「いやあ、心配させて済まんかったなあ」
ベットに座る鳥居元忠が後頭部に手を当て、笑うとその場に居た全員が一斉に転んだ。
椅子から転げ落ちた天子は苦笑しながら立ち上がると椅子に座りなおす。
「ま、まったく、人騒がせなんだから」
衣玖から元忠が血まみれで気を失い医務室に運び込まれたと聞き慌てて駆けつけた。
もしもの事を考え生きた心地がしなかったが扉を開けると元気な元忠が居た。
「はっはっは、見ての通り息災だ。まあ、流石に撃たれたときは焦ったがな」
「それにしても」と元忠は言うと嬉しそうに目を細める。
「一番に駆けつけてくれるとは嬉しかったぞ」
「う」
天子は顔を赤らめそっぽを向くと皆、微笑む。
「総領娘様、凄かったんですよ? ここまで来る間に三度程転んで……今日は桃色でした」
「ぎゃーーーー!?」
顔を真っ赤にして衣玖の肩を揺らす天子を見て、“この二人も絆が深まったのだな”と頷くと他の連中を見る。
“曳馬”は右腕は依然として無いが新しい侍女服に着替え元のクールな表情に戻っている。
ミトツダイラは補修した騎士服を身に纏い隣のベッドに腰掛け、点蔵は衣玖を揺さ振る天子を止めようとして殴られ、イッスンを乗せたアマテラスが船を漕いでいる。
皆、普段通りだが約二名此方の様子を窺っていた。
一人はメアリだ。
彼女は此方を見ると表情を翳らせ目を伏せる。
そして長安は立ちながら壁に背凭れ、難しい表情で此方を見ている。
━━やはり隠しきれんか……。
だが、ここで明かすわけにはいかない。
特に天子の前では。
「皆様、元忠様もお疲れのようですので一旦お戻りになっては?」
“曳馬”が此方を横目で見ながらそう提案すると天子が頷く。
「そ、そうね。私たちも休みましょう」
皆も頷き、天子の後を追って退出して行くとメアリが立ち止まり此方に振り返った。
「あの……」
「メアリ殿」
点蔵が首を横に振るとメアリは目を伏せ、共に退出して行く。
━━彼も気がついておったか……。
忍びの目からは隠しきれないという事らしい。
知った上で聞かない彼の後姿に頭を下げると大きく溜息を吐いた。
それから顔を上げ、部屋を見渡せば“曳馬”と長安が残っていた。
***
医務室に残った三人は沈黙していた。
時だけが過ぎて行き、時折船体の揺れる振動が足元に伝わる。
一分ほどそうしていると元忠が口を開きかけたがその前に長安が喋り始めた。
「…………あとどれ位もつ?」
「やはり気がついていたか」
そう訊くと長安が口元に笑みを浮かべる。
「僕を誰だと思っているのかね?」
「変質者では?」
“曳馬”のツッコミに長安は「君だけだよ」と流し目を送ると顔面に裏拳を入れられた。
その様子に吹き出すと元忠は眉を下げた。
「内臓をな……大分やられた。止血も完了し、傷口も塞いだが内蔵を酷く痛めている。今は術式で延命してるがそう長くはもたんだろう」
「…………何故、皆様に伝えないのですか?」
「伝えれるわけがなかろうよ。特にあの子にはな」
まだ駄目だ。
まだ彼女には準備が出来ていない。
「大殿には?」
「向こうに着き次第、自分で」
それがけじめだ。
そう言うと長安は眉を下げ頭を振り、背凭れるのをやめる。
「未練は何も無いのだね?」
「未練か……、どうだろうな。二度目の生を受けた時は一度死んだ身として何時でも死ねる覚悟であったが、いつの間にかに生きたいと思ってしまった。
異界の若者たちと築く未来が見たくてな……。
だが今、わしは満ち足りているとはっきり断言できる」
心からの言葉に長安は目を伏せ、暫く沈黙していると微笑んだ。
「そこまで言うなら僕からはもう何も言わんよ」
長安はそう言うと踵を返し、退出しようとする。
そして扉を開け、廊下に出ると振り返った。
「点蔵君と英国王女には僕から言っておこう」
「…………忝い」
長安が出て行くと“曳馬”と二人きりになり、彼女の顔を見る。
その姿は何時もと変わらず何を考えているのか分からないが、彼女は先ほどから一回も視線を逸らさずに此方を見ている。
「元忠様は…………いえ、なんでもありません」
“曳馬”も退出しようとするが途中で立ち止まる。
そして此方に振り返ると初めて僅かに眉を動かした。
「“満足”とは何でしょうか? なぜ、元忠様は死という終わりに瀕してなお、平然としていられるのでしょうか? 人は死を恐れるものと判断します」
「はは、怖いさ。死ぬのはな。だが死すことよりも多くのものをわしは貰った。
それは大殿から、葵・トーリから、比那名居天子から、そして“曳馬”、お前さんからもだ。
“満足”とは何かだが……それはお前さんが見つけるべき事だ。人から教えてもらう物では無い」
そう自分が伏見城や今、此処で見つけたもののように。
「自動人形である私に見つかるのでしょうか?」
「見つかるさ、友と共に歩むのなら必ず」
そう言い満面の笑みを浮かべるのであった。
***
誰も居なくなった医務室は静まり返り、どこか冷たい雰囲気を感じ取れられる。
その中で元忠は冷たい汗を掻いていた。
息は乱れ、時折ベッドのシーツを強く握りシーツに皺が出来る。
自分の命が刻一刻と終わりに近づいている事が分かる。
だがまだ死ねない。
大殿に会うまで。
皆に会うまで。
それまで自分を終わらせるわけにはいかない。
先ほど“曳馬”に未練は無いといったが、完全に無いわけではない。
自分を慕ってきた部下たちの事もあるし、これから先の未来を見たいと思う気持ちもある。
そして何よりも……。
ふとベッド横のテーブルを見ればその上には一冊の日記が置かれていた。
表紙は血で黒ずんでしまったが先ほど確認したところ中身は無事だった。
その日記を手に取ると同じくテーブルに置いてあるペンを取りまだ空白のページに思いを書き込んでゆく。
━━我が、未練。そして希望、記し託すか……。
そう思いペンを進ませていった。
***
伊勢上空に待機していた安土は移動準備を行っていた。
その様子を安土の甲板から見ていた紫は深い溜息を吐く。
本来であればあと三日ほど伊勢に滞在する予定であったが、そういうわけには行かなくなった。
その理由の一つは筒井の艦隊が此方の策を跳ね返し、ほぼ無傷で浜松に撤退した事だ。
だがこれはあまり大きな事ではない。
彼女ならこの位跳ね除けるという妙な確信が八雲紫には有ったからだ。
では何を焦っているのか?
その原因は先ほど受けた報告だ。
第七艦隊が曳馬の捕獲に失敗したという報告に矢継ぎ早に送られてきた二つの報告。
そこにはこう記されていた。
<<武田軍岩村城を包囲。至急援軍を求める>>
<<足利軍観音寺方面に進軍、警戒されたし>>
これらだけではない。
浅井・朝倉も足利と武田の動きに同調するように南下を始めた。
これら一連の動き、明らかに徳川を支援する動きだ。
「…………同盟を結んだ?」
だとしても迅速すぎる。
徳川と聖連各国はついこの間まで敵対していたのだ。
それが同盟を結ぶならそれなりのやり取りがあるだろうし、こんなに速く軍を動かすとは思えない。
ならば今回の件、裏に場を取り纏めた組織が居るはずだ。
聖連を動かす事が出来るだけの組織、そんなものに心当たりは一つしかない。
━━遊撃士協会。
軍事力を持たず、各国の政治に干渉する事は出来ないが関係を取り持つ事が出来る組織。
その影響力はかなりのものでこの世界で聖連と正面から交渉できる組織はここぐらいだろう。
「あくまで私の敵に回るのね?」
武蔵に居るであろう彼女を思い浮べ拳を握る。
「筒井方面に向かった艦隊の半数を観音寺に戻しました」
背後から声を掛けられ振り返れば三人の人物が立っていた。
一人はM.H.R.R.の制服を着、猿の面を着けた小柄の少女でその背後には金髪六枚羽の白魔女と黒髪六枚羽の黒魔女がいた。
「ええ、分かったわ。M.H.R.R.の方はどうなっているのかしら?
今回の作戦、羽柴秀吉に知らせていないのでしょう?」
振り返り聞けば猿面の少女は頷く。
「Tes.、 秀吉さんはP.A.Odaが徳川に宣戦布告したと知ると直ぐに行動を開始し、北の別所家を責めるのと同時に織田と同盟を結ぶ事を決めたそうです」
流石は天下人。決断が早い。
いや、もしかしたら織田が徳川を潰す事を前々から察知していたのかもしれない。
「なら足利の件は何とかなりそうね。あとの問題は岩村だけど……」
こちらはかなり不味い。
岩村城の救援にはどうやっても間に合わず、また岐阜の防衛体制もまだ出来ていない。
自分の空間移動で部隊を送ってもいいが今日は既に一度能力を使っており、まだこの後の事もある。
できれば力を使いたくないが……。
「岩村城救援の事ですがこの二人を送ります」
猿面の少女がそう言うと彼女の後ろの二人が此方に頭を下げる。
「間に合うかしら?」
「Tes.、 二人なら可能です。流石に攻め寄せる武田を跳ね除ける事は出来ませんが時間稼ぎは出来ます」
「二人だけでか?」と思うが二人の首に記している数字を見て理解する。
━━そう、彼女たちが……。
ならば信頼できるだろう。
猿面の少女に頷きを送ると彼女は後ろの二人に頭を下げ、二対の天使が駆け出し機殻箒を召喚する。
「行くよ! キメちゃん!!」
「ええ! アンジー!!」
二人は機殻箒に跨ると一気に加速しあっと言う間のその姿は見えなくなった。
その様子を見届けると猿面の少女が此方の横に立つ。
「これからどうするのですか? このまま一気に徳川を押し潰す計画を続行するのは難しいと思いますが……」
「ええ、その件なら既に別の策を用意しているわ。向こうが聖連と手を組んだ理由、それは私たちと停戦するためよ。
八方から攻撃され私たちが動けなくなった所に停戦の話を持ちかけ、停戦を結ぶ。
まあ、この状況を打破するなら一番の手よね。だからこそ、こちらから停戦を要請する」
「は?」と猿面の少女が首を傾げるのに頷くと表示枠に映った計画を見せる。
彼女は暫くそれを呼んでいると顔を上げ、此方を見た。
「成程、ですが徳川は停戦に乗るでしょうか?」
「乗るわ。今の彼らは僅かな希望でも必要でしょう。
それに安土を動かすわ。安土の“例のアレ”を岡崎城に向ければ相手は停戦協定を呑まざるおえないでしょう」
安土が振動した。
艦隊の収納が完了し、航空艦港地区の装甲が閉じて行く。
「計画の最大の障害はなんとしてでも排除すべきだわ」
「Tes.、 私たちこそ最大の希望ですから。では、こちらも六護式仏蘭西への牽制を行っておきましょう」
「牽制?」と訊くと彼女は頷き、西の方を向く。
「六護式仏蘭西が出雲・クロスベルに人狼女王を派遣したのは」
「ええ、知ってるわ」
「あそこは要地です。六護式仏蘭西に奪われるわけにはいきません。
ですので、此方も手を打っておきました」
そこまで言うと彼女は小さく笑った。
「とても信頼できる方たちですよ」
***
午後三時。
出雲・クロスベル市の市庁舎、その食堂に甘く、良い匂いが溢れていた。
純白のテーブルクロスを掛けられた長机には様々な果物や菓子が置かれており、まるで山のようになっている。
そんな菓子の山を崩している存在が居た。
人狼女王だ。
彼女は手にフォークを持ち、皿に分けられたショートケーキをあっと言う間に平らげ直ぐに眼前のアップルパイを切り取る。
彼女の食事のスピードは全くと言っていいほど衰えず、それどころか加速していた。
そんな彼女の様子をテーブルの反対からクロスベル市長、ヘンリー・マクダエルは呆気に取られた表情で見ている。
食堂には彼だけではなく人狼女王をエスコートしたアリオスや特務支援課のメンバーが揃っており、皆、市長と同じような表情で菓子の山を崩していく女性の姿を見ている。
「……凄ぇな」
「ああ」
「セシルさんのよりもデカイんじゃないか」
「あ、ああ……」
直後テーブルが軽く揺れ、ロイドとランディが蹲る。
「い、いってぇー……。おい、ティオすけ! 爪先踏んだだろ」
ランディが涙目になりながらそう言うと彼の左隣のティオは半目になる。
「ミレイユさんに言い付けますよ?」
「な、なんでそこであいつの名前が?」
苦笑するランディの右隣のロイドは苦笑しながら右に座るエリィの方を向く。
「は、はは。す、凄いね、彼女は」
「……胸が?」
ロイドが苦笑のまま固まるとヘンリーが一つ咳を入れた。
「では、そろそろよろしいですかな?」
「え? ええ。Testament.、 出されたお菓子が美味しくてついつい夢中になってしまいましたわ。それにしても皆さん、どうして一口も食べないんですの?」
「いや、見ているだけで胸焼けすると言いますか……」
ティオの返事に人狼女王は首を傾げると直ぐに笑みになる。
「そういえば、貴方方は確か特務支援課でしたわね。なぜ警察組織がこの会談の場に?」
彼女の質問に答えたのはアリオスだ。
「彼らは幾度もこのクロスベルを救った謂わば英雄だ。今から始めるのはここ、出雲・クロスベルの未来を決める重要な会談。
彼らにも参加する資格はあるだろう」
「ふふ、随分と信頼されてますわね。でも、確かに四人とも良い目をしていますわ」
「いやあ、貴女みたいなお美しい女性にそう言っていただけると男冥利に尽きるというものです。どうです? 会談後、俺と一杯?」
「あら、私と飲むのであれば一杯では無く、一店になりますわよ?
まあ、猟兵といった人種と飲むことは少ないのでちょっと心惹かれますけれども」
人狼女王の言葉にランディは一瞬目を丸くし、苦笑した。
「おいおい、どうして分かったんだよ?」
「貴方の動き、振る舞い。そして身に染み付いた匂い。そこから何となく人となりが分かりますわ。
貴方から匂うのは古びた血の匂い、そして新しくて明るく楽しい匂い。良い仲間と出会えたようですわね」
そこまで言うとランディは「降参だ」と言うように手を振り、笑みを浮かべる。
「それに、そうですわね……。四人の中で一番興味があるとすれば、貴方ですわね」
人狼女王がロイドを指差すと彼は「え? 俺?」と驚く。
「貴方からは変わった匂いがしますわ。誰とでも近づける、そう娘の王に似てまた違う匂い」
「ローイードォーくぅーん?」
「いやいや! 今の俺は悪くないだろう!? 落ち着け、ランディ!
それに彼女は既婚者だろ? なあ、エリ………ぃ?」
隣りのエリィが笑顔のまま物凄い殺気を放っていたのでロイドが固まる。
その様子に人狼女王が小さく笑うと姿勢を正した。
「さて、会談を始めましょう……と、言っても私、特に貴方方と話すことはありませんのよ?」
「…………え?」
その瞬間、全員が固まった。
***
━━あら、見事なぐらい全員同じ表情ですわ。
何か驚かせるような事を言っただろうか?
いや、特に無いはずだ。
だって本当に特に考えてませんでしたもの。
「い、いや、ベルガード門を突破してでも会いに来たのだろう? 何か用件があったのでは?」
飴と鞭ですわね。
輝元が交渉と譲歩という飴であるなら自分が脅迫と圧迫という鞭だ。
それ故にマクダエル市長に会って何かを話すといったことは考えていなかった。
鞭だけに無知。我ながら中々良い切れですわ!
本来の予定ではベルガード門を突破後市庁舎を襲撃し市長を誘拐、少し脅かそうと思ったのだが予想外の会談となってしまった。
さて、どうするか?
傲慢と虚栄の国の副長としてどう出るべきか?
「そうですわね。私が今から話すのは用件ではなく、要求ですわ。
━━出雲・クロスベルは即刻六護式仏蘭西に従属なさい。従わないのであれば太陽王の名において覇王の軍勢がこの地を平らげますわ」
「な!?」
自分を除く全員が驚愕の声を上げる。
「それは……あまりに非道ではないですか!!」
「あら? 幾度も此方の交渉に対して曖昧な返答をし、先延ばしにしている貴方方が六護式仏蘭西を“非”と言いますの?」
「おいおい、だからって従わなかったら潰すは酷いだろう」
「そうでもありませんのよ? 今は戦国、力なき小国は大国に付き従うか、滅ぼされるか、それはここ出雲・クロスベルも例外ではありませんわ」
むしろこんな小国が良くやったほうだろう。
経済力の強さで中立を保っていたがそれも圧倒的な軍事力の前では無意味だ。
六護式仏蘭西が手を出さずとも遅かれ速かれここは戦渦に巻き込まれる。
「別に貴方方を奴隷にしようというわけではありませんのよ?
六護式仏蘭西に従属してくださるのなら覇王の誇りに賭けて安全は保証いたしますわ」
全てを話し終えると皆沈黙していた。
マクダエル市長は静かに目を伏せ、孫娘のエリィはそんな彼を心配そうに見ている。
アリオスとランディはポーカーフェイスだがティオとロイドは僅かに眉を下げていた。
━━反論できませんわよね……。
自分達が汚い事は知っている。
大国が無理を通せば小国は従うしかないのだ。
「…………私は」
静まり返った食堂に老人の声が響く。
「それでも私は六護式仏蘭西に従う事を選べない。
たとえ今、六護式仏蘭西の庇護下に入ったとしても常に安全であるとは限らない。
それどころかM.H.R.R.やP.A.Odaが我が国に攻め込み、七年前の戦いよりも多くの死者を出すやもしれない」
「庇護下に入らなければ我が国が出雲・クロスベルに攻め込みますわよ?」
「そうだ。最早、この国が戦渦に巻き込まれることを避けるのは不可能なのかもしれない。
ならば、私は独立国として、小国の誇りを持って立ち向かいたい……そう思っておる」
「お爺様……」
心配する孫娘に笑顔を送ると此方を見る。
「無論、私一人で決めるわけにはいかない。故に、六護式仏蘭西の大使立会いの下、国民投票を行いたい」
━━良い目ですわ。
不屈の、誇りを感じさせられる瞳だ。
市長の言う国民投票を行いたいというのは答えを先延ばしにするつもりでは無いという事は分かる。
自分個人の意見だが、彼らに対して好意を抱いている。
まだ出会って一時間くらいしか経っていないが彼らの間にある絆、信頼は確かなもので他者が穢していい物では無いと思える。
だがこちらにも時間が無いのだ。
六護式仏蘭西の目的は近畿で勢力を伸ばすP.A.Odaを牽制し、上洛を果たす事。
周防を本拠地とする六護式仏蘭西が上洛するためには山陽道か山陰道を通る必要がある。
だが山陽道はM.H.R.R.が別所攻めの為に封鎖し通れない。
となると山陰道を経由して北廻りで上洛するのが良いのだがその道を阻むのがこの出雲・クロスベルだ。
此処に実際に来るまで出雲・クロスベル程度の小国ならあっと言う間に踏み潰していけるのではと思っていたが、警備隊の装備、錬度。
そして遊撃士協会や彼ら特務支援課の事を考えると存外手古摺るかもしれない。
━━織田の上洛前に此方が上洛するとなりますとあまり戦で時間を掛けたくありませんわね。
「一つ、提案がありますわ」
「提案?」と皆一斉に注目するので頷く。
「出雲・クロスベルに我が軍は手を一切出しませんわ。その代わり、軍事通行権をいただくのですの」
「ですが、通過させたらM.H.R.R.が文句を言ってくるのでは?
“出雲・クロスベルは六護式仏蘭西の上洛を手伝った”と」
ロイドの言葉に頷く。
「ええ、ただで通しては他国からの干渉を受けますわね。
ですので、六護式仏蘭西が強引に出雲・クロスベル領を突破するのですわ」
「まさか……通過中の軍を警備隊に攻撃させるつもりですか!?」
ティオの言葉に皆、息を呑んだ。
「Tes.、 私達は全速で突破を行い、警備隊は“自衛の為”それを迎撃する。もちろん此方も最低限の反撃をさせていただきますけど、これならば必要最低限の損害で済みますわ」
さて、どうだろうか?
出雲・クロスベルには航空艦が無く空の突破は容易だ。
また陸軍力も決して侮れる物ではないが六護式仏蘭西の軍なら悠々と突破できる自信がある。
その上でこの方法なら出雲・クロスベルは“自衛”の為、軍事力を行使し、他国に言い訳がつく。
上洛後が少々面倒だが、それはその時に考えれば良いだろう。
「さあ、どうしますの? 話しに乗るか、それとも我が国と正面から戦うか?」
初めて市長の目に迷いの色が浮かんだ。
多少の争いはあるがこの難局を乗り越えられるかもしれない方法が現れたのだ。
━━……あと一押しですわね。
あと一声、そう思い市長と視線を合わせ口を開こうとすると突然背後の扉が勢い良く開いた。
「ちょーーーーーーーーーっと、まちい!!」
背後を振り返れば白の商人服を着た少女と小柄な少女が食堂に入って来た。
「誰だ!!」
アリオスと特務支援課のメンバーが中腰になり戦闘体勢を取ると商人服の少女は口元に笑みを浮かべる。
━━あら、この方。
彼女は此方の横に来るとテーブルに手を着き、不敵に笑う。
「P.A.Oda所属小西・行長! 羽柴の代理でこの会談に乱入させてもらうわ!!」