緋想戦記   作:う゛ぇのむ 乙型

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~第三十五章・『夢幻の主』 元祖マスパ (配点:ドS)~

 品川の避難民地区は恐慌状態に陥っていた。

 避難民地区は即席のバリケードで覆われており、そのバリケードに妖怪達が殺到していた。

 一匹の妖怪がバリケードを破壊し、突入しようとするがその眉間を導力銃で撃ちぬかれた。

 その死体を踏みつけ、他の妖怪達もバリケードの穴から避難民地区に突入しようとするが突如流体の壁が避難民地区を覆った。

 足の止まった妖怪軍団にオリビエはすかさず銃撃を喰わし、半数を倒す。

「ふう、どうやら間に合ったようだね」

 銃を下ろし振り返れば魔道書を開いたパチュリーが立っていた。

「でも余り長くもたないわよ? それまでに対抗策を練って頂戴」

 パチュリーの言葉に頷くとオリビエは避難民地区を見渡す。

 避難民地区は品川艦尾側、積載地区に設けられたものであり周囲には艦首側に運ぶ途中であったコンテナが幾つもある。

「ふむ……あれは使えるか?」

 そう頷くと正門側に居るミュラーに声を掛ける。

「ミュラー君、あのコンテナでバリケードを補強しよう。アレだけの重さなら敵を食い止められるだろう」

「良い案だが……どうやって動かす? 作業用の軽武神がいくつか置いてあるが俺たちには操縦できないぞ?」

 「ああ、それなら」と後ろを向き、難民達の方を向く。

「この中に誰か武神の操縦が出来る人は居るかい? コンテナを運んでバリケードの補強をしたいのだが」

 難民達は皆静まり互いに顔を見合わせると、やがて一人、また一人と挙手をする者達が出てきた。

「伊勢の港で積荷の運搬作業を……」

「俺は独学なんですが……」

「あ、あの、実際に乗ったことは無いんですが、知識だけなら!!」

 その言葉にオリビエは頷く。

「では皆、早速始めよう! 正門側はミュラー君が指揮を、裏門側は僕が指揮を執る!」

 「「おう!!」」と難民達が鬨を上げると動き始めた。

 その様子を見ているとパチュリーが此方の腰を肘で突く。

「分かっているでしょうけど、上からの攻撃には対処できないわよ」

「ああ、これはあくまで時間稼ぎだ。根本的な解決は……彼らに任せよう」

 上空を魔女隊が通過し、品川艦首側に向かって行く。

 そして暫くすると戦闘が開始された。

「……ところでシェイクスピア君は?」

「彼女なら武蔵野に向かったわよ。“きっと彼は調子に乗ってピンチになってる筈だから”って」

「はは! 恋する乙女はいいね! パチュリー君には無いのかい?」

 その質問にパチュリーは面倒くさそうに溜息を吐くと半目になる。

「無いし、そんな予定は無い。あんたと違って私は浮かれてないのよ」

「これでも本命にはなかなか奥手なんだがね……」

 そう肩を竦めるとオリビエは裏門側に向かう。

「ともかく、ここを切り抜けよう。死んだら恋も出来ないからね」

 その言葉にパチュリーは頷くのであった。

 

***

 

「よし、出来た」

 品川の避難民地区。

その裏門近くにある倉庫で森近霖之助は一息を吐いた。

 彼の前には黒の機殻箒が置かれており、つい先ほどまで最終点検を行っていたのだ。

 そしてそれもようやく終わった。

 今の状態なら最新鋭の機殻箒に匹敵、いやそれ以上の性能を発揮できる自信がある。

「あとはこれをどう彼女に渡すか……か」

 浜松港で渡しそびれ、武蔵で渡そうと思ったがこの奇襲で彼女は他の魔女達と共に出撃してしまった。

 生憎彼女の連絡先は知らず通神を送ることも出来ない。

 どうしたものか?

 そう悩んでいると倉庫の戸が開かれる。

「おい! 霖の字! 手伝え!」

「親父さん? どうしたんですか?」

「避難地区のバリケードを補強するためにコンテナを作業用武神で運ぶことになったんだ。

お前、確か作業用武神に乗れたよな?」

 確かに以前一度だけ操縦した事があるが、それだけで正直上手く動かせるとは思えない。

そう霧雨の親父さんに伝えると彼は「それでも構わない」と頷いた。

それから彼は機殻箒の方を見る。

「なんだ、あの馬鹿にまだ渡してなかったのか?」

「ええ、その前に飛び出していきましたから」

 彼女が今使っているのは旧式の機殻箒だ。

さらにミニ八卦炉も持っていない。

 霧雨の親父さんは僅かに表情を翳らせると直ぐに首を振り、平静になる。

「その箒は俺が見ててやる。だからお前は補強作業を手伝ってくれ」

「分かりました」

 機殻箒を霧雨の親父さんに預け彼とすれ違う瞬間、小さく彼が呟くのが聞えた。

「…………あまり心配かけてんじゃないぞ」

「…………」

 そのまま無言で倉庫を出ると空を見上げる。

━━魔理沙、親父さんは君を嫌ってなんかいないよ。

 いつの日か、この親子が共に笑える日が来るのだろうか?

 そうなって欲しいと願いながら霖之助は武神置き場に向かって走り始めるのであった。

 

***

 

 品川着弾地点にて金属の激突音が鳴り連なっていた。

 鎌が振られ拳がそれを弾く。

それが数十回も繰り返され、ノリキとエリーは何度も互いの位置を交代しながら戦い続けている。

━━厄介ですね!!

 そうエリーは内心愚痴る。

 この少年、特務級でもないのにかなり出来る。

その上で例の術式が厄介だ。

 創作術式“睦月”。三発の打撃で相手の術式を破壊する技で、あれのせいで安易に術式を使えない。

━━重力制御を自由に使えればもっと楽ですのに!!

 敵の拳が迫り、それを体を逸らして避けるとそのまま背後に回りこむ。

だが敵は避けられた拳をそのまま横に振りぬき、体を回転させるとこちらと相対する。

「徹底的にインファイトする気ですわね!!」

「分かっているなら言わなくていい!!」

 敵が踏み込んでくる。

 それから逃れる事は不可能と判断すると鎌を突き出した。

 敵は鎌の下を潜り抜けさらに迫ってくるがとっさに足元にある金属板を重力操作で突き立てた。

 それを敵は殴りつけて吹き飛ばすがその隙に距離を離し、近くの柱に乗った。

「まったく、優雅さの欠片も無いわ」

 自分は普段から優雅である事を心がけている。

門番である自分の品位はそのまま主の品位に繋がる。

主が色々と優雅から程遠い人なので自分が優雅さを稼いでおかなければ。

 だから至近距離での殴りあいなんて以ての外だ。

「私は踊り疲れましたわ。そんなに踊りたければ一人で踊りなさい。もっとも踊るのは猿踊りでしょうけど」

 周囲の鉄板や砕けた装甲などを重力制御で持ち上げると自分の周囲に展開する。

「さあ、逃げ惑いなさい!!」

 笑みを浮かべると同時に浮遊物が一斉に放たれる。

 高速で放たれる浮遊物は床に当たると突き刺さり、柱に当たれば柱を砕く。

 ノリキは駆け出し柱を盾にしながら回避するが、彼の退路を断つように浮遊物を射出した。

 彼の周囲はあっと言う間に更地になり、隠れれる場所は無い。

「ふふ、チェックメイトですわ!」

 砕けた鉄板を重力制御で持ち上げ狙いをつける。

 敵はもう回避できない。

回避できたとしても続く二射、三射目で仕留める。

そう判断し、鉄板を射出した。

━━さあ、どうでます!?

 射出された鉄板に対して敵が行ったのは腰を落とした構えだ。

 彼は拳を握り、肘を引くと大きく息を吸った。

 不動の構えから彼が行おうとしている事は……。

「鉄板を打ち返す気!?」

「分かっているなら…………言わなくていい!!」

 鉄板が敵の眼前まで迫った瞬間、彼は拳を突き出した。

 拳は鉄板を正面から穿ち、拳を喰らった鉄板は真っ直ぐに戻ってきた。

━━しまった!!

 そう思った頃には鉄板は眼前に迫り、激突した。

 

***

 

 ノリキは敵が顔面に鉄板を受け、柱から落下するのを確認すると息をゆっくりと吐いた。

 鉄板を殴った右拳を見れば、手の甲が大きく裂けており血が噴出している。

かなり無茶をしたため右腕全体も麻痺をし、応急治療が必要だろう。

「ともかくこれで……」

 そう呟いた瞬間、柱の周囲の残骸が一斉に浮き、放たれた。

━━なに!?

 咄嗟に避け、近くの柱に隠れると鉄柱の裏からエリーが現われた。

彼女は額から血を流しており、その瞳は怒りに満ちている。

「ふふ、私としたことが油断したわ。でも残念ね。私の重力操作による威力軽減の方が早かったわ」

 彼女はそう薄い笑みを浮かべると千切れた白い帽子を投げ捨てる。

「……一つ、言い忘れていた事があるわ。私のご主人様、風見幽香は物凄く短気な人なのよ。それでね、私も……短気なのよね!!」

 そう怒りを爆発させると周囲の瓦礫が一気に巻き上げられた。

いや瓦礫だけではない。まだ無事だった品川の外部装甲も砕け、その形を変えてゆく。

 鉄骨は骨格へ、外部装甲は鋼鉄の皮膚へ、そして瓦礫は内蔵となり徐々に肥大化してゆく。

「…………これは!!」

 巨人が立った。

 瓦礫で出来た巨人は体を軋ませ、咆哮によって空気を振動させる。

 エリーは完成した巨人の肩に乗ると笑みを浮かべた。

「さあ、私の重力制御によって出来た残骸巨兵(ルイーネン・ゴーレム)!! あなたにこの子の攻撃が耐えられるかしら!!」

 巨人が腕を振り上げ、ノリキを押し潰すべく拳を叩き付けた。

 

***

 

 浅草から品川に向かって三人の魔女が飛行していた。

 先頭はマルゴットが飛翔し、その両横にナルゼと魔理沙が飛翔している。

「先遣隊はもうやってるみたいだね!!」

「じゃあ、私たちは回りこむわよ! マルゴット、魔理沙!」

「ああ! 派手に暴れれば良いんだろ!? 私の専売特許だぜ!!」

 アデーレからの指示で魔女隊は品川上空に展開している敵部隊を引き付ける為に動いている。

 だが敵は天狗族を航空戦力の主力としており、強力な天狗族の前に魔女隊は苦戦を強いられている。

さらに厄介なのが……。

「来たよ!!」

 マルゴットの声と共に一斉に急降下を行うと先ほどまで自分達が居た場所が流体砲撃によって飲み込まれる。

「なによコレ! 戦艦クラスの砲撃じゃない!!」

「あいつが来てるからな!!」

 風見幽香は自分が知る中でもトップランクの攻撃力を持つ存在で、品川に最初に砲撃を喰らわせたのも彼女だ。

彼女が居る限り武蔵は常に危険に曝されることになる。

「なあ! あいつの事は私に任せてくれないか!!」

「やれるの!?」

 振り返るマルゴットに力強く頷くと笑みを浮かべる。

「任せとけって!!」

 黒魔女と白魔女は顔を見合わせると頷き、此方を見た。

「じゃあ、任せるわよ! しっかりやんなさいよ! 魔理沙!!」

「ああ!!」

「それじゃあ、二人とも!! 行くよ!!」

 マルゴットの号令と共に三人の魔女は別れた。

そして品川上空、敵味方入り混じる戦場へ三魔女が突入をする。

 

***

 

 風見幽香は集中攻撃を受けていた。

 今自分を狙っている魔女は六人ほどで、何れも自分を中心に円軌道を取っていた。

 魔女は基本二人一組で動いており、一組が動けばもう一組はその支援に、残りの一組は此方の動きの観測を行っている。

━━良い判断ね。

 時間を稼ぐことに特化した布陣だ。

 自分と此方の実力差を良く理解しており、冷静に行動している。

 攻撃役の二人が来た。

 二人は此方を挟み込むように動くと一気に迫って来る。

それを迎撃しようと動くと援護役の魔女達が射撃を放ってきた。

「この!」

 傘で硬貨弾を弾くとその隙を狙って攻撃役が棒金弾を放つ。

それを強引に体を逸らして避けると舌打ちした。

━━潰すなら纏めてよね!!

 羽ばたき一気に加速すると支援役の一人に向かう。

他の魔女たちが此方を止めるために攻撃を行うがそれを全て避けると急上昇した。

 此方を追おうと攻撃役の魔女達と支援役の魔女達が追うが……。

「駄目! 追っては!!」

 観測役が叫ぶがもう遅い!

 急上昇を止め、体を捻ると傘の先端を下方に向けた。

「消し飛びなさい!!」

 傘の先端から流体砲撃が放たれ、一直線に落下して行く。

 四人の魔女達は慌てて回避を行うが砲撃が掠り、四人とも墜落して行った。

 その様子を見た観測役の魔女達が逃げようとするが……。

「逃がすわけ無いでしょう!」

 傘を逃げる背に向ける。

 そして流体砲撃を放とうとした瞬間、下方から流体のミサイルが迫る。

「!?」

 直ぐに傘を下に向け、ミサイルを薙ぎ払うと爆風の中から白黒の魔女が現れた。

「よう、久しぶりだな」

 白黒は月夜の中その金の長い髪を月光で輝かせ、小憎らしい笑みを浮かべる。

「誰かと思えば魔理沙じゃない? そう、貴女、徳川に居たのね」

「元々は姉小路だがな。アリスも一緒だぜ」

 「でしょうね」と幽香は小さく笑うと目を細めた。

「それで、私に何の用かしら?」

「そんなん、分かっているだろう?」

 魔理沙は帽子の中からフラスコを取り出し、投げつけた。

 それを手で叩き割ると周囲に煙幕が張られる。

━━目眩まし程度で!!

 上昇し、煙から抜け出せば異様な光景が広がっていた。

 白の巨体が近づいていたのだ。

「これは……、浅草!?」

 浅草はその船体を移動させ、品川の左舷側に近づく。

そして輸送用の牽引帯が射出され、品川の左舷と接続する。

「浅草で品川を牽引するつもりね!?」

「ああ! そして、お前は私がここで倒すぜ!!」

 そう言い、魔理沙は一気にこちらに向かって加速した。

 

***

 

 浅草が品川を牽引し始めたのを見ると品川上空にいた妖怪達が一斉に牽引帯目掛けて動き始めた。

 その軍団を横から武蔵の魔女隊が強襲する。

 まず突入したのは双嬢だ。

 黒と白の魔女は牽引帯を断とうと大太刀を持つ大天狗たちを上空から奇襲し、硬貨弾で大天狗たちの翼を打ち抜いた。

 他の天狗たちは上方から来る双嬢を迎え撃とうと手に持つ長銃を構えるがそれよりも速く白魔女が線を引き、黒魔女が射撃を放った。

「Herrlich!!」

 放たれた棒金弾は敵群の中で破裂し、拡散する。

 それにより牽引帯に群がっていた敵の半数が墜落し残りは一斉に散らばり始める。

「一応は上手く行ったわね!」

「うん! でも、こっからが本番だよ!!」

 牽引帯を攻撃しに来た部隊は一旦品川上空に戻っていったが体勢を立て直しているのがここからでも見える。

 航空戦力は敵の方が圧倒的に多い。

 今は大丈夫でも今後、波状攻撃を仕掛けられれば苦戦は免れない。

「やっぱ敵の大将倒さなきゃ駄目かー」

「つまり、教導院で今頃派手にやってる貧乳天人に全てが掛かってるってわけね」

 品川に先行していた魔女隊が戻って来てこちらに一礼すると後方で迎撃体勢を整え始める。

「ナイナイ、勝てると思う?」

「さあ? でも、あいつ私と似たところあるから、だからきっとやるわ」

 そう笑みを浮かべるナルゼに頷き、こちらも笑みを浮かべると品川の方を見る。

 敵部隊は攻撃態勢を整えつつあり空中に魚鱗陣を敷いている。

「上等じゃない、一気にこっちを押し潰す気よ」

「じゃあ、思いっきり歓迎しないとね!」

 こちらも迎撃態勢が整い魔女隊が四重の横列を組んだ。

 そして暫く互いに睨み合っていると敵部隊の方角から法螺貝の音が鳴り響き、一斉に突撃を開始する。

 それに合わせてこちらも突撃を開始した。

「行くわよ! マルゴット!!」

「行こう! ガっちゃん!! Herrlich!!」

 双嬢が敵の先陣を打ち落とすと同時に攻撃の応酬が始り、浅草・品川間の上空で両航空部隊が入り混じり交戦を開始した。

 

***

 

 品川の道路を魔理沙が飛翔していた。

 彼女は周囲を窺いながら家屋の間を抜け、大通りに出る。

 その瞬間に砲撃が来た。

 咄嗟に減速すると眼前に流体の光が落ち、爆発が生じる。

「あぶね!?」

 爆風を使い、一気に上昇を行うと緑の影が眼前に現れる。

「どこに行く気かしら?」

「!!」

 幽香が放った蹴りを機殻箒を垂直に立て受けると大きく吹き飛ぶ。

 そして空中で一回転をし受身を取ると直ぐに距離を離した。

━━任せろとは言ったものの、きっついなあ……。

 敵は幻想郷でも指折りの妖怪。

 スペルカードルール無しの、本当の戦いで相手をしたくない奴だ。

 対して自分は万全ではない。

 機殻箒はやや旧式の物であるし、自分にとって切り札となるミニ八卦炉が無いのだ。

 あの時、親父が居たからって意地を張らず新型の機殻箒をこーりんから受け取っておくべきだったか?

いや、今さらうだうだ言っても仕方が無い。

 今打てる最善を全て打ち、あの強敵を倒さなければ。

 背後から流体砲撃が迫り、それを急降下で避けると品川右舷側に向かって行く。

敵の攻撃は一撃でも喰らえば致命的だし此方の攻撃はあの傘で弾かれ、大振りの技は回避される。

「何時までもうろちょろと!! 逃げてるだけかしら!?」

 あんな火力馬鹿と真正面からやり合うつもりは無い。

 格納用の二律空間から煙幕筒を取り出すと後ろに落とし、煙を炊く。

敵が此方を一瞬でも見失っているうちに品川右舷側に出ると垂直に降下した。

そして艦底に出ると潜り込む。

 敵が追撃してこない事を確認すると一息を吐き、額に浮かんでいた汗を拭った。

「さて、どうしたもんかな……」

 まず考えるのは自分と敵の差だ。

火力。

火力は相手の方が圧倒的に上だ。ミニ八卦炉を持っていたとしても敵の方が上だろう。

防御力。

これも敵が上だ。敵はあの何でも弾く材質不明の傘を持ち、また妖怪であるため人間よりも遥かに頑強だ。

ならば速度。

これなら此方が上だ。敵も飛行能力を所有しているが此方は機殻箒。スピードでは此方が上である。

「やっぱ、スピード勝負か?」

 だがそれだけで勝てる相手ではない。

 もう一つ何か相手に勝てる要素が欲しい。

 そこで思いつくのは彼女の性格だ。

 風見幽香はかなり短気な性格であり、またその力から驕り易い。

先ほども敵は全力を出していなかった。

此方を狩の獲物か何かと思っており少しずつ甚振るつもりだ。

その慢心を衝けるかもしれない。

 二律空間から人形を取り出すと見る。

 自分を模したこの人形はパチュリーが昔創ったミニゴーレムだ。

これに幻影魔術を掛ければ……。

「よし……これが最善手だ」

 そう頷くと一気に加速を行った。

 

***

 

 風見幽香は品川上空で様子を見ていた。

 小賢しい魔女を取り逃がしたがあの娘の事だ、一旦体勢を立て直し此方への対抗策を練っているだろう。

━━いいわ、それでこそ潰しがいがある。

 霊夢と共に居る白黒。

 幻想郷の弾幕ごっこではそれなりの実力だが本気の殺し合いではどうなのか?

非常に興味があるのだ。

「なにせ、“彼女”の弟子だものね」

 故にそれなりでなければ困る。

 だが、もし期待外れだったら?

 “彼女”の後継足り得ないとしたら?

「その時は徹底的に潰すわ。二度と魔女に成りたいなんて思えないほどに」

 さて、もうかれこれ五分待った。

 あと一分して出てこなかったらこっちから向かうか。

そう思った瞬間、右舷側から白黒が現われた。

 機殻箒に乗った彼女は一直線に此方に向かって来、その体には爆砕術式が付与されている。

「自爆!? 気でも狂ったのかしら!!」

 傘の先端を向け、拡散流体砲撃を行うと敵はそれをすり抜けて行く。

その様子に舌打ちすると後ろへ跳躍する。

そして近くの家屋の屋根を蹴り上げると、屋根が吹き飛び魔女の進路を遮る。

 魔女はそれを避けようと屋根の下を潜り抜けるが……。

「馬鹿ね! 消し飛びなさい!!」

 事前に屋根の下に向けていた傘の先端から流体砲撃を放つと砲撃は白黒を飲み込み、爆発が生じた。

 だが爆発の中から突如煙幕筒が投げつけられる。

「煙幕? まさか……今のは身代わりか!?」

 直後背後から白黒が現われた。

 彼女は此方の至近に迫ると六つの流体ミサイルを放ち、笑みを浮かべる。

「背後を取ったぜ!!」

 次の瞬間、背中に六つの流体ミサイルが着弾し爆発が生じた。

 

***

 

 魔理沙は幽香が背中から此方のマジックミサイルを喰らい、爆発に飲み込まれたのを見た。

 背後からの完全な不意打ち。

 いくら幽香であったとしてもただでは済まないだろう。

━━なんだ、私、結構やれるじゃん……。

 飛騨での一件から自分は大した事無い、人を救うことが出来ないと自信が無くなっていたが最善手を追求する事によって格上に一矢報いる事が出来た。

「だが、念には念をだな」

 無傷ではないだろうが今ので敵を完全に無力化できたとも思えない。

 そう思い、慎重に残りのマジックミサイルの照準を合わせながら爆発が晴れるのを待つと魔理沙は驚愕の声を上げた。

「……なに!?」

 居なかったのだ。

 幽香は跡形も無く消え去っており、痕跡すら残っていない。

 マジックミサイルの爆発で吹き飛んだのか?

いや、あれにそこまでの威力は無い。

ならば……。

「!!」

 直後、下方より流体砲撃が迫りそれを避けようとするが間に合わない。

 機殻箒は後部を砕かれ、バランスが崩れる。

 衝撃で手が離れ、落下をすると首を掴まれた。

 綺麗な赤の瞳が迫った。

 幽香先ほどまでの笑みは無く、怒りの表情を浮かべていた。

それも苛立ちからの怒りではなく失望からの怒りだ。

「私も分身を使える事を忘れていたのかしら?」

「分……身……だとっ!?」

「最善手を打つ事に専念したようだけど、それで私に勝てるとでも?

貴女は弱いわ、魔理沙。貴女は子供で、人間で、凡人で。

だからそんな貴女がするべき事は最善手では無く、さらにその上を考える事。

凡人の最善手は格上の通常手と同じ。私たちと同じ土俵で戦いたいのなら常に最善の先を行きなさい」

 「ああでも……」と幽香は呟くと顔から表情が消える。

「貴女では一生私に追いつけないわ。貴女の憧れている霊夢にもね」

「!!」

 此方の首を掴む幽香の腕を強く握る。

 そんな事言われなくても分かっている。

私は凡人だ! 子供だ!!

だから必死に努力して、魔法を研究して!!

少しでもあいつに追いつこうと!!

「……それは決して叶えられない夢。砂上の楼閣よ」

 頭を金槌で殴られたような衝撃を感じた。

 残酷な一言に心が冷え切って行く。

「あ」

 反論が出ない。

何故ならそれは私が一番知っていたことだから。

知っていて、知らないふりをしていたことだから。

 幽香の腕を掴む手を離し、脱力すると幽香は静かに口を開いた。

「さようなら、未熟な魔女。

━━━━貴女は魅魔の後継として失格よ」

 手が離され、体が落下する。

 意識を失う前に見たのは酷く寂しそうな幽香の顔であった。


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