緋想戦記   作:う゛ぇのむ 乙型

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~第三十九章・『戦の鬼』 赤い戦鬼 (配点:猟兵団長)~

 村山艦尾側。

一年詰め所は慌しく動いていた。

 後方待機を指示されていた一年生達は急遽前線に赴く事になり、その準備で誰もが武器の点検や陣形の再確認を行っている。

 そんな詰め所の中に“曳馬”は居た。

 自艦に難民を乗せ、補助の自動人形たちに航行を任せた彼女は武蔵に残留し予備戦力として待機することにしたのだ。

「“曳馬”さん! 魚鱗陣ってVの字でしたっけ!?」

「それは鶴翼陣で御座います。魚鱗陣は三角に展開します」

「あ、そうか! 有難う御座います!!」

「“曳馬”さーん! この土嚢どこに置いておきますかー?」

「それは西側に。皆様は遊撃隊となるので重い荷物は極力持たないように」

「ひ、“曳馬”さん!! 御幾つですか!?」

「“武蔵”様よりは若いです」

 

***

 

・村 山:『ひ、“曳馬”、真実でももう少し表現方法を変えたほうが良いと判断します━━以上』

・武 蔵:『村山、つまりそれは同意だと言う事ですね? 今度、二人でじっくりと話し合いましょう。ちなみに私は一歳です。年が止まっているので一歳です━━以上』

 

***

 

 なるほど、この世界では年をとらないので自分と“武蔵”が同い年とも言えるのか。

しかしそうなると私は何歳なのでしょうか?

 永遠の零歳?

 興味深いですね。

そう思っていると詰め所の北口から大久保・忠隣が息を切らせながら駆け込んできた。

「おや、大久保様。想定よりも遅めの到着ですね」

 そう声を掛けながら近づけば、彼女の特徴的な義腕が砕けている事に気が付いた。

「ああ、ちょっと、ほんわか系殺戮吸血鬼に終われてなー。もうくたくたや」

「逃げ切ったのですか?」

 そう訊くと彼女は首を横に振った。

「途中助けが入ってな。ほら、居たやろ? 伊勢の時に武蔵に来た天狗が」

 はたて様が?

 てっきり真田に帰っているものかと思っていたが……。

「私もそう思っていたんだけどね。まあ、何か思うことがあったんやろ、彼女なりに」

「では、今彼女は相対中ですか?」

「Jud.、 これから一年纏めてあの天狗の援軍に向かうところや」

 それは止めた方がいいのではないだろうか?

 相手は襲名者と戦える吸血鬼、それに実戦経験の乏しい一年生をぶつけるのは危険だ。

それに遊撃隊の救援を待っている部隊は多く居る。

「私が参りましょう」

「ええの? 腕とか無いけど?」

「Jud.、 確かに片腕有りませんが腕一本でも狙撃は可能です」

 浜松に帰還後、体の修復を直ぐに行ったが腕のスペアだけは無かったので右腕は取り外したままだ。

 万全の状態ではないが戦闘は可能と判断すると二律空間から一丁の長銃を取り出す。

「“村山”様。姫海堂はたて様の位置は分かりますでしょうか?」

『少々お待ちを…………発見しました。当艦左舷側、詳しい位置情報を送ります━━以上』

 “村山”から送られてきた情報を確認すると“村山”に礼を言う。

そして大久保を一瞥すると北口に向かい始めた。

「さて、小鬼退治といきましょう」

 

***

 

 奥多摩の後悔通りを突き進む軍団が居た。

 それは灰色の石壁の軍団で地響きを立てながら進み続けている。

 それに対するのは長銃を構えた徳川の兵たちだ。

 迫る壁の群れに対し彼らは一斉に銃撃を浴びせる。

 しかし放たれた銃弾は全て弾かれた。

「くっそぉ!! 壁は回避専門じゃないのかよ!?」

「いや、ほら! アデーレ様っていう例外が!!」

『なんか、不名誉な事話してませんか!?』

 迫り続ける壁に一人の男が飛び出した。

「ちょぉぉぉぉっと待てや!! 壁ども!!」

 男の一喝で壁の群れが止まる。

「ナンダ?」

「壁が攻めに回るってのは無しだろうが!! 壁は壁らしく守備とか道塞ぐとかしてろよ!!」

 「そうだ、そうだ!!」と後ろの男達も叫ぶ。

 その様子に壁たちは暫くひそひそと話すと先頭の壁が一歩前に出た。

「オレタチ敵ヲトウサナインダナ」

「おう、壁だからな」

「デモ、突撃スルノハ良インダナ」

「いや! 駄目だろ!! どこの世界に突っ込んでくる壁がいるんだよ!!」

「デモンズウォール?」

 「それ余所のネタだろ!!」と誰かが突っ込むと壁たちは再び進み始めた。

 それに対して先ほどの男は体当たりをする。

「う、うぉぉぉぉぉ!? 根性!!」

 男に続き他の兵たちや後方に居たバケツ頭の大男も壁に群がった。

 壁軍団と人間の軍団が押し合いになるが壁の方が力が強く、徐々に押されていく。

「く、くそ!! このままじゃ壁軍団が教導院で戦っている小壁に向かっちまう!!」

 そう叫んだ瞬間、先頭の壁が砕けた。

 それに続き、後方の壁たちも砕けて行く。

 支えを失い、兵たちは転ぶと前方に白い犬が着地した。

「オウオウ! また面倒クセーのが一杯いるぜェ!! アマ公!!」

 イッスンの言葉にアマテラスは一回吠えた。

そして突撃の姿勢を取ると頭の上でイッスンが筆を構える。

「それじゃあ、いくぜェ!! イッスン様の壁抜き! とくと御覧あれ!!」

 直後、イッスンが筆で壁の点を突いて行き、壁が次々と砕けていった。

 

***

 

 浅草艦首側で鋼が弾かれあう音が鳴り響いていた。

 二人の男は互いの間に火花を散らし、幾度も激突を繰り返す。

 赤の大男が右手の斧を振り下ろすと赤の青年はそれを後方への跳躍で回避する。

そして青年は即座に反撃に出、手に持つ槍を突き出すが大男はもう一つの、左手に持つ斧で槍を弾く。

 弾かれた衝撃で青年の体勢が一瞬崩れ、その隙を突こうと大男が踏み込む。

 青年は咄嗟に加速術式を展開し加速を行うと大男の横を抜け、逃れた。

━━これほどまでとは!!

 そう青年━━立花・宗茂は心の中で敵に賞賛の声を送った。

 かの<<赤の戦鬼(オーガ・ロッソ)>>。

こうして相対してみれば噂通り、いや、噂以上の実力の持ち主だ。

 速さは上の中、しかし彼の一撃はその一つ一つが致命的だった。

 此方の隙を決して見逃さず、隙を見つければ必殺級の一撃を叩き込んでくる。

更にこの男、先ほどから刃を交えているがまったく隙を見せない。

 そのせいで先ほどから此方は防戦一方だ。

この男、一体どれだけの修羅場を潜り抜けてきたのか。

男の技に流派など無い。

 ただ合理的に、効率良く敵を倒せ、生き延びることに特化した技だ。

━━困りましたね……。

 書記からの指示で教導院に向かうように言われている。

しかしこの男に背を見せるのは自殺行為だ。

まもなく会計が来るそうだが……。

「どうした? 戦場で考え事か?」

「Jud.、 将である事の厄介さを感じていました」

 そう言うと大男━━シグムント・オルランドは口元に笑みを浮かべる。

「傭兵と違って将は戦場の全体を見ないといけないからな」

「傭兵も戦場を見ているのでは?」

「確かに傭兵も戦場の動きを見ている。だが傭兵は所詮雇われの兵士だ。国の将よりも見る戦場は狭い上、最悪自分達だけの事を考えていればいい」

 シグムントは肩を竦めると此方を見る。

「西国無双、一つ聞きたいことがある。それだけの腕を持っていて何故武蔵にこだわる?」

「こだわる……ですか?」

「そうだ。それだけの腕があるなら一度全てがリセットされたこの世界で三征西班牙に戻り、西国無双を再襲名する事だって出来る。

いや、国に戻らなくとももっと良い待遇で迎え入れる国も多いだろう。

だと言うのに、何故貴様は武蔵に残り副長補佐などという役職に甘んじている?」

 そう言うことですか。

確かに外から見れば疑問だろう。

だが武蔵(うち)に入れば分かる。

「まず一つ。武蔵には誾さんが居ます。彼女を置いて何処かに行くというのはありえませんね。

次にここには本多・二代が居る。忠勝を目指す彼女と共に居る事は私自身の成長に繋がります。

そして最後に。武蔵には葵・トーリがいる」

「ほう? 葵・トーリ、それほどまでの男か? うつけやら変態やら評判は芳しくないが?」

「それは敵を欺く為でしょう。ええ、そうです、きっと、はい」

 「少し目が泳いでいるぞ」と言われ、軽く咳を入れる。

「私は彼と出会い、彼の大きさを知りました。

今はまだ小さな力ですが、きっと、いや、必ず彼と彼の仲間たちは大きくなります」

「P.A.OdaやM.H.R.R.よりもか?」

「Jud.、 何故なら彼は、私たちは前を向き続けるからです。どの様な壁が現われたとしても私たちは乗り越え、力にします」

 そうだ。だから私はここに残ると決めた。

 王と姫の行く先、彼らの理想を見たいから。

 そう思っていると戦鬼が大きく笑った。

そして嬉しそうな、楽しそうな笑みを浮かべると二対の斧を構える。

「昔、貴様らと似たような事を言っている奴らが居たな。

いいだろう!! 貴様らの覚悟、力、この<<赤の戦鬼>>シグムント・オルランドが試してやる!!」

 敵の闘気が高まっていくのが分かる。

━━まだこれほどの力を隠していましたか!!

 勝負は一瞬で付くだろう。

 次の攻防。

そこで互いに全力の一撃を放ち、決着を付ける。

 互いににらみ合い、突撃のタイミングを計っている突如声が鳴り響いた。

「この勝負、ここまでだ!!」

 声の先、コンテナの間から一人の男が現われた。

 麻の袋を背負った男は商人服を身に纏い方に狐方の走狗を乗せ両者の間に立つと、袋を落とした。

 鈍い、金属の音が鳴る。

「武蔵アリアダスト教導院会計、シロジロ・ベルトーニ!! 金の力で解決しに来た!!」

 

***

 

 シグムントは突如現われた男に僅かな驚愕と苛立ちを感じた。

 せっかく盛り上がって来たというのに水を差された気分だ。

「会計だと? 裏方が何をしに来た?」

「言った筈だ! 解決しに来たと!! 故に……」

 男が近づいてくる。

それに警戒すると男が突如膝を折った。

「なに!?」

 そして一気に体を縮め、額を地面につけ手を此方に差し出してくる。

「これで撤退してください!!」

 手の上には紙で包まれた金貨があり、これはつまり……。

「土下座だと!?」

 

***

 

・○べ屋:『きゃー!! シロ君素敵!! 完璧な土下座よ!!』

・焼き鳥:『え!? いま素敵な要素が有った!?』

・寺子屋:『己のプライドを完全に捨てたその姿はある意味潔いと言えるかもしれんが……』

・東海一:『流石の俺も土下座はキツイかなー? こんど一度やってみるか?』

・寺子屋:『やめてください。義元公が土下座したとか聞くと卒倒しそうなのが数名居るので。朝比奈とか岡部とか』

・貧従士:『あ! シグムントさん、会計を蹴りましたよ! 良く転がりますねー』

・○べ屋:『ちょっと、何すんのよ! あの片目親父!! 他の商人と掛け合って資産凍結するわよ!!』

・立花嫁:『いや、割と普通の反応では?』

 

***

 

 地面を転がり、体勢を立て直した武蔵の会計を睨み付ける。

「ふざけているのか?」

「ふざけているのは貴様だ! 何故、金で動かん!? 貴様、それでも傭兵か!! 人間か!?」

 まさかの逆切れに少し驚くとなんだか脱力した。

「その程度の金で<<赤い星座>>が動くと思っているのか?」

「無論、この金だけではない。今此処で、貴様が織田から貰っている契約費の二倍は出そう!」

 男が放つ雰囲気を見るに嘘では無さそうだ。

 織田が<<赤い星座>>に払っている金額の二倍となると相当なものになる。

それをこの男は出せると言うのだ。

たしかに魅力的な話しだが……。

「悪いが金で動き気にはなれないな」

「……なぜだ? 貴様は傭兵、金こそ至上の団体だと思っていたが?」

「確かに傭兵は金が好きだ。得になるからな。だが今回の場合、織田に付くことによって金以上に特になる物を得れる。

商人、貴様になら分かるはずだ。商売を行う仕事に就いている貴様になら」

 男は暫く自分の顎に指を添え、やがて頷いた。

「信用か」

 

***

 

・ホラ子:『これはまた一段と胡散臭い言葉が出ましたねー』

・貧従士:『あれ? そっちと繋がったんですか?』

・あさま:『Jud.、 結界にちょっと穴開けて強引に通神を繋げました』

・煙草女:『そっちどうなってるんさね? 無事かい?』

・ホラ子:『えー、教導院前ですが金髪女がスキマクパアした後、色々言われた断崖絶壁にパンツチェック入りまして全裸が床に埋まってボインとツルンが相対中です』

・銀 狼:『つまり、教導院前に八雲紫が現われ天子を挑発し、我が王がスカート捲りして天子の冷静さを取り戻させたという事ですわね!!』

・魚雷娘:『ミトツダイラ様の通訳前に大体の状況が理解できたのは喜ぶべきなのでしょうか? それとも悲しむべきなのでしょか……』

・金マル:『あー、両方?』

・● 画:『あらためてようこそ、外道へ』

 

***

 

 シグムントは商人の言葉に頷く。

「今回の件、<<赤い星座>>はP.A.Odaに付く事によって三つの得がある。

まず一つ。P.A.Odaとの間に一種の信頼関係、繋がりを得れる事。

二つ目はP.A.Odaと同様にM.H.R.R.とも繋がりを得れる事だ。

そして最後は武蔵と相対し、戦果を上げることによって世界中への宣伝になることだ」

 武蔵は今や織田と並ぶ世界の中心だ。

 世界はこの両国によって回され、動いている。

そんな武蔵を襲撃しなんらかの結果を残せればそれはこの世界に置いて最大の宣伝となる。

「大国との繋がり、世界への宣伝。将来的に得れる利益を考えれば織田に付くのは当然と言う事か。成程、戦をするだけの馬鹿ではないらしい」

 商人はそう言うと一歩前に出る。

「だがそれは此方とて同じ事。この世界最強の猟兵団<<赤い星座>>を撃退できたとなれば武蔵にとって、私にとって大きな宣伝になる」

 「だから」と商人は右手を出し、「来い」と指を動かす。

「私も貴様をここで倒し、利益を得るとしよう」

「大きく出たな! 商人!! 良いだろう! 少し、試してやる!!」

 斧を構え商人に詰めた。

 振り下ろされる斧に対してとった敵の行動は“両腕で体を守る”だ。

━━それで防げると思うな!!

 相手は商人の細腕。

 斧で容易く敵を腕ごと両断できると判断した。

しかし斧は止まる。

クロスに構えられた腕の前、そこで何かに受け止められた。

「……これは……力を借りたか!! 商人!!」

「Jud!! 今私は浅草防衛隊一個中隊と契約し彼らの力を使役している!

故にこの防御、二百人を倒すつもりで無ければ突破はできん!!」

 商人が押し出し、体が後ろへスライドする。

 二百人分の力が此方を押し返そうとしているのだ。

「副長補佐!! ここは私に任せてもらおう!!」

 商人の言葉に西国無双は頷くと此方に一礼をする。

「また何処かで」

「ああ、その時はお互いに全力で殺り合うとしよう」

 西国無双が離脱すると体を後ろへ跳躍させ商人との間合いを離す。

商人は先ほど置いた袋をひっくり返すと袋の中から硬貨がばら撒かれる。

「さあ! 金の使い時だ!!」

 直後ばら撒かれた硬貨が一斉に此方に襲い掛かった。

 

***

 

 シロジロは硬貨を操り間断無く敵に叩き付けていた。

 硬貨は波となり敵を押し潰そうとするが戦鬼はそれを正面から受け止める。

「この程度で……甘く見るな!!」

 硬貨の波が割れた。

 鬼は両手の斧で波を叩き割り、その間を駆けて来る。

即座に一枚の硬貨を指圧で弾き、射出するが敵は体を僅かに逸らしただけで避ける。

そして間合いを詰められ此方の脇腹に斧が迫った。

「!!」

 即座に右腕で受け止めるが体が衝撃で左に吹き飛ぶ。

 空中で一回転をし足から着地すると硬貨の波を自分の下に戻す。

━━驚異的な戦闘能力だ。

 恐らく西国無双と同等、いや下手をしたらそれ以上かもしれない相手だ。

 本来ならこんな奴と相対したくは無いが……。

「ここが、稼ぎ時だからな!!」

 この男を倒せればそれだけ自分の宣伝になる。

 伊勢を失い、浜松を失って此処最近連続で損をした。

ここらへんで盛り返さなければ。

 再び此方に向かってくる鬼に硬貨の波をぶつける。

 敵は先ほどと同じように斧で叩き割ろうとするが……。

「分かれろ!!」

 硬貨の波は二つに分かれ敵を囲む。

 そして硬貨のドームが出来あがり敵を完全に包むと押し潰した。

 魔人族ですら押し潰せる重さの攻撃。

これを喰らい無事であるはずが無いが……。

 追加の攻撃を叩き込もうとした瞬間、ドームが弾けた。

 砕けた硬貨が空に舞い、雨のように落ちていく。

「……貴様、本当に人間か?」

「ああ、正真正銘の人間だ」

 敵は無傷であった。

 この男、内部から押し返したと言うのか!!

「次はなんだ? 商人? これで終わりか?」

「そう急ぐな、猟兵。まだ商談は始まったばかりだ」

 正攻法での攻略は極めて難しい事が分かった。

ならば今度は搦め手だ。

此方としてはかなりの損失になるが致し方ない。

 事前に購入しておいた加速術式を展開すると敵は「突撃でもしてくるつもりか?」と訊いて来た。

それに対する返答は……。

「逃走用だ!!」

 脱兎。

 戦場を離脱した。

 

***

 

 シロジロは浅草左舷に向けて駆け続ける。

 そろそろ契約に使っている金が尽きる。

力が使役できなくなる前に向かわなくては。

決戦の場に。

 背後から殺気を感じた。

 此方を押し潰すかのような重圧が迫ってくるのが背中で感じられる。

━━まさか追いついたと言うのか!! 術式無しで!?

 背中に悪寒を感じ、咄嗟に振り返ると腕で体の前面を守るように構えた。

その直後、斧の刃が此方を正面から殴りつける。

 攻撃を喰らった体は大きく吹き飛び、地面に墜落するとそのまま転がった。

そして体が止まると同時に腹に蹴りが入れられ、再び吹き飛ぶ。

宙に浮きながら自分の位置を確認すれば浅草艦首左舷の端にたどり着いている。

 跳躍し、此方に追撃を入れようとする敵に対し袖から硬貨を取り出すと指弾を放つ。

 此方の攻撃に舌打ちをし、敵はそれを避けると着地した。

それに僅かに遅れ、此方も着地をする。

浅草の端。

 戦場から離れた場所で戦鬼と商人が向かい合う。

「ハッ、意外と鍛えているじゃないか、商人」

「商人の嗜みだ」

 手持ちの硬貨は殆ど無い。

契約もそろそろ切れる。

その事を見抜いているらしく鬼は口元に笑みを浮かべた。

「だいぶ手詰まりのようだが、当然まだ何か隠してるんだろう?」

「Jud!! これが次の手だ!!」

 拳を構え残っていた加速術式を展開すると突撃した。

 

***

 

━━正面突撃だと?

 策が尽き、破れかぶれになったか?

いや、この敵がそんなに愚かなはずが無い。

何か策がある筈だ。

 警戒をしながら迎撃の構えを取ると商人は拳を突き出してきた。

 力を借り、強化されているため拳は確かに速い。

だがこの程度熟練した戦士にとって避けるのは容易い。

 拳を体を逸らし避けると今度は蹴りだ。

 腰を低くし、此方の脇腹を狙った蹴りを斧で受け止めると押し返す。

 体勢を崩した商人は直ぐに建て直し再び突撃を仕掛けてくる。

 単調な攻撃だ。

 何の策も無く、ただ突撃を繰り返すだけ。

━━本当に策が尽きたのか?

 ひたすら攻撃を繰り出す敵に苛立ちを感じるとカウンターを腹に叩き込み商人が宙に浮く。

そこへ追撃を加える。

敵は左腕で体を守るが二対の斧による連撃で穿つとついに左腕が弾かれた。

がら空きになった胴に二対の斧による突き出しを叩き込むと商人は大きく吹き飛んだ。

 地面に叩き付けられ、額から血を流しながら立ち上がる商人に突撃をすると商人から力が抜けたのを感じた。

「どうやら契約が尽きたようだな!! なら、これで終わりだ!!」

 渾身の一撃を敵の胴に叩き込む。

 終わった。

 術式による強化を受けていない状態でこの攻撃を喰らえば敵は千切れ飛ぶだろう。

 そう思った瞬間、周囲に紙が舞った。

━━なんだ!?

 紙は商人の服から散り、周囲に舞っていく。

 紙には文字と柄が描かれており、これはつまり……。

「紙幣を服に仕込んでやがったか!!」

 

***

 

 シロジロは吹き飛びながら敵に肯定をした。

「Jud!! 紙幣で作った防具だ!! そして!!」

 服の中の紙幣が全て外に出ると敵を覆う。

紙幣は繋がって行き、縄のようになると敵を縛った。

 着地をすると先に舞った紙幣も縄にし敵を縛り、二重三重に敵を拘束する。

「現金にして三百万円分の紙幣だ!! その価値を超えられなければ拘束は解けない!!」

 立ったまま紙幣に縛られた敵は口元に笑みを浮かべる。

「これが貴様の策か?」

 頷く。

「三百万だと? ふざけるなよ? この<<赤の戦鬼>>、その程度の価値に収まると思うな!!」

 敵が叫びを上げた。

 敵の闘気が高まり、先ほどまでとは比較にならない威圧感を放ちながら紙幣を縄を引き千切ろうとする。

「爆発的な闘気を引き出す<<戦場の叫び(ウォークライ)>>か。まだこれほどの力を隠していたとは……だが、私の策はまだ終わっていないぞ!!」

 表示枠を開き、手を掲げる。

「武蔵アリアダスト教導院会計シロジロ・ベルトーニ!! たった、今をもって浅草艦橋左舷側を購入する!!」

『了承しました━━以上』

「そして! 所有者権限として、この地域を分離する!!」

「……なんだと!?」

 振動が生じた。

 眼前、敵側の区画が切り離されて行き、溝が出来上がってゆく。

轟音と共に警告を表示する表示枠がいくつも浮かび、地面が少しずつ傾いていった。

「最初からこれが狙いか!! 俺を此処まで誘い出し、拘束して時間稼ぎをしている間に俺がいる区画を切り離す!! やってくれたな! 商人!!」

 区画がズレ、谷が出来る。

いくつかのコンテナが谷に落ち、そのまま地面に落下して土煙をあげた。

そんな中戦鬼は拘束されたまま不動で居ると笑みを浮かべる。

「面白い!! 今回は俺の負けを認めよう!! 商人、シロジロ・ベルトーニ!!

西国無双に伝えろ! そう遠くないうちに再び相見えるだろうとな!!」

 鬼は笑う。

 声をあげ、実に愉快だと。再び会う時が楽しみだと。

 そして最後まで此方を睨みながら白の区画ごと夜の森に墜落して行った。

それを見届けると脱力し、その場に座る。

 かなりの損失だったがまあ、今後の事を考えると打ち消せるだろう。

ともかくこれで仕事は果たした。

あとは他の連中の仕事だ。

 額の血を脱ぐい、空を見上げると呟くのであった。

「商談成立だ」


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