緋想戦記   作:う゛ぇのむ 乙型

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~第三十四章・『月光下の吸血鬼』 中ボスって言うなぁー!! (配点:胡桃)~

 武蔵野艦橋でアデーレ・バルフェットは自動人形や向井・鈴から送られて来る戦況図に冷や汗を掻いていた。

 送られて来る情報の殆どは救援を要請するものであり、残りの大半は艦の被害が急速に拡大している事を伝える警告文だ。

━━どうします!?

 各部隊の連携は完全に断たれており的確な指示が思いつかない。

「“武蔵野”さん、品川の被害状況は?」

「現在品川は重力制御エンジンの出力を40%程低下させており、武蔵全体の速度も20%程低下しております━━以上」

「このままだと追いつかれますね……」

 浜松方面からも織田艦隊は迫ってきている筈だ。

 何とかしてこの状況を乗り越えなければ。

だが、どうする?

 そう頭を抱えていると艦橋の戸が開き、“武蔵”と酒井・忠次が入ってきた。

「あれ、学長? どうしてこちらに?」

「いやあ、外は妖怪だらけだからね。自宅よりもここが一番安全だと思ったから」

 忠次はそう言うと此方の横に立ち鈴から送られて来る立体戦況図を見る。

「派手にやられてるねー。“武蔵野”さん、比較的苦戦してない所は何処か分かるかい?」

「Jud.、 村山艦尾側。大久保・忠隣様の部隊が損害軽微のようです━━以上」

 「だってさ」と笑みを浮かべて此方を向く忠次に「ありがとう御座います!」と頭を下げると“武蔵野”に指示を出す。

「彼女に連絡を! 大久保隊には遊撃隊になってもらい孤立している各部隊の救援に向かってもらいます! それから、“武蔵”さん!」

 忠次の隣りに立つ“武蔵”を見る。

「浅草で品川を牽引できますか?」

 

***

 

・武 蔵:『浅草━━以上』

・浅 草:『可能ではありますが、成功確率はかなり低いと判断します━━以上』

・武 蔵:『貴女が最大限フォローしなさい━━以上』

・浅 草:『ですが……』

・武 蔵:『浅草━━以上』

・浅 草:『…………』

・武 蔵:『…………』

・浅 草:『か、必ず成功させます━━以上』

・武 蔵:『よろしい━━以上』

 

***

 

「可能だと判断します━━以上」

 今、物凄いパワーハラスメントがあったような気がするが……。

 だがこれで品川は何とかなるかも知れない。

残りの問題は……。

「教導院……ですよね」

 現在教導院からの通神が途絶えており、浅間によると強力な通神妨害結界が展開されているそうだ。

 連絡が途絶える直前に正純から送られてきた通神文には妙な暗号が書かれており……。

『金髪。ボイン。隙間。くぱあ』

「何となく分かってしまうのは何故でしょうか……」

 恐らく焦ってたのだろうが何故よりにもよってこのワードなんだか。

「鈴さん、教導院周辺、見えますか?」

「う、ううん。なん、か、こう、膜? みたいのが、あって」

・● 画:『金髪、ボイン、隙間、くぱあ、膜? なに? 同人誌にされたいの?』

・恋 色:『あん? どういう意味だ?』

・金マル:『!? こんな所にも清純要素が!?』

・賢 姉:『いけないわあ!! これはいけないわあ!? だから教えちゃう!! いい!? 隙間に膜にくぱあってのはねえ!?』

・人形士:『はい、かっとぉぉぉぉぉぉ!!』

 あっちは楽しそうですねー。

 そう思いながら戦場図で教導院周辺を覆っている結界を見る。

 どうやらこの結界は物理的にも空間を遮断しているらしくこのままじゃ救援も出来ない。

「結界を外部から破壊できますか?」

『ちょっと難しいですね。かなり特殊な術式を多重に組んでいるらしく、それらを一つ一つ解除していくとなると時間がかなり掛かります』

 中がどうなっているかは分からないが、八雲紫が来ているのなら時間は掛けられない。

どうするか?

そう思案していると表示枠が開き、ネシンバラが映る。

『バルフェット君!! 槍本多君の居場所と忠勝さんの居場所は分かるかい!?』

「え、はい! 副長は武蔵野艦首、忠勝さんは艦橋前で防衛しています!」

『なら直ぐに忠勝さんを槍本多君の所に向かわしてくれ! 人員を交代して槍本多君の蜻蛉スペアで結界を破壊する!

それから立花夫君の元にベルトーニ君を! そっちも人員交代する!』

「Jud!! 直ぐに連絡します!」

『では、此方でも通神だけでも繋がるよう外から結界を解除してみます!』

 浅間とネシンバラに頷くと表示枠を閉じ、椅子から立ち上がり全員を見渡した。

「えっと、今から更に忙しくなりますがよろしくお願いします!!」

 その言葉に皆頷き、一斉に動き始めた。

 

***

 

 教導院前は緊張に包まれていた。

 階段側には八雲紫が悠然と立っており、対して教導院側は天子が他の連中を庇うように前に出る。

 空を見上げれば半透明な結界が張られており退路は塞がれた。

「随分と甘く見られたものね。私たちぐらい一人で十分って?」

「ええ、貴女方を叩き伏せるなど児戯に等しき事。ですので……」

 彼女は目を細め笑みを浮かべる。

「貴女とそこの姫が此方に降るのなら、見逃して差し上げてもよくってよ?」

「……どうしてホライゾンも狙うのかしら? 貴女の目的は私の緋想の剣じゃないの?」

「大罪武装、そしてその統括OS“焦がれの全域”。“来るべき決戦”の為に可能性は全て集めておきたいのよ」

 “来るべき決戦”?

 一体何のことだ?

織田は何と戦う気なのだ?

「おい! おばさん!!」

「おば……!?」

 馬鹿が此方を押しのけ前に出た。

「どうして俺を狙わないんだよ!? 寂しいだろ!?」

「そっちかよ!!」と正純と共にツッコミを入れると馬鹿は頭を掻いた。

「えー、だってよお、自分で言うのもなんだけど俺、ほら、ヒロイン系じゃん?

だからこういう場合は俺も攫われるべきなんじゃないかなーって」

「ああ、成程……って、違うだろ! ほら、こっちに戻れ、馬鹿!」

 正純が馬鹿の首根っこを掴んで引っ張り戻すのを見ると驚愕の表情で止まっていた紫が動き始めた。

「フ、フフ、そう、これが武蔵なのね。情報としては知っていたけど、実際に見ると実にキチ……いえ、個性的な集団ね」

「いいのよ? キチガイって言っても。私が許可する」

 「お前も変な事言うな!!」と正純に怒られるが事実だし……。

「で、どうなのよ? この馬鹿はいらないの?」

 馬鹿が期待した目で紫を見る。

それから紫が馬鹿を吟味し、

「うん。いらない」

と即断した。

「フ、やはり総長より姫の方が価値が高いようですね」

「く、くそ! いいか!? 俺だってなあ! 俺だってなあ! 女装すれば価値が上がるんですことよ!?」

「……見苦しいわよ、馬鹿」

「そうだぞ、馬鹿」

「こ、こいつら全部敵だ!?」

 まだ何か喚く馬鹿にホライゾンが肘鉄を食らわす。

 その様子にまた呆然としていた紫はやがて小さく笑い始めた。

「ふふ、本当にお気楽で馬鹿な子達。だから浜松でも馬鹿者が馬鹿なことをして無駄死にしたのね」

「…………は?」

 一変、空気が変わった。

「今何て言ったの?」

 緋想の剣の柄を握り締め、敵を睨む。

「ええ、浜松で大馬鹿者が無駄死にしたと言ったのよ。あの男が時間稼ぎをしようと結果は変わらなかった。まさしく犬死よね?」

 爆ぜた。

 感情が爆ぜ、理解が追いつく前に敵に飛び掛っていた。

 いま、何て言った?

 元忠さんが無駄死に? 大馬鹿者?

 ふざけるな!! 何も知らない癖に!!

 怒りを込め刃を振るう。

 狙うのは敵の首、そこを一刀両断しようとした瞬間、景色が変わった。

「!?」

 突如紫が消え、階段が現われた。

 

***

 

 咄嗟に床を踏み込みブレーキを掛けると階段の直前で体が止まる。

 危なかった……。

あと僅かにでも反応が遅れていれば階段から転げ落ちていただろう。

 冷や汗を掻きながら振り返れば教導院側に紫が居た。

━━空間転移!!

 攻撃を喰らう直前に自分と此方の位置を交換したのだ。

「随分と熱が入ってるじゃない。絆されたのではなくて?」

「黙れ」

「友情? 信頼? 人を見下す事しか出来ない天人が随分と夢を見るのね?」

「黙れ!」

「あなただって分かっているんでしょう? どうせ、自分には仲間なんて━━」

「黙れ!!」

 敵を黙らせるべく、突撃し頭を叩き割ろうと剣を振り下ろすが紫は軽々と避け此方の背に蹴りを入れた。

 体勢を崩され、転がるが直ぐに起き上がると相手を睨み付ける。

 対して敵は余裕の笑み。

ああ、腹立たしい。なんとしてでもこいつを倒したい。

緋想の剣を握る手を強く握り締め、再び突撃しようとした瞬間、背後からスカートを捲られた。

「おお!! 今日は黒か!! 色っぽいな!!」

「……!?」

 即座にホライゾンが馬鹿を叩きつけ、床に埋まった馬鹿を天使が何度も踏みつける。

「馬鹿! 変態! 信じられない!!」

 馬鹿が床に完全に埋まると息を切らせ、肩で息をする。

「この馬鹿、いきなりスカート捲りとは何ですか」

 ホライゾンに引っこ抜かれると馬鹿は笑みを浮かべて此方を見る。

「落ち着いたか?」

「え?」

「よし、頭冷えたな。あのおばさんの言葉なんて気にすんなよ?

オメエはもうとっくに俺らの仲間、家族だ。だからなに言われたって気にすんな! な! ホライゾン!!」

「Jud.、 天子様も衣玖様も、後から合流した皆様全員、ホライゾンは仲間、共に道を歩むものと判断しております。ですので、敵が否定を押し付けてくるのであれば、天子様は肯定で押し返してください」

 やり方はともかく此方を気遣ってくれたのだろう。

 まったく、まったくこの馬鹿たちは……。

「いいわ、そこで見てなさい。あんな隙間ババアちょちょいのちょいで私が倒してやるわ」

 先ほどまでの怒りや苛立ちは消え、心は満ちている。

 この満ちを奪おうというのなら……。

「さあ、来なさい! 八雲紫! 幻想郷に居た時とは違うって事、教えてあげるわ!!」

 紫が冷たい笑みを浮かべた瞬間、上空に空間が開き槍が降り注いだ。

 

***

 

「━━成程、了解したわ。直ぐに部隊を編成する」

 村山艦尾でアデーレからの指示を受けた大久保は表示枠を閉じ、腰に手を当てた。

「まったく、先輩方は後輩使いが荒いわー。私、文系やってのに」

 まあ、今はそんな事を言ってられないか。

 突然の奇襲で武蔵全艦が戦場となり下級生までもが動員されている。

そんな中で自分だけ安全なところには居られない。

「御嬢様、どのような指示だったのですか?」

 隣りに立つ加納に訊かれ頷く。

「私らの部隊は今から遊撃隊や。まずは戦力集めて各部隊の救助と合流に向かう。後ろの方で一年部隊がおったよな?」

「Jud.、 後方防衛兼後詰として配備されております」

「一年には悪いけど遊撃隊に合流してもらうわ。今は一人でも戦力が欲しいから。

と言うわけで私は今からひとっ走りしてくるから加納は私らの隊の再編成しておいて」

「護衛はよろしいのですか?」

「Jud.、 ここから一年詰め所まで距離は短いし村山艦尾は比較的敵の攻撃が薄いから。大丈夫や」

 それに普通の妖怪程度なら返り討ちに出来る自信がある。

これでも自分は襲名者だ。

 そう加納に伝えると彼女は頷き部隊の方に向かった。

 その背を見送ると此方も大きく息を吸い、一年詰め所の方角を見る。

「さて、行くか!」

 そう意気込むと大久保は駆け出した。

 

***

 

 一年詰め所に向かう途中上空を魔女隊が通過した。

 現在先輩達の命令で浅草に魔女隊が集められている。

その為各艦の制空能力が低下するのが気になるが村山には航空戦闘可能な敵が来てなかったはずなので前向きに見る。

「それにしても……この奇襲作戦考えた奴、性格悪いで!」

 敵は各艦に部隊を均等に配置しているが艦ごとにその編成は違う。

 主力を配備している武蔵野には天狗や鬼といった主力を展開し、武神が多く布陣している村山や多摩には大型の妖怪が布陣、住居や生産地区が多く、最も避難民が多い高尾や青梅には火災を起こせる敵が展開されている。

 敵は完全に此方の動きを読んでいる。

「主力級は足止め喰らってるしなー」

 おかげで自分達みたいな日陰者が走り回ることになる。

 詰め所まで半分ぐらいまで来ると一息つけるために立ち止まる。

 しばらく息を整え、近くの柱に背凭れていると空から少女が降ってきた。

「!!」

 金の長い髪に白いリボンを着けた少女は同じく金の双眸で此方を見る。

━━吸血系異族!!

 背から生やした大きな蝙蝠の翼を伸ばすと少女は笑みを浮かべた。

「おねーさん、お名前は?」

「……は?」

「だから、お名前!!」

 少女はそう言うと翼をパタつかせる。

「ちょう、そういうのは自分から先に名乗るもんやで?」

「あ、それもそうね! 私はくるみ! 幽香様に使えるスーパー吸血鬼よ!!」

 そう名乗ると彼女はその場で一回転するが石に躓いて転んだ。

━━……なんかちんちくりんな奴やなー。

 涙目になった彼女は自分の鼻を摩りながら此方に訊いてくる。

「あなたのお名前は?」

「あー、大久保・長安やけど……」

「えっと、大久保さんね。ちょっと待っててね」

 くるみはそう言うと表示枠でなにやらリストの様な物を広げ始める。

「名前は……ないなあ。大久保さん何年生?」

「二年やけど、なんなん? そのリスト」

 くるみはリストとにらみ合いっこしながら答える。

「くるみちゃんのぶっ殺しリスト」

「…………」

 そっと踵を返す。

 うん、やっぱやばい奴だ。

 今すぐ逃げよう。

「えーっと……あ、あった!! 二重襲名者だったんだ!!」

 直後、脱兎の如く逃げ出した。

 

***

 

 大久保は振り返らず走り続ける。

 途中追いつかれないように路地に入り、左折右折を繰り返し別の大通りに出た。

その直後、左側の家屋が断ち切られた。

 赤い流体の刃が水平に迫り、それを咄嗟に身を屈めて避ける。

すると崩れた家屋の裏からくるみが現われた。

「あー、もう! 避けないでよ!!」

「あほか!! あんなん当たったら真っ二つや!!」

「真っ二つぐらいいいじゃんー」

「良くないわ!!」

 即座に駆け出し相手との距離を離そうとするとくるみは赤い流体弾を放つ。

直線的に迫るそれを横への跳躍で回避するが流体弾は地面に着弾した瞬間、無数に分かれた。

━━炸裂弾!?

 爆風は広範囲に広がり、体が吹き飛ぶ。

 回転する視界の中で自分が頭から地面に落ちているのを察知すると左の義腕を地面に立て、跳ねた。

そして空中で一回転すると足から着地する。

━━あ、危なかった!!

 一か八かでやってみたがなんとか成功した。

 爆風によって土煙が巻き上がっている今がチャンス。

この間に振り切ろうと駆け出すと突如背後から凄まじい圧迫感を感じた。

「これ、やば!?」

 直後金の一閃が放たれた。

 凄まじい速度で突撃するくるみを避けようとするが間に合わなかった。

 敵の爪がこちらの義腕に当たり、凄まじい衝撃を受け義腕が破砕する。

 そしてそのまま地面を転がると近くの壁に叩きつけられた。

「月夜の吸血鬼から逃げれるとでも思った? ざーんねんでした!!」

 くるみは月明かりを背に金の目を輝かせて近づく。

 それを視認しながら大久保は何とか立とうとする。

しかし攻撃を受けた衝撃と壁に叩きつけられた衝撃で体が麻痺していた。

━━…………あかん。

 詰んだ。

 現状対抗手段が無い。

 敵を甘く見た自分の失策だ。

 こんな所で終わるのか?

その悔しさに歯を食い縛るとくるみが眼前に立った。

「さて、まずは一人。悪く思わないでねー」

 吸血鬼の腕が上がる。

 あれが振り下ろされた時が自分の最期。吸血鬼の力で頭を砕かれるだろう。

そう覚悟した瞬間、影が飛び込んだ。

 影はくるみの腹に蹴りを入れると吹き飛ばし、倒れている此方の前に着地する。

「あ、あんたは……」

 鴉の羽根が舞った。

 天狗の少女は此方を一瞥すると立ち上がりつつある敵を睨む。

「姫海堂はたて! 好きにやらせてもらうわ!!」

 

***

 

 エステルは振り下ろされる棍棒を避けると鬼の背後に回りこんだ。

 鬼は直ぐに彼女を追おうとするが振り返った瞬間にエステルが棍を突き出し顔面に喰らう。

 頭へ強烈な一撃を喰らった鬼は後ろへ倒れ気絶した。

「ヨシュア!!」

「ああ、分かっている!!」

 休んではいられない。

 道の先を見ればここ、遊撃士協会支部を目指して妖怪の軍団が接近してくる。

 大小あわせて三十は越える敵群は血に飢えていた。

「うへ、あれ全部相手にするのかー」

 魔獣退治は慣れているとは言えこうひっきりなしに来られると堪らない。

「まず僕が切り込む、敵が混乱した瞬間を狙ってエステルが突入。妖夢は突破した奴を倒してくれ」

「了解です!!」

「二人とも! 来るわよ!!」

 敵群はすぐそこまで来ていた。

 ヨシュアがそれに切り込もうとした瞬間、路地から別の軍団が現われ合流する。

「な!?」

「まずい!!」

 敵は三倍にも膨れ上がれ、さすがにアレを止めることは出来ない。

 ヨシュアが咄嗟に此方の前に出、構えると蝶が舞った。

「蝶!? 幽々子さん!?」

 振り返った瞬間、蝶の群れが背後から現われ敵群の先鋒を飲み込んで行く。

 すると奇妙な事に妖怪達は次々と倒れていった。

 蝶に触れられた妖怪は糸が切れたかのように倒れて行き、その様子に後続の軍団が止まる。

「下がりなさい」

 幽々子は此方の横を通り、前に出る。

「この子達は私の大事な子達。それを傷付けるというならば一人残らず冥府に落ちると知れ!」

 普段とは違う。

とても冷たい威圧感に妖怪達は冷や汗を掻き、後ずさった。

それから暫く相談しあうと皆頷き、撤退して行く。

 その背中を幽々子は見えなくなるまで睨み付けると溜息を吐いた。

「ふう……なんとかなったわね」

「ゆ、幽々子さん、凄かったんですね!」

 その言葉に幽々子は少し困った顔をすると笑みを浮かべた。

「凄くなんか無いわ。こんな力は……ね」

「幽々子様……」

 心配そうにする妖夢の頭を撫でると彼女は扇子を開く。

「当分はここに寄って来ないでしょう。今の内に休憩と、これからどうするかを決めましょう」

「そうですね。何がなんだか分からないまま戦っていましたし」

 ヨシュアの言葉に頷く。

「この妖怪達って織田ですよね?」

「ええ、間違いないわ。この妖怪軍団は統合争乱の時にも見た事あるから」

「それって……つまり紫様が?」

 妖夢の言葉に頷くと幽々子は険しい表情を浮かべる。

「私は今から教導院に向かうわ。恐らくそこに彼女は居るはずだから」

「じゃあ、私たちも……」

「駄目よ。貴方達は遊撃士、国家間の戦いに参加してはいけないわ」

「ゆ、幽々子様も遊撃士じゃないですか!!」

「そうね。だから現時点をもって私は遊撃士支部長の任を降りるわ」

 その言葉に皆息を呑んだ。

 ふざけて言っているわけではない。

そんな事は彼女の瞳で分かる。

「友が誤った道を進もうとしているかもしれない。私は、それを止めたいの」

 彼女の決意は固い。

 だが彼女を一人で向かわせていいのか? いや、そんな筈は無い!

「幽々子さん、貴女の友を思う心は素晴らしいと思います。ですが遊撃士支部長たるものが自分の責務を放棄して私事に走るべきだとは思いません」

「ヨシュア……」

 ヨシュアの方を見ると彼は「大丈夫だよ」頷く。

「ですが貴女を止めるべきでは無いとも思います。そこで、僕たちはこの戦いに介入します。

今回の件、織田は非道を積み重ね多くの人命を奪いました。

そして今もこの武蔵にいる民間人と難民達の命が危険に曝されている。

人命救助を優先する遊撃士として、この戦いに介入すべきです」

「そうね、ここで見捨てたら何のための遊撃士かってなるものね!」

「ええ、そうです。幽々子様! 私も同じ気持ちです!!」

 三人の言葉を聞き、幽々子は暫く言葉を失っていたがやがて眉を下げて苦笑した。

「まったく、本当にいい子たちなんだから」

 それから表情を正すと幽々子は二対の扇子を取り出した。

「分かりました。ではこれより遊撃士協会武蔵支部に所属する全遊撃士に命令します。

これより我々はこの戦いに介入し、民間人の救護を行いながら武蔵アリアダスト教導院に向かいます!

全員、遊撃士の誇りを胸に全力で当たってください!!」

「「了解(ヤー)!!」」

 号令と共に四人の遊撃士達が“支える篭手”を掲げ、戦場へと介入を始めるのであった。


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