緋想戦記   作:う゛ぇのむ 乙型

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~第四十二章・『銀色の月』 守る者の為に (配点:守護者)~

 

 村山を二つの影が飛んでいた。

 一つは道路を飛翔し、左へ右へと角を曲がりながら追跡者を振り払おうとする。

 もう一つは道路を飛翔する獲物を追うようにやや上方、屋根の高さぐらいを飛行しながら口元に笑みを浮かべている。

━━やっぱ振り切るのは無理か!

 そう道路を飛翔する影━━姫海堂はたては内心で舌打つ。

 敵は吸血鬼。

 最も夜の恩恵を受ける種族だ。

自分達天狗も妖怪であるため夜の恩恵は受けるが吸血鬼に比べたら些細なもの。

後方から閃光が来る。

 流体の光は一直線に此方に迫り、それを路地に入ることで避ける。

 対して敵もややおお回りながら旋回し、此方を上方から追撃する。

━━腐っても吸血鬼ってね!!

 紅魔館の主に比べれば弱い吸血鬼だがそれでも脅威だ。

 スピードも鴉天狗である自分に追いついてくるし、火力に関しては敵の方が上だ。

「どっかで形勢を逆転しないと……」

 上を取られたままなのは不味い。

だがどうする?

 そう思っていると表示枠が開いた。

『はたて様、いまどちらでしょうか?』

「“曳馬”!? どうしてこっちに!?」

 自動人形は『Jud.』と頷く。

『補助戦力として武蔵に残留いたしました。艦は航行するだけなら自動航行で十分なため』

「なるほどね、いまこっちは……!!」

 咄嗟に右へ曲がり大通りに出る。

それに僅かに遅れて後方で爆発が生じた。

『先ほどの爆発で所在を把握できました』

「それで? 何の用? 今ちょっと忙しいんだけど!」

『はたて様の援護に参りました』

 それは有り難いと思った。

何せ自分一人では打開策が思いつかなかったので。

「どうするの?」

 後方から放たれる敵の攻撃を避けながら尋ねる。

『まず、はたて様が敵をこのまま誘導します。私は事前に誘導地点を狙撃できる場所まで移動し……』

「敵を討つと?」

『Jud.、 誘導地点は此方で既に見つけておりますのでそちらに情報を送ります』

 表示枠に地図が送られてくると確認する。

━━ちょっと遠いな……。

 だが狙撃の素人でもここが“良い”と言う事は分かる。

 “曳馬”は狙撃の達人だ。

この場所なら万が一にも外す事は無い。

ならば自分は……。

「任せなさい!」

 肯定を送った。

 そして敵を誘導しようと思うと“曳馬”が何かを訊きたそうにしているように感じた。

「……なんか悩み事?」

 此方の言葉に“曳馬”は驚く。

いや、自動人形である彼女には驚くという感情は無い。

だが確かに、自分には彼女が驚いたように見えた。

『なぜ、そう思うので?』

「なんとなくよ。なんとなくそう思っただけ。

それで? 悩み事はあるのかしら?」

 彼女とも妙な縁がある。

 友人とまではいかないかも知れないが、知人以上の関係だ。

何か悩んでいるなら相談に乗ろうと思った。

 “曳馬”は数秒ほど沈黙した後にゆっくりと頷き、口を開いた。

『━━━━後悔とは何でしょうか?』

 

***

 

 “曳馬”は自分でも変な事を言っていると判断した。

 言うつもりが無かった言葉。

なぜそんな事を訊いてしまったのか? 自分の思考回路に何か問題があるのだろうか?

 ともかく先ほどの言葉は取り消しましょう。

 そう思うとはたてが言葉を返した。

『あんたは何だと思う?』

「質問に質問を返すのですか?」

 屋根の上を駆けながら問う。

『ええ、あんたが後悔をどういう物と捉えているかによって返す言葉を選ばなきゃいけないから』

 後悔には様々な意味があると、そう言う事だ。

「後悔とは己の失敗を意味します。今日、私は鳥居元忠様を助ける事が出来ませんでした。

あの状況では何度計算しても彼を助ける事は不可能。

ですがそれでは納得しない自分がいます。これを人間的には後悔と呼ぶのではないでしょうか?」

 あの時の事を思い出す度、自分の思考に齟齬(バグ)が生じる。

「この様な齟齬(バグ)を生じないようにするのであれば、トーリ様の言う事は正しいのでしょうか?」

 齟齬(バグ)は思考に負荷を与える。

今だってそうだ。今の自分は敵を倒すべく動きを最適化させなければいけない。

なのについ足を止めそうになる。

この様なもの不要だ。

『うーん、後悔しないようにするってのと後悔を全く無くすってのは違うと思うのよね。私は』

 意外な言葉に今度こそ足が止まった。

「どういうことでしょうか?」

 表示枠のはたては少し困ったように笑った。

『心については私も専門外だからあまり偉そうに言えないけど、後悔しないようにするってのは後悔した事がある人間にしか出来ないと思うのよね』

「後悔しないようにするのに後悔をするのですか?」

 はたては頷く。

『だってそうでしょう? 後悔をした事は無いってのは常に最善手を打って成功し続けた人間。つまり、後悔したことないから後悔が分からない』

 それはそうだろう。常に最善を出来るのであればそれにこした事は無い。

『でもね、後悔が無い奴は何時までたっても上へはいけないのよ。

後悔が無い道を進み続けるという事は常に同じ道を歩き続ける事。最善手を打ち続けるだけであって、その上を行こうとはしない。

まあ、それも一つの正解よね。後悔はしないにこした事は無い。

でも……』

 止まっていた足を動かし、駆けながらはたての言葉を聞き続ける。

『今より上に行くなら必ず未知と当たる。

未知と当たれば最善手と言うものは無くなる。そして失敗して、後悔する。

でもね、後悔があるからこそ私たちは学べて上を行ける。

そして次こそは後悔無き選択を出来るってわけ。そこらへん、貴女にも分かるんじゃない?』

「Jud.、 自動人形も失敗を元に行動を組みなおし最善を目指します。つまりはそれと同じと?」

『そうね。後悔して後悔をしないようにするってのは私は“魂の成長”だと思っているわ。

辛い経験をして、でもそれを乗り越えたときこそ私たちは本当の意味で前に進める』

 すこし背の高い建物に上に着地する。

 ここから五百メートルほど離れた所にちょっとした広場があった。

「では自動人形である私は成長する事は不可能ですね。私には素材となった魂はありますが、皆様のような本物ではなく紛い物です。

感情も無く、魂も紛い物の私には後悔の後の成長は不可能と判断します」

 近くで爆発音が聞えた。

そろそろだろう。

『そうかしら? 紛い物だろうが何だろうが心は宿ると思うわよ?

ほら、私たちの世界では付喪神ってのが存在するし』

「ほほぅ、つまりはたて様は私が数百超えた老婆の如き存在と?」

『ま、まあ、そこはいいじゃない。私も相当な年だし』

 「そうですね」と頷く。年的には向こうのほうが圧倒的に上な筈だ。

それにしては少々そそっかしいと思うが。

『なんか偉そうな事を言ったけど、お互い未熟者。後悔なき道の先がどうなっているのか分からないけど、今は……』

「Jud.、 通過点を塞ぐ障害物の排除をしましょう」

 小さな広場の北、つまり自分から見て右側からはたてと金髪の吸血鬼の姿が見える。

 片手で長銃を構え、視界を拡大する。

 攻撃のチャンスは一回のみ。

だが必ず当てれるという根拠の無い確信があった。

━━これも齟齬(バグ)の一種でしょうか?

 だがこの齟齬(バグ)は悪くない。人間的に言えば気分が良い。

 引金に指を掛け、時を待つ。

はたてが広場に出、それに吸血鬼が続く。

全てはスローモーションに。ゆっくりと、しかししっかりと引金を引き。

「━━━━これは紛い物が本物と共に歩む事を決めた、決意の一撃です!」

 銃弾が放たれた。

 

***

 

 くるみは楽しんでいた。

なにせ久々の出番だ。

幻想郷では来客が全然無い夢幻館に篭り、こっちでは中々前線に出してくれなかった。

 政治的なことは分からない。

 自分が何で武蔵と戦っているのかは知らない。

ただ主である幽香様から命令を受けただけだ。

 最初の獲物は逃した。

だが次に現われた獲物が鴉天狗という大物なのでよしとしよう。

だがこの天狗、逃げ回ってばかりである。

 自分的にはもっとこう、派手に戦いたいのだがこう逃げ回られては大技を振りづらい。

━━そろそろ距離を詰めようかなー。

 敵は速いが短距離走なら此方の方が上だ。

 夜の力を得ている今の自分なら思い切って加速すれば敵に追いつける。

 そうなると問題はタイミングだ。

道路では路地に入られ逃げられる危険性がある。

自分の加速は直線的にしか出来ないため一度逃せばそのまま敵を完全に逃してしまう可能性がある。

 ふと前を見た。

 前には小さな広場。

あそこなら直ぐには路地に入れない。

━━あそこにしよーっと。

 翼を獲物にばれないように徐々に広げて行く。

 敵が広場に入った瞬間に一気に加速しよう。

そしてあそこで敵を狩り、幽香様に褒めてもらうことにしよう。

 敵が此方を一瞥する。

さっきからなんか表示枠で誰かと連絡しているがどうせ助けを求めているのだろう。

 だが無駄だ。

何故なら彼女は次で終わるから。

「入った!!」

 敵が広場に入った!

 今こそ好機!

 翼を一気に羽ばたかせ加速する。

敵の背中があっと言う間に迫り、腕を突き出し貫こうとする。

「はい! おしまい!!」

 爪が敵の背中を貫く瞬間、彼女は振り向き笑みを浮かべた。

「あんたがね!」

 直後、銃声音が聞え体の高度が一気に下がった。

━━え?

 驚きは声にならない。

 翼に凄まじい痛みを感じ、振り返れば右翼が根元から断たれていた。

「あ?」

 二度目の銃声音が鳴る。

 左翼が千切れた。

二対の翼は血を吐き出しながら宙を舞う。

その光景を見て、初めて自分の置かれている状況を理解した。

「狙撃手!?」

 今度の音は二連続だ。

 はっきりと二つの銃弾が此方に迫るのが見え、銃弾が此方の胴を貫いた。

 

***

 

 はたては敵が墜落したのを見た。

 翼を失った彼女は広場に落ち転がると青ざめた表情で腹部を押さえながら路地に逃げ込む。

 追撃はしない。

 吸血鬼ならあの程度では死なないだろうが当分は戦闘行為を出来ない筈だ。

 同郷のものを手にはかけたくない。

『追撃しませんでしたね』

「やっぱり甘い?」

 『Jud.』と自動人形は頷く。

『ですが、それでこそはたて様だと判断します』

 『これからそちらに向かいますので』と彼女が通神を切るととりあえず近くの屋根に座る。

「偉そうな事言ったものねー」

 後悔がどうだのと、偉そうな事を言ってしまったが自分だってぶれにぶれている身だ。

 己が何をしたいのかまだはっきりと分かっていないのにあんな事を言っては説得力が無いだろう。

だが……。

「こうやって自由に悩めるのも武蔵だから、かしらね?」

 ならば悩もう。

悩みに悩みぬいて、それでいつか自分の道を決めよう。

だからそれまでは……。

「私はここでしたいことをするだけ」

 そう頷くと屋根を伝って“曳馬”がやって来た。

 彼女の方を向き手を振ると一瞬だが彼女が笑みを浮かべたような気がした。

それは自分の錯覚かもしれないが、彼女も何か前に進めた。

そう思うと思うのであった。

 

***

 

 武蔵野の広場にて両者の相対が終わった。

 踊り子は堂々と立ち、対して狐は息を切らせ肩を大きく揺らす。

「通したぞ」

 狐が不敵に笑う。

「通ったわね」

 踊り子が優しい笑みを浮かべ己の頬に出来た傷を指でなぞる。

 決着だ。

 葵・喜美はまだ余力があり、八雲藍は消耗しきっている。

だがこの勝負は……。

「喜美の負けですわね」

 「Jud.」と頷いたのは喜美だ。

彼女は疲労軽減の術式と回復術式を同時に展開し、治療を行う。

「貴女の思い、しっかりと私に通ったわよ」

 藍は息を整え、頷いた後頭を下げた。

「感謝しよう、葵・喜美。お前のお蔭で忘れていた事を思い出した」

「もう自分がどうなってもいいとか思ってない?」

「ああ、私が死んだら紫様を支える存在が居なくなるからな」

 藍は笑みを浮かべた。

初めて見せたとても優しい笑みだ。

そして彼女は此方を見る。

「では、次の勝負と行こうか」

 「Jud」と立ち上がると喜美と後退する。

途中彼女とハイタッチをし、互いに視線を交える。

“頑張りなさいよ”と。

「まず訊きますわ。撤退する気は?」

「無論無い。武蔵の騎士よ、貴様にも分かるだろう。私は主の敵を討つ為、貴様は貴様の王を守る為」

 故に手加減無用と。

ならば彼女の誇りを尊重するためにも自分は……。

「ハイディ! 出番ですわよ!!」

『ご契約有難う御座いましたー!!』

 表示枠にハイディが映り、契約が承認された。

 

***

 

 影が差した。

 広場を覆うように月明かりが消える。

「これは…………!!」

 上空を見上げれば一隻の輸送艦が滞空していた。

 艦の各所を破損させている輸送艦は下部のハッチを開くと木材を投下して行く。

 それを後方への跳躍で避けると広場全体に柱が突き立つ。

「なるほど……狩場か」

「Jud.」という肯定の声は頭上から掛けられた。

銀が輝く。

月明かりを背に、その銀の大ボリュームを靡かせながら騎士は柱の上に立っていた。

「狩場と言うよりは私達の決戦場ですわ」

 騎士は不敵に笑う。

 敵は頭上を取って来たか。

だがこの程度の柱なら薙ぎ払えば……。

 銀狼が柱から飛び降りる。

 華麗に、隙無く着地し此方と相対する。

「わざわざ降りて来るのか?」

「ええ、狼は地に足が着くのを好みますので!」

 敵が消えた。

 いや、横へ跳躍したのだ。

 柱を盾にしながら銀の光が駆ける。

対する自分は動かない。

先ほどまでの踊り子との戦いで自分は消耗しており、内燃排気も残り少ない。

故に攻撃に使う術式は排気の消費が少ない先ほどまで振るっていた流体の剣と斧だ。

 銀狼は速い。

だがその速さは筋力を使った直線的な跳躍だ。

つまり途中で方向転換を行うといった柔軟な行動が出来ず、敵の足の動きを見れば行動を読みやすい。

 体力も内燃排気も無い今の自分が狙うのはカウンターだ。

 敵が突撃をしてきた所にカウンターを叩き込み、短期決戦を行う。

 銀狼は徐々に包囲を狭めて行き、そして……。

━━来るか!!

 狼が着地と同時に跳ねた。

 足の向きは此方。

 真っ直ぐに此方に跳躍し、拳を構える。

「どれだけ速かろうが予測さえ出来れば……!?」

 銀色が再び消えた。

 此方が武器を振った瞬間、眼前から消えたのだ。

━━馬鹿な!? 一体どうやって!?

 原因は直ぐに理解できた。

 銀色の塊から伸びるものがあった。

狼と同じく銀色のそれは……。

「銀鎖か!!」

 敵は銀鎖で柱を掴み、自分を引き寄せていたのだ。

それにより敵は空中でも自由に方向転換が可能であり、予測はし辛くなる。

やはり柱を砕くか!?

 そう判断した瞬間、銀色が迫る。

「!!」

 咄嗟に横へ跳躍すれば攻撃を外した狼は直ぐに柱の森へと消える。

「狼の森、と言うことか!」

 だが甘く見るなよ!

 私はただ狩られるだけの狐ではない!

 息を整え、周囲の音に集中する。

予測など小賢しい事は考えるな。

柱を砕くなどするな。隙を与えるだけだ。

ただ己の獣性を前面に出し、本能と直感を使え!

 鎖が伸びる音、狼の息遣い、己の息遣い、それらが混じる中で聞えた。

地面に着地し、再び跳ねる音。

━━後ろか!!

 振り返り左手の斧を叩き込めば狼は己の右腕に銀鎖を巻きつけ弾く。

 そして此方の横をすり抜け、再び柱の森に入る。

 今度は右だ。

 右から来る敵を右手の剣で迎撃する。

両者の間に再び火花が散り、仕切りなおしに。

狐と狼は舞うように火花を散らしあった。

 

***

 

 ネイト・ミトツダイラはこの敵と相対しながらこの敵の凄さをあらためて感じた。

 敵は先ほどまで喜美と戦い、消耗しているにも関わらず闘志は全く衰えず正確に此方を迎撃する。

 対して自分は一度敗れ、今はハイディの協力を得て有利な場所で戦っている。

 本当なら正々堂々と、同じ条件で戦うべきなのだろうが……。

━━いえ、その考えこそ彼女への侮辱となりますわね。

 全力でぶつかる。それこそ自分が示せる彼女への敬意だ。

「では、行きますのよ!!」

 

***

 

 藍は敵の足音を聞いた。

先ほどまでとは違う、力強い踏み込みだ。

━━来るか! 銀狼!!

 敵は決着を付けに来た。

ちょうど良い。こちらもそろそろ体力の限界だったのだ。

 銀色が一気に迫る。

だがその姿は眼前から一瞬で消え、背後へ。

いや、そこから更に移動した。

 高速で旋回しながら此方を狙い、来た。

 此方の左方から、一直線に。

 振り返り、斧を振るった先に見えたのは青い騎士服であった。

━━服だけだと!?

 投げつけられた服から僅かに遅れ銀狼が来た。

 彼女は銀鎖のタンクを外し、インナースーツのみとなると姿勢を低くしながら此方に突撃する。

「まだだ!!」

 強引に体を捻り、右手の剣を突き出す。

 敵は体を地面に対してほぼ水平にしており此方の刺突を避けることは不可能な筈である。

だがこの敵は予想外の事をした。

 両の拳で地面を叩き、体を跳ねらせたのである。

頭上を銀の狼が吠えるように跳躍する。

「AGRRRR!!」

 狼は吠える。

 宙に舞いながら月を見て。

 彼女は背後で着地をすると振り返った。

対する自分も再び強引に振り返りながら両手の武器を振るう。

「おおおおおおおお!!」

 狐が吠える。

己の勝利を信じて。主の敵を倒すべく。

「AGRRRRRRRRRR!!」

 狼が吠える。

己の勝利を信じて。王の道を切り拓くために。

 そして決着は訪れた。

 

***

 

 月明かりの下、二つの影は一つとなっていた。

 銀狼の脇腹には流体の剣が突き刺さり、狐の胸には銀狼の拳が食い込んでいた。

 両者不動。互いに視線を交わし、沈黙する。

「ふ」

 狐が笑った。

 流体の剣が収納されて行き、銀狼が膝を着く。

そして狼が片膝を着くと、狐は笑みのまま崩れた。

「私の……負けだ……」

「Jud.、 私の……勝ちですわ」

 脇腹から噴出す血を手で止めながらそうネイト・ミトツダイラは頷いた。

 本当に僅差であった。

僅差で此方の拳が先に敵の胸を穿ち、勝利得た。

本当に、万全の彼女と相対していたらどうなっていたのか……。

 止血術式で傷口を塞ぐとうつ伏せで倒れている藍の隣りに座る。

「見事だよ、武蔵の騎士」

「それを言うなら貴女もですわ、賢者の式」

 互いに笑みを浮かべると藍は起き上がり近くの柱に背凭れる。

「久々だよ。ここまでやられたのは」

「私一人の力ではありませんわ」

「そうだな。だがそれこそお前の力だ。

頼れる仲間がいるというのは良い事だな……」

 そう言うと彼女は空を見上げ、目を細める。

そんな彼女の姿は見た目よりももっとか細く、年老いた老婆のように見えた。

 彼女は狐の妖怪だ。

人間よりもずっと長く生き、色々なものを見て悩んできたのだろう。

「それで……? 私をどうする?」

「どうもしませんわ。貴女がまだ立ち上がって戦うというならば別ですが」

 狐は「甘いな」と笑う。

「だが、そうか、この甘さに私は教えられて、負けたのか」

 藍は回復術式符を呼び出すと此方に渡す。

「行けよ、銀狼。この道の先を、先を進み、様々な事を知るだろう。

それらを全て受け止めて更に進むのであれば、道の先で再び相見えるだろう」

「その時が、決着の時ですわね」

 狐が頷き銀狼も頷く。

受け取った回復術式符を使用し立ち上がると広場の出口で待っている人たちが居た。

 回復して立ち上がった獅子を交えた点蔵たちは私が来るのを待っている。

━━さあ、行きますわよネイト。先へ行く為に。

 振り返り藍に一瞥すると駆け出した。

 

***

 

 仲間のもとに戻って行く銀狼の背中を見ながら藍は笑った。

「甘くなったものだな……」

 まだ内燃排気は尽きていない。

今なら背後から彼女を貫くことが出来るが、そんな気分にはなれなかった。

 ちょっと前までの自分ならありえなかった行為だ。

 絆されたか?

だが、それも良いのだろう。

何故ならこんなにも心が軽いのだから。

━━進めよ、武蔵。紫様や私が見つけられなかった道を見つけてみろ。

 空を見上げれば雲ひとつ無く、月が此方を照らしていた。

 そう言えば少し前に橙が紫様を交えて食事会をしようと言っていたな。

あの時はそんな暇は無いと言ってしまったが……。

「……食事会か、それもいいかもな」

 今は願おう。

 この戦いの結果がどうであれ、それが紫様にとって幸いである事を。

そう思い、ゆっくりを目蓋を閉じるのであった。


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