ファウンデーション王城内、大広間。
予定通りその夜。
コンパス、オーブ、プラントから訪れた主賓を招き、盛大な歓待の宴が催されていた。
高い天井から吊り下げられた巨大なシャンデリアが、幾重もの光を広間へ降り注がせる。
白を基調とした壁面には、青と金をあしらった装飾。
磨き抜かれた床には光が淡く反射し、壁際には色鮮やかな料理と酒が並べられていた。
広間の中央では楽団が穏やかな旋律を奏で。
軍人、政治家、王宮関係者。
様々な立場の者達がグラスを片手に言葉を交わしている。
華やかではある。が、どこか過剰な豪奢さを感じさせない。
国の力を誇示するというよりも、訪れた客人を最大限にもてなそうという意図が伝わってくる宴であった。
その一角で。
女王アウラに、宰相オルフェ。
そこへ集まり顔を合わせるのは、コンパス総裁、オーブ代表、プラント最高評議会議長。
世界を憂う者達による、小さな国際サミットの様相であった。
「貴国の御繁栄は、兼ねがね耳にしておりましたわ」
「ありがとうございます。クライン議長」
「私も色々と聞いてはいたが、こうして実際に目にすると驚くことばかりだ。先進的で発展したこの国の姿は、復興に窮している世界にとって希望と言っても良いと思う」
「過分なお言葉です。アスハ代表」
交わす賛辞と謝辞。
社交辞令などではないだろう────フレイは胸中で断じた。
実際、今日一日で彼女自身が目にしたものも、抱いた印象も、それと大差ない。
整備された街。
滞りなく動く物流。
行き交う人々の表情にも、戦後の多くの地域で見られる疲弊や荒みは少ない。
建物やインフラが新しいだけではない。
街そのものが、まるで一つの巨大な組織のように効率良く動いている。
独立してからの年月を考えれば。
それは、素直に驚嘆すべき発展速度だった。
「我が国は、年齢や出身を問わず、優秀な人材を登用している。ナチュラル、コーディネイターに関わりなく────全てオルフェの采配じゃ」
傍らに立つオルフェへ目を向けて語るアウラ。
その眼差しには、優秀な我が子を見る母親そのものの誇らしさが浮かんでいた。
「(まぁ、そうでしょうね……だからこそアマノ総括をけしかけたんだもの)」
昼間の一幕を思い返し、フレイの胸中へまた僅かな恥ずかしさが蘇る。
デスティニープランが、この国で用いられている可能性────それを事前に聞かされていたからこそ。
近衛師団長という高い地位に就くシュラ・サーペンタインの実力を量り、その人事と能力が本当に一致しているのか。
そこからプラン採択の有無を探ろうとしたのだ。
試み自体は成功────否、予想を遥かに上回る大成功だったと言っていい。
シュラ・サーペンタインは大方の予想を覆し。
あのタケル・アマノに勝利するという実力を見せた。
それは即ち、能力に相応しい地位へ人材を配置するデスティニープランの存在を、また一つ裏付ける事実となった。
そしてそれは。
大方の予想であったタケルの勝利までもが覆され。見事なまでに赤っ恥をかかされた。
予想に反した、大失敗でもある。
「アルスター総裁、如何されましたか?」
「えっ、あっ、いえ……国政の一切を執り仕切っているとは、タオ宰相は本当に優秀なのだと、改めて思いまして」
「そうじゃ! オルフェは真に王の才覚を持つ。其方等と同じく皆を導く器でな。育てた妾の鼻も高いというもの」
「母上、客人の前でお戯れは止めてください」
心底困ったように眉を下げるオルフェ。
立派な執政の人間も、母の前では形無しらしい。
そんな姿を目にして。
フレイは少しだけ毒気を抜かれるような気分になった。
「ん、オホン……全く。母上の戯れは気恥ずかしくて適いません」
一つ咳払いし、場を仕切り直すように、オルフェは三人の女性へ向き直る。
「では気を取り直して、少し宴らしいことでも。お三方、どなたか一曲お相手願えませんか?」
「何じゃオルフェ? 母と話しているのは退屈とな?」
「せっかく美しい花達に囲まれているのです。少しくらいは私も楽しませてください」
「良い良い……ならば我が国の為に、しっかり外交をしてもらわぬとな。して、誰ぞ相手をしてくれぬか?」
話を振られて────最初に反応したのはカガリであった。
ただし、返事ではない。いや、返事ではあるのだが。
露骨に顔を逸らした。
今日のカガリは、普段のオーブ執政用のスーツ姿ではない。
身に纏っているのは、薄翠の柔らかなドレス。
武勇に優れた戦姫と言えども、舞踏会で踊るには申し分ない装いである。
だから何も問題はない────わけがなく。
こんなヒラヒラした服を着て踊れるか。
言葉にせずとも、その表情が雄弁に物語っていた。
政界へ身を置いて久しいとはいえ。
舞踏会慣れとは無縁だった人生の片鱗を惜しげもなく晒し、カガリはオルフェから必死に視線を逸らしていた。
「アスハ代表は、難しいようですね……」
「まぁ、カガリだしね」
「うるさいぞ、フレイ」
「それではオルフェ宰相。私がお相手致しますわ」
静かに。
そして、あまりにも自然な所作で立ち上がったのはラクス・クライン。
薄桃色のドレスに身を包み。
手を差し出されるより先に、既に立ち姿からして違う。
元はプラント最高評議会議長の娘。
幼少期から社交の場へ顔を出してきた、正真正銘の箱入り娘である。
こういった場に慣れた生い立ちが、何気ない身のこなし一つから表へ滲み出ていた。
「ではクライン議長。いえ────姫、一曲お願いできますでしょうか?」
「えぇ、喜んで」
差し出された手へ、ラクスは迷いなく自身の手を重ねる。
そのままオルフェに導かれ、二人は広間の中央へ。
流れる音楽に合わせ。
当たり前のようにステップを踏み始めた。
「…………」
それを見送りながら。フレイは、何とも言えない表情を浮かべていた。
一応ではあるが、彼女だって元を辿れば裕福な家庭で育った令嬢である。
それなりの教育も受けた。
最低限のダンスだって出来ないわけではない。
出来ないわけではない、のだが。
音楽へ合わせ、まるで呼吸をするようにオルフェのリードへ応じるラクスを見れば。
「────育ちの違いを嫌でも思い知るわね」
誰にも聞こえないほど小さく漏れた呟き。
その隣では、自分は関係ないとばかりに飲み物へ手を伸ばしているカガリの姿があった。
「あら、キラ君」
「よぉ、キラ。久しぶりだな」
宴の別の一角。
聞き慣れた声に振り返ったキラは、ぱっと表情を明るくした。
「ムウさん、マリューさん」
プラントに渡ってから、二人と顔を合わせるのも久しぶりで、思わずキラの声は跳ねた。
「お久しぶりです……あっ」
いつもの調子で声を掛けた直後。キラははっとして隣へ視線を向けた。
そこには、案の定。軍人らしく背筋を伸ばしたイザーク・ジュールの姿。
今の自分は、ザフト所属の大佐。
いくら旧知の仲とはいえ、公の場であまりに気安い態度を取れば────。
「構わん」
先に言葉を発したのはイザークだった。
「旧知の仲なのだ。階級の分別は大事だが、俺もそこまで無粋ではない」
「あ、そう?」
あまりにも素直な返答。
イザークの眉間へ僅かに皺が寄った。
「ははっ。噂のジュール少佐か。キラから聞いてるぜ。厳しいけど、助かってるって」
「いえ、仕事なので」
「キラは正式な軍事訓練も受けてないまま、大佐なんかになっちまったからな。大変だろうが、ジュール少佐みたいな部下が傍にいてくれるなら助かる」
どこか兄貴分めいたムウの言葉。
隣で聞いていたマリューは、くすりと笑った。
「貴方が言えたことでもないと思うけどね」
「おいおい」
「まぁ、私も人のことは言えないけれど。どれだけナタルに怒られてきたことか」
「いや、そりゃあまぁ……副長がちょっと厳しすぎたんじゃねえか?」
懐かしむようにムウは肩を竦めた。
自身が付けた鬼の副長の通り名────だがそれが広まった以上、あながち間違いではなかったのだろう。
「ナタル・バジルール少佐のことでしたら、自分は模範的な軍人だとお見受けしておりますが?」
そんなムウに、真顔で返すイザーク。
静かに空気が固くなった。
「…………」
「…………」
ムウとマリューは顔を見合わせる。
どうやら、彼もまた、そちら側の人間らしい。
「あ、はは…………こりゃキラも大変だな」
「のようね」
二人揃って、またも肩を竦めるのだった。
「うぅ……居ないなぁ」
柔らかな金糸の髪が、きょろきょろと動く顔に合わせて揺れる。
アサギ・コードウェルは、華やかな広間の中を少々不躾なほど見回していた。
「ちょっとアサギ。恥ずかしいからジロジロ見回さない」
「駄目だよアサギちゃん。こういう場でそういうことは」
「だってさ、アマノ教官も来てるんだよ? 久々に会いたいじゃん!」
身振りまで大きく。
アサギは二人へ訴えた。
タケルがコンパスの為に動き始めたのは、組織の正式発足よりも遥かに前。
それ以前にも、戦後すぐにはタッシルへ隠遁していた時期があり。
本来の故郷であるはずのオーブへ、彼が長く滞在することは極端に少なくなっていた。
憧れの教官。
自分達をここまで育て上げてくれた恩人。
久しぶりに会えるとなれば。その嬉しさは、何もアサギだけのものではない。
マユラやジュリにとっても同じだ。
「気持ちは分かるけどさぁ。立場上、身軽に動けるわけでもないんじゃない?」
「教官もそうだけど……私はスティングにも会いたいしなぁ」
「私だって、来てるって聞いてるからハイネに会いたいよ」
「あぁ~何それ! 二人して抜け駆け!?」
周囲を見回すのをやめて、膨れっ面を見せながらアサギは2人へと詰め寄った。
「何よアサギ、抜け駆けって。大体、イザークだってこっちに来てるって話──」
「失礼、麗しいお嬢さん方。よろしければダンスのお相手などいかがですか?」
突然割り込んできた声に。三人は揃って振り返る。
「おー、その軍服はオーブの軍人さん? それにしちゃ三人とも可愛い感じじゃん。なぁ、ダニエル」
「別に……俺は興味ない」
礼儀正しく声を掛けてきたのは、ファウンデーション近衛師団。
ブラックナイツが一人、リュー・シェンチャン。
その横で馴れ馴れしく笑っているのはグリフィン・アルバレスト。
そして少し離れた場所では。ダニエル・ハルパーが、我関せずとでも言いたげな態度で立っていた。
「え、あっ……どうも?」
「急に縮こまらないでよアサギ……って、ジュリも私の後ろに隠れないでくれる!?」
「だ、だって……」
普段は人懐こく距離感の近いアサギとて。初対面の人間相手では、話が違う。
いつもの天真爛漫さは鳴りを潜め。引っ込み思案なジュリに至っては、言わずもがな。
突然現れた異国の青年達に声を掛けられ。反射的にマユラの背中へ隠れてしまった。
「失礼。怖がらせてしまいましたか?」
「そういうわけでは、ありませんが……」
「では是非とも一曲」
「い、いえ。私達は遊びに来たわけではないので」
「いーじゃん。今日の主催はこちらで、そっちは来賓だぜ? あんた等が今やるべき仕事なんてねぇだろ?」
「で、ですが……」
気さくな声と共にグリフィンは前に出るとマユラへと手を伸ばした。
「おーい、おいおい。そこまでにしとけって。無理に誘うのはいただけねえな?」
「ハイネ!」
すぐ側から聞き慣れた声────マユラの表情がぱっと明るくなる。
視線を向ければそこには。
伸ばされた手をさらりと躱してマユラを引き寄せたハイネ・ヴェステンフルスの姿があった。
「っと、その服……コンパスの人間か」
グリフィンが値踏みするように目を細める。
「主催側だっていうなら、無理矢理なんて恥ずかしい真似するなって話だ────なぁ、スティング」
「俺に振るなよ。まぁ、確かにその通りではあるが」
後ろから聞こえる声────やや面倒そうな顔をしながら、スティングもその場へ歩み寄ってくると、自然な動作でジュリの前へ立つ。
「…………」
その背中を目にしたジュリは。誰にも聞こえないほど小さく、安堵の息を吐いた。
気付けば、その指先はスティングの服の裾を掴んでいる。
「あれ……なに、この構図」
マユラの前にはハイネ。
ジュリの前にはスティング。
まるで二人を庇うように、ブラックナイツの面々と向かい合っている。
そんな中。一人だけ。
アサギ・コードウェルは、妙に場違いな感覚を覚えていた。
親友二人の側にはどちらも見目麗しいナイトが立ち。
端っこにいる自分の側には────誰もいないのだ。
「なんだよ。お前にはいないの?」
「う、うるさい……」
訂正。一人、居たらしい。
我関せずと離れていたダニエルから可哀想なものを見るような視線を向けられ。
アサギは羞恥に顔を赤くした。
なんだか負けた気がする。
無性に悔しくなり。アサギは再び周囲を見回した。
自分のナイト(予定)の姿を探して。
「あっ! イザ────」
目に入った白い軍服に、思わず声を上げかけ。
慌てて自分の口を塞いだ。
ここは国際的な歓待の宴。
この場で大声を上げ、呼び付けるような真似をすれば…………
来てはくれるだろう。が、間違いなくその後で彼の逆鱗に触れる。
その上、今のイザークはキラ、ムウ、マリューと歓談中。
さすがのアサギでも、そこへ不躾に割り込むほど空気が読めないわけではない。
「…………」
仕方なく。再びダニエルから送られてくる、憐れむような視線を甘んじて受けるしかなかった。
「ちっ、相手待ちだったのかよ。なら早くそう言えよな。声掛けて損した」
「グリフィン。そのような物言いはやめなさい」
「リュー、こっちは空いてるみたいだぜ」
「こっちって言うな! 失礼な! しかも別に空いてないし! 忙しいだけだし!」
誰が、とは言わない。
なんでイザークは来てくれないの!
などと内心では盛大に叫んでいるが。
表には出さず。アサギはただ吠えた。
「そうですか、では今空いているのであれば、そちらのレディはいかがでしょう?」
「いや、だから私は──」
「その子もやめといた方がいいぞぉ~?」
標的を変えたリューへと、面白がるようなハイネの声が掛かった。
「なんたって、その子はジュール少佐のお気に入りだからな。手ぇ出したのがバレたら大事になるってもんだ。あいつも一応、プラントじゃ良家の出だ。大きな問題になっちまうかもな」
「ハイネ!? あっ、ちょっ、何言っちゃってるの!」
「なんだよ、違うのか?」
「いや、ちが……違わなくはない、けど……」
急速に勢いを失うアサギ。その頬まで真っ赤に染まっていく。
「はーあ、やってらんねぇ。他行こうぜ」
「仕方ありませんね。諦めるとしましょう」
「と言うか、もういいだろナンパは」
グリフィン。
リュー。
最後に呆れたダニエル。
三人は思い思いの反応を残し、その場から離れていった。
「ふぅ────悪ぃな、マユラ。すぐ助けてやれなくて」
「ううん。むしろ助けてくれてありがと」
平穏が戻ったところで、掛けられたハイネの言葉に、マユラは嬉しそうに笑みを返した。
「こっちもアウルとステラの面倒を見ておかなきゃいけなくてな。なかなか離れられなくてよ」
「あはは。あの子達は自由だもんね」
こちらはこちらで、どこか自然な感じに距離感を縮めている。
「うぅ…………」
そんな彼らの横で────未だ羞恥を引き摺ったまま、アサギが小さく唸る。
「こんな場で何を唸っている、バカ者」
「わひゃっ!? い、イザーク!」
いつの間にか、背後に立っていた白服の青年。
探し求めていた本人の突然の登場に、アサギは飛び上がった。
「何を驚いている。見知った顔だと思い、声を掛けただけではないか」
「もぅ、おっそいんだよ、バカ!」
「なにぃ! 何を言っているんだ貴様は!」
「わぁ、ごめん! でもありがとう!」
「はぁ? 意味が分からん! だから何を言っている!」
その『ありがとう』は。
来てくれてありがとう。
ということなのだろうと。
一連の流れを見ていた周囲の面々なら、誰でも理解出来た。
だが、如何せん相手はイザーク・ジュール。
素直ではないことの代名詞のような男のくせに。
他人の言葉だけは、驚くほど言葉通りに受け取る男である。
「待て貴様! ちゃんと説明しろ!」
「やだぁ! 絶対怒るじゃん!」
場も弁えず開始される追いかけっこ。
マユラとジュリは揃ってため息を吐き。
スティングは呆れ。
ハイネだけが腹を抱えて笑っていた。
しばらくの間。彼らは広間の衆目を集めることとなる。
「ははっ……まるで同窓会だな」
過ぎ去った戦争。
それぞれ違う道を歩き。
今こうして、また同じ場所へ集っている。
どこか穏やかな眼差しで。
ハイネは静かにそう呟くのだった。
「──踊りませんか、総括?」
少し離れた広間の一角。
唐突な誘いに、タケルは目を瞬かせた。
そこにはニコニコとわかりやすい作り笑いを浮かべる少女の姿。
「アグネス……僕達は遊びに来たわけじゃないよ?」
「もう、そんなこと言わないで。良いじゃないですか少しくらい。折角の歓待と宴の席なんですよ」
「その安全を保つのが僕達の役目でしょ?」
「それは、この場を設けたファウンデーションのお仕事じゃないですか?」
もっともらしい理屈。
だが、アグネスの表情を見る限り、単純に踊りたいだけであることは明白だった。
もっともそこには、タケルと、という接頭辞が付きそうではあるが。
「はぁ……分かったよ。それじゃ少しだけ──」
「レディ。お手隙でしたら、私と踊っていただけませんか?」
聞き覚えのある声が割り込み、二人は揃って振り返る。
「サーペンタイン団長」
「これはアマノ総括。先程ぶりで」
そこにいたのは数時間前に、己を下した男の姿。
僅かに、タケルの気配は固くなった。
「えっと……良いんですか? こういう場、近衛ともなれば周辺警戒に忙しいんじゃ?」
「まさか。この場でそのような悪事が起きうるはずもない────警備ならば、私が入らなくとも既に完璧ですよ」
「それは優秀ですね」
「光栄です」
そう返すと、シュラはタケルから視線を外し。
改めてアグネスへ、恭しく手を差し出した。
「──それでレディ。いかがですかな?」
「あ、えっ、その……」
ほんの少し前まで、自分からタケルを誘っていたアグネス。
予想外の横槍に、珍しく言葉を詰まらせると、答えを求めるようにタケルへと目を向けた。
「良いんじゃない? せっかくお誘い頂いたわけだし」
「──良いんですか?」
「ん? 良い、と思うけど……」
何故そんな確認をされるのか。
純粋に分からない────と、そう言わんばかりに首を傾げるタケル。
その反応に。アグネスの眉が僅かに動いた。
「ではサーペンタイン団長。是非ともお相手願いますわ」
「ふっ。これほど美しい相手に恵まれるとは。アマノ総括に感謝しましょう」
「そんな必要はありません。さぁ、行きましょう」
微妙に不機嫌な声音と態度を残し。
アグネスはシュラと共に、広間の中央へ向かっていった。
そんなアグネスの変化に一度首を傾げてから、タケルはすぐ側の窓から階下の庭園へと目を向けた。
「はぁ、やれやれ」
「全く、アグネスも大概ですね」
「さ、サヤ!? いつからそこに」
急に聞こえた声に振り返れば、すぐ傍にサヤが立っていた。
「最初からですが?」
「最初からって……」
「勿論、お兄様がアグネスに押し負けそうになったのも見ておりました」
「あぁ、だよねぇ……別に彼女に気があるとか、そういうわけじゃ」
「えぇ、勿論。それも理解しております。故に、メイリンとお姉さまを呼び出そうとした手は止めておりました」
「い、言っておくけど……三人も大切な人が居て、僕に浮気なんて気持ちは有り得ないからね。さっきのだって──」
「どうせ断るのが面倒になった、でございましょう?」
言葉を遮り。サヤは至極当然のように続けた。
「お兄様は、相手を傷付けることを避けるために、すぐ自分を押し殺しますから」
「──よく見てるね、ホント」
完璧なまでに図星をつかれ、タケルは苦笑するしかなかった。
「ですが、アグネス相手では少々不用心だと言わざるを得ません。彼女は、こういった既成事実を作り出して欲しいものを手中へ収めるタイプなのです。
最悪、セルヴァへ戻った後で、お兄様が気を持たせるようなことをしたと吹聴しかねません」
「恐ろしいね……僕、そこまであの子を悪い子だとは思ってなかったんだけど」
精々がシンやサヤ。一応はルナマリアもだろうか。
同期の面々とそりが合わない。仲が悪い。
それがタケルのアグネスに対する認識である。
「根は……まぁ、基本的には真面目なタイプではあります。ただ、欲しいものに対しては見境がなくなると言いますか……ルナマリアも、それで被害に遭っていますし」
「それなら、同期だったシンやレイにはどうだったの?」
「レイについては、それとなくアプローチしていたようですが、全く相手にされなかったようですね。レイは当時から堅物でしたから、お兄様のような隙もありませんでしたし」
「ひどい言われようだね、僕も」
「シンは……残念ながら、アグネスにとって眼中になかった、と言うところでしょうか? 別に家柄があるわけでもないですし、当時は成績も下の方でしたから」
「それでも、今のシンに魅力を感じないのは、彼女の目も節穴な気はするけどなぁ」
少し考えるように顎へ手を添え、タケルは視線を巡らせてシンを見つける。
ルナマリアと仲良く話しながら、普段は味わえない宴の席の料理を食べ漁っているところであった。
そんな姿に、どこか穏やかな気分になるのは内緒だ。
「世界でも有数の超エースパイロット。家柄の下駄無しで既に大尉階級の出世頭────ついでに、シンはきっと身内には尽くしてくれるタイプだと思うよ?」
「その意見には同意しますが……変な噂が立ちそうなので、その嬉しそうな表情でシンをべた褒めするのはやめてくださいませ」
「変な噂?」
「何でもありません」
それを脳裏に思い描いてしまったサヤは、少しだけ自身の想像力に戒めの鍵をかけて封印する。
危険な香りは、奥底に封じておかなければならないのだ。
「楽しんでおられますか、アマノ総括」
背後から掛けられた声に。タケルとサヤは揃って振り返った。
「タオ宰相? えぇ、勿論────過分な歓待を受け、恐縮しているところですよ」
「ははは。何を言うのですか」
まるで友人に接するように、オルフェは朗らかに笑う。
「シュラから聞きました。早速、貴方が手合わせをしてくださった、と……」
「恥の上乗りは、出来れば控えていただけると助かります。もう本当に、顔を覆いたい気分なのですから」
「では────貴方のお眼鏡には適いましたか?」
「えぇ、十分に」
冗談めいた笑みが。その一瞬だけ、タケルの顔から薄れた。
シュラ・サーペンタイン────昼間の戦い。
そこに抱いた疑問は、未だ消えていない。
そして目の前の彼は、その答えを持ってはいるだろう。
嫌な言葉が、喉から出てきそうであった。
「どうやら、私は少し席を外した方が良さそうですね」
「これは失礼、レディ。気が回らず申し訳ない……」
恭しくサヤへと一礼するオルフェに、彼女もまた礼を返す。
サヤも元はオーブの名家、アマノの家の才女である。
その所作に、アマノの教育が滲んでいた。
「サヤ・アマノでございます。タオ宰相」
「アマノ嬢。ではご厚意に甘えて、しばらくアマノ総括をお借りしても良いですか?」
「これ以上お兄様を虐めないと、約束していただけるのなら」
「それは勿論。誓いましょう」
「でしたら、私はこれにて────失礼いたします」
再び一礼し、サヤは二人から離れていく。
その背中を見送りながら振り返ると、オルフェが小さく笑った。
「素敵な妹さんですね」
「僕には、勿体ないくらいです」
笑い合った二人は自然と広間を離れ。王城の庭園へと足を向けた。
夜風が、熱を帯びた頬を静かに撫でる。
宴の喧騒は遠ざかり。
庭園へ一歩足を踏み入れれば、聞こえてくるのは微かな虫の声と。
背後から漏れ聞こえる楽団の旋律だけ。
整えられた庭には、鮮やかな赤い花々が揺れ。
王城の灯りに照らされながら────二人は石畳の小道を、並んで歩いていた。
「今日は真に良き日です。先程まで母上と一緒に、お三方と歓談させていただきました」
オルフェが、満足そうに息を吐く。
「クライン議長、アスハ代表、アルスター総裁。今や世界を統べているお三方との語らいは、これ以上ない経験です」
「統べる────と言うのは、あまり良い表現ではない気がしますが」
「お気に召しませんか?」
オルフェが不思議そうに横目を向ける。
「彼女達は、そんなつもりで戦っているわけではありませんよ」
タケルは静かに首を振った。
「どうにかこの世界に平和を────ただ、その一心です」
「貴方も、ですか」
「無論」
迷いのない返答────それにオルフェは、どこか満足そうな笑みを見せた。
「私は……だからこそ、と思います」
「だからこそ?」
二人の歩調が、ゆっくりと緩んだ。
自然と立ち止まれば、静かに水が流れる噴水の前。
微かな水音を耳にしながら、タケルとオルフェの視線が交錯する。
「世界に平和を。その一心で今の地位や立場へ座る彼女達だからこそ」
オルフェは夜空を仰いだ。
「世界を統べるには、相応しいのではありませんか?」
タケルの表情から、僅かに笑みが消える。
「人が人を支配する構造に、正しさは無いと……僕は考えています」
「ですが、それは理想論でしょう?」
オルフェは即座に返した。
「結果としてこの世界には、支配された方が正しく生きられる人間が大勢いる」
「…………」
その言葉。その考え方。
聞き覚えのある思想に。タケルの目が僅かに細められた。
「デスティニープラン、ですか。やはり……」
問い掛ける────しかしオルフェは驚くでも、取り繕うでもなかった。
「はい。隠し立てはしません」
堂々と、それを肯定してみせる。
「我が国は、デュランダル議長が提唱したかの理論を実現し、国策としています」
「道理で……短期間で、これだけの発展を叶えるわけですね」
「不服ですか?」
「そんなことはありません。新興国としては、極めて合理的な判断です」
タケルは素直に認めた。
プランの是非と。国家政策として合理的かどうかは別の話。
疲弊した国。限られた人材。
そこから短期間で国力を立て直すのであれば。
適性に応じて人を配置するデスティニープランほど、効率の良い仕組みもそうはない。
「そう言っていただけて──」
「ですが」
オルフェの言葉を、タケルが静かに遮る。
「その先に待つのは、平和ではありません」
柔らかな夜風が、二人の間を通り抜ける。
向けられた言葉と視線に、オルフェは小さく息を呑んだ。
「人の自由意思は、それほど容易く御せるものではありません。
それを遺伝子で押さえ付ければ、必ずそこには歪みが生まれます」
出来ること。やりたいこと。
人が生きる上で。
その二つが、常に一致するとは限らない。
それを誰より深く理解した人間を────タケルは一人、知っている。
「──確かに、そうでしょうね」
だが、返された言葉は予想に反して、あまりにもあっさりしていた。
「知っていながら……ということですか?」
「はい」
今度はタケルが息を呑む番であった。
「私は、彼が見た世界を実現したいのです」
静かな声には、どこか力が宿り、タケルの耳朶を打った。
「ギルバート・デュランダルが思い描いた、プランの先にある本当の平和を」
「ですがそれは、未だ答えの出ない問いです」
「そうかもしれません」
否定はしない。
むしろ。
だからこそ、とでも言うように。
「我々はプランを推し進め、その先を見定めなければならなかった────本当の平和を夢見る者として」
「その為には、共通の目的を持つコンパス、オーブ、プラントと友好的な関係を築いておく必要がある────そういうことですか?」
「お見通しのようですね……その通りです」
オルフェは苦笑する。
タケルもまた、次々と明るみになっていく疑念の答えに苦笑した。
「ユーラシアへ提案を投げたのも、そのままコンパスへ話が流れるだろうと踏んでのことでした。
まさかこうして加盟の視察にまで来ていただけるとは、その時は思っていませんでしたが」
「おかげで、ウチの総裁は随分頭を抱えていました。後で言いつけておきましょう」
「それは勘弁してください」
思わず。オルフェは困ったように笑みを浮かべた。
「所詮は小さな国家の戯言です。望む形を得るためには、賢しい手段も必要なのですよ」
「それは、彼女が許す理由にはならないでしょう」
ぴしゃりと、そう言い放つも。
タケルの声音はどこまでも柔らかい。
「参りましたね」
オルフェは小さく笑みを浮かべ。
敵わない、とでも言うように両手を上げてみせた。
「ふっ……貴方は本当に不思議な人だ。
このような軽いやり取り……どうにも、他人とは思えません」
タケルは一瞬、目を丸くした。
言われてみれば、自分もまた。
どこか似た感覚を抱いていた。
初めて会った人間のはずなのに。
不思議と話しやすい。
互いに異なる答えを持ちながらも。
言葉を交わせば、その奥にある考えまでは理解出来るような。
その理由を、タケルは一つの共通点に求めた。
ギルバート・デュランダル。
同じ男の理想を知り。同じように、その先にある答えを求めている。
だからこそ自分はこの青年に。
どこか奇妙なシンパシーを感じているのだろう。
「僕も……そう思います」
口にすると、返すようにタケルは小さく笑った。
「ふっ、名残惜しいですが、私はそろそろ戻らねばなりません」
「そうですね。主催があまり長く離れていては、彼女達への心象も良くないでしょう」
「ははは。それでは困りますから……では、ごきげんよう」
軽く一礼し、オルフェは来た道を戻っていった。
その足取りは軽く、強く。その立場に相応しい佇まいを見せていた。
その背中を。タケルはしばらく無言で見送ると、空を眺める。
「オルフェ・ラム・タオ……」
出来るのなら。
全ては杞憂で終わってほしい。
この国への疑念も。
シュラが見せた力も。
そして────今抱いた、この奇妙な親近感すらも。
ただの偶然であってほしい。
叶わぬだろう願いを胸に。
タケルは静かに、去り行く背中をまた見つめるのだった。
劇場版で活躍して欲しい子アンケート
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忠犬主人公シン
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お兄様至上主義サヤ
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ザ・お姉ちゃんルナマリア
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オーブ三羽烏
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エクステンデッド組
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ユリス&レイ
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一応主人公タケル