眠れ宿痾よ目覚は遠く   作:unko☆star

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共鳴

 

ウツシ殿

 

報告書を拝見いたしました。

大社跡に出現したモンスターは、『黒蝕竜(こくしょくりゅう)ゴア・マガラ』の特殊個体――当ギルドでは『渾沌(こんとん)(うめ)くゴア・マガラ』と名付けているものに相違ないと思われます。

 

ゴア・マガラは古龍種『天廻龍(てんかいりゅう)シャガルマガラ』の未成熟体ですが、古龍とは異なった特徴を多く持つため、正式に古龍種として分類されるには至っておりません。

彼らが翼から撒き散らす鱗粉は『狂竜ウイルス』と呼ばれ、吸引した生物の神経系に異常を引き起こして錯乱・凶暴化させたのち死に至らしめます。

そして恐ろしいことに、このウイルスの中には彼らの生殖細胞が含まれており、死亡した生物を苗床として新たなゴア・マガラを誕生させるのです。

 

こうして誕生したゴア・マガラたちは長い年月をかけて成長したのち、シキ国にある『天空山』を目指します。

そして、いち早く天空山に到達した個体のみが成体であるシャガルマガラへの脱皮を果たし、大量の狂竜ウイルスを撒き散らして次世代のゴア・マガラを生むのですが、実はこの際に散布されるウイルスには『ゴア・マガラが吸引すると成長阻害を引き起こす』特別な成分が含まれていることが近年の研究により判明しました。

 

すなわち、先を越されたゴア・マガラたちはシャガルマガラのウイルスに侵され、成体になることは叶わなくなります。

こうして生存競争に敗れ、体の半分だけがシャガルマガラになる不完全な脱皮をした姿が『渾沌に呻くゴア・マガラ』なのです。

 

この状態になった個体は長生きすることはできませんが、体内に不完全な古龍の力を宿したことによる苦痛に苛まれ、異常な凶暴性をあらわにします。

よって、当ギルドでは狂竜ウイルス対策装備を所持した一部のハンターのみに狩猟を解禁しており、本件においてはカムラの里に討伐隊を派遣する決定を――

 

 

――――――

 

――――

 

――

 

 

「僕じゃ駄目だって言うんですか!」

 

思わず、ギルドからの書簡を机に叩きつけてしまった。

 

「キミの実力はギルドも評価しているさ。だが、なんの対策も無しに狂竜ウイルスを相手にするのは危険すぎる。狩猟技術云々の問題じゃないんだよ」

「なら討伐隊はいつ来てくれるんですか?明日ですか!?明後日ですか!?」

「……少なくとも、5日はかかるだろう」

「そんな……」

 

遅すぎる。

共鳴の症状が出てから3日が経過し、ミノトさんの容体は悪化する一方だった。

このうえ5日も放置されては、体力がもつかどうかわからない。

 

「納得がいかないのは俺も同じだよ。俺だって彼女を救いたい」

「なら!」

「落ち着いて。……ほら」

 

そう言って教官は、一冊の手記帳を取り出した。

 

「ゴア・マガラと狂竜ウイルスについて、可能な限り調べておいた。装備がない以上は完全な対策にはならないけど……」

「えっ」

「本当は、無茶なことをするハンターを止めるのが俺の役割なんだけどね……そもそも今までに散々無茶をやってきたし、キミはどんな困難にも打ち勝ってきた。今回もそうだと信じているよ」

「教官……」

 

「明日の朝、俺のガルクを村の門に待機させておく。ベースキャンプまでの足に使ってくれ。ギルドの正式な依頼じゃないから輸送隊を手配できないしね」

「ありがとうございます!」

 

教官の手が、僕の肩をぽんぽんと叩く。

百竜ノ淵源(ひゃくりゅうのえんげん)に挑む僕を送り出してくれた、あの時と同じ仕草だった。

 

「また、この台詞を言うときが来るとは思わなかったけど……もう一度言わせてくれ」

「愛弟子。キミはカムラの里の希望だ。かならず、無事に帰ってくるんだぞ」

 

 

――――――

 

――――

 

――

 

 

深夜。

無人になった集会場で、僕は一心不乱に教官の手記を読みふけっていた。

 

(視覚を持たないゴア・マガラは自らの鱗粉、『狂竜ウイルス』をその代わりとして使用している。具体的には生物にウイルスを付着させることでその位置を感知し……)

(天空山にたどり着き、シャガルマガラへと成長してはじめて視覚を得る。これ以降、狂竜ウイルスは外敵及び同族への攻撃と生殖のために使われ……)

(狂竜ウイルスに感染した場合、突如として錯乱・癇症の症状が現れ、見境なく攻撃を加えたくなる……)

(モンスターを攻撃し続けることでウイルスを克服することが可能……原理はいまだ解明されていないが、自らの意思を高揚させることで理性を保ち、ウイルスがもたらす神経系の異常を抑える効果があるのではないかという仮説が……)

 

 

ガタッ。

 

 

2階に続く階段の方から物音がした。

まさか、と思い振り返ると――

 

「ミノトさん!?」

「……ハンター……さま……」

 

急いで駆け寄り、階段から落ちそうになっていた彼女の体を抱き止めた。

 

「おねがい……します…………外の……景色を……」

「何言ってるんですか!?寝てないとダメですよ!」

「目が…………目が、見えなくなってきていて……」

 

思わず息を飲んだ。

ミノトさんの顔の右半分に金色の鱗が生え、右目は真っ黒に染まっていた。

右腕もびっしりと鱗に覆われ、指は4本それぞれがあらぬ方向を向いたまま硬直している。

 

「右は……もう真っ暗で……左も……だんだん…………」

「どうか…………外に…………」

 

かける言葉がなかった。

彼女の体を抱きかかえ、食事処の長椅子まで連れていく。

幸い、今日は満月で外の景色がよく見える日だった。

 

「ああ……」

 

ミノトさんの唇がわずかに開き、そこから長い吐息が漏れた。

 

「美しいですね……わたくしたちの故郷は……」

「はい」

「……あの子も、こんな景色を見たがっていたのだと思います」

 

あの子。

ゴア・マガラのことだろうか。

たった今自分を苦しめているモンスターの話をしているとは思えないほど、ミノトさんの口調は優しかった。

 

「長い長い暗闇のなかで……いつか、故郷に帰れる日を待ち望み続けて…………あと、少しだったのに……」

「“かえりたい”“かえれない”“なぜ?”“どうして?”……そんな想いが……ずっと、流れ込んでくるんです……」

 

 

( ゴ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ ! ! ! )

 

 

天に向けて吠えるゴア・マガラの姿が脳裏に蘇る。

怖ろしくも哀しいあの声は、天空山に向けられていたのだろうか。

ずっと焦がれていた、もう決して戻ることのできない場所。

 

僕は、あの異形の竜を討たなければならない。

けれども、ミノトさんが語った気持ちも痛いほどよくわかる。

僕も彼女も、カムラの里を――()()を守るために戦い続けてきたから――。

 

「ハンター様」

 

ミノトさんの両目から涙が溢れた。

右目からは赤の、左目からは透明の。

 

 

「お願いです……あの子を、眠らせてあげてください」

 

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