緋想戦記   作:う゛ぇのむ 乙型

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~第四十三章・『鬼退治の先往き者』 これは決別ではなく、新たな始りだから (配点:茨歌仙) ~

 赤が靡く。

 燃え盛る炎のように赤い髪を靡かせた死神は鎌を肩に乗せ仁王立ちをする。

「なんで、ここに?」

 そう疑問の言葉を口にすると死神は振り返り笑った。

「なんでってそりゃあ、こんだけ派手にやれば目を引くさ。

それで何事かと来てみれば見知った顔がピンチで助けにきたってわけ」

 そう言うと小野塚小町は「立てるかい?」と手を差し伸べる。

それを左手、本当の手で取ると立ち上がる。

「へえ、死神が鬼同士の戦いに水を差すのかい?」

 自分達と向き合うように立っていた伊吹萃香がそう言うと思わず体が反応する。

 鬼。

そうだ、自分は鬼だ。鬼でありながら素性を隠し、仙人まがいの事をし、結果として中途半端に……。

「鬼? そりゃあ、誰のことだい?」

「呆けるんじゃないよ。あんた位になればそいつが何者か分かるだろう?」

 萃香の言葉に小町は大げさに首を振った。

「そりゃあ、買いかぶりすぎだね。あたいはただの三途の川の船頭。三下も三下、死神の面汚しさ」

「ふうん? 三下が閻魔と顔見知りとは思えないけどねえ」

 萃香は目を細め、闘気を高める。

 いけない! このままでは彼女が巻き込まれる!

何とか前に出ようとするが足が動かない。

膝が震え、体が敵と相対することを恐れているのだ。

今度こそ、完全に心をおられる事を恐れているのだ。

━━なんて、情けない…………!

 己の情けなさに唇を噛み締めると小町が此方の肩に手を乗せた。

 「そして気を楽にしな」とウィンクする。

「こいつが誰かなんてあたいにはどうでもいいのさ。

あたいにとってはこいつは説教好きの仙人もどきで、食い歩き大好き女で、そうさね、友達、かね?」

「え?」

 驚き彼女の顔を見れば彼女はにやりと笑みを浮かべる。

「あたいはただ友達を救いに来ただけさ。鬼同士の争いなんて知ったこっちゃ無い」

 そう萃香に言うと今度はこっちに振り向く。

「あんたも、少し落ち着いて耳を澄ましてみな」

 首を傾げ深呼吸をし、耳を澄ますと周囲の音が聞えてきた。

「…………あ」

「聞えるだろ?」

 頷く。

 声が聞えた。

 彼方此方で。

この絶望的な状況の中でも希望を捨てず、前へ進み続ける者達の声が。

鬨の声が聞えた。

何処かで誰かが敵を押し返したのだ。

声は繋がり、連鎖して行き、大きな感情の波となる。

「あんたが何を目的にしてるのか分からないけど。あんたも“これ”に可能性を見出したんだろ?」

 そうだ。

 自分はその為にここに居るのだ。

 だから、そう、こんな所で。

「立ち止まって居られない!!」

 拳を握り、大きく一歩踏み出す。

「伊吹萃香、私は“昔の”茨木華扇では無く、“今の”茨木華扇として貴女と相対します!!」

 

***

 

「…………ほう」

 伊吹萃香は小さく息を吐いた。

 最初に会った時は随分と腑抜けたかと思ったが、どうやら杞憂だったようだ。

何故なら今の彼女の目は……。

「昔の目だねえ」

 四天王として共に歩んで来た頃の彼女の目だ。

その彼女の横に居るのが自分では無いのが少々寂しいと思うが。

「それじゃあ“今の”茨木華扇。あんたは、その友人と共に来るのかい?」

「ええ、私は鬼ではなく仙人として、彼女と共に貴女と相対します」

「そうかい、じゃあ来な! “茨歌仙”!!」

 敵たちが動く。

 死神を前衛に、歌仙を後衛にした布陣。

 華扇の攻撃手段は先ほど知ったので良い。

だが、この死神が少し厄介だ。

 本人は三下などと言っているがこの死神が一度あの天人を真っ向勝負で倒した事を自分は知っている。

 飄々としており、掴みどころが無く、実力を測り辛い。

 死神の得物は鎌。

幻想郷の時に持っていた鎌は所謂客引き用の模造品だが、今彼女が持っているのは本物の死神の鎌だろう。

 死神の鎌は霊体を切り取り、妖魔を払う事が出来、高位の使い手であれば空間を裂くこともで切るという。

この女がどれ程までの使い手かは分からないが……。

「あまり食らいたくはないねえ!!」

 敵の突撃に対し此方も突撃する。

 狙うのは死神。

 手の内が分からず、厄介な敵を封じる!

 振り下ろされる鎌を左拳で払い、右拳を突き出せば彼女の姿は一瞬で遠くなった。

そしてその代わりに華扇が放った水の槍が迫る。

「距離操作!!」

 そうだ。

この死神はそういった事が出来るのであった。

眼前に高密度の熱弾を作り放つと水の槍と激突し、蒸気が周囲を包む。

 白く染まる視界の中再び赤毛が一瞬で迫り鎌を振るう。

 それを迎撃している間に蒸気の霧を突っ切り、華扇がこちらの背後に回りこんだ。

包帯を巻いた右腕を地面に着けると流体の茨が伸び、此方を拘束しようとする。

その為、上方への跳躍で逃れるが死神が此方を追う。

「空にいりゃあ、逃げれないだろ!!」

「それは、どうかな!!」

 爆発が生じた。

 小鬼の体が膨れ上がり、霧の爆発が生じる。

 白い爆風を逃れるため死神は後方へ距離操作をし、逃れる。

 地面に着地すると彼女は霧が収束するのを見上げながら額に浮かんだ汗を拭った。

「危ない危ない、自分の体を拡散して爆発させるなんてね」

「この程度、私には簡単さ」

 小鬼が近くの家屋の屋根に着地し余裕の笑みを浮かべる。

「さあて、じゃあ今度はこっちの番だ!!」

 そう笑い、敵に迫った。

 

***

 

━━いやはや、冗談キツイ!!

 鬼の力、これ程とは。

 小さな鬼から放たれる連撃は何れも食らえば致命的な攻撃だ。

掠っただけで肌が裂け、肉が抉れる。

下から顎を目掛けて放たれる拳を仰け反り、避ければ今度は正拳突きだ。

即座に鎌の柄で受けるが凄まじい衝撃に両腕が痺れる。

━━近接戦闘は自殺行為さね!!

 距離を離そうと体を距離操作で移動した瞬間、「駄目!!」と言う華扇の声を聞いた。

 「何が?」とは思わない。

何故なら前方から凄まじい重圧を感じたから。

小鬼は拳を構え、ゆっくりと突き出していた。

 直後、何かが来る。

 何かは家屋や地面を砕きながら此方に迫り……。

━━避けられない!?

「二重方陣!!」

 眼前に二重の障壁が展開されるがそれらは容易く砕かれ、体の前面に強烈な打撃を食らった。

「…………!!」

 骨が折れる音が響き、口から血が吹き出る。

 体の前面を打撃され吹き飛びながら地面を転がり、壁に叩き付けられる。

「いま……のは……?」

 血を吐き出しながら起き上がれば小鬼が此方に華扇を投げつけてきた。

 それを傷ついた体で何とか受け止めると彼女は感謝の言葉を述べ、直ぐに此方の治療を始める。

「距離操作では直線的にしか動く事が出来ない。

つまりあんたが取れる行動は前進か後退、後ろへ逃れるなら此方も一直線に攻撃を放てばいい」

「だから、拳から気を放ち射出すると?」

 小鬼は頷く。

 戦慄した。

 この敵はいとも容易く気を放ち、拳の先、一直線に空間を殴打したのだ。

 どこかで再び歓声が沸く。

 小鬼はその方角を見ると目を細めた。

「私としてはあんたたちとこのまま戦い続けたいが、どうやらこっちの旗色が悪くなってきたらしい。悪いが、そろそろ決着をつけさせてもらうよ」

「そうね、私たちもこれ以上飲んだくれの相手をしたくないし」

 華扇が此方の応急治療を終え、立ち上がる。

「そうだねえ、ちょいと疲れてきたし、そろそろ休みたいさ」

 此方も鎌を構える。

 敵は短期決戦を望んでいる。

ならば次に来るのは一撃必殺級の大技。

それを自分達に防ぐ手段は無い。

ならば。

「先手打つよ」

 華扇が頷く。

 小鬼が笑い、一歩前に出る。

 それと同時に駆け出した。

 距離操作で敵との間合いを詰め鎌を振る……ふりをして後方へ逃れた。

 敵は此方の迎撃の為拳を振るい、それが空振る。

「縛!!」

 足元から生えた茨に拘束され敵は動きを制限される。

この敵に拘束は長く通用しない。

だが一瞬でも動きさえ止められれば!!

 大きく踏み込み鎌を振り上げる。

 小鬼の足を拘束していた茨が千切れる。

だが構わない。腕さえ拘束できていればこちらの攻撃を防げないはずだ。

 だが鎌を振り下ろした瞬間、再び悪寒を感じた。

先ほどのときよりも更に強く、“これは駄目だ”と思わせる悪寒。

「小町!!」

 華扇の声に体を止めようとするが間に合わない。

「一つ」

 小鬼が茨を引き千切り拳を突き出した。

重かった。

先ほど受けた殴打よりも更に重い一撃。

それを柄で受け止め、体が後ろへ吹き飛ばされる。

「二つ」

 鬼の姿が膨らんだ。

 拳が伸び、再び鎌の柄を穿つと……。

━━重すぎる!?

 一撃目よりも更に、圧倒的に重い一撃。

それを受けきれず、ついに鎌の柄が折れる。

「やば……!!」

「三つ━━━━四天王奥義『三歩壊廃』」

 更に敵が膨らみ、拳が放たれた。

 

***

 

「こっのっぉ!!」

 右腕から流体の茨を伸ばし、小町の腰に巻きつけると思いっきり引き寄せる。

 萃香の拳は小町の胸の前を空振り外れるが凄まじい衝撃が生じる。

 その衝撃に煽られたのと自分が引っ張ったのもあり、小町の体は弧を描きながら此方の後方へ仰向けに墜落した。

 ちょうどそう、剣玉を振り回して反対側に叩き付けたみたいに。

「きゃん!?」

「あ」

 暫く沈黙し、華扇は頷くと萃香を指差す。

「よくも小町を!!」

「いや、最後の叩き付け、明らかあんたが力入れてたよね?」

 さ、さあ? なんの事だろうか?

 それにしても……。

「久々に見たわね……、貴女の奥義」

「この技、使った後がキツイから普段使わないからねー」

 「どういうことだい?」と赤くなった鼻を摩りながら小町が立ち上がる。

「四天王奥義『三歩壊廃』。その能力は攻撃のたびに二乗倍で攻撃を増幅させる。

一撃目は通常の三倍、二撃目は九倍。三撃目は二十七倍の打撃力となる」

 言葉を続けたのは萃香だ。

「欠点としては攻撃のたび、己の体を形作っている流体を放出し火力を上げる。

まさに己を砕きながら敵を砕く、壊廃というわけさ」

「三発目の火力は勇儀の全力の一撃すら凌駕する。良かったわね、当たっていたら肉片一つ残らなかったわよ」

 「うへえ」と小町が半目になる。

 勇儀の『三歩必殺』が面制圧であるならば、彼女の『三歩壊廃』は一点特化。

 航空艦の装甲だろうが武神の装甲だろうが容易く粉砕するだろう。

 小町が横に立ち目で「どうするんだい?」と訊いて来る。

 身を削る一撃とはいえ彼女ならばあと四、五回は使える筈。

それらを全て避ける事は不可能。

だったら……。

「……私が隙を作るわ。だから……」

「あんたが作った隙をあたいが突いて倒すって事だね」

「ええ、信じてくれる?」

「そりゃあ、勿論」

 小町を視線を合わし互いに笑みを浮かべて頷くと敵と相対する。

━━さあ、行くわよ!!

 その決意と共に駆け出した。

 

***

 

 華扇は敵の姿を見る。

 敵は先ほどと同じように拳を引き、踏み込みの姿勢を見せている。

 彼女は再び『三歩壊廃』を使うつもりだ。

 鬼にとって奥義を使うという事は相手に最大限の敬意を示すと言う事である。

━━昔と変わってないわね。

 相対している敵は嘗て変わらない。

まるで昔に戻ったかのような錯覚を感じた。

だがそれは幻想。

 私は彼女に宣言した。

 私は今の私として彼女と相対すると。

ならば自分が取るべき行動は……。

「鬼の技を使わず、それでいて全力で貴女を倒す!!」

「やれるもんなら、やってみな!!」

 来る。

 敵が一歩踏み込んだ。

「一つ」

 拳が来る。

 此方も左拳を出し、激突する。

 左拳前に事前に展開していた防護障壁が砕ける。

━━一撃で全部砕かれた!!

 だがそれがどうした!! そんな事、想定の範囲内だ。

 敵が二歩目を踏み出そうとする。

対して自分は一歩下がり間合いを保つと再び左肘を引く。

「二つ」

 拳が来る。

 此方もそれに対して左腕を突き出す。

 腕を守る障壁は無い。

だがそれでも構わない。

 萃香の拳と此方の拳が激突し、赤い花が咲いた。

「……がっ!!」

 左拳が砕け、腕が裂け血が吹き出る。

━━まだだ!!

 歯を噛み締め意識が飛びそうになる頭を振る。

 血飛沫と汗が混じり両者の間で輝く。

 二発目を耐えた。

さあ、最後の一発だ。

 この最強の一撃さえ耐えれれば、勝てる!

━━来る!!

 鬼が三歩目を踏み込もうとする。

 次の一撃は絶対に防ぐ事が出来ない一撃。

だが勝機はある。

「━━三つ」

 三発目が来た。

 この拳に対して自分が出すのは。

「右腕!!」

 包帯を巻いた右腕を突き出す。

 敵の拳と右腕が激突し、そして右腕が、爆ぜた。

 

***

 

━━これは……ガスか!?

 華扇の右腕の包帯が解け、ガスが霧散してゆく。

━━やられたね!!

 この為に左腕を犠牲にしたか!

 自分の攻撃力倍加は拳が敵と激突した瞬間に発動する。

その為接触直後が最高火力を出せる瞬間であり、ここを逃すと通常の殴打となる。

 華扇は右腕で攻撃を受けた瞬間腕を破裂させる事によって此方の三発目の攻撃を無効化したのだ。

━━やられたねえ!!

 彼女の腕がこうなっている事を見抜けなかった自分のミスだ。

 何かしら仕掛けはあるとは思っていたがガスが腕になっているとは思わなかった。

「は」

 笑いが零れる。

 『三歩壊廃』は己の流体を使用する技。

特に三発目に消費する流体量は凄まじいものであり、一瞬だけありとあらゆる行動が不能となる。

 そしてその一瞬が勝負をつける。

「あんたの勝ちだ」

「ええ、私たちの勝ちよ!」

 華扇の背後から死神が現われた。

 死神は跳躍を行い、華扇を飛び越えると鎌を振り上げる。

刃が月光に照らされ、光の一閃が放たれる。

 光が視界を覆った瞬間、体が一刀両断された。

 

***

 

 華扇は萃香が一刀両断され霧となるのを見た。

 眼前に着地した小町は直ぐに周囲を警戒するが何時まで経っても萃香が戻ってこない事を確認すると警戒を解いた。

「逃げたんかね?」

「そう、みたいね」

 見逃してくれた、と言うことだろう。

 そう思うと一気に脱力し、前のめりに倒れかける。

「おっと!」

 小町が此方の体を抱きとめ支える。

 そして此方の左腕を確認すると苦笑した。

「随分と無茶したねえ」

「無茶しないと……勝てないからね……」

 今も勝ったとは言えない状況だ。

もし萃香が本気だったらどうなっていたのか……。

「じゃあ鬨を上げないとね」

「え」と驚くと小町は笑う。

「結果はどうであれあたいらは勝ったんだ。今は前を見て、胸を張って、誇ろうじゃないか。あんたの信念は通ったんだから」

 そうね。

 萃香、勇儀、私は先に進みます。

この道の先にあるものを見るために。

だから、これは暫しの決別です。

「━━敵将、伊吹萃香! 討ち取ったり!!」

 星空の中、共に支えられ高らかに宣言した。

 

***

 

 武蔵野艦首側に破壊が広がっていた。

 立ち並んでいた家屋は嵐が過ぎ去った後の如く全て潰し砕かれ、道路は捲り上がり所々武蔵野の中層が見える。

 動くものは何一つ無く、時折鳴り響く柱の砕ける音のみが事態の凄惨さを伝える。

 そんな破壊の終着点に本多忠勝は居た。

 彼は全身から血を流し、力なく崩れた建物の残骸に背凭れていた。

「…………」

 槍を握る腕が僅かに動く。

 閉じていた目蓋を上げ、ゆっくりと息を吐く。

━━なんと、無様な事よ。

 満身創痍。

 幾多の戦場を無傷で乗り切ってきた男がたった一撃で戦闘不能に追い込まれた。

「は」

 笑いが出る。

 これが東国無双か?

このように無様に倒れ、動く事が出来ない男が?

 顔を上げ霞む視界の先に敵が居た。

そうだ、敵だ。

我が殿の敵、我が友の敵。

━━どうした? 忠勝。彦右衛門尉は逝ったぞ?

 鳥居元忠は最期まで敵と戦い抜き、己の忠義を貫いたぞ?

 なのに貴様はここで倒れるのか? 忠勝!

━━否。

 手に持つ蜻蛉切の柄を強く握る。

 我が忠義は何ぞや?

 我は忠勝。“ただ勝つ”のが我が忠義である。

ならばどうするのか分かっているであろう?

「…………ただ勝つのみ」

 傷ついた体を動かし、立ち上がる。

 全身を凄まじい痛みが襲う。

だがそれは生きている証。まだ戦えるという証拠。

 兜を脱ぐ。

 不要であるから。

 鎧を脱ぐ。

 不要であるから。

 この敵に勝つのに必要なのは兜でも鎧でもない。

それは……。

「我が身と魂である!」

 身軽にし槍を構えると再び敵と相対した。

 

***

 

「…………ほぅ」

 星熊勇儀は感嘆の溜息を吐いた。

 あの攻撃を食らって死ななかった事、見事。

 満身創痍の身で立ち上がった事、見事!

そして今だ己の勝利を信じるその闘志、まことに見事!!

互いに言葉は発しない。

何故なら不要であるから。

 敵は己の勝利を信じ、そして自分も自分の勝利を信じる。

ならばやることは一つ。

━━来るかい!!

 武者が駆けた。

 先ほどまでとは違う、軽く速い動き。

━━鎧を脱ぎ、血を流し、心身ともに身軽となったかい!!

 敵は先ほどの一撃で学んだ。

 防御は無意味であると。

故に取る行動は一つ。攻撃だ。

「一歩」

 再び周囲の気を収束させる。

 此方の動きを見た敵は路地に飛び込み、瓦礫の影に入る。

 隠れた? いや、違う。瓦礫を盾に身を隠し、接近してくるかい!

 だが甘い。

 足裏を通じ敵の歩みが振動となって伝わる。

 自分の予想通り敵は駆け続けていた。

距離にして二百メートル。

━━速い!?

 路地は三百メートルほど先だ。

それから二秒と経っておらず、更に足裏に感じた着地の振動は二回のみ。

つまりこれは……。

━━二歩で百メートルを詰めたのか!!

 見事!!

 一気に間合いを詰めてくるこの技法、縮地か!!

だが焦らない。

何故なら残り二百メートル。敵が自分を間合いに入れるまで四秒もある。

「二歩目!」

 体内に収束した気を圧縮する。

 自分の奥義三歩必殺はその名の通り敵を三歩で必殺すること。

 一歩目は気を収束させる。

 二歩目は収束した気を限界まで体内で圧縮する。

 そして三歩目は拳を出すと同時に自分の前面全てを殴打する技。

攻撃範囲は自分の前面五百×五百の空間。

例え空間の裏側に隠れようが打撃を叩き込む。

 敵が更に詰めて来た。残り百メートル。

だが遅い。次の一歩で……。

「!!」

 瓦礫と瓦礫の間から一閃が放たれた。

 槍だ。

 蜻蛉切が一直線に飛来し此方の顔面を狙う。

それを顔を逸らし避けると舌打ちした。

━━一秒の遅れ! 来るか!!

 路地より忠勝が現われた。

 先ほどの一秒の遅れは大きい。

だが、それでも此方の踏み込みの方が僅かに速い。

「この勝負、貰っ……!?」

 三歩目を踏み込む瞬間、背後から風圧が来た。

僅かに体を押す程度の風圧。

だが一秒でも此方の行動を遅らせるのには十分な風だ。

━━何故!?

 その理由は直ぐに分かった。

 此方の背後、先ほどまで立っていた柱が倒れたのだ。

 崩れた家屋から突き出ていた一本の柱、先ほどの投擲は最初からこれを狙ったものだ。

 踏み込みを急ぐ。

だがもう既に理解していた。

間に合わないと。

 足が下がる。

 忠勝の拳が来る。

 此方の足裏が地面に接しようとした瞬間、顔面が殴打された。

 

***

 

━━届いたかっ!!

 忠勝は鬼の顔面を穿ちながらそう内心で叫んだ。

 鬼は踏み込みの最中に攻撃を食らい、その体勢を崩している。

 今こそ好機!!

 右腕を引くと同時に左腕を突き出し、敵の脇腹を殴打。

 左腕を引くと今度は右腕で敵の顎を穿つ。

 ただひたすらに攻撃を打ち込む。

 連続する殴打の音が鳴り響き、その都度鬼の体が揺れる。

「は」

 声を聞いた。

 拳を食らう中鬼が口端を吊り上げる。

「はは」

 今度ははっきりと聞えた。

 鬼は大きく口を開き、笑う。

「ははは!!」

 右腕を突き出す。

その瞬間、鈍い音が鳴り響いた。

 音の元は己の腕であった。

 右腕は普通では絶対に曲がらない方向に曲がっており、肌を突き破り白い骨が見える。

「はははは!!」

 鬼が笑う。

 攻撃を受けていた鬼は笑いながら己の豪腕を振るい此方の左腕を破砕する。

「まだだ!!」

 両の腕を失ったのならば頭突きを行う。

 頭突きを食らった鬼は仰け反りながら目を見開き、頭突きを仕返す。

 一瞬視界が真っ白になった。

 体が大きく仰け反り、致命的な隙が出来る。

 霞む視界の中鬼が腕を振るった。

 最早あれを避ける事はできない。

あの一撃を食らい、今度こそ自分は終わるであろう。

━━殿! 平八郎、先立つ不孝をお許しくだされ!!

 だが終わりは何時まで経っても来なかった。

 拳は此方の眼前で止まり、動かない。

「私の負けだ」

 鬼が笑った。

「某の勝か?」

 「ああ」と鬼は頷く。

 彼女の左手に持っていた杯を差し出すと、中身が半分になっていた事を知る。

「一滴どころか半分もって行きやがって」

「ならば」と顔を出し、杯に口をつけると残り半分の酒を一気に飲み干す。

 口の中に出来た傷口に染みた。

「これにて某の完勝で御座る」

 暫く唖然としていた勇儀はやがて腹を抱え大笑いする。

そして笑い涙を浮かべながら腰に手を当てた。

「気に入った!!」

 彼女は笑う。

 自分も口元に自然と笑みが浮かぶ。

「本多忠勝、よくぞ鬼を退治した! この大功、誇るが良い!!」

 そう言い、鬼は顎で促す。「勝ち鬨を上げろ」と。

 それに頷き、空を見上げる。

 美しい月に目を細めながら大きく息を吸い、そして鬨の声を上げた。

「敵将、星熊勇儀! この本多平八郎が討ち取った!!」


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