長い坂を登り、山門をくぐると、廃屋が立ち並ぶ広場に出た。
見慣れているはずの大社跡の光景なのに、今日はなにやら異様な雰囲気を感じる。
「ふう……」
鼻が折れているせいで息が苦しい。
足元に目をやると、オトモのガルクが心配そうに僕を見上げていた。
「大丈夫だよ」
くりくりと頭を撫でてやる。
目的の飛竜の巣はすぐそこだけど、廃屋で少し休憩していくことにした。
――――――
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――
昨日、意識を失ったミノトさんは集会場の2階で介抱されることになったが、度々目を覚ましては暴れだし、その度に薬で無理矢理眠らせることの繰り返しだった。
右腕が――いや、右半身全てが別の生き物になったかのように蠢き、激痛に耐えかねて滅茶苦茶に暴れる様は、いつものクールな彼女からは考えられない姿で――。
駆けつけたヒノエさんの絶望した表情が、今でも目に焼き付いて離れない。
『古龍との共鳴が引き起こしている症状なのは間違いない……だが、ナルハタタヒメとの共鳴のときですらあっけらかんとしていた彼女がこんなことになるなんて、いったいどんな古龍が……』
ミノトさんの攻撃で肋骨を砕かれた教官は、顔をしかめながら僕に大社跡の調査を依頼したのだった。
――――――
――――
――
ドゴッ!
廃屋の裏手からけたたましい音が響いた。
見ると、マガイマガドが仰向けの状態でもがいているのが見える。
どうやら崖の上にある飛竜の巣から落ちてきたらしい。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」
そして、雄叫びをあげて落下してくる影がもうひとつ。
オサイズチだ。
落下の勢いそのままマガイマガドに襲い掛かり、鎌のように発達した尻尾を喉元に突き立てる。
「ア゛ア゛ッ!ア゛ア゛ッ!ア゛ア゛ア゛ッ!」
2度、3度、4度。
マガイマガドは抵抗したものの、すぐに血を吐いて動かなくなった。
2頭とも狩り慣れたモンスターだが、こんな光景を見るのは初めてだ。
おかしい。
あのオサイズチの様子はただごとではない。
そう思ったのと、振り返ったオサイズチと目が合うのとは、ほぼ同時だった。
真っ赤に染まった瞳。
どす黒く変色した皮膚。
口からは紫色の涎を垂らしている。
「ア゛ア゛ア゛――ッ!!」
オサイズチが尻尾を振り回しながら接近して来る。
僕はとっさにチャージアックスを抜刀し、鉄蟲糸を体に纏わせた。
盾で受け止めた攻撃がエネルギーに変換され、武器内部のビンにチャージされる。
鉄蟲糸技、“カウンターフルチャージ”。
「しゃあっ!」
ビンのエネルギーを素早く盾に移行させ、回転切りで反撃する。
攻撃はかわされたが、エネルギーを宿した盾はオサイズチの攻撃を全て受け止めることが可能だ。
「ウォウッ!バウッ!!」
背後に目をやると、ガルクが2頭のイズチと交戦している。
これもおかしい。
オサイズチは群れの中から精鋭となる2頭のイズチを選んで行動を共にさせるが、子分のイズチは常にリーダーに付き従い、個別に敵を攻撃することはなかったはずだ。
再びオサイズチの尻尾が襲い来る。
チャージアックスの剣と盾を合体させ、これを受け止める――
「ぐっ!?」
はずだったが、あまりの衝撃でのけぞってしまった。
あり得ない。
このパワーは、オサイズチのものではない。
2撃目が来る。
今度はカウンターフルチャージで受け止めた。
チャージアックスを斧に変形させ、再びビンを満たしたエネルギーを今度はオサイズチの頭に叩き込む。
「ギャガアッ!?」
オサイズチが怯んだ隙に、武器の属性廻填機能を解放して胴体めがけ振り下ろす。
回転ノコギリと化した斧が肉をズタズタに引き裂き、紫色をした血と肉が飛び散った。
「 お お お お お お お お お お お お っ ! 」
まるで、熟れすぎた果実を切っているような感触だった。
新鮮な血液の鼻を刺すような臭いとは違う、明らかな腐臭に思わずえづいてしまう。
横向きに転倒したオサイズチはなおも反撃しようと手足をばたつかせたが、やがて動かなくなった。
急いでガルクの援護に戻ると、こちらも戦いが終わったところだった。
リーダーと同じ、紫の血にまみれたイズチの死体がふたつ。
しかし、ガルクも体のあちこちに傷を負い、倒れる寸前だった。
「しっかりしろ!」
僕が駆け寄ると安心したらしく、鼻を鳴らして体をすり寄せてきた。
命に別状は無さそうだけど、一旦キャンプに戻って治療してやらないといけない。
そう、思ったときだった。
「……なんだ?」
急に空が暗くなった。
背後に何かの気配を感じて振り返ると、崖の上で黒い布のようなものが動くのが見えた。
バコン!
それをはっきりと目に移した瞬間、音を立てて心臓がへこむ。
2色の鱗に身を包んだモンスターだった。
体の右半分は金色、左半分は真っ黒。
翼の表面はざわざわと波立ち、まるでたくさんの虫が蠢いているかのように見える。
頭部には金と紫の角が1本ずつ生えているが、目があるはずの場所には黒い穴が開いているだけ。
「 ゴ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ ! ! ! 」
モンスターが吠えるとその体から黒い煙のようなものが溢れ出し、周囲を漆黒の闇に染めていく。
直感した。
あれは、存在してはならないものだ。
生きとし生けるものすべてと相容れない。
打ち倒さなければならない。
「 オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ ! ! ! !」
なのに――。
その咆哮はなぜか哀しく、まるで泣いているかのように聞こえた――。