カフェとのトレーニングが終わった夕方、帰りの支度をしていると、
急にカフェが真剣な表情で声をかけてきた
「今日のトレーナーさんはなぜか……”よくないもの”を惹きつけているようです。」
唐突なカフェの言葉に俺は頭が真っ白になった。
「え?どういうこと?俺、今日死ぬの?」
思わず、トレーナーとして繕っていた口調ではなく、俺自身の素の口調で聞き返してしまった。
何時もそうだった。新人トレーナーとしてトレセン学園に就職した際、
大人として社会人として振舞おうと心掛けているのだが、カフェの前ではそれが出来ない。
それは特にまだ社会人慣れしてないからとかではなく(もちろん新人のぺーぺーではあるが、そのため人一倍言動には気を付けようとしているのである)、純粋にカフェが怖いからである。
もちろん、カフェ本人は怖くない。
だって、この子物凄くいい子だもんね。恐れる要素はない。多分。
しかし、カフェを取り巻く環境はそうではない。それはそれは慄くしかないのである。
カフェのお友達氏や、彼女以外にもただただやばいとしか表現のしようのない環境。いや、魔境。
夜ちょっとした怪談話を聞いただけで3日はトイレに行けなくなる自分としてはあんまりにもつらい。
なのに、カフェとの経験は怪談話どころか、怪談そのもの。いや、怪奇現象を超えてくるのである。
例えば、先日アグネスタキオン氏とのトレセン巡りだってそうだった。
何時もなら、何もなかったはずの景色が異界とかして、呻き声やらなんやらでいっぱいになっていた。
その日は本当に泣いてしまうのかと思ったのだが、霊感の全くないアグネスタキオン氏に
それを知らせることはよくないというカフェの判断により、必死に我慢したのである。
なのに…なのに…、この子は何を言ってくれているのだろう。本当にやめて!?
その日もそれから一週間自宅のトイレを昼間にも使えてなかったんだよ?
顔面を蒼白にして気が狂いそうになっている俺にカフェはこう続けた。
「いえ。大丈夫です、トレーナーさん。なので、この後はトレーナー室に……
明朝まで、籠っていてもらえませんか……。」
私を落ち着かせようとにカフェは言った。泊まるではなく籠るとはどういうことだと
見当違いなことを考えていると、私が不安がっていると思ったのかカフェは
「私も一緒にいるので、安心してください……。トレーナーさんを……守ります……。」
と言ってきたのである。逆にカフェがいないとダメなくらいやばいということじゃん?
と思いつつ渋々と承諾するしかなかった。
そこから数時間、カフェが入れてくれたコーヒーを飲みながら、仕事で現実逃避をしていた。
カフェは隣に座ってそんな私を見ながら、何かをずっと警戒するように耳をピコピコしていた。
すっかり、外は暗く何時間も過ぎているというのに、何かある気配はなかった。
「なあ、カフェ?もう大丈夫なんじゃないか?」
恐る恐るそんなことを言うと、急にノック音が聞こえた。
「うぎゃっ!」
「トレーナーさん!ここにいらしたのですね!私です!たづなです!」
「トレーニングコースについて、緊急でお話したいことがあります!ドアを開けていただけますか?」
つい変な声をあげてしまったが、聞きなれたたづなさんの声だった。
間髪入れずに用件をいうたづなさん、相当緊急の用事なのかと思い、返事しようと思うと
「返事をしてはダメです。」
カフェは真剣な顔でそんなことを言ってきた。
「まさか……」
時間が止まったような感覚とともに、背筋が凍るような感覚がした。
心臓の音は激しく、冷や汗がこみあげてくる。
心なしか、周りの音が消えたように重い静寂のみが空間を支配する。
「トレーナーさんが応えれば応えるほど……あの子は境界を……超えやすくなります……。このまま、静かに」
やめてやめてやめて?ほぼ半泣きになりながら、喉どころか歯先に差し掛かった悲鳴を必死にこらえる。
「トレーナーさん?どうして開けてくれないんですか?聞こえているでしょう?トレーナーさん?
「トレーナーさん?トレーナーさん?トレーナーさん?トレーナーさん?トレーナーさん?トレーナーさん?」
そんなたづなさんの声と共にドアが猛烈な勢いで叩かれた。
その音は、このままではドアが破れるのではないかと思えるくらいに激しく響いていたが、
恐怖によって身動きも出来ずにいると
プツンと急に音が静まった。
そしてトレーナー室の電気が落ちた。
「ぐあっふぁっ!?」
急に引き起った超常現象に情けない悲鳴を上げようとしたが、それは叶わなかった。
カフェが俺の口を塞ぎ、頭を胸に抱きよせていた。
「怖いことは……わかりますが……落ち着いてください……。」
だって、だって!普段も怖いたづなさんが、さらに怖くなってる!
怖いものは仕方ないじゃん!もう死んじゃう!怖すぎて死んじゃう!
3か月は自宅のトイレどころか、自宅に帰れないよ!
そう目で訴えていると今度はトレーナー室のあっちこっちから大きな異音が鳴る。
「ふぐううぅっ」
カフェの手のひらに悲鳴を塗りたくっているとカフェは決心したように言った。
「……トレーナーさん、選んでください。朝までこのまま耐えるか……それともーーーーーすぐに方を付けるか。」
えっ?すぐに方を付ける?そんなことが出来るのか??
個人的にはすぐ方を付けてほしい。しかし、カフェの顔を見るとそんなことを言い出せそうになかった。
もちろん、今の状況から脱したい心は山々であるが、大人として、カフェのトレーナーとして、
自分の保身のためにカフェを危機にさらすなんてとてもできないと思ったからである。
カフェの手をゆっくりとどかした。
「このまま耐えるよ。」
恐らく震える声で、力強くそう言ったその次の瞬間、トレーナー室所々で響いていた異音が急に収まった。そして、扉の向こうの廊下から足音が聞こえてきた。
「「えっ?」」
唐突すぎる事態にびびりの私だけではなく、カフェさえも驚きの声を上げる。
そして、どこか焦ったような感じでカフェは立ち上がりすぐ、扉のドアノブをつかもうとしたが
私を抱いているままだったので、それは叶わず、足音はドアの前で立ち止まり、
そのまま鍵を開けて、ドアを開いたのである。
鍵を開けて?しかし、この部屋の鍵を持っている人(ウマ娘)は一人しかないはずでは?と
思っていると、ドアが開きアグネスタキオン氏、その人物が入ってきた。
「これはこれは、驚いたよ。こんな夜中でお二人で密会かい?これは寂しいねえ。」
茶化すようにいうアグネスタキオン氏。そして…!
その背中にはたづなさんのような緑の服を着た何か得体をしらない何かが立っていた。
まるで木の皮のような茶色表面でありながら、どこか肉のような質感を合わせ持っている
皮膚で出来た手足と、そして、かつて人の顔だったと思われる場所は渦巻のように
歪み形態が分からなくなっていた。そして、ところどころ、力によりつぶれたところから
血のような黒い異臭を放つ液体が流れ出ていた。
そして、その穴からは
「トレーナーさん?トレーナーさん?トレーナーさん?トレーナーさん?トレーナーさん?トレーナーさん?トレーナーさん?トレーナーさん?トレーナーさん?トレーナーさん?トレーナーさん?トレーナーさん?トレーナーさん?トレーナーさん?トレーナーさん?トレーナーさん?トレーナーさん?トレーナーさん?トレーナーさん?トレーナーさん?トレーナーさん?トレーナーさん?トレーナーさん?トレーナーさん?トレーナーさん?トレーナーさん?トレーナーさん?トレーナーさん?トレーナーさん?トレーナーさん?トレーナーさん?トレーナーさん?トレーナーさん?トレーナーさん?トレーナーさん?トレーナーさん?トレーナーさん?トレーナーさん?トレーナーさん?トレーナーさん?」
と液体と共にたづなさんの聞きなれた声を吐き出すように繰り返していた。
「え?」
「あらあら、どうしたんだい?トレーナーくん?」
「タキオン…お前っ」
その瞬間カフェが再び俺の口を塞いできた。そして耳元で小さくささやく。
「言ってはいけません。あれは完全にこの世に渡ってきてしまいました……。私の手にも負えない代物です……せめて、トレーナーさんとタキオンさんは救って見せますので……タキオンさんにそれの存在は教えてはならないです。」
決心したように言うカフェに俺は何も言えなくなってしまった。
その覚悟は固く崩れないダイヤモンドのように固いものであることが分かったからだ。
しかし、そうなると俺も引けに引けなくなった。教え子を捨てて逃げるなんて、
そんなこと絶対できない。俺も覚悟を決めた。
「そういや、カフェ、最近マチカネフクキタルくんにこういう物をもらってね」
そうしているとアグネスタキオン氏が急にそんなことを言いながら、懐から何かを引っ張り出した。
それは何の変哲もない白い手袋だった。
「彼女が言うには、これがあれば霊感のない者でも、幽霊をつかむことが出来るらしい。」
そういってアグネスタキオン氏は後ろの得体を知らない何かの首を左手でつかんだ。
「「えっ?」」
思わず声を上げた。カフェも驚いたのか、同じく声を上げていた。
それもそうだ。あのアグネスタキオン氏が幽霊をつかんでいたのだ。
先日の”お散歩”の際も彼女は幽霊をつかむどころか、それに気づいてさえなかった。
だというのに、彼女は幽霊の位置を特定し、それを掴んで見せたのだる。
「いや、驚いたね。何もないのに確かに何かを掴んでいる感覚がある。これはすごい代物だよ。」
そういいながら、アグネスタキオン氏は得体を知らないものを持ち上げ、あちこち空中で振り回した。
「ト゛レ゛ーナ゛ーサ゛ン゛!゛?゛」
先ほどとは違いどこか苦しむような、絞り出すような声で、それは唸った。
「ふむふむ、なるほど。では、実験といこう。右手の手袋はどうかな?」
そういい、アグネスタキオン氏は幽霊を殴った!?
殴っただと!?
「ト゛レ゛ーっ゛?゛」
「ほうほう、確かに感触があったよ。しかし、不思議な触感だね、もう数発いってみよっか♪」
楽しむような声で、アグネスタキオン氏はいう。一体どういうことだ?
まるで現実感のない光景にカフェと俺は固まった。その傍らでアグネスタキオン氏は
幽霊を殴ったり、右手の手袋を脱ぎ得体の知れない物の体内に物を入れたり、刺したりしていた。
そしいるうち、数十分が過ぎた。カフェと俺は何もできずにその光景を見続けていた。
得体のしれないものが可哀そうなものになっていたころにアグネスタキオン氏は欠伸をしながら言った。
「ふあぁー、流石の私も眠くなってきたよ。もうこれくらいにするか。この手袋のついでにもらった三女神製聖水を使ってみるかね。」
アグネスタキオン氏は再び懐から、水筒を出して可哀そうな物(旧:得体を知らない物)に
左手に垂れるようにそれをかけた。すると、水に当たったところからたちまち、気泡があがった。
少しして心なしかエクソシズムの映画のように白い煙があがり可哀そうな物は苦しみながら
消えていった。
「ト゛レ゛ーナ゛ーサ゛ン゛!゛!゛!゛!゛!゛!゛!゛!゛!゛!゛!゛!゛!゛」
おぞましく、すさまじい悲鳴を上げるそれには全く気付かない素振りで、
左手の感触が消えたことを確認するとアグネスタキオン氏はどこか満足げだった。
「中々興味深い実験だったよ。君たちもほどほどにね。」
そんなことを言いながら、アグネスタキオン氏は恐らく忘れ物であろう何かを取って帰っていったのであった。
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翌日、俺といえば、そのまま自宅に帰れずに、トレーニング室でも寝れずに、朝を迎えた。
カフェは精神的に疲れたのだろう。今日のトレーニングを休んでいた。
ちょうど土曜日だったし、良かったというものである。昨日あんなことがあったのだ。
カフェにはしっかり休んでほしいものである。俺も今日は何もできないかな!
そんな感じで新しい朝を迎えられたことを喜んでいると、
ノックの音がした。
「やあ、トレーナーくんいるかい?」
アグネスタキオン氏だった。
「いるよ。タキオン」
そういって彼女を迎え入れると、彼女はすぐに隅っこの研究スペースに入り、お茶を入れているようだった。
まるで何もなかったような振舞、しかし、俺としては昨日のあれは何だったのかとても気になっていたので、彼女とモーニングティーをいただくことにした。
砂糖を一つ二つ三つ……数えることが馬鹿らしく、砂糖を入れている彼女を見ながら、昨日のことを聞いた。
「タキオン、お前は幽霊が見れないんじゃなかったのか?」
「そうだね。全く見れないね。」
「え、どうやって後ろに幽霊があると気付いたの?」
「それはね、トレーナー君の目を見て分かったんだよ。」
「俺の目?」
どうやらアグネスタキオン氏は俺の目を見て、それの存在を気付いていたらしい。
前回の”お散歩”の時、アグネスタキオン氏は何も感じたりすることは出来なかったが、
俺の反応を見て、何か起こっていることは気付いていたらしい。
だから、今回もそれと同じく情けなく怯えていた俺を見て、異常事態が起きていることを
気付いたとのことだった。
そして、目線の位置を見てそれの首?らしき部分を掴まえたとのことだった。
彼女の才覚が成した離れ業だった。
「しかし、フクキタルのアイテムはすごいな」
「そうでもないさ。」
「どういうことだ?」
「あれは只の手袋だということだ。実験用で常用しているものにすぎないよ。トレーナー君」
「本当にどういうことだ?」
「トレーナー君とカフェは本当に素直だね、私がそんな便利アイテムを持っていると思ったのかい?
」
本当に分からない。なら、どうやってあれを捕まえることが出来たのだ?
確かにアグネスタキオン氏は”あれ”を捕まえて振り回していた。
「本当は捕まえられなかったのだよ。あれはカフェの力だったのさ。」
「カフェの力?」
「そうだよ。カフェがそう信じたから出来たのだよ。」
アグネスタキオン氏は最初の一掴みの際、何の感触も感じられなかったので、一芝居打ったらしい。
そして、カフェがそれを捕まえたと認識してから、”それ”の感触を感じられるようになった。
それが今回の真相だった。
「え、じゃあの聖水は何だったんだ?なんかかけた直後からボコボコと言っていたけど」
「それは私のサイダーだったのだよ、トレーナー君。その気泡を見て、カフェがそれを聖水だと思い込んだ。それが今回の真相だよ。」
すべての真相を聞きだし俺は関心した。やっぱりアグネスタキオン氏には頭があがらない。
一瞬にして、その計画を仕立て上げ実行した才覚も恐ろしいが、カフェや俺を信じて一芝居打てる
その精神性にも関心したのである。
アグネスタキオン氏は砂糖の砂糖が解け切らないほどの紅茶をすべてのみほして、実験スペースに向かうのであった。