暗い。
ずっとずっと、暗いなかにいた。
でも、あの場所に行かなくては。
行ったことはないけれど、そこに行かなければいけないことはわかっている。
ずっと知っていた場所。
ずっと憧れていた場所。
ああ。
もう、すぐそこだ。
もうちょっと――
あと、少し――――
――――――
――――
――
「ミノトさん?」
何度目かの呼びかけに、ようやくミノトさんの顔がこちらを向いた。
「はい、なんでしょうか」
「なんでしょうかって、クエスト受注したいんですけど……さっきから話しかけてるじゃないですか」
「ああ、申し訳ございません……少々、考え事をしていまして……」
あたふたと依頼書の束を取り出すミノトさんだったが、手を滑らせてそれを床にぶちまけてしまった。
普段の彼女からは考えられない不始末だ。
「ちょっと、大丈夫ですか?どこか具合でも悪いんじゃ」
「すみません、手が滑っただけですから……」
「ならいいですけど……。あ、拾うの手伝いますよ」
「結構です。すぐに済ませますので、少し待っていてください」
いや、凄い枚数だし、とてもすぐに片づけられそうには思えないんですけど。
でも、彼女の鋭い視線を投げられると何も言い返せなくなってしまう。
こういうときは素直に従うのが吉だ。
終わったら声かけてくださいね、と言い残して、僕は食事処で時間を潰すことにした。
――――――
――――
――
柔らかい日差しと、それを穏やかに照り返す水面。
雲ひとつない空の下、桜が満開に咲き誇っている。
食事処の長椅子に腰かけていると、ほんの少し前に里が存亡の危機に陥っていたことが嘘のように思えてくる。
マガイマガド――。
イブシマキヒコとナルハタタヒメ――。
そして、2頭の古龍とヒノエさん、ミノトさんの共鳴――。
すべて、遠い昔の出来事のようだ。
実際のところは百竜夜行で破壊された施設の復旧にはまだまだ時間がかかり、僕は修繕に必要な素材集めのために毎日モンスターを狩り続ける日々を送っているのだけれど、里全体がピリピリした雰囲気の中で過ごしていた時に比べると、ずっと楽に仕事をすることができている。
僕だけでなく、里の皆も明るく、誰もがよく笑うようになった。
これについては長年里を悩ませてきた危機が去ったことはもちろん、古龍との共鳴で苦しんでいたヒノエさんとミノトさんが元通りになってくれたことが大きいのだと思う。
『ハンター様、ナルハタタヒメについてなのですが……いっそのこと倒さない、というのはいかがでしょうか?わたくし、ヒノエ姉さまと同じ力を得られたことが嬉しくてたまらなくて……』
――いや、ミノトさんはそもそも大して苦しんでなかったか。
「愛弟子、ちょっといいかな?」
急に背後から声をかけられた。
振り返ると、僕の師匠――ウツシ教官が神妙な面持ちで立っている。
相変わらず、足音ひとつ立てずに出現するので心臓に悪いな。
「昨日、
「はい。リオレイアを狩りに……」
「高台にある飛竜の巣には行った?」
「行きましたけど……なにかあったんですか?」
「これを見てくれ。ついさっき撮影してきたものだ」
そう言って教官は何枚かの写真を取り出した。
大社跡の高台、そこにある飛竜の巣。
見慣れた光景だが、そこにある異物が横たわっていた。
丸々とした巨体、腹と尻尾に垂れ下がった大きな鱗――
――しかし、その姿は普段見慣れているものとはまるっきり違っていた。
体色が全体的に黒ずみ、皮膚がところどころ裂けて骨や肉がむき出しになっている。
そこからは黒みがかった紫の液体が漏れ出し、あたりの地面におぞましい染みを作っていた。
腐っている?
いや、生物が腐ったとしてもこんな状況になるだろうか?
「昨日、バゼルギウスを見たかい?」
「いえ……」
「そうか。ならコイツは、キミがクエストを終えた後に大社跡に来て命を落としたことになるな……」
「でも、それってまだ18時間くらい前のことですよ。こんな腐り果てたような死体になりますかね?」
「そうなんだよ。俺もそこが腑に落ちないんだ……」
バゼルギウスは行動範囲が広いため、老齢の個体がたまたま飛来して力尽きた……という可能性も無くはない。
しかし、この死体の状況は自然死と見るにはあまりに異常だ。
ならば他のモンスターとの戦いで……いや、そもそもバゼルギウスを倒せるようなモンスターが大社跡に生息していたか?
好戦的で、度々バゼルギウスと縄張り争いを繰り広げる姿が確認されているマガイマガド?
毒を操る古龍、オオナズチ?
いや、マガイマガドに敗れたとしてもこんな姿にはならない。
オオナズチの毒にも、肉を腐らせるような効果は無かったはずだ。
「愛弟子。俺ともう一度大社跡に行ってくれないか?この件、もっと詳しく調査する必要があると思う」
「わかりました。それじゃあミノトさんに――」
「う あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ ! ! ! 」
突如響いた悲鳴に、僕と教官はほぼ同時に集会所を振り返った。
「いっ……ぎぃっ……!!いだあ゛っ……いっ……!!」
ミノトさんが、左手で顔の右側を押さえてもがき苦しんでいる。
あっけに取られてしまった僕とは反対に、教官は目にもとまらぬ速さでミノトさんに駆け寄った。
「どうしたんだ!?しっかりしろ!」
「がああああああああああああああああああああああ!!!!!」
ミノトさんが右腕を横に薙ぎ払い、教官の脇腹に拳をめり込ませるのが見えた。
ボキッ、と鈍い音がして、教官が横に転がされる。
「がっ……!?」
教官は立ち上がれない。
ミノトさんはなおも悶えながら、よろよろと教官に近づいていく。
まさか、トドメをさすつもりか!?
「ミノトさん!!」
僕はミノトさんに飛び掛かり、後ろから羽交い締めにした。
密着した背中が、燃えるように熱い。
教官を打ちのめした右腕は熱湯に放り込まれた蛇のような動きで暴れまわり、背後の僕を振りほどこうとしてくる。
「落ち着いてっ……!ミノトさんっ……!落ち着いてっ……!」
「ああっ!!うがあっ!!ああああああああっ!!」
ゴッ!!
ミノトさんの後頭部が僕の鼻を砕いた。
一瞬、目の前が真っ白になり、仰向けにのしかかってくる体重を支えられずに転倒。
視界を取り戻したときにはもう、ミノトさんが馬乗りになって僕を押さえつけていた。
彼女の左手が僕の顔面を鷲掴みにし、4本の指を食いこませてくる。
「ぐっ……ああっ……!?」
両手を使って引きはがそうとしたが、びくともしない。
なんて力だ。
前にラージャンの拘束攻撃を食らったことがあるけど、その時と同じくらいの握力を感じる。
「ううううううううううう!!」
指の間から、ミノトさんの顔が見える。
苦悶の表情。
砕けそうなほどに食いしばられた歯。
僕は確信した。
これは、共鳴現象だ。
「…………い」
食いしばった歯の間から、微かな声が漏れるのが聞こえた。
うめき声かと思ったが、違う。
ミノトさんがなにか言おうとしている。
ポタッ。
顔に、生暖かいものが落ちてきた。
一瞬血かと思ったそれは、涙だった。
彼女の右目から、赤い涙がだらりと流れ出している。
「かえりたい……」
帰りたい?
なにを言っているんだ?
そう思った瞬間、顔を締め付けていた力が、ふっ、と抜けた。
ミノトさんの体が、糸の切れた人形のように倒れてきて――それきり、動かなくなった。
ハーメルンにモンハン二次創作を放てっ
今回、初めて一人称視点での執筆にチャレンジしてみました。
地の文を話し言葉で綴るのは意外に難しく、つい堅苦しい文章になってしまうのを何度も修正するハメになりましたが……「怒らないでくださいね、うだうだ悩んで時間食うくらいならいつも通り書いたほうがいいじゃないですか」と自問したりもしましたが……。
最終的にはなかなか面白い手法だな、と思えるようになりました。
楽しんでいただければ幸いです。