緋想戦記   作:う゛ぇのむ 乙型

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~第二十九章・『夕焼けの不屈者』 さあ、次の道を行こう (配点:結束)~

 午後四時。

 浜松にある総合外交館。

白い三階建ての建物は以前までは常に門は開かれ、警備員や職員が仕事を行っていたが今では門は閉じられ、全ての窓はカーテンで隠され静まり返っていた。

 そんな外交館の三階。その左隅には英国の為に設けられた部屋があり、カーテンの隙間から僅かに光りが漏れている。

 英国用の部屋は洋式の飾り付けをされており、床には赤の絨毯が敷かれている。

 また入って右側の本棚には分厚い本がぎっしりと詰められており、ところどころ魔道書の様なものも見受けられる。

 そんな部屋の中央奥、大きな樫の机の前にオリビエ・レンハイムは紅茶を片手に座っていた。

 彼はカップを持っている左手とは反対側の右手で表示枠を操作し、時折「ふむ?」と頷いている。

 既に冷めた紅茶を一口飲むと机の上に置き、背筋を伸ばす。

それと同時に扉が二回のノックされ、ミュラー・ヴァンダールが入ってきた。

「オリビエ、筒井の艦隊が戻ってきたぞ」

「ほう? あの状況を切り抜けるなんて流石と言うべきかな?」

 「そうだな」と頷くと彼はオリビエの前に立つ。

「それで? いつまでこうしてるつもりだ?」

「こうしているって。どういう事だい?」

「惚けるな。お前、武蔵について行くつもりだろう。分かっているのか? それがどういう事なのか」

 眉を顰める彼に頷くとオリビエは表情を真面目なものに改めた。

「どうにも僕の予感は当たったようでね。やはり、この国が“鍵”だ」

 今、世界を動かしているのは織田か徳川か?

 鍵を握っているのはどちらなのか?

 鍵を握っているのが徳川ならどう動くべきなのか……。

「女王陛下には僕から連絡しておくよ。ミュラー君はどうするんだい? 君が望むなら英国に戻すけど?」

 そう訊くと彼は「やれやれ」と首を横に振った。

「お前を残して戻れるはずが無いだろうが」

「もー! これだからミュラー君! だいすきだよー!!」

「ええい! 気色悪い!!」

 頭を叩かれその衝撃で机の端に額をぶつける。

 そんな此方の様子を半目で見下すと彼は先ほどまで自分が操作していた表示枠を見る。

「これは?」

「ああ、それかい。それは、ほら、あれだ。君にも前話したと思うけど例の学校を英国にも作ろうかと思ってね」

「トールズ士官学院英国校か。まさか本気だったとはな」

「ああ、これからどの位この世界にいるのかは分からないがもう七年も経っているんだ。あと三十年、いや百年先も居るかも知れない。

だから長期的な投資をしようと思ってね」

「仕官学院ならオクスフォード教導院があるだろう」

「確かに、でも僕はもっと平等で専門的な知識を学べる学院が必要だと思うんだよ」

 教導院に通っている生徒の多くはもともと神州にいた人たちだ。

 ゼムリアや戦国時代から来た人々には異色の制度、文化がありすぎて馴染み辛いところがある。

 そこで誰でも平等に入学でき、将来は立派な英国の戦力になる生徒を輩出する学院を立てることにした。

「お前が学院長になるのか?」

「いや、僕はあくまで出資者さ。学院長は別にいるよ」

「俺の知っている人物か?」

「ああ、向こうから立候補してきてね。“ベスの学院なんか追い抜いてやるわ”と言って引き受けてくれたよ」

 その言葉に反応したのはミュラーでは無く、先ほどから存在感を消し本棚の前で本の虫になっていたパチュリー・ノーレッジだ。

「まさか……レミィ?」

「なに!? 本当か!? というかそこに居たんだな……気がつかなくて済まん」

「ああ、そうだ。トールズ士官学院英国校の学院長はレミリア・スカーレット卿だ。

彼女なら学院長の気品もあるし、実力も十分に備えている」

「…………でもレミィって物凄く飽き症よ?」

「ああ、だから彼女の推薦でね。君を副学院長にすることにしたんだ」

 直後本が投げつけられ、額に激突した。

 

***

 

・図書館:『レミィ!! レミィ!! ちょっと弁明しなさい!!』

━━“紅 魔”様が退出いたしました。━━

・図書館:『くっ! 逃げた!!』

 

***

 

 パチュリーは壁に手を着き頭を抱えた。

 何考えてるのよ、あの子は……。

 学院長なんて大任、彼女に出来るはずが無い。

いや、能力的には可能だろうが性格的に不可能だ。

 それに自分が副学院長だって? 冗談じゃない。

そんな面倒くさい事、自分に出来るはずが無いだろう。

「引き受けてくれるなら君の研究費、国から出すよ?」

「…………」

「もっと設備の整った研究室を提供するし、君専用の大図書館を用意する」

「………く」

「それに副学院長と言ってもやる事は普段と変わらないよ。ただ、学院行事には参加してもらうけど」

 オリビエを半目で睨みつけると彼は微笑む。

━━…………あとでレミィをとっちめてやるわ。

 諦めの溜息を吐くとオリビエは嬉しそうに目を細める。

「よろしくお願いするよ、トールズ士官学院副学院長殿」

 とりあえず一発叩くと部屋中央のソファーに腰掛け、脱力する。

ミュラーが「馬鹿につき合わせてすまんな」と紅茶を出してきたので一口飲むと天井を見る。

 面倒くさいけど、こういった面倒くささは久しぶりよね。

 紅魔館では良くも悪くも個人主義だった。

 自分にこう構ってくるのは親友のレミリアと使い魔の小悪魔、そしてあの白黒ぐらいだ。

こっちに来てから金髪の馬鹿に出会うし、女装馬鹿に出会うなど色々と人間関係が増えた。

それを面倒だと思うが、それと同時に少し楽しくもあった。

「ま、レミィが飽きるまでは付き合ってあげるわ」

 そう口元に笑みを浮かべ言うと、オリビエとミュラーは笑い頷くのであった。

 

***

 

「うっひゃあー、随分と派手にやられたなあー」

 浜松港の軍港地区に入港した曳馬を見上げて霧雨魔理沙はそう嘆息した。

 葵色の船体は各所を歪ませ、所々船体を擦ったのか塗装が剥げている。

また特徴的であった艦上部の長距離流体砲はその根元から砕けており、あれでは当分使い物にならないだろう。

 曳馬が着水するとそれに遅れて黒の鉄鋼船が桟橋を挟んで曳馬の右隣に着水する。

 こっちの船は見たこと無いが船体に“日本丸”と書いてあり、桟橋に下船用の橋が掛けられる。

 鉄鋼船から最初に降りてきたのは厳格な雰囲気の老人を先頭とした三人の男性で、徳川の兵たちが駆け寄り頭を下げている。

━━ああ、あれが北畠家の……。

 行方不明だと聞いていたがどうやら九鬼水軍が救助していたようだ。

 次に降りてきたのは厳つい髭達磨とそのとなりに立つ赤毛の少女だ。

「あれ? あいつ……」

 三途の河のサボリマスターが海賊をやっていたとは知らなかった。

 二人は直ぐに部下らしき男達に囲まれ、港の休憩地区の方に向かって行く。

 そして最後の方に降りてきたのが……。

「あ……」

 白い髪に眼鏡を掛けた男。

 彼は気だるげに背筋を伸ばすと此方に気がついた。

「なんだ、魔理沙か」

「なんだとは失礼な奴だな、こーりん。どうして九鬼水軍にいるんだ?」

 「その事か」と言うと彼は眼鏡を人差し指と中指で押し上げる。

「君の“武装”の最終点検をしてたら伊勢の町が襲撃されてね。これは不味いと逃げてきたんだ」

「なるほどな……、で? 私の武装はどこなんだ?」

「ああ、それならこれから積み下ろす所……」

「おい、霖の字。例の荷物なんだが……」

 酷く懐かしい男の声に体が固まる。

 霖之助もしまったというような顔をすると視線から退き、橋に立っている男が視界に入る。

「…………」

 男は少し目を丸くすると直ぐに不機嫌そうな顔になり「霖の字、あとで話があるから顔出せ」と鉄鋼船の中に消えていく。

 その後姿を睨みつけていると霖之助が気まずそうに頬を掻いた。

「なんであいつがここにいるんだよ?」

「僕が伊勢から脱出する手助けをしてくれてね。一緒に来てくれたんだ」

 予想外の人物との再開で完全に動揺している自分がいた。

胸の鼓動は高まり、様々な感情が混じり入る。

 もう絶対に会うつもりが無かった男が……、家族では無いと思っていた男の顔を見て一瞬母の顔を思い出す。

あの優しかった母を。

「悪い、今ちょっと冷静じゃない。後で話を聞くわ」

「ああ……分かった。でもいいのかい?」

 踵を返そうとしたところに声を掛けられ振り返る。

「何が?」

「そうやって何時までも逃げてる事さ。君と霧雨の親父さんの間に何があったのかは知らないけど。

それじゃあ何時まで経っても前に進めないと思うよ。…………お互いにね」

「そんなこと……分かってるぜ」

 だがまだ駄目なのだ。

 まだあの男を許せそうに無い。

 逃げるように歩き出そうとした瞬間、警報が鳴り響いた。

 周りの男達は一斉に駆け出し始め、浜松の警護艦が上昇して行く。

 それと共に魔女隊も出撃を始めたので直ぐに表示枠を開いた。

「おい、マルゴット! どうしたんだ!?」

『あー、ちょっとヤバ目のお客さんが来た』

 「どういう事だ?」と眉を顰めると誰かが叫んだ。

「おい! なんだありゃあ!!」

 皆の視線の先、巨大な鉄の城砦が飛んでいた。

 六隻の船からなる巨大な航空艦は内部から多数の航空艦を展開させ伊勢湾を埋め尽くして行く。

「……安土!?」

『安土より広域通神、来ます!!』

 その放送と共に上空に巨大な表示枠が展示され、一人の少女が映った。

 彼女はM.H.R.R.の制服を身に纏った猿面の少女で、何人かが息を呑んだ。

『わ、私はM.H.R.R.所属、羽柴・藤吉郎です。ほ、本日は徳川の皆さんに、停戦を、要求するため、参りました』

 

***

 

━━やられた!!

 浜松の港を駆け、上空の表示枠を見ながらトゥーサン・ネシンバラはそう心の中で舌打った。

「ヅカ本多君!! こっちから向こうに通神を繋げれるかい!?」

『先ほどからやっているが駄目だ。この通神は向こうから一方的に送られてきている!』

 先手を打たれた。

 本来であれば此方から停戦交渉をし、交渉を有利に進める筈だった。

だが羽柴が先手で此方に停戦要求をしてきた為、この場の主導権は向こうが握っている。

 しかも相手は“要求”と言った。

 要求、つまり互いの損利を一致させていく話し合いの場を設けるのではなく一方的に条件を押し付けてくる。

 先ほどから此方の通神が繋がらないのはその為だろう。

━━だとすると次に敵が切ってくるカードは……。

『よ、要求内容は徳川が、織田軍と停戦する事。それから、岡崎城から退去し、み、三河をP.A.Odaに譲渡する事です。要求への返答は三十分以内とします。それ、それまでに返答しなかった場合、または要求を呑まなかった場合は竜脈炉を岡崎に向けて放ちます。では三十分後、再び、お会いしましょう』

 表示枠が消えると周囲は徐々に騒がしくなって行き、やがて人々は慌てて動き始めた。

『……ネシンバラ』

「ああ、分かってる。全員が集まっている時間が無い。通神で会議をしよう」

 通神が閉じられるとネシンバラは大きく溜息を吐く。

 今の一言で事は大きく動くことになる。

 動揺は徐々に大きくなってゆき、やがて分裂を引き起こすかもしれない。

その前に此方で意見を固め、方針を決めなくては。

「……でもね、羽柴。僕達を潰す積もりならこれじゃあ温いよ」

 そう言うと笑い、眼鏡を指で押し上げるのであった。

 

***

 

徳川家康は岡崎城の天守で胡坐を組み、多数の表示枠と向かい合っていた。

「まず、訊こう。現状の戦力で安土率いる織田艦隊に勝てる可能性は?」

『戦力比からして勝率は二割程と判断します━━以上』

 “武蔵”の返答に苦笑したのは正純だ。

『二割ってのを二割も勝てる可能性があると考えるべきか?』

『Jud.、 世界中を見ても織田相手にこれだけの勝率を叩き出せるのは少ないと判断します━━』

 “武蔵”は『ですが』と繋げると三河の地図を呼び出す。

『━━それは竜脈炉を使われなかった場合に限ります━━以上』

「その竜脈路とやら、かなりの代物らしいな」

『Jud.、 私たちも幾度かその威力を見ています。威力は約半径五キロを完全に消失させる程です』

 約五キロ……。

 そんなものを喰らったら一溜まりも無いぞ。

「障壁などで防げるか?」

『岡崎城と武蔵の障壁を最大出力で展開しても完全には不可能と判断します。また、被害を減らす事が出来たとしてもその後の織田軍との戦闘は不可能です━━以上』

 “武蔵”の告げる現実に皆沈黙する。

 どうすれば良いのか? どの道を選んでも先は閉ざされているような気がしてしまう。

そんな重い空気の中、女装が手を上げた。

『なんだ、馬鹿?』

『あのよー、こういう事って普通、えーっと、そとまじりかん? に通すんだから無効じゃね?』

『外交官な。普通であればそうだが相手は織田だからなあ……基本相手の話し聞かないで戦争してくるし。まあ一応抗議はしてみるか』

『あの、ホライゾン。いまツッコミを入れるべきだったのでしょうか?』

 ともかく外交ルートで苦情を言っても効果は薄いという事だ。

 さあ、どうする家康。要求を呑み岡崎を捨てるか、徹底抗戦をするか?

 本心としては徹底抗戦をしたい。

だがそれは多くの者を道連れにすることになる。

 今まで支えてきてくれた武蔵。

 共に歩む事を決めた今川。

 意地を通し傘下に入った北畠・筒井。

そして助けを求めてきた姉小路。

それらを犠牲にできるのか?

『おい、おっさん。あんま悩むなよ?

俺たちはおっさんと一緒に行くって決めたんだ。だからおっさんが戦うってんならとことん付き合うし、逃げるってんなら手助けする。

きっと、いや、絶対他の連中も皆同じ思いだ。だから本心で、後悔の無いように決めようぜ』

 彼の言葉が浸透して行き、気持ちが落ち着いてゆくのが分かった。

 そうだ、自分は一人ではない。

 多くの者が共に同じ道を歩む事決めてくれ、互いに支えあう事にしたのだ。

たとえ一つ一つが弱くとも支えあい、前に進み続けることで巨大な壁を乗り越えられるのだ。

ならば今、自分がとるべき行動は……。

「考えが纏まった。これはあくまでわしの意見だ。だから異議があるなら言って欲しい」

 一息入れ背筋を正す。

「わしは、岡崎を放棄する!」

 皆が沈黙する。だが誰も異議は出さない。

それどころか皆笑みを浮かべ強く頷く。

『後悔はねーんだな? 満足してるか?』

「ああ、これがわしの本心だ」

 そう若き王に伝えると正純が頷く。

『では直ぐに羽柴に伝えましょう。動揺をこれ以上広めないためにも』

『じゃあ、僕のほうでは撤退の作戦を練ろう。“武蔵”君、どのくらいの人間が搭載可能かこっちに送ってくれ』

 あっと言う間に纏まっていく皆に嬉しさを感じながら家康は立ち上がった。

「では、“武蔵”殿。安土に繋いでくれ」

 

***

 

 午後五時。

 羽柴・藤吉郎は前方に広がる浜松を見ながら時を待ち続けていた。

 徳川が要求を呑むかは五分五分。

 だがどちらに転んでも勝つのは織田だ。

織田の筈だが……。

「これで彼らを潰せるとは思えません」

 彼らはしぶとい。

 何度叩き潰しても立ち上がり、その度に力を増している。

━━私たちが動員される事態にならなければいいのですが……。

 そう思っていると突然表示枠が開いた。

『こーーーん、にーーーーちーーーーはーーーっ!!』

 股間のドアップに思わず卒倒しかけると股間が横から殴りつけられ鈍い音が鳴り響く。

そしてそれを見ていた兵士達が一斉に股間を押さえた。

『まったく、何をやっているのですか、この御馬鹿。というわけでお久しぶりです、ホライゾンです。いえーい』

 銀髪の自動人形が両手でピースを送ってくるのを見て思わず拳を握る。

「ホライゾン……アリアダスト!」

『Jud.、 ホライゾンです。で、先ほどから蹲っているのがトーリ様で意味も無く出てきたのでホライゾンも意味も無く出てきました。で、何が言いたいかと言うと、はい、今までのこと全く意味がありません。

どうですか? ホライゾンの勝ちですね』

 ま、全く意味が分からない!?

 いや、冷静になれ。武蔵の連中はふざけている様に見えてやっぱりふざけてて、それでも重要な場面ではふざけてて……。

 し、思考が混乱しています!?

 大きく息を吸うと気持ちを落ち着かせ表示枠を指差した。

「なんだか知りませんが、わ、私の勝ちです!!」

『そ、そうか…………』

 表示枠にはいつの間にかおっさんが映っていた。

「だ、誰ですか!?」

『いや、徳川家康だが……』

「え、あ、はい。始めまして」

 慌ててお辞儀をすると家康も『あ、どうも』と頭を下げた。

「それで……なんの御用でしょうか?」

『ああ、先ほどの要求の返答なんだが』

 ああ、そうか。そうだ。

 ちょっと頭冷やそう。どうも想定外の事に弱い。

「で、では、お聞きしましょう」

 そう言うと家康は頷き、表情を改める。

『先ほどの要求、了承しよう。だがこちらからも条件がある』

「なんでしょうか?」

『まず、岡崎城の譲渡を少し待ってもらいたい。民や兵を輸送する準備がある。故に四時間。それだけの時間が必要だ』

「二時間です。それで輸送は出来るはずです」

『三時間半、郊外の民や負傷者を運ぶ事を考えるとその位必要だ』

「二時間半」

『ならば三時間だ』

 この辺だろう。強引を通して相手を意固地にさせるだけだろう。

「では三時間です。もう一つの条件は?」

『停戦後、三ヶ月間はP.A.Oda、M.H.R.R.は一切徳川に手を出さない。

この条約は公の場で行い、各国が証人となってもらう。

この条件が呑めないのであれば我々は最後の一兵まで織田と戦おう』

 徳川に一切手を出さないというのは後々の事を考えると少々問題だ。

出来ればこの条件を呑みたくは無いが……。

 そう思案していると表示枠が開き、八雲紫が映る。

彼女は頷きで“構わない”と言い、それに頷きを返す。

「いいでしょう。徳川が織田領に入らない限り徳川の軍に手を出しません。

ですが今から三時間後に徳川軍が三河に存在した場合、我々はこれを殲滅します」

『了解した』

「では、これで……」

『いや、少し待って欲しい。まだ言い残した事がある。そう全世界にだ』

 「何だ?」と怪訝に思い、家康の顔を見れば彼の瞳には強い意志の炎が宿っていた。

『あまり嘗めるなよ織田』

 

***

 

「いいか、わしらは多くの物を失った。

城を失い、兵を失い、民を失った。だが、まだ我等は生きている。

いいだろう、城の一つや二つ、領土などくれてやろう。

奪われた分だけ我等は前に進む。草根を喰らい、泥水を啜り、無様に這い蹲ってでも抗おう。

何度でも立ち上がり、何度でも進み続ける。

だからこれは宣誓だ! 我等は一からやり直しより大きく返り咲く。

織田よ! 羽柴よ! 貴様らは今日という日を後悔するだろう!! なぜ、あの時我等を徹底的に潰さなかったのかと!

さあ、行こう。同じ道を歩む者達よ! 徳川は決して理不尽に屈せず、また理不尽によって死に追いやられる者達を救済する!

そして怯えよ! 我等の道を阻む者達よ! 我等はいつでも勝負を受けよう! そしてどちらが正しいのか、ハッキリさせようではないか!!

我等は未来を進む!!」

 

***

 

 夕暮れに染まる浜辺に一機の青い犬顔の武神が片膝を着き、佇んでいた。

 その肩に一人の少女が腕を組み立っていた。

彼女は西のほう、海を挟んで向こうの夕日に染まる山々を見て笑みを浮かべた。

「そうだ。それでこそ私の知っている武蔵、徳川だ。だから来い、ここに。

━━私たちはこの東の地でお前たちを待っている」

 

***

 

「ココ、相変わらず元気のようだえ」

 雪の降り積もる天守から一人の女性がそう目を細めた。

 彼女は口元を扇子で隠し、大きな九本の狐の尾を振り楽しげに体を揺らす。

「さて、徳川が此方に来るなら色々と忙しくなりそうだえ」

 

***

 

 家康は言葉を終えると表示枠を閉じた。

 さあ、大見得だ。大見得を切ってしまったんだから最後まで成さなければなるまい。

 その覚悟は決めた。

 たとえどんなに暗い道でも我等は灯して行くのだ。

 ゆっくりと頷くと天守の戸が開かれ、二人の人物が入ってきた。

「はは、凄まじい演説でしたな。これで徳川は世界中から注目されるでしょう」

「お見事に御座ります。殿!」

 長安と元忠がそう言うと頷く。

「うむ。して、何用だ?」

 訊くと長安は僅かに眉を下げ、元忠が一歩前に出て正座した。

「殿、暇を頂とう御座います」

 予想外の言葉に一瞬沈黙する。

「…………ついて来てはくれんか?」

「いえ、違います。最早ついて行けないので御座ります」

 「それはどういう意味だ」と言いかけて気がつく。

 元忠は笑みを浮かべてはいるが額に大粒の汗を浮かべており、顔色は酷く悪い。

「お主……まさか!」

「お別れに御座います。最早この命、風前の灯、静かに消えようと思っておりましたが殿の演説を聞き考えが変わりました。

この命、先を行く者達の為に最後は盛大に燃やしましょう」

「…………お主の事を知っているのは?」

「この長安と“曳馬”、点蔵殿とメアリ殿だけです」

 力が抜けてゆくのが分かる。

 また、またこの忠義者を失うというのか!

「そんな顔をなさるな。殿はトーリ殿と未来を行く者。笑顔でおられよ。

それこそがこの元忠、最大の至福で御座る」

…………ああ、そうだ。

 これが自分の選んだ道だ。なら今、命の炎が消えかけている家臣に自分がしてやれる事はなんだ?

 一度強く拳を握り、彼の前に立つとその肩に手を添える。

「あい分かった。二度も良く、わしに仕えてくれた。お主の最後の戦場、そこに向かうが良い」

「……忝い!!」

 夕焼けの赤に染まる天守で元忠は満面の笑みを浮かべ頭を下げるのであった。


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