲労軽減の術式符が多重展開される。

「…………っ!!」

 声が出なかった。

 感覚が戻ったと同時に全身に激痛が走り、前のめりに倒れる。

 息が出来ず、拳を強く握ると突如胃の中のものが逆流する。

朝からあまり食べていないため吐き出したのが胃液だけだったのは幸運と捉えるべきだろうか?

 勝家は腕からあふれ出る血を無視しながら歩くと“瓶割”を回収し、首を回して鳴らした。

「さて、雑魚の割には結構いい線行ってたが……」

 敵が“瓶割”を構えた様子に覚悟決めると突如表示枠が開いた。

『待たせたね!! みんな!!』

 表示枠の中でポーズをとったネシンバラが手を上げると左前方から黒の艦が現れ、流体砲撃を放つ。

 突然の攻撃に障壁の展開が遅れた北ノ圧は右舷に直撃を受け、傾きながら爆発を生じさせる。

 それとほぼ同時に後方からも流体砲撃が来る。

 十を超える流体の光りは曳馬とその両側を抑える敵艦の間を抜け、両側の艦が曳馬から離れた。

『曳馬君!!』

「Jud!! 電磁網の消失を確認。システム強制再起動を行います!!」

 甲板上空に<<重力制御エンジン再起動。緊急側面噴射開始>>と現れ艦が右へ急加速した。

 それにより左舷に繋がれていた牽引帯が引きちぎられ、右舷側の艦とは激突する。

 その衝撃に勝家が僅かによろけると忌々しげに先ほど現れた黒の鉄鋼船を睨む。

「……九鬼水軍の日本丸か。それに浜松に向かった艦を反転させやがったな

?」

 鬼の質問に書記は得意げに眼鏡を押し上げると『Jud.』と頷いた。

 震える体を支えながら立ち上がると表示枠に映る書記を見る。

「どういう……こと?」

『君達が九鬼水軍に救援を頼んだ報告を聞いてね、少し待ってもらったんだ。

筒井艦隊は既に徳川の安全圏に入っていたから迎えの艦を出し、反転してもらい九鬼水軍の日本丸と共に十字砲撃。

どうだい? 僕の作戦は?』

「あんた…………役に立つ事あるのね」

『いや、いつも役になってるよ!? ねえ!? ヅカ本多君、葵君……おい! なんで皆目を逸らすんだよ!?』

 相変わらずで何よりだ。

 それよりも……。

「戦況は覆ったわよ?」

 既に曳馬の後方についた敵艦が集中砲撃を浴び、炎上している。

 残りの二隻も復旧した曳馬からの砲撃で損傷を受け、北ノ圧も日本丸に密着されて動けない。

 戦況は一転した。

 こんどは此方が圧倒的な有利だ。

『柴田先輩、撤退命令です。トシの奴も退きました』

 表示枠に映る成政に言われ鬼は溜息を吐く。

「Shaja、shaja.、 俺様もそろそろ飽きて来たところだ。そっちに戻る」

「逃げれると思ってんのかしら?」

 既に撤退用の飛空挺は下がり、牽引帯も引きちぎれた。

 こっちは満身創痍だがこの敵をここで逃すわけには行かない。

「は! 馬鹿か! 逃げるんじゃなくて見逃してやるんだよ!! だが……」

 言葉を止め、此方を見る。

それから口元に笑みを浮かべた。

「さっきの感覚、忘れるんじゃねーぞ?」

「え?」と口に出す頃には鬼は駆けていた。

突風のように駆ける彼は曳馬右舷側まで行くと跳躍した。

十メートルも離れた先にある織田の航空艦まで悠々と飛ぶと彼は向こうの甲板に着地した。

 無茶苦茶だ。

本当に無茶苦茶な奴だ。

 敵艦は勝家を回収すると加速し、曳馬から離れて行く。

それと同時に左舷側の艦も離脱を開始し、北ノ圧も旋回を始める。

 そんな中後方にいた艦だけは撤退する事が出来ず。

船内から兵士達が脱出すると自沈した。

 遠ざかって行く黒の艦隊を見送ると尻餅をついた。

「……………………はぁ、しんど」

 今もなお疲労回復の術式が展開されているが無理をしすぎた。

体が鉛のように重く、立ち上がることも出来ない。

 そんな此方の横に“曳馬”が立つと見下ろしてきた。

「間違いなく今回のMVPですね。天子様」

「あー……もう二度と御免だわ」

 こんな戦い何度もしていたら命が幾つあっても足りない。

 そう力なく笑うと日本丸から通神が入る。

『おう、随分と派手にやられたみたいじゃねーか?』

 暑苦しい髭達磨に少し引くと頷く。

「よゆー、よゆー、ちょーよゆー」

『へ、まだそれだけの減らず口叩けるなんてたいしたもんだ。こっちは徳川艦隊と合流してお前さん等を護衛する』

「感謝いたします。九鬼嘉隆様」

 “曳馬”の丁寧な礼に笑顔で応えると表示枠が閉じられる。

それにしても……。

自分だけでは無く、“曳馬”も随分と派手にやられたものだ。

侍女服はボロボロになっており、右腕は肩から下が無く砕けている。

また右足も損傷が激しいらしく重力制御で支えていた。

「どうするの? その体?」

「浜松に戻り次第応急処置を行います。腕の方はスペアが無い為IZUMOの方から取り寄せる事になると判断します」

 その辺り、自動人形は便利だなーと思う。

 核さえやられていなければ代替が利くのだ。

『こちら点蔵、メアリ殿たちと一緒に念のため艦の点検をしてからそちらに向かうで御座る』

『私の方は艦内を点検しますわ』

 他で戦っていた仲間たちからの報告を聞き、無事を知るとほっと胸を撫で下ろす。

 ともかく乗り切った。

まだまだ戦いは続くが五大頂を退けたというのは大きいだろう。

「とにかく今は休みたいわ……」

 そう溜息を吐くと艦橋側から「総領娘様!!」と衣玖が駆け寄ってきた。

 ああ、彼女も無事かと振り返れば彼女の顔が青ざめていることに気がつく。

「……どうしたの?」

「元忠様が! 元忠様が!!」

 その言葉に酷く冷たい物を感じ、息を呑むのであった。

 

***

 

 出雲・クロスベルの西方、六護式仏蘭西との国境にあるベルガード門は只ならぬ雰囲気に包まれていた。

 普段は旅行者向けに開かれていた門は閉じられ壁上には武装した警備隊が長銃を構え待機している。

 また壁外には新型の導力装甲車が四台、ハの字型に並べられておりその裏に隠れるようにクロスベル警備隊の兵士達が緊張の趣で武器を構えている。

 彼らの視線は一箇所に集まっていた。

 金の大ボリュームだ。

 金の大ボリュームの髪を靡かせ、悠然と立っている女性がいた。

 彼女は時折微笑みながら兵士達を一人一人確認すると「良く訓練されていますわね」と目を細める。

 そして一歩前に出ると兵士達や装甲車の機銃が一斉に女性を狙った。

『止まりなさい!』

 拡声器を使用した凛とした女性の声に金の大ボリュームは進む足を止める。

 そして微笑みの表情のまま見上げると壁上に警備隊の制服を身に纏った金髪の女性が立っていた。

『あなたの入国は許可されていません! それ以上の前進は我が国への侵略行為と判断します!! 下がりなさい! 六護式仏蘭西副長テュレンヌ!!』

 警備隊の女性の言葉に門前で止まった女性━━人狼女王は「あら?」と首を傾げた。

「侵略行為だなんて物騒ですわ。私、ただマクダエル市長に会いに来ただけだと言いますのに」

『マクダエル市長に面会を求めるなら事前に連絡し、此方からの連絡をお待ちください!』

「それでは本当のマクダエル市長に会えませんわ。私が会いたいのは六護式仏蘭西への言い訳を用意し、身を守る体勢をとった市長では無く裸の、彼の本心とですわ」

 そう笑い更に一歩前に出ると装甲車から照準用の光線が照射される。

 最後通告という事だろう。

『市長をあなたと簡単に会わせられるわけがありません!! 自分がどれ程危険人物なのか自覚していないのですか!?』

「酷いですわ。こんなか弱い女性を捕まえて危険人物だなんて」

 話しにならないと判断したのか警備隊の女性が拡声器を置き、武器を構える。

 これ以上は語るつもりは無いという意思表明だ。

━━さて、どうしましょうか?

 太陽王の命令でマクダエル市長を電撃訪問するつもりなのだが、こう完全に防備を固められては無視して行く事は出来ないだろう。

 あまり暴力的な手段を取りたくは無かったのだが……。

━━飴と鞭ですわね。

 六護式仏蘭西は輝元を送り出雲・クロスベル市を保護するという飴を渡した。

しかしそれを跳ね除けたため、今度は人狼女王という鞭を送り出してきたのだ。

 振るわなくて済むなら振るうつもりが無かったのだが相手がこうも強情だと一、二発叩いて躾ける必要が有るだろう。

「ふふ、行きますわよ?」

 歩き出す。

 普通に、まるで相手を気に止めないかのように。

 あまりに悠然と歩き始めたため警備隊の反応が一瞬遅れたが直ぐに誰かが叫んだ。

「攻撃開始!!」

 警備隊が装備する銃と装甲車の機銃から銃弾が雨のように降り注ぐが人狼女王は平然と歩いた。

 弾丸はまるで彼女を避けるかのように外れ、警備隊の表情に恐怖の色が浮かんで行く。

 銃弾では此方をとめられないと判断し、装甲車の後ろにいた隊長格の男が指示を出すと装甲車の機銃下に取り付けられたミサイルポッドのハッチが開き、四台の装甲車から同じ数だけのミサイルが放たれる。

 一発目は避けた。

二発目は煩わしくなったので手で払い。

 三発目も横から平手打ちすると四発目のミサイルに叩きつけ、爆発が生じた。

 誰もが唖然としていた。

それも当然だ。

 あれほどの激しい銃撃を受けたにも関わらず眼前の敵は一切の傷を負わず、さらに飛来したミサイルを素手で迎撃したのだ。

「ば、化け物だ」

 そう言った警備隊員が尻餅を着くと人狼女王は眉を下げた。

「化け物なんて酷いですわね」

 だが彼女は直ぐに元の微笑に戻り、左前方の装甲車を視線に捉えた。

「では……行きますのよ?」

 直後、彼女の姿が消えた。

 そしてその事に気がついた時には装甲車が引っくり返っていた。

「は?」

 誰かが疑問の声を上げるよりも速く二台の装甲車が引っくり返り、中から慌てて操縦者達が脱出する。

 そして人狼女王は最後の装甲車の前に立つと装甲車の下部を片手で掴み、持ち上げ始める。

『だ、脱出―!!』

 傾く装甲車から操縦者達が脱出するのを確認すると彼女は完全に持ち上げ、構えた。

「そぉーっれ!!」

 鉄の塊が飛んだ。

 風を切り、凄まじい速度で投げ飛ばされた装甲車はベルガード門の外壁に激突すると壁を砕きながら爆発した。

 その衝撃で門内から警報が鳴り響き壁上にいた隊員たちが避難を開始する。

 その様子を見届け、周囲を見渡すと警備隊から戦意は完全に失せていた。

 皆固まり、畏怖の表情を浮かべている。

━━やりすぎましたかしら……?

 まあ、ここで脅かしておけば出雲・クロスベル市まで妨害を受けることは無いだろう。

あとはこの邪魔な門を排除するだけだ。

 そう判断し背中から二対の銀十字を取り出すと狙いを定めた。

 そして門を穿とうとした瞬間、門が内側から開かれる。

「あら?」

 門内から先ほどの警備隊の女性が現れ、その後ろから黒い長い髪を靡かせた男が現れる。

━━この方……。

 此処からでもこの男の実力が感じられる。

 静かな、だが鋭い闘気だ。

剣豪……とでも言うべきだろう?

 彼は周囲の惨状を見、それから此方を見ると頭を下げた。

「お初にお目にかかります。遊撃士協会本部所属、アリオス・マクレインと申します」

 アリオス・マクレイン。

その名に聞き覚えがある。

たしか<<風の剣聖>>と呼ばれ遊撃士内では最高ランクの実力を持つ男だという。

「六護式仏蘭西副長テュレンヌですわ。かの<<風の剣聖>>とお会いできて光栄ですわ」

「こちらこそ人狼女王とお会い出来て光栄だ」

 そう言うとアリオスは「さて」と相槌を入れた。

「私は警備隊と六護式仏蘭西の仲裁を依頼された。まずは互いに矛を収めていただきたい」

「あら? どうして私が貴方の言う事を聞かなければいけませんの? 傲慢と虚栄を担う覇道の国の副長たる私が」

「勿論ただでは言わん。矛を収めるならば市長は貴女とお会いになる」

 アリオスの言葉に目を細め彼の真意を測る。

 自分が何をしに来たのか市長も知っているはずだ。

 輝元と違い、戦闘能力を持つ自分を市内に入れたくは無いはずだが……。

━━薮蛇突いてみるのも良いですわね。

 自分一人ならたとえ罠であっても何とでもなる。

それにここで強行突破し遊撃士協会と敵対するのは避けるべきだろう。

六護式仏蘭西国内にも遊撃士協会の支部はあるのだ。

「ええ、いいでしょう」

 銀十字を仕舞うとアリオスが「忝い」と頭を下げる。

 それに微笑むと指を口にあて首を傾げた。

「市内を案内していただけるのでしたら、美味しいお食事のお店、教えてくださいな」

 そう言うとアリオスも頷き、笑みを浮かべるのであった。


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