緋想戦記   作:う゛ぇのむ 乙型

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~第三十七章・『萃の鬼』 疎密操る (配点:酒呑童子)~

 魔女隊の多くは浅草の防衛に向かったが一部は所属艦に残り、対空防衛を行っていた。

 村山の魔女隊補給所にも数名の魔女が残り、村山に接近する敵の迎撃や他の魔女達の補給準備などを行っている。

「ほら! 行くよ!!」

 一人の黒魔女が機殻箒を持ち、四階のテラスに出ると振り返りもう一人の魔女を呼ぶ。

 遅れて出てきた魔女は背中にリュックサックを背負い、そこには浅草で戦闘中の同僚達に配る医薬品や弾薬が入っている。

「ま、待ってよー! これ重いんだから!!」

 浅草に向かった同僚達からの報告では戦況は劣勢。

 双嬢が居るお蔭でなんとか持ち堪えている状況らしい。

 最前線で傷つき、戦っている仲間達の為にも一刻も早く、補給物資を届けなければ……。

 そう思っていると背後から影が差した。

「え?」

 振り返れば頭があった。

 白く巨大な頭骨はその目である二つの空洞で此方を見る。

「エエノウ、若サジャ」

━━が、がしゃどくろ!?

 それもかなり巨大なタイプだ。

 直ぐにリュックサックを背負った彼女を庇うように立つと機殻箒を構える。

「エエノウ、スベスベデ」

「……は?」

 先ほどからがしゃどくろはうわ言の様に呟き続け、此方に敵意を見せない。

「ね、ねえ、攻撃してこないの?」

「そう……みたいだけど……」

 突然がしゃどくろが自分の体を抱きしめた。

その様子に二人は驚くと一歩後ろに下がる。

「カサカサダア」

 がしゃどくろは嘆くように。

「ナゼジャア」

 がしゃどくろは絶望するように。

「ナゼ、オマエラハスベスベナノジャア!?」

 そして怒った。

 補給所の塔を両腕で掴み、揺らす。

 その衝撃で二人が転倒するのを見るとがしゃどくろは拳を振り上げる。

「スベスベ殺シテ、ワシモスベスベニナル!!」

「「り、理不尽だーぁ!?」」

 二人で抱き合い、怯えると突如がしゃどくろが横から殴りつけられ吹き飛んだ。

「大丈夫さね!?」

 朱の武神が立っていた。

 朱の武神は大型レンチを構えるとがしゃどくろと相対する。

「J、Jud.、 助かりました!!」

 武神の肩に乗っていた女子生徒が「行きな!!」と言い、それに頷くと二人は慌てて飛び立った。

 

***

 

 魔女二人が飛び立つのを確認すると直政は敵を見た。

 がしゃどくろは立ち上がりつつあり、周囲の家屋が押し潰されて行く。

 敵の大きさは此方より一回り上、かなりの大物だ。

━━中武神隊じゃ相手にならないわけさね。

 自分は元々村山の艦尾側に居たのだが中部の中武神隊と連絡が途絶えたため調査に来た。

 そこで発見したのが補給所を襲撃しているこのがしゃどくろだ。

 こいつが通った先は更地になっており、それから敵が艦首から来た事が分かる。

「あんまり好き放題されると困るんさね」

 地摺朱雀を一歩前に出させる。

 敵は完全に起き上がり、暫く自分の側頭部を指で掻いていると此方に気が付く。

「エエノオ……」

「?」

「鉄ノ服、エエノオ……。ワシモ着タイノオ……」

「作って着りゃいいさね」

 がしゃどくろは「ナルホド」と頷くが今度は自分の姿を見る。

「デモ、ワシ、骨ジャカラノオ」

 そう呟くと突然肩を振るわせ始めた。

そして天を睨むと咆哮を上げる。

「ナゼジャア!! ナゼワシハ骨ナノジャア!!」

 そして飛び掛って来た。

 その巨体からは信じられないような速度で飛びかかり、それをレンチで受け止める。

 訳が分からん!?

 いや、妖怪なのだから人間の常識は通用しないか!!

「蹴れ!! 地摺朱雀!!」

 敵の腰を蹴ると、敵は大きく吹き飛んだ。

しかし空中で一回転をすると足から着地し、再び突撃してくる。

 やはり速い!!

 最初の呆けた雰囲気からは想像が付かないような機敏さ。

 猪の如き突撃を受け地摺朱雀が後方の建物を砕きながらスライドする。

「ワシャア、ナ、ワシャア、温モリヲ感ジタイノジャ……」

「…………」

 取っ組み合いになりながら相手の悲痛な声に思わず同情する。

「ワシャア! ギャルノ温モリ感ジタインジャア!!」

 前言撤回、叩き潰そう。

 そう心の中で強く頷くと敵の右腕を左脇で挟むと再び蹴りを喰らわす。

 その衝撃で敵は右腕が右肘から外れ、後方へ転倒した。

 それから外れた右腕を投げ捨て腰を落として突撃する。

「叩き潰せ!! 地摺朱雀!!」

 右手の大型レンチを敵の頭蓋に叩き込もうとした瞬間、後方から先ほど投げ捨てた腕が飛び掛り地摺朱雀の頭部を鷲掴みにする。

「なに!?」

 本体から分離しても動けるのか!?

 此方の動揺の隙を見て、がしゃどくろは腰に抱きついてくる。

 恐るべき力で抱きしめられ地摺朱雀の腰部装甲が歪んでいくのを見ると飛翔器を展開し、上空へ逃げた。

「オオ!? タカイノウ、一緒ニ空ノ旅カイ?」

「いや! あんたは離れなよ!!」

 腰を捻り、敵の拘束を払うと落下する敵の頭に蹴りを叩き込んだ。

頭部を掴んでいる腕も引き離し下に投げつけると本体と共に墜落した。

 表層装甲が砕け、周囲の物を巻き上げているのを確認しながら着陸すると土埃の中からがしゃどくろが現われた。

「通常の手段じゃ倒せない……」

 言葉がそこで途切れる。

 がしゃどくろの体は立って居のだが頭が無かったのだ。

 体は暫くあたふたとその場を動いているとやがて自分の頭蓋を見つけたらしく瓦礫の間から頭蓋を取り出し、装着した。

「アア、生キカエル。死ンデルケド」

━━今の……。

 もしかしたらやれるかもしれない。

 敵を倒せる可能性を見出し、口元に笑みを浮かべると二本持っている内、左手のレンチを離すと腰を落とし両手でレンチを握った。

「来な! ちょっとした空の旅行に連れて行ってやるさね!!」

「オオ!? 旅ハエエノオ。温泉エエノオ。ギャルノピチピチ肌エエノオ!!」

 よし、思いっきり行こう。

 がしゃどくろが腰を落とし突撃の姿勢を取るのと同時に此方もレンチを垂直に立て、構えた。

 一瞬。

 白が迫った。

 腰を落とした状態での突撃。

 それを視界に捉えレンチを全力でスウィングすると……。

「ホームラン!!」

 レンチは敵の頭蓋を穿ち、巨大な頭骨は遥か彼方へ飛んで行く。

 頭を失った胴体は暫く沈黙しているとやがて慌てて頭骨を追いかけていった。

そして村山の端まで行くとそのまま転落していった。

 その様子を直政は見届けると「よし!!」と小さくガッツポーズを取るのであった。

 

***

 

 浅草上空を朱の機動殻が飛翔していた。

 不転百足だ。

 不転百足を身に纏った伊達・成実は浅草を爆撃しようとする天狗に顎剣を直撃させ撃墜すると近くの屋根に着地した。

『これで五十二体目』

 空を見上げれば敵はまだまだ沢山おり、限が無い。

━━魔女隊も奮戦はしているけどね。

 だが数の差が響いている。

 自分も連戦でそろそろ補給をしたいところだが……。

 直後浅草が揺れた。

 振動と装甲が砕ける轟音と共に浅草中部に赤の柱が立った。

いや、柱が立ったのではない。

下から突き出したのだ。

 柱のように見えたそれは赤の甲殻で、それは体長百メートルを超える百足であった。

『大百足って奴かしら?』

 あれほど巨大な百足、見るのは初めてだ。

 百足が出現したのを確認した魔女達が一斉に攻撃を行うが堅牢な装甲を前に全て弾かれる。

━━私の仕事かしらね?

 双嬢は牽引帯守るので手一杯だし艦首側の副長補佐は敵と相対していて動けない。

あと浅草に居る戦力であれと戦えるのは副長補佐の補佐である立花・誾と自分だけだろう。

 そう判断すると飛翔し大百足に接近した。

 此方に背を向けている大百足に顎剣を二本射出するが何れも敵の装甲によって弾かれる。

 大百足が此方に気付き、その体を振った。

 迫る巨体に緊急上昇し避けると大百足はその体を浅草右舷側に向かって叩き付ける。

 破砕と倒壊の連音が鳴り響いた。

 浅草船体が軋み、悲鳴を上げるのが分かる。

敵を逃したと理解した百足はその巨体を起き上がらせ此方を視界に捉える。

『まったく、まさに百鬼夜行ね』

 今日一日で様々な妖怪を実際に見ることが出来た。

その脅威さも知る事が出来た。

その事に僅かな感謝をしながら顎剣を取り出すと敵を中心に飛翔する。

 敵は凄まじい巨体。

 全身は鋼鉄のような甲殻に覆われており、無造作な動きでも十分此方の脅威になる。

 ならば自分の取るべき行動は遠距離攻撃だ。

 敵は装甲に覆われているがその関節までは覆われていない。

遠距離戦で敵の関節を穿とう、そう判断した瞬間大百足がその体を揺らし始めた。

━━なに?

 突然の行動に危険を感じ、距離を離すと敵は巨大な口を開き此方を捉えた。

そして体を一回、大きく縦に振ると口内から緑色の粘隗液を吐き出してきた。

『!!』

 直ぐに横へ跳躍し避けると粘隗液は遠くの通りに落ちた。

 着弾地点では煙が一気に噴き上げ、大きな穴が出来上がって行く。

━━熔解性の液弾!!

 厄介な。

 そう内心舌打つ。

 敵は遠距離戦も可能だ。遠距離から安全にと言うわけにも行かなくなった。

 さて、どうする? 一旦戻って体勢を立て直すか?

 否。

 それは有り得ない。なぜなら私は不退転。

敵を前にして下がるという選択肢は無い。

 ではどうするのか?

 このままあの敵に好き放題させていたら浅草が内部から破壊される。

『一寸法師ってもたまにはいいかしら?』

 ちょうどうちにも一寸法師が居るし。

『立花・誾、貴女の場所からあの大百足の注意を引けないかしら?』

『Jud.、 可能ですがどうする気ですか?』

『ちょっと一寸法師になって来るわ』

『……は? まさか!?』

『行くわよ?』

 通神を切り、突撃した瞬間、浅草艦首側から砲撃が放たれた。

━━良いわね。

 流石西国無双の嫁、理解が速い。

 敵が艦首側に気を取られている内に敵に接近すると、大百足は此方に気が付き振り返った。

 その瞬間、口の中に飛び込む。

 顎剣を前に構え突っ込むと敵の食道を通り、突き破って行く。

 視覚素子に<<装甲融解! 危険!>>と表示されるが構わない。

 腕が熔け、頭も半分潰れて視界が半分遮断される。

それでも進み続け、突き破り続けると大百足の断末魔の咆哮と共に反対側、装甲と装甲の隙間、関節から飛び出した。

 直後、装甲の緊急パージを行い脱出すると落下し家屋の屋根を抜け、叩き付けられた。

 その衝撃で息が止まり、意識が一瞬途絶えるが大百足の巨体が横に倒れる振動で直ぐに意識を取り戻す。

「…………」

 起き上がろうとするがどうやら脱出の際に足を失ったらしく両足とも踵から下が融解していた。

━━困ったわね。

 これじゃあ、戦いを続けられない。

 そう思っていると表示枠が開き、立花・誾が映る。

『無茶をしましたね。伊達副長』

「そう? 武蔵に居るんだからこのぐらいの無茶、普通だと思ったわ」

 そう口元に笑みを浮かべると誾も笑みを浮かべ頷く。

『これからそちらに向かい、回収します』

「副長補佐の方に行かなくて平気なの?」

『Jud.、 宗茂様なら大丈夫だとそう、信じていますから』

「そう。じゃあ、悪いけど迎えに来てくれるかしら? どっかの馬鹿は少し忙しいみたいだから」

 そう言うと家屋の窓からは見えない多摩の方角を見るのであった。

 

***

 

 白い霧が立ち込める多摩の住宅街。

 立ち並んでいた家屋は全て崩れ、砕かれていた。

 霧の中心に影が立った。

 白い半竜だ。

 半竜は全身の装甲に亀裂を走らせており、よろめきながら何とか立ち上がる。

━━ぬう、予想以上のダメージであるな……。

 左翼が完全にいかれた。体もふら付き、意識を保つのがやっとだ。

「へえ? 驚いた」

 霧の中から少女の声が響き、霧が収束して行く。

 霧はやがて小柄の少女の形となり、此方の前方に現れた。

「さっきの一撃、ミンチにするつもりの一撃だったんだけど……仮にも竜を名乗る種族なだけはあるか」

 そう笑みを浮かべると伊吹萃香は瓢箪に入っている酒を飲む。

「それで? まだやる?」

「愚問だな」

 左翼がやられたが右翼はまだ動く。

まだ自分は十分に戦える。

 そんな此方の戦意を読み取り萃香は目を細めると拳を構えた。

 それに合わせて此方も構えると後ろから「少し、まった!!」と声を掛けられる。

「なに?」

「おや?」

 此方の横を通り前に立つ姿があった。

 桃色の髪を持ち導師服を身に纏った少女は此方を一瞥すると小さな鬼と相対する。

「彼女の相手は私に任せてくれないかしら?」

 

***

 

 へえ……。

 意外な人物と再開できたものだ。

 そう萃香は思った。

 今この戦場に乱入してきた彼女は自分や勇儀にとって懐かしい顔だ。

 茨木華扇。

自分と同じ鬼の四天王の一人であり、四天王の中でも変り種だ。

「貴様……、たしか……」

 白い半竜が華扇の背中をまじまじと見ると頷く。

「最近武蔵に来た“歩き食い説教淫ピ仙人”か!!」

「ちょっと、待ちなさい……!」

 華扇は笑みを浮かべながら眉を逆立てると白い半竜と向かい合う。

「なんだか私の称号が不名誉なことになっている気がするわ! というか淫ピって何よ!?」

「知らんのか? 貴様のようにピンク髪で巨乳キャラは淫乱と相場が決まっているのだ!」

 「えー」と呟き思わず一歩引くと華扇が慌ててこちらに振り向く。

「違うからね!? 私、どちらかと言うと清純派だから! ほら!!」

 その場で一回転すると彼女の胸に着いていた二つの山が大きく揺れた。

「…………淫ピが」

「うむ、淫ピだな」

 「なんで!?」と驚く彼女に苦笑すると訊ねる。

「それで? 何しに来たのさ?」

「え、ああ、何しにって武蔵に乗っていたら妖怪が暴れまわり始めて知っている気配が近くに居たから来たのよ。貴女を止めに」

 最後の一言で彼女は雰囲気を一変させる。

「ふーん? 武蔵に付くんだ? 勇儀もこっちにいるってのに」

「そんなの関係ないわ。貴女たちが間違った事をしようとしているなら私はそれを止めるだけ」

 間違った……か。

幻想郷に居たときは此方を避けてこそこそと何かを企んでいたくせに。

相変わらず彼女は頭が固いらしい。

“正しいだの誤りだの関係ない”というのに。

「一つ忠告するよ。善悪、正誤、そんな物に囚われていると本質を見失うよ」

「それは一体どういう意味かしら?」

「表裏なのさ。織田と徳川は。この先、生き残って行くつもりなら織田信長という男を知りな。きっとそれが一番答えに近い筈だから」

 彼らがこの戦いを切り抜け、先を行くならばこの言葉の意味も分かるだろう。

「さて、それじゃあ今度は華扇、お前が相手なの?」

「ま、そうね」

 華扇がそう肩を竦め、一歩前に出ると半竜が彼女を後ろから呼び止める。

それに振り返ると彼女は苦笑し「今の状態じゃ勝てないでしょ?」と言う。

「それじゃあ、殺り合いましょうか?」

「いいねえ、久々に血肉沸き踊るって奴だよ」

 華扇が構え、此方も構える。

 そして次の瞬間、一気に敵に肉薄した。

 

***

 

━━速い!!

 一気に間合いを詰め、殴りかかって来る萃香の攻撃を防ぐため咄嗟に眼前に障壁を展開すると敵はそれを殴りつけ、砕いた。

その衝撃で体が後ろへ吹き飛び、二十メートル程後方で着地する。

「相変わらず!!」

 これで勇儀よりは力で劣っているというのだから恐ろしい。

 そう思っていると今度は高密度の熱弾が迫ってきた。

 それを横へ跳躍し、路地に逃げ込む事で回避するとそのまま路地を駆け抜け敵の背後に回りこむ。

 右肘を引き、高速の殴打を敵の後頭部に放つが敵は背後を見ずに放たれた此方の右腕を掴みそのまま前に投げ飛ばした。

 回る視界の中咄嗟に姿勢を建て直し着地をすると同時に右手で地面を触る。

「捉えなさい!!」

 右腕から伸びた何かが地面を伝い、敵の足元まで来ると突如流体の茨が敵に巻き付く。

「へえ? これが今の腕の代わり?」

「ええ! それなりに便利よ!!」

 左手で攻撃術式を展開すると球状の流体弾を敵に叩き込む。

 敵は笑みを浮かべながら流体弾の中に消え、爆発が生じるがその中から無傷で現れた。

「温いよ!!」

 右腕が一直線に放たれそれを左手で弾くと今度は左腕が来る。

それを右腕で弾くと敵は間合いを更に詰め、横蹴りを叩き込んできた。

 左脇腹に強烈な一撃を受け、そのまま右に吹き飛ぶと近くの家屋を突き破り隣りの通りまで転がる。

━━キツいなあ……。

 咄嗟に防御術式を展開して威力を減衰して良かった。

今の蹴り、まともに喰らえば腎臓を蹴り潰されていただろう。

 影が差す。

 萃香は向こうの道路から跳躍をし、家屋を飛び越え此方の頭上に出ると瓢箪をハンマーのように叩き付けて来る。

 後ろへの跳躍で瓢箪を避けると、前方の道路が弾け衝撃で更に体が吹き飛んだ。

「ほらほら! どうしたの!! もっと本気を出さないと死んじゃうよー!!」

「私は貴女や勇儀と違って頭脳労働担当なの!!」

 倒れていた体を起き上がらせると同時に右手で近くの柱を捉え遠隔力場で持ち上げると小鬼に叩き付ける。

 だが彼女はそれを片手で受け止めると投げ返してきた。

「っち!!」

 迫る柱に対しあえて飛び込み潜り抜けると右手の人差し指と中指を合わせ敵を囲むように線を描く。

「三角方陣!!」

 三角の障壁が敵を囲むと掌を敵に向け、握る。

「圧!!」

 迫り押し潰そうとする障壁に対して敵が取った行動は受け止めた。

彼女は両手で二面の障壁を、片足で一面の障壁を受け止めると笑みを浮かべる。

「だからさあ……本気だしなよ!!」

 割れた。

 方陣は中から強引に砕かれ、散った。

 あらためて思うが無茶苦茶だ。

そうだ、あれは理不尽な存在なのだ。

理不尽に対して理屈で勝てるはずが無く……。

「それじゃあ、今度はこっちから……そぉおれ!!」

 萃香の放った拳が突如巨大化し、此方の全身を殴打した。

 

***

 

 萃香は華扇が正面から殴打を喰らい吹き飛ぶのを見た。

 彼女は道路を転がり続け、やがて道路の突き当たりで壁と激突し壁は崩れ倒れた。

 道路には彼女の血が続き、赤の線が出来上がる。

その光景を見ながらは呆気ないと感じた。

 はて? 彼女はこんなに弱かっただろうか?

 元々力より知で戦う存在であったがここまで手緩くは無かったはずだ。

腕が無いから? いや、その程度大したハンデではない。

 ともかく行こう。

 鬼は戦いにおいて正面勝負を好む。

 嘘八百長騙して手など無く、力によって己の強さを証明するのだ。

 あの茨木華扇という鬼も、鬼としては姑息な方であったが戦いには矜持を持ち挑んでいた。

だから私は彼女を好ましいと思った。

━━こんなんで終わらないでよ?

 正面から戦い合って互いに満足して久しぶりに酌み交わそうと思っていたのだから。

 倒れて動かない彼女の前まで来ると違和感を感じた。

 この彼女には無いのだ。

 温もりが、生きていた痕跡が。まるで人形のような……。

「まさか!?」

 直後、倒れていた華扇の体が爆ぜ、無数の茨が此方を絡め取った。

そして崩れた壁の向こうから額から血を流した華扇が現われ指で方陣を引く。

 再び現われた三角の陣に捉えられると彼女は此方の頭上に術式を展開し叫ぶ。

「焔柱落撃!!」

 頭上より凄まじい熱の柱が落ち、此方を飲み込んだ。

 

***

 

 華扇は肩で息をしながら萃香が高熱の柱の中に消えたのを確認した。

 吹き飛ばされた際に仙術によって自分の分身を作り上げ、自分は崩れた壁の裏に隠れる。

そして敵が近づくと同時に拘束用の茨を放ち敵の行動を制限、その隙に方陣を作り上げ逃げ場を塞いだ状態で攻撃術式を叩き込む。

 咄嗟に思いついた策だが何とか上手く行った。

 鬼は正面から戦う事を好む。

故にこういった搦め手は苦手なのだ。

「こういった手を使える様になったのは喜ぶべきか、悲しむべきか……」

 以前の、鬼四天王と共に居た頃の自分には出来なかった手だ。

 ともかくこれで倒せるとは思えないが手傷の一つや二つを負わせる事は出来ただろう。

そう思った瞬間、足元から霧が噴出した。

━━霧!?

 驚きに目を丸くすると腹部に強烈な殴打を下から喰らい、体が縦に吹き飛ぶ。

そして地面に叩き付けられると胃の中の物を吐き出した。

━━どうして!?

 その疑問は直ぐに解けた。

 先ほどまで萃香居た場所、その床には多きな穴が出来上がっており敵は足元を崩して武蔵の下層へと逃れたのだ。

 霧が収束し、萃香は姿を現すと殺意の篭った目で此方を見下ろす。

「気に入らないなあ……」

 左顔に蹴りを喰らい、横に転がる。

「気に入らない」

 今度は右顔に蹴りを喰らい、やはり右に転がった。

 ぼやける視界の中、萃香は冷たい表情を此方に向けると髪を掴み無理やり起き上がらせる。

「私が見ない間に随分と腑抜けたようじゃん。正面から来る訳でもなく、かといって搦め手も中途半端。華扇、あんた、何がしたいの?」

 頭突きを喰らい、一瞬視界が真っ白になる。

「もし、信念も無く、状況に流されるだけになっているのなら……そんな死人、私が向こう岸に送ってやるよ」

 小鬼の拳が振り上げられる。

 ああ、あれが振り下ろされたら自分の頭蓋は砕かれ絶命するだろう。

 情けない。

普段偉そうに説教して、でも本当は自分自身が一番ふら付いているのにそれを隠して……。

それでこの結末か。

頼まれごと一つ果たせず、友人を失望させる。

「御免なさい……ね、ケビン……さん」

 自分は“鍵”と共に歩めるほど高潔な存在では無かったらしい。

 そう諦め、目を瞑った瞬間凛とした女性の声が響いた。

「死神の迎え待たずにそう簡単に死のうとするんじゃないよ。このお節介仙人もどき」

 銭が飛来し、萃香がそれを避けるために此方と距離を離すと眼前に着地する姿があった。

 大きな鎌を片手で持ち、赤く燃えるような髪を持つ彼女は此方に一瞥をすると胸を張り、名乗りを上げるのであった。

「九鬼水軍所属、小野塚小町!! 久々の出番さ!!」


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